巻頭言

研究を楽しみ社会に貢献しよう!

Tadayuki Imanaka

今中 忠行

立命館大学総合科学技術研究機構

Published: 2016-08-20

京都大学大学院工学研究科在職中は,毎年複数の博士後期課程最終年の院生がいた.彼らに博士号を授与するためにはそれぞれ複数の学術論文が受理される必要があったため,年末が近くなると投稿中の論文の最終結果が気になり,いつもプレッシャーを感じていた.論文を通す(受理される)ためには,それまでに研究室で蓄積してきた技術やアイデアを基盤として新しいデータを追加し,議論をするのが常であった.このほうが確実に論文受理につながるからである.

2008年3月に京大を定年退職し,引き続いて新設の立命館大学生命科学部で研究室を運営することになった.そこで私は3つの研究方針を立てた.すなわち,①研究を楽しもう!(論文を出すためにあくせくしない),②世の中に役立つ研究をしよう!(理屈は後から付いてくる),③自然科学の研究をしよう!(生物,化学,物理といった枠にはこだわらない)であった.その結果,本当に研究を楽しむことができたので,ここに紹介したい.

①の研究:南極由来の多くの微生物の探索・同定を行い多数の新属新種を発見した.なかでも典型的な多形性を示す細菌(Polymorphobacter multimanifer)が得られた(写真).液体培地に植菌すると初期は球菌であり,やがて桿菌状になり培養後期になると千手観音のように体が見えないほど突起物を出していた.また,固形培地では長桿菌になり多数の棘状の突起物が生じた.このようなことは長い研究生活でも初めてで十分に楽しむことができた.

②の研究:ナノバブルを利用して琵琶湖のヘドロを消滅させることができた.マイクロバブルとナノバブルは天と地ほどの違いがある.マイクロバブルは水中を通ってやがては大気中に逃げていく.それに対し,ナノバブルはナノメートルの気泡径をもつだけあって一段と小さく,水中に滞留するとともに透明である.いくら水中に溶存酸素があってもヘドロの内部は嫌気性であり嫌気性菌が発する硫化水素により好気性菌は死滅する.一方,ナノバブルを含んだ水がヘドロ内部に浸透すると,滞留している酸素が供給され内部から好気性に変化し,Bacillus属などの胞子が発芽し有機物を分解して炭酸ガスとして放出するため,ヘドロが消滅する.非常に静かで投入エネルギーが少ないナノバブルを,発生装置を使って実験室でも琵琶湖でもヘドロ分解を実証することができた.薬品も微生物も添加せず空気を送るだけであるから安全である.

③の研究:一番酸化された炭素が炭酸ガスであり,一番酸化された水素が水である.この炭酸ガスと水から一番還元された石油(炭化水素)を化学的に効率よく合成することに成功した.光酸化触媒を使って水を活性化し,生じた活性酸素でCOや水素を作り,水と油を混合したミセル内でラジカル反応を起こさせて炭化水素を作るのである.この場合には,自然界にある物理的力,化学的力を組み合わせてみることが極めて重要であった.地下水がタダだとすれば3円の電気代で約100円の石油を作ることができる.この技術は日本のエネルギー事情に革命的な貢献をするものと確信している.

結論:複雑な現象を素直に観察し,自由な発想で研究を楽しみたい.