Kagaku to Seibutsu 54(8): 591-597 (2016)
セミナー室
植物の陸上進出と成長相転換
Published: 2016-07-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
地球上の環境は絶えず変化する.生存を光エネルギーに依存する光合成生物にとって昼夜の環境変動を予測して応答を準備することは生存に有利に働くと考えられる.地球の生物進化の初期に誕生したシアノバクテリアに概日時計が存在することからも,光合成生物の環境適応として概日リズムへの応答が重要であることがうかがえる(1)1) M. Ishiura, S. Kutsuna, S. Aoki, H. Iwasaki, C. R. Andersson, A. Tanabe, S. S. Golden, C. H. Johnson & T. Kondo: Science, 281, 1519 (1998)..植物の祖先である単細胞藻類は,シアノバクテリアの細胞内共生によって約十数億年前に誕生した.細胞内共生の成立時には,共生側とホスト側のリズムを合わせることは課題だったであろう.初期の植物は,環境変動が比較的穏やかな水中で生活していた.植物の進化の過程で,水中で緑藻類から車軸藻類へと多細胞化して,現生のコケ植物のような生物として陸上へ進出したとされる.陸上は水中に比べてCO2が豊富であるため光合成の炭素固定には有利であったが,窒素やミネラルといった無機養分や水分の獲得という点では過酷な環境であった.1年を通じて,あるいは,1日のうちでも,気温が大きく変化するという点も水中よりも厳しい環境であった.大地に根をはり固着生活を営む植物は厳しい環境から逃避することができないため,精緻な環境応答の仕組みを発達させた.なかでも,1日の長さを測って個体の成長と休眠や種の繁栄に重要な生殖を周期的に変動する季節に適応させる反応は光周性と呼ばれ,その仕組みの獲得は生物として重要なできごとであった.
植物は,種によって特定の季節に花が咲くように開花期を調節している.種子植物では,フロリゲンと呼ばれる花成ホルモンを葉で産生し,茎頂での発生プログラムを栄養成長から生殖成長へ切り替える.花成のタイミングをそろえることは,雌性配偶子と雄性配偶子が出会う必要のある有性生殖を成功するために必須である.また,さまざまな種が混在する生態系のなかで,種間の競争に負けないように栄養成長期における光合成のエネルギー固定と生殖成長期の種子形成を最適化するためにも重要となる.生物は生態系のニッチを埋めながらも,種にとって最適な成長相転換の季節を設定した.
植物が葉で季節を感知して,フロリゲンを使って茎頂で相転換を引き起こす仕組みについては数多くの研究が行われており,本セミナー室シリーズでも取り上げられてきた.本稿では,植物の光周性と成長相転換の制御機構の起源について,主に地球環境と陸上植物の進化との関係のなかで解説する.
はじめに植物の進化を取り上げる.近年のDNAの解析技術の進展により生物の進化系統の理解が著しく進んだ.多様な生物種を進化の枝と派生形質に基づいて捉える分岐学が定着し,生物がもつ多様な形質をすっきりと区分して俯瞰的に理解できるようになった.植物は,祖先的な原生動物にシアノバクテリアが細胞内共生した一次共生生物を起源として,単細胞緑藻から進化した生物群と定義できる.水中で誕生した緑藻は多細胞化し,シャジクモの仲間が誕生した.この間に,雌雄配偶子が基本的に同じ形態である同型配偶子から,巨大な卵細胞と小さな精子をもつ異型配偶体を用いた生殖形式を獲得するとともに,栄養細胞と生殖細胞を時空間的に分離した.生卵器(oogonium)と造精器(antheridium)を形成するタイミングの制御も重要となった.車軸藻類までは,受精した接合体が唯一複相2nであり,有糸分裂することなくすぐに減数分裂を行う.つまり,藻類の生活環は配偶体世代のみから構成されていると言える.
