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土の中の銀河土壌の微生物多様性を評価する

Kazunari Yokoyama

横山 和成

株式会社DGCテクノロジー

Published: 2016-08-20

2015年5月1日から6カ月間,イタリアのミラノを舞台に,「地球に食料を,生命にエネルギーを(Feeding The Planet, Energy For Life)」をテーマとした万国博覧会EXPO2015が開催された.

いきなり,化学や生物と何の関係が? と思われる向きもあるかもしれない.本稿でご紹介する土壌微生物の多様性評価技術は,この万博史上初めて行われる「食の万博」における,日本館で世界の課題を解決する日本発の16の技術の一つとして政府展示されたからだ.解決すべき課題は,①「人口爆発と食糧危機」,そのためのソリューション技術の3番目「地球の土を再生する『土壌微生物』の見える化」として展示された.140以上の国々が,いずれも未来の食糧供給に危機感を感じ,解決策を模索するための祭典(総入場者数2,200万人)の一隅を照らすことができたこと,そのために四半世紀を費やすことを許してくれた国と国民に,本題に入る前に感謝の意を表したい.

まずは,図1図1■土壌懸濁液のDNAシグナル(土壌1 μg)をご覧いただきたい.白黒だと,ボヤッとしてよくわからないかもしれないが,これは,私が土壌微生物の科学的評価研究を始めた,いわば黎明期に触れた,土壌微生物の土壌中での「生きた」姿だ.この写真は,正真正銘,生きているまま,土の粒子と同居した姿である.DNA分子だけに結合する指示薬「DAPI(4′,6-diamidino-2-phenylindole dihydrochloride)」を土壌に処理し,その後土壌をよく洗浄すると,遺伝子が存在しない部分,たとえば鉱物由来の土壌粒子や,腐植物質などからは,DAPIは洗い流されてしまうが,遺伝子をもった部分には,DAPIはしっかり保持される.それを蛍光顕微鏡で紫外線を照射すると,写真のようにDAPIから蛍光が発して,まるで暗黒の宇宙に浮かぶ銀河のように観察できる.

図1■土壌懸濁液のDNAシグナル(土壌1 μg)

暗い背景にぼんやり浮かび上がって見える点々や,モヤのように見えている部分(焦点を合わせると,中央部に見られるような点になる)が遺伝子DNAをもった粒子だ.これらの点の大きさを,画面右下の長さが10ミクロン(μm)のバーと比べてみると,それぞれの点が,直径約1ミクロン,細菌の大きさと同程度であることがわかる.つまり,この光っている無数の点が,すべて細菌,土壌微生物ということになる.この画面に映っている元の土は,僅か100万分の1グラム以下で,その中に存在している微生物の数は何と10万を超える.つまり,土1グラムに換算すると,10万×100万=1,000億かそれを超える数,場合によっては兆の単位の生き物がひしめいている.この数字は,それまで行ってきた培地上に生育させたコロニー数をカウントする「生菌数」の千倍を軽く超えており,これこそが土壌の生きた姿であることがわかった瞬間,従来の方法論では土壌微生物には到底歯が立たないと悟った.

なぜなら,われわれが培養という手段で微生物を実体として捉えることができる数の,千倍以上存在し,特に細菌などで顕著だが,生死の確定が非常に困難な場合,土壌微生物の総数,つまり母集団サイズを確定できないことになる.もし,母集団の総数が不可知な場合,そこから取り出されるサンプル数をどれほど大きくしたところで,サンプル集団が母集団に占める割合=サンプル数(有限)÷∞=ゼロとなってしまい,サンプル内で起きた現象で母集団を表現できなくなってしまう.したがって,サンプルとして取り出された微生物をいかに精緻に調べたところで,そこから得られた情報では母集団を説明できない大問題にぶち当たった.

さらに,もっと深刻な問題は,微生物群集が発現する機能は,基本的に微生物間の複雑な相互作用の結果,つまり「複雑系」として現れる.ここでは,古典科学が最も得意としてきた「要素還元主義」,複雑な現象を,「分析」によって少数の原理によって説明する方法論が利用できないことを意味しており,全く新たな手法,たとえば群集全体の属性を分析することなく評価する手法が不可欠となった.そして,その手法の一つが,「多様性評価」であった.この科学的に未踏の,常識が通用しない世界を,いかに科学の土俵に乗せるかという無謀ともとれる挑戦に,その後四半世紀を要することになったのである.

