Kagaku to Seibutsu 54(7): 484-492 (2016)
解説
N-ミリストイル化タンパク質が担う多彩な生命現象細胞情報伝達から疾患誘導まで
The Role of Protein N-Myristoylation on a Wide Variety of Biological Processes
Published: 2016-06-20
タンパク質N-ミリストイル化は,タンパク質脂質修飾の一種であり,タンパク質を細胞膜へつなぎ止める膜アンカーとして働き,主として細胞情報伝達に機能することが知られてきた.最近,ケミカルバイオロジーの手法(クリックケミストリー)を用いたN-ミリストイル化タンパク質の高感度の検出法が確立され,この手法と最新の質量分析法を組み合わせることでヒト細胞内に存在するN-ミリストイル化タンパク質の網羅的解析が進んでいる.その結果,この脂質修飾が,細胞情報伝達以外に細胞内のタンパク質輸送やオルガネラ形成,アポトーシス,オートファジーの機構にも深く関与すること,さらにそれらの異常により,がんをはじめ神経変成疾患や感染症といったさまざまな疾患が誘導されることが明らかになってきた.本総説では,タンパク質N-ミリストイル化に関する最近の知見をまとめて紹介する.
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
タンパク質の脂質修飾は,脂肪酸,イソプレノイド,リン脂質といった脂質がタンパク質に共有結合するタンパク質翻訳後修飾であり,脂質修飾タンパク質の多くは細胞情報伝達をはじめとするさまざまな細胞の機能発現過程において重要な役割を担っている(1,2)1) M. D. Resh: Curr. Biol., 23, R431 (2013).2) 内海俊彦:生化学,82, 799 (2010)..このうちタンパク質N-ミリストイル化は1980年代初頭に日本人研究者により見いだされた反応である.この脂質修飾が特に注目を集めるようになったのは発がん遺伝子産物であるSrcタンパク質(p60src)にN-ミリストイル化が生じ,このタンパク質の発がん活性にこの脂質修飾が必須であることが明らかになってからである.その後の研究から,この脂質修飾は,正常細胞においても多くの細胞情報伝達に関与する生理活性タンパク質に生じ,単にタンパク質を細胞膜へつなぎ止める膜アンカーとして機能するだけでなく,タンパク質–膜間,あるいはタンパク質–タンパク質間の特異的相互作用を介して,タンパク質の細胞内局在や活性の制御を行うことにより細胞情報伝達に深く関与していることが明らかにされてきた(1~4).
タンパク質N-ミリストイル化をはじめとするタンパク質の脂質修飾の解析については,これまで一般化された簡便な解析手法が確立されておらず,リン酸化やグリコシル化,ユビキチン化といった主要な翻訳後修飾の解析と比較し遅れていた.しかし最近,ケミカルバイオロジーの手法(クリックケミストリー)による脂質修飾の検出法が開発され,この手法とSILAC法をはじめとする高感度の質量分析法とを組み合わせた脂質修飾の解析法が確立され,ヒト細胞内に存在するN-ミリストイル化タンパク質の網羅的解析が急速に進行している(5, 6)5) R. N. Hannoush: Curr. Opin. Chem. Biol., 28, 39 (2015).6) E. Thinon, R. A. Serwa, M. Broncel, J. A. Brannigan, U. Brassat, M. H. Wright, W. P. Heal, A. J. Wilkinson, D. J. Mann & E. W. Tate: Nat. Commun., 5, 4919 (2014)..その結果,この脂質修飾が,細胞情報伝達以外に細胞内のタンパク質輸送やオルガネラ形成,アポトーシス,オートファジーの機構にも深く関与すること,さらにそれらの異常により,がんをはじめ神経変成疾患や感染症といった疾患が誘導されることが次々と明らかになってきた.本稿では,まずタンパク質N-ミリストイル化に関する従来の知見をまとめ,新しい解析手法について解説する.つづいて網羅的解析の結果得られた最近の知見についてわれわれのデータを含め紹介する.
