セミナー室

FTのホスファチジルコリン結合能と光周性花成の促進

Yuki Nakamura

中村 友輝

アカデミアシニカ植物及微生物学研究所

Published: 2016-05-20

はじめに

脂質はタンパク質,核酸,糖類とならび生体分子の一つである.植物脂質研究はこれまで,生体膜での物理化学的機能やエネルギー貯蔵物質などを中心に生化学的な研究が展開されてきたが,シグナル伝達などにおける多様な脂質の機能が近年明らかにされるにつれ,植物体内における脂質分子の不均一な分布とその生長や環境変化に応答した動的な変化が,どのように植物の生長を制御するかについての興味が高まっている.本稿では,こうした植物脂質の多様性に焦点をあて,筆者らが最近明らかにしたタンパク質–脂質相互作用に立脚した花成制御の新たなメカニズムを例にしつつ,脂質の新たな機能的側面についてご紹介したい.

植物の膜脂質代謝

生体膜を構成する主要な脂質成分はリン脂質である.これはバクテリアからヒトや種子植物に至るまで広く保存されている.しかしながら,植物や藻類などの光合成生物では,リンを含まない糖脂質で光合成膜を主に構成することが特徴的である.実際,これらの糖脂質は専ら葉緑体包膜で合成され,光合成機能に不可欠であることが示されている(1)1) Y. Nakamura, K. Kobayashi, M. Shimojima & H. Ohta: “The Chloroplast (Rebeiz, CA ed)” Advances in Photosynthesis and Respiration, Vol. 31, Springer, 2010, 185..したがって,植物細胞では葉緑体(色素体)膜は糖脂質で,それ以外の膜系はリン脂質で主に構成されていると大まかに捉えることができる.

リン脂質や糖脂質は極性グリセロ脂質と総称され,グリセロール骨格のsn-1位およびsn-2位にアシル基(主に炭素数16または18の長鎖脂肪酸のカルボキシル基がグリセロール骨格の水酸基にエステル結合して生じる)を,sn-3位に極性頭部をもつ.これらの極性グリセロ脂質は極性頭部の違いによって異なる脂質クラスに分類される(図1図1■極性グリセロ脂質の基本骨格と,植物の膜脂質に見られる主な極性頭部の分子種).たとえば,高等植物には主な膜構成グリセロ脂質として,6クラスのリン脂質(PA, PC, PE, PG, PI, PS)と3クラスの糖脂質(MGDG, DGDD, SQDG)が知られる.これらの総脂質量に占める組成を見ると,主要なリン脂質としてPCおよびPE,糖脂質としてMGDGとDGDGが見られ,そのほかの脂質クラスは比較的微量に存在する.しかし,これらの脂質組成は細胞レベルで見るとオルガネラ膜ごとに異なり,たとえば葉緑体膜が主に糖脂質(MGDGやDGDG)で占められるのに対し,ミトコンドリア膜はPCおよびPE,細胞膜ではPCおよびPEを主としながらもほかのリン脂質クラスも分布する.脂質組成は組織や器官によっても大きく異なる.たとえば,非光合成器官である花や根は光合成器官に比べて糖脂質が少なくリン脂質が多い.また,同一の器官でも生長の過程で脂質組成がダイナミックに変化することが知られている.たとえば,シロイヌナズナの同調花発生系を用いたリピドミクス解析では,花芽の発達過程でそれぞれの脂質クラスの組成が異なる変化を示すことが知られている(2)2) Y. Nakamura, N. Z. W. Teo, G. Shui, C. H. L. Chua, W.-F. Cheong, S. Parameswaran, R. Koizumi, H. Ohta, M. R. Wenk & T. Ito: New Phytol., 203, 310 (2014)..さらには,膜脂質組成は環境要因によっても柔軟に変化する.たとえば,リン酸は植物にとって不可欠な栄養素の一つであるが,これが土壌中に欠乏すると,植物は膜リン脂質からリンを切り出し,生存に必要なリン源として利用しつつ,失った極性頭部は糖で置き換えて膜の機能を維持することが知られている(3)3) Y. Nakamura: Prog. Lipid Res., 52, 43 (2013)..こうした膜脂質リモデリングはリン欠乏などの環境ストレスに植物が適応する巧妙な戦略の一つであると考えられている.

