セミナー室

昆虫エクジステロイド生合成にかかわる酵素群と昆虫成長制御剤の開発

Ryusuke Niwa

丹羽 隆介

筑波大学・生命環境系

Published: 2016-06-20

It is to be hoped, therefore, that the present experiments will lead not to actual use of these particular chemicals but to the discovery of others that will be safe and also highly specific in their action on the target insect. . . . Some of the most interesting of the recent work is concerned with still other ways of forging weapons from the insect’s own life processes.
—— Rachel Carson (1962)(1)1) R. Carson: “Silent Spring, Anniversary Edition,” Houghton Mifflin, 2002.

レイチェル・カーソンの『沈黙の春』は,農薬などの化学物質が過剰かつ無計画に使用されることの危険性を訴えた本として極めて有名である.しかし,案外知られていないことだが,カーソンは何もいかなる農薬の使用も禁止せよと主張してはいない.逆に,冒頭で引用した『沈黙の春』の一節に明記されていることは,害虫だけに作用するタイプの化合物を見いだせれば,それを環境に調和した安全な農薬として使用できるのではないか,というアイデアである.このアイデアの実現は,同じ1960年代に昆虫の脱皮と変態を制御する2大ホルモンである幼若ホルモンと脱皮ホルモンの化学構造が明らかにされたことで一気に現実味を帯びた.そして,昆虫生理学の大家Carroll M. Williamsによって,昆虫ホルモンの作用を撹乱する物質は「第3世代の農薬(third-generation pesticides)」になると提唱された(2)2) C. M. Williams: Sci. Am., 217, 13 (1967)..現在は,昆虫に特有のライフスタイルを撹乱する農薬は「昆虫成長制御剤(insect growth regulator; IGR)」と呼称されている(3~5)3) 中川好秋:“昆虫成長制御剤概論”,園部治之,長澤寛道編,東海大学出版会,2011.4) 田中啓司:“エクジステロイドの構造と機能に基づいて開発された害虫防除剤”,園部治之,長澤寛道編,東海大学出版会,2011.5) 亀井正治:“幼若ホルモンアナログを用いた昆虫成長制御剤”,園部治之,長澤寛道編,東海大学出版会,2011.

本稿で筆者は,過去15年間で一気に解明された脱皮ホルモン(エクジステロイド)生合成にかかわる酵素群に関する基礎的知見を整理し,これらの酵素群を新たなIGR開発のターゲットとするための現在の最も現実的な戦略を議論する.実は,筆者は同様の内容を2011年および2012年にそれぞれ和文総説において議論したが(6, 7)6) 丹羽隆介:植物防疫,65, 144 (2011).7) 丹羽隆介:日本農薬学会誌,37, 377 (2012).,本稿では2016年現在の知見をアップデートするとともに,2014年に筆者らが同定した「Noppera-bo」と呼ばれる新規酵素の機能に焦点を当てたい.

エクジステロイドと昆虫成長制御剤の開発

昆虫の生活環を特徴づける代表的な生命現象は,脱皮と変態である.外骨格をもつ生物である昆虫は,ほかの外骨格生物と同様に,体がある程度大きくなると外皮を脱皮によって脱ぎ捨て,より大きな外骨格を作る過程を繰り返すことで発育していく.そして,ある発育段階に達すると,完全変態昆虫であれば幼虫から蛹へ,不完全変態昆虫であれば成体へと変態する.脱皮や変態の過程は,数多くの神経ペプチドとホルモンが関与する複雑な神経内分泌の過程であることが古くから知られている(8, 9)8) 宇尾淳子:“ホルモンの不思議—アオムシがチョウになる—”,蒼樹書房,1981.9) 石崎宏矩:“サナギから蛾へ—カイコの脳ホルモンを究める—”,名古屋大学出版会,2006..長いホルモン研究の歴史の中で,脱皮と変態のタイミングを決めるうえで常に重要視されているのは,昆虫ステロイドホルモンであるエクジステロイドである(10)10) 丹羽隆介:“エクジステロイド生合成の調節機構”,園部治之,長澤寛道編,東海大学出版会,2011.