タンパク質N-ミリストイル化は,タンパク質に脂肪酸が付加するタンパク質アシル化の一種で,真核生物およびウイルス由来のタンパク質に見られる脂質修飾であり,真核生物では全タンパク質の1%程度がこの修飾を受けていると推定されている.真核細胞内では主としてN-ミリストイル化とS-パルミトイル化という2つのタイプのタンパク質アシル化が生じている.S-パルミトイル化が分子内Cys残基に翻訳後に起きるチオエステル結合を介した可逆的な修飾であるのに対し,N-ミリストイル化は通常,タンパク質N-末端Gly残基に起きるタンパク質合成(翻訳)と同時に起きるアミド結合を介した不可逆的な修飾である.N-ミリストイル化されるタンパク質のN-末端にはMet-Gly-で始まる8~9アミノ酸からなるN-ミリストイル化シグナルと呼ばれるコンセンサス配列が存在する(7, 8)7) T. A. Farazi, G. Waksman & J. I. Gordon: J. Biol. Chem., 276, 39501 (2001).8) T. Utsumi, M. Sato, K. Nakano, D. Takemura, H. Iwata & R. Ishisaka: J. Biol. Chem., 276, 10505 (2001)..リボソーム上でのタンパク質の翻訳途中にメチオニンアミノペプチダーゼ(MAP)により開始Metが切断除去された後,露出したN-末端Gly残基のα-アミノ基にN-ミリストイル転移酵素(NMT)がミリストイル-CoAのミリストイル基を転移する(図1A図1■細胞内で生ずる2種類のN-ミリストイル化反応).
A. 細胞質の遊離リボソーム上でタンパク質合成と同時に起きるN-ミリストイル化.B. アポトーシス過程でカスパーゼ切断断片に起きる翻訳後N-ミリストイル化.MAP,メチオニンアミノペプチダーゼ;NMT, N-ミリストイル転移酵素;Myr-CoA,ミリストイルCoA.
ヒトのNMTには2つのアイソフォームNMT1とNMT2が存在しこのうちNMT1が主要な機能を担っていることが知られているがNMT1とNMT2の機能的な違いは明らかではない.N-ミリストイル化されるタンパク質は,三量体型Gタンパク質αサブユニット,低分子量Gタンパク質,リン酸化酵素とその基質,脱リン酸化酵素,E3ユビキチンリガーゼとその関連タンパク質,Ca2+結合タンパク質,といった細胞情報伝達とその制御にかかわるタンパク質であり,これらはいずれも細胞の機能発現において極めて重要な役割を果たしている.
翻訳と同時に起きるN-ミリストイル化に加え,この修飾がアポトーシスの過程でカスパーゼにより切断されたタンパク質断片に翻訳後に起きることが知られている(図1B図1■細胞内で生ずる2種類のN-ミリストイル化反応).翻訳後N-ミリストイル化と呼ばれるこの修飾反応は,アポトーシス誘導因子として知られるBidに生ずることが見いだされた.Bidはアポトーシスの過程において重要な役割を果たす細胞質タンパク質であり,アポトーシス刺激に伴いカスパーゼ-8により切断されミトコンドリアへ移行し,ミトコンドリアからのシトクロムcの遊離を誘導することによりアポトーシスを進行させる.このカスパーゼ-8による切断に伴い生じたBidのC-末端側フラグメント(truncated Bid; tBid)が,翻訳後にN-ミリストイル化を受けること,さらにこのN-ミリストイル化がtBidのミトコンドリアへの移行およびシトクロムcの遊離に必須であることが明らかにされた(9)9) J. Zha, S. Weiler, K. J. Oh, M. C. Wei & S. J. Korsmeyer: Science, 290, 1761 (2000)..その後,われわれをはじめ複数のグループが,このBidに加えて,アクチン,ゲルゾリン,PAK2, PKCε, Huntingtinといったカスパーゼ基質においても翻訳後N-ミリストイル化が生じ,この修飾に伴いアポトーシスが正あるいは負に制御されることを報告している(10~12).
