解説

Vigna属植物アズキのなかまがもつ多様性と可能性

Genus Vigna: A Reservoir of Diversity

Ken Naito

内藤

農研機構遺伝資源センター

Published: 2016-06-20

Vigna属とはアズキのなかまである.リョクトウやササゲなどの栽培種も同じVigna属に分類されるが,野生種の多様性はマメ科植物の中でも突出して高い.特に適応している環境の幅広さは驚異的であり,砂浜や砂漠,石灰岩カルストや酸性土壌など,作物の栽培が不可能な環境条件に自生する野生種が多数存在する.これらの環境適応性は農地の拡大や,農業生産の安定化を通して食糧問題を改善に導く可能性を秘めている.本稿では,これらVigna属野生種の具体例を紹介するとともに,われわれが進めている適応機構の解明や応用に関する研究について紹介する.

アズキといえば,私たち日本人には馴染み深い作物である.和菓子にはアズキから作られた餡が欠かせず,祝事があれば赤飯で祝う.また,6,000年以上前の縄文遺跡からアズキの炭化種子が出土しており,これは考古学的な証拠としては中国より古い.さらにアズキの祖先種と考えられるヤブツルアズキは,世界でも特に西日本に多く分布していることから,アズキは日本で独自に栽培化された作物であると考える向きもある(1)1) 友岡憲彦,加賀秋人,ダンカン=ヴォーン:豆類時報,51, 29 (2008).

アズキはマメ科のVigna属に分類されるが,同じ属内にはアズキ以外に8つの種がアジア・アフリカで独自に栽培化されている.それらにはモヤシの原料となるリョクトウ・ケツルアズキや,ササゲなどがある.日本ではアズキは嗜好品としての傾向が強いが,南アジアやアフリカの途上国においては,これらVigna属を含めたマメ科作物が主要なタンパク質供給源となっている.また,日本ではあまり知られていないVigna属作物としてバンバラマメとアカササゲがある.バンバラマメは落花生のような地下結実性の作物で,乾燥に対する耐性がマメ科作物の中でも特に高い.アカササゲはバリ島やパプアニューギニアで栽培されている作物であるが,マメよりもむしろ地下部に形成される塊根(イモ)を食べる(図1図1■アカササゲの塊根).この塊根のタンパク質含有量も非常に高く,ジャガイモの3倍,サツマイモの15倍に達すると言われている(2)2) N. Tomooka, A. Kaga, T. Isemura, D. A. Vaughan, P. Srinives, P. Somta, S. Thadavong, C. Bounphanousay, K. Kanyavong, P. Inthapanya et al.: The NIAS International WS on Genetic Resources, 14, 11 (2011).

図1■アカササゲの塊根

しかしVigna属の最大の特徴は野生種の多様性にある.その数は100種にのぼり,熱帯から温帯にかけて,世界中のほぼあらゆる地域に分布している.それらの中には砂浜海岸や石灰岩カルスト,酸性粘土質土壌,砂漠や湿地など,一般の農作物が栽培できない厳しい環境に適応したものも多数存在する.すなわち,Vigna属野生種は耐乾性や耐塩性などストレス耐性遺伝子の宝庫である.さらに,これら野生種には現地の人々によって食用や飼料用に利用されるものも多い.したがって,Vigna属野生種は非常に高い農業的価値を秘めた遺伝資源であると言えるだろう(2)2) N. Tomooka, A. Kaga, T. Isemura, D. A. Vaughan, P. Srinives, P. Somta, S. Thadavong, C. Bounphanousay, K. Kanyavong, P. Inthapanya et al.: The NIAS International WS on Genetic Resources, 14, 11 (2011).

本稿では,まず最初にこれらVigna属野生種について簡単に紹介する.つづいて,それらがもつストレス耐性機構の解明に向けたゲノミクス研究や遺伝解析について解説するとともに,野生種そのものを栽培化して新たな作物として利用する「ネオドメスティケーション」についても簡単に紹介したい.

アフリカのVigna属野生種

Vigna属の起源地は西アフリカであると考えられており,それだけアフリカに生息するVigna属野生種の多様性は非常に高い.しかしながらアフリカにおけるVigna属野生種の探索はいまだ十分に行われているとは言えず,今後さらに魅力的な野生種が発見される可能性も十分にある.

1. Vigna marina(3)3) N. Maxted, P. Mabuza Dlamini, H. Moss, S. Padulosi, A. Jarvis & L. Guarino: “African Vigna: an ecogeographic study,” International Plant Genetic Resources Institute, 2004.

