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酵母を用いたアルツハイマー病の病因研究病気の原因となる毒性アミロイド(Aβ42)の生成抑制に成功

Eugene Futai

二井 勇人

東北大学大学院農学研究科

Published: 2016-07-20

膜内切断プロテアーゼは,膜貫通タンパク質の膜内の領域を切断し,ペプチド断片を膜から遊離させる.断片は情報伝達分子として機能する一方で,さらに分解を受けることからタンパクの代謝においても重要なメカニズムとなる.膜領域の切断機構は,RIP(Regulated Intramembrane Proteolysis)と略称され,アルツハイマー病の発症メカニズムとの関連から詳しく研究され,理解が進んできた.

アミロイド前駆体タンパク(APP)(図1A図1■アミロイドβ生成経路と酵母γセクレターゼ発現系,中央)は,家族性アルツハイマー病患者の脳内に蓄積するアミロイドβペプチド(Aβ)の前駆体である(1)1) B. De Strooper, T. Iwatsubo & M. S. Wolfe: Cold Spring Harb. Perspect. Med., 2, a006304 (2012)..APPはβセクレターゼによって細胞外領域を切断され,生じた断片(C99)の膜貫通ドメインを,さらに,γセクレターゼが切断して,Aβと細胞内ドメイン(AICD)が生成される(図1A図1■アミロイドβ生成経路と酵母γセクレターゼ発現系).

図1■アミロイドβ生成経路と酵母γセクレターゼ発現系

A)アミロイド前駆体タンパク(APP)の分解経路.I型膜タンパクであるAPPは,3種類(αβγ)のセクレターゼによる2つの経路によって分解され,そのうちの1つの経路でアミロイド(Aβ)を生成する.B)酵母γセクレターゼ発現系.ヒトγセクレターゼの4サブユニット(プレセニリン,ニカストリン,Aph1, Pen2)と,基質(APPもしくはNotch)に転写因子Gal4を融合した人工基質を酵母に導入した.基質の切断によるAβの生成と,膜から遊離したGal4によるHIS3ADE2lacZ遺伝子(Aβ生成レポーター)の転写活性化を模式的に示した.

家族性アルツハイマー病の研究から,プレセニリン(PS1, PS2)の変異が疾病の原因であることが報告されたのは,1995年のことである.その後,プレセニリンがγセクレターゼのサブユニットであること,そして,プレセニリンの膜貫通領域には活性中心のアスパラギン酸(2つ)が存在するとの発見(2)2) M. S. Wolfe, W. Xia, B. L. Ostaszewski, T. S. Diehl, W. T. Kimberly & D. J. Selkoe: Nature, 398, 513 (1999).は,当初驚きをもって受け入れられた.現在では,γセクレターゼ,シグナルペプチドペプチダーゼ,site-2プロテアーゼ,ロンボイドからなる“膜内切断プロテアーゼファミリー”の存在が確認されている.これらはチャンネル状の立体構造をとり,“常識”では考えられなかった「疎水環境(膜内領域)の加水分解」についても,理解が進んできている.

膜内切断プロテアーゼの中でもγセクレターゼは4つのサブユニットからなり(図1B図1■アミロイドβ生成経路と酵母γセクレターゼ発現系),生化学的に研究するのは難しい.複合体を界面活性剤(たとえば,CHAPSOなど)で可溶化し,精製したγセクレターゼと基質ペプチド(C99Flagなど)を反応させることがすぐに頭に浮かぶ.しかし,γセクレターゼの活性は,界面活性剤や脂質によって大きく影響を受けるために(3)3) P. C. Fraering, W. Ye, J. M. Strub, G. Dolios, M. J. LaVoie, B. L. Ostaszewski, A. Van Dorsselaer, R. Wang, D. J. Selkoe & M. S. Wolfe: Biochemistry, 43, 9774 (2004).,精製酵素の特異性が生体内での本来のものとは異なってしまう.