N-ミリストイル化タンパク質の多くは,膜結合を介して機能を発現するが,N-ミリストイル化タンパク質に結合したミリストイル基の疎水性は低く,N-ミリストイル化のみではタンパク質は必ずしも膜に結合するとは限らず,安定に膜結合するためには,正荷電アミノ酸のクラスターやパルミトイル化修飾といった膜結合性を増大させる第2のシグナルが必要である(1~4).これらの第2のシグナルを介した膜結合は,正荷電領域中のアミノ酸のリン酸化–脱リン酸化反応や,パルミトイル化–脱パルミトイル化反応により可逆的に制御されることがMARCKSタンパク質やGαiタンパク質などで示されている.また,Ca2+やグアニンヌクレオチド(GDP, GTP)といったリガンドとの結合,あるいは多量体化によるタンパク質構造の変化に伴いミリストイル基の露出度が大きく変化し,膜結合が制御される場合があることも,リカバリン,Arf-1, HIV-1 Gagなどで明らかにされている(図2図2■N-ミリストイル化タンパク質の機能発現機構).
N-ミリストイル化タンパク質の膜結合およびタンパク質との結合は,a),e)リガンド(Ca2+,グアニンヌクレオチドなど)との結合によるタンパク質構造の変化,b)特異的タンパク質との結合による正荷電アミノ酸のブロック,c)タンパク質リン酸化による正荷電の減少,d)可逆的なパルミトイル化,e)ミリスチン酸結合領域をもったタンパク質との特異的結合,といった多様なメカニズムを介して巧妙に制御されている.
これらの多様な機構を介した膜との結合–解離は,いずれもN-ミリストイル化タンパク質の機能発現における「分子スイッチ」として働くことから,「ミリストイルスイッチ」と総称されている(13, 14)13) M. D. Resh: Nat. Chem. Biol., 2, 584 (2006).14) M. H. Wright, W. P. Heal, D. J. Mann & E. W. Tate: J. Chem. Biol., 3, 19 (2010)..これらのメカニズムはいずれもタンパク質と膜との相互作用を介してタンパク質の機能発現に関与するが,タンパク質とタンパク質との相互作用にミリストイル基が直接関与する例が脳に局在するカルモジュリン結合タンパク質であるCAP-23/NAP-22について報告されている(15)15) M. Matsubara, T. Nakatsu, H. Kato & H. Taniguchi: EMBO J., 23, 712 (2004)..CAP-23/NAP-22で見られるN-ミリストイル化を介したタンパク質–タンパク質相互作用はそのほかのN-ミリストイル化タンパク質の機能発現過程においても機能しているものと推察される.
タンパク質N-ミリストイル化は,発がんウイルスのがん遺伝子産物であるSrcタンパク質に生ずる修飾反応であり,その発がん活性に必須であることから,がんとN-ミリストイル化との関連が知られていた(16)16) F. R. Cross, E. A. Garber, D. Pellman & H. A. Hanafusa: Mol. Cell. Biol., 4, 1834 (1984)..また,N-ミリストイル化反応を触媒するNMTの発現が大腸がんや腺がんで上昇しており,NMT基質であるSrcの活性が大腸がんや肺がんなどで上昇していることが見いだされている.またN-ミリストイル化タンパク質であるFMNL2, FMNL3, BTBD7の発現が大腸がんや肺がんで上昇していることも報告されている(17, 18)17) A. D. Deward, K. M. Eisenmann, S. F. Matheson & A. S. Alberts: Biochim. Biophys. Acta, 1803, 226 (2010).18) Y. F. Zeng, Y. S. Xiao, M. Z. Lu, X. J. Luo, G. Z. Hu, K. Y. Deng, X. M. Wu & H. B. Xin: Exp. Mol. Pathol., 98, 260 (2015)..このようにN-ミリストイル化タンパク質の発現上昇ががん化につながる例が多数報告されていることに加えて,最近,N-ミリストイル化ががん以外の疾患に直接関与している例が次々と見いだされている(図3図3■タンパク質N-ミリストイル化と疾患).
A. N-ミリストイル化タンパク質の過剰発現(大腸がん,肺がんなど),B. 遺伝子変異に伴うN-ミリストイル化(Noonan-like syndrome),C. N末端のN-ミリストイル化Glyの切断(フレクスナー型赤痢),D. 翻訳後N-ミリストイル化反応の異常(ハンチントン病),が疾患の原因となる.