エクジステロイドの生合成と生理作用は,節足動物および一部の線形動物に限定されており,哺乳動物を含むそのほかの動物種においては認められない.よって,エクジステロイドの機能を撹乱する作用のある薬剤は,選択性の高いIGRの有力候補である.実際,1988年に米国のローム・アンド・ハース社の研究グループが,ジベンゾイルヒドラジンに脱皮ホルモン活性があることを報告し,その後に同定された類縁化合物は農薬として実用化された(4)4) 田中啓司:“エクジステロイドの構造と機能に基づいて開発された害虫防除剤”,園部治之,長澤寛道編,東海大学出版会,2011..また,1991年に活性型エクジステロイド(20-ヒドロキシエクジソン;20E)の受容体EcRが報告され,ジベンゾイルヒドラジン化合物がEcRのアンタゴニストとして作用することが確認された(4)4) 田中啓司:“エクジステロイドの構造と機能に基づいて開発された害虫防除剤”,園部治之,長澤寛道編,東海大学出版会,2011..これ以降は,EcRおよびその2量体パートナーであるUltraspiracle(USP)に作用する化合物スクリーニングは,エクジステロイド機能撹乱型IGR発掘の最も有力な系と認識されてきた.

一方で,ジベンゾイルヒドラジン化合物を含め,EcR/USPに作用する既存のIGRの殺虫効果は一部の昆虫に限定されており,それ以外の害虫に対して有効なIGRとは言えない.こうした状況から,より汎用性の高いエクジステロイド機能撹乱型IGRの開発を狙うには,エクジステロイドの受容体機能阻害とは別の側面に注目した戦略が必要であると議論されてきた.

そこで挙げられるのが,エクジステロイドの生合成を阻害する戦略である.ただ,1980年代からエクジステロイドの受容やシグナリングに関する研究が著しく展開してきたのと比較して,生合成経路の研究は大きく立ち遅れ,生合成過程にかかわる酵素群すらも長らく未解明のままであった.しかし21世紀に入ってから状況は大きく変化し,エクジステロイド生合成に必須の役割を果たす酵素群の同定が一気に進んだ(11)11) R. Niwa & Y. S. Niwa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 78, 1283 (2014)..こうして同定された酵素群に基づいて,エクジステロイド生合成をターゲットとする創農薬戦略がようやく現実味を帯びてきた.

エクジステロイドの生合成経路

エクジステロイド生合成にかかわる酵素の詳細に触れる前に,現在までに明らかにされているエクジステロイド生合成経路に触れる.エクジステロイド生合成の出発材料は,コレステロールあるいは植物ステロールである.昆虫はアセチルCoAなど低分子化合物からステロイド骨格を合成することができないため,食餌からのステロール摂取がエクジステロイド生合成にとって必須である.図1図1■昆虫エクジステロイド生合成経路と生合成に関与する酵素群にまとめた模式図においては,エクジステロイドの原料としてコレステロールが用いられた場合を示している.エクジステロイド生合成の第一段階は,(コレ)ステロールから7-デヒドロコレステロールへの脱水素化である.次いで,7-デドロコレステロールは,A/B環のシス型への立体構造の変化,第6位(C6)の炭素鎖修飾のケト化,C14の水酸化を経て5β-ケトジオールと呼ばれる中間産物になる.7-デドロコレステロールから5β-ケトジオールへと至る過程はいまだ中間産物が正確に同定されていないため,「ブラックボックス」と呼称されている(12)12) H. Ono, S. Morita, I. Asakura & R. Nishida: Biochem. Biophys. Res. Commun., 421, 561 (2012)..5β-ケトジオールから活性化型エクジステロイドである20Eへと至る過程は,4段階の変換ステップで構成されており,C25, C22, C2,およびC20が段階的に水酸化される.

図1■昆虫エクジステロイド生合成経路と生合成に関与する酵素群

酵素群の名称は緑色の文字で示した.現在までに,生合成経路の中で中間産物の構造のすべてが正確に同定されていない「ブラックボックス」には最低4つの酵素の関与が想定されているが,正確な触媒段階は特定されていない.Noppera-boはコレステロールの動態調節にかかわることが示唆されているが,中間体の化学変換にかかわるかどうかは不明である.

