Kagaku to Seibutsu 54(7): 459-460 (2016)
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微細藻の光合成を支える重炭酸イオン輸送細胞膜と葉緑体包膜に局在する重炭酸イオン輸送体の発見
Published: 2016-06-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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微細藻は光合成によって油脂・デンプン・色素などを蓄積することから,近年バイオテクノロジー分野で利用されつつある.光合成による有用物質の生産性を限定する因子の中で,CO2の供給は大きな問題である.バクテリアから動物まで多くの生物が環境中のCO2濃度を感知することは知られているが,微細藻は,CO2濃度の変化に応じて,その光合成活性を常に維持するために特徴的な「順化」機構をもつ.とりわけ,細胞が光を十分に受けていてもCO2が不足すると,細胞は能動的なCO2濃縮機構(CO2-Concentrating Mechanism; CCM)を誘導して光合成を維持することが,1980年に緑藻クラミドモナスで初めて報告された(1)1) 福澤秀哉,山野隆志,梶川昌孝:光合成研究,22, 174 (2012)..しかし,その主役となる輸送体の実体については解明が進んでいなかった.藻が生息する水中では,CO2は水と反応して生じるHCO3−と平衡状態で存在する.CO2と異なり,電荷を帯びたHCO3−は細胞膜や葉緑体包膜を容易には通過できないので,藻は細胞膜と葉緑体包膜という2つの障壁を乗り越えて葉緑体内にHCO3−を取り込む必要がある.葉緑体ストロマにHCO3−を輸送・濃縮することで,CO2に対して親和性の低いリブロース1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ(RuBisCO)の欠点を補い,光合成を維持できる.
変異株の単離や遺伝解析が可能なモデル緑藻クラミドモナスでは,CO2欠乏条件下で誘導される遺伝子が見いだされており,その中に複数の膜タンパク質をコードする遺伝子が含まれる.その中でも,2つの膜タンパク質HLA3とLCIAが協調的に発現して葉緑体にHCO3−を輸送することが,われわれと米国の研究グループによる独立した研究により相前後して明らかになった(2, 3)2) T. Yamano, E. Sato, H. Iguchi, Y. Fukuda & H. Fukuzawa: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 7315 (2015).3) Y. Wang, D. J. Stessman & M. H. Spalding: Plant J., 82, 429 (2015)..
HLA3 (High Light Activated protein 3)は12回膜貫通ドメインをもち,当初は強光ストレスで誘導される基質不明のABC輸送体として報告されていた.今回われわれは,HLA3がCO2欠乏条件で誘導されること,細胞膜に局在することを示した.さらにHLA3の欠失変異株は,弱酸性培地で野生型と同様の光合成特性を示すが,HCO3−が無機炭素の大部分を占める弱アルカリ性培地では細胞内への無機炭素取り込み速度が低下し,光合成の無機炭素に対する親和性が低下した.これらの知見から,HLA3は弱アルカリ性環境で細胞外のHCO3−を細胞内に能動的に輸送するATP依存性の膜輸送体であることが判明した.一方,6回膜貫通ドメインをもつLCIA(Low-CO2 Inducible protein A)は,ギ酸–亜硝酸輸送体(アニオンチャネル)のファミリーに属するタンパク質で,CO2欠乏条件で葉緑体包膜に蓄積された.LCIAの欠失変異株も,HLA3の場合と同様に無機炭素の取り込み能が低下し,光合成の無機炭素に対する親和性が低下した.さらに,ほかの輸送体が発現していない高CO2条件で両遺伝子を強制発現すると,無機炭素の取り込み速度が上昇した.これらの結果から,LCIAは,HLA3により細胞質に輸送されたHCO3−を,葉緑体内に取り込むアニオンチャネルとして機能すると推定した.興味深いことに,LCIA遺伝子の変異により葉緑体包膜からLCIAが欠失すると,核におけるHLA3遺伝子の転写が阻害される(2)2) T. Yamano, E. Sato, H. Iguchi, Y. Fukuda & H. Fukuzawa: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 7315 (2015)..つまり,核遺伝子HLA3の発現が葉緑体包膜のLCIAタンパク質に依存することから,葉緑体から核へのレトログレードシグナルによりHLA3が発現制御を受けるという興味ある事実が浮かび上がってきた.
微細藻の中ではシアノバクテリアでHCO3−輸送体BCT1が,海洋性珪藻ではナトリウム依存的なHCO3−輸送体SLC4が報告されており,その重要性が議論されている(4, 5)4) T. Omata, G. D. Price, M. R. Badger, M. Okamura, S. Gohta & T. Ogawa: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 13571 (1999).5) 松田祐介,中島健介,菊谷早絵:化学と生物,52, 519 (2014)..今回緑藻で重要性が初めて明らかになった細胞膜局在型のHCO3−輸送体HLA3と葉緑体包膜HCO3−チャネルLCIAの遺伝子は,淡水性緑藻に限らず海洋性ケイ藻を含む多くの微細藻にも保存されており,それらの重要性の検討が今後期待される.
ところで,葉緑体ストロマまで運ばれたHCO3−が固定されるには,RuBisCOが(HCO3−ではなく)CO2と選択的に反応するので,炭酸脱水酵素CAH3によってストロマに濃縮されたHCO3−がCO2に変換される必要がある.しかし,生成したCO2は拡散により葉緑体外に漏出しやすいので,そのままでは光合成効率が低下する.このCO2の漏出を避けるために,RuBisCOは集合してピレノイドと呼ばれる葉緑体内の顆粒を形成し,固定されなかったCO2はピレノイドの周囲に集合するLCIB/LCICタンパク質複合体と炭酸脱水酵素CAH6によりHCO3−に変換されて再度ピレノイド内に濃縮される「CO2リサイクル系」が存在する.ピレノイドはデンプン鞘に囲まれ,周囲のチラコイド膜と連結したピレノイドチューブと呼ばれる構造をもつ.これらの形態的な特徴から,葉緑体ストロマに運ばれたHCO3−はCO2に変換されて効率的にRuBisCOに固定されると考えられている(6)6) T. Yamano, A. Asada, E. Sato & H. Fukuzawa: Photosynth. Res., 121, 193 (2014).(図1図1■緑藻クラミドモナスにおけるCO2濃縮機構のモデル).LCIBタンパク質は,CCMが機能するときにピレノイド周辺に集合し,暗所やCO2過剰環境では葉緑体ストロマ全体に広がるというCO2と光に依存したダイナミックな移動現象が見つかっているが,その移動様式についてはいまだに謎である.近年,多様なHCO3−輸送体をイネやコムギなどのCCMをもたない主要作物に導入し,CO2の吸収量と生産性を高めようとする応用研究が諸外国でも進められており(アイオワ州立大学M. Spalding私信),光合成能力の改良に向けて成果が大いに期待される.
Reference
1) 福澤秀哉,山野隆志,梶川昌孝:光合成研究,22, 174 (2012).
3) Y. Wang, D. J. Stessman & M. H. Spalding: Plant J., 82, 429 (2015).
5) 松田祐介,中島健介,菊谷早絵:化学と生物,52, 519 (2014).
6) T. Yamano, A. Asada, E. Sato & H. Fukuzawa: Photosynth. Res., 121, 193 (2014).