図1■極性グリセロ脂質の基本骨格と,植物の膜脂質に見られる主な極性頭部の分子種

リン脂質はリン酸またはその誘導体を,糖脂質はガラクトースまたはスルホキノボースを極性頭部にもつ.R1およびR2,アシル基;DGDG, ジガラクトシルジアシルグリセロール;MGDG, モノガラクトシルジアシルグリセロール;PA, ホスファチジン酸;PC, ホスファチジルコリン;PE, ホスファチジルエタノールアミン;PG, ホスファチジルグリセロール;PI, ホスファチジルイノシトール;PS, ホスファチジルセリン;SQDG, スルホキノボシルジアシルグリセロール

以上の議論は極性頭部の違いによる脂質クラスの分類に基づいているが,同一の脂質クラス内においても,2つのアシル基の分子種および組み合わせにはバラエティがある.植物では主に炭素数が16ないし18,不飽和度3までのアシル基がほとんどを占めるが,これらの組成についてもオルガネラや組織,器官による差異が見られる.また,低温ストレス時にはアシル基の不飽和度を上昇させることにより,膜の流動性を保つ適応機構が知られている(4)4) H. Wada, Z. Gombos & N. Murata: Nature, 347, 200 (1990).

以上のように,極性頭部の分子種とアシル基の分子種および組み合わせを考えると,極性グリセロ脂質にはおびただしい種類の分子が存在する.これらは物理的性質を異にし,それらがオルガネラや組織,器官のレベルで不均一に分布し,かつ生長やストレス応答の過程でダイナミックに変化することは,生体膜の物理化学的環境に大きく影響し,さまざまな分子の機能を調節する役割を担うと考えられる.こうした脂質多様性(Lipid diversity)は生命現象を分子レベルで理解するための重要なコンセプトと考えられ,昨今に台頭するリピドミクス技術など高感度かつハイスループットな技術を用いることにより,その研究は今後ますます加速すると考えられる.以下,本稿では脂質による花成の制御機構について議論したい.

脂質と花成の関係

花成の制御は,農学的に非常に重要なテーマの一つであり,その制御メカニズムの研究は長い歴史をもつ.これまでに探索された種々の花成促進/抑制因子の中には脂質に関連する分子も知られており,その機能の詳細が興味の対象となってきた.たとえば,α-ケトールリノレン酸の1種であるKODA(9-hydroxy-10-oxo-12(Z),15(Z)-octadecadienoic acid)はカテコールアミン類と反応して花成促進因子となる(5)5) M. Suzuki, S. Yamaguchi, T. Iida, I. Hashimoto, H. Teranishi, M. Mizoguchi, F. Yano, Y. Todoroki, N. Watanabe & M. Yokoyama: Plant Cell Physiol., 44, 35 (2003)..KODAはストレス条件に晒されたアオウキクサから単離された物質で,この花成促進作用はアサガオにおいても確認されているため,異なる植物種で花成促進に作用する因子であると考えられる(5)5) M. Suzuki, S. Yamaguchi, T. Iida, I. Hashimoto, H. Teranishi, M. Mizoguchi, F. Yano, Y. Todoroki, N. Watanabe & M. Yokoyama: Plant Cell Physiol., 44, 35 (2003)..また,ハツカダイコンにおいて抽台を抑制する物質としてHexadecatrienoic acid monoglyceride(alpha-(7Z,10Z,13Z)-hexadecatrienoic acid monoglyceride)が単離されている(6)6) Y. Yoshida, N. Takada & Y. Koda: Plant Cell Physiol., 51, 1341 (2010)..これらの化合物がどのような代謝を経て合成されるかはまだ明らかにされていないが,KODAなどのオキシリピン類は膜脂質のリノレン酸残基がリパーゼにより切り出され,酸化を受けることによって生じると考えられる.また,Hexadecatrienoic acid(16 : 3)はMGDGのアシル基に特徴的な脂肪酸分子種であるため,Hexadecatrienoic acid monoglycerideはMGDGの部分分解によって生じる可能性が考えられる.これらの事例は,脂質と花成制御に密接な関係があることを示唆する.

