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世界の琥珀から酵母を用いて単離したバイオプローブ久慈産琥珀に含まれる新規抗アレルギー物質kujigamberol

Ken-ichi Kimura

木村 賢一

岩手大学農学部応用生物化学科

Hiroyuki Koshino

越野 広雪

理化学研究所環境資源科学研究センター

Published: 2016-07-20

微生物などが産生し,医薬品のシーズに加え,複雑な真核生物の生命現象の解析に用いられる低分子の生物活性物質(これを別名バイプローブとも呼ぶ)の探索は日本人が得意とする分野であり,農芸化学出身の遠藤章先生と後藤俊男先生によるコレステロール合成阻害剤ML-236B(コンパクチン)(デカリン骨格の6β位にヒドロキシ基を結合させて,親水性にしたプラバスタチンが医薬品として開発)と免疫抑制剤FK506(タクロリムス)の発見,ならびに実用化は,人類の健康に対し大いなる貢献をしている.また,2015年のノーベル生理学・医学賞は,オンコセルカ症に有効なイベルメクチンの開発で,北里大学の大村智先生が受賞された(1)1) J. H. McKerrow: Nat. Prod. Rep., 32, 1610 (2015).

筆者らは,主に生命や疾病において重要な遺伝子を破壊する(変異させる)ことで,いわば意図的に病気の状態にした3種類の出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeを用い,その酵母を元のように元気に生育回復させる活性(ヒトの病気の予防や治療効果が期待できる)で評価する表現型スクリーニングにより,各種天然資源から構造や活性が新規のバイオプローブの探索を行っている.その中で,いまだスクリーニングのための天然資源として用いられたことがなく,バイオプローブが単離されていない,岩手県久慈市の重要な地下天然資源である久慈産琥珀に着目した.2006年に日本農芸化学会から拝受した,第3回農芸化学研究企画賞「Ca2+シグナル伝達にかかわる遺伝子変異酵母を用いたスクリーニングと活性物質の医薬品への活用」における遺伝子変異酵母株(zds1Δ erg3Δ pdr1/3Δ)の生育回復活性を調べたところ,活性が認められたため研究を開始し,最近実用化されたので報告する.なお,用いた遺伝子変異酵母株は,Ca2+シグナル伝達と細胞周期にかかわるZDS1遺伝子を破壊し,さらに酵母の薬剤透過性が悪い欠点を補うため,膜のエルゴステロール生合成遺伝子(ERG3)と薬剤排出ポンプにかかわる遺伝子(PDR1PDR3)を破壊した四重破壊株を用いた(広島大学大学院,宮川都吉名誉教授作製)(2)2) Y. Ogasawara, J. Yoshida, Y. Shiono, T. Miyakawa & K. Kimura: J. Antibiot., 61, 496 (2008).

琥珀とは,植物の樹脂が数億年から数千万年間地中に埋もれて化石化したものであり,世界各地で採取されるが,ロシア産(4,000~3,500万年前),ドミニカ産(4,500~3,500万年前,2,000~1,500万年前),ならびに久慈産琥珀(約8,500万年前)が商業化されている琥珀として有名である.成分組成はその大半がポリラブダノイドであり,アルコールなどで抽出される可溶性画分は3~5%程度にすぎず,可溶性の割合は琥珀の年代の古さ,すなわちポリマーの重合度に反比例する.組成の特徴によりクラスI~Vに分類されているが,主なものはクラスIの琥珀であり,communic acidやcommunolを主とするポリマーで,コハク酸を含むIa(ロシア産琥珀)と含まないIb,またはozic acidとozolを主とするポリマーでコハク酸を含まないIc(ドミニカ産琥珀)などに分類される(3)3) J. B. Lambert, J. A. Santiago-Blay & K. B. Anderson: Angew. Chem. Int. Ed., 47, 9608 (2008)..琥珀は高価な装飾品としてのイメージが一般的であるが,ロシアでは医薬品として,また日本でも化粧品として利用されているものの,その生物活性物質を単離して構造を明らかにした例は皆無であった.地球化学(Geochemistry)の分野では年代や起源樹などの研究が盛んであり,構成成分は熱分解GC–MS,固体NMR,ならびにIRなどで分析が行われているものの,実際に物質を単離精製して構造を決定した例として,約5,500万年前のフランス産琥珀のquesnoinと命名された五環性ジテルペンの新規物質の1例が知られている(4)4) J. Jossang, H. Bel-Kassaoui, A. Jossang, M. Seuleiman & A. Nel: J. Org. Chem., 73, 412 (2008)..しかし,その研究では生物活性を指標に単離したわけでなく,quesnoinの生物活性にも全く触れられていない.それは,恐らく均一な琥珀を研究者が大量に集めることが困難であることと,琥珀自体が高価であることが一つの要因と思われる.

