セミナー室

ゲノム縮小株作製による生育に重要な遺伝子群の解析

Jun-ichi Kato

加藤 潤一

首都大学東京大学院理工学研究科生命科学専攻

Published: 2016-07-20

はじめに

これまでに生物のさまざまな機能について,構成要素の同定と解析,構成要素間の相互作用,制御ネットワークの解析,さらには構成要素による素過程の再構成などが行われて分子レベルでの理解が進んだ.しかしまだどんな単純な生物であっても,一つの細胞全体を分子レベルで理解することはできていない.たとえば遺伝情報について考えてみると,大腸菌ゲノムの塩基配列の見直しが行われた2006年の段階で,実験的に機能がわかっている遺伝子は全体の約54%にすぎず,約32%はアミノ酸配列などから一応機能が予想できる機能未知遺伝子ではあり,約14%は機能の予想もできない遺伝子であった(1)1) M. Riley, T. Abe, M. B. Arnaud, M. K. Berlyn, F. R. Blattner, R. R. Chaudhuri, J. D. Glasner, T. Horiuchi, I. M. Keseler, T. Kosuge et al.: Nucleic Acids Res., 34, 1 (2006)..見直しから約10年経ってはいるが,まだ多くの遺伝子の機能が明らかにされていない.

大腸菌の機能未知のゲノム情報からは,近年になっても興味深いことが次々と見つかってきている.たとえば真核生物のゲノム編集のツールとして盛んに使われるようになったCRISPRの発見の発端は大腸菌ゲノムで見つかった繰返し配列である(2)2) Y. Ishino, H. Shinagawa, K. Makino, M. Amemura & A. Nakata: J. Bacteriol., 169, 5429 (1987)..繰返し配列自体は1980年代後半に見つかったが,20年近く経ってようやくその機能が解明され,バクテリアの免疫機構であることが明らかになった.また1980年代前半に大腸菌のプラスミドで最初に見つかった広い意味でのプラスミド安定化機構(post-segregational killing)に関与するToxin–Antitoxin遺伝子が,その後染色体上にも複数存在することがわかったが,それらの機能,つまりなぜ自分の生育を阻害する遺伝子群が染色体上に多数存在するのかについては長い間わからなかった.しかし2000年代後半になってそれらの遺伝子群の中には,原核生物におけるプログラム細胞死やパーシスタンス(persistence)現象に関与するものがあることが明らかになってきた(3~5)

近年,大腸菌のゲノム,遺伝子の解析では,従来の野生株を基にした変異株だけでなく,ゲノムを大規模に改変して作製されたゲノム縮小株などを利用したユニークな研究が行われてきている.ここでは大きく分けて2種類のゲノム縮小株とそれらを利用した研究について紹介したい.

外来遺伝子群を欠失させた大腸菌ゲノム縮小株とそれを用いた解析

米国Wisconsin大学のBlattner博士らの研究グループにより,大腸菌の染色体の約15%までを欠失させたゲノム縮小株群の作製が報告された(6)6) G. Pósfai, G. Plunkett III, T. Fehér, D. Frisch, G. M. Keil, K. Umenhoffer, V. Kolisnychenko, B. Stahl, S. S. Sharma, M. de Arruda et al.: Science, 312, 1044 (2006)..彼らの目的は染色体上にあるトランスポゾンなどの転位因子や,かつて溶原化したファージのゲノムで現在ではファージとしての機能は失われたものなど,外来遺伝子群の多くを除去した株を作製することであり,実際には大腸菌K12株のゲノムをK12株以外の大腸菌のゲノムと比較して,K12株でのみ存在する領域の多くを欠失させた株を作製した.これらの株では予想どおり挿入変異が減少することによる突然変異率の低下が観察された一方,エレクトロポレーションの効率が高くなっていることなどの予想されていなかった特性も明らかになった.その後,進化速度の低下などの特性についても報告されている(7)7) K. Umenhoffer, T. Fehér, G. Balikó, F. Ayaydin, J. Pósfai, F. R. Blattner & G. Pósfai: Microb. Cell Fact., 9, 38 (2010).