ヒト遺伝性疾患であるヌーナン症候群と類似の疾患であるNoonan-like syndromeにおいて,Ras-MAPK経路の制御タンパク質であるSHOC2の2位Ser残基が,遺伝子変異に伴いGlyへと変化し,本来生じないN-ミリストイル化が生じる.このため,SHOC2の細胞内局在が変化し,成長因子刺激に伴う情報伝達に異常をきたし疾患が生じることが報告されている(19)19) V. Cordeddu, E. D. Schiavi, L. A. Pennacchio, A. Ma’ayan, A. Sarkozy, V. Fodale, S. Cecchetti, A. Cardinale, J. Martin, W. Schackwitz et al.: Nat. Genet., 41, 1022 (2009).(図3B図3■タンパク質N-ミリストイル化と疾患).また,赤痢菌の一種であるフレクスナー赤痢菌(Shigella flexneri)が産生するシステインプロテアーゼ活性を有する毒素タンパク質IpaJが,感染したヒト細胞内の小胞輸送を制御する低分子量Gタンパク質であるArfのN末端のN-ミリストイル化された2位Gly残基と3位Asn残基の間のペプチド結合を切断し,N-ミリストイル化されていないArfを生じることが示された(20)20) N. Burnaevskiy, T. G. Fox, D. A. Plymire, J. M. Ertelt, B. A. Weigele, A. S. Selyunin, S. S. Way, S. M. Patrie & N. M. Alto: Nature, 496, 106 (2013)..この切断により,宿主であるヒト細胞のArfを介した小胞輸送が阻害されることでフレクスナー赤痢菌がその病原性を発現していることが明らかにされた(図3C図3■タンパク質N-ミリストイル化と疾患).これは病原性細菌の毒性発現が宿主細胞のN-ミリストイル化の阻害により生じるという驚くべき発見であった.さらに,神経変成疾患であるハンチントン病の発症に,その原因遺伝子産物であるhuntingtin(HTT)の翻訳後N-ミリストイル化が関与している可能性が示された.正常なHTTはカスパーゼによる切断を受け翻訳後N-ミリストイル化され,オートファジーを誘導するのに対し,ハンチントン病患者の変異HTTではカスパーゼ切断とそれに続く翻訳後N-ミリストイル化が阻害されオートファジーが阻害される(図3D図3■タンパク質N-ミリストイル化と疾患).このことがハンチントン病発症の原因の一つであると提唱されている(21)21) D. D. O. Martin, S. Ladha, D. E. Ehrnhoefer & M. R. Hayden: Trends Neurosci., 38, 26 (2015)..これらの,N-ミリストイル化が疾患の発症や進行に直接関与する例に加え,N-ミリストイル化を阻害することにより疾患の治療をめざす試みが進んでいる.すなわちウイルスや原虫といった病原性微生物の感染,生存,増殖にN-ミリストイル化タンパク質が重要な役割を果たしていることから,これらの病原性微生物により起きる疾患の治療にNMT阻害剤を使用する試みが,マラリア,リーシュマニア症,トリパノソーマ症など,多くの疾患において進行している(22~24).
従来,タンパク質N-ミリストイル化は,精製されたタンパク質を使用し,MALDI-TOF MS などの質量分析により検出されてきた.また質量分析を用いることなく特定の遺伝子産物に生ずるN-ミリストイル化を検出する場合,遺伝子導入した培養細胞を用いたRI-標識ミリスチン酸による代謝標識が用いられた.これらの方法では,質量分析装置あるいはRI-実験施設の使用が必要であり,このことがN-ミリストイル化をはじめとする脂質修飾の検出がごく一部の研究者のみにより行われてきた理由であった.最近のケミカルバイオロジーの手法,特にアジドとアルキンの間の付加環化反応を利用したクリックケミストリーと呼ばれる反応の開発に伴い,この状況が大きく改善された(図4図4■ケミカルバイオロジーの手法によるN-ミリストイル化タンパク質の検出).
