書評

森田雄平(著)『大豆蛋白質2―ダイズのポストゲノミクス』(西村信天堂,2015年)

Keiko Abe

阿部 啓子

Published: 2016-05-20

大豆は優れた脂質を多量に含むことから,長年,油糧種子の代表的存在とされていた.一方,大豆は良質のタンパク質にも富む.前世紀後半,栄養上必須のアミノ酸のパターンが国連の機関によって発表されると,大豆タンパク質は乳・卵・食肉に匹敵する栄養面をもつことがわかり,大豆は油糧種子と呼ばれるよりもタンパク質源と呼ばれることが多くなった.とりわけ,大豆から分離したタンパク質の呼称であるsoy protein isolate(SPI)は栄養面のみならず加工物性にも優れていることから,新しい食素材として世界を席巻したかの感があった.これにかかわる研究者も世界的に増加した.その中のトップランナーこそが本書のプロローグともいうべき「大豆蛋白質」光琳(2000)の著者・森田雄平先生であった.大豆の主要タンパク質であるグリシニン(旧名 11Sグロブリン)とβコングリシニン(旧名 7Sグロブリン)の構造と性質がここでは詳しく論述され,併せて,当時ようやく関心が高まり始めたトリプシンインヒビタ,リポキシゲナーゼ,βアミラーゼなどへの言及もあって,大豆タンパク質の貴重な手引き書となった.利用された読者も多いと思う.

時は移り,今世紀に入ると主要な動物・植物・微生物のゲノム解析がほぼ完了した.生物界は“個々の遺伝子の解明を競う段階(ゲノミクスの時代)”から“解明された遺伝子情報の利用を競う段階(ポストゲノミクスの時代)”へと大きく舵が切られた.こうした時代背景を踏まえて編纂されたのが本書「大豆蛋白質2—ダイズのポストゲノミクス」である.

その内容を概括すると,第1章「はじめに」と大豆タンパク質の研究抄史を俯瞰した第2章に次ぐ第3章「新しく注目された種子蛋白質」すなわちアレルゲンGly m4,レグインスリンとその結合タンパク質,液胞プロセッシング酵素,ユビキチン・プロテアソーム,カルモジュリン,ジスルフィドイソメラーゼ,シャペロン,熱ショックタンパク質,脂肪合成系酵素,フェリチン,ショ糖結合タンパク質,シグナル伝達タンパク質14-3-3などの生命科学的に重要なタンパク質を大豆ホモローグとして取り上げている.しかも,これらは一次構造というよりもプレプロ体(すなわちN末端はすべて開始メチオニン)で列記してある.要するにこの章は,読者に知識を与えるというよりも,一歩踏み込んで,「あなたの試料から同様のホモローグを見つけ出すのに利用してください」という研究情報の提供なのである.第4章「ダイズのゲノミックス」と第5章「ダイズのプロテオミクス」は,タンパク質生合成のセントラルドグマ(DNA→mRNA→プレプロタンパク質→成熟タンパク質)のレビューともいえるセクションである.特記すべきは,遺伝子サイレンシング,エピジェネティクスといった最近の生命科学の普遍的知見にまで踏み込んでいる点である.大豆タンパク質の研究者・学徒に「各論を知るだけではダメですよ」と諭してくださっている感がある.そして話は巡り巡って再びグリシニン,βコングリシニンンに回帰する最終章「大豆蛋白質の性質と利用」を迎える.これはポストゲノミクス時代を反映するタンパク質利用科学であり,いわば起承転結の“結”にあたる.アップデートされたSPIの記述は目を見張るものがある.

読者諸氏におかれましては,著者・森田雄平先生の形而上下にわたる論述から,先生のタンパク質に馳せる千載の夢の一端を感じ取られ,それぞれの研究・教育に生かしていただければ幸甚である.