Kagaku to Seibutsu 54(9): 617-619 (2016)
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MAPKシグナル経路のレドックス制御がイネの低温耐性を高めるROSを介した低温シグナルの伝え方
Published: 2016-08-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
北日本の稲作において冷害は避けて通れない問題であり,被害の程度によらなければほぼ4年に一度の割合で発生している.そもそも,イネは熱帯を原産とするため,低温に対する耐性が低い.これは,凍結温度にも耐える冬作物のコムギと対照的である.低温はイネの生長にさまざまな影響を及ぼすが,最も顕著な被害となるのは障害型冷害と呼ばれている雄性不稔現象である.障害型冷害は,幼穂の発達段階にあるイネが,一定期間20°C以下の弱低温に遭遇することよって起こるが,北日本の初夏の天候不順はこの条件を満たすことがある.低温により花粉形成が異常となり,稔実率が大幅に低下するのである.
一方,イネの生存に影響するのはもう少し低い温度である.4°C処理では1週間ほどで苗は枯死してしまう.しかし,あらかじめ12°C程度の弱低温で前処理したイネ幼苗は,4°C(強低温)による枯死耐性が高まる.筆者らは12°Cで誘導されるイネ遺伝子を探索し,mitogen-activated protein kinase (MAPK)経路を構成するMAPK kinase (MAPKK)遺伝子(OsMKK6/OsMEK1)を見いだした(1)1) J.-Q. Wen, K. Oono & R. Imai: Plant Physiol., 129, 1880 (2002)..OsMKK6の発現は強低温(4°C)では誘導されないことから,弱低温を特異的に認識して,そのシグナルを伝達する機構が存在すると予想された(1)1) J.-Q. Wen, K. Oono & R. Imai: Plant Physiol., 129, 1880 (2002)..OsMKK6はイネMAPKの中でもOsMPK3およびOsMPK6と特異的に相互作用し,これらをin vitroでリン酸化し,活性化した.したがって,OsMPK3およびOsMPK6はOsMKK6とリン酸化カスケードを形成すると考えられた(2)2) G. Xie, H. Kato & R. Imai: Biochem. J., 443, 95 (2012)..実際に,12°C処理を施した幼苗では,1時間以内にOsMPK3とOsMPK6のリン酸化が観察された(2)2) G. Xie, H. Kato & R. Imai: Biochem. J., 443, 95 (2012)..
植物MAPKKに保存されたリン酸化部位S/TXXXXXS/TのSerまたはThr残基をAsp残基に置換すると疑似活性型となる.OsMKK6のSer221, Thr227を共にAspに置換した変異体(OsMKK6DD)を作出したところ,in vitroにおいてMPK3, MPK6に対するリン酸化活性が亢進し,それに伴うMPK3, MPK6の活性化が観察された(2)2) G. Xie, H. Kato & R. Imai: Biochem. J., 443, 95 (2012)..この活性型OsMKK6DDを構成的に発現するイネを作出したところ,OsMPK3の構成的活性化が観察された.一方,OsMPK6の活性は野生型と変化がなかった.つまり,in vivoにおいてOsMKK6はOsMPK6を基質としないか,あるいはMPK6の活性を抑制する別のファクターが存在することが考えられた(2)2) G. Xie, H. Kato & R. Imai: Biochem. J., 443, 95 (2012)..次に,形質転換体の低温耐性を調べた.4葉期の野生株では,4°C,7日間の低温処理を行うと20%程度の生存率を示すが,OsMKK6DD発現株においては,強い系統では90%程度の生存率を示した(図1A図1■(A) OsMKK6DD過剰発現イネ(OX)は,4°C,7日処理後の生存率が野生株より大幅に向上する.(B) OsMPK3およびOsMPK6のシステイン残基レドックス制御のモデル.(C) OsMKK6を介する低温シグナル伝達経路).この結果から,弱低温シグナル伝達にOsMKK6–OsMPK3を構成要素とするMAPK経路が関与しており,この経路が低温ストレス耐性を正に制御していることが明らかとなった.