クリックケミストリーを用いたN-ミリストイル化の検出においては,アルキン化(あるいはアジド化)したミリスチン酸を細胞に取り込ませタンパク質を標識し,細胞を溶解後,アジド化(あるいはアルキン化)したtagとクリックケミストリーにより反応させ検出する(5, 25)5) R. N. Hannoush: Curr. Opin. Chem. Biol., 28, 39 (2015).25) E. W. Tate, K. A. Kalesh, T. Lanyon-Hogg, E. M. Storck & E. Thinon: Curr. Opin. Chem. Biol., 24, 48 (2015)..この際,ビオチンをtagに使用することでストレプトアビジンビーズを用いたN-ミリストイル化タンパク質の濃縮・精製が可能であり,蛍光色素をtagとして使用することでSDS-PAGEゲル上でのN-ミリストイル化タンパク質の蛍光検出が可能である.また最近ではビオチンと蛍光色素を含み,さらに切断可能な種々のtagが開発され,N-ミリストイル化タンパク質を濃縮・精製後tagを切断しN-ミリストイル化されたN末端ペプチドを質量分析により直接同定する手法も確立されている(26)26) M. Broncel, R. A. Serwa, P. Ciepla, E. Krause, M. J. Dallman, A. I. Magee & E. W. Tate: Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 54, 5948 (2015)..これらのクリックケミストリーによる手法とSILAC法と呼ばれる同位体標識を用いた高感度の質量分析の手法を組み合わせ,特定の細胞内で発現しているN-ミリストイル化タンパク質の網羅的解析が行われている.最近,この手法を用いたHeLa細胞における定常状態とアポトーシス誘導時におけるN-ミリストイル化タンパク質の網羅的解析が報告された(6)6) E. Thinon, R. A. Serwa, M. Broncel, J. A. Brannigan, U. Brassat, M. H. Wright, W. P. Heal, A. J. Wilkinson, D. J. Mann & E. W. Tate: Nat. Commun., 5, 4919 (2014)..その結果,定常状態においてHeLa細胞中には約100個のN-ミリストイル化タンパク質が発現していることが示された.またスタウロスポリンによるアポトーシス誘導に伴い,翻訳と共役したN-ミリストイル化タンパク質の合成が阻害され,代わりに約40個もの翻訳後N-ミリストイル化タンパク質が生ずることが明らかにされた.これらの定常状態およびアポトーシス誘導時に発現するN-ミリストイル化タンパク質の一部は,この解析によりはじめて同定された新規N-ミリストイル化タンパク質であり,核タンパク質や膜貫通タンパク質といった,これまでほとんどN-ミリストイル化が生ずることが報告されていない種類のタンパク質が含まれていた.この例以外に,同様の手法を用いてヒト免疫不全ウイルス(HIV-1),ヘルペスウイルス(HSV),マラリア,リーシュマニアといった病原性ウイルスや原虫に感染した感染細胞のN-ミリストイル化タンパク質の網羅的解析が報告されている(23, 24, 27, 28)23) M. H. Wright, B. Clough, M. D. Rackham, K. Rangachari, J. A. Brannigan, M. Grainger, D. K. Moss, A. R. Bottrill, W. P. Heal, M. Broncel et al.: Nat. Chem., 6, 112 (2014).24) M. H. Wright, D. Paape, E. M. Storck, R. A. Serwa, D. F. Smith & E. W. Tate: Chem. Biol., 22, 342 (2015).27) D. R. Colquhoun, A. E. Lyashkov, C. U. Mohien, V. N. Aquino, B. T. Bullock, R. R. Dinglasan, B. J. Agnew & D. R. Graham: Proteomics, 15, 2066 (2015).28) R. A. Serwa, F. Abaitua, E. Krause, E. W. Tate & P. O'Hare: Chem. Biol., 22, 1008 (2015)..その結果,病原性微生物の感染に伴い宿主細胞中に存在するN-ミリストイル化タンパク質の量および種類が大きく変化していることが明らかになってきた.これらのタンパク質の解析は,病原性微生物の感染,増殖の分子機構の解明,またそれらを抑制する薬剤の開発に大きく貢献するものと期待される.