花成に影響を与える主な環境要因の一つは光周性である.リピドミクス解析により,膜脂質の組成が明暗周期に応じて周期的な変化をすることもわかっており(7)7) S. Maatta, B. Scheu, M. R. Roth, P. Tamura, M. Li, T. D. Williams, X. Wang & R. Welti: Front. Plant Sci., 3, 49 (2012).,光周性に依存した脂質プロファイルが花成制御の一つのインプットとなる可能性が考えられている.筆者らは最近,タンパク質-脂質相互作用に立脚した,脂質と花成制御の直接的な関連性を明らかにしたので(8)8) Y. Nakamura, F. Andrés, K. Kanehara, Y.-c. Liu, P. Dörmann & G. Coupland: Nat. Commun., 5, 3553 (2014).,以下,その内容を紹介したい.

FTのホスファチジルコリン結合能と光周性花成の促進

モデル植物シロイヌナズナにおいて,FLOWERING LOCUS T(以下FTと略記)タンパク質はフロリゲンの機能を果たすことが知られている.FTは光周性などの環境変化に応答して葉の維管束伴細胞で転写・翻訳され,FT-interacting protein(FTIP)などによって細胞間連絡(plasmodesmata)を介して篩管へと輸送される.FTは篩管内を長距離輸送されて茎頂に到達すると,標的細胞の核内においてFDタンパク質と結合する.こうしてできたFT-FD複合体は花発生を誘導する転写制御因子であるAPETALA1AP1)やSUPPRESSOR OF OVEREXPRESSION OF CONSTANS1SOC1)の発現を誘導することにより花成誘導の機能を果たす.本稿ではFTと脂質結合の関係について議論を進め,FTやフロリゲンの分子生物学的機能については本シリーズの別の章を参照されたい.

シロイヌナズナのFTタンパク質のアミノ酸配列が決定されると,このタンパク質が哺乳類のphosphatidylethanolamine-binding protein(PEBP)と相同性があることが明らかとなった.PEBPは最初,ウシ血清からphosphatidylethanolamine(PE)に親和性を示すタンパク質として単離されたものであり,後にこのタンパク質はRafキナーゼを阻害する役割をもつことからRaf-kinase inhibitor protein(RKIP)とも命名された.これまでの研究から,哺乳類のPEBP/RKIPがPEや他のリン脂質クラスに結合することは示されてきたが,結合のin vivoでの生理学的意義は不明であった.

シロイヌナズナのFTタンパク質に脂質結合性があるかについてはこれまでいくらかの議論がなされてきたものの,結合を示す実験データはこれまで報告されていなかった.そこで,筆者らのグループは大腸菌の発現系を用いて,FTのN末端にヒスチジンタグを融合したタンパク質(His-FT)を発現,精製し,その脂質結合性を調べた.脂質–タンパク質結合を調べるには,スポットアレイ法,リポソーム共沈法,表面プラスモン共鳴による方法などが知られているが,最も簡便なものがスポットアレイ法である(9)9) 礒部俊明,中山敬一,伊藤隆司:“分子間相互作用解析ハンドブック”,羊土社,2007, pp. 250–281..この方法では,市販されている異なる脂質の標品をメンブレンにスポットし,精製したタンパク質とハイブリダイズさせた後,タンパク質が特定の脂質スポットに結合したかどうかをタグ抗体を用いて検出する方法である.この方法は,ウエスタンブロッティングと似ており,また脂質の標品をあらかじめスポットしたメンブレンも市販されているため簡便であるが,脂質分子が必ずしも生理的な条件に近い状態にないことや,疎水性の高いタンパク質が非特異的に複数の脂質スポットと結合することがある.このため,スポットアレイ法は一次スクリーニングとして行い,リポソーム共沈法や表面プラスモン共鳴による方法などと併せて,より詳細に検証することが重要である.さて,筆者らの実験でスポットアレイ法によりFTと結合する脂質クラスを探索したところ,ホスファチジルコリン(PC)と特異的に結合することがわかった.PCはPEの極性頭部がトリメチル化された構造をもち,主に真核生物に広く見られる主要な膜脂質である.また,興味深いことに,哺乳類のホモログであるPEBP/RKIPが結合するPEとはFTは結合性を示さなかった.次に,筆者らはこの結果をリポソーム共沈法で検証した.この実験法では,PCとPEの組成が異なるリポソームを作製し,精製したHis-FTとインキュベートした後に超遠心分離によりリポソームを沈殿させる.His-FTが結合しているかどうかは,沈殿を回収してウエスタンブロッティングにより確認することができる.この方法により,PCとPEの組成を異にするリポソームを調製して共沈実験を行ったところ,PCの組成が高くなるほどHis-FTがよく共沈することがわかった.以上により,FTはPCとin vitroで特異的に結合することが示された.

