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希少な不飽和脂肪酸と高度不飽和脂肪族アルコールの微生物生産皮膚菌叢の健全化を通じた健康維持への応用

Toshihiro Nagao

永尾 寿浩

大阪市立工業研究所生物・生活材料研究部

Published: 2016-06-20

魚油などに含まれるドコサヘキサエン酸とエイコサペンタエン酸,天然油脂中に希少なアラキドン酸(AA)は優れた生理活性を保持する脂肪酸である.これらの機能性脂肪酸を微生物や藻類で生産する研究が以前より盛んである.その手法は,糖などのバイオマスを基質とした培養により生産する培養法である.代表例は,京都大学の清水・小川らによって見いだされた糸状菌Mortierella alpinaが生産するAA含有微生物油脂であり,すでに産業化されている.培養法と区別される方法として,脂肪酸などの構造を微生物で改変する微生物変換法がある.たとえば,リノール酸の二重結合の位置と幾何配置の改変による共役リノール酸への変換,二重結合への水酸基の導入によるヒドロキシ脂肪酸への変換など,多数の研究が行われている.筆者も,独自に見いだした微生物変換法による希少な不飽和脂肪酸と高度不飽和脂肪族アルコールの生産について報告した.

細菌Aeromonas hydrophila subsp. hydrophilaは,植物油を基質として,脂肪酸と脂肪族アルコールのモノエステル体(ワックス)を菌体内に蓄積する(図1図1■Aeromonas hydrophila subsp. hydrophilaによる植物油からの希少不飽和脂肪酸と不飽和脂肪族アルコールの生産).このワックス内の脂肪酸は,β-酸化の作用により,基質の構成脂肪酸よりも炭素数が2または4個少ない脂肪酸を含んでいた(1, 2)1) T. Nagao, Y. Watanabe, K. Hiraoka, N. Kishimoto, T. Fujita & Y. Shimada: J. Am. Oil Chem. Soc., 86, 1189 (2009).2) T. Nagao & Y. Shimada: Lipid Technology, 22, 250 (2010)..たとえば,オレイン酸(9-cis-C18:1,“C”に続く数値は炭素数,“:”に続く数値は二重結合数)を含む菜種油を基質としたとき,パルミトオレイン酸(7-cis-C16:1, 7c-POA)とミリストオレイン酸(5-cis-C14:1)などの天然油脂中に希少な不飽和脂肪酸に変換された.同時に生産される不飽和脂肪族アルコールも希少な脂質である.これらの物質は,希少であるがゆえにその機能性は不明であるが,筆者の最近の研究では,後述のPOAの機能性を見いだした.

図1■Aeromonas hydrophila subsp. hydrophilaによる植物油からの希少不飽和脂肪酸と不飽和脂肪族アルコールの生産

細菌Acinetobacter sp. は,前記と同様にワックスを菌体内に蓄積するが,A. hydrophilaと比べて脂肪酸の炭素数を短くする活性が弱い.AA含有微生物油脂を基質としたとき,炭素数と二重結合の位置・幾何配置を変えることなく,AAのカルボキシル基を水酸基に還元してアラキドニルアルコールに変換した(3)3) T. Nagao, Y. Watanabe, S. Tanaka, M. Shizuma & Y. Shimada: J. Am. Oil Chem. Soc., 89, 1663 (2012).図2図2■Acinetobacter sp. によるアラキドン酸含有微生物油脂からのアラキドニルアルコールの生産).この反応にはATPとNADHが必要である.化学法でも同様の反応は可能であるが,禁水性試薬と高引火性溶媒を用いるため,工業化困難である.生成物をグリセリンのsn-2位にエーテル結合させたアラキドニルグリセロールエーテルは,エステル結合型であるアラキドニルグリセロールエステルよりも結合が安定である.後者のエステル型物質は,生体内でカンナビノイドレセプターに結合する機能性脂質である.エーテル型物質も同じ活性をもち,ウサギの眼圧を低下させる機能性が報告され,緑内障治療薬などとして期待されている.

図2■Acinetobacter sp. によるアラキドン酸含有微生物油脂からのアラキドニルアルコールの生産

点線内が微生物による反応.

限定的な植物油に存在する9-cis-C16:1(9c-POA)などのモノエン酸(二重結合が1個の脂肪酸)は,目立った機能性がない物質として注目されてこなかった.しかし,2008年に9c-POAの脂肪肝抑制作用が報告されたことを契機として,POAの機能性に関する研究が欧米で盛んである.一方,ヒトの皮脂中に存在する6-cis-C16:1(6c-POA,サピエン酸とも言う)は,Staphylococcus aureusに対する抗菌活性を保持し,アトピー性皮膚炎(Atopic dermatitis; AD)と密接に関係している.健常者の皮膚の6c-POA含量は平均2 µg/cm2であり,S. aureusがほぼ抑制され,健全な皮膚菌叢(スキンマイクロバイオーム)が維持されている.しかし,ADの炎症部では6c-POAなどの皮脂量が減少してS. aureus抑制のタグが外される.その結果,皮膚菌叢のバランスが崩れ,S. aureusが顕著に増加してADの炎症悪化に関与する.6c-POAを皮膚に供給すれば良いと考えられるが,この物質は天然油脂に有効な供給源がない.そこで,筆者は最近,9c-POAおよび7c-POAがS. aureusに対する抗菌活性を保持すること,しかも有害菌だけに選択的に作用する抗菌活性を利用し,皮膚菌叢を健全化させ,ADなどの疾患の予防を目指す研究を開始した(4)4) T. Nagao, S. Tanaka, A. Kurata, H. Nakano & N. Kishimoto: 106回アメリカ油化学会講演要旨集,BIO部門,p. 4, 2015.

最後に,人によって意見が異なることであるが,筆者の考えを述べたい.現代人,特に日本人は,過度の綺麗好きではないだろうか.石鹸で体をゴシゴシと洗い,殺菌・除菌剤,抗菌グッズで皮膚菌叢をトコトン排除することは,本当に良いことだろうか.洗い過ぎることは,有害物質を遮断する機能をもつ皮脂を取り除くことであり,アレルギー物質や有害微生物が侵入しやすくなる.皮膚菌叢をすべて排除した場合,ここにS. aureusなどの有害菌が入ってきたとしたら,それが顕著に増加し,疾病を引き起こさないだろうか.もちろん,体の汚れや臭いを排除するために石鹸で体を綺麗に洗うこと,および食中毒菌や病原菌を除去するための殺菌・除菌は必要不可欠である.しかし,それが過度になってはダメであると考えている.適度な洗浄で皮脂量を健全な状態に保たせ,適度で選択的な殺菌・除菌で皮膚菌叢を健全な状態に保たせておくことが肝要であると考えている.読者の皆さんのご意見はどうでしょうか.

Reference

1) T. Nagao, Y. Watanabe, K. Hiraoka, N. Kishimoto, T. Fujita & Y. Shimada: J. Am. Oil Chem. Soc., 86, 1189 (2009).

2) T. Nagao & Y. Shimada: Lipid Technology, 22, 250 (2010).

3) T. Nagao, Y. Watanabe, S. Tanaka, M. Shizuma & Y. Shimada: J. Am. Oil Chem. Soc., 89, 1663 (2012).

4) T. Nagao, S. Tanaka, A. Kurata, H. Nakano & N. Kishimoto: 106回アメリカ油化学会講演要旨集,BIO部門,p. 4, 2015.