このゲノム縮小株では,野生株で必須な遺伝子が非必須になるという興味深い例も報告されている(8)8) C. J. Cardinale, R. S. Washburn, V. R. Tadigotla, L. M. Brown, M. E. Gottesman & E. Nudler: Science, 320, 935 (2008)..転写終結に重要なRhoタンパク質の阻害剤であるBicyclomycin(BCM)を作用させたときのゲノムの遺伝子発現解析から,Rhoタンパク質の機能を阻害すると外来遺伝子群の発現が上昇する傾向が観察され,Rhoタンパク質と外来遺伝子群との関係が明らかになってきた.Rhoタンパク質依存の転写終結配列は多くの遺伝子内にも存在し,Rhoタンパク質は多くの遺伝子の下流での転写終結以外に発現調節にも関与しており,とくに外来遺伝子群の発現を抑えていることが明らかになった.そこでその生物学的機能を明らかにするために,外来遺伝子群の多くを欠失させたゲノム縮小株について調べられたところ,この株はBCM耐性になっていることから,Rhoタンパク質はまだ必須ではあるが必須性が低下し,またRhoタンパク質の機能に関連する,野生株では必須なNusA, NusGタンパク質が非必須になっていることがわかった.これらの結果から,Rhoタンパク質の外来遺伝子群の発現を抑える機能は大腸菌の生育に重要であること,つまり違う言い方をすれば,大腸菌は外来遺伝子の生育を阻害する作用を抑えないと生育できないということが明らかになった.

網羅的に染色体を欠失させた大腸菌ゲノム縮小株群とそれらを用いた解析

機能が明らかになっていない遺伝子には,遺伝学的にその遺伝子を欠損させた変異株を作製しても表現型が認められないものも多い.原因としてはまず研究室での培養条件では変異の影響が表れない場合がある.大腸菌は腸内細菌であるから宿主内での機能に関与する遺伝子も存在する.一方,その遺伝子の機能のバイパスが存在するために表現型が認められない場合もある.バイパスには同様な機能をもつ遺伝子が存在するような直接的な場合もあれば,機能は違っても結果的にバイパスとなるような間接的な場合もある.また一つの遺伝子でバイパスとなる場合もあれば,複数の遺伝子による機能が結果的にバイパスとなる場合もあって簡単ではない.

前述のように細胞全体の分子レベルでの理解までは至っていないものの,生育に関してはモデル生物である大腸菌,枯草菌,出芽酵母において,全必須遺伝子がゲノムの塩基配列が決定されてから約6~10年かかって同定された.大腸菌では約4.6 Mbのゲノムに存在する約4,400個の遺伝子のうち,約300個が必須遺伝子として同定され,現在までにそれらの機能もほぼすべて実験的に明らかにされた(9, 10)9) T. Baba, T. Ara, M. Hasegawa, Y. Takai, Y. Okumura, M. Baba, K. A. Datsenko, M. Tomita, B. L. Wanner & H. Mori: Mol. Syst. Biol., 2, 0008 (2006).10) J. Kato & M. Hashimoto: Mol. Syst. Biol., 3, 132 (2007).

しかし全必須遺伝子が同定され機能が明らかにされたから大腸菌の生育については分子レベルですべて理解されたかと言うと,そうではない.必須遺伝子というのは野生株でその遺伝子だけを破壊したときに致死になる遺伝子であって,必須なプロセスであってもバイパスがある場合にはそれらに関与する遺伝子群は非必須遺伝子である.その場合は一つの経路に必要な遺伝子の変異とバイパスに必要な遺伝子の変異との二重変異株で合成致死となる.このような「潜在的な必須遺伝子」が存在するため,すべての必須遺伝子を集めたものが最小必須遺伝子群とはならない.必須なプロセスの少なくとも一つの経路に必要な遺伝子群は,生物が生育するのに最低限必要な遺伝子のセットである最小必須遺伝子群には含まれなければならない.たとえば大腸菌にはリボソームRNA(rRNA)をコードする遺伝子が7コピー存在するが,それぞれは欠失させても生育するので非必須遺伝子である.しかし最小必須遺伝子群には少なくとも1コピーのrRNAをコードする遺伝子が含まれるのは明らかである.最小必須遺伝子群については,大腸菌でもほかのどの生物でもまだ実験的には同定されていない.

