解説

Vigna属植物アズキのなかまがもつ多様性と可能性

Genus Vigna: A Reservoir of Diversity

Ken Naito

内藤

農研機構遺伝資源センター

Published: 2016-06-20

Vigna属とはアズキのなかまである.リョクトウやササゲなどの栽培種も同じVigna属に分類されるが,野生種の多様性はマメ科植物の中でも突出して高い.特に適応している環境の幅広さは驚異的であり,砂浜や砂漠,石灰岩カルストや酸性土壌など,作物の栽培が不可能な環境条件に自生する野生種が多数存在する.これらの環境適応性は農地の拡大や,農業生産の安定化を通して食糧問題を改善に導く可能性を秘めている.本稿では,これらVigna属野生種の具体例を紹介するとともに,われわれが進めている適応機構の解明や応用に関する研究について紹介する.

アズキといえば,私たち日本人には馴染み深い作物である.和菓子にはアズキから作られた餡が欠かせず,祝事があれば赤飯で祝う.また,6,000年以上前の縄文遺跡からアズキの炭化種子が出土しており,これは考古学的な証拠としては中国より古い.さらにアズキの祖先種と考えられるヤブツルアズキは,世界でも特に西日本に多く分布していることから,アズキは日本で独自に栽培化された作物であると考える向きもある(1)1) 友岡憲彦,加賀秋人,ダンカン=ヴォーン:豆類時報,51, 29 (2008).

アズキはマメ科のVigna属に分類されるが,同じ属内にはアズキ以外に8つの種がアジア・アフリカで独自に栽培化されている.それらにはモヤシの原料となるリョクトウ・ケツルアズキや,ササゲなどがある.日本ではアズキは嗜好品としての傾向が強いが,南アジアやアフリカの途上国においては,これらVigna属を含めたマメ科作物が主要なタンパク質供給源となっている.また,日本ではあまり知られていないVigna属作物としてバンバラマメとアカササゲがある.バンバラマメは落花生のような地下結実性の作物で,乾燥に対する耐性がマメ科作物の中でも特に高い.アカササゲはバリ島やパプアニューギニアで栽培されている作物であるが,マメよりもむしろ地下部に形成される塊根(イモ)を食べる(図1図1■アカササゲの塊根).この塊根のタンパク質含有量も非常に高く,ジャガイモの3倍,サツマイモの15倍に達すると言われている(2)2) N. Tomooka, A. Kaga, T. Isemura, D. A. Vaughan, P. Srinives, P. Somta, S. Thadavong, C. Bounphanousay, K. Kanyavong, P. Inthapanya et al.: The NIAS International WS on Genetic Resources, 14, 11 (2011).

図1■アカササゲの塊根

しかしVigna属の最大の特徴は野生種の多様性にある.その数は100種にのぼり,熱帯から温帯にかけて,世界中のほぼあらゆる地域に分布している.それらの中には砂浜海岸や石灰岩カルスト,酸性粘土質土壌,砂漠や湿地など,一般の農作物が栽培できない厳しい環境に適応したものも多数存在する.すなわち,Vigna属野生種は耐乾性や耐塩性などストレス耐性遺伝子の宝庫である.さらに,これら野生種には現地の人々によって食用や飼料用に利用されるものも多い.したがって,Vigna属野生種は非常に高い農業的価値を秘めた遺伝資源であると言えるだろう(2)2) N. Tomooka, A. Kaga, T. Isemura, D. A. Vaughan, P. Srinives, P. Somta, S. Thadavong, C. Bounphanousay, K. Kanyavong, P. Inthapanya et al.: The NIAS International WS on Genetic Resources, 14, 11 (2011).

本稿では,まず最初にこれらVigna属野生種について簡単に紹介する.つづいて,それらがもつストレス耐性機構の解明に向けたゲノミクス研究や遺伝解析について解説するとともに,野生種そのものを栽培化して新たな作物として利用する「ネオドメスティケーション」についても簡単に紹介したい.

アフリカのVigna属野生種

Vigna属の起源地は西アフリカであると考えられており,それだけアフリカに生息するVigna属野生種の多様性は非常に高い.しかしながらアフリカにおけるVigna属野生種の探索はいまだ十分に行われているとは言えず,今後さらに魅力的な野生種が発見される可能性も十分にある.

1. Vigna marina(3)3) N. Maxted, P. Mabuza Dlamini, H. Moss, S. Padulosi, A. Jarvis & L. Guarino: “African Vigna: an ecogeographic study,” International Plant Genetic Resources Institute, 2004.

V. marinaVigna属野生種の中でも最も注目すべきものの一つである.主な生息地は海岸沿いの砂浜であり,現地の植生の中でも最も海よりの位置を占める(図2図2■Vigna marinaの植生).したがって非常に優れた耐塩性を示し,2%以上の食塩水にさらされても枯れることはない.さらに,炭酸カルシウムを豊富に含む珊瑚礁の砂浜にも生育できることから,アルカリストレスに対しても非常に優れた耐性をもつ.また,種子の内部に空隙があり,海流に乗って種子を散布できるためその生息域は熱帯・亜熱帯のアフリカ東部・インド洋から太平洋沿岸まで広がっている.