次に,FTとPCの結合がFTおよび花成の促進にどのように影響するかを植物体内(in vivo)で検証するため,筆者らは代謝改変によりPCの量を変化させる形質転換植物を構築した.図2図2■高等植物におけるホスファチジルコリン(PC)およびホスファチジルエタノールアミン(PE)の生合成経路に示すように,PCとPEは共通の基質であるEtnから合成される.先行研究により,P-EtnをCDP-Etnに変換する酵素であるPECT1はPE合成の律速酵素であり,この酵素をノックダウンすると相対的にPE量が減少しPC量が増えることが知られている(10)10) J. Mizoi, M. Nakamura & I. Nishida: Plant Cell, 18, 3370 (2006)..これは,PE合成経路の抑制により,PC合成経路への代謝フラックスが亢進されたことによると考えられる.そこで,PECT1を特異的に標的とする人工マイクロRNA配列(amiPECT1)を設計し,これを構成的プロモーターにより発現する形質転換植物を構築したところ,予想どおり相対的にPC量が増え,また興味深いことに早咲きの表現型が見られた.上述のように,葉の維管束伴細胞と茎頂はFTが機能を果たすうえで重要な2つの場であるため,次に筆者らはこれらの部位に特異的なプロモーター(SUC2およびFDプロモーター)を用いて同様の形質転換植物を構築したところ,SUC2プロモーターによる発現では表現型が見られなかったものの,FDプロモーターによる発現では顕著な早咲きの表現型が見られた(図3図3■PECT1を特異的に標的とする人工マイクロRNA配列(amiPECT1)を茎頂で特異的に発現させて早咲きとなった形質転換シロイヌナズナ(写真左)と野生株(写真右)).さらに,人工マイクロRNAの代わりにPECT1FDプロモーターで発現することにより逆に相対的なPE量を増やすことを試みたところ,遅咲きの表現型が見られた.このことから,茎頂でのPC量は花成の促進と相関関係があることが示唆された.

図2■高等植物におけるホスファチジルコリン(PC)およびホスファチジルエタノールアミン(PE)の生合成経路

コリン(Cho)およびエタノールアミン(Etn)はまずキナーゼ反応によりリン酸化され,つづいてシチジリルトランスフェラーゼ反応によりCDP化されたのち,ホスホトランスフェラーゼ反応によりジアシルグリセロール骨格に取り込まれてPCおよびPEとなる.また,ホスホエタノールアミン(P-Etn)は3段階のメチルトランスフェラーゼ反応によりホスホコリン(P-Cho)となるため,EtnもPC合成の前駆体となりうる.CK, コリンキナーゼ;CCT, ホスホコリン:コリンシチジリルトランスフェラーゼ;CPT, CDP-コリン:コリンホスホトランスフェラーゼ;EK, エタノールアミンキナーゼ;EPT, CDP-エタノールアミン:エタノールアミンホスホトランスフェラーゼ;PECT, ホスホエタノールアミン:エタノールアミンシチジリルトランスフェラーゼ;PMT, ホスホベースメチルトランスフェラーゼ.