では最小必須遺伝子群をどうやって同定するのか,そもそも野生株では非必須遺伝子に見える「潜在的な必須遺伝子」をどうやって同定するのかという点は大きな問題である.バイパスは一つとは限らないので,単に2つの遺伝子の欠失を組み合わせて調べるだけでは不十分である.実際に筆者らの最近の研究では,3カ所以上の欠失変異による合成致死が次々と見つかってきている.

筆者らはこの問題をシステマティックに解決する一つの方法がゲノム縮小株の利用であると考えている.筆者らは外来遺伝子群に限らず,網羅的に非必須領域を欠失させたゲノム縮小株の作製を進めている.まず数十から数百kbに及ぶ染色体広域欠失変異を染色体全体にわたって網羅的に作製した(10)10) J. Kato & M. Hashimoto: Mol. Syst. Biol., 3, 132 (2007).図1図1■大腸菌の野生株およびゲノム縮小株のゲノム).もちろん一般的には必須遺伝子を欠失させると致死になるので,必須遺伝子が存在する染色体領域については必須遺伝子を低コピープラスミドであるミニFプラスミドにクローニングし,それを用いて相補させた状態で染色体を欠失させた.その結果,複製起点oriC以外の領域については欠失変異を作製することができたので,染色体上になければならないユニークで必須な遺伝情報は複製起点oriCだけであることが明らかになった.また非必須領域の欠失変異を組み合わせることでゲノム縮小株群の作製を進め,野生株のゲノムの約30%さらには約39%を欠失させた株の作製を報告し,未発表であるが現在までに約43%を欠失させた株の作製にまで成功している(11, 12)11) M. Hashimoto, T. Ichimura, H. Mizoguchi, K. Tanaka, K. Fujimitsu, K. Keyamura, T. Ote, T. Yamakawa, Y. Yamazaki, H. Mori et al.: Mol. Microbiol., 55, 137 (2005).12) Y. Iwadate, H. Honda, H. Sato, M. Hashimoto & J. Kato: FEMS Microbiol. Lett., 322, 25 (2011).

図1■大腸菌の野生株およびゲノム縮小株のゲノム

(A)および(B),(C)の外側の円は大腸菌の野生株のゲノムを表している.(B),(C)の内側の円は,外側の円の灰色または黒色のボックスで示した領域を欠失させ,野生株のゲノムの約30%,約39%を欠失させたゲノム縮小株のゲノムを表している.

これらの多くの染色体広域欠失変異群の作製における,欠失させられない領域の解析から新規必須遺伝子が同定された.同定した機能未知必須遺伝子群の解析も同時に進め,最近ではおそらく最後の機能未知必須遺伝子であるyqgF遺伝子についても,高温感受性変異株を作製してその表現型を調べ,まず転写終結の異常を報告した(13)13) A. Iwamoto, A. Osawa, M. Kawai, H. Honda, S. Yoshida, N. Furuya & J. Kato: J. Mol. Microbiol. Biotechnol., 22, 17 (2012)..さらにその直接の機能は16SリボソームRNAのプロセッシングであることを明らかにした(14)14) T. Kurata, S. Nakanishi, M. Hashimoto, M. Taoka, Y. Yamazaki, T. Isobe & J. Kato: J. Mol. Biol., 427, 955 (2015).

バイパスがあることで非必須遺伝子となる,必須なプロセスに関与する「潜在的な必須遺伝子」群の同定についても,染色体広域欠失変異を組み合わせて作製したゲノム縮小株群を利用して現在進めている.まずゲノム縮小株でバイパスが欠損している場合には残った遺伝子が生育に必須になることから,野生株では導入できるがゲノム縮小株には導入できない染色体広域欠失変異を同定する(図2図2■ゲノム縮小株を利用した潜在的な必須遺伝子の同定).実際の研究では,野生株の染色体の約43%を欠失させた株に新たに染色体広域欠失変異を導入しようとすると,野生株では導入できる多くの広域欠失変異が導入できなくなっている.次にその同定した染色体広域欠失変異について部分欠失変異群を作製することによって合成致死を引き起こす原因遺伝子を同定する.原因遺伝子を同定したら,その欠失変異を一連のゲノム縮小株にさかのぼって導入して,合成致死を引き起こす原因であるほかの染色体広域欠失変異を同定する.原因となる染色体広域欠失変異群が同定されたら,野生株にそれらを導入し,合成致死を再構成する.再構成できたらその原因遺伝子の一つを複製が高温感受性のミニーFプラスミドにクローニングし,高温感受性変異株を作製する.その株に染色体ライブラリーを導入して高温耐性になる株を単離することによって,ほかの原因遺伝子や多コピー抑圧遺伝子群が同定できる.

