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細胞の「繊毛」輸送機構を解明タンパク質リン酸化による繊毛先端部における輸送方向切り替えの制御

Taro Chaya

茶屋 太郎

大阪大学蛋白質研究所分子発生学研究室

Yoshihiro Omori

大森 義裕

大阪大学蛋白質研究所分子発生学研究室

Takahisa Furukawa

古川 貴久

大阪大学蛋白質研究所分子発生学研究室

Published: 2016-06-20

繊毛は細胞の表面に構成される微小管を軸とする突起状の細胞小器官である.繊毛には気道上皮の繊毛や精子の尾部などの「動く繊毛」と,多くの種類の細胞に存在し細胞外からのシグナルを受容する「動かない繊毛」(primary cilium)が存在する.生物の発生過程や恒常性維持において繊毛は重要な役割を担っており,ヒトにおいて繊毛の形成・機能異常は,網膜色素変性症,嚢胞腎,視床下部の異常による肥満・糖尿病,不妊,多指症などの「繊毛病」(ciliopathy)と呼ばれる一群の疾患を引き起こす(1)1) C. H. Sung & M. R. Leroux: Nat. Cell Biol., 15, 1387 (2013)..繊毛内におけるタンパク質輸送(鞭毛内輸送(intraflagellar transport; IFT))は繊毛の形成や機能発現に必須であり,IFT-A, IFT-B, BBSomeと呼ばれる3種類のタンパク質複合体が一つのユニット(IFT複合体)を構成して積み荷となるタンパク質を輸送している(図1A図1■繊毛内輸送(IFT)とIFTに対するICKの機能モデルを模式的に表したもの).IFT複合体はモータータンパク質キネシンとダイニンによりそれぞれ繊毛内の微小管に沿って繊毛の根本から先端(順行性輸送)そして先端から根本(逆行性輸送)へと駆動される(図1A図1■繊毛内輸送(IFT)とIFTに対するICKの機能モデルを模式的に表したもの).近年,IFT複合体を構成する因子は次々と明らかになってきたが(1, 2)1) C. H. Sung & M. R. Leroux: Nat. Cell Biol., 15, 1387 (2013).2) Y. Omori, C. Zhao, A. Saras, S. Mukhopadhyay, W. Kim, T. Furukawa, P. Sengupta, A. Veraksa & J. Malicki: Nat. Cell Biol., 10, 437 (2008).,どのようなメカニズムによりIFTが制御されているのかについてはほとんど解明されていない.

図1■繊毛内輸送(IFT)とIFTに対するICKの機能モデルを模式的に表したもの

(A)野生型の細胞では,繊毛の先端において順行性輸送から逆行性輸送への切り替わりが起こる.このとき,IFTを担うタンパク質複合体の解離と逆行性輸送へ向けた再会合が起こる.(B) ICKが欠損した繊毛においては,IFT-A, IFT-B, BBSomeの構成因子が繊毛の先端において蓄積していたことから,輸送方向の切り替えが阻害されていると考えられる.(C) ICKが過剰発現した繊毛では,IFT-Bのみの構成因子が繊毛の先端に蓄積したことから,逆行性輸送へ向けた複合体の再会合が阻害され,複合体の形成が不完全な状態での逆行性輸送が起こると予想される.

以前,筆者らは網膜視細胞において機能未知のセリン・スレオニンキナーゼMale germ cell-associated kinase(Mak)が高く発現していることを見いだした.Makの機能解析を行ったところ,Makは視細胞の繊毛の長さを負に制御し,視細胞の生存に必須であることが明らかになった(3)3) Y. Omori, T. Chaya, K. Katoh, N. Kajimura, S. Sato, K. Muraoka, S. Ueno, T. Koyasu, M. Kondo & T. Furukawa: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 22671 (2010)..しかしながら,Makの繊毛における機能は網膜視細胞という限定的な細胞種においてのみ観察されたことから,ほかの細胞種においてはMakとは別のキナーゼが機能していることが予想された.そこで,筆者らはMakのパラログであるIntestinal cell kinase(ICK)に着目した.ICKはMakとは異なり全身のさまざまな組織で発現しており,単細胞の鞭毛虫であるクラミドモナスからヒトまで進化的に高く保存されている.しかしながら,ICKの生体内における機能は未知であった.

ICKに対する抗体を作製し細胞内での局在を調べると,ICKは繊毛の先端に局在しており,繊毛においてICKが機能することが推測された.ICK欠損マウスを作製しその表現型を解析すると,このマウスは生後直後に死亡し,肺の形成不全,多指および水頭症様の脳室の拡大といったさまざまな発達障害を示した.これらのICK欠損マウスの表現型は過去に報告されているヘッジホッグシグナルや繊毛の形成に異常がある変異体の表現型と類似していた(4)4) D. Huangfu & K. V. Anderson: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 11325 (2005)..そこでICKの欠損による繊毛形成への影響を調べるために,胎児繊維芽細胞(MEF)や胎生15.5日の大脳皮質,胎生10.5日の神経管を観察すると,ICK欠損マウスでは繊毛の数と長さの減少が見られた.ヘッジホッグシグナルの構成因子であるSmoothenedやGliはシグナル経路の活性化により,その繊毛への局在がダイナミックに変動することが知られており,繊毛の形成や機能の異常はヘッジホッグシグナル伝達の障害を引き起こす.ヘッジホッグシグナルの下流因子Gli1の発現を調べると,ICK欠損によりその発現量の低下が見られ,ICKはヘッジホッグシグナル伝達に必要であることが明らかとなった.また,ICKが欠損したMEF(ICK KO MEF)においてはSmoothenedやGliが繊毛に蓄積していた.

