セミナー室

性決定遺伝子で探るカブトムシの角形成メカニズム

Mutsuki Mase

間瀬 睦月

基礎生物学研究所進化発生研究部門

名古屋大学大学院生命農学研究科

Takahiro Ohde

大出 高弘

基礎生物学研究所進化発生研究部門

総合研究大学院大学生命科学研究科

Teruyuki Niimi

新美 輝幸

基礎生物学研究所進化発生研究部門

総合研究大学院大学生命科学研究科

Published: 2016-07-20

はじめに

昆虫は,圧倒的な種数の多さという点から,地球上で最も繁栄する生物であると言っても過言ではない.昆虫の種数は,現在記載されているだけでも100万種にのぼり,全動物種の約75%,全生物種の約50%を占める.未知の種まで含めた昆虫の種数は,研究者により推定数は異なるが,260万から780万種程度と見積もられている(1)1) N. E. Stork, J. McBroom, C. Gely & A. J. Hamilton: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 7519 (2015)..これほどまでに膨大な種数を誇る昆虫は,形態的多様性に富んでおり,生物の形態進化を研究するうえで有用な分類群である.昆虫が地球上に繁栄していく歴史の中で獲得してきたさまざまな形態形質のうち,われわれが興味をもっているのは表皮が突出してできた角である.

角は,不完全変態昆虫では,等翅目のタカサゴシロアリや半翅目のツノゼミなどに,また完全変態昆虫では,双翅目のシカツノバエや鞘翅目のゴミムシダマシ,コガネムシ,ハネカクシ,ゾウムシなどの幅広い分類群の昆虫に認められる.したがって,角は全く異なる系統で何度も独立に獲得されてきたと考えられている.角の機能に関しては,ツノゼミがもつ奇妙な形の角のように不明な場合もあるが,カブトムシなどのように雄のみで著しく発達した角は雌獲得のための武器としての機能を担っている場合が多い.同じ武器形質をもつクワガタムシの場合,既存の大顎が雄特異的に発達したものであるのに対し,カブトムシの角は付属肢とは異なり関節構造をもたず,表皮が単純に突出した新奇形態形質である.このような新奇形質の獲得や多様化のメカニズムは進化学において重要なトピックとなっている.

角をもつ昆虫の多くは鞘翅目コガネムシ上科に属し,中でもカブトムシ亜科カブトムシ族に見られる角は,角の位置,数,形,大きさなどの点で非常に多様性に富んでいる(2)2) D. J. Emlen, L. C. Lavine & B. E. Campen: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104(Suppl. 1), 8661 (2007).図1図1■カブトムシ亜科カブトムシ族の角の多様性).われわれは,頭部に先端部が2回分岐した角を1本,胸部に先端部が二又になった角を1本有する,日本人にとって身近な存在であるカブトムシ(Trypoxylus dichotomus)をモデルとして角形成メカニズムを解明することにより,新奇形態形質の獲得,多様化メカニズムを理解することを目指している.

図1■カブトムシ亜科カブトムシ族の角の多様性

(A)ヘラクレスオオカブト(Dynastes hercules),(B)エアクスタテヅノカブト(Golofa eacus),(C)カブトムシ(Trypoxylus dichotomus),(D)フローレンシスヒメカブト(Xylotrupes florensis),(E)アトラスオオカブト(Chalcosoma atlas),(F)ゴホンヅノカブト(Eupatorus gracilicornis).

では,既知の器官形成メカニズムからの推察が難しい新奇形態形質の形成メカニズムの解明に向け,どのようにアプローチしたらよいのであろうか.われわれは,カブトムシの角が雄のみで顕著に発達する性的二型形質であるという点に着目した.つまり,カブトムシの角形成には性決定機構が密接にかかわっており,その下流で制御される因子を解析することで角形成メカニズムを理解することができると考えて研究を進めてきた.