V. marinaVigna属野生種の中でも最も注目すべきものの一つである.主な生息地は海岸沿いの砂浜であり,現地の植生の中でも最も海よりの位置を占める(図2図2■Vigna marinaの植生).したがって非常に優れた耐塩性を示し,2%以上の食塩水にさらされても枯れることはない.さらに,炭酸カルシウムを豊富に含む珊瑚礁の砂浜にも生育できることから,アルカリストレスに対しても非常に優れた耐性をもつ.また,種子の内部に空隙があり,海流に乗って種子を散布できるためその生息域は熱帯・亜熱帯のアフリカ東部・インド洋から太平洋沿岸まで広がっている.

図2■Vigna marinaの植生

モルディブ諸島では食用に栽培されているとの報告があるほか,オーストラリアのアボリジニーは根を食用に利用することがあるという(3)3) N. Maxted, P. Mabuza Dlamini, H. Moss, S. Padulosi, A. Jarvis & L. Guarino: “African Vigna: an ecogeographic study,” International Plant Genetic Resources Institute, 2004.

2. Vigna luteola(3)3) N. Maxted, P. Mabuza Dlamini, H. Moss, S. Padulosi, A. Jarvis & L. Guarino: “African Vigna: an ecogeographic study,” International Plant Genetic Resources Institute, 2004.

V. luteolaは湖岸や河畔などに多く生息しているが,海岸付近に生息するものもある.また,土壌に対する適性の幅が非常に広く,生息地の土壌は火山灰土や粘土質土壌,強酸性土壌からアルカリ土壌まで多岐にわたっている.また遮光条件に対する耐性も高いとする報告もある.

3. Vigna vexillata(3)3) N. Maxted, P. Mabuza Dlamini, H. Moss, S. Padulosi, A. Jarvis & L. Guarino: “African Vigna: an ecogeographic study,” International Plant Genetic Resources Institute, 2004.

Vigna属の中でも最も多様性の高い種で,生息域はユーラシア大陸全域と,オーストラリアおよび中南米に及ぶ.生息環境もまた多様であり,低地から高地,酸性土壌からアルカリ土壌,砂漠から湿地までさまざまである.その最も極端な例としては年間降水量が100 mm以下のナミブ砂漠に生息するものが挙げられるだろう.したがって,多くの非生物ストレス耐性について非常に大きな種内多様性を有している.また,生物ストレスに対する耐性も数多く報告されており,ササゲゾウムシ,カメムシ,アザミウマ,マメノメイガ,寄生植物ストライガ,うどんこ病菌,カーモウイルスなどに対して高い抵抗性を有する系統が見いだされている.

さらに塊根を形成し,栄養繁殖もできるため,地上部を刈り取っても再び生えてくる.この特徴のためか,英語での俗名はZombi peaという.

アジアのVigna属野生種

Vigna属の起源地がアフリカということもあり,アジアのVigna属野生種の遺伝的多様性は南アジアで高く,次いで東南アジアが続き,東アジアが最も低い.しかしアジアの野生種にもやはりさまざまなストレス環境に適応した種が多く存在し,その中にはV. trilobataV. mungoのようにそれぞれ正反対の環境に適応し,非常に特徴的な根の形態を獲得した種もある.

1. Vigna trilobata(4)4) N. Tomooka, D. Vaughan, H. Moss & N. Maxted: “The Asian Vigna: Genus Vigna subgenus Ceratotropis genetic resources,” Kluwer Adacemic Publishers, 2002.

V. trilobataはインド~スリランカの乾燥した砂地に生え,非常に優れた耐乾性をもつ.また,ほとんど側根のない直根が地下深くに真っ直ぐ伸びるという特徴的な根系を形成する(図3図3■V. trilobataの根.側根がほとんど形成されない).インドのタミル・ナドゥ地方では家畜の餌として利用されることが多いが,種子を食べる人々もいる.

図3■V. trilobataの根.側根がほとんど形成されない

インドに分布するV. trilobataは内陸部に生息し,耐乾性に優れる一方で耐塩性は非常に低い.一方,スリランカに見られるV. trilobataは沿岸部に集中しており,耐乾性・耐塩性ともに高い.したがって,V. trilobataは植物の耐塩性進化を解明するうえでも興味深い種である.

2. Vigna mungo(4)4) N. Tomooka, D. Vaughan, H. Moss & N. Maxted: “The Asian Vigna: Genus Vigna subgenus Ceratotropis genetic resources,” Kluwer Adacemic Publishers, 2002.

