解説

細胞のタンパク質発現リソース配分とタンパク質発現キャパシティ

Resource Allocation and Capacity of Protein Expression in a Yeast Cell

Hisao Moriya

守屋 央朗

岡山大学異分野融合先端研究コア

Published: 2016-07-20

細胞の機能は数千種類のタンパク質が協調的に働くことで達成される.それぞれのタンパク質の発現量はどのように決まっているのだろうか,またその量が変化したときに何が起きるのだろうか? 本稿では,主に酵母を対象として,近年のオーミックスデータや筆者らのタンパク質発現限界のシステマティックな測定結果などを通じて,細胞がタンパク質発現リソースをどのように配分しているのか,細胞がどれくらいのタンパク質発現のキャパシティをもっているのかという視点で細胞を眺めてみたい.なお,本稿のデータや図の一部は,最近筆者が執筆した文献1から引用している.詳細な内容についてはそれも合わせて参照していただきたい.

細胞内のタンパク質の発現量

細胞内で働くタンパク質それぞれの発現量は大きく異なっている.これは当たり前のように思われるが,細胞内のすべてのタンパク質(プロテオーム)の発現量が正確にわかるようになったのは比較的最近のことである.出芽酵母を用いて細胞内のすべてのタンパク質の発現量を組織的に解析しようとした試みは2003年に発表された(2)2) S. Ghaemmaghami, W.-K. Huh, K. Bower, R. W. Howson, A. Belle, N. Dephoure, E. K. O’Shea & J. S. Weissman: Nature, 425, 737 (2003)..この研究では,酵母のそれぞれのタンパク質がTandem Affinity Purification (TAP)-tagとの融合タンパク質として発現する酵母株を作製し,ウエスタンブロッティングによりそれぞれのタンパク質の発現量を定量した.驚くべき労力を使ったであろうGhaemmaghamiらの仕事である.この定量結果は長い間,ほかのさまざまな研究で利用されるタンパク質発現量データの「ゴールドスタンダード」であった.最近,質量分析の技術が大きく発達し,遂にGhaemmaghamiらのデータの網羅性と精度を超えた.現在の酵母のタンパク質発現量のスタンダードとしては,Kulakらの質量分析のデータ(3)3) N. A. Kulak, G. Pichler, I. Paron, N. Nagaraj & M. Mann: Nat. Methods, 11, 319 (2014).を用いるのが良いだろうと筆者は考えており,本稿の以下の議論ではこのデータを用いる.

ちなみに,さまざまな生物におけるタンパク質発現量のデータは,PaxDbというデータベースに集められている(4)4) M. Wang: PaxDb, http://pax-db.org/, 2009..ここでは,タンパク質複合体の構成要素の化学量がデータセット内でどれくらいそろっているかを指標にして,そのデータセットの信頼性を評価している(スコアの高いものほど信頼性が高い).ちなみに,GhaemmaghamiらのTAP-tagによる定量では4.71,質量分析デスコアの高いものは22以上となっており,Ghaemmaghamiらのデータの信頼性はそれほど高くないことがわかる.各タンパク質のC末にTAP-tagを付けたことによる発現の変化がこの原因の一つであろう.

プロテオマップによりタンパク質発現リソースの配分を可視化する

プロテオーム解析によって得られた数千のタンパク質の発現量を単にテーブル(あるいはデータベース)として眺めていても,データのもつ生物学的な意義を直感的に理解することは難しい.たとえば,それぞれの研究者が自分に興味のあるタンパク質の発現量について知るためにこのテーブルを利用することはできるだろう.しかし,そのような作業からはプロテオームの全体像をイメージすることはできない.図1A図1■出芽酵母(S. cerevisiae)の各タンパク質の発現量はそれぞれのタンパク質を発現量の高い順に並べたものである.それぞれのタンパク質はログスケールで発現量が異なるということはわかるが,これでも全体像をイメージすることにはつながらない.大規模データは,人間の直感で理解できるようにうまく可視化することが重要だ.