久慈産琥珀,ロシア産琥珀,ならびにドミニカ産琥珀粉末のメタノール抽出物のいずれにも,遺伝子変異酵母株で表現型が異なる生育回復活性が認められた.そこで,それぞれの生物活性物質を単離精製して構造決定を行った結果,久慈産琥珀抽出物からは,メインの新規物質15,20-dinor-5,7,9-labdatrien-18-ol(久慈(Kuji)産の琥珀(Amber)から得られた水酸基(-ol)を含む物質という意味で,間に“g”を加えてkujigamberol(クジガンバロール=久慈頑張ろう!!)と命名した)が単離できた(5)5) K. Kimura, Y. Minamikawa, Y. Ogasawara, J. Yoshida, K. Saitoh, H. Shinden, Y.-Q. Ye, S. Takahashi, T. Miyakawa & H. Koshino: Fitoterapia, 83, 907 (2012)..有機合成にも成功し,天然物の4位の不斉炭素はS体であるが,非天然型のR体でも酵母や細胞に対し同様の生物活性を示すことを明らかにした(6)6) Y.-Q. Ye, H. Koshino, D. Hashizume, Y. Minamikawa, K. Kimura & S. Takahashi: Bioorg. Med. Chem. Lett., 22, 4259 (2012)..その後マイナーな2種の新規物質13-methyl-8,11,13-podocarpatrien-19-olと15,20-dinor-5,7,9-labdatrien-13-ol,ならびにUV吸収が弱く新規物質類とは構造が異なる,既知物質ではあるものの初めて天然資源から単離できた14,15,16,19-tetranor-labdane-13,9-olide(スピロラクトン化合物)も得ることができた(論文準備中).一方で,ロシア産琥珀とドミニカ産琥珀から単離した生物活性物質は,すべてが現代の松やマメ科植物からも単離されている既知物質であった(図1図1■久慈産琥珀,ロシア産琥珀,ならびにドミニカ産琥珀から得られた生物活性物質の構造).本研究は,バイオテクノロジー技術で作製した遺伝子変異酵母株を用いて,太古より現代に新規物質kujigamberolを蘇らせた研究であり,「ジュラシック・パーク」が思い出される.

図1■久慈産琥珀,ロシア産琥珀,ならびにドミニカ産琥珀から得られた生物活性物質の構造

K-Pg境界より古い久慈産琥珀からは,新規構造や現代の植物では報告がない物質が得られ,K-Pg境界より新しいロシア産,ドミニカ産琥珀からは,現代の植物からも同様の方法で単離される既知物質しか得られていない.

さて,久慈産琥珀からだけ,なぜ新規物質が単離されるのだろうか? それは,メキシコのユカタン半島に巨大隕石が落下して地球環境が大きく変化し,恐竜や植物を含む多くの生物が絶滅した約6,500万年前のK-Pg境界(以前はK-T境界と呼ばれた)よりも,久慈産琥珀が古いということに関係があるのかもしれない(図1図1■久慈産琥珀,ロシア産琥珀,ならびにドミニカ産琥珀から得られた生物活性物質の構造).久慈産琥珀の起源樹は,現代のナンヨウスギ科(Araucariaceae)由来と言われているものの,われわれは現代には存在しないK-Pg境界における絶滅植物種ではないかと推定している.しかし,われわれの前にはとてつもなく長い年月が横たわっている.その証明として,起源樹が現代のナンヨウスギと言われている,久慈産琥珀以外のK-Pg境界よりも古い年代の世界の琥珀の遺伝子変異酵母株に対する活性の有無を調べ,その後生物活性物質を単離精製して構造を決めていくことで,一つの手がかりが得られるものと考えている.もちろん,それには年代だけではなく,地域環境の違いという要因も念頭に置かなければならず,琥珀起源樹本来の代謝産物の生合成経路と,長い年月による後天的な化学変化の違い(続成)の両方を考慮して検討する必要がある.

表現型スクリーニング系を用いた場合,標的分子は未知のため,得られたバイオプローブの効果が期待できる疾病の予想はつかない(2)2) Y. Ogasawara, J. Yoshida, Y. Shiono, T. Miyakawa & K. Kimura: J. Antibiot., 61, 496 (2008)..しかし今回は,久慈琥珀(株)の琥珀加工に携わる従業員に花粉症の人がいないという疫学的事実をもとに,最初にアレルギーに的を絞り動物試験を行ってみた.その結果,予想は見事に的中し,久慈産琥珀アルコール抽出液にもkujigamberolにも,医薬品を超える抗アレルギー活性(モルモットにおける鼻腔抵抗試験における効果)が認められた.医薬品の開発には時間とお金の問題が横たわるが,機能性をうたわない一般の製品であれば商品化は早い.幸い,われわれの久慈産琥珀にかかわる基礎研究に注目してくれた企業が化粧品として開発し,昨年10月に発売に至った.われわれは,ラット好塩基球性白血病細胞RBL-2H3細胞を用いた抗アレルギーのメカニズム解明を現在進めており,細胞でもCa2+流入阻害による脱顆粒抑制効果が認められている(論文準備中).Kujigamberolの含量を定量した久慈産琥珀抽出エキスは,化粧品以外にもマスクやティッシュのスプレー剤,ろうそく,家具の表面加工などのさまざまな用途が考えられ,われわれの農芸化学の基礎研究が地方創生や震災復興などにおいて,少しでもお役に立てば望外の喜びでもある.

Reference

1) J. H. McKerrow: Nat. Prod. Rep., 32, 1610 (2015).

2) Y. Ogasawara, J. Yoshida, Y. Shiono, T. Miyakawa & K. Kimura: J. Antibiot., 61, 496 (2008).

3) J. B. Lambert, J. A. Santiago-Blay & K. B. Anderson: Angew. Chem. Int. Ed., 47, 9608 (2008).

4) J. Jossang, H. Bel-Kassaoui, A. Jossang, M. Seuleiman & A. Nel: J. Org. Chem., 73, 412 (2008).

5) K. Kimura, Y. Minamikawa, Y. Ogasawara, J. Yoshida, K. Saitoh, H. Shinden, Y.-Q. Ye, S. Takahashi, T. Miyakawa & H. Koshino: Fitoterapia, 83, 907 (2012).

6) Y.-Q. Ye, H. Koshino, D. Hashizume, Y. Minamikawa, K. Kimura & S. Takahashi: Bioorg. Med. Chem. Lett., 22, 4259 (2012).