Kagaku to Seibutsu 54(8): 562-567 (2016)
解説
テルペノイド合成酵素の機能進化デザイン
Evolutionary Design of Terpenoid Biosynthetic Enzymes
Published: 2016-07-20
テルペノイド化合物の効率的な微生物生産を目指した研究が,近年盛んに行われている.代謝工学の進展に伴い,テルペノイド・テルペン類の生物生産におけるボトルネックは,テルペノイド生合成酵素そのものに移り始めている.本稿では,さまざまなテルペノイド生合成酵素活性のスクリーニング技術を紹介するとともに,テルペノイド生合成にかかわる酵素の活性改良研究の現状について概説する.
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
テルペノイドは,知られるだけで60,000を超える分子を擁する一大化合物群である.そのなかには,医農薬,香料,色素,高分子材料や潤滑油など,さまざまな産業価値をもつ化合物が含まれる(1)1) 原田尚志,三沢典彦,化学と生物,49, 825 (2011)..最近は,その骨格構造の多様性から,デザイナー燃料としての価値が検討されている.このように,テルペノイドの微生物生産研究には,グラム単価の高いもの(医薬品など)から低いもの(燃料)まで,要求される生産効率が異なるさまざまなレベルの目標(命題)が段階的に用意されている.
テルペノイドはイソプレン(C5)を基本単位とする化合物群である.その生合成は,イソペンテニル二リン酸(IPP)とその異性体ジメチルアリル二リン酸(DMAPP)を骨格単位とし,これらの縮合によるC10, C15, C20サイズのプレニル二リン酸の合成,さらにそれらの環化,あるいは二分子縮合によって多様な骨格をもつ炭化水素分子が生み出される(図1図1■テルペノイド生合成経路とそれにかかわる酵素たち).これらがさらに水酸化や糖化などを受け,テルペノイドの種類は膨大なものとなる.究極の目標は,そのすべてを効率的に生合成できる技術体系の確立であろう.しかし現段階では,われわれの目標を,炭化水素骨格の効率的な生物生産に限定しよう.本稿では,その立役者である,プレニル二リン酸の環化あるいは縮合酵素(総じてテルペン合成酵素と呼ぶことにする)の酵素工学について,「よりたくさんつくる」に焦点をあてて概説したい.
テルペノイドの建材であるIPPやDMAPPの生合成は,生物種によって,メバロン酸経路,非メバロン酸経路,あるいはその両者によって担われている.この15年の間に,前駆体供給経路の再設計,競合経路の除去,新たな前駆体供給路(メバロン酸経路など)の導入,基質チャネリングの設計,生産物テルペンの排出など,多くの代謝工学的な努力によって,大腸菌や酵母など異種細胞発現系によるテルペノイドの生産性は飛躍的に向上した(1~3)1) 原田尚志,三沢典彦,化学と生物,49, 825 (2011).3) 三沢典彦,化学と生物,35, 60 (1997)..しかしテルペン生産量がg/Lを超えた数年前から,生産効率に見るべき飛躍はなく,横ばい状態が続いている.
テルペノイドの代謝工学にかかわる多くの研究者は,現在のボトルネックが,テルペノイド生合成を担う酵素の活性そのものにあると感じている.二次代謝化合物は,そもそもごく微量生産されるものであり,その生合成を担う二次代謝酵素は,進化の過程で生産性に対する選択を受けてはいない.実際,BRENDAデータベースにある酵素活性の統計を取ると,二次代謝酵素群の活性は,同じ酵素番号をもつ一次代謝酵素と比べて,平均で30倍も低いそうである(4)4) A. Bar-Even, E. Noor, Y. Savir, W. Liebermeister, D. Davidi, D. S. Tawfik & R. Milo: Biochemistry, 50, 4402 (2011)..テルペノイドに限らず,天然物の効率的な微生物合成を目指すとき,酵素そのものの活性がボトルネックになるという問題は,少なからず共通した課題かもしれない.本稿では,テルペノイド生合成酵素群の活性改良を目指した研究の現状について解説する.