「プロテオマップ(proteomap)(5)5) W. Liebermeister, E. Noor, A. Flamholz, D. Davidi, J. Bernhardt & R. Milo: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 8488 (2014).」は,近年開発されたプロテオームを可視化するための方法である(実際にはトランスクリプトームにも適応できる).プロテオマップは,それぞれのタンパク質の発現量をポリゴンの面積として表す.さらに,それぞれのタンパク質を機能カテゴリーと関連づけ,機能が近いタンパク質を隣接したポリゴンとして同じ色彩で表示する.表示の階層は5段階に別れており,最も下の階層がタンパク質名での表示,それ以上の階層が機能カテゴリーの詳細度の異なる階層となっている.図1B図1■出芽酵母(S. cerevisiae)の各タンパク質の発現量はプロテオマップを用いて可視化したKulakらの酵母のプロテオームデータである(階層レベル3とレベル1).このように可視化すると,細胞が自身のリソースをどのような細胞プロセスに配分しているかがよくわかる.増殖中の酵母のほとんどのタンパク質は,代謝とタンパク質の合成に割り当てられている.

図1■出芽酵母(S. cerevisiae)の各タンパク質の発現量

A. 発現量の低いものから高いものへと順番に並べ,それぞれのタンパク質の細胞あたりの分子数を示したグラフ.タンパク質の発現量はログスケールで異なっていることがわかる.発現量の高い解糖系酵素を丸で示している.B. タンパク質の発現量のプロテオマップによる表示.左がプロテオマップレイヤーレベル3, 右がレベル1での表示.細胞のリソースがどのように割り当てられているかがわかる.文献1より引用.

タンパク質合成は細胞にとって最もエネルギーを必要とするプロセスである

上記のように,プロテオマップを用いてタンパク質発現量という指標で酵母細胞を眺めると,代謝とタンパク質合成に最も大きなリソースを配分していることがわかった.それでは,エネルギーという点では細胞はどのようなプロセスに最も大きな配分をしているのだろうか? これがはっきりと議論できるようになったのも比較的最近のことである.2012年にマイコプラズマの全細胞の数理モデル(シミュレーター)が完成した(6)6) J. R. Karr, J. C. Sanghvi, D. N. Macklin, M. V. Gutschow, J. M. Jacobs, B. Bolival Jr., N. Assad-Garcia, J. I. Glass & M. W. Covert: Cell, 150, 389 (2012)..この数理モデルにより,細胞内でのさまざまなプロセスが統合的に理解できるようになり,細胞内のどのようなプロセスでどれくらいのエネルギーが作られ,消費されているかの全体像がわかるようになり,最もエネルギーを多く使っているプロセスはタンパク質合成であり,実にATPとGTPの44%以上がタンパク質合成に使われていることがわかった.

このことから,細胞は,細胞中により多く存在するタンパク質が働くプロセスに対してより多くのリソースを投資し,そのプロセスから投資に見合うさらなるリソースを得ていると考えられる.増殖のためのエネルギーを取り出すために大量の解糖系酵素を用意し,タンパク質を次々と作り出すために大量のリボソームタンパク質を準備している酵母細胞は,「自らの使命は自身の維持と増殖のためにある」と語っているようですらある.

なお,この「細胞像」は,細胞種により異なると考えられる.細胞の機能が分化した多細胞生物の細胞では,大きく異なる像が浮かび上がるだろう.たとえば,ヒトの培養細胞では代謝に割り当てられるリソースは酵母ほど大きくなく,代わりに細胞の運動や結合に用いられる細胞骨格関連タンパク質に多くのリソースが割り当てられている(5)5) W. Liebermeister, E. Noor, A. Flamholz, D. Davidi, J. Bernhardt & R. Milo: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 8488 (2014).

タンパク質の量は発現レベルで最適化されている

タンパク質発現が細胞にリソースを要求することを考えると,タンパク質は細胞内で,「必要なときに必要な量」発現すべきであると考えられる.先に述べたプロテオームの信頼度を評価する指標ともなっているように,複合体の構成要素の化学量は,おおむねそろっている.たとえば,図1B図1■出芽酵母(S. cerevisiae)の各タンパク質の発現量で示したようにリボソームを構成するタンパク質の発現量はおおむねそろっている.また,同一のパスウェイで働く酵素群の発現量も互いに近い量となっている.近年開発されたリボソームプロファイリングによる研究から,複合体の構成因子の発現量はタンパク質合成の段階で厳密に最適化されていることがわかっており(7)7) G.-W. Li, D. Burkhardt, C. Gross & J. S. Weissman: Cell, 157, 624 (2014).,このことからもタンパク質の発現量は「必要なときに必要な量発現する」という原理が働いていることがわかる.以上のように,細胞は合成速度を最適化することで必要なときに必要な量のタンパク質を作り,最も効率的に無駄なく細胞の機能を営んでいるのである.トヨタ自動車が経済効率を高めるために作り上げた生産技術,「ジャストインタイム生産システム」を見ているかのようだ.

