Kagaku to Seibutsu 54(7): 471-477 (2016)
解説
乳酸菌の腸粘膜への定着機構
Colonization Properties of Lactic Acid Bacteria to Mucosal Surface of the Intestinal Tract
Published: 2016-06-20
乳酸菌は,哺乳類の小腸から大腸に広く棲息するグラム陽性細菌である.乳酸菌を構成する最大の属であるLactobacillus属は,多岐にわたる有用効果が報告されており,近年では,民間伝承的な健康増進効果にとどまらず予防医学への応用も期待されている.一般に乳酸菌は積極的に摂取され宿主消化管で定着することが求められることから,複雑な腸内フローラを形成する消化管において,摂取された乳酸菌がどのようなプロセスを経て定着・共生することができるのか興味深い点である.本解説では,乳酸菌の生存戦略の一つである腸粘膜への付着に着目し,特にアドヘシン(付着因子)の細胞表層への提示機構とその役割について解説する.
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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哺乳類の消化管上皮には杯細胞が存在し,杯細胞から大量の粘液(ムチン)が産生され,腸上皮を被覆する.したがって,ムチンは乳酸菌の主要な定着の場であると考えられる.ムチンは,重量比で約90%以上の水分を含むため形態的に観察することは難しいが,凝固・脱水固定を原理とする灌流カルノア固定により速やかに固定を行うことで,薄いPAS陽性を示す粘液ゲル層(Outer mucus layer)と濃いPAS陽性を示す上皮細胞に接した高密度の粘液層(Inner mucus layer)の2層構造からなることを形態的に観察できる(図1a図1■PAS染色による大腸粘膜の組織学的所見と消化管粘膜の模式図).細菌は,粘液ゲル層までは入り込むことができるが,上皮細胞に接した粘液層はムチンが密に結合しているため入り込めず,それにより上皮細胞への細菌の接触や侵入を防ぐ役割を果たしている(1)1) M. E. Johansson, M. Phillipson, J. Petersson, A. Velcich, L. Holm & G. C. Hansson: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 15064 (2008)..このような2層構造の粘液層は大腸に特徴的であり,ヒトでは大腸の粘液ゲル層の厚さは800~900 µmほどにもなる(2)2) M. Derrien, M. W. van Passel, J. H. van de Bovenkamp, R. G. Schipper, W. M. de Vos & J. Dekker: Gut Microbes, 1, 254 (2010).(図1b図1■PAS染色による大腸粘膜の組織学的所見と消化管粘膜の模式図).
ムチンは,ポリペプチド骨格のセリン,トレオニンおよびプロリンを多く含むタンデムリピート構造をもち,リピート数の異なる多型を示すことが多い.ムチンの最小単位であるモノマーがジスルフィド結合し,分子量数十万からなる巨大なポリマー構造を形成する.ムチン(muc)遺伝子は少なくとも20種類以上見いだされており,膜結合型と分泌型に分類されるが,小腸から大腸では分泌型のMuc2ムチンが主である(1)1) M. E. Johansson, M. Phillipson, J. Petersson, A. Velcich, L. Holm & G. C. Hansson: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 15064 (2008)..図2a図2■ムチンの糖鎖修飾とHID染色による各消化管粘膜の組織学的所見にヒト大腸のMuc2ムチンに多く見られるO-型糖鎖のコア3型構造とそれに結合する糖鎖の例を示した.先に述べたタンデムリピート構造部分にO-グリコシド結合によりN-アセチルガラクトサミンが結合し,続いてN-アセチルグルコサミンがβ1→3結合したコア構造をとり(3)3) J. M. Larsson, H. Karlsson, H. Sjövall & G. C. Hansson: Glycobiology, 19, 756 (2009).,特に,非還元末端に存在するフコースを含む血液型関連糖鎖や負の電荷をもつシアル酸や硫酸基の修飾がムチン糖鎖の多様性を生み出している.筆者らは,ブタの各消化管部位の粘液組織を酸性糖の染色法である高鉄ジアミン・アルシアンブルー(HID/AB)染色により染色したところ,消化管下部になるほどHID染色性は強くなり,硫酸化ムチンの分布が消化管部位で顕著に異なることも確認している(図2b図2■ムチンの糖鎖修飾とHID染色による各消化管粘膜の組織学的所見).また最近,腸粘液のフコシル化の有無が腸内細菌の定着に影響することが報告されており(4)4) Y. Goto, T. Obata, J. Kunisawa, S. Sato, I. I. Ivanov, A. Lamichhane, N. Takeyama, M. Kamioka, M. Sakamoto, T. Matsuki et al.: Science, 345, 1254009 (2014).,このようなムチンの糖鎖修飾のパターンの違いは,乳酸菌の宿主腸粘膜との相互作用に影響を及ぼすものと推測される.
