解説

植物の分子フェノロジー季節を測る分子メカニズム

Molecular Phenology in Plants: Molecular Mechanisms for Detecting Seasons

工藤

Hiroshi Kudoh

京都大学生態学研究センター

Published: 2016-07-20

植物は決まった季節に花を咲かせる.このような生物の季節現象をフェノロジーと呼ぶ.分子フェノロジーは,分子生物学の技術によって捕捉される生物の季節現象である.特に,遺伝子発現定量法の最近の進歩によって,分子フェノロジー研究は活発となった.高解像度分子フェノロジー(HMP)データとは,高時間分解能をもつ,十分頻繁に観察された時系列データである.花成調節遺伝子のHMPデータの解析は,植物が気温の長期記憶を有することを示唆していた.さらに植物が,日長,長期気温,短期気温という3つのシグナルの位相差を利用して季節を感知している可能性について論じる.

最近,自然条件下で生物を研究することの重要性が,分子遺伝学や細胞生物学の分野において強調されるようになった.こういったアプローチはイン・ナチュラ研究と呼ばれている.このイン・ナチュラという用語は,自然条件下(イン・ナチュラ)と実験室(イン・ビトロとイン・ビボ)を併せた研究が包括的理解をもたらすという考えを表すために作られた(図1図1■イン・ナチュラ研究の役割を示す概念図).これまでも分子生物学的アプローチは生態学や進化学に積極的に取り入れられてきたが,それとは違う意味がそこにはある.イン・ナチュラ研究が強調されているのは,遺伝子や細胞機能の理解という分子遺伝学や細胞生物学それ自身の目的にとって,自然生育地での研究が必要であるという考えに根差している.イン・ナチュラ研究では,実験室研究とは異なる問題が取り上げられる.変動する環境下で,生物はどのようにノイズの中からシグナルを取り出して応答しているのか? 生物の調節機構は,自然生育地で経験する幅広い物理的生物的環境下で機能するに足る頑健性をもっているのか? 特に,イン・ナチュラ研究においては,生物の機能を,変動する複合環境の中で進化してきた機能として見直すことが重要視される.この解説の目的は,分子フェノロジーという新しい研究領域を紹介するとともに,植物の季節応答の理解におけるイン・ナチュラ研究の必要性を示すことである.特に「高解像度分子フェノロジー」と「位相差カレンダー仮説」という重要な概念的枠組みを解説することで,イン・ナチュラ研究の果たす役割を浮き彫りにする.

図1■イン・ナチュラ研究の役割を示す概念図

自然条件下でのイン・ナチュラ研究が,実験室でのイン・ビトロ,イン・ビボ研究と統合されることにより,遺伝子や細胞の機能についてより包括的な理解が進む.

分子フェノロジー

植物の開花や展葉・落葉などは1年の決まった季節に観察される.開花期の季節性は温帯域では特に顕著であり,多くの植物種の開花のピークは年のうちで特定の10~20日の間に見られる.このような,生物の季節スケジュールのことをフェノロジー(phenology)と呼ぶ.

植物のフェノロジーは年間の変動が大きく,それがどのような気象要因によって決まるかを明らかにすることは,生態学や生物気象学の長きにわたる興味の対象である.そのため,何十年間にわたるフェノロジーデータ,特に開花フェノロジーのデータが蓄積されている.フェノロジーを予測することは,農学や林学においても主要な研究課題の一つであり,また,将来の地球環境の変化に対するフェノロジーの変化を予測することも求められている.

