バイオサイエンススコープ

農林水産・食品産業にイノベーションを創出する産学官連携研究の新たな仕組み“「知」の集積と活用の場”の構築について

Kenichi Tanaka

田中 健一

農林水産省農林水産技術会議事務局研究推進課産学連携室長

Published: 2016-07-20

平成28年4月から農林水産省が始める「知」の集積と活用の場は,農林水産・食品分野と異分野の知識・技術・アイディアを集積し,農林水産・食品産業に新たなイノベーションを創出し,これまでできなかった研究開発を推進するものです.この場は,生産者,民間企業,大学,研究機関,NGO/NPO,金融機関,公的機関といった多様な関係者が集い,自由な議論を行う①産学官連携協議会(会員制),プロデューサーが研究課題の具体化,ビジネスモデルを検討する,②研究開発プラットフォーム,③研究コンソーシアムの3層で構成します.これら3層が一体的に機能することで,応用段階から商品化・事業化につながる研究開発を推進します.

農林水産・食品分野における産学連携研究の現状と問題

これまで,農林水産・食品分野における産学連携研究は,産学連携の促進と技術開発から実証試験までの切れ目ない支援と知的財産・研究成果の円滑な移転・橋渡しを行うこととしてその推進が図られてきました.その結果,単独の組織では達成できなかった一定の研究成果が得られてきました.さらに,異分野の先端技術導入のための研究開発や,民間企業が主体となった新たな商品化・事業化や普及に対する支援の導入などにより,産学連携研究の強化が図られてきました.

一方,わが国の農林水産・食品分野の研究開発費は,2004年をピークに減少傾向にあり,異分野と比較して,民間企業の研究開発投資も低調な状況にあります.民間の研究開発投資を促すとともに,選択と集中により限られた資源を効果的に活用して,確実に成果につなげる必要があります.

他方,オランダなどにおいては,近年,既存の研究分野や業種の枠を超えた研究開発により,価値ある商品やサービスを提供し,新たな市場を切り拓く取り組みが活発に行われており,農林水産・食品産業の競争力強化につながっています(表1表1■イノベーションの創出に関する海外の先行事例).

表1■イノベーションの創出に関する海外の先行事例

このため,世界に誇る食の安全と美味しさを実現する技術と日本の豊かな食文化を活かし,わが国の農林水産・食品産業の成長産業化を通じて,国民が真に豊かさを実感できる社会を構築するため,農林水産・食品分野と異分野の新たな連携により,革新的な研究成果を生み出し,これをスピード感をもって新たな商品化・事業化に導く,新たな産学連携研究の仕組みが求められています.

「知」の集積と活用の場のコンセプト・目指すべき姿

農林水産省農林水産技術会議事務局は,平成27年5月に各分野の有識者から構成される『「知」の集積と活用の場の構築に向けた検討会』を立ち上げ,同年9月に基本的な考え方や具体的な仕組みなどを示した中間とりまとめを公表し,その後,同年12月に産学連携協議会(準備会)の立ち上げ,セミナー・ワークショップ,ポスターセッションの試行・実証を重ね,場の具体的運用のあり方を検討しました(表2表2■「知」の集積と活用の構築に向けた検討会の構成員図1図1■「知」の集積と活用の場試行的なセミナー・ワークショップの様子).

図1■「知」の集積と活用の場試行的なセミナー・ワークショップの様子

表2■「知」の集積と活用の構築に向けた検討会の構成員

1. 基本的な考え方

「知」の集積と活用の場は,農林水産・食品分野と異分野の融合を図り,スピード感をもって新たな商品・事業を生み出すため,資質と志をもったあらゆる立場の主体に開かれ,「人」,「情報(場)」,「資金」の3つがオープンな場となることを目指します.

  • ①「人」のオープン:農林水産・食品分野の関係者に加え,異分野も含めた産学官の研究者および研究機関,生産者,金融,消費者,NGO/NPOなどの多様な人材が活躍できる環境をつくります.
  • ②「情報(場)」のオープン:これまで農林水産・食品分野および異分野で各組織に蓄積された成果情報を共有するとともに,多様なステークホルダーが活発な情報交流を行うことができる環境をつくります.
  • ③「資金」のオープン:公的資金のみに限らず,民間資金などの多様な資金を柔軟かつ戦略的に活用して研究開発を実施します.

これらの3つを「オープン(Openness)」にすることによって,「知」の集積と活用の場に参画する者の「協創(Collaboration)」を促し,わが国の農林水産・食品産業が,国民が真に豊かさを実感できる社会の構築および世界に向けて「貢献(Contribution)」することを基本的な考え方としています(図2図2■「知」の集積と活用の場の基本的考え方).

図2■「知」の集積と活用の場の基本的考え方

「知」の集積と活用の場の3層構造の基本的役割

「知」の集積と活用の場は,①産学官連携協議会,②研究開発プラットフォーム,③研究コンソーシアムの3層構造(図3図3■「知」の集積と活用の場のイメージ)で構成します.

図3■「知」の集積と活用の場のイメージ

「知」の集積と活用の場づくりは,図4図4■「知」の集積と活用の場づくりの流れ(イメージ)のような流れで進めます.

平成28年4月から「知」の集積と活用の場を具体化するための準備として,平成27年12月に産学官連携協議会(準備会)を立ち上げ,平成28年3月1日現在,農林水産・食品産業,電気・精密機械製造業,化学工業など多様な分野から法人,個人合わせて625の者が入会しています(表3表3■産学官連携協議会(準備会)).