幼虫~蛹期のエクジステロイド生合成過程のうち,最後のC20の水酸化以外は前胸腺と呼ばれる内分泌器官において生合成される.一方,エクジソンから20EへのC20水酸化反応だけは,前胸腺ではなく,脂肪体などの末梢組織で起こる.この20Eが主に体液中を循環してさまざまな組織に働きかけることで,脱皮および変態が誘導されると考えられている.

エクジステロイド生合成にかかわる酵素群

1980~1990年代までに,上述したエクジステロイド生合成過程の生化学的変換ステップについての多くの部分が解明された(13)13) 桜井 勝:“前胸腺におけるエクジソン合成系と分泌調節”,大西英爾・園部治之・長澤寛道編,名古屋大学出版会,1995..それぞれの変換ステップにかかわる生合成酵素が初めて報告されたのは2000年であり,それ以降現在までの約15年間で生合成にかかわる酵素の解明が一気に進んだ.コレステロールから20Eに至るまでの中間体の変換にかかわる酵素として,現在までに10種類の酵素が判明している.これらのうちのいくつかの酵素の発見については,「ハロウィーン突然変異株群」と呼ばれる一連のキイロショウジョウバエの胚性致死変異株の発見が鍵となった(10)10) 丹羽隆介:“エクジステロイド生合成の調節機構”,園部治之,長澤寛道編,東海大学出版会,2011..この突然変異株群では,胚期のエクジステロイド量が野生型に比べて著しく減少しており,また胚のクチクラ構造がツルツルになる特徴的な形成不全が見られる.「ツルツルでとらえどころがない」という意味で,「幽霊」や「亡霊」の意味の名称が付けられたことから,総称して「ハロウィーン突然変異株群」と呼ばれている.関連して,エクジステロイド生合成にかかわる酵素をコードする遺伝子は「ハロウィーン遺伝子」としばしば呼称されている(10)10) 丹羽隆介:“エクジステロイド生合成の調節機構”,園部治之,長澤寛道編,東海大学出版会,2011.

ハロウィーン遺伝子のコードする酵素は,その構造に照らして4つのファミリーに分類される.以下,大まかにエクジステロイド生合成過程にかかわる順序で各タイプの分子を概説する.

1. ハロウィーンP450群

シトクロムP450モノオキシゲナーゼは,基質に一つの酸素分子を付加する活性をもち,原核生物から真核生物まで広く存在する酵素ファミリーである(14)14) 大村恒雄:“シトクロムP450概説”,大村恒雄,石村 巽,藤井義明編,講談社,2009..脊椎動物のステロイドホルモン生合成過程と同様,エクジステロイド生合成過程にも水酸基の生成など酸素分子付加によって担われる反応が複数存在し,それぞれのステップにP450が関与する.最初に報告されたエクジステロイド生合成酵素Disembodied (Dib)/CYP302A1を皮切りに,Spook/CYP307A1, Spookier/CYP307A2, CYP6T3, Phantom/CYP306A1, Shadow/CYP315A1,そしてShade/CYP314A1の7種類のエクジステロイド生合成P450が同定されており,しばしば「ハロウィーンP450」と呼称される(10, 11)10) 丹羽隆介:“エクジステロイド生合成の調節機構”,園部治之,長澤寛道編,東海大学出版会,2011.11) R. Niwa & Y. S. Niwa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 78, 1283 (2014)..酵素名としては,キイロショウジョウバエの突然変異株名に基づく名称とともに,P450国際命名規約に則った「CYP」で始まる名称も用いられる.

現在までに,Phantom/CYP306A1, Disembodied/CYP302A1, Shadow/CYP315A1およびShade/CYP314A1については,生化学的実験によって内在性基質が決定されており,図1図1■昆虫エクジステロイド生合成経路と生合成に関与する酵素群に示すような特異的な変換ステップにそれぞれ必須の役割を果たしている.一方,Spook/CYP307A1, Spookier/CYP307A2,およびCYP6T3の3つについては,「ブラックボックス」内で機能することが明らかにされているのみで,基質の特定には至っていない(10, 11)10) 丹羽隆介:“エクジステロイド生合成の調節機構”,園部治之,長澤寛道編,東海大学出版会,2011.11) R. Niwa & Y. S. Niwa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 78, 1283 (2014).