分子フェノロジーは,分子生物学の技術によって捕捉される生物の季節現象と定義される(1)1) H. Kudoh: New Phytol., 210, 399 (2016)..したがって,分子フェノロジーのデータは,遺伝子発現,エピジェネティック修飾の変化やタンパク質,代謝物およびほかの分子の量の季節パターンなどとなる.特に,遺伝子発現定量法の最近の進歩によって,分子フェノロジー研究は活発となった.分子フェノロジー研究は,自然生育地で遺伝子の機能および制御を研究するイン・ナチュラ研究の重要性を示すだけでなく,フェノロジーに対する見方を変えつつある.フェノロジーが年によって変動することは,環境変化に対する代謝や発生速度の単純な変化とみなすことはできなくなった.分子フェノロジーのアプローチによって,自然の生育地における環境変動の下で進化してきた植物の積極的な応答として,フェノロジーが分析されるようになった.

遺伝子発現定量技術と分子フェノロジー

初期の分子フェノロジーデータは,遺伝子発現の季節的変化をRNAゲルブロット(ノーザンブロッティング)か逆転写PCRによって半定量的に調べたものである.その例の一つとして,砂漠のマメ科植物を対象に,高温,乾燥,酸化ストレスに関連する遺伝子の発現変化を毎月調べる研究が行われた(2)2) E. Merquiol, L. Pnueli, M. Cohen, M. Simovitch, S. Rachmilevitch, P. Goloubinoff, A. Kaplan & R. Mittler: Plant Cell Environ., 25, 1627 (2002)..その結果,夏期に40°C程度の温度を経験したときにヒートショックタンパク質(HSP)をコードする遺伝子が発現上昇することが見いだされている.ほかの例では,ジギタリス属(オオバコ科)の植物において春から夏に防御関連遺伝子(カルデノリド生合成関連遺伝子)の発現上昇が(3)3) L. Roca-Pérez, R. Boluda, I. Gavidia & P. Pérez-Berúúmdez: Phytochemistry, 65, 1869 (2004).,また,トウダイグサ属(トウダイグサ科)で休眠および炭水化物代謝関連遺伝子の季節変化が半定量的方法による研究で報告されている(4)4) J. V. Anderson, R. W. Gesch, Y. Jia, W. S. Chao & D. P. Horvath: Plant Cell Environ., 28, 1567 (2005).

その後,リアルタイム定量PCR(定量PCR)が,遺伝子発現の分子フェノロジーを研究するための標準的な方法となった.この方法では,標的遺伝子の配列を決定し,定量PCRのためのプライマーを設計することによって,多様な植物種について遺伝子発現のより正確な定量が可能となった.この方法を用いて,モデル種で機能が十分に判明している遺伝子についての分子フェノロジー研究が行われている.FLOWERING LOCUS T(FT)およびそのホモログは,植物の花成(花芽を形成すること,植物の開花に向けて最初に起こる発生学的な変化)に先んじて,葉から茎頂へ移動するシグナルであるフロリゲンとして,シロイヌナズナおよびイネで同定された.これまでにFTホモログおよび関連する遺伝子の発現の分子フェノロジーが,自然条件下で,しかも多様な植物を対象に報告されている(ポプラ,ブナ,ウンシュウミカン,ブドウ,キャベツ,ハクサンハタザオ,リンゴ,シトラス,キンカン,マンゴー,イチジク,など).それらの研究のほとんどが,開花期に先駆けてFTホモログの遺伝子発現が上昇することを報告している(1)1) H. Kudoh: New Phytol., 210, 399 (2016)..ほかの例では,ポプラにおいて,植物におけるアンモニア代謝,窒素循環を調節する重要因子を含むグルタミンシンテターゼ遺伝子ファミリーの季節的発現が報告されている(5)5) V. Castro-Rodríguez, A. García-Gutiérez, J. Canales, C. Avila, E. G. Kirby & F. M. Cánovas: BMC Plant Biol., 11, 119 (2011).