植物は約4億5千万年前に現生のコケ植物のような生物として水圏から陸上へ進出したとされる.コケ植物は,乾燥耐性のような陸上の過酷な環境に耐える仕組みを発達させた.クチクラの発達した表皮組織や内部の柔組織といった組織からなる多細胞層による3次元的成長を実現させたが,まだ,根,茎,花は獲得しておらず,器官分化は進んでいない.維管束植物の出現前には,コケ植物は陸上で大いに繁栄していた.マット状のコケの化石が発見されることから,当時の地表はコケ植物に広く覆われていたと考えられている.その後,維管束や二次細胞壁を発明して,重力に逆らって水を長距離移動させ,巨大化した体を支持することが可能なシダ植物が誕生した.その後,種子の発明により裸子植物,花の発明により被子植物が誕生し,陸上植物は繁栄していった.現在は,約30万種の陸上植物の9割が被子植物とされ,被子植物が支配的といえる.一方で,コケ植物も約2万種と健闘しており,生態系に占める役割も大きい.
ここまでに,しばしば陸上植物という用語を用いたが,陸上植物とは何であろうか.陸上には陸生の藻類も存在する.また,水中にもタヌキモやバイカモのように被子植物が存在する.陸上植物は分類学の用語では有胚植物(embryophyte)と呼ばれ,胚があることが陸上植物の派生形質とされる.コケ植物は造卵器(archegonium)で卵細胞が,造精器で精子が形成され,運動性をもつ精子が卵細胞に受精して接合子となる.受精まではシャジクモ類と似ているが,誕生した接合子が有糸分裂を行い,核相が複相2nの多細胞からなる胚を形成する点はシャジクモ類とは決定的に異なる.胚発生の過程で,柄(seta)や足(foot)と呼ばれる母体組織との結合組織も分化する.ただし,胚における発生の重要な役割は細胞増殖である.胚発生の最後に胞子母細胞が減数分裂を行い,核相がnの胞子を大量に形成する.コケ植物の胚発生は,被子植物のものとは随分と様相が異なるものの,個体の誕生前に複相の多細胞として生きる期間,つまり,胞子体世代が存在する.
コケ植物の配偶体世代(核相n)は生活環において優占的である(図1図1■陸上植物生活環の比較).胞子が発芽して多細胞体制からなる原糸体を形成する.ただし,苔類では原糸体を形成せず,葉状体となるものも多い.コケ植物の生活環には,光合成を盛んに行う栄養成長期と有性生殖のための発生段階である生殖成長期が存在する.生殖成長期に形成される造卵器や造精器はすでに半数体であり,そこに生じる卵や精子は形成の過程で減数分裂を経ないという特徴がある.このようにコケ植物の生活環は,極めて限定的な胞子体世代と生活環の大半を占める配偶体世代からなる.
これに対して,コケ植物より進化的に遅れて誕生した陸上植物では,胞子体世代を大きく拡張し,生活環の大半を胞子体として過ごす(図1図1■陸上植物生活環の比較).種子植物では,受精から胚発生,発芽と発芽後の根・茎・葉の成長,花器官発生は,いずれも胞子体世代のできごとである.被子植物の配偶体世代は,胚のうの中に卵細胞を形成したり,花粉四分子から花粉を形成したりする配偶子形成の間のほんの一時期に過ぎない.このように配偶体世代と胞子体世代が占める割合は陸上植物の進化の過程で大きく変化したが,陸上植物を共通して特徴づける性質は,胞子体世代と配偶体世代が交互に現れること,つまり世代交代(alternation of generations)にある.
ここで,本セミナー室シリーズの本題である花成について考えてみたい.花成は被子植物を念頭に命名された.花成には,花という文字が使われるが,蕾が開くという開花,(たとえばサクラの開花)とは異なる意味をもつ.光合成を活発に行う葉を作り出す葉芽を形成する栄養成長から,次世代を残すための生殖器官である花を作り出す花芽を形成する生殖成長への成長相の転換を意味する.この点では,花を発明する前の植物にも花成と呼べる現象がある.ゼニゴケのような葉状体性のコケでは,光合成が盛んな葉状体の先端に生殖枝(雄器托,雌器托)が形成され,有性生殖に備える.これは,成長相転換と言える.では,被子植物の花成とコケ植物の成長相転換は相同の現象と考えてよいのだろうか.被子植物では栄養成長期および生殖成長期はいずれも胞子体世代のなかの成長段階であり,花成は胞子体世代の成長相制御と言える.一方,コケ植物の相転換は配偶体世代のできごとである.この点で両者の成長相転換には決定的な違いがある.陸上植物が配偶体世代の優占的な生活環から胞子体世代の優占的なものへ変化するのは,それほど単純なものではなく,大きな変化を伴ったことがわかる.