V. mungoには栽培化されたものがあり,インドではリョクトウと並んで重要なマメ科作物となっている.この種は野生型,栽培型ともに湿害に対して非常に強く,地下部が冠水すると迅速に通気組織が形成される.そして驚くべきことに,冠水に応答して根の伸長方向が逆転し,マングローブのような気根を形成するに至る(図4図4■冠水条件に置かれたV. mungoの根).

図4■冠水条件に置かれたV. mungoの根

3. Vigna exilis(4)4) N. Tomooka, D. Vaughan, H. Moss & N. Maxted: “The Asian Vigna: Genus Vigna subgenus Ceratotropis genetic resources,” Kluwer Adacemic Publishers, 2002.

V. exilisは東南アジアの石灰岩カルストにのみ特異的に分布する種であり,アルカリ耐性をもつ遺伝資源として非常に有望である.しばしば露出した石灰岩の岩山や岩壁に生えており,岩の割れ目に根を伸長する(図5図5■石灰岩の割れ目に根を張るV. elixis).また種子は非常に細長い形態をしており,そのため岩の窪みや割れ目に引っかかりやすくなっていると考えられる.また,カルストは土壌が少なく,雨水がすぐに流れ去ってしまうため,V. exilisは耐乾性もかなり高い.

図5■石灰岩の割れ目に根を張るV. elixis

4. Vigna riukiuensis(4)4) N. Tomooka, D. Vaughan, H. Moss & N. Maxted: “The Asian Vigna: Genus Vigna subgenus Ceratotropis genetic resources,” Kluwer Adacemic Publishers, 2002.

V. riukiuensisは南西諸島~台湾の岬や海辺の丘陵地に生息することが多い.海岸近くに生息しているだけあって,塩ストレスに対して非常に強く,厚みがあって光沢の強い葉を形成する.アズキと交雑可能であり,耐塩性だけでなく耐暑性や耐乾性に関してもアズキよりもはるかに優れる.また,塩ストレス条件下で栽培された植物体は,葉は大きく分厚くなり,茎は太く短くなる上に,色も紫色から明るい緑色に変化することが知られている.

5. Vigna nakashimae(4)4) N. Tomooka, D. Vaughan, H. Moss & N. Maxted: “The Asian Vigna: Genus Vigna subgenus Ceratotropis genetic resources,” Kluwer Adacemic Publishers, 2002.

V. nakashimaeV. riukiuensisの近縁種であるが,全般的に耐塩性は低い.しかし長崎県五島列島では海に面した斜面に生息する集団が存在し,これらは耐塩性が高いことが示されている.しかも,V. nakashimaeの耐塩性系統がもつ耐塩性機構はV. riukiuensisのそれとは異なることも明らかとなっている.V. nakashimaeが植物体へのNaイオンの流入を抑制するのに対し,V. riukiuensisはむしろ積極的にNaイオンを吸収するのである(5)5) Y. Yoshida, R. Marubodee, E. Ogiso-Tanaka, K. Iseki, T. Isemura, Y. Takahashi, C. Muto, K. Naito, A. Kaga, K. Okuno et al.: Genet. Resour. Crop Evol., 63, 627 (2015).図6図6■100 mM NaCl条件下において,V. nakashimae(上)およびV. riukiuensis(下)の器官ごとのナトリウムイオン蓄積量).V. riukiuensisV. nakashimaeはいずれもアズキと交雑可能であることから,アズキに双方の耐塩性メカニズムを導入することで,超耐塩性アズキを作出することも可能であると考えられる.

図6■100 mM NaCl条件下において,V. nakashimae(上)およびV. riukiuensis(下)の器官ごとのナトリウムイオン蓄積量

6. Vigna stipulacea(4)

V. stipulaceaは比較的水が豊富に得られる環境に生息しているが,病原菌や害虫などの生物ストレスに対して極めて強いという特徴をもつ(図7図7■2011夏に同一圃場で栽培した栽培型アズキ(左)とV. stipulacea).2011年にはインドのタミル・ナドゥ地方で半栽培化された系統が発見され,食用および牧草に利用するために栽培されている.現地の人々はリョクトウ(V. radiata)やケツルアズキ(V. mungo)などの栽培種よりもこの半栽培型V. stipulaceaを好んで食べ,市場での種子の取引価格もV. stipulaceaのほうが高い.また現地の農民によれば,V. stipulaceaを栽培するにあたって農薬は一切必要ないという.

