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モモの成熟後期の軟化にかかわるエチレン生成の引き金はオーキシンである硬肉モモを用いた解析から

Miho Tatsuki

立木 美保

農業・食品産業技術総合研究機構果樹茶業研究部門

Published: 2016-06-20

わが国で一般に栽培されているモモ(普通モモ)は,収穫後に果肉が急激に軟化するため,日持ち性は極めて低く,押し傷などもつきやすいことから流通過程で廃棄される果実も多い.普通モモは成熟期が近くなると,呼吸の上昇,クロロフィルの分解による地色の抜け,果肉硬度の低下,着色,香気成分の増加などが起こる.これらのモモの成熟には,ガス状の植物ホルモンであるエチレンが深く関与している.生体内において,エチレンはメチオニンから,S-アデノシルメチオニン(SAM),1-アミノシクロプロパンカルボン酸(ACC)を経て合成される.この経路においてSAMからACCの生合成を触媒するACC合成酵素(ACC synthase; ACS)が律速酵素と考えられている.普通モモは成熟期になると,ACSアイソジーンの一つ,PpACS1の発現量が増加することでエチレン生成量も増加する(1)1) M. Tatsuki, T. Haji & M. Yamaguchi: J. Exp. Bot., 57, 1281 (2006)..このエチレンの作用により,ポリガラクチュロナーゼ(PG)をはじめとする細胞壁修飾酵素などの遺伝子の発現量が増加し,軟化・成熟が進行すると考えられている.しかし,成熟期におけるエチレン生成の引き金,すなわちPpACS1の発現を誘導する因子については不明であった.

モモには硬肉と呼ばれるタイプがあり,普通モモ品種間の交雑で得られた実生の中から発見された(2)2) M. Yoshida: Bull. Fruit Tree Res. Sta., 3, 1 (1976)..わが国では「おどろき」,「まなみ」などの品種が少量ながら生産されている.硬肉モモは,成熟に伴う果皮色の変化,糖度の上昇,減酸などは普通モモと同様に進行するにもかかわらず,果肉は収穫後もほとんど軟化しない.過去の交雑試験から硬肉を決めるのは劣性の1遺伝子座(hd)であると考えられている.成熟期の硬肉モモではPpACS1の発現量の増加が起こらないためにエチレン生成が起こらず,軟化しないことが明らかにされた(1)1) M. Tatsuki, T. Haji & M. Yamaguchi: J. Exp. Bot., 57, 1281 (2006)..一般的にエチレンは葉などに傷を与えたときにも生成されるが,硬肉モモであっても,傷害を与えた葉や果実においてはPpACS1が誘導され,エチレンも生成される.したがって,硬肉モモの成熟果実におけるエチレン生成の抑制は,PpACS1遺伝子の欠損によるものではなく,果実成熟に伴う発現が特異的に抑制されており,それには植物ホルモンの一つであるオーキシンが関与していることが明らかとなった(3)3) M. Tatsuki, N. Nakajima, H. Fujii, T. Shimada, M. Nakano, K. Hayashi, H. Hayama, H. Yoshioka & Y. Nakamura: J. Exp. Bot., 64, 1049 (2013).

植物におけるオーキシンの作用は極めて多様であり,発生,発芽から生長,花芽形成などの生理現象における内在性の情報因子として働くだけでなく,光,重力といった環境刺激に対する応答因子としても重要な役割を果たすことがよく知られている.その作用の中に果実成熟に関与している可能性を示す知見も得られていた.モモでは,果実成熟期におけるエチレン生成量の増加が内生の天然オーキシンであるインドール酢酸(IAA)の増加と一致すること(4)4) P. Tonutti, P. Casson & A. Ramina: J. Am. Soc. Hortic. Sci., 116, 274 (1991).,モモ果肉ディスクにオーキシン処理をするとエチレン生成が起こること(5)5) A. Ohmiya: Sci. Hortic. (Amsterdam), 84, 309 (2000).などの知見が報告されている.