前駆体経路の強化や培養法の最適化によって,マラリア特効薬のアルテミシニンの前駆体アモルファジエンは27 g/L(5)5) H. Tsuruta, C. J. Paddon, D. Eng, J. R. Lenihan, T. Horning, L. C. Anthony, R. Regentin, J. D. Keasling, N. S. Renninger & J. D. Newman: PLoS ONE, 4, e4489 (2009).,イソプレンゴムの原料イソプレンは60 g/L(6)6) G. M. Whited, F. J. Feher, D. A. Benko, M. A. Cervin, G. K. Chotani, J. C. McAuliffe, R. J. LaDuca, E. A. Ben-Shoshan & K. J. Sanford: Ind. Biotechnol. (New Rochelle N.Y.), 6, 152 (2010).もの生産性が達成されている.しかし上記2例を除けば,多くのテルペノイドが,最高で1~2 g/L,場合によっては100 mg/L程度しか合成できない.最後の骨格合成ステップ以外はすべて共有していながら,テルペノイドの種類によってこれだけ生産性が異なるのである.テルペン合成酵素の細胞活性がボトルネックと考えるのは自然であろう.
実際,同じテルペンの生合成でも,どの由来の酵素を選択するかによって,その生産性は大きく変わる.たとえば,ビサボレンの大腸菌生産の研究では,Abies grandis(モミの木の一種)由来のビサボレン合成酵素(BIS)を使ったほうが,同じ発現系を用いてPseudotsuga menziesii(北米マツ)由来の酵素を使う場合より20倍も高い生産性を示した.このA. grandis由来のBIS遺伝子を大腸菌にコドン最適化すると,ビサボレン生産量はさらに5倍も向上した(7)7) P. P. Peralta-Yahya, M. Ouellet, R. Chan, A. Mukhopadhyay, J. D. Keasling & T. S. Lee: Nat. Commun., 2, 483 (2011)..このことからも,このステップが律速であることがわかる.モノテルペンやイソプレンでも,テルペン合成酵素の由来によって生産性は大きく違う.
では,テルペン合成酵素のどの特質がボトルネックなのであろうか.γ-フムレン合成酵素(HUM)の変異体のなかには,大腸菌生産系において野生型酵素の最大80倍の生産量を与える変異体が報告されている(8)8) Y. Yoshikuni, J. Dietrich, F. F. Nowroozi, P. C. Babbitt & J. D. Keasling: Chem. Biol., 15, 607 (2008)..その変異体の触媒としての性能(kcat/Km)はむしろ野生型に劣るが,熱耐性・可溶性が有意に向上していた.この酵素に関しては,培養生産時を通しての酵素の細胞内における実効濃度の増大が,細胞生産量の向上に寄与したものと思われる.一方,イソプレン合成酵素(ISPS)では,kcat, Km, Kiの最適化によって,イソプレン生産性を向上させた実施例が示されている(9)9) Z. Q. Beck, D. A. Estell, J. V. Miller, J, Ngai, C. L. Rife & D. H. Wells, US patent: US 20130330796Al (2013)..
以上,テルペン合成酵素の細胞活性がボトルネックの一つであることは明快である.しかし,どのテルペン合成酵素を選べば細胞生産効率が高いかは,試してみないとわからない.さらには,酵素のどの特質が足をひっぱっているかも,ケースバイケースのようである.このような状況においては,実質的に,進化工学が唯一の希望となる.つまり,野生型と似て異なる多くの酵素変異体を創出し,それらの中から,「たまたま」高い細胞生産量を与えるものを探索しなければならない.
しかし,テルペン合成酵素の活性改良は簡単ではない.テルペノイドのほとんどは無色なため不可視である.とくに低分子量のテルペン(C5~C20)は揮発性が高く,培養液中から飛散してしまう.このため細胞のテルペン生産能力は,基本的にガスクロマトグラフィーなどによって一つ一つ検定していくほかなかった.実際に,イソプレン合成酵素については,1万を超える一残基置換体を一つひとつ全合成し,発現量と活性解析をした末に,遂に高活性な変異体を取得した例がある(9)9) Z. Q. Beck, D. A. Estell, J. V. Miller, J, Ngai, C. L. Rife & D. H. Wells, US patent: US 20130330796Al (2013)..テルペン合成酵素の活性をハイスループットに検定する方法がなければ,テルペン合成酵素の活性改良は簡単なものではない.
テルペノイドの中で,カロテノイドだけは例外的にスクリーニングが可能である.カロテノイドは自身が色素であり,また分子量が大きい(C30~C50骨格)ため,細胞内に蓄積する.その蓄積量が多いほど,細胞色は顕著となることを利用して,テルペノイド前駆体供給力を高める数々の因子が発見されている(10, 11)10) H. H. Wang, F. J. Isaacs, P. A. Carr, Z. Z. Sun, G. Xu, C. R. Forest & G. M. Church: Nature, 460, 894 (2009).11) H. Alper, Y.-S. Jin, J. F. Moxley & G. Stephanopoulos: Metab. Eng., 7, 155 (2005)..