2. Rieske型酸化酵素Neverland

筆者らは,カイコガのマイクロアレイを用いて前胸腺で発現の高い遺伝子を探索した結果,P450とは異なる新規の酸化酵素をコードする遺伝子を同定した.この酵素遺伝子の機能をRNAiによって抑制したところ,エクジステロイド生合成が阻害されて幼虫期で発生が停止する表現型が観察されたことから,「大人になれない」という意味で,neverlandと命名した(15)15) T. Yoshiyama, T. Namiki, K. Mita, H. Kataoka & R. Niwa: Development, 133, 2565 (2006)..NeverlandがもつRieskeドメインは,電子伝達系酵素や一部のステロイド代謝酵素に見られる特徴的なアミノ酸モチーフとして知られている.これまでの分子遺伝学的および生化学的解析から,Neverlandはコレステロールから7-デヒドロコレステロールの変換を担う活性をもつことが示されている(16)16) T. Yoshiyama-Yanagawa, S. Enya, Y. Shimada-Niwa, S. Yaguchi, Y. Haramoto, T. Matsuya, K. Shiomi, Y. Sasakura, S. Takahashi, M. Asashima et al.: J. Biol. Chem., 286, 25756 (2011)..また,ハロウィーンP450群や後述するそのほかの酵素群をコードする遺伝子が節足動物ゲノムにしか見いだされないのに対して,neverlandオーソログはテトラヒメナなどの単細胞生物から脊椎動物(魚類,両生類,鳥類)にまで見いだされており,生物界を通じて強い保存性が認められる.実際,これらの広範な生物種のNeverlandも,コレステロール7,8-デヒドロゲナーゼ活性を有することが確認されている(11, 17)11) R. Niwa & Y. S. Niwa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 78, 1283 (2014).17) 丹羽隆介:化学と生物,51, 355 (2013).

3. 短鎖型脱水素・還元酵素Non-molting glossy/Shroud

短鎖型脱水素・還元酵素は,微生物から植物,動物まで生物界に広く分布し,さまざまな基質を取る多様な酵素ファミリーとして進化している.本酵素に分類されるエクジステロイド生合成酵素Non-molting glossy(Nm-g)/Shroudは,農業生物資源研究所の篠田徹郎博士,東京大学の嶋田透博士と勝間進博士,および筆者らによる共同研究によって同定された(18)18) R. Niwa, T. Namiki, K. Ito, Y. Shimada-Niwa, M. Kiuchi, S. Kawaoka, T. Kayukawa, Y. Banno, Y. Fujimoto, S. Shigenobu et al.: Development, 137, 1991 (2010).nm-g/shroudは,脱皮異常および体内エクジステロイド量の減少を示すカイコガの突然変異株nm-gおよびショウジョウバエの突然変異株shroudの原因遺伝子として別々にクローニングされ,結果としてオーソログであることが判明した.カイコガとキイロショウジョウバエを併用した詳細な分子遺伝学的解析から,Nm-g/Shroudは「ブラックボックス」内で必須の役割を果たす酵素であることが明らかとなっているが,基質は特定されていない.

4. グルタチオンS-転移酵素Noppera-bo(Nobo)