ここまでにも述べたように,陸上植物は,陸上進出を果たした生物を共通祖先とする単系統性の生物群である.これは,脊椎動物や節足動物が独立して陸上化した動物とは随分と状況が異なる.この単系統性は,陸上植物を理解するときに重要な点である.筆者の研究室では,モデル植物としてゼニゴケに注目し,陸上植物の成長調節の全体像を理解し,その制御機構の進化と原理を明らかにすることを目指している.多くの作物が含まれる被子植物も,祖先的なコケ植物から遺伝子を引き継いできたという点は指摘しておきたい.
ゼニゴケは,陸上植物進化の基部に位置するとされる苔類に属している(2)2) Y. L. Qiu, L. Li, B. Wang, Z. Chen, V. Knoop, M. Groth-Malonek, O. Dombrovska, J. Lee, L. Kent, J. Rest et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 15511 (2006)..生活環の大半は配偶体世代,つまり半数体である点は,分子遺伝学的な解析に極めて有利である.また,雌雄異株であるため交配が容易なこと,無性生殖様式である無性芽は単一細胞を起源とするため純系確立が迅速に行えることといった実験上の長所もある.近年,ゲノム解析から,基本的に被子植物がもつ遺伝子の多くをもつこと,その一方で遺伝子重複が少なく,制御因子でその傾向が強いことが示されている(3)3) K. T. Yamato & T. Kohchi: BSJ Review, 3, 71 (2012)..たとえば,フィトクロム,クリプトクロム,フォトトロピンという光受容体はそれぞれ単一遺伝子として存在する(4)4) A. Komatsu, M. Terai, K. Ishizaki, N. Suetsugu, H. Tsuboi, R. Nishihama, K. T. Yamato, M. Wada & T. Kohchi: Plant Physiol., 166, 411 (2014)..また,植物ホルモンも被子植物と共通するものを多数もつが,その生合成系や制御系は,基本的に共通であるものの遺伝的冗長性が低く,単純である.たとえば,トリプトファン依存的なオーキシン生合成経路で作用するトリプトファンアミノ基転移酵素をコードするTRYPTOPHAN AMINOTRANSFERASE OF ARABIDOPSIS 1(TAA1)が1遺伝子(3遺伝子),フラビンモノオキシゲナーゼYUCCA(YUC)が発現特異性の異なる2遺伝子(11遺伝子),オーキシン受容体TRANSPORT INHIBITOR RESPONSE 1/AUXIN SIGNALING F-BOX(TIR1/AFB)が1遺伝子(6遺伝子),コリプレッサーAUXIN RESISTANT/INDOLE-3-ACETIC ACID INDUCIBLE(AUX/IAA)が1遺伝子(29遺伝子),転写因子が系統的に異なる3つのクレードに属するAUXIN RESPONSE FACTOR (ARF)を1遺伝子ずつ(3つのクレードを合わせて23遺伝子)保持するといった具合である(カッコ内はシロイヌナズナの遺伝子数)(5~7)5) H. Kato, K. Ishizaki, M. Kouno, M. Shirakawa, J. L. Bowman, R. Nishihama & T. Kohchi: PLoS Genet., 11, e1005084 (2015).7) E. Flores-Sandoval, D. M. Eklund & J. L. Bowman: PLoS Genet., 11, e1005207 (2015)..また,アグロバクテリアを介した遺伝子導入(8, 9)8) K. Ishizaki, S. Chiyoda, K. T. Yamato & T. Kohchi: Plant Cell Physiol., 49, 1084 (2008).9) A. Kubota, K. Ishizaki, M. Hosaka & T. Kohchi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 167 (2013).,T-DNAによる変異体作製と遺伝子同定(10)10) K. Ishizaki, M. Mizutani, M. Shimamura, A. Masuda, R. Nishihama & T. Kohchi: Plant Cell, 25, 4075 (2013).,相同組換えを用いた遺伝子破壊(11)11) K. Ishizaki, Y. Johzuka-Hisatomi, S. Ishida, S. Iida & T. Kohchi: Sci. Rep., 3, 1532 (2013).,CRISPR/Cas9によるゲノム編集(12)12) S. S. Sugano, M. Shirakawa, J. Takagi, Y. Matsuda, T. Shimada, I. Hara-Nishimura & T. Kohchi: Plant Cell Physiol., 55, 475 (2014).