上述のように,近年,ケミカルバイオロジーの手法を用いたN-ミリストイル化タンパク質の同定法の確立に伴い,特定の細胞が特定の条件下で発現するN-ミリストイル化タンパク質の網羅的同定が可能となっている.しかし,特定の細胞で発現するタンパク質はヒトゲノムにコードされた全タンパク質の一部のみであり,細胞を材料として解析を行う限り,ヒト個体全体で発現しうるすべてのN-ミリストイル化タンパク質を網羅的に同定することは理論上不可能である.
われわれは,細胞を用いずヒト細胞内に存在している全N-ミリストイル化タンパク質を同定する手法として,ヒトタンパク質の配列情報をもとに,無細胞タンパク質合成系を用いた代謝標識により試験管内でN-ミリストイル化を検出する手法を確立した(29~32)29) T. Suzuki, M. Ito, T. Ezure, M. Shikata, E. Ando, T. Utsumi, S. Tsunasawa & O. Nishimura: Proteomics, 6, 486 (2006).30) 内海俊彦.“タンパク質の翻訳後修飾解析プロトコール”,羊土社,p. 195, 2006.31) N. Sakurai, K. Moriya, T. Suzuki, K. Sofuku, H. Mochiki, O. Nishimura & T. Utsumi: Anal. Biochem., 362, 236 (2007).32) T. Suzuki, K. Moriya, K. Nagatoshi, Y. Ota, T. Ezure, E. Ando, S. Tsunasawa & T. Utsumi: Proteomics, 10, 1780 (2010).(図5図5■無細胞タンパク質合成系を用いた新規N-ミリストイル化タンパク質の同定).
ヒトタンパク質アミノ酸配列から新規N-ミリストイル化タンパク質候補を選出し,N末端10アミノ酸融合タンパク質を作製する.無細胞タンパク質合成系における代謝標識によりN-ミリストイル化を検討し,つづいて全長cDNAを用いて無細胞系および細胞における代謝標識によりN-ミリストイル化の有無を検討する.
ここで使用した昆虫細胞由来無細胞タンパク質合成系は,ヒトNMTの基質特異性と極めて類似した基質特異性を有するNMTを有し,試験管内で効率良くN-ミリストイル化タンパク質を合成する.また,細胞では発現し難い,高分子量タンパク質や多重回膜貫通タンパク質,毒性を有するタンパク質も効率良く合成する活性を有している(31)31) N. Sakurai, K. Moriya, T. Suzuki, K. Sofuku, H. Mochiki, O. Nishimura & T. Utsumi: Anal. Biochem., 362, 236 (2007)..この手法では,N末端にN-ミリストイル化に必須なMet-Gly配列をもつタンパク質を解析対象とし,N-ミリストイル化予測プログラムによる予測,タンパク質修飾のデータベース検索による既知N-ミリストイル化タンパク質の除去により,新規N-ミリストイル化タンパク質候補を選択する.これらのタンパク質のN末端10アミノ酸をモデルタンパク質(tGelsolin)のN末端10アミノ酸と置換した融合タンパク質cDNAのセットを構築し,それらのN-ミリストイル化を,昆虫細胞由来無細胞タンパク質合成系における[3H]ミリスチン酸標識,あるいはクリックケミストリーによる手法により検討する.効率良くN-ミリストイル化が生じることが示されたサンプルについて全長cDNAを入手し,ヒト由来の培養細胞に遺伝子導入し,[3H]ミリスチン酸標識あるいはクリックケミストリーの手法により細胞でのN-ミリストイル化を確認する.この手法の有効性を,かずさDNA研究所から提供されている約6,300個のヒトcDNA(Flexi ORF clones)のアミノ酸配列を用いて検討した結果,35個もの新規N-ミリストイル化タンパク質が同定され,この手法が,タンパク質のN末端配列情報のみから新規N-ミリストイル化タンパク質を同定する手法として優れていることが明らかになった(32~34)32) T. Suzuki, K. Moriya, K. Nagatoshi, Y. Ota, T. Ezure, E. Ando, S. Tsunasawa & T. Utsumi: Proteomics, 10, 1780 (2010).33) E. Takamitsu, K. Fukunaga, Y. Iio & T. Utsumi: Anal. Biochem., 464, 83 (2014).34) E. Takamitsu, M. Otsuka, T. Haebara, M. Yano, K. Matsuzaki, H. Kobuchi, K. Moriya & T. Utsumi: PLoS ONE, 10, e0136360 (2015)..