書評

日本化学会命名法専門委員会(編)『化合物命名法―IUPAC勧告に準拠』第2版(東京化学同人,2016)

Takeshi Kitahara

北原

東京大学名誉教授

Professor Emeritus, The University of Tokyo

Published: 2016-06-20

本書は,IUPAC化合物命名法の解説書の最新版である.編集者である日本化学会 命名法専門委員会の意図が「まえがき」に記されているので,以下に要約して示す.

1974年に日本化学会化合物命名小委員会が,正しい命名法の普及・啓発を目的に出版した「化合物命名法」は改訂を重ね,化学分野の関係者に広く使われてきた.しかし,IUPAC勧告がその都度必ずしも取り入れられてきたわけではなく,根本的に手を入れる必要も出てきたため,2011年に新しい「化合物命名法—IUPAC勧告に準拠」が出版された.この第2版は,2013年にIUPACから出版された有機化学命名法についての新しい勧告を加えたものである.特に2013勧告では,爆発的な情報の増大に対処するために,優先IUPAC名(preferred IUPAC Name; PIN)と言う概念を導入して優先的に使用することにより一化合物一名称のスタイルを推奨している.正しい命名法の基本を手軽にわかりやすく知り,活用するのに役立ててもらいたい.

詳細な内容については,以下に主要目次の項目のみを示す.

主要目次:

総則/無機化学命名法/有機化学命名法/高分子化学命名法/付録:多環化合物の命名,指示水素と付加水素,Chemical Abstracts索引名とIUPAC名,置換基の基名表/欧文索引,和文索引

化学を探究する研究者にとって,物質(化合物)を正しく命名するのは化学の基本である.IUPAC規則に則り命名すれば,一つの化合物には唯一の名称がつけられるので誰でも同定できる.ただし,化合物の発見の歴史的経緯もあって,いわゆる慣用名などが許可され,複数の名称が存在する場合もある.今回の新基準に完全に従えば,正式名称は一つに絞られることになる.いまだ完全に普及してはいないが,今後徐々に浸透していくことが考えられる.いずれにしても正しい名称を物質に命名し,きちんと記憶し理解することは,物質同定の基本であり,本物の科学者(化学者)になるための第一歩である.化学分野における研究者,技術者を目指す若者にとっては,命名法など訓詁学的な枝葉末節であり,化学研究の本質とは関係ないと言えるだろうか.筆者は,基本が身についていない者が研究の本質に迫ることなどありえないと考えている.命名法に関しても,基本的な部分をきちんと記憶理解しておき,複雑な細部は本書のような解説書にアクセスして,常に正しい命名を心がけることが肝要であろう.筆者らが化学を志した半世紀前とは異なり,ネット社会故にさまざまな情報源があるので,各個人がそれぞれ本書を携え勉強する時代ではないかもしれない.しかしながら,少なくとも研究グループに必ず1冊を置いて,必要に応じ検索するべき書である.