ICKの欠損によりヘッジホッグシグナル構成因子の繊毛への局在化が変化したことから,筆者らはICKが繊毛先端部においてタンパク質輸送を制御するのではないかと考えた.まず,ICKの欠損が繊毛内輸送へ及ぼす影響を調べた.野生型とICK KO MEFにおいてIFT-A, IFT-B, BBSomeの構成因子の繊毛内での局在について観察すると,ICK KO MEFではこれら3種類のいずれの構成因子も繊毛の先端に蓄積していた.次に,ICKの過剰発現による繊毛内輸送への影響を解析した.培養細胞においてICKとともにIFT-A, IFT-B, BBSomeの構成因子を共発現させたところ,IFT-Bの構成因子は繊毛の先端に蓄積したが,IFT-AとBBSomeの構成因子については繊毛の先端への蓄積は観察されなかった.これらのデータより,ICKは繊毛の先端部分においてタンパク質輸送の方向転換を制御するというモデルが考えられる(図1図1■繊毛内輸送(IFT)とIFTに対するICKの機能モデルを模式的に表したもの).順行性輸送ののちにIFT-A, IFT-B, BBSome,キネシン,ダイニンからなる複合体は繊毛の先端においていったん解離し,逆行性輸送へ向けて再会合する.神経細胞の軸索輸送では,細胞体から軸索先端に向かう順行性輸送の際にモータータンパク質キネシンが,軸索先端から細胞体に向かう逆行性輸送の際にはモータータンパク質ダイニンが使用される.繊毛内の輸送においても同様にこれら2種類のモータータンパク質が使用されており,繊毛の根本から先端に向かう順行性輸送の際にキネシンが,繊毛の先端から根本へ向かう逆行性輸送の際にダイニンが機能している.微小管は方向性をもっていることから,繊毛の微小管に沿って適切な方向性をもったモーターとして機能するために,キネシンとダイニンの2種類のモータータンパク質が使い分けられ,それぞれに適合した複合体が形成されるのではなかろうか.ICKはこの複合体の解離を繊毛先端で制御すると推測される.

ICKによるリン酸化のターゲットを同定するために,IFTを担うタンパク質の中でICKによるリン酸化の標的となるコンセンサス配列を探索したところ,キネシンモーターサブユニットKif3aの674番目のスレオニンのリン酸化が予測され,進化的にもよく保存されていた.実際,ICKはこのスレオニンを含むC末端領域を直接リン酸化し,MEFにおいてKif3aは繊毛の先端でリン酸化されており,このリン酸化はICKの欠損により著しく減弱した.Kif3aのリン酸化の繊毛形成に対する機能を培養細胞とゼブラフィッシュを用いて解析したところ,Kif3aのC末端領域のリン酸化をアミノ酸置換により阻害した変異体では繊毛形成能の低下が見られた.以上のことから,ICKはKif3aのリン酸化酵素として機能しており,繊毛の先端においてタンパク質輸送を制御し繊毛形成に必須であるということが明らかとなった(5)5) T. Chaya, Y. Omori, R. Kuwahara & T. Furukawa: EMBO J., 33, 1227 (2014).

これまで繊毛の先端においてタンパク質の輸送方向の切り替えを制御するメカニズムは不明であったが,本研究によりタンパク質リン酸化によりこの機構が制御されることが明らかとなり,個体発生において重要な役割を担うことが示された.ヒトにおいてICK遺伝子の変異は発生異常を伴う新生児致死との関連が報告されていることから(6)6) P. Lahiry, J. Wang, J. F. Robinson, J. P. Turowec, D. W. Litchfield, M. B. Lanktree, G. B. Gloor, E. G. Puffenberger, K. A. Strauss, M. B. Martens et al.: Am. J. Hum. Genet., 84, 134 (2009).,筆者らの研究は「繊毛病」の新たな発症機構の解明につながるものとなった.本研究を足掛かりとしてIFT制御の詳細な分子メカニズムが明らかになることが期待される.

Reference

1) C. H. Sung & M. R. Leroux: Nat. Cell Biol., 15, 1387 (2013).

2) Y. Omori, C. Zhao, A. Saras, S. Mukhopadhyay, W. Kim, T. Furukawa, P. Sengupta, A. Veraksa & J. Malicki: Nat. Cell Biol., 10, 437 (2008).

3) Y. Omori, T. Chaya, K. Katoh, N. Kajimura, S. Sato, K. Muraoka, S. Ueno, T. Koyasu, M. Kondo & T. Furukawa: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 22671 (2010).

4) D. Huangfu & K. V. Anderson: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 11325 (2005).

5) T. Chaya, Y. Omori, R. Kuwahara & T. Furukawa: EMBO J., 33, 1227 (2014).

6) P. Lahiry, J. Wang, J. F. Robinson, J. P. Turowec, D. W. Litchfield, M. B. Lanktree, G. B. Gloor, E. G. Puffenberger, K. A. Strauss, M. B. Martens et al.: Am. J. Hum. Genet., 84, 134 (2009).