図2■ゲノム縮小株を利用した潜在的な必須遺伝子の同定

大腸菌の一つの細胞が増殖して2つになる場合の必須なプロセスを矢印で示している.一つの経路が支えているプロセスに必要な遺伝子は必須遺伝子であり,約300個存在する.複数の経路が支えている(バイパスが存在する)プロセスに必要な遺伝子は,野生株では非必須遺伝子であるが,最小必須遺伝子群のみをもつゲノム縮小株ではバイパスが存在しないため必須遺伝子になる.最小必須遺伝子群の数はまだわかっていない.

実際の例を紹介すると,染色体広域欠失変異1によって合成致死が引き起こされることがわかり,その一つからDNA修復に関与するAPエンドヌクレアーゼをコードするnfo遺伝子が原因遺伝子として同定された(15)15) K. Watanabe, K. Tominaga, M. Kitamura & J. Kato: in preparation図3図3■ゲノム縮小株を利用した合成致死遺伝子群および関連遺伝子の同定(1)).合成致死を引き起こす原因であるほかの染色体広域欠失変異を同定するために,nfo遺伝子の欠失変異を一連のゲノム縮小株にさかのぼって導入することによって染色体広域欠失変異2が同定され,APエンドヌクレアーゼをコードするxthA遺伝子が原因遺伝子として同定された(図3図3■ゲノム縮小株を利用した合成致死遺伝子群および関連遺伝子の同定(2)).最終的に4つの欠失変異により合成致死が引き起こされることがわかったので(図3図3■ゲノム縮小株を利用した合成致死遺伝子群および関連遺伝子の同定(3),(4)),nfoまたはxthA遺伝子を高温感受性のミニーFプラスミドにクローニングし,そのプラスミド存在下で4カ所の欠失変異を導入することによって高温感受性変異株を作製し,その株に染色体ライブラリーを導入して高温耐性株を単離することによって,他コピー用圧変異としてDNAヘリカーゼをコードすると予想される新規遺伝子とDNAポリメラーゼのサブユニットをコードする遺伝子が同定され,それらもDNA修復に関与することがわかってきた(図3図3■ゲノム縮小株を利用した合成致死遺伝子群および関連遺伝子の同定(5)).

図3■ゲノム縮小株を利用した合成致死遺伝子群および関連遺伝子の同定

染色体広域欠失変異を組み合わせて作製されたゲノム縮小株群を利用して合成致死遺伝子群および関連遺伝子を同定した例を示す.(1)新規の染色体広域欠失変異1を野生株で作製してゲノム縮小株Δ33bに導入を試みたが導入された株が得られず,導入された株は致死になると考えられた.そこで染色体広域欠失変異1の部分欠失変異を作製して調べた結果,原因遺伝子はnfo遺伝子であることがわかった.(2) nfo遺伝子の欠失変異とで合成致死を引き起こす染色体広域欠失変異を同定するために,一連のゲノム縮小株群にnfo遺伝子の欠失変異の導入を試みたところ,ゲノム縮小株Δ20では導入できたがゲノム縮小株Δ21では導入できなかった.ゲノム縮小株Δ21はゲノム縮小株Δ20に広域欠失変異2を導入して作製されたものなので,広域欠失変異2の領域内に合成致死の原因遺伝子が存在すると考えられる.そこでこの領域を調べた結果,原因遺伝子はxthA遺伝子であることがわかった.(3)さらにnfo遺伝子とxthA遺伝子の欠失変異とで合成致死を引き起こす染色体広域欠失変異を同定するために,一連のゲノム縮小株群にnfo遺伝子とxthA遺伝子の欠失変異の導入を試みたところ,ゲノム縮小株Δ16では導入できたがゲノム縮小株Δ17では導入できなかった.ゲノム縮小株Δ17はゲノム縮小株Δ16に広域欠失変異3を導入して作製されたものなので,広域欠失変異3の領域内に合成致死の原因遺伝子が存在すると考えられる.(4)なお一連のゲノム縮小株群にnfo遺伝子とxthA遺伝子の欠失変異の導入を試みたときに,ゲノム縮小株Δ13では導入できたものが多かったがゲノム縮小株Δ14では導入できたものが少なかった.ゲノム縮小株Δ14はゲノム縮小株Δ13に広域欠失変異4を導入して作製されたものなので,広域欠失変異4の領域内にも合成致死の原因遺伝子が存在すると考えられる.(5)野生株にnfo遺伝子とxthA遺伝子の欠失変異と広域欠失変異3, 4を導入したところ,致死になった.そこで複製が高温感受性のプラスミドにnfo遺伝子をクローニングしたものを導入した株にnfo遺伝子とxthA遺伝子の欠失変異と広域欠失変異3, 4を導入したところ,30°Cでは生育したが42°Cでは生育しなかった.この株に染色体ライブラリーを導入して42°Cでも生育するものを単離することによって,新規遺伝子が同定された.この遺伝子の破壊株を作製して調べた結果,この遺伝子もnfo遺伝子とxthA遺伝子と同様にDNA修復に関与することが明らかになった.