noppera-bonobo)は2014年に筆者らのグループとフランスのFrançois Payre博士らのグループによって独立に報告された最も新しいハロウィーン遺伝子であり,グルタチオンS-転移酵素(GST)をコードする(19~21)19) S. Enya, T. Ameku, F. Igarashi, M. Iga, H. Kataoka, T. Shinoda & R. Niwa: Sci. Rep., 4, 6586 (2014).20) H. Chanut-Delalande, Y. Hashimoto, A. Pelissier-Monier, R. Spokony, A. Dib, T. Kondo, J. Bohère, K. Niimi, Y. Latapie, S. Inagaki et al.: Nat. Cell Biol., 16, 1035 (2014).21) S. Enya, T. Daimon, F. Igarashi, H. Kataoka, M. Uchibori, H. Sezutsu, T. Shinoda & R. Niwa: Insect Biochem. Mol. Biol., 61, 1 (2015)..一般に,GSTはグルタチオンと呼ばれるトリペプチドを基質に抱合させる活性をもち,細胞内の異物や毒物をグルタチオン化させることで解毒代謝に導く機能が有名である.しかし,ショウジョウバエとカイコガのnobo機能欠損個体の表現型はすべてエクジステロイド欠乏で説明ができることから,Noboの生理機能は解毒代謝ではなくエクジステロイド生合成に特化したものであると予想される.また,現在までの筆者らの解析から,Noboはエクジステロイド生合成過程の中間産物の触媒にかかわるのではなく,エクジステロイド生合成細胞におけるコレステロールの取り込みや輸送に関与することが強く示唆される(19~21)19) S. Enya, T. Ameku, F. Igarashi, M. Iga, H. Kataoka, T. Shinoda & R. Niwa: Sci. Rep., 4, 6586 (2014).20) H. Chanut-Delalande, Y. Hashimoto, A. Pelissier-Monier, R. Spokony, A. Dib, T. Kondo, J. Bohère, K. Niimi, Y. Latapie, S. Inagaki et al.: Nat. Cell Biol., 16, 1035 (2014).21) S. Enya, T. Daimon, F. Igarashi, H. Kataoka, M. Uchibori, H. Sezutsu, T. Shinoda & R. Niwa: Insect Biochem. Mol. Biol., 61, 1 (2015)..Noboの内在性基質はいまだ不明であるが,おそらくNoboはコレステロール動態調節にかかわる何らかの分子のグルタチオン化を介して,エクジステロイド生合成器官でのコレステロールの蓄積や消費を制御するものと考えられる.

2016年現在,最も現実的なIGRターゲットはどの酵素か?

上述した計10種のエクジステロイド生合成酵素は,従来のIGR開発ターゲットであった核内受容体EcR/USPとは構造的に大きく異なる.したがって,エクジステロイド生合成酵素の活性を阻害あるいは昂進する化合物を同定することができるならば,従来の研究から同定された化合物とは全く違ったタイプの新規IGR発見につながる可能性がある.

ハロウィーンP450群をターゲットとしたIGR探索については,先人によるいくつかの仕事がある.Shade/CYP314A1をターゲットとしたIGR開発の手法論は,米国ミネソタ大学のMichael B. O’Connor博士,そしてノースカロライナ大学のLawrence I. Gilbert博士とJames T. Warren氏の連名による特許として2003年に早々に提示された(22)22) M. B. O’Connor, L. I. Gilbert & J. T. Warren: Methods for identifying ecdysteroid synthesis inhibitors using the Drosophila P450 Enzyme Shade (United States Patent No. US7081350B2), https://docs.google.com/viewer?url=patentimages.storage.googleapis.com/pdfs/US7081350.pdf, 2006..また,ハロウィーンP450群をターゲットとするIGR探索系の具体的な構築への挑戦とその後の化合物スクリーニングは,東京大学大学院の片岡宏誌博士の研究グループによって平成21~25年度に農研機構のプロジェクトとして世界で初めて実施された(23)23) 片岡宏誌:昆虫脱皮ホルモン合成系に着目した昆虫発育制御剤の探索,http://www.naro.affrc.go.jp/brain/inv_up/files/h21_06kataoka.pdf, 2009..最終報告概要によれば,カイコガPhantom/CYP306A1の活性アッセイ系を構築し,376種の化合物を用いた阻害剤スクリーニングから17種の有力な化合物を選抜することに成功したという(24)24) 農研機構:イノベーション創出基礎的研究推進事業終了時評価結果,https://www.naro.affrc.go.jp/brain/inv_up/epf_report/2013/057905.html, 2013..この片岡博士らの研究は,単に手法論の提案のみにとどまらず,実際にエクジステロイド生合成酵素に焦点を当てたIGR探索の先駆的挑戦であった.