図7■2011夏に同一圃場で栽培した栽培型アズキ(左)とV. stipulacea

鱗翅目昆虫により食害の程度が大きく異なっている.

Vigna属遺伝資源の耐塩性評価試験

以上のようにVigna属にはさまざまなストレス耐性を有する野生種が多数存在するが,われわれの研究室では特に耐塩性に焦点をあてて研究を進めている.塩害は灌漑農業が行われている地域で特に深刻な問題となっているためだ.

降雨の少ない地域で灌漑農業を行うと,河川から引き込んだり地下水脈から汲み上げたりした水に微量に含まれる塩類が土壌に集積し,ついには結晶化してしまう.こうなると,圃場は2度と作物を栽培することができない塩の砂漠となってしまう.現在地球上で灌漑農業が行われている農地の約半分がこの問題を抱えており,放棄される圃場は毎年1千万ヘクタールにも及ぶと言われている.

そこで,われわれは世界各地から採集されたVigna属遺伝資源69系統を用いて耐塩性評価を行うことにした.同時に,DNA配列を用いて進化系統樹を作成し,耐塩性と系統進化との関係に何らかの相関があるかどうかを調査した(図8図8■Vigna属遺伝資源の進化系統樹と耐塩性レベル.耐塩性系統が系統樹上で複数のクラスターに分散していることから,耐塩性機構はそれぞれ独立に,しかもかなり短期間に獲得されたことが示唆される.).

図8■Vigna属遺伝資源の進化系統樹と耐塩性レベル.耐塩性系統が系統樹上で複数のクラスターに分散していることから,耐塩性機構はそれぞれ独立に,しかもかなり短期間に獲得されたことが示唆される.

その結果,10系統が200 mM NaClという強い塩ストレス条件下でも,ほとんどダメージを受けないことが明らかとなった.しかも,これら10の系統が,進化系統樹の上では4つのクラスターに分散していたのである(図8図8■Vigna属遺伝資源の進化系統樹と耐塩性レベル.耐塩性系統が系統樹上で複数のクラスターに分散していることから,耐塩性機構はそれぞれ独立に,しかもかなり短期間に獲得されたことが示唆される.).これは,Vigna属においては,種分化の過程で少なくとも4回は独立に耐塩性が進化したことを示唆している.系統によっては僅か5万年の間に耐塩性を獲得したと考えられるものもあり,耐塩性が短期間で容易に進化しうると考えられた.

さらに詳しく調査するため,植物体を根・茎・葉に分割して各器官に蓄積したNaイオンの濃度を測定することにした.その結果,同一のクラスター内に,根でNaイオンをフィルターして葉への蓄積を防いでいるものと,大量のNaイオンを葉に蓄積したものとが混在していたのである.したがって,耐塩性の獲得がより頻繁に生じていた可能性がある.

この結果は耐塩性系統と感受性系統が容易に交雑可能であることも示しており,今後はこれらの交雑によって得られた集団を使い,耐塩性遺伝子を遺伝学的に単離していきたいと考えている.

福島県相馬市における塩害圃場栽培試験

2011年3月11に東日本大震災が起こり,東北地方沿岸部では津波のために広大な塩害農地が発生した.そこで筆者らは2013年に福島県相馬市の農家から,津波を被った塩害圃場および脱塩処理によって一般的な農作業が可能となった脱塩圃場の一角を借り受け,ダイズおよびVigna属野生種の栽培試験を行った.

この実験に用いたのは福島県で主要栽培品種となっているダイズ(タチナガハ)と,上述の耐塩性試験により選抜された野生種V. marina, V. trilobata, V. riukiuensis,およびV. nakashimaeの4種である.

その結果,塩害圃場に植えられたダイズ品種タチナガハは全滅してしまったのに対し,Vigna属の耐塩性野生種は4種すべてが脱塩圃場よりも塩害圃場でより高い地上部乾物重を示した(5)5) Y. Yoshida, R. Marubodee, E. Ogiso-Tanaka, K. Iseki, T. Isemura, Y. Takahashi, C. Muto, K. Naito, A. Kaga, K. Okuno et al.: Genet. Resour. Crop Evol., 63, 627 (2015).図9図9■福島県相馬市の脱塩圃場および塩害圃場で実施した栽培試験の結果).したがって,Vigna属がもつ耐塩性は,圃場レベルでも十分に通用するものであることが示されたと言える.

図9■福島県相馬市の脱塩圃場および塩害圃場で実施した栽培試験の結果

2012年6月11日に播種し,10月31日に地上部をサンプリングして乾物重を測定した.

