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テルペン環化酵素による巧みな合成の技遠距離ヒドリドシフトと炭素–炭素結合の組換えを一気に触媒

Kazuya Teramoto

寺本 和矢

東京大学生物生産工学研究センター

Tomohisa Kuzuyama

葛山 智久

東京大学生物生産工学研究センター

Published: 2016-07-20

テルペノイドは炭素数5(C5)のイソペンテニル二リン酸,およびその異性体であるジメチルアリル二リン酸に由来するイソプレン単位を基本骨格としてもつ化合物の総称であり,その炭素数からモノ(C10)・セスキ(C15)・ジ(C20)テルペンと分類されている.これまでに数万種類の多様な構造のテルペノイドが報告されており,それらは多様な生物活性を示すことから工業原料や医薬品などとして利用されてきた.たとえば,2015年度のノーベル生理学・医学賞で話題となった抗マラリア薬のアルテミシニンは,複雑な環状構造をもつセスキテルペンである.

これらの多様な構造をもつテルペノイドは,イソプレン単位が縮合したC10・C15・C20の炭素数のイソプレニル二リン酸が環化・転移・修飾反応などを受けることで生合成される.なかでも多くのテルペノイドがもつ複雑な環状構造は,テルペン環化酵素と呼ばれる酵素単独の反応によって構築される.テルペン環化酵素はその反応開始機構によってI型とII型に分類されるが,I型テルペン環化酵素は基質となるイソプレニル二リン酸の二リン基の脱離によって反応を開始する.基質は酵素内部の疎水性の高い活性中心ポケットの中で二リン基が脱離されカルボカチオン中間体となり,連続的なカチオン転位反応によって新たな炭素–炭素結合が形成された後に,水酸基の付加あるいはプロトンの脱離によってカルボカチンが消去されて反応産物へと変換される.テルペン環化酵素が正しい立体構造をもつ反応産物を与えるためには,開始基質や反応途中のカルボカチオン中間体の立体構造を正しく制御するとともに,適切なタイミングでカチオン転位反応を終了させなければならない.そのようなテルペン環化酵素のもつ精巧な制御機構を理解することで,新奇炭素骨格をもつテルペノイドの創製や生体触媒の開発が期待される.そのため,これまでにいくつかのテルペン環化酵素の機能解析が行われてきたが,環化機構を完全に示した例は多くはない.今回,in vivoおよびin vitroでの実験を組み合わせることでジテルペン環化酵素CotB2の環化反応機構の詳細が解明された(1)1) A. Meguro, Y. Motoyoshi, K. Teramoto, S. Ueda, Y. Totsuka, Y. Ando, T. Tomita, S. Y. Kim, T. Kimura, M. Igarashi et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 54, 4353 (2015).

放線菌Streptomyces melanosporofaciens MI614-43F2が生産するサイクロオクタチンは,5-8-5員環骨格をもつジテルペンである.サイクロオクタチンの生合成遺伝子クラスターは2009年に報告されており,その環状骨格構造は細菌では初めての報告となるI型ジテルペン環化酵素CotB2の触媒作用によって構築されることが明らかにされた(2)2) S. Y. Kim, P. Zhao, M. Igarashi, R. Sawa, T. Tomita, M. Nishiyama & T. Kuzuyama: Chem. Biol., 16, 736 (2009)..CotB2は炭素数20の不斉点をもたない非環状化合物,ゲラニルゲラニル二リン酸(GGDP)を基質として,6つの不斉点をもち3つの環構造が縮合したサイクロオクタット-9-エン-7-オールを唯一の反応産物として与えることから,テルペン環化酵素の中でも極めて精巧に環化反応を制御していることが示唆されていた.

そこで,CotB2による環化反応機構の解明のため,サイクロオクタチン生合成遺伝子クラスターを導入した異種放線菌Streptomyces albusに6個すべての炭素を13Cで標識したグルコース([U-13C6]glucose)を取り込ませるトレーサー実験が行われた.次いで,この異種発現株から精製されたサイクロオクタチンの13C-NMR解析によって,環化反応の過程でGGDPの8と9位の炭素が入れ換わることが示された.さらには,GGDPの2, 6, 8, 9, 10位それぞれの水素原子を重水素原子に置換した5種のラベル化基質とCotB2とのin vitro反応が行われ,反応産物における各重水素原子の転位位置について1H-NMRと2H-NMRを用いて解析することで,CotB2のユニークな環化反応機構が明らかにされた(1, 3)1) A. Meguro, Y. Motoyoshi, K. Teramoto, S. Ueda, Y. Totsuka, Y. Ando, T. Tomita, S. Y. Kim, T. Kimura, M. Igarashi et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 54, 4353 (2015).3) H. Sato, K. Teramoto, Y. Masumoto, N. Tezuka, K. Sakai, S. Ueda, Y. Totsuka, T. Shinada, M. Nishiyama, C. Wang et al.: Sci. Rep., 5, 18471 (2015).図1A図1■5-8-5員環骨格形成を行うジテルペン環化酵素CotB2(A)およびPaFS(B)の環化反応機構).