次に,OsMKK6–OsMPK3経路により活性化される下流タンパク質を探索した.シロイヌナズナAtMPK3のリン酸化ターゲットとしてチオレドキシンM1が報告されていることから,弱低温(12°C)で誘導されるh1型チオレドキシンOsTrx23をリン酸化ターゲットの候補として検討した.結果として,OsTrx23はOsMPK3の基質とはならなかったが,検討過程でOsTrx23がOsMPK3およびOsMPK6の活性を著しく阻害することを見いだした(3)3) G. Xie, H. Kato, K. Sasaki & R. Imai: FEBS Lett., 583, 2734 (2009)..OsTrx23には還元型と酸化型があるが,還元型にのみOsMPK3/OsMPK6阻害活性が見いだされた.また,還元型グルタチオン(GSH)を加えた場合も同様に阻害された.これらの結果から,OsMPK3/OsMPK6はレドックス制御を受けており,酸化型となることで活性化するという仮説が考えられた.実際にイネ幼苗にH2O2処理により酸化ストレスを与えたところ,OsMPK3, OsMPK6ともに処理後15分で活性化された(4)4) G. Xie, K. Sasaki, R. Imai & D. Xie: Plant Sci., 227, 69 (2014)..OsMPK3とOsMPK6は6個の保存されたCys残基をもち,そのいずれかがレドックス制御のターゲットになっている可能性がある.各残基をSerに置換した変異酵素を作出したところ,サブドメインVIIにあるCysの変異酵素OsMPK3C179S,OsMPK6C210Sにおいて活性が著しく低下し,GSHによる阻害も消失した.ほか5カ所の変異体では,活性は変化せず,野生型と同様にGSHによる阻害を受けた.したがって,OsMPK3/OsMPK6においては,Cys179/Cys210残基がレドックス制御のターゲットであることが示唆された.H2O2シグナルがタンパク質リン酸化酵素やタンパク質脱リン酸化酵素の活性を制御する機構において,Cys残基の直接的な修飾が示唆されている(5)5) S. G. Rhee, Y. S. Bae, S. R. Lee & J. Kwon: Sci. STKE, 2000, pe1 (2000)..Cysのチオール基は酸化修飾の主要なターゲットの一つであり,スルフェン酸(–SOH)またはニトロシル化される.スルフェン酸は不安定であり,さらに酸化され,スルフィン酸(–SO2H),スルフォン酸(–SO3H)に変換されるか,あるいは別のチオール基と分子内,分子間ジスルフィド結合を形成する(6)6) C. Waszczak, S. Akter, S. Jacques, J. Huang, J. Messens & F. Van Breusegem: J. Exp. Bot., 66, 2923 (2015)..活性化されたOsMPK3/OsMPK6についてもいずれかの形で酸化修飾を受けて活性化され,TrxやGSHの作用で可逆的に還元されると考えられる(図1B図1■(A) OsMKK6DD過剰発現イネ(OX)は,4°C,7日処理後の生存率が野生株より大幅に向上する.(B) OsMPK3およびOsMPK6のシステイン残基レドックス制御のモデル.(C) OsMKK6を介する低温シグナル伝達経路).
これらの結果から弱低温ストレスを受けたイネが低温耐性を獲得する機構は次のように考えられる(図1C図1■(A) OsMKK6DD過剰発現イネ(OX)は,4°C,7日処理後の生存率が野生株より大幅に向上する.(B) OsMPK3およびOsMPK6のシステイン残基レドックス制御のモデル.(C) OsMKK6を介する低温シグナル伝達経路).低温ストレス下では,H2O2が蓄積する.低温によるH2O2発生機構は不明であるが,細胞膜上のNADPHオキダーゼが関与する可能性が考えられる.低温は膜の流動性変化などを通じてNADPHオキシダーゼを活性化しているのかもしれない.生じたH2O2はMKK6–MPK3経路の上流を活性化するが,同時にMPK3を酸化修飾し活性化する.また,H2O2はOsTrx23を酸化する.OsTrx23はMPK3/MPK6の活性を抑制するが,酸化によりその抑制を解除する.弱低温に応答してOsTrx23遺伝子の発現が誘導されるが,処理開始後12~24時間以降に見られるゆっくりとした応答である.弱低温によるOsMPK3とOsMPK6の活性化は12~24時間後に消失することから,それに関与している可能性がある.
このように,イネの幼苗においては,穏やかな低温より活性化されるMAPK経路を介して,厳しい低温に対する耐性が獲得されることがわかった.この過程においてROSが関与したタンパク質のレドックス制御が極めて重要な働きをもっている.
Reference
1) J.-Q. Wen, K. Oono & R. Imai: Plant Physiol., 129, 1880 (2002).
2) G. Xie, H. Kato & R. Imai: Biochem. J., 443, 95 (2012).
3) G. Xie, H. Kato, K. Sasaki & R. Imai: FEBS Lett., 583, 2734 (2009).
4) G. Xie, K. Sasaki, R. Imai & D. Xie: Plant Sci., 227, 69 (2014).
5) S. G. Rhee, Y. S. Bae, S. R. Lee & J. Kwon: Sci. STKE, 2000, pe1 (2000).