(a)ヒト大腸のMuc2ムチンに多いO-型糖鎖のコア3型構造に結合する糖鎖の模式図.Fuc, Fucose; Gal, Galactose; GalNAc, N-acetylgalactosamine; Glc, Glucose; NeuAc, N-acetylneuraminic acidを示す.コア3型構造とGalNAcの6位にNeuAcが結合した構造を基本として,SO3−, Fuc, NeuAc(青文字)がそれぞれの位置に結合する(ただし,これらがすべて結合した異性体構造は存在しない).シアル酸は,[NeuAc]で示したように内部のGalNAcあるいはGal残基にも分岐型として結合する.文献11) M. E. Johansson, M. Phillipson, J. Petersson, A. Velcich, L. Holm & G. C. Hansson: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 15064 (2008).と33) J. M. Larsson, H. Karlsson, H. Sjövall & G. C. Hansson: Glycobiology, 19, 756 (2009).を参考にした.(b)ブタの各消化管部位の粘液のHID/AB染色像.
一方,大腸とは異なり小腸の粘液ゲル層は1/10以下と薄いことから(図1b図1■PAS染色による大腸粘膜の組織学的所見と消化管粘膜の模式図),粘液層直下の上皮細胞,あるいは上皮細胞の表面に発現する糖衣(Glycocalyx)と呼ばれる細胞膜結合型糖タンパク質も乳酸菌の受容体となりうると考えられる.また,コラーゲン,ラミニン,フィブロネクチンなどの細胞外マトリックス(ECM)タンパク質も乳酸菌の付着性を評価する際に用いられるが,ECMタンパク質の多くは基底膜側に存在し,特に創傷部において表面に露出すると考えられることから,乳酸菌がこれらの受容体と相互作用することが消化管での定着性にどの程度の優位性を与えることができるか疑問が残る.
非運動性の乳酸菌が流動性の高い腸内環境において一定の細菌数を維持するには,乳酸菌が消化管に対して能動的に付着し,増殖することが重要であると考えられる.グラム陽性菌である乳酸菌の細胞表層は,厚いペプチドグリカン層,テイコ酸およびリポテイコ酸などの多糖類に加え,タンパク質性の物質から構成され,これらの一部が宿主への付着性を促進する付着因子(アドヘシン)として機能する.アドヘシンは,レクチンのようにリガンドとその受容体が明確であり特異的な相互作用を示すものや,特定の受容体をもたず非特異的な結合プロセスを有するものまで多岐にわたる(図3a図3■アドヘシンを介した乳酸菌の腸上皮への定着過程).多くの場合,一つの乳酸菌においていくつかのアドヘシンが複合的に機能することで,細菌と腸粘膜との間に多価的な結合が生じ,流動性が高く刻々と環境が変化する消化管内での乳酸菌の効率的な付着を可能にすると考えられる.さらに,細胞表層の構成因子は,細菌同士の自己凝集(Self-aggregation)やほかの細菌との共凝集(Co-aggregation)を促進するものも存在し,これらは腸粘膜への付着をより強固なものにする補助的な役割を果たすことから,凝集因子も広義のアドヘシンとして考えてよいだろう.すなわち,乳酸菌の定着の過程は,①アドヘシンを介した初期付着,②菌体同士の凝集,③コロニー(細菌叢)の形成といくつかのステップを経て成立すると考えられる(図3b図3■アドヘシンを介した乳酸菌の腸上皮への定着過程).
先述のとおり,細胞表層に存在するさまざまな因子がアドヘシンとして機能するが,多くはタンパク質性の物質である.グラム陽性細菌において,細胞外に分泌されるタンパク質は,細胞内で合成された後,いくつかの分泌経路を介して細胞表層に提示される(図4図4■Lactobacillus属のゲノム配列情報から推測されるタンパク質の分泌経路).このようなタンパク質のN末端には,数十アミノ酸残基からなる分泌シグナル配列が保存され,シグナル配列の種類により厳密に分泌経路が決定される.現在,Lactobacillus属のゲノム配列情報をもとに報告されている分泌経路は,Secretion(Sec)translocation, Competence development(Com)pathway, ATP-binding cassette(ABC)transporter,そしてHolinである(5)5) M. Kleerebezem, P. Hols, E. Bernard, T. Rolain, M. Zhou, R. J. Siezen & P. A. Bron: FEMS Microbiol. Rev., 34, 199 (2010)..一方,ほかのグラム陽性菌で広く保存されるTwin-arginine transporter(TAT)は見いだされていない.また,膜貫通チャネル複合体SecYEGやATPase依存性駆動因子SecAなどのSecトランスロコンの中心的役割を担う因子は保存されるが,膜透過性を促進する膜タンパク質SecDFやシグナル配列の認識に寄与するSecBは見いだされておらず,分泌機構に関しては不明な点が多い.