図3■PECT1を特異的に標的とする人工マイクロRNA配列(amiPECT1)を茎頂で特異的に発現させて早咲きとなった形質転換シロイヌナズナ(写真左)と野生株(写真右)

こうしたPC量と花成の促進との相関関係はFTの機能を介しているのだろうか? FDプロモーターでamiPECT1を発現する形質転換植物において,FTのエフェクターであるAP1SOC1の遺伝子発現レベルをリアルタイムPCR法により調べたところ,両者ともに野生株に比べて顕著に高いことがわかった.次にFT機能を欠失させた変異体(ft/tsf二重変異体)においてFDプロモーターでamiPECT1を発現すると,早咲きの表現型は抑制された.さらには,FTの過剰発現株においてFDプロモーターでamiPECT1を発現すると,FTの過剰発現による早咲きの表現型はさらに亢進された.これらの結果から,PCは茎頂においてFTと結合して花成を促進することが示唆された.

さて,前述のようにPCは主要な膜脂質であるので,植物体内のさまざまな細胞の主要な膜構成成分である.では,このような主要な脂質クラスがどのようにして特異的なFTタンパク質の機能を制御するのだろうか? 前述の代謝改変はPC量とFT機能の関連をin vivoで明らかにしたものの,野生株でどのようにPCの変化が生じFTの機能を制御するかは依然不明である.PCなどの主要な膜脂質は,安定して存在する代謝の最終産物のような印象を受けるが,実際はダイナミックな代謝の動的平衡の上に存在すると考えられる.また,その組成は環境要因によって複雑に変化することも知られている.また興味深いことに,ある種の膜脂質の組成が日周変動をすることも指摘されている(11)11) Å. Ekman, L. Bülow & S. Stymne: New Phytol., 174, 591 (2007)..そこで,筆者らはリピドミクス技術を用いて,シロイヌナズナの幼植物体が長日および短日条件でどのような脂質プロファイルを示すかを調べた.まず,シロイヌナズナを2週間短日条件で生育した後に,そのうち半数を長日条件に移し,24時間後から連続2日間にわたり4時間ごとにサンプルを採取し,脂質分析を行った.その結果,PE分子種の組成は長日および短日条件ともにほとんど変動を示さない一方,PCについては,脂肪酸分子種の組成が明瞭な日周変動を示すことが明らかになった.これらのデータを詳細に検討すると,暗期に上昇するPC分子種はいずれもリノレン酸を含むPCであることがわかった.そこで,PCの脂肪酸組成によりFTとの結合の親和性に違いがあるのではないかと考え,スポットアレイ法を用いて異なる脂肪酸組成をもつPCの標品とFTとの結合性を評価したところ,リノレン酸を含むPCのみがFTと弱く結合することがわかった.このことは,暗期に主要なPC分子種は明期のそれに比べてFT結合性が弱いことを示唆する.FTは長日条件下で発現が誘導されるため,FTタンパク質が豊富に存在する明期には,FTとの結合の親和性が高いPCの分子種が主要なPCの組成となる.そこで,こうしたPCの分子種の違いが花成に及ぼす影響を調べるため,代謝改変により,暗期に主要なPC分子種が明期に蓄積するような形質転換植物を作製した.PCのアシル基をリノレン酸に不飽和化する酵素はFATTY ACID DESATURASE3(FAD3)であり,この過剰発現はリノレン酸を含むPCの組成を増加することが知られている.そこで,FAD3を構成的に発現した形質転換植物の花成時期を調べたところ,野生株に比べて顕著な遅咲きが見られた.この植物体ではFTの機能は損なわれていないので,FTの親和性が弱いリノレン酸を含むPCが増加したため,PC結合によるFTの活性化が弱まったことが考えられる.

以上のような実験結果から,FTタンパク質は茎頂において日周変動するPCと結合することにより花成を促進するという新しいモデルが提唱された(図4図4■PC分子種の日周変動とフロリゲンFTタンパク質への結合性の違いに基づく花成制御のモデル).