細胞システムのロバストネス

ここまでは,「精巧に最適化されたシステム」としての細胞像を紹介しててきた.しかし,細胞が置かれた環境やタンパク質発現のプロセス,それぞれのタンパク質の特性や機能する細胞内の場所などを考えると,設計どおりの量でうまくタンパク質を発現することの難しさが想像できる.

あるタンパク質の発現量は基本的に合成と分解のバランスで決まっている.合成はmRNAの合成(転写)とタンパク質の合成(翻訳)に分けられ,分解はmRNAの分解とタンパク質の分解に分けられる.これらのプロセスはさらに,mRNAの核外輸送やシャペロンによるタンパク質のフォールディング,タンパク質の細胞内輸送,自然に起きるタンパク質の不活性化やプロテアソームによる分解,オートファジーによる分解などに細かく分けられる.これらすべてが生化学反応で行われるため,タンパク質発現は,温度やpH,分子の揺らぎの影響を受ける運命にあることがわかる.さらに,個体間での遺伝子配列の多様性もタンパク質の発現量や活性に影響を与えるだろう.細胞老化は細胞内のプロセスがスムーズに働くことを妨げるだろう.タンパク質発現は綺麗事ではなく,さまざまな要因によってかき乱されるのだ.このような乱れを生む内的・外的な要因のことを「摂動(せつどう)や擾乱(じょうらん)」と呼ぶ(英語ではperturbation).これは先に挙げた生産工場を再びたとえ話として用いることができる.生産ラインをいくら高度に最適化しても,想定内・想定外のエラーにより完全に狙った数の製品を作れるとは限らない.

生産の現場ではこのようなエラーに対応するシステムを作り上げているが,細胞も同じように摂動にもかかわらず細胞の機能を維持しようとするシステムを作り上げている.摂動の影響があってもタンパク質発現が乱れないようにする機構は,安全工学の言葉を借りればフールプルーフであり,摂動の影響でタンパク質の発現量が乱れても細胞の機能を全体として維持させる機構はフェイルセーフという言葉で表される.これら両者を合わせて,摂動にもかかわらず機能を維持する特性「ロバストネス(頑健性)」という言葉で表される.ロバストネスという言葉が生物学で頻繁に使われるようになったのは1990年代の後半で,細胞のさまざまな機能が分子レベルから一貫したシステムとして理解されるようになってからだ.生命システムを数理モデルにより解析している最中に,タンパク質の発現量が多少変動してもその機能を維持できることがさまざまな生命システムで見つかり,ロバストネスが普遍的な現象であることが認知され始めた.現在は,ロバストネスを高めることが細胞システムの設計原理の一つであるという考え方が定着している(8, 9)8) H. Kitano: Nat. Rev. Genet., 5, 826 (2004).9) 守屋央朗(監修):細胞工学,33 (2014)..これは,淘汰圧という摂動にさらされながら細胞システムが進化し続けてきたという事実を考えると,ごく当然のことかもしれない.

細胞はタンパク質発現量の変動をどれくらい許容するか?

ここまでの話をまとめると,「細胞内のタンパク質の発現量は必要なときに必要な分だけ発現するように最適化されていて,それが細胞にとって最も好ましい.しかし,摂動の影響でなかなか設計どおりにはならない.だから細胞システムは摂動に対応できるようにシステムを構築し,多少の発現量の乱れがあっても全体としての機能を破綻させないようにしている」,ということになる.それでは,それぞれのタンパク質の発現量は,どれくらい乱れても細胞の機能は正常に維持されるのだろうか? 細胞システムはタンパク質発現の乱れに対してどれくらいロバストなのだろうか?