これら35個の新規N-ミリストイル化タンパク質の中には,リン酸化酵素,脱リン酸化酵素といった細胞情報伝達関連タンパク質以外に,膜貫通タンパク質,ユビキチン化関連タンパク質,アクチン結合タンパク質,アポトーシス関連タンパク質といったこれまでにN-ミリストイル化が生ずることがほとんど報告されていない種類のタンパク質が多数含まれていた.また,がん,神経変成疾患といった疾患に直接関与することが報告されているタンパク質が多数存在した(32~35)32) T. Suzuki, K. Moriya, K. Nagatoshi, Y. Ota, T. Ezure, E. Ando, S. Tsunasawa & T. Utsumi: Proteomics, 10, 1780 (2010).33) E. Takamitsu, K. Fukunaga, Y. Iio & T. Utsumi: Anal. Biochem., 464, 83 (2014).34) E. Takamitsu, M. Otsuka, T. Haebara, M. Yano, K. Matsuzaki, H. Kobuchi, K. Moriya & T. Utsumi: PLoS ONE, 10, e0136360 (2015).35) K. Moriya, T. Yamamoto, E. Takamitsu, Y. Matsunaga, Y. Kimoto, T. Suzuki & T. Utsumi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 76, 1201 (2012)..
無細胞タンパク質合成系を利用した解析系を用いたわれわれの研究から,N-ミリストイル化が生じなくても膜に局在しうると考えられる膜貫通タンパク質にN-ミリストイル化が生じる場合があることが明らかになった.そこでこれらの膜タンパク質に生ずるN-ミリストイル化の機能に興味をもち解析を行った.ここではそれぞれ小胞体,ミトコンドリアに特異的に局在する膜タンパク質であるProtein LunaparkとSAMM50について解析した結果を紹介する(図6図6■膜タンパク質に生ずるN-ミリストイル化の機能).
A. N-ミリストイル化されたProtein LunaparkのCOS-1細胞での過剰発現は小胞体の顕著な編目状構造を形成させるが,N-ミリストイル化を阻害したG2A変異体ではこの変化は生じない.B. COS-1細胞で発現させたN-ミリストイル化されたSAMM50はミトコンドリアに特異的に局在するが,G2A変異体ではその多くが細胞質に局在する(文献34, 38の図を改変,Web版のカラー図を参照のこと).
Protein Lunaparkは小胞体に局在する膜タンパク質であり,ごく最近になって,小胞体の網目状構造の形成にかかわることが明らかにされたタンパク質である(36, 37)36) S. Chen, P. Novick & S. Ferro-Novick: Nat. Cell Biol., 14, 707 (2012).37) T. Shemesh, R. W. Klemm, F. B. Romano, S. Wang, J. Vaughan, X. Zhuang, H. Tukachinsky, M. M. Kozlov & T. A. Rapoport: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, E5243 (2014)..各種変異体を用いた膜上トポロジーの解析から,このタンパク質は,N末端およびC末端をいずれも細胞質に向けた2回膜貫通型のタンパク質であることが明らかになった(38)38) K. Moriya, K. Nagatoshi, Y. Noriyasu, T. Okamura, E. Takamitsu, T. Suzuki & T. Utsumi: PLoS ONE, 8, e78235 (2013)..またN-ミリストイル化はこのタンパク質の小胞体膜通過・局在化および膜上トポロジー形成に影響を与えないことも示された.このタンパク質をヒト細胞で過剰発現すると,顕著な小胞体の編目状構造の形成が誘導されたが,2位GlyをAlaに置換しN-ミリストイル化を阻害したG2A変異体では網目状構造の形成は見られなかった.