昆虫の性決定メカニズム

昆虫には,一つの個体の中に雌と雄の細胞が領域に分かれて混在する雌雄モザイクが存在することが知られている.これは,多くの脊椎動物の性が性ホルモンによって決定されるのに対して,昆虫体細胞の性が細胞自立的に決定されるためである.昆虫の性決定はスプライシング制御の連鎖反応が中心的役割を果たすことから,性決定カスケードと呼ばれている(3)3) T. Gempe & M. Beye: BioEssays, 33, 52 (2011).図2図2■キイロショウジョウバエの性決定カスケード).昆虫のなかでは,モデル生物として名高いキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)において,性決定メカニズムに関する研究が最も進んでいる.キイロショウジョウバエの性染色体構成は,雄がXY,雌がXXであるが,Y染色体は性決定に関与せず,X染色体の数によって性が決定される(4)4) J. W. Erickson & J. J. Quintero: PLoS Biol., 5, e332 (2007)..このX染色体数が性決定の最も初期のシグナルとなり,そのシグナルを受け取る最初の遺伝子がSex-lethalSxl)遺伝子である(5)5) H. K. Salz: Curr. Opin. Genet. Dev., 21, 395 (2011)..2本のX染色体をもつ雌においてのみ,胚発生の初期段階である核分裂のみが生じる多核性胞胚期の胚ではSxlの初期プロモーター(establishment promoter)が活性化され,機能的なSxlタンパク質が発現する.その次の発生段階である細胞性胞胚期以降は,Sxl遺伝子の転写は維持プロモーター(maintenance promoter)より始まり,雌雄共にSxl pre-mRNAが転写される.ここで,機能的なSxlタンパク質が存在する雌でのみ,Sxlタンパク質自身がSxl pre-mRNAのスプライシング制御を行い,雌のみで機能的なSxlタンパク質の産生が維持される.一方,Sxlタンパク質が存在しない雄では,維持プロモーターから転写されたSxlのpre-mRNAは終止コドンを含むエクソンが生じるデフォルトのスプライシングを受け,機能的なSxlタンパク質が産生されない.次に,Sxlによるスプライシング制御を受ける遺伝子はtransformertra)である(6)6) E. C. Verhulst, L. van de Zande & L. W. Beukeboom: Curr. Opin. Genet. Dev., 20, 376 (2010).traは機能的なSxlタンパク質の存在する雌においてのみ,Sxlによるスプライシング制御を受け,機能的なTraタンパク質が産生される.雌では,Traタンパク質はTransformer-2(Tra2)タンパク質と複合体を形成し,転写因子をコードするdoublesexdsx)遺伝子のスプライシングを制御し,機能的な雌型のDsxタンパク質(DsxF)が産生される.一方,Traタンパク質が存在しない雄では,dsxのpre-mRNAはデフォルトのスプライシングを受け,機能的な雄型のDsxタンパク質(DsxM)が産生される.性特異的に発現するDsxFとDsxMにより,体細胞の性分化が生じる.

図2■キイロショウジョウバエの性決定カスケード

性決定カスケードのなかで,われわれが着目したのは,dsxである.dsxは,性決定カスケードで唯一転写因子をコードする遺伝子であり,線虫や脊椎動物など広く進化的に保存され,性決定や性分化に関与することが知られているからである(7)7) C. K. Matson & D. Zarkower: Nat. Rev. Genet., 13, 163 (2012)..昆虫のdsxは,調べられた双翅目,鱗翅目,鞘翅目,膜翅目の昆虫において,いずれも性的二型の形成に必須の役割を果たすことが明らかにされている(8)8) J. N. Shukla & J. Nagaraju: J. Genet., 89, 341 (2010).

カブトムシdsxの角形成における役割

転写因子であるDsxには,DNA結合ドメインであるDM(doublesex/male abnormal-3)ドメインとタンパク質間の相互作用に関与するOD(oligomerization domain)ドメインが存在し,アミノ酸配列全体の保存性は低いものの,これら2つのドメインについては昆虫種間である程度の保存性が認められる(8)8) J. N. Shukla & J. Nagaraju: J. Genet., 89, 341 (2010)..そこで,まずカブトムシからdsxをクローニングするため,複数の昆虫種間で保存された領域のアミノ酸配列に基づきプライマーを設計し,RT–PCR法によりカブトムシのdsxTd-dsx)の部分配列を得た後,RACE法により完全長cDNAを得た(9)9) Y. Ito, A. Harigai, M. Nakata, T. Hosoya, K. Araya, Y. Oba, A. Ito, T. Ohde, T. Yaginuma & T. Niimi: EMBO Rep., 14, 561 (2013)..キイロショウジョウバエのdsxは,3′末端側に雌雄それぞれに特異的なエクソンが存在し,雄型と雌型のDsxが1種類ずつ産生される.これに対し,Td-dsxには,雌雄ともに複数のスプライシングバリアントが存在し,雄では少なくとも1種類(Td-DsxM),雌では少なくとも2種類のTd-Dsxタンパク質(Td-DsxF-LとTd-DsxF-S)が産生されることが示唆された(図3図3■キイロショウジョウバエのdsxDm-dsx)とカブトムシのdsxTd-dsx)のエクソンイントロン構造).キイロショウジョウバエとの相違点は,スプライシングバリアントが多数存在したことに加え,雄特異的なエクソンは存在せず,雄特異的なスプライシングバリアントは雌に特異的なエクソンをスキップすることにより生じることであった.また,雌雄で共通して発現するスプライシングバリアント(Td-DsxC)が複数存在した.