マイクロアレイ法およびRNAシークエンシング(RNA-seq)法は,自然条件下で複数のサンプルについて,ゲノムワイドに遺伝子発現(トランスクリプトーム)を測定する最も広範かつ強力な技術である.これらの方法により,時系列のトランスクリプトームデータを得ることが可能となり,分子フェノロジーの研究に適用されている(6, 7)6) C. L. Richards, U. Rosas, J. Banta, N. Bhambhra & M. D. Purugganan: PLoS Genet., 8, e1002662 (2012).7) A. J. Nagano, Y. Sato, M. Mihara, B. A. Antonio, R. Motoyama, H. Itoh, Y. Nagamura & T. Izawa: Cell, 51, 1358 (2012)..マイクロアレイ法は,シロイヌナズナなどのモデル種を用いた分子フェノロジーの研究に適用可能である.たとえば,屋外ほ場で,シロイヌナズナの2系統を生育させた研究では,5,352遺伝子の発現について9回の時系列データが報告されている(6)6) C. L. Richards, U. Rosas, J. Banta, N. Bhambhra & M. D. Purugganan: PLoS Genet., 8, e1002662 (2012)..栄養成長か繁殖成長段階にあるかが,遺伝子発現の分散を最も説明する要因であることと,栄養成長中に気温と降水量に高い相関を示す遺伝子発現の分散成分があることが見いだされている.それには,温度制御・乾燥応答に関連する遺伝子が多く含まれていた.

RNA-seq法の出現で,非モデル植物を対象としたトランスクリプトーム解析ができるようになり,分子フェノロジー研究にも取り入れられている.東南アジア熱帯林において,一斉開花現象の環境トリガーを推定するためにRNA-seq法による分子フェノロジー研究が行われた(8)8) M. J. Kobayashi, Y. Takeuchi, T. Kenta, T. Kume, B. Diway & K. K. Shimizu: Mol. Ecol., 22, 4767 (2013)..一斉開花現象は,熱帯林群集を構成する大半の種が,数年に一度,一斉に同調して開花する壮観な現象である.一斉開花現象の過程を通してフタバガキ科のShorea beccarianaのトランスクリプトームが解析された.開花の時期を決める2つの遺伝子のホモログが,乾燥に応答するタイミングで遺伝子発現を大きく変化させた.その2つの遺伝子とは,先述したFTと花成抑制因子SHORT VEGETATIVE PHASESVP)であった.ほかの乾燥応答遺伝子も同じ時期に変化を見せた.これらにより,乾燥が,一斉開花のトリガーと推定された.

高解像度分子フェノロジー(HMP)

従来のフェノロジーデータは,初開花日や開芽日などを年に1回記録するもので,解析可能なデータセットを得るのに数十年以上を要した.一方,分子フェノロジーの特徴は,必要に応じて観測の頻度を増やせることである.これまでの多くの分子フェノロジーの観測は,年4回(四季)~年12回(毎月)や季節イベントの前後といったものが多かった.

一方,高解像度分子フェノロジー(HMP: High-resolution Molecular Phenology)データとは,高時間分解能をもつ,十分頻繁に観察された時系列データである(1)1) H. Kudoh: New Phytol., 210, 399 (2016)..HMPの登場により,環境要因に対するモデリングが可能となった.私たちの研究グループでは,シロイヌナズナ属の多年草ハクサンハタザオ(Arabidopsis halleri subsp. gemmifera)の自然生育地にフィールド研究サイトを設けて,長期の分子フェノロジー研究を進めている(図2).世界で初めてのHMPデータを取得したのも,この研究サイトである(9)9) S. Aikawa, M. J. Kobayashi, A. Satake, K. K. Shimizu & H. Kudoh: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 11632 (2010)..花成関連遺伝子の発現を毎週測定し(約50回/年),2年間にわたり6株×96時点からなる567のデータを報告した.このようなHMPデータにより,気象環境から遺伝子発現や表現型の季節的変化を予測するフェノロジーモデルの開発が可能になった.さらに重要なことは,単に環境要因と遺伝子発現を関連づけるだけでなく,システム生物学的アプローチを用いることで,遺伝子調節システムに関する複数のパラメータをもつより複雑な仮説を,自然条件下で検証することができるようになった.