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植物における非集中型の概日時計システム植物の巧みな環境適応

Tomoko Koto

古藤 知子

京都大学大学院生命科学研究科分子代謝制御学

Hanako Shimizu

清水 華子

京都大学大学院生命科学研究科分子代謝制御学

Motomu Endo

遠藤

京都大学大学院生命科学研究科分子代謝制御学

Published: 2016-06-20

四季の変化や折々の花々にふと心を留めるとき,それらの植物がなぜ毎年同じ季節に花を咲かすことができるのか,不思議に思われたことはないだろうか.「花が咲く」という言葉を植物学ではもう少し厳密に定義し,花のつぼみ(花芽)ができ始めることを「花成」,花が開くことを「開花」といって区別する.それまでは,新しい葉を生み出しながら成長を続けてきた茎の末端が成長を止め,これまでとは全く違う組織である「花芽」を作り始める時期を決めるのに,体内時計(概日時計)の働きがかかわっている(1)1) 荒木 崇ほか:“植物の生存戦略”,朝日新聞社,2007.

バクテリアから植物・ヒトを含めた動物に至るまで,生物は概日時計システムを用いることで日ごとや季節ごとの環境変化に順応している.また多くの多細胞生物種において,概日時計システムは特定の器官のみに単一に存在するのではなく,さまざまな器官や組織に複数存在することが知られている.個体内に異なる性質をもった概日時計が複数存在する場合,時間情報を組織もしくは器官レベルで統合する必要がある.多細胞ネットワークにおいて,この統合の仕方は大きく3つに分類でき,一つのコアが多数を制御する「集中型」,複数のコアが階層構造をもってつながっている「非集中型」,それぞれの細胞が階層構造をもたずにつながっている「分散型」が知られている.

動物(哺乳類)の概日時計は,脳の視交差上核をコアとする集中型に近く,末梢組織の時計を同調させている.その一方で植物の概日時計は,細胞自律的に機能し組織ごとに機能の違いをもたない分散型である,と長い間考えられていた.私たちの研究グループは最近,独自の単離技術により葉肉・表皮・葉脈(維管束)を高い精度で単離することに成功した.単離組織を用いて組織レベルでの概日リズムを計測した結果,維管束と葉肉における時計遺伝子の発現量・振幅などが大きく異なっており,組織ごとに異なる時計システムが存在している可能性が示唆された(2)2) M. Endo, H. Shimizu, M. A. Nohales, T. Araki & S. A. Kay: Nature, 515, 419 (2014)..このことは,植物の概日時計システムは,均一な概日時計で構成されている分散型ではなく,階層構造をもつ集中型もしくは非集中型のネットワークであることを示唆している.そこで私たちは,植物の概日時計システムのネットワーク構造を決定するために,次のような研究を行った.

植物の概日時計システムが動物のような集中型であるならば,特定の組織に存在する概日時計が大部分の生理応答を担っているはずである.そこで,私たちは時計遺伝子の過剰発現が時計機能を阻害することを利用して,モデル植物であるシロイヌナズナの時計機能を組織特異的に阻害した系統を作出した.これらの系統では,野生型背景に組織特異的プロモーター制御下で時計遺伝子CCA1を過剰発現することで,組織特異的な機能阻害を達成している.これらの系統での花成速度(開花までにかかる時間)を測定した結果,植物体全体で時計機能を阻害した系統と,維管束で時計機能を阻害した系統において,長日条件下で顕著な遅咲きが観察された.葉肉や表皮・茎頂・胚軸・根で時計機能を阻害した系統での花成表現型は野生型と同程度だった.すなわち,維管束の時計機能が阻害された系統でのみ,遅咲きの花成表現型が観察されたのである(図1A図1■組織特異的に時計遺伝子を阻害した系統の表現型).一方で,短日条件下ではそうした有意な表現型の差は見られなかった.このことから,維管束の概日時計は日長条件に応答した花成,すなわち光周性花成に関与していると考えられた.シロイヌナズナの光周性花成に関しては遺伝子ネットワークの解明が進んでおり,最も直接的に花成に作用する遺伝子は葉の維管束で発現するFTであることがわかっている.FTタンパク質は花成ホルモン(フロリゲン)として同定されている唯一のタンパク質である(3)3) J. S. Shim & T. Imaizumi: Biochemistry, 50, 157 (2015)..そこで,これらの系統で,FT遺伝子の発現量を測定したところ,発現量と花成表現型はよく一致しており,遅咲きを示すこれらの系統でのみFT遺伝子の発現量が低下していた.このことから,FTの転写制御もしくはその上流において,維管束の概日時計が重要な働きをもっており,維管束の概日時計は想定していたよりも限定的な機能をもっていることが明らかとなった.

図1■組織特異的に時計遺伝子を阻害した系統の表現型

A: 長日条件(16時間明期・8時間暗期),22°Cで1カ月間育てた後の花成の様子.B: 長日条件,22°Cで7日間育てた後の胚軸伸長の様子.C: (12時間明期・12時間暗期),31°Cで7日間育てた後の子葉の展開の様子.