図3■キイロショウジョウバエのdsxDm-dsx)とカブトムシのdsxTd-dsx)のエクソンイントロン構造

二本鎖RNA(dsRNA)の合成に用いた領域を矢印で示す.

カブトムシの角は,前蛹期(摂食を停止して蛹室を形成した蛹になる直前のステージ)に形成される角原基が,蛹脱皮時に伸長するという発生様式を示す(図4図4■前蛹期の角原基と蛹期の角).Td-dsx mRNAの発現を調べてみると,雄の頭部と前胸部の角原基,および雌のこれらの原基に相当する部分において,Td-dsxMTd-dsxFの各スプライシングバリアントは性特異的な発現を示した(9)9) Y. Ito, A. Harigai, M. Nakata, T. Hosoya, K. Araya, Y. Oba, A. Ito, T. Ohde, T. Yaginuma & T. Niimi: EMBO Rep., 14, 561 (2013).Td-dsxCは,雌雄に共通して非常に低い発現を示した.

図4■前蛹期の角原基と蛹期の角

(A)前蛹期における雌雄の頭部・前胸部の角原基の模式図.頭部は正面から,前胸部は背側から見た図.雄の角原基には皺が密に存在するため,蛹化時に角が伸張する.(B)蛹期の頭部と前胸部を側面から見た写真.

Td-dsxの機能解析には,RNAi(RNA interference, RNA干渉)法を用いた.RNAi法とは,目的とする遺伝子の配列に従って合成した二本鎖RNA(dsRNA)を導入することで,その配列と相補的な配列をもつmRNAを特異的に分解するRNAiという現象を利用して,目的とする遺伝子の機能を阻害する方法である.特にカブトムシを含む鞘翅目昆虫では,幼虫の血体腔へのdsRNAの注射により全身の細胞で極めて高いRNAi効果を得ることができるため,成虫構造の形成過程で発現する遺伝子の機能阻害を容易に行うことが可能である(10, 11)10) Y. Tomoyasu & R. E. Denell: Dev. Genes Evol., 214, 575 (2004).11) T. Niimi, H. Kuwayama & T. Yaginuma: J. Insect Biotechnol. Sericology, 74, 95 (2005).

Td-dsxのRNAiを行うため,Td-dsxの全スプライシングバリアントに共通した領域(dsx-All),Td-dsxF-LTd-dsxF-Sに共通した領域(dsx-F),Td-dsxF-Sに特異的な領域(dsx-F-S),Td-dsxCに特異的な領域(dsx-C)に基づいてdsRNAを合成して,あらかじめ雌雄鑑別を行った前蛹期直前の幼虫に注射を行った(9)9) Y. Ito, A. Harigai, M. Nakata, T. Hosoya, K. Araya, Y. Oba, A. Ito, T. Ohde, T. Yaginuma & T. Niimi: EMBO Rep., 14, 561 (2013).図3図3■キイロショウジョウバエのdsxDm-dsx)とカブトムシのdsxTd-dsx)のエクソンイントロン構造).その結果,すべてのTd-dsxを標的としたdsRNA(dsx-All)を雄幼虫に注射した場合,頭部の角は極端に短くなり,前胸部の角は消失した(図5図5■Td-dsxのRNAiの表現型).一方,驚くべきことに,同様の処理を施した雌では頭部に小さな角が形成された(図5図5■Td-dsxのRNAiの表現型).当初は,角は雄に特異的な構造物であるため,RNAi処理により,雄のすべての角が消失し,雌の表現型に変化は生じないと予想していたため,雌に角が形成されたのは予想外の結果であった.すべての雌型Td-dsxを標的としたdsRNA(dsx-F)の注射では,雄には変化は生じなかったのに対して,雌ではdsx-Allを用いたRNAi処理と同様に頭部に小さな角が形成された.また,Td-dsxF-STd-dsxCをそれぞれ標的としたRNAi処理では,雌雄いずれにおいても全く表現型上の変化は観察されなかった.以上の結果より,Td-dsxが機能を失うと性差が消失して,雄でも雌でもないデフォルト状態として頭部のみに小さな角が形成されると考えられる.性決定情報のないデフォルト状態に対して,Td-dsxは雌雄のアイソフォームにより角形成に対して拮抗する機能を果たすことにより性的二型がもたらされるものと考えられる.つまり,Td-dsxMは角形成を促進することにより頭部の角をより発達させ,前胸部の角を新たに形成する.一方,Td-dsxFは角形成を抑制することにより,頭部にも角が形成されなくなってしまう.興味深いことに,Td-dsxのRNAiにより,頭部と前胸部の角は異なる表現型を示したことから,これらの角が形成されるメカニズムは異なることが示唆された.現在,さらなる角形成メカニズム理解のため,転写因子であるTd-Dsxのゲノムワイドな結合サイトのマッピングや,Td-dsxのRNAi個体とコントロール個体との比較トランスクリプトーム解析などにより,Td-dsxの標的遺伝子やその下流で働く遺伝子ネットワークの解明を進めている.