図1■5-8-5員環骨格形成を行うジテルペン環化酵素CotB2(A)およびPaFS(B)の環化反応機構

まず,CotB2の活性中心ポケット内において,GGDPの二リン酸基の脱離に伴い閉環反応を経て二環式中間体(中間体A)が形成された後に,水素原子が5結合離れた炭素原子へ転位する1,5-ヒドリドシフト,およびカチオン転位によって三環式中間体(中間体B)が生成して骨格構造が完成する.次に,水素原子が隣接する炭素へ転位する1,2-ヒドリドシフトおよび1,5-ヒドリドシフトによってカルボカチオンが転位した中間体(中間体C)へと変換される.最後にシクロプロパン環をもつ2種類の異性体(中間体D, E)を経た炭素–炭素結合の組換えが起こり,隣接する8と9位の炭素が入れ換わった後にサイクロオクタット-9-エン-7-オールがCotB2内から放出される.このシクロプロパン環を介した炭素–炭素結合の組換えは,セスキテルペンであるツヨプセン(Thujopsene)を酸性条件下で処理した際にも起こることが報告されている(4)4) W. G. Dauben, L. E. Friedrich, P. Oberhänsli & E. I. Aoyagi: J. Org. Chem., 37, 9 (1972)..また,量子化学計算による各中間体と遷移状態の構造最適化およびエネルギー計算からも,シクロプロパン環形成の過程はエネルギー障壁が高くはなく,この反応経路が酵素内で容易に起きることを支持する結果が得られている(3, 5)3) H. Sato, K. Teramoto, Y. Masumoto, N. Tezuka, K. Sakai, S. Ueda, Y. Totsuka, T. Shinada, M. Nishiyama, C. Wang et al.: Sci. Rep., 5, 18471 (2015).5) Y. J. Hong & D. J. Tantillo: Org. Biomol. Chem., 13, 10273 (2015).

サイクロオクタチンと同じ5-8-5員環骨格を有するジテルペンとして糸状菌Phomopsis amygdaliが生産するフシコクシンがあり,その生合成中間体であるフシコッカ-2,10(14)-ジエンの合成を触媒するテルペン環化酵素PaFSが報告されている(6)6) T. Toyomasu, M. Tsukahara, H. Kenmoku, M. Anada, H. Nitta, J. Ohkanda, W. Mitsuhashi, T. Sassa & N. Kato: Org. Lett., 11, 3044 (2009)..PaFSの機能解析から,二環式中間体(中間体A)の形成以降はCotB2とは全く異なる反応経路を経て環状構造を合成することが推定されている(図1B図1■5-8-5員環骨格形成を行うジテルペン環化酵素CotB2(A)およびPaFS(B)の環化反応機構).このことから,テルペン環化酵素はその反応産物が同一の環構造であっても,どの異性体構造を経由するのかによって異なる進化を遂げたことがうかがえる.

今回得られた結果と構造生物学的情報を基にした変異酵素実験などを組み合わせることで,CotB2の反応制御機構について新たな知見が得られるだろう.また,ほかのテルペン環化酵素についても同様の解析を進めることで,テルペン環化酵素の一次配列と反応産物の関係性の解明や,生合成酵素が同定されていないテルペノイドや新奇骨格を有するテルペノイドを合成する生体触媒の開発が期待される.

Reference

1) A. Meguro, Y. Motoyoshi, K. Teramoto, S. Ueda, Y. Totsuka, Y. Ando, T. Tomita, S. Y. Kim, T. Kimura, M. Igarashi et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 54, 4353 (2015).

2) S. Y. Kim, P. Zhao, M. Igarashi, R. Sawa, T. Tomita, M. Nishiyama & T. Kuzuyama: Chem. Biol., 16, 736 (2009).

3) H. Sato, K. Teramoto, Y. Masumoto, N. Tezuka, K. Sakai, S. Ueda, Y. Totsuka, T. Shinada, M. Nishiyama, C. Wang et al.: Sci. Rep., 5, 18471 (2015).

4) W. G. Dauben, L. E. Friedrich, P. Oberhänsli & E. I. Aoyagi: J. Org. Chem., 37, 9 (1972).

5) Y. J. Hong & D. J. Tantillo: Org. Biomol. Chem., 13, 10273 (2015).

6) T. Toyomasu, M. Tsukahara, H. Kenmoku, M. Anada, H. Nitta, J. Ohkanda, W. Mitsuhashi, T. Sassa & N. Kato: Org. Lett., 11, 3044 (2009).