私たちはこの疑問に答えるために,酵母細胞内でそれぞれの遺伝子のコピー数を上げ,何コピーまで上げたら細胞の機能が破綻するのか(細胞増殖が阻害されるのか)を調べている.このために用いた実験系を,「遺伝子つなひき(gTOW)法」と私たちは呼んでいる.詳細は筆者のウェブサイト(10)10) H. Moriya: HM’s website, http://tenure5.vbl.okayama-u.ac.jp/~hisaom/, 2008.を参照していただきたいが,簡単に説明すると,図2A図2■gTOW実験により解糖系酵素を限界まで発現させるに示したような多コピープラスミドに標的遺伝子をネイティブなプロモーターごと組み込み,このプラスミドの細胞内でのコピー数を栄養要求性マーカーleu2dの選択圧を用いて上昇させる.標的遺伝子をもたないプラスミドであれば,約150コピー程度までコピー数が上がる.標的遺伝子の過剰発現が細胞増殖を阻害する場合,プラスミドのコピー数は標的遺伝子の過剰で細胞増殖が阻害される「コピー数限界」に近い値となる.ネイティブなプロモーターをもつ標的遺伝子のコピー数を上げた場合,染色体にある標的遺伝子の発現量(すなわちネイティブな発現量)からコピー数倍だけ過剰にタンパク質が発現すると期待される.このように,gTOW法ではコピー数限界を測ることで,間接的にタンパク質の過剰発現の限界をネイティブな発現量からの倍数として測ることができる.たとえば,ある標的遺伝子のコピー数限界が100である場合,その標的遺伝子から発現するタンパク質の過剰発現の限界はネイティブなレベルから100倍であると期待される.ただし,これは必ずしもすべてのタンパク質にあてはまるわけではない.実際,私たちはコピー数の上昇がタンパク質発現の上昇に結びつかないタンパク質を発見している.これは上記のフールプルーフ機構と言え,私たちはこの機構についても研究を行っているが本稿では割愛する.

図2■gTOW実験により解糖系酵素を限界まで発現させる

A. gTOW用プラスミドの構造.gTOW実験では,ネイティブなプロモーターをもつ標的遺伝子を組み込んだ多コピープラスミドのコピー数を栄養要求性マーカー(leu2d)の選択圧を用いて上げ,標的遺伝子の「コピー数限界」を測る.B. gTOW実験で解糖系酵素遺伝子をコピー数限界まで上げたときの各タンパク質の発現量.細胞抽出液をLDS–ポリアクリルアミド電気泳動により分離した.各タンパク質が大量に細胞内に発現していることがわかる.

私たちはgTOW法を用いて出芽酵母がもつ約6,000すべての遺伝子についてコピー数限界を調べた(11)11) K. Makanae, R. Kintaka, T. Makino, H. Kitano & H. Moriya: Genome Res., 23, 300 (2013)..その結果,全体の80%以上の遺伝子では,それぞれ100以上にコピー数を上げても細胞の機能が維持されることがわかった.すなわち,酵母の細胞システムは,一般的にタンパク質の過剰に対してロバストであると言える.一方で,100程度の遺伝子では,コピー数を10以下に上げただけで細胞の機能が破綻することもわかった.つまり,あらゆるタンパク質の過剰に対して細胞システムはロバストなわけではなく,非常にロバストネスの低い(脆弱な)部分も併せ持っているのだ.

化学量不均衡が細胞システムに脆弱性を生む

コピー数限界の低い一群のタンパク質がもつ特徴,すなわちタンパク質の発現変動が細胞システムに対して強い悪影響を与える部分の特徴とはどのようなものだろうか? 現在明確に見えているのは,複合体の構成バランスの乱れ,「化学量不均衡」である(図3A図3■タンパク質の過剰発現による増殖阻害の主要な原因).コピー数限界の低い一群のタンパク質には,複合体のサブユニットが有意に多く含まれていた(11)11) K. Makanae, R. Kintaka, T. Makino, H. Kitano & H. Moriya: Genome Res., 23, 300 (2013)..また,コピー数限界の低いタンパク質のいくつかでは,その複合体パートナーをともに過剰に発現させてやることで,コピー数限界を上げることができた(11)11) K. Makanae, R. Kintaka, T. Makino, H. Kitano & H. Moriya: Genome Res., 23, 300 (2013).