花成以外の生理応答もまた維管束の概日時計によって制御されているかどうかを調べることで,植物の概日時計システムのネットワーク構造を推測することができる.植物の概日時計によって制御される花成以外の生理応答として,胚軸(芽生えの茎)の伸長制御が知られている.これらの系統における胚軸長を測定したところ,植物体全体で時計機能を阻害した系統と,表皮で時計機能を阻害した系統でのみ顕著な胚軸伸長が観察された.これに対し,花成に大きな影響を与えた維管束の時計機能を阻害した系統は野生型と同様の胚軸長を示した(図1B図1■組織特異的に時計遺伝子を阻害した系統の表現型).このことより,花成の場合とは異なり表皮の概日時計が胚軸伸長制御に重要であることが示された.

維管束の概日時計は日長を入力系として利用し花成制御を行っていた.では,表皮の概日時計はどのような刺激を入力系として利用しているのだろうか? そこで,概日時計の入力系として知られている日長と温度(4)4) C. J. Doherty & S. A. Kay: Annu. Rev. Genet., 44, 419 (2010).について,さまざまな条件下での胚軸長を測定した.その結果,表皮の概日時計によって制御されている胚軸伸長は日長ではなく温度によって制御されていることが明らかとなった.概日時計による胚軸伸長制御に関しては,PIF4を介したシグナル伝達経路がすでに解明されている(5)5) P. Hornitschek, M. V. Kohnen, S. Lorrain, J. Rougemont, K. Ljung, I. López-Vidriero, J. M. Franco-Zorrilla, R. Solano, M. Trevisan, S. Pradervand et al.: Plant J., 71, 699 (2012)..表皮で概日時計機能を阻害した系統におけるPIF4およびその下流遺伝子群の発現量を測定したところ,暗期でのみこれらの遺伝子発現は上昇していた.すなわち,表皮の概日時計のPIF4に対する影響は夜間に限定(ゲーティング)されており,このことは植物の生長が夜間に起こることともよく一致している.

また,胚軸伸長だけではなく,子葉の面積についても,これらの系統において温度条件に応じた子葉面積の減少が観察された(図1C図1■組織特異的に時計遺伝子を阻害した系統の表現型).こうしたことから,表皮の時計は温度依存的な細胞伸長制御にかかわっていることが示された(6)6) H. Shimizu, K. Katayama, T. Koto, K. Torii, T. Araki & M. Endo: Nature Plants, 1, 15163 (2015).

植物の概日時計システムでは,日長刺激は維管束の概日時計を介して花成を制御し,温度刺激は表皮の概日時計を介して細胞伸長を制御していることが明らかになった.したがって,植物の概日時計システムは動物とは異なり,組織特異的な複数の概日時計が階層構造をもって緩やかにつながっている非集中型であると言える(図2図2■植物の非集中型の概日時計システム).さらに,これらの組織特異的な概日時計が異なる環境刺激を処理していることは,概日時計システムが環境適応に及ぼす役割を考えるうえで非常に興味深い.四季のある日本では,季節ごとの日の長さと平均気温の組み合わせはそれぞれ異なる.このとき,日長と温度を異なる概日時計が独立に感知し,異なる生理応答を制御する仕組みは,植物にとって実に理にかなっているのではないだろうか.適した季節に花を咲かせ,適した時期に生長する植物のしたたかさの一端は,組織特異的な概日時計システムが担っているのかもしれない.今後さらに,シロイヌナズナをはじめさまざまな生物における組織特異的な概日時計の機能やネットワークとしての仕組み解明が期待される.

図2■植物の非集中型の概日時計システム

哺乳類の概日時計システムは脳(視交差上核)にある一つの中枢(白丸)が末梢臓器の概日時計の制御を統括している集中型のネットワーク構造であるのに対して,植物の概日時計システムは各組織に存在する複数の中枢(白や灰色の丸)がそれぞれ独自に機能しており,それらは互いに緩くつながっている非集中型のネットワーク構造である.

Reference

1) 荒木 崇ほか:“植物の生存戦略”,朝日新聞社,2007.

2) M. Endo, H. Shimizu, M. A. Nohales, T. Araki & S. A. Kay: Nature, 515, 419 (2014).

3) J. S. Shim & T. Imaizumi: Biochemistry, 50, 157 (2015).

4) C. J. Doherty & S. A. Kay: Annu. Rev. Genet., 44, 419 (2010).

5) P. Hornitschek, M. V. Kohnen, S. Lorrain, J. Rougemont, K. Ljung, I. López-Vidriero, J. M. Franco-Zorrilla, R. Solano, M. Trevisan, S. Pradervand et al.: Plant J., 71, 699 (2012).

6) H. Shimizu, K. Katayama, T. Koto, K. Torii, T. Araki & M. Endo: Nature Plants, 1, 15163 (2015).