Vigna属ゲノムプロジェクト

上記以外にも,高いストレス耐性を有する野生種は多数存在する.農研機構遺伝資源センターには8,000点を超えるVigna属遺伝資源が保存されているが,耐塩性以外にも,やはり系統関係上は隣り合った2系統が,種々のストレスに対して全く異なる耐性レベルを示すことがしばしば観察されている.このようなケースではストレス耐性が進化学的に極めて短い期間で獲得されたと考えられる.したがって,それらのストレス耐性が,比較的単純で効果の大きな遺伝変異によって支配されている可能性は高いと期待される.

また,Vigna属は系統関係の近いもの同士であれば種間交雑も可能であるため,特定のストレスに対して強いものと弱いものとを交雑して後代集団を作ってしまえば,連鎖解析によって耐性遺伝子の座乗位置を容易に特定できる.筆者らはすでにV. marinaを用いたQTL解析を行っており,その極めて優れた耐塩性の約50%が,単一の遺伝子座によって説明できることを明らかにしている(6)6) S. Chankaew, T. Isemura, K. Naito, E. Ogiso-Tanaka, N. Tomooka, P. Somta, D. A. Vaughan & P. Srinives: Theor. Appl. Genet., 127, 691 (2013).

さらに,Vigna属はV. reflexopilosa(4n)を除けばほぼすべての種が2倍体であり,ゲノムサイズも430~680 Mbと比較的小さい.したがって全ゲノムを解読することも現実的に可能であり,それによってVigna属野生種がもつ有用遺伝子の同定を飛躍的に加速することができる.

そこで筆者らは,Vigna属植物の全ゲノムを解読するVignaゲノムプロジェクトを立ち上げた.ここ数年,次世代シーケンサーの普及によって多くの生物種のゲノム配列が報告されているが,ショートリードによるアセンブルでは遺伝子アノテーションの10~20%が不正確であることが示唆されている(77) C. Alkan, S. Sajjadian & E. E. Eichler: Nat. Methods, 8, 61 (2011).9)9) H. Sakai, K. Naito, E. Ogiso-Tanaka, Y. Takahashi, K. Iseki, C. Muto, K. Satou, K. Teruya, A. Shiroma, M. Shimoji et al.: Sci. Rep., 5, 16780 (2015)..この問題を回避するため,Vigna属ゲノムプロジェクトにおいては,10 kb以上のロングリードを得ることができるPacBioシーケンサー(10)10) J. Eid, A. Fehr, J. Gray, K. Luong, J. Lyle, G. Otto, P. Peluso, D. Rank, P. Baybayan, B. Bettman et al.: Science, 323, 133 (2009).のみによるアセンブルを行っている.このうちアズキの全ゲノム解読はすでに完了しており,得られたアセンブルの総延長はアズキゲノム(540 Mb)の95%に達し,そのギャップ率は僅か0.1%である(9)9) H. Sakai, K. Naito, E. Ogiso-Tanaka, Y. Takahashi, K. Iseki, C. Muto, K. Satou, K. Teruya, A. Shiroma, M. Shimoji et al.: Sci. Rep., 5, 16780 (2015)..野生種についても計19種の全ゲノムをPacBioによって解読する予定であり,このうちいくつかについてはすでにアセンブルを完了し,アズキゲノムと同様の数値を得られている.

今後,野生種同士の全ゲノム配列を比較解析することにより,Vigna属がもつ優れた環境適応性の一端が明らかになることを期待している.また,ゲノムが解読されることによって交雑集団を用いた遺伝解析が大幅に効率化すると期待される.

野生種を作物化できるか

野生の遺伝資源を育種に利用する場合,一般に考えられるのは野生種がもつ有用な形質や遺伝子を,栽培種へ導入するというやり方である.しかし有用遺伝子を種の壁を越えて応用する場合には,どうしても遺伝子組換えによる形質転換に頼らざるをえない.組換え体を一般圃場で栽培するには長期にわたって環境試験や安全性評価を行う必要があるため,ストレスに強い作物を開発することに成功したとしても,それを市場に提供するまでにはさらに10年単位の時間が必要となる.

ならば,従来の発想を逆転させ,野生種を作物として利用するという選択肢を考えてもいいのではないだろうか.幸いにも,Vigna属野生種には現地住民によって食用に利用されているものが多数ある.しかもストレス耐性については栽培種とは比較にならないほど優れているため,野生種を栽培化できればストレス環境適応型の新作物となる(11)11) 友岡憲彦:豆類時報,78, 2 (2015).