しかし一方で,ハロウィーンP450群をターゲットとする戦略は,ハイスループットの化合物スクリーニングに供するに当たり2つの問題点がある.一つは,P450組換えタンパク質の精製と可溶化が容易でなく,筆者らが知る限り,大腸菌や酵母の組換えタンパク質発現系を利用したハロウィーンP450の調製法が確立していないことである.もう一つは,より重要な問題として,ハロウィーンP450群の酵素活性を検出するには基本的には液体クロマトグラフィーが必要であり,千~万単位の化合物を対象とした迅速なスクリーニングの実現の大きな障害となる.同様の問題はNeverlandとNm-g/Shroudについても言える.

このような中で筆者らは,GSTファミリーに属する酵素であるNoppera-boが,上述の2つの問題点を解決し,IGR探索の高速化と大規模化を図るうえで極めて優れた性質をもつと考えている.なぜなら,GSTには以下の2つの大きな利点があるからである.

1. 可溶性タンパク質の大量精製が可能である

タンパク質を扱う研究者にはよく知られているとおり,GSTの可溶化組換えタンパク質は大腸菌の発現系を用いることで容易に大量に得ることができる.また,GSTの精製は,既製のグルタチオンカラムで効率良く行うことが可能である.すでに申請者は,ショウジョウバエDrosophila melanogasterの精製Noboタンパク質を,一般的な市販品を組み合わせたシステムによって安価に精製できることを報告した(25)25) Y. Fujikawa, F. Morisaki, A. Ogura, K. Morohashi, S. Enya, R. Niwa, S. Goto, H. Kojima, T. Okabe, T. Nagano et al.: Chem. Commun., 51, 11459 (2015)..また,ショウジョウバエのみならず,複数の病害虫由来のNoboタンパク質の可溶性組換えタンパク質の大量精製にも成功している(未発表).

2. 酵素活性を検出する蛍光プローブの利用が可能である

GSTの酵素活性検出法としては,これまでは2,4-ditrochlorobenzeneを用いた比色法やmonochlorobimaneを用いた蛍光法が一般的である.しかし,両者とも感度が低く,阻害剤のスクリーニングなどには利用できないことが問題であった.このような中で,東京薬科大学の藤川雄太博士と井上英史博士らが開発した3,4-DNADCFは,GSTの存在下でグルタチオン化されると約54倍もの強蛍光性を有する性質をもち,大規模スクリーニングに好適な新規蛍光プローブとして注目されている(25)25) Y. Fujikawa, F. Morisaki, A. Ogura, K. Morohashi, S. Enya, R. Niwa, S. Goto, H. Kojima, T. Okabe, T. Nagano et al.: Chem. Commun., 51, 11459 (2015).図2図2■GST酵素活性検出用経口プローブ3,4-DNADCFの模式図).筆者は藤川博士らとの共同研究を実施し,組換えNoboタンパク質が3,4-DNADCFを基質として強蛍光性化合物へと変換できることを確認した.一連の手法に関して,藤川博士を中心とした特許を出願済みである(26)26) 藤川雄太,井上英史,丹羽隆介:フルオレセイン誘導体またはその塩,グルタチオン–S–トランスフェラーゼ測定用蛍光プローブ,およびこれを用いたグルタチオン–S–トランスフェラーゼ活性の測定方法,特願2014-246154 (2014).

この2つの利点を最大限に生かし,384穴プレートを用いたNoboの酵素活性を蛍光強度として迅速かつ安定な測定系の確立に成功し,これにより1万種類の化合物であれば1日のうちにアッセイできるハイスループットスクリーニング系が可能となった.実際,すでに実施した化合物スクリーニングから,キイロショウジョウバエNoboの酵素活性を阻害する候補化合物を複数得ることに成功し,その一つはβ-エストラジオール,すなわち哺乳動物の女性ホルモンであることを報告した(25)25) Y. Fujikawa, F. Morisaki, A. Ogura, K. Morohashi, S. Enya, R. Niwa, S. Goto, H. Kojima, T. Okabe, T. Nagano et al.: Chem. Commun., 51, 11459 (2015)..β-エストラジオール自身が農薬として活用される可能性は低いが,今回構築したハイスループット系が候補化合物を同定するうえで有効であることを示す一つの証左と言える.