も極めて効率的である.したがって,ゼニゴケを活用することで,陸上植物の発生,形態形成,環境応答の制御機構を効率よく理解できると考えられる.代表的なモデル植物シロイヌナズナと比較しても実験基盤が遜色ない日本発の実験材料となっている(13, 14)13) K. Ishizaki, R. Nishihama, K. T. Yamato & T. Kohchi: Plant Cell Physiol., 57, 262 (2016).14) R. Nishihama, S. Ishida, H. Urawa, Y. Kamei & T. Kohchi: Plant Cell Physiol., 57, 271 (2016)..
生物は季節の変化を正確に予測するために,日の長さを情報としている.季節性の機構である成長相転換の制御も日長が大きな因子となっている.日長を計測するためには,1日の長さを測る概日時計と,明暗を感知する光受容システムが重要である.これらについては総説を参照されたい(15)15) M. Endo, A. Kubota, T. Araki & T. Kohchi: Reg. Plant Growth Dev., 49, 49 (2014)..
概日時計の情報を出力する分子として,シロイヌナズナを用いた研究からGIGANTEA(GI)とFLAVIN-BINDING KELCH REPEAT F-BOX1(FKF1)遺伝子が同定された.GIタンパク質は,機能的なドメインは明らかにされていないが,大きな分子質量をもつ核局在タンパク質である(16)16) S. Fowler, K. Lee, H. Onouchi, A. Samach, K. Richardson, B. Morris, G. Coupland & J. Putterill: EMBO J., 18, 4679 (1999)..FKF1は,その名前のとおり,青色光の発色団としても知られるフラビンを結合するドメインとタンパク質相互作用に関与するkelchリピートドメインが融合したF-ボックスタンパク質である(17)17) T. Mizoguchi & G. Coupland: Trends Plant Sci., 5, 409 (2000)..F-ボックスタンパク質は,ユビキチン化を介したタンパク質分解に作用するE3リガーゼ複合体を構成する.シロイヌナズナではGIとFKF1両遺伝子のどちらかが変異をすると長日依存的な成長相転換の促進が観察されなくなる.GIとFKF1が形成するタンパク質複合体は,C2–H2型のジンクフィンガーモチーフをもつ転写抑制因子CYCLING DOF FACTOR1(CDF1),CDF2, CDF3, CDF5の分解に関与する(18)18) M. Sawa, D. A. Nusinow, S. A. Kay & T. Imaizumi: Science, 318, 261 (2007)..CDFは花成の統合因子であるCONSTANS(CO)の転写を抑制する(19)19) T. Imaizumi, T. F. Schultz, F. G. Harmon, L. A. Ho & S. A. Kay: Science, 309, 293 (2005)..GI–FKF1複合体は,アサガオ,タイズ,エンドウなど,さまざまな被子植物の成長相転換に関与することが示されてきた(20~23)20) R. Hayama, T. Izawa & K. Shimamoto: Plant Cell Physiol., 43, 494 (2002).23) S. Watanabe, Z. Xia, R. Hideshima, Y. Tsubokura, S. Sato, N. Yamanaka, R. Takahashi, T. Anai, S. Tabata, K. Kitamura et al.: Genetics, 188, 395 (2011)..モデル生物としてゲノムが解読されていた蘚類ヒメツリガネゴケには相同遺伝子が存在しないため,これらの因子は,維管束植物が出現した時点より後に出現したと考えられていた(24)24) K. Holm, T. Kallman, N. Gyllenstrand, H. Hedman & U. Lagercrantz: BMC Plant Biol., 10, 109 (2010)..