図5■Td-dsxのRNAiの表現型

(A)雄のコントロール個体,(B)雌のコントロール個体,(C)雄のTd-dsx RNAi個体,(D)雌のTd-dsx RNAi個体.

角の獲得・多様化メカニズムを探る

Td-dsxのRNAiにより得られた雄でも雌でもないRNAi個体の角の表現型は一体何を意味するのだろうか.カブトムシ亜科内の基部側で分岐した種には,雌雄共に頭部のみに小さな角をもつ種が実際存在する.たとえば,日本に広く分布するコカブト(Eophileurus chinensis)や沖縄などに生息するサイカブト(Oryctes rhinoceros)である(図6図6■雌雄共に角をもつコカブトとサイカブト).これら2種では,角の大きさや形からは雌雄鑑別が困難であるほど雌雄の角形態が類似している.今後カブトムシ亜科内の系統関係を明らかにすることにより,カブトムシの角の祖先形態を解明する必要があるが,一つの可能性として,カブトムシ亜科においては,雌雄共通で獲得された小さな角が,dsxを介した性特異的な制御を受けることによって,カブトムシで見られるような雌雄で大きく異なる形態を示すようになったという進化のプロセスが示唆されるのである.さらに,冒頭で述べたように,アトラスオオカブト(Chalcosoma atlas),ゴホンヅノカブト(Eupatorus gracilicornis),ヘラクレスオオカブト(Dynastes hercules)など,カブトムシ亜科内では極めて多様な角が観察される(12)12) J. M. Rowland & K. B. Miller: Insecta Mundi, 0263, 1 (2012).図7図7■カブトムシ亜科の系統樹).これらの種はカブトムシと同様,雄でのみ角が著しく発達するため,dsxによって角形成が制御されていることは想像に難くない.つまり,位置や数といった角形態の多様性もdsx制御下の変化によってもたらされていることが予想される.今後,カブトムシ亜科内複数種間での角形成におけるdsxの発現や機能を比較解析することが,角の進化メカニズム解明への糸口になると期待される.

図6■雌雄共に角をもつコカブトとサイカブト

(A)コカブトの雄,(B)コカブトの雌,(C)サイカブトの雄,(D)サイカブトの雌.

図7■カブトムシ亜科の系統樹

文献12に基づき作成した.

Reference

1) N. E. Stork, J. McBroom, C. Gely & A. J. Hamilton: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 7519 (2015).

2) D. J. Emlen, L. C. Lavine & B. E. Campen: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104(Suppl. 1), 8661 (2007).

3) T. Gempe & M. Beye: BioEssays, 33, 52 (2011).

4) J. W. Erickson & J. J. Quintero: PLoS Biol., 5, e332 (2007).

5) H. K. Salz: Curr. Opin. Genet. Dev., 21, 395 (2011).

6) E. C. Verhulst, L. van de Zande & L. W. Beukeboom: Curr. Opin. Genet. Dev., 20, 376 (2010).

7) C. K. Matson & D. Zarkower: Nat. Rev. Genet., 13, 163 (2012).

8) J. N. Shukla & J. Nagaraju: J. Genet., 89, 341 (2010).

9) Y. Ito, A. Harigai, M. Nakata, T. Hosoya, K. Araya, Y. Oba, A. Ito, T. Ohde, T. Yaginuma & T. Niimi: EMBO Rep., 14, 561 (2013).

10) Y. Tomoyasu & R. E. Denell: Dev. Genes Evol., 214, 575 (2004).

11) T. Niimi, H. Kuwayama & T. Yaginuma: J. Insect Biotechnol. Sericology, 74, 95 (2005).

12) J. M. Rowland & K. B. Miller: Insecta Mundi, 0263, 1 (2012).