カロテノイドの色素としての性質は,分子骨格沿いに並ぶ共役した二重結合の数と状態に依存する.これを利用すれば,カロテノイド生合成にかかわる数多くの酵素の反応特異性工学が可能である(12)12) M. Furubayashi & D. Umeno: Methods Mol. Biol., 892, 245 (2012)..フィトエン(無色)を不飽和化する酵素の反応ステップ数は,コロニーの色に直結する.野生型より深い赤色をもつコロニーから多ステップ型の変異体が(13)13) C. Schmidt-Dannert, D. Umeno & F. H. Arnold: Nat. Biotechnol., 18, 750 (2000).,より黄色のコロニーから低ステップ数の変異体が得られる(14, 15)14) D. Umeno & F. H. Arnold: Appl. Environ. Microbiol., 69, 3573 (2003).15) D. Umeno, A. V. Tobias & F. H. Arnold: Microbiol. Mol. Biol. Rev., 69, 51 (2005)..リコペン(赤)の末端を環化してβ-カロテン(橙色)を合成する酵素も,コロニー色の変化をもってスクリーニングできる(13)13) C. Schmidt-Dannert, D. Umeno & F. H. Arnold: Nat. Biotechnol., 18, 750 (2000)..クロモフォアの共役系をさらに伸ばすケト化酵素(16)16) P. C. Lee, A. Z. R. Momen, B. N. Mijts & C. Schmidt-Dannert: Chem. Biol., 10, 453 (2003).の活性も,より赤~紫のコロニーを与えるものとして改良されている.なかには,色素の分光学的性質に影響を与えないものまで,スクリーニングできる場合もある.β-カロテンヒドロキシラーゼは,色素のクロモフォアから離れたイオノン環の3-OH化を行うため,その反応前(β-カロテン)後(ゼアキサンチン)で色素としての分光学的な違いはない.にもかかわらずこの水酸化酵素の遺伝子は,25万ものコロニーのなかから,見事に単離されている(17)17) Z. Sun, E. Gantt & F. X. Cunningham Jr.: J. Biol. Chem., 271, 24349 (1996)..これを行った研究者らによれば,水酸基付加によって生じるカロテノイドの細胞膜内の局在形態の変化が,わずかなコロニーの色合い(あるいは質感)の変化として見抜けたという.このように,カロテノイド経路は,プロダクトベースでのハイスループットな機能スクリーニングが可能である.このため,その生合成工学はほかのどの経路よりも先行している.最近発表されたC50アスタキサンチン経路は都合15ステップの人工生合成経路であるが,その建設過程において,コロニー色を頼りにした新規活性のスクリーニング取得を3回も実施している(18)18) M. Furubayashi, M. Ikezumi, S. Takaichi, T. Maoka, H. Hemmi, T. Ogawa, K. Saito, A. V. Tobias & D. Umeno: Nat. Commun., 6, 7534 (2015)..
長年,プロダクトベースの機能スクリーニングはカロテノイドの専売特許であった.しかし最近,一部のトリテルペン生合成酵素に対しても,色スクリーニングが適用可能となりつつある.われわれは,Staphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌)由来のカロテノイド不飽和化酵素(CrtN)が,スクアレンを不飽和化して黄色カロテノイドへ変換できることを発見した(19)19) M. Furubayashi, L. Li, A. Katabami, K. Saito & D. Umeno: FEBS Lett., 588, 436 (2014)..これはスクアレン合成酵素の反応特異性の改変に大きな威力を発揮しつつある.われわれはヒトスクアレン合成酵素にアミノ酸置換を導入し,骨格サイズの異なるさまざまなスクアレン様の化合物の生合成に成功している(未発表)ほか,その細胞活性の向上にも取り組み始めている.なお,このスクリーニングは,抗高血脂薬開発の重要なターゲットであるヒトスクアレン合成酵素の阻害剤探索などにも利用可能である.
無数にあるテルペノイドの合成活性に対して,一つひとつスクリーニング系を確立するのは骨の折れる作業である.しかし,テルペン合成酵素に限って言えば,それらは同じ前駆体(プレニル二リン酸)を消費するという共通項がある.それに注目し,プレニル二リン酸の消費活性を可視化するスクリーニング技法が検討されている.