1920年にガーナーとアラードは,長日条件で花を咲かせる現象は,光合成産物の蓄積量や温度を反映しているのではなく,日の長さを感知していること,つまり光周性花成であることを示した(25)25) W. W. Garner & H. A. Allard: J. Agric. Res., 18, 553 (1920)..これをきっかけとして,光周性花成研究が始まったといえる.その僅か5年後に,Wannは基部陸上植物の苔類ゼニゴケが長日条件で生殖枝を形成する長日植物であることを示した(26)26) F. B. Wann: Am. J. Bot., 12, 307 (1925)..この実験は,ガラス温室で暗箱から植物を定期的に出し入れすることで日長が設定された.その後も多数の苔類で生殖枝形成が日長に応答することが報告され,苔類には広く見られる現象であることが報告された(27)27) K. Benson-Evans: Nature, 191, 255 (1961)..しかしながら,われわれが実験室条件で蛍光灯を用いて長日条件を設定したときには,成長相転換が起こらなかった.その後の実験により.遠赤色光が含まれていない照明用の蛍光灯では成長相転換は惹起できず,太陽光には赤色光と同程度含まれている遠赤色光の補光が必要であることがわかった.つまり,ゼニゴケの成長相転換には長日という日長条件と遠赤色光という光質条件が関与することがわかった(28)28) S. Chiyoda, K. Ishizaki, H. Kataoka, K. T. Yamato & T. Kohchi: Plant Cell Rep., 27, 1467 (2008)..被子植物では,光質条件の要求はゼニゴケほどには強くはないが,遠赤色光による花成の促進傾向が知られており,進化的に保存されていることは興味深い(29)29) M. J. Yanovsky & S. A. Kay: Nature, 419, 308 (2002)..
次に,ゼニゴケの日長依存的な成長相転換が被子植物と同じ仕組みで制御されるかという点に興味がもたれた.ゼニゴケのゲノム情報を検索したところ,ヒメツリガネゴケの知見からは予想外のことではあるが,ゼニゴケゲノムには,概日時計からの出力系に位置するGIとFKF1およびその標的であるCDFの相同遺伝子が1遺伝子ずつ存在することがわかった(30)30) A. Kubota, S. Kita, K. Ishizaki, R. Nishihama, K. T. Yamato & T. Kohchi: Nat. Commun., 5, 3668 (2014)..これらの遺伝子は,ドメイン構造やイントロン位置の保存性からも同祖な遺伝子であることがわかった.ゼニゴケFKFには発色団であるフラビンモノヌクレオチドが結合するアミノ酸残基も保存されていた.シロイヌナズナはFKF1と相同性をもつ遺伝子として,概日時計の制御に関与するZEITLUPE(ZTL)とLOV KELCH PROTEIN2(LKP2)が存在する(30)30) A. Kubota, S. Kita, K. Ishizaki, R. Nishihama, K. T. Yamato & T. Kohchi: Nat. Commun., 5, 3668 (2014)..系統樹を用いた解析により,ゼニゴケFKFは,この3つの遺伝子ZTL, LKP2, FKF1の基部に位置することがわかった(30)30) A. Kubota, S. Kita, K. Ishizaki, R. Nishihama, K. T. Yamato & T. Kohchi: Nat. Commun., 5, 3668 (2014).(図2図2■FKF1/ZTL/LKP2タンパク質の系統樹).CDFは,シロイヌナズナでは機能的に重複する遺伝子が存在するのに対して,ゼニゴケは1遺伝子と単純であることが予想された(永山ら,未発表).シロイヌナズナでは,GIやFKF1 mRNAの発現が概日リズムを刻むことが知られていた.そこで,ゼニゴケ遺伝子の概日リズムを調べたところ,両遺伝子は夕方に発現ピークをもつこと,このパターンは連続暗黒条件に移しても継続することがわかり,概日リズムに制御されていることがわかった(30)30) A. Kubota, S. Kita, K. Ishizaki, R. Nishihama, K. T. Yamato & T. Kohchi: Nat. Commun., 5, 3668 (2014)..また,シロイヌナズナの報告では,GIとFKF1は相互作用することが予想されている.ゼニゴケ組織を用いた共免疫沈降実験および酵母ツーハイブリッド法によってゼニゴケGIとFKFの相互作用が検出され,両者が複合体として機能することが示された(30)30) A. Kubota, S. Kita, K. Ishizaki, R. Nishihama, K. T. Yamato & T. Kohchi: Nat. Commun., 5, 3668 (2014)..