このことから,Protein Lunaparkによる小胞体の形態形成にタンパク質N-ミリストイル化が重要な役割を果たしていることが明らかになった(38)38) K. Moriya, K. Nagatoshi, Y. Noriyasu, T. Okamura, E. Takamitsu, T. Suzuki & T. Utsumi: PLoS ONE, 8, e78235 (2013).(図6A図6■膜タンパク質に生ずるN-ミリストイル化の機能).SAMM50はミトコンドリア外膜に存在するβバレル型膜タンパク質をミトコンドリア外膜に組み込むタンパク質複合体であるSAM複合体の主要構成成分であり,自身もβバレル型膜タンパク質である(39)39) A. Chacinska, C. M. Koehler, D. Milenkovic, T. Lithgow & N. Pfanner: Cell, 138, 628 (2009)..G2A変異体を作製し,ヒト細胞への遺伝子導入に伴う細胞内局在を検討したところ,野生型SAMM50では効率良くミトコンドリアへの局在が生じたのに対し,G2A変異体ではその多くが細胞質に局在した.このことから,SAMM50のミトコンドリア局在に,N-ミリストイル化が必用であることが明らかになった(34)34) E. Takamitsu, M. Otsuka, T. Haebara, M. Yano, K. Matsuzaki, H. Kobuchi, K. Moriya & T. Utsumi: PLoS ONE, 10, e0136360 (2015).(図6B図6■膜タンパク質に生ずるN-ミリストイル化の機能).SAMM50はミトコンドリア外膜タンパク質でありながらミトコンドリアのクリステ構造の形成に関与し,またミトコンドリアと小胞体との相互作用にも関与することが知られており(40)40) A. I. C. Hohr, S. P. Straub, B. Warscheid, T. Becker & N. Wiedemann: Biochim. Biophys. Acta, 1853, 74 (2015).,これらの機能にSAMM50に生ずるN-ミリストイル化がどのような役割を果たしているのかについても興味がもたれる.以上のように,小胞体膜上で合成され,タンパク質合成と共役して膜に挿入される膜貫通領域をもつProtein Lunaparkと,細胞質で合成されミトコンドリアへと移行するβバレル型膜タンパク質であるSAMM50に生ずるN-ミリストイル化は,それぞれオルガネラの形成,オルガネラへの特異的局在といった異なる現象に重要な役割を果たしていることが明らかになった.今後,そのほかのN-ミリストイル化された膜タンパク質の解析が進行することにより,膜タンパク質に生ずるN-ミリストイル化の多彩な役割が明らかになるものと期待される.
タンパク質N-ミリストイル化は,1980年初頭に日本人研究者により見いだされ,がん遺伝子産物p60srcに生ずる脂質修飾として注目を集め,その後30年以上にわたる研究の歴史をもつタンパク質翻訳後修飾である.この間,リン酸化酵素,GTP結合タンパク質,Ca2+結合タンパク質といった細胞情報伝達タンパク質に生ずるN-ミリストイル化の詳細な機能解析から「ミリストイルスイッチ」と総称される巧妙な機能制御機構が次々と発見され多くのTop journalに掲載され,注目を集めてきた.このため,N-ミリストイル化は細胞質タンパク質に生じ,細胞質と細胞膜間の情報交換に特異的に機能する翻訳後修飾であるという先入観が多くの研究者に植え付けられたようである.しかし,本稿で紹介した,近年のケミカルバイオロジーの手法による細胞レベルでの網羅的解析や,われわれが行っている無細胞タンパク質合成系を用いたタンパク質N末端配列に基づく網羅的解析から,ヒト細胞中には極めて多様な種類のN-ミリストイル化タンパク質が存在し,多彩な機能を発現していることが明らかになってきた.また,主にがんと関連すると考えられてきたN-ミリストイル化が,多くの感染症や神経変成疾患に直接関与することも明らかになってきた.今後,これらの網羅的解析が進行し,ヒト細胞内に存在するすべてのN-ミリストイル化タンパク質が同定され,機能解析が進むことにより,その多彩な機能の全貌が明らかになるものと期待される.
Acknowledgments
本稿において紹介した筆者らの研究のうち,昆虫細胞由来無細胞タンパク質合成系を用いた研究成果は(株)島津製作所との共同研究により得られたものである.ご協力いただいた皆様に感謝いたします.
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