図2■GST酵素活性検出用経口プローブ3,4-DNADCFの模式図

図の素材の提供は,東京薬科大学の藤川雄太博士のご厚意による.GSTの触媒活性によって3,4-DNADCFに還元型グルタチオン(GSH)が付加されることで,緑色蛍光を発する化合物へと変換する.

おわりに:Noppera-boに着目した新規IGR開発を目指して

Noboはエクジステロイド生合成を撹乱するIGR探索に当たっての好適なターゲットであるが,Noboをターゲットとすることに懸念点があることも記しておく必要があるだろう.最大の問題点の一つはNoboの内在性のグルタチオン化基質がいまだに不明なことであり,得られた化合物が本当に内在性基質のグルタチオン化を阻害するのかを検証する方法はまだないことである.現在,この問題の解決に向けて,Noboと相互作用するタンパク質や低分子の同定を視野に入れた研究を計画している.また,当然のことであるが,試験管内反応系では優れた特性を示す化合物であっても,実際の昆虫に摂食させた際に致死的な効果をもたらすかは別問題である.これについては地道な検証以外の方法はないが,われわれのスクリーニング系で得られた化合物のうちで散布や経口投与でも効果をもつものがどの程度の割合なのか,今後の検討が必要となる.さらに,現在までのデータベース検索では,noboの明瞭なオーソログはハエ目とチョウ目のみにしか見いだされておらず,それ以外の昆虫からnobo遺伝子を得ることができていない(19, 21)19) S. Enya, T. Ameku, F. Igarashi, M. Iga, H. Kataoka, T. Shinoda & R. Niwa: Sci. Rep., 4, 6586 (2014).21) S. Enya, T. Daimon, F. Igarashi, H. Kataoka, M. Uchibori, H. Sezutsu, T. Shinoda & R. Niwa: Insect Biochem. Mol. Biol., 61, 1 (2015).noboの進化速度が比較的早いことが探索を困難にしていると考えられ,広範な昆虫種にもNoboと同等の機能をもつGSTがあるのか,今後の研究が必要である.

このような懸念点があるにせよ,筆者らが開始したNobo活性に影響を及ぼす化合物のスクリーニングは,エクジステロイド生合成を撹乱する「第3世代の農薬」を大規模に探索する世界で初めての現実的な挑戦であることは間違いない(図3図3■Noppera-boを標的とした昆虫成長制御剤開発のアイデア).現在,日本医療研究開発機構の創薬等支援技術基盤プラットフォームのご厚情をいただきながら,病害虫由来のNoboの組換え精製タンパク質も解析対象に含めて本格的な化合物スクリーニングを開始している.今後,もし有力な候補化合物が得られた場合には,化合物とNoboとの相互作用様式についての立体構造解析や計算科学的解析を鋭意進めていく必要がある.すでにこれらの異分野研究者との共同研究体制を構築しており,筆者の当初の想定をはるかに超えた規模の大きな学際的研究は極めて刺激的である.同時に,さらに有効な化合物シーズを発掘するためには,現在筆者らが利用している低分子化合物ライブラリーのみならず,微生物の二次代謝産物などの天然物由来ライブラリーを用いたスクリーニングも重要と思われ,今後も視野を狭めずに多方面の研究者との対話を進めていきたい.将来的に,筆者らの研究から真に適切な化合物が同定され,基礎科学的にも応用科学的にも有益な成果が得られるよう今後も微力を尽くしたい.

図3■Noppera-boを標的とした昆虫成長制御剤開発のアイデア

Reference

1) R. Carson: “Silent Spring, Anniversary Edition,” Houghton Mifflin, 2002.

2) C. M. Williams: Sci. Am., 217, 13 (1967).

3) 中川好秋:“昆虫成長制御剤概論”,園部治之,長澤寛道編,東海大学出版会,2011.

