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水が食品の物理的性状変化に及ぼす影響澱粉含有食品の品質制御

Kiyoshi Kawai

川井 清司

広島大学大学院生物圏科学研究科

Published: 2016-07-20

水は食品の構成成分の一つであり,食品の物性を支配する.乾燥食品においては微量成分でありながらも,食品の物性に対しては大きな存在感を発揮する.食品の物性,ならびに品質を制御するうえで,食品と水との相互作用を理解することは必要不可欠である.このような見解は,水との親和性が高い炭水化物を主成分とした食品に対して,とりわけ大きな意義をもつ.本稿では,澱粉含有食品の物理的性状変化における水の役割について解説するとともに,品質設計への利用を紹介する.

澱粉の主成分はアミロペクチンである.アミロペクチンはグルコースの房状高分子であり,天然状態では結晶質(ダブルヘリックス)部分と非晶質(アモルファス)部分が混在した半結晶性高分子として存在する.澱粉に水を加えて加熱すると,アミロペクチンの結晶質部分は融解するとともに,水和・膨潤する.これは一般に“糊化”と呼ばれる.糊化は澱粉の種類によって若干異なるが,おおよそ50°C程度より開始する.多くの澱粉含有食品は澱粉が糊化するのに十分な水を含んでおり,加熱加工過程で糊化する.アミロペクチンの融解は,水分含量が少ない環境でも起こりうる.この場合,融解温度は水分含量の低下とともに上昇する.たとえば,水分含量を30%に調節した小麦澱粉の場合,アミロペクチンの融解温度は100°C程度となる.水分含量が少ない澱粉含有焼成食品の場合,焼成過程において水分蒸発と温度上昇とが同時に進行する.このとき,水分蒸発に伴う融点上昇が温度上昇を上回った場合,アミロペクチンは融解を免れる.

こうした見解は澱粉(アミロペクチン)と水との単純な混合物などを対象とした基礎研究を通じて導かれたものであり,組成が複雑な加工食品における定量的な知見は乏しい.その理由の一つとして,実験結果の解釈が困難なことが挙げられる.たとえば,澱粉の融点は示差走査熱量計(DSC)によって決定できるが,多成分系試料では各成分の熱応答が連続的に検出されるため,結果は不明瞭となる.一方,澱粉の偏光顕微鏡観察により,結晶性を意味する偏光十字の有無から澱粉の融解を判定することができる.筆者らは,クッキー生地(薄力粉,砂糖,バター,卵の混合物)を試料とし,DSC測定と偏光顕微鏡観察とを併用(DSCによる昇温測定を注目するピークの前後で停止し,回収した試料を偏光顕微鏡で観察)することで,クッキー生地における澱粉の融点を明らかにした(1)1) K. Kawai, H. Kawai, Y. Tomoda, K. Matsusaki & Y. Hagura: Food Chem., 135, 1527 (2012)..また,減圧乾燥によってクッキー生地の水分含量を調節し,それらの融点を調べることで,融解曲線(融点の水分含量依存性)を得た(図1図1■クッキー生地における澱粉の融解曲線およびクッキーのガラス–ラバー転移温度(Tg)曲線).澱粉のみでの結果との比較により,クッキー生地中では澱粉の融点は引き下げられることがわかった.これは,水以外の親水性低分子(ショ糖など)が可塑剤として作用した結果と考えられる.

図1■クッキー生地における澱粉の融解曲線およびクッキーのガラス–ラバー転移温度(Tg)曲線

焼成過程におけるクッキー生地の温度および水分含量の経時変化を調べ,図1図1■クッキー生地における澱粉の融解曲線およびクッキーのガラス–ラバー転移温度(Tg)曲線にプロットすることで,そのときの澱粉の融解挙動を知ることができる.筆者らが採用した実験系では,クッキー生地の温度は焼成直後に温度上昇し,澱粉の融解曲線を上回ること,すなわち,澱粉は融解する(非晶質になる)ことがわかった(図1図1■クッキー生地における澱粉の融解曲線およびクッキーのガラス–ラバー転移温度(Tg)曲線:通常の焼成過程).非晶質は結晶質よりも物理的に不安定であり,化学反応に優れる.澱粉の場合,融解すると分解酵素の作用を受けやすくなり,体内では速やかにグルコースへと変換される.一方,未融解(結晶質)澱粉は分解酵素の作用に耐性をもつため,体内ではゆっくりと分解される,あるいは分解されないという性質をもつ.クッキーにおいても,澱粉の融解曲線を超えない焼成方法を採用すれば,未融解澱粉を増加させることが可能であり,それによって澱粉の消化遅延効果が期待される.筆者らは澱粉の融解曲線を踏まえて,減圧乾燥によってあらかじめクッキー生地の水分含量を低下させてから(澱粉の融点を上昇させてから)焼成する方法(図1図1■クッキー生地における澱粉の融解曲線およびクッキーのガラス–ラバー転移温度(Tg)曲線:予備乾燥焼成過程)や焼成温度を澱粉の融点以下に保ちつつ,水分蒸発に伴う融点上昇とともに焼成温度を上げていく方法(図1図1■クッキー生地における澱粉の融解曲線およびクッキーのガラス–ラバー転移温度(Tg)曲線:昇温焼成過程)を採用することで,澱粉の融解を完全に回避したクッキーが得られることを確認した(2)2) K. Kawai, K. Hando, R. Thuwapanichayanan & Y. Hagura: LWT Food Sci. Technol. (Campinas.), 66, 384 (2016)..また,澱粉の融解を完全に回避したクッキーは,通常のクッキーと比較して,澱粉の酵素分解速度が低下すること,マウスにおける食後血糖値のピーク値が有意に低下することなどを確認した(3)3) K. Kawai, K. Matsusaki, K. Hando & Y. Hagura: Food Chem., 141, 223 (2013)..これらの結果は,食品に特定の機能性成分を添加することなく,加工条件を適切に設定することで,新たな機能性を付与できる可能性を示すものである.