Mp: ゼニゴケ(Marchantia polymorpha),Sm: イヌカタヒバ(Selaginella moellendorffii),Ac: タマネギ(Allium cepa),Os: イネ(Oryza sativa),Ta: コムギ(Triticum aestivum),Gm: ダイズ(Glycine max),At: シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana),Mc: アイスプラント(ハマミズナ科Mesembryanthemum crystallinum).図はKubota et al.(30)30) A. Kubota, S. Kita, K. Ishizaki, R. Nishihama, K. T. Yamato & T. Kohchi: Nat. Commun., 5, 3668 (2014).より改変.
次に,ゼニゴケのGIおよびFKFの生理機能を明らかにするために,遺伝子破壊が行われた.ゼニゴケでは,細胞毒性をもつジフテリア毒素A鎖をコードするDTA遺伝子を用いたネガティブ選抜により,相同組換えによる遺伝子破壊株が効率的に選抜できる系が確立されている(11)11) K. Ishizaki, Y. Johzuka-Hisatomi, S. Ishida, S. Iida & T. Kohchi: Sci. Rep., 3, 1532 (2013)..両遺伝子を破壊したところ,野生型では約20日で成長相転換をすることが確認できる遠赤色光補光の長日条件において,GI破壊株gikoおよびFKF破壊株fkfkoは60日以上たっても成長相転換を示さなかった(30)30) A. Kubota, S. Kita, K. Ishizaki, R. Nishihama, K. T. Yamato & T. Kohchi: Nat. Commun., 5, 3668 (2014)..つまり,GIおよびFKF遺伝子は長日条件の相転換に必要であることがわかった.一方,ゼニゴケ高発現プロモーターを用いてGIまたはFKFを過剰発現させたところ,本来は成長相転換を示さない短日条件においても,長日条件並みの期間で相転換を示した.GIとFKFは日長依存的な相転換に十分であることがわかった(30)30) A. Kubota, S. Kita, K. Ishizaki, R. Nishihama, K. T. Yamato & T. Kohchi: Nat. Commun., 5, 3668 (2014)..また,両者は複合体を形成して作用するにもかかわらず,単独の過剰発現で日長依存性を打ち破ることができることは興味深い.過剰発現系統においては,GI–FKF複合体の量も増加していた.また,gi変異体背景でのFKFの過剰発現や,fkf変異体背景でのGI過剰発現は長日条件でも相転換を示さず,過剰発現の影響は一切見られなかった.これは,GIとFKFが作用するには互いの機能が必要であり,複合体として相転換に正の効果をもつことを示唆している.しかしながら,遠赤色光補光なしには短日条件,長日条件とも相転換は示さず,遠赤色光の存在という光質依存性は残っていることから,長日経路と光質経路はともに必要であることがわかった(30)30) A. Kubota, S. Kita, K. Ishizaki, R. Nishihama, K. T. Yamato & T. Kohchi: Nat. Commun., 5, 3668 (2014)..このように,シロイヌナズナで明らかにされたGI–FKF1という調節複合体がゼニゴケの日長依存的な相転換制御に双方ともに必要な鍵となる因子であることがわかった.