図4■PC分子種の日周変動とフロリゲンFTタンパク質への結合性の違いに基づく花成制御のモデル

明期に豊富なPC分子種は不飽和度の低いアシル基をもち,FTとの結合性が高い.しかし,暗期に豊富なPC分子種は不飽和度3のリノレン酸を含み,FTとの結合性が低い.PC–FT結合は花成を促進すると考えられるので,FTタンパク質の量が極大となる明期の終わりにはFTとの結合性が高いPC分子種が豊富に存在することになる.

おわりに

上述のように,PC–FTの結合が花成に及ぼす影響の知見は,FTによる花成制御のメカニズムの理解に新たな概念を与えるものであると言える.しかしながら,これにより更なる疑問も浮上する.PC–FTの結合は細胞内のどこで起こり,FTの機能をどのように制御するのであろうか.前述のようにPCは生体膜の主要成分であり,細胞内小胞などの構成成分にもなる.FTは葉から茎頂に長距離移動し,最終的には核内においてAP1およびSOC1の発現を誘導する.したがって,PCとの結合はFTが標的細胞の核に到達する過程での膜交通でガイダンスの役割を果たしたり,小胞輸送に関与している可能性も考えられる.また,PC–FTの結合はin vitroでは特異的に示されたものの,in vivoでの特異性や結合のキネティクスは不明である.また,PCはさまざまなリパーゼの作用により脂質シグナル分子を産生することが知られているため,こうした微量脂質分子が花成制御の役割を担っている可能性もある.PEBP/RKIPは当初PEと特異的に結合するタンパク質として単離されたものの,後に複数のリン脂質分子と結合する可能性が指摘されている.したがって,in vitroでの結合実験のみによってFTはPCとin vivoでも特異的に結合すると考えるのはいささか性急である.植物サンプルからの共沈実験や複合体の結晶構造の解明などを明らかにすることで,in vivoでの結合とそのメカニズムを明らかにすることが急務であるといえる.さらには,リン肥料とリン脂質,花成との関係も興味深い.リン酸肥料は古くから花成および結実を惹起することが知られている.リン酸はPCを含むリン脂質の構成成分であるため,リン酸肥料の追肥はリン脂質量の増加をもたらす可能性がある.こうした変化がPC–FT結合を通して花成促進に影響するかどうかを明らかにすることは農学上,今後の重要な課題であろう.

Reference

1) Y. Nakamura, K. Kobayashi, M. Shimojima & H. Ohta: “The Chloroplast (Rebeiz, CA ed)” Advances in Photosynthesis and Respiration, Vol. 31, Springer, 2010, 185.

2) Y. Nakamura, N. Z. W. Teo, G. Shui, C. H. L. Chua, W.-F. Cheong, S. Parameswaran, R. Koizumi, H. Ohta, M. R. Wenk & T. Ito: New Phytol., 203, 310 (2014).

3) Y. Nakamura: Prog. Lipid Res., 52, 43 (2013).

4) H. Wada, Z. Gombos & N. Murata: Nature, 347, 200 (1990).

5) M. Suzuki, S. Yamaguchi, T. Iida, I. Hashimoto, H. Teranishi, M. Mizoguchi, F. Yano, Y. Todoroki, N. Watanabe & M. Yokoyama: Plant Cell Physiol., 44, 35 (2003).

6) Y. Yoshida, N. Takada & Y. Koda: Plant Cell Physiol., 51, 1341 (2010).

7) S. Maatta, B. Scheu, M. R. Roth, P. Tamura, M. Li, T. D. Williams, X. Wang & R. Welti: Front. Plant Sci., 3, 49 (2012).

8) Y. Nakamura, F. Andrés, K. Kanehara, Y.-c. Liu, P. Dörmann & G. Coupland: Nat. Commun., 5, 3553 (2014).

9) 礒部俊明,中山敬一,伊藤隆司:“分子間相互作用解析ハンドブック”,羊土社,2007, pp. 250–281.

10) J. Mizoi, M. Nakamura & I. Nishida: Plant Cell, 18, 3370 (2006).

11) Å. Ekman, L. Bülow & S. Stymne: New Phytol., 174, 591 (2007).