未融解澱粉は口腔内においてザラザラとした感覚を与えるため,柔らかい食感を呈する高水分系澱粉含有食品に未融解澱粉を共存させることは望ましくない.一方,クッキーのようにサクサクした食感を呈する低水分系澱粉含有食品においては未融解澱粉がもたらす違和感は少なく,食品として十分に受け入れられるものとなる.このサクサクとした食感は,焼成過程において融解したショ糖や澱粉の非晶質部分が,放熱過程で冷え固まることによって生み出される.このとき,クッキーにはガラス–ラバー転移が起こっている.ガラス–ラバー転移は非晶質材料が示す状態変化の一つであり,ガラス–ラバー転移温度(Tg)を境とする.ガラス状態(TTg)では巨視的な分子運動性は見かけ上凍結しており,弾性率が非常に高い(硬い).この状態から温度が上昇してTgを上回ると,分子運動性が回復して柔らかい粘弾性体,すなわちラバー状態になる.澱粉やショ糖などの親水性成分の場合,Tgは水分含量の増加によって低下するため(水の可塑効果),ガラス–ラバー転移は一定温度でも起こりうる.たとえばクッキーの場合,焼成直後は常温でガラス状態にあるため,サクサクとした食感を呈するが,保存過程で吸湿し,Tgが常温以下になる(ラバー状態になる)と,グニャグニャとした食感になる.混合系のTgは構成成分のTgによって支配されるため,Tgの高い成分を加えれば,混合系のTgも上昇する.クッキーの場合,Tgを引き上げることで吸湿耐性を高めることが,Tgを引き下げることで,低水分でありながら柔らかい食感を呈するクッキー(ラバー状態のクッキー)を作り出すことが,それぞれ可能になる.

ガラス–ラバー転移に基づく技術戦略をクッキーに採用するには,そのTg曲線(Tgの水分含量依存性)を理解する必要がある.一般に非晶質材料のTgはDSCによって決定されるが,ガラス転移に伴う熱応答は融解などの一次転移と比べると非常に小さく,多成分系での複雑な熱応答からTgを読み解くことは困難である.筆者らはレオメーターに温度制御装置を取り付けた測定システムにより,ガラス転移に伴う軟化を読み取る方法を考案した.これにより,クッキーのTg曲線を決定することに成功した(図1図1■クッキー生地における澱粉の融解曲線およびクッキーのガラス–ラバー転移温度(Tg)曲線).また,クッキーに用いるショ糖の一部を,Tgの高いトレハロースやTgの低いソルビトールに置き換えることで,クッキーのTg曲線を制御可能なことを確認した(4)4) K. Kawai, M. Toh & Y. Hagura: Food Chem., 145, 772 (2014)..これらの結果はTgによって食品の保存性や食感を設計できることを示すものである.

以上,本稿では澱粉含有食品における物理的性状変化とその利用について,融解とガラス–ラバー転移を中心に紹介した.このほかに澱粉の再結晶化(老化),アミロースの複合体形成とその融解,凍結濃縮によるガラス転移などの物理的性状変化が食品の品質に影響を及ぼすものとして知られている.これらもまた温度と水分含量とが支配する現象であり,その解明には本稿で述べたものと同様のアプローチが有効と考えられる.

Reference

1) K. Kawai, H. Kawai, Y. Tomoda, K. Matsusaki & Y. Hagura: Food Chem., 135, 1527 (2012).

2) K. Kawai, K. Hando, R. Thuwapanichayanan & Y. Hagura: LWT Food Sci. Technol. (Campinas.), 66, 384 (2016).

3) K. Kawai, K. Matsusaki, K. Hando & Y. Hagura: Food Chem., 141, 223 (2013).

4) K. Kawai, M. Toh & Y. Hagura: Food Chem., 145, 772 (2014).