図2■酵母γセクレターゼ発現系を用いた解析

A)酵母発現系を使った活性化変異体の同定.酵母の生育を指標に,家族性アルツハイマー病変異体の活性を回復させる2次変異を同定した.プレートはG384Aに対する2次変異の生育結果.B)PS1/PS2遺伝子破壊MEF(マウス胚性繊維芽細胞)細胞にPS1変異体を導入して解析したところ,2次変異体ではAβ42の生成量が落ちていることがわかった(p<0.01 (**), もしくはp<0.05 (*)).C)同定した変異体のうち,G384Aの活性を回復した2種類の変異の位置をプレセニリンの予測構造(PDB No. 4HYG)内に示した.触媒中心を細胞質側から見ている.中央で向かい合う2つのアスパラギン酸(球状モデル)が活性残基である.さらに,2次変異の箇所(S438, I287; L432, C158),FAD変異部位(G384)を示した.基質の通り道として予想されている第9膜貫通領域に重要な変異(S438P or L432M)が位置し,プレセニリンが活性化されると考えている.文献8を改変.

私たちは,出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)をいわば“生きた試験管”として,ヒトγセクレターゼを発現させ(図1B図1■アミロイドβ生成経路と酵母γセクレターゼ発現系)研究を進めてきた(4~8).γセクレターゼは,触媒サブユニットであるプレセニリン以外に3つの膜タンパク(ニカストリン,Aph1, Pen2)が一分子ずつ集合した,全分子量が23万を超える巨大な膜タンパク複合体である(1)1) B. De Strooper, T. Iwatsubo & M. S. Wolfe: Cold Spring Harb. Perspect. Med., 2, a006304 (2012)..これら4つのサブユニットを酵母に導入し,γセクレターゼを細胞内に再構成した(図1B図1■アミロイドβ生成経路と酵母γセクレターゼ発現系).次に,基質となるAPPまたはNotchを導入し,γセクレターゼ活性を解析した.転写因子Gal4を融合した基質を用いると,γセクレターゼによる切断に伴い,転写因子Gal4pが膜から遊離し,レポーター遺伝子(HIS3, ADE2, lacZなど)の発現を誘導する.ヒスチジンとアデニンのない条件での生育に必要なタンパク質と,βガラクトシダーゼ(LacZ)が誘導され,生育と酵素活性測定によってγセクレターゼ活性を評価することができた(4)4) E. Futai, S. Yagishita & S. Ishiura: J. Biol. Chem., 19, 13013 (2009).図1B図1■アミロイドβ生成経路と酵母γセクレターゼ発現系).

さらに,酵母のミクロソーム膜画分を用いてAPPの分解を解析するとヒトの脳内と同じく,Aβ40, Aβ42, Aβ43のアミロイドAβ分子種(数字はアミノ酸残基数)の生成が確認できた(5)5) S. Yagishita, E. Futai & S. Ishiura: Biochem. Biophys. Res. Commun., 377, 141 (2008).図1B図1■アミロイドβ生成経路と酵母γセクレターゼ発現系).

酵母を用いる利点は,①酵母には対応するホモログ分子がないので,導入したγセクレターゼ以外はAPPを切断できない,②タンパク質の高発現が期待でき,強力な遺伝学的手法によって小胞輸送をはじめ細胞内のAPPやアミロイドタンパク質の細胞内の動態を容易に研究できる,の2つに要約できる.

本研究では,家族性アルツハイマー病(FAD)で見つかっているプレセニリン(PS1)変異を解析した(8)8) E. Futai, S. Osawa, T. Cai, T. Fujisawa, S. Ishiura & T. Tomita: J. Biol. Chem., 291, 435 (2016)..PS1のG384AとL166P(384番目のグリシンがアラニン,もしくは166番目のロイシンがプロリンに置換した)変異体は,ヒト細胞を用いた解析で切断活性が落ちることが知られているが,酵母でも変異により機能がなくなった(図2A図2■酵母γセクレターゼ発現系を用いた解析).変異したγセクレターゼは切断活性が落ち,同時に,毒性の高いAβ42やAβ43を生成するようになり,これが病気の原因となると考えられている.