テルペン合成酵素の反応カスケードの最初のステップでは,二リン酸(PPi)が遊離してカルボカチオン中間体が形成される.このPPiは直接検出することも可能である(20)20) H. Katano, R. Tanaka, C. Maruyama & Y. Hamano: Anal. Biochem., 421, 308 (2012)..また,ピロフォスファターゼでモノリン酸に加水分解し,そのリン酸を検出することも可能である(21)21) M. Vardakou, M. Salmon, J. Faraldos & P. E. O’Maille: MethodsX, 1, 187 (2014)..特にリン酸の比色定量法は数多く,そのいくつかはキットとして市販されている.ただしこれらの方法は,酵素を精製して細胞由来のリン酸成分を除去する必要があるため,テルペン合成酵素の活性スクリーニングに利用されるには至っていない.
Arnoldらのグループは,細胞ライセートをそのまま反応に用いることができる,人工基質を用いた比色アッセイを開発した(22)22) R. Lauchli, K. S. Rabe, K. Z. Kalbarczyk, A. Tata, T. Heel, R. Z. Kitto & F. H. Arnold: Angew. Chem., 125, 5681 (2013)..この系で用いられる人工基質は,ファルネシル二リン酸(FPP)のアナログで,分子内にビニルメチルエーテル基を有する.セスキテルペン合成酵素がこの基質の誘導化部位を攻撃するかたちで環化すると,メタノールが生成する.生成したメタノールは酵素的にアルデヒドに転化され,このアルデヒドを比色検出することによって,酵素の基質消費能力を見積もることができる.検出がメタノールを出発材料とした呈色反応系によるため,細胞内のほかの代謝経路との“混線”がなく,細胞ライセートを使った比較的簡易なin vitroスクリーニングの実施が可能である.実際にLauchliらは,この手法で2,000の変異体プールの中から耐熱化した(22)22) R. Lauchli, K. S. Rabe, K. Z. Kalbarczyk, A. Tata, T. Heel, R. Z. Kitto & F. H. Arnold: Angew. Chem., 125, 5681 (2013).,あるいは特異性の変化したセスキテルペン合成酵素の変異体の取得(23)23) R. Lauchli, J. Pitzer, R. Z. Kitto, K. Z. Kalbarczyk & K. S. Rabe: Org. Biomol. Chem., 12, 4013 (2014).に成功している.
われわれは,テルペン合成酵素の活性をコロニー色で機能スクリーニングできる手法を開発した(24)24) M. Furubayashi, M. Ikezumi, J. Kajiwara, M. Iwasaki, A. Fujii, L. Li, K. Saito & D. Umeno: PLoS ONE, 9, e93317 (2014).(図3図3■カロテノイド合成経路を使ってテルペン合成酵素の基質消費活性を見る手法).図1図1■テルペノイド生合成経路とそれにかかわる酵素たちに示すように,カロテノイド色素の合成経路とテルペン合成酵素は,基質を共有している.両者が共存するとき,テルペン合成酵素の基質消費活性が高ければ高いほど,細胞に共存するカロテノイド生合成経路にまわる前駆体は減少することになる.より白いコロニーを与える細胞を探索すれば,より基質消費能の高い(つまり,より活性の高い)テルペン合成酵素の変異体が得られるというしくみである.この方法では,細胞を破砕せず寒天プレート上のコロニーの色比較だけで活性変異体を探索するため,スループットが圧倒的に高い.また,競合するカロテノイド合成経路とテルペン合成酵素(ライブラリー)との発現比の調節によって,テルペン合成活性に対する要求レベル(淘汰圧)を自由に設定できる.そして何よりも,本手法は,テルペノイドの生物生産に重要な「細胞活性」(触媒活性に安定性や発現効率,局在性などを加えた総合的な性能)に対する直接的な選抜法である.われわれは,この方法で2つのテルペン合成酵素(ピネン合成酵素(PS)(25)25) M. Tashiro, H. Kiyota, S. Kawai-Noma, M. Ikeuchi, Y. Iijima & D. Umeno: ACS Synth. Biol., accepted (2016) DOI: 10.1021/acssynbio.6b00140とBIS(未発表))の活性変異体を取得済である.
寒天プレート上のコロニー色を指標とするスクリーニングで探索できるライブラリーサイズは,数千~数万程度である.しかし,テルペン合成酵素の活性を細胞増殖速度と共役させることができれば,さらに何桁もスループットの高い,機能「セレクション」が可能となる.