4) 田中啓司:“エクジステロイドの構造と機能に基づいて開発された害虫防除剤”,園部治之,長澤寛道編,東海大学出版会,2011.

5) 亀井正治:“幼若ホルモンアナログを用いた昆虫成長制御剤”,園部治之,長澤寛道編,東海大学出版会,2011.

6) 丹羽隆介:植物防疫,65, 144 (2011).

7) 丹羽隆介:日本農薬学会誌,37, 377 (2012).

8) 宇尾淳子:“ホルモンの不思議—アオムシがチョウになる—”,蒼樹書房,1981.

9) 石崎宏矩:“サナギから蛾へ—カイコの脳ホルモンを究める—”,名古屋大学出版会,2006.

10) 丹羽隆介:“エクジステロイド生合成の調節機構”,園部治之,長澤寛道編,東海大学出版会,2011.

11) R. Niwa & Y. S. Niwa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 78, 1283 (2014).

12) H. Ono, S. Morita, I. Asakura & R. Nishida: Biochem. Biophys. Res. Commun., 421, 561 (2012).

13) 桜井 勝:“前胸腺におけるエクジソン合成系と分泌調節”,大西英爾・園部治之・長澤寛道編,名古屋大学出版会,1995.

14) 大村恒雄:“シトクロムP450概説”,大村恒雄,石村 巽,藤井義明編,講談社,2009.

15) T. Yoshiyama, T. Namiki, K. Mita, H. Kataoka & R. Niwa: Development, 133, 2565 (2006).

16) T. Yoshiyama-Yanagawa, S. Enya, Y. Shimada-Niwa, S. Yaguchi, Y. Haramoto, T. Matsuya, K. Shiomi, Y. Sasakura, S. Takahashi, M. Asashima et al.: J. Biol. Chem., 286, 25756 (2011).

17) 丹羽隆介:化学と生物,51, 355 (2013).

18) R. Niwa, T. Namiki, K. Ito, Y. Shimada-Niwa, M. Kiuchi, S. Kawaoka, T. Kayukawa, Y. Banno, Y. Fujimoto, S. Shigenobu et al.: Development, 137, 1991 (2010).

19) S. Enya, T. Ameku, F. Igarashi, M. Iga, H. Kataoka, T. Shinoda & R. Niwa: Sci. Rep., 4, 6586 (2014).

20) H. Chanut-Delalande, Y. Hashimoto, A. Pelissier-Monier, R. Spokony, A. Dib, T. Kondo, J. Bohère, K. Niimi, Y. Latapie, S. Inagaki et al.: Nat. Cell Biol., 16, 1035 (2014).

21) S. Enya, T. Daimon, F. Igarashi, H. Kataoka, M. Uchibori, H. Sezutsu, T. Shinoda & R. Niwa: Insect Biochem. Mol. Biol., 61, 1 (2015).

22) M. B. O’Connor, L. I. Gilbert & J. T. Warren: Methods for identifying ecdysteroid synthesis inhibitors using the Drosophila P450 Enzyme Shade (United States Patent No. US7081350B2), https://docs.google.com/viewer?url=patentimages.storage.googleapis.com/pdfs/US7081350.pdf, 2006.

23) 片岡宏誌:昆虫脱皮ホルモン合成系に着目した昆虫発育制御剤の探索,http://www.naro.affrc.go.jp/brain/inv_up/files/h21_06kataoka.pdf, 2009.

24) 農研機構:イノベーション創出基礎的研究推進事業終了時評価結果,https://www.naro.affrc.go.jp/brain/inv_up/epf_report/2013/057905.html, 2013.

25) Y. Fujikawa, F. Morisaki, A. Ogura, K. Morohashi, S. Enya, R. Niwa, S. Goto, H. Kojima, T. Okabe, T. Nagano et al.: Chem. Commun., 51, 11459 (2015).

26) 藤川雄太,井上英史,丹羽隆介:フルオレセイン誘導体またはその塩,グルタチオン–S–トランスフェラーゼ測定用蛍光プローブ,およびこれを用いたグルタチオン–S–トランスフェラーゼ活性の測定方法,特願2014-246154 (2014).