さて,遺伝的な解析が簡単にできる酵母の特徴を生かして,PS1変異体の活性を回復させる2次変異(抑圧変異)を探索した.PCR(error-prone法)によりランダムに変異を導入し,生育を指標に106個の酵母をスクリーニングしたところ,5種類(16個)の2次変異がFAD変異体の活性を回復させた(図2A図2■酵母γセクレターゼ発現系を用いた解析).また,2次変異を単独でもつPS1について活性を解析したところ,野生型と比べて最大で2倍に活性が上昇しており,活性化変異とも言えることが明らかとなった.

マウス細胞中で,これらの変異の活性を解析したところ,酵母と同じように活性を上げただけでなく,アルツハイマー病で蓄積するAβ42の生成を抑制した(図2B図2■酵母γセクレターゼ発現系を用いた解析).

これらの結果を理解していただくために,γセクレターゼの活性について,もう少し説明を加えたい.γセクレターゼは,APPを切断して生じた長いAβ(Aβ48もしくはAβ49)をトリミングして,Aβ46, Aβ45, Aβ43, Aβ42, Aβ40, Aβ38, Aβ37のように,3残基(もしくは4残基)ごとに短く分解する切断機構をもっている(9)9) M. Takami, Y. Nagashima, Y. Sano, S. Ishihara, M. Morishima-Kawashima, S. Funamoto & Y. Ihara: J. Neurosci., 29, 13042 (2009)..家族性アルツハイマー病変異体では,このトリミングの活性が落ち,長いままのAβがたまると考えられる.本研究で明らかにした2次変異はトリミング活性を上昇させて,Aβ42やAβ43の生成を抑えていたのである.

Aβ42の生成を減少させる効果をもつ化合物はγセクレターゼモジュレーター(GSM)と呼ばれ,認知症治療薬を目指して,世界中で研究されている(10)10) T. Tomita: J. Biochem., 156, 195 (2014)..私たちの成果は,見つかった重要な変異の位置情報(第9膜貫通領域のS438PやL432M(図2C図2■酵母γセクレターゼ発現系を用いた解析))が有用なのはもちろんのこと,酵母発現系がモジュレーターの開発にも有効であることを示している.本研究はアルツハイマー病治療薬の開発を支援する重要な成果をもたらしたものとして,2015年11月11日付けで,Journal of Biological Chemistry(オンライン版)に掲載された.

研究の遂行にあたってたいへんお世話になった東京大学大学院薬学研究科の富田泰輔教授,同総合文化研究科の石浦章一教授,東北大学大学院農学研究科の五味勝也教授,原田昌彦准教授,新谷尚弘准教授,東京大学と東北大学の研究室メンバーの方々に深謝いたします.

Reference

1) B. De Strooper, T. Iwatsubo & M. S. Wolfe: Cold Spring Harb. Perspect. Med., 2, a006304 (2012).

2) M. S. Wolfe, W. Xia, B. L. Ostaszewski, T. S. Diehl, W. T. Kimberly & D. J. Selkoe: Nature, 398, 513 (1999).

3) P. C. Fraering, W. Ye, J. M. Strub, G. Dolios, M. J. LaVoie, B. L. Ostaszewski, A. Van Dorsselaer, R. Wang, D. J. Selkoe & M. S. Wolfe: Biochemistry, 43, 9774 (2004).

4) E. Futai, S. Yagishita & S. Ishiura: J. Biol. Chem., 19, 13013 (2009).

5) S. Yagishita, E. Futai & S. Ishiura: Biochem. Biophys. Res. Commun., 377, 141 (2008).

6) Y. Yonemura, E. Futai, S. Yagishita, S. Suo, T. Tomita, T. Iwatsubo & S. Ishiura: J. Biol. Chem., 286, 44569 (2011).

7) T. Onodera, E. Futai, E. Kan, N. Abe, T. Uchida, Y. Kamio & J. Kaneko: J. Biochem., 157, 301 (2015).

8) E. Futai, S. Osawa, T. Cai, T. Fujisawa, S. Ishiura & T. Tomita: J. Biol. Chem., 291, 435 (2016).

9) M. Takami, Y. Nagashima, Y. Sano, S. Ishihara, M. Morishima-Kawashima, S. Funamoto & Y. Ihara: J. Neurosci., 29, 13042 (2009).

10) T. Tomita: J. Biochem., 156, 195 (2014).