おわりに

大腸菌などのバクテリアの染色体を大規模に改変することが可能になり,染色体広域欠失変異,またそれらを組み合わせたゲノム縮小株が作製されるようになった.外来遺伝子群に特化したゲノム縮小株を利用することによって,外来遺伝子群による生育阻害と,それを抑えるシステムの重要性が明らかになってきた.また網羅的な染色体広域欠失変異,ゲノム縮小株の作製から,これまでに新規機能未知遺伝子が同定され,現在ではバイパスがあるために野生株では隠れている重要なプロセスの解析が進みつつある.一般的に生育に必須なプロセスや遺伝子のin vivoにおける解析は,大腸菌などのモデル生物以外では難しいところがあるが,さらに野生株では隠れている生育に必須なプロセスや遺伝子を,染色体広域欠失変異,染色体大規模欠失株を利用して同定,解析していくことは,分子レベルでの解析が進んでいる大腸菌などのモデル生物だからこそ可能な,生命システムの構成要素を明らかにしていく要素還元的アプローチの一歩進んだ段階と言えるかもしれない.このアプローチは生育に必須なプロセスだけではなく,複数の遺伝子が関与する機能に広く有効である.生命を自己増殖システムと捉えるならば最小必須遺伝子群の同定とそれぞれの機能解析が一つのゴールであるが,CRISPRやプログラム細胞死,パーシスタンス現象など,最小必須遺伝子群には含まれない遺伝子群による興味深い機能が,今後も明らかになってくると思われる.この点が大腸菌などゲノムサイズの必ずしも小さいとは言えないバクテリアを材料にする理由の一つでもある.

ゲノム縮小株の利用には,ここで紹介した方法以外にもいろいろな可能性が考えられる.たとえば筆者らによって進められている研究を紹介すると,ゲノム縮小株は全必須遺伝子をもっているにもかかわらず,欠失領域が大きくなると生育速度が低下してくるが,生育速度が低下したゲノム縮小株を長期間継代培養すると生育がある程度回復した株が得られた(16)16) K. Tominaga, M. Hashimoto, S. Hagiwara, H. Takagi & J. Kato: unpublished.継代培養前後の株の全ゲノム配列を決定,比較することによって遺伝的変異が同定され,その結果として生育に重要な遺伝子群が同定されてきている(16)16) K. Tominaga, M. Hashimoto, S. Hagiwara, H. Takagi & J. Kato: unpublished

またゲノム縮小株は遺伝子レベルでの構成的アプローチのためのプラットフォームとしても重要になると考えられる.単純に考えると要素還元的アプローチからわかってくるのは調べている機能の必要な条件にすぎない.その機能の完全な理解のためには,同定された要素で十分かどうかを構成的アプローチにより明らかにすることが必要になる.大腸菌の機能について,大腸菌において遺伝子レベルでの構成的アプローチを行うためには,ゲノム縮小株をプラットフォームとしたその機能の再構成が一つの方法である.さらに進んで最小必須遺伝子群がゲノム縮小株の作製により明らかになってきたら,遺伝子レベルで「大腸菌を創る」ことも見えてくるかもしれない.

Reference

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