このように,GI–FKFによる制御系が進化的に保存されていることが予想された.これを実験的に確かめるために,ゼニゴケの遺伝子産物がシロイヌナズナで機能しうるか,調べることにした.シロイヌナズナgi突然変異体でゼニゴケのGI遺伝子をシロイヌナズナのGIプロモーターを使って発現させた.この植物はgiの遅咲き表現型の相補が観察された(30)30) A. Kubota, S. Kita, K. Ishizaki, R. Nishihama, K. T. Yamato & T. Kohchi: Nat. Commun., 5, 3668 (2014)..このことは,ゼニゴケ配偶体世代における生殖枝形成という成長相転換の制御因子が,被子植物の胞子体世代の花成も制御しうることを示している.すなわち,花成制御の日長調節は,陸上植物が誕生したときには配偶体世代の成長相転換制御に原形があり,その仕組みを胞子体世代に転用したということが示された.
GI–FKF複合体は,被子植物とも共通する機構でコケ植物の配偶体世代における相転換に機能する.それでは,その下流因子はどうなっているのであろうか.シロイヌナズナでは,GI–FKF1複合体はCDF1という転写リプレッサーの安定性を直接的に制御する.CDF1の標的として,COおよびFTが知られている.FTの遺伝子発現には日長依存性があり,その正の制御因子として転写因子COが存在する.COもまた,日長依存的に発現制御を受けている.COおよびFTについては,これまでの総説に詳しく説明されているので(31, 32)31) F. Andres & G. Coupland: Nat. Rev. Genet., 13, 627 (2012).32) Y. H. Song, S. Ito & T. Imaizumi: Trends Plant Sci., 18, 575 (2013).,ここではごく簡単に取り上げる.
被子植物では,さまざまな生理学実験から葉で作られて茎頂で花を咲かせる物質,つまり花成ホルモンとしてフロリゲンが提唱された.フロリゲン分子の探索が盛んに行われ,生理学的な知見は集積したが,その同定は困難を極めた.1990年以降にシロイヌナズナを用いた分子遺伝学的な手法が利用されるようになってから進展が見られた.まず,シロイヌナズナの花成遅延変異体の原因遺伝子としてFTが同定された(33, 34)33) Y. Kobayashi, H. Kaya, K. Goto, M. Iwabuchi & T. Araki: Science, 286, 1960 (1999).34) I. Kardailsky, V. K. Shukla, J. H. Ahn, N. Dagenais, S. K. Christensen, J. T. Nguyen, J. Chory, M. J. Harrison & D. Weigel: Science, 286, 1962 (1999)..さらに,葉の維管束で合成されるFTが,茎頂で発現するbZIP転写因子FDと複合体を形成することで機能することが示され,フロリゲンとしての役割をもつことが明らかになった(35)35) M. Abe, Y. Kobayashi, S. Yamamoto, Y. Daimon, A. Yamaguchi, Y. Ikeda, H. Ichinoki, M. Notaguchi, K. Goto & T. Araki: Science, 309, 1052 (2005)..フロリゲンの移動性については,FTタンパク質やイネのHD3aタンパク質が長距離移動すること(36)36) S. Tamaki, S. Matsuo, H. L. Wong, S. Yokoi & K. Shimamoto: Science, 316, 1033 (2007).や茎頂でフロリゲン活性化複合体を形成することが示された(37)37) K. Taoka, I. Ohki, H. Tsuji, K. Furuita, K. Hayashi, T. Yanase, M. Yamaguchi, C. Nakashima, Y. A. Purwestri, S. Tamaki et al.: Nature, 476, 332 (2011)..