図4■「知」の集積と活用の場づくりの流れ(イメージ)

表3■産学官連携協議会(準備会)
表4■当面推進する研究領域(テーマ)

「知」の集積と活用の場で想定される研究開発ステージと当面のテーマ

「知」の集積と活用の場は,大学などで基礎から応用程度までの研究開発ステージで生み出された技術やノウハウを,民間企業などの商品化・事業化につなげるまでの間に位置する部分の研究開発を推進します(図5図5■「知」の集積と活用の場で想定される研究開発のステージ).

図5■「知」の集積と活用の場で想定される研究開発のステージ

当面推進する研究領域(表4表3■産学官連携協議会(準備会)図6図6■農林水産・食品分野における主な政策と農林水産研究基本計画の重点目標について)としては,農林水産省の政策課題や農林水産研究基本計画を踏まえつつ,①日本食・食産業のグローバル展開,②健康長寿社会の実現に向けた健康増進産業の創出,③農林水産業の情報産業化と生産システムの革新,④新たな生物系素材産業の創出,⑤次世代水産増養殖業の創出,⑥世界の種苗産業における日本イニシアチブの実現の6研究領域としますが,これ以外の研究領域であっても将来性の高いものは対象としていきます.

知的財産を含む情報の取り扱い

「知」の集積と活用の場においては,各層において参加者が事前に知的財産を含めて情報の取り扱いについて十分に理解したうえで,新たなビジネスモデルが効果的に創出されるように場の活動が行われることが重要です.このため,3層のそれぞれの会議や事業の開始前に,知的財産の扱いを参加者で取り決め,十分に周知することを原則とします.

ただし,国の支援を受けず,会員同士が自己責任,自己負担で取り組みを行う場合,制限を設けず,協議会はこのような活動を妨げないこととします.

「知」の集積と活用の場の今後5年間の方向

「知」の集積と活用の場の構築に当たっては,28年度予算において支援事業が講じられており,28年4月以降,「産学官連携協議会」,「研究開発プラットフォーム」,「研究コンソーシアム」を順に立ち上げながら,それぞれの活動を支援していきます.具体的には「研究開発プラットフォーム」は,プロデューサーの活動費などを最長5年支援します.「研究開発コンソーシアム」は,既存の各種国の研究開発資金や民間資金に加え,農林水産省で初めて民間資金を活用する「マッチングファンド方式(国:2/3以内,民間:1/3以上)」の研究開発資金を導入し,商品化・事業化の基盤となる革新的な研究開発(3~5年)を推進します.

3層が有機的な連携を図り,全体の運営がなされることが重要で,これらの取り組み全体を総括的に把握する仕組みが必要とされたことから,第3者で構成される評価委員会が,協議会と研究開発プラットフォームの活動状況について評価を行います.5年間の事業において,事業開始後3年目を中間評価,事業開始後5年目を期末評価と位置づけ,当初目的の達成度や課題の明確化を図り新たな施策の展開に反映します(図7図7■「知」の集積と活用の場の今後5年間の流れ(イメージ)).

図6■農林水産・食品分野における主な政策と農林水産研究基本計画の重点目標について

図7■「知」の集積と活用の場の今後5年間の流れ(イメージ)

「知」の集積と活用の場の中長期的視点による展開の必要性について

オランダ,ベルギーなど,農林水産・食品産業の産業競争力を強化している国々では,このような取り組みを開始してから5, 10, 15年という中長期的な取り組みを通じて,多様な民間企業や大学・研究機関などの「知」を集積し,優れた成果を上げることに成功しています.わが国がこのような諸外国に追いつき,より優れた成果を上げて農林水産・食品産業の産業競争力の強化を図るためには,スピード感をもった研究開発を推進しつつ,5, 10, 15年という中長期的な視点をもって「知」の集積と活用の場およびこの場で活躍する研究人材およびプロデューサー人材を育てていくことが必要です.このような考え方を踏まえ,平成28年度からの5年間を「知」の集積と活用の場の第1期と位置づけつつ,さらなる発展を期するために,継続的な評価と改善を通じて,中長期的な視野で本施策を推進していくことが必要です.本施策を推進する国と「知」の集積と活用の場に参画する産学官連携協議会の会員は,互いにこのビジョンを共有しつつ,この場がより良いものとなるよう双方が継続的な努力をしていくことが必要です.

以下にわが国で進める「知」の集積と活用の場や諸外国の事例に関する情報へのアクセス先をリストアップしますので,是非ご覧ください(1~4)1) 「知」の集積と活用の場に関する情報:http://www.s.affrc.go.jp/docs/knowledge/knowledge/index.htm2) 海外の事例:オランダのフードバレーに関する情報:http://www.foodvalley.nl/3) 海外の事例:ベルギーのフランダースバイオに関する情報:http://flandersbio.be/4) 農林水産・食品分野の研究成果,文献等に関する情報:http://www.agropedia.affrc.go.jp/top.読者の皆様の「知」の集積と活用の場へのご参加をお待ちしています.

Reference

1) 「知」の集積と活用の場に関する情報:http://www.s.affrc.go.jp/docs/knowledge/knowledge/index.htm

2) 海外の事例:オランダのフードバレーに関する情報:http://www.foodvalley.nl/

3) 海外の事例:ベルギーのフランダースバイオに関する情報:http://flandersbio.be/

4) 農林水産・食品分野の研究成果,文献等に関する情報:http://www.agropedia.affrc.go.jp/top