しかしながら,野生種には栽培上不都合な形質が多数ある.そのうち特に重大なのが裂莢によって完熟種子が飛散してしまうこと,可食部(種子)が小さいこと,および種子休眠のために種をまいても簡単には発芽しないことである.農耕を始めた人類は,これらの不良形質が改善したものを繰り返し選抜して栽培したため,現在のような作物が生まれた.

そして重要なことは,この栽培化に伴う不良形質の消失は,少数の遺伝子が機能を欠損することによって生じたということだ(12)12) J. F. Doebley, B. S. Gaut & B. D. Smith: Cell, 127, 1309 (2006)...すなわち,野生種の集団に放射線や化学変異剤などを処理し,不良形質を消失した突然変異体をスクリーニングすれば,比較的短期間に野生種の栽培化を実現できる可能性がある.何より,この手法は形質転換によらないため,新型作物が開発されれば直ちに一般圃場で栽培することが可能である.

このアイデアを実現するため,現在筆者らは実際に変異原を処理した大量の植物体を栽培し,より栽培に適した形質をもつ変異体の選抜を進めている.このやり方を,数万年前の人類が野生植物栽培化したプロセスを現代科学の技術と知見をもって改めて行うという意味を込めて,ネオ=ドメスティケーションと呼び,食糧問題解決の一手段として提案したいと考えている(図10図10■ネオドメスティケーションのコンセプト).

図10■ネオドメスティケーションのコンセプト

おわりに

以上のように,Vigna属野生種は非常に多様であり,かつさまざまな環境ストレス対する適応遺伝子を埋蔵した貴重な遺伝資源である.筆者らはこれを利用し,表と裏の両面からストレスに強い作物の開発に取り組みたいと考えている.表の道は,これらのゲノムを解読して研究基盤を構築し,遺伝解析によって耐性遺伝子を単離し,そしてそれを作物に応用することである.裏の道は,野生種を作物化することで,野生種がもつ環境適応性をそのまま利用してしまうことである.この両面作戦を通じて,世界に広がる広大な荒地を農地として利用できる日が来ることを夢に見ながら,日夜研究を進めていきたいと考えている.

Reference

1) 友岡憲彦,加賀秋人,ダンカン=ヴォーン:豆類時報,51, 29 (2008).

2) N. Tomooka, A. Kaga, T. Isemura, D. A. Vaughan, P. Srinives, P. Somta, S. Thadavong, C. Bounphanousay, K. Kanyavong, P. Inthapanya et al.: The NIAS International WS on Genetic Resources, 14, 11 (2011).

3) N. Maxted, P. Mabuza Dlamini, H. Moss, S. Padulosi, A. Jarvis & L. Guarino: “African Vigna: an ecogeographic study,” International Plant Genetic Resources Institute, 2004.

4) N. Tomooka, D. Vaughan, H. Moss & N. Maxted: “The Asian Vigna: Genus Vigna subgenus Ceratotropis genetic resources,” Kluwer Adacemic Publishers, 2002.

5) Y. Yoshida, R. Marubodee, E. Ogiso-Tanaka, K. Iseki, T. Isemura, Y. Takahashi, C. Muto, K. Naito, A. Kaga, K. Okuno et al.: Genet. Resour. Crop Evol., 63, 627 (2015).

6) S. Chankaew, T. Isemura, K. Naito, E. Ogiso-Tanaka, N. Tomooka, P. Somta, D. A. Vaughan & P. Srinives: Theor. Appl. Genet., 127, 691 (2013).

7) C. Alkan, S. Sajjadian & E. E. Eichler: Nat. Methods, 8, 61 (2011).

8) J. F. Denton, J. Lugo-Martinez, A. E. Tucker, D. R. Schrider, W. C. Warren & M. W. Hahn: PLOS Comput. Biol., 10, e1003998 (2014).

9) H. Sakai, K. Naito, E. Ogiso-Tanaka, Y. Takahashi, K. Iseki, C. Muto, K. Satou, K. Teruya, A. Shiroma, M. Shimoji et al.: Sci. Rep., 5, 16780 (2015).

10) J. Eid, A. Fehr, J. Gray, K. Luong, J. Lyle, G. Otto, P. Peluso, D. Rank, P. Baybayan, B. Bettman et al.: Science, 323, 133 (2009).

11) 友岡憲彦:豆類時報,78, 2 (2015).

12) J. F. Doebley, B. S. Gaut & B. D. Smith: Cell, 127, 1309 (2006)..