われわれは,細胞内に活性の高いゲラニオール合成酵素(GES)変異体を発現させると,著しい増殖阻害を引き起こすことを見いだした(図4a図4■プレニルニリン酸の枯渇(a),または蓄積(b)が引き起こす細胞増殖阻害を利用したテルペン合成酵素の活性スクリーニング).面白いことに,この毒性は,前駆体(FPP)供給量を増やす効果が知られるイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ(IDI)や,GPPのFPPへの転化を促すFPP合成酵素(FPPS)などの過剰発現によって完全に解消することがわかった.このことから,ゲラニオール変異体の毒性は,イソプレノイド基質をゲラニオール合成に吸い上げて増殖に必須なFPPを不足させたことによるものであると考えられる.この現象をうまく使えば,FPPの供給量をさらに高める効果のある遺伝子(あるいはその変異体)を増殖セレクションによって濃縮・取得することが可能である(26)26) 岩嵜美希,梅野太輔,特開2014-223038 (2014)..ただし,テルペン合成酵素の活性変異体を取得するときは,より増殖阻害効果が強い形質転換体を探索することになるため,非破壊ながらマルチウエルプレートを用いた増殖「スクリーニング」を実施しなければならない.
一方,イソプレニル二リン酸の過剰な蓄積もまた,宿主に対する毒性を及ぼす(27)27) V. J. J. Martin, D. J. Pitera, S. T. Withers, J. D. Newman & J. D. Keasling: Nat. Biotechnol., 21, 796 (2003).(図4b図4■プレニルニリン酸の枯渇(a),または蓄積(b)が引き起こす細胞増殖阻害を利用したテルペン合成酵素の活性スクリーニング).テルペン合成酵素は,プレニル二リン酸の消費酵素であるから,その活性が高ければ高いほど,細胞の増殖阻害が緩和されると期待される.Withersらは,この原理を使って,枯草菌のゲノムライブラリーから,イソペンテノール合成酵素の遺伝子を単離した(28)28) S. T. Withers, S. S. Gottlieb, B. Lieu, J. D. Newman & J. D. Keasling: Appl. Environ. Microbiol., 73, 6277 (2007)..残念ながら本手法の選択効率は低く,選択圧の調節も困難である.このため,テルペン合成酵素活性のあり/なしスクリーニングには使えるが,より強い活性の高い変異体を野生型と区別・取得するような精密な選抜系は実現していない.もしイソプレニル二リン酸の「過剰量の調節」がかなえば,この手法は,テルペン合成酵素の活性改良技術の決定版の機能セレクション系になるかもしれない.
以上,テルペン合成酵素群の進化デザイン技術を,細胞活性を高めるためのスクリーニング技術の開発状況を中心に概説した.ようやく手法は出そろいつつあり,テルペン合成酵素の機能改変の成功例も増えつつある.これから数年は,テルペン合成酵素の活性向上がどれほど可能か,伸び止まったテルペノイド生産性を,テルペン合成酵素の改良だけで,どこまで押し上げられるかが問われることになるだろう.一般に二次代謝物は,自然界(宿主内)ではごく微量成分として創られる.二次代謝化合物の生合成経路は,その生産性に対する淘汰を受けずに進化してきた.採算性を求められる微生物生産のコンテキストにおいては,生合成酵素一つひとつの活性向上は不可欠になるであろう.また,そもそも精密で多段階な反応カスケードと高い触媒効率がどこまで両立しうるかにも興味がもたれる.
米国アミリス社が抗マラリア薬アルテミシニン酸の生産プロセスの確立を宣言して10年が過ぎた.さまざまな困難を乗り越え,2013年,ついにサノフィ社によってアルテミシニンの実用生産が開始された.しかし,微生物生産の標的が香料,化成品,燃料に移行していくにつれ,人工生合成経路をなす酵素一つひとつの細胞活性の改良が必要となってゆくであろう.一方,効率が高くなるにつれ,テルペノイド生合成経路の細胞毒性は無視できないものとなる.一次代謝経路のように,細胞宿主の代謝ネットワークの一部として,多重で精密な制御を受け入れる成熟した経路を創るための新しい技術も必要である.この,いわば,二次代謝テルペノイド生合成経路の「一次代謝化」である.生産物フィードバックの解消,細胞の状況に応じて活性を自ら調節する機構の賦与,中間体チャネリングを指向した関連酵素の集合化技術など,最先端の酵素工学への要請がますます高まっていくものと思われる.
Reference
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