COやFTは被子植物では広く分布しているが,基部陸上植物ではその存在が疑わしい.ヒメツリガネゴケやゼニゴケにはCOと相同性を示す遺伝子があるが,分子系統樹ではCOクレードとは別のクレードに属する.ヒメツリガネゴケではCO相同遺伝子の機能解析が行われているが,成長相転換との関連を示すデータは得られていない(38)38) O. Zobell, G. Coupland & B. Reiss: Plant Biol. (Stuttg.), 7, 266 (2005)..FTはホスファチジルエタノールアミン結合タンパク質(PEBP)ファミリーのモチーフをもっている(33, 34)33) Y. Kobayashi, H. Kaya, K. Goto, M. Iwabuchi & T. Araki: Science, 286, 1960 (1999).34) I. Kardailsky, V. K. Shukla, J. H. Ahn, N. Dagenais, S. K. Christensen, J. T. Nguyen, J. Chory, M. J. Harrison & D. Weigel: Science, 286, 1962 (1999)..シロイヌナズナでは,このファミリーには,FT, TFTのように花成促進やTFL1のように花成抑制に働く因子も含まれるが,それ以外の祖先的なタンパク質も存在する(39)39) A. Yamaguchi, Y. Kobayashi, K. Goto, M. Abe & T. Araki: Plant Cell Physiol., 46, 1175 (2005)..ゼニゴケにはPEBPファミリーに属するタンパク質は存在するが,FTクレードに属するものはない.つまり,花成制御におけるCOやFTは被子植物で新たな機能を獲得した制御系であることが予想される(図3図3■陸上植物における成長相転換機構の進化).特にFTの重要性は葉から茎頂への維管束系を介した長距離移動性にある.維管束を発明していない植物にオルソログとしてのCOやFTが見いだせないことも妥当なことであろう.一方で,祖先的な分子が基部陸上植物に存在する.遺伝子重複は進化的発明や適応の原動力として知られる.苔類の遺伝子機能を詳細に調べることによって,遺伝子重複したCOやFTがどのようにして被子植物で新しい機能を獲得したか,興味がもたれる.一方で,花成とは無縁の緑藻クラミドモナスのCOが,シロイヌナズナのco変異体を相補しうるという報告もある(40)40) G. Serrano, R. Herrera-Palau, J. M. Romero, A. Serrano, G. Coupland & F. Valverde: Curr. Biol., 19, 359 (2009)..制御系の進化には,遺伝子重複が重要とされている.CO遺伝子も,祖先的な遺伝子から遺伝子重複を経て,新機能獲得(neofunctionalization)や適応的な機能分化が起こったと考えられる.酵素遺伝子の進化の場合,基質認識や反応特異性という観点から機能分化が容易に理解できるが(41)41) D. L. Des Marais & M. D. Rausher: Nature, 454, 762 (2008).,COのように転写因子の場合には作用からオルソロガスな関係を見抜くことは困難である.進化的に鍵となる位置にある生物からのゲノム情報をもとに,系統関係を注意深く見ることが大切であろう.
植物は共通の祖先から進化した.陸上植物の進化の過程では配偶体世代優占的な生活環から胞子体世代優占的な生活環へと変わっていった.陸上植物の世代交代の起源については謎である.胞子体世代が,配偶体世代が変形したという説(相同説とも呼ばれる)と,新たに挿入されたという説がある.この過程で,栄養成長相から生殖成長相への転換は,配偶体世代のできごとから胞子体世代へのできことへと変化した.進化の過程で遺伝子のセットであるゲノムは継承されている.成長相転換の制御に必要なGI–FKF複合体の起源が配偶体世代の相転換制御にあったことは,遺伝子セットの多くが転用によって成り立っていることを意味する.胞子体世代起源の相同説と挿入説に答えを出すものではないが,現在陸上で繁栄している被子植物で優占的な配偶体世代の制御系が,配偶体世代が優占的な基部陸上植物ですでに存在していたことは興味深い.さらに,維管束植物が出現したときに器官の発明に伴って,遺伝子重複からの新機能分化によってCO-FTといった制御系を加えていったことが示唆されることは,制御モジュールの進化という点でも興味深い.形態のみならず,遺伝子からも進化的変遷を捉えられる現在,生物の多様性や進化を研究対象として新しい研究領域が生まれていると言える.進化的に鍵となる生物を用いて,その遺伝子機能を調べてみると,一見大きく違うように見える生命現象の本質や制御原理が共通しているといったことがありそうである.
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