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プロアントシアニジンオリゴマーの生物活性ブドウ残渣の有効活用に向けて

Hidefumi Makabe

真壁 秀文

信州大学大学院農学研究科機能性食料開発学専攻

Sei-ichi Kawahara

河原 誠一

株式会社サンクゼール生命科学研究室

Hiroshi Fujii

藤井

信州大学先鋭領域融合研究群バイオメディカル研究所

Published: 2016-08-20

プロアントシアニジン類は,ブドウの果皮や種皮,小豆や黒豆の皮,カカオなどの食品素材に含まれ,抗酸化活性をはじめとして抗腫瘍,動脈硬化抑制,胃潰瘍抑制など広範な生物活性が報告されている.特に動脈硬化抑制に関しては,2006年にCorderらが南西フランス産の赤ワインがアテローム性動脈硬化に有効であり,長寿との関連性をNature誌に報告した.この論文はフレンチパラドックスの解明につながる成果としてたいへん注目を浴びた.赤ワイン中の有効成分としては,エピカテキン3~5量体のガレートとされている.作用機作としては,血管内皮細胞に存在するendothelin-1を阻害することで血圧の上昇を防ぐとされている(1)1) R. Corder, W. Mullen, N. Q. Khan, S. C. Marks, E. G. Wood, M. J. Carrier & A. Crozier: Nature, 444, 566 (2006).

一方,抗腫瘍活性に関しては,2003年にKozikowskiらがエピカテキンの2~8量体を合成し,5量体以上のオリゴマーに活性があることを報告している(2)2) A. P. Kozikowski, W. Tückmantel, G. Böttcer & L. J. Romanczyk Jr.: J. Org. Chem., 68, 1641 (2003)..以上のようにプロシアジンの生物活性においては2量体のような低分子ではなく,ある程度の重合度を有するオリゴマーに活性があると報告されていることはたいへん興味深い現象である.

われわれは,ヒト前立腺がん細胞PC-3における抗腫瘍活性とがん転移原因遺伝子であるFABP5(Fatty acid binding protein 5)の発現抑制活性を指標として(3)3) E. A. Morgan, S. S. Forootan, J. Adamson, C. S. Foster, H. Fujii, M. Igarashi, C. Beesley, P. H. Smith & Y. Ke: Int. J. Oncol., 32, 767 (2008).,さまざまな食品素材のスクリーニングを行った.その結果,顕著な活性を示す食品素材としてブドウの梗(シャルドネ)にたどり着いた.ブドウの梗はいわゆる食品残渣であり,その有効利用という側面でも重要である.

図1■ブドウ梗抽出物の前立腺がん細胞におけるFABP5発現抑制活性と細胞増殖抑制活性

ホモジナイズしたブドウの梗を熱水で抽出し,各種クロマトグラフィーで精製をした.抽出物を悪性度の高いヒト前立腺がん細胞PC-3を用いて,調製した成分を培地に濃度別に添加し,48時間培養後に全RNAを抽出した.標的分子(FABP5)および内因性コントロール(GAPDH)について,定量RT-PCR法による解析を行い,FABP5遺伝子の発現を抑制する成分を探索した(図1図1■ブドウ梗抽出物の前立腺がん細胞におけるFABP5発現抑制活性と細胞増殖抑制活性).その結果,顕著な活性を示す成分を見いだした.活性を示した成分の最も重要な課題は構造決定であった.まず,核磁気共鳴装置(NMR)を用いて1Hおよび13C NMRを測定した.しかし,1H NMRにおいてはピークのブロード化により構造決定は困難を極めた.測定温度を-70から70°Cに変えてもブロード化は解消されなかった.13C NMRにおいてもピーク強度の問題で,なかなかいいスペクトルは得られなかったが,ケミカルシフト値より,フラバン-3-オールの重合体であることが推定された.標的化合物はフラバン-3-オールの重合体であるという予想がついたので,次に水酸基を誘導体化,具体的にはメチル化やアセチル化を行った.ところがこの化合物は不溶性が高く,反応に用いた溶媒にほとんど溶けなかったために誘導体化は断念した.次なる手段は質量分析であった.種々測定条件を検討したが,ESI-LC-TOFMS法により分子量は2,475.54(M+H)と決定でき,精密質量(理論値:2,475.5364,実測値:2,475.5425,誤差:2.4 ppm)も得ることができた.HPLCにおける合成したエピカテキンオリゴマーとのリテンションタイムの比較,比旋光度およびESI-LC-TOFMSにおけるフラグメントなどを詳細に検討した結果,基本骨格がエピカテキンの8量体でそのうち一つがエピガロカテキンであり,ガレート基を一つ有する構造であることが推定された.ただ,NMR法が役に立たないことで,エピガロカテキンとガレート基の位置は正確には不明である(図2図2■ブドウの梗から単離されたプロアントシアニジンオリゴマー(ガロ基とガレート基の位置は未決定)の推定構造).

図2■ブドウの梗から単離されたプロアントシアニジンオリゴマー(ガロ基とガレート基の位置は未決定)の推定構造

本化合物はFABP5遺伝子の発現を顕著に抑制するだけでなく,細胞増殖も抑制した.また,アポトーシスの誘導,さらに細胞骨格系遺伝子の発現を抑制し,細胞形態を変える活性も有していることがわかった(4)4) H. Fujii, S. Kawahara & H. Makabe: PCT Int. Appl. (2013), WO 2013081046 A1 20130606.図1図1■ブドウ梗抽出物の前立腺がん細胞におけるFABP5発現抑制活性と細胞増殖抑制活性).

このようにプロアントシアニジンの比較的重合度の高いオリゴマーに顕著な抗腫瘍活性が見られるのはたいへん興味深い現象である.一般に,重合度の高い高分子化合物は腸管などからは吸収されないと考えられており,活性発現のメカニズムの解明が待たれている.そのためには重合度選択的な化学合成が不可欠であり,それが達成されれば標的タンパク質や生体内での動態などが明らかになると考えられる.特に重合度の高いプロアントシアニジン類が活性を示す場合が多く,筆者らは新たな合成法の開発を急いでいる.しかし,この実現には大きな壁がある.たとえば構造解析では,多数のアトロプ異性体や高分子化による不溶化など,NMRでの解析はたいへんな困難を伴うことが予想される.したがって,今後は新たな構造解析の手段も開発する必要がある.重合度の高いプロアントシアニジンの研究をさらに進めるには,現存の方法にはない新規な方法論の開発が必要となるに違いない.複雑な構造を有する重合度の高いプロアントシアニジン類を重合度選択的に合成することが可能になれば,生命科学分野をはじめとしたさまざまな分野に波及効果をもたらすことが期待でき,新たな科学の発展につながることが期待される.

Reference

1) R. Corder, W. Mullen, N. Q. Khan, S. C. Marks, E. G. Wood, M. J. Carrier & A. Crozier: Nature, 444, 566 (2006).

2) A. P. Kozikowski, W. Tückmantel, G. Böttcer & L. J. Romanczyk Jr.: J. Org. Chem., 68, 1641 (2003).

3) E. A. Morgan, S. S. Forootan, J. Adamson, C. S. Foster, H. Fujii, M. Igarashi, C. Beesley, P. H. Smith & Y. Ke: Int. J. Oncol., 32, 767 (2008).

4) H. Fujii, S. Kawahara & H. Makabe: PCT Int. Appl. (2013), WO 2013081046 A1 20130606.