普通モモおよび硬肉モモ果実生育期間における内生IAA量はいずれのモモにおいても細胞分裂や細胞肥大が著しい幼果期に最も多く,その後果実の生育に伴い徐々に減少し,収穫適期の2週間ほど前には検出限界値以下となる.そのような状態が数日続いた後,普通モモではIAA量は収穫適期に向けて急激に増加する.一方,硬肉モモでは,普通モモとは異なり収穫期に達してもIAA量の急激な増加は認められない(図1図1■モモ果実生育期におけるIAA量の変化のイメージ図(上)と成熟期における植物ホルモンの影響についての模式図(下)).硬肉モモ果実に合成オーキシン剤を処理するとPpACS1が誘導されエチレン生成が起こり軟化する.一方,普通モモ果実にオーキシン作用阻害剤処理をすると,PpACS1の発現量は低く,エチレン生成量は少なく,果肉硬度は高い傾向を示す.このように,普通モモでは成熟後期に多量に合成されたIAAによってPpACS1の発現量が増加し,エチレンが多量に生成される.硬肉モモでは,成熟後期に達してもIAA量が増加しないためにエチレン生成が誘導されず,軟化が起こらないものと考えられる.すなわち成熟に伴うエチレン生成および軟化は内生オーキシンによって制御されていると考えられる(図1図1■モモ果実生育期におけるIAA量の変化のイメージ図(上)と成熟期における植物ホルモンの影響についての模式図(下)).

図1■モモ果実生育期におけるIAA量の変化のイメージ図(上)と成熟期における植物ホルモンの影響についての模式図(下)

モモ果実は生育の後期に入ると急激に肥大するとともに,緩やかに軟化する.このような傾向は収穫後に急激な軟化が見られない硬肉モモでも同様であり,収穫期には果肉硬度が3~4 kgまで低下する.この時期は普通モモであってもエチレン生成量,IAA量ともに極めて低いことから,このような緩やかな軟化は,収穫後の急激な軟化とは異なり,エチレンもオーキシンも関与しないものと思われる.細胞壁を分解・修飾する酵素の遺伝子を対象としたモモ果実の成熟期における網羅的な発現解析により,一部の遺伝子はエチレン生成量が増加する前から発現し,かつ転写はエチレンによって促進されることはなく,むしろ抑制されることが明らかにされている(6)6) L. Trainotti, D. Zanin & G. Casadoro: J. Exp. Bot., 54, 1821 (2003)..以上のように,モモの軟化は2段階で制御されていると考えられる(図1図1■モモ果実生育期におけるIAA量の変化のイメージ図(上)と成熟期における植物ホルモンの影響についての模式図(下)).

果実の生育および成熟期における植物ホルモン同士のクロストークについては,トマトをはじめとするさまざまな植物において研究されており,成熟期ではエチレン,オーキシン,アブシジン酸(ABA)のかかわりが指摘されている(7)7) R. Kumar, A. Khurana & A. K. Sharma: J. Exp. Bot., 65, 4561 (2014)..果実成熟期のオーキシンによるエチレン生成の誘導はモモに限らず,ほかのクライマクテリック型果実においても同様に起きている可能性は高い(立木,未発表).エチレンは成熟の現場を司る植物ホルモンとしてよく知られているが,その制御にオーキシンが関与していることが明らかとなり,今後,成熟後期のオーキシン生成を促すシグナル物質の存在などが明らかにされることを期待したい.

Reference

1) M. Tatsuki, T. Haji & M. Yamaguchi: J. Exp. Bot., 57, 1281 (2006).

2) M. Yoshida: Bull. Fruit Tree Res. Sta., 3, 1 (1976).

3) M. Tatsuki, N. Nakajima, H. Fujii, T. Shimada, M. Nakano, K. Hayashi, H. Hayama, H. Yoshioka & Y. Nakamura: J. Exp. Bot., 64, 1049 (2013).

4) P. Tonutti, P. Casson & A. Ramina: J. Am. Soc. Hortic. Sci., 116, 274 (1991).

5) A. Ohmiya: Sci. Hortic. (Amsterdam), 84, 309 (2000).

6) L. Trainotti, D. Zanin & G. Casadoro: J. Exp. Bot., 54, 1821 (2003).

7) R. Kumar, A. Khurana & A. K. Sharma: J. Exp. Bot., 65, 4561 (2014).