図2図2■岐阜県飛騨地方のホウレンソウ連作土壌の微生物多様性指数は,岐阜県飛騨地方のホウレンソウ連作土壌から無作為に純粋分離した24個の細菌コロニーについて,それぞれ分離株個々の有機物分解パターンをBiolog社製細菌簡易同定パネル(GNプレート)を用いて測定し,そのパターンの違いをクラスター間距離として数値化することで土壌微生物群集の多様性を評価する「土壌微生物多様性指数(DI)」(1, 2)1) K. Yokoyama: Biology International, 29, 74 (1993).2) 横山和成:“複雑現象工学”,プレアデス出版,2015, pp. 333–343.によって畑土壌を評価し,そこでの連作障害の発生状況との相関を調査した結果である.

図2■岐阜県飛騨地方のホウレンソウ連作土壌の微生物多様性指数

縦軸の多様性指数(これが大きいほど,その土の微生物の多様性が高い)と,横軸の連作障害発病度(%)は明らかな右肩下がりの関係.つまり負の相関を示しており,土壌微生物の多様性が低下すればするほど,連作障害が激発する.しかも,1995と1996年の2年にわたって行った別々の調査を重ねてみても,同じ相関関係の上に重なり,再現性が高いことが明らかとなった(3)3) 横山和成:土と微生物,47, 1 (1996).

以上のように,わが国の大規模野菜産地における土壌微生物の多様性を維持していく必要性,そのための微生物多様性情報のモニタリングの重要性が認識されるに至ったが,「土壌微生物多様性指数」は致命的な問題を抱えていた.それは,1枚の畑の土壌の微生物多様性指数(DI)を測定するのに,人件費なども全部含めて,ざっと100万円以上もかかる.この欠陥を補うために,およそ10年をかけて開発されたのが,現在実用化されている「土壌微生物多様性・活性値」評価技術(図3図3■土壌微生物多様性・活性値の実験手順)である.これは,土から微生物を分離せず,土と一体のままどれほど多様な有機物を迅速に,偏りなく分解できるかで,そこの土壌微生物群集の多様性と活性を同時に定量化する.具体的には,pH 7.0のリン酸緩衝液を用いて1,000倍希釈された土壌懸濁液を,96ウェルのBiologGN2プレートに分注し,Biolog社製自動実験ロボットOmnilogPMシステム内で,25°C暗黒下,48時間静置培養する.その過程で,それぞれのウェルに格納されている95種類の有機物を土壌懸濁液中の微生物群集がいかに偏りなく(多様性の高さを示す),迅速(微生物の活性の高さを示す)に分解するかを,ウェルごとの発色をCCDカメラによって連続測定することで定量化する技術であり,費用面でも数万円以下の技術ができた.このことにより,以前よりもはるかに迅速,かつ手軽に農作業の土壌微生物への影響を測定することが可能になり,さらに広範囲に土壌微生物多様性のモニタリングが可能となった(4~6)

図3■土壌微生物多様性・活性値の実験手順

最後に,この研究を続けてきて思うことを述べたいと思う.長い農耕の歴史は,言い換えれば土壌微生物と共存する豊かな土づくりの歴史でもあったはずである.20世紀の農業現場で行われ始め,今も続けられている土壌燻蒸消毒(土壌微生物を根絶やしにし,それによってかえって土壌生態系を不安定化させ連作障害を誘発している),あるいは,強烈に土壌を酸性化させることによる土壌微生物の単純化を招く即効性化学肥料の連用を,何と表現するべきか? 再び農耕の原点に立ち戻り,真摯に熟考していただきたい.そして,今世紀半ばに迎える人口90億,この星の許容限界の世界にあって,人類の生命の糧である食を生産するという最も重要かつ誇り高い産業「農業」を未来永劫まで続けていくための本来の道に,一日でも早く回帰するための勇気,そして正しい決断に至ることを期待するものである.

最後に,冒頭でお伝えしたミラノ万博日本館は,会場でも一二を争う人気パビリオンとして,来館者228万人を数え,終了にあたって優秀展示者に与えられる「パビリオンプライズ」で,展示デザイン部門「金賞」を受賞したことを付け加えておく.

Reference

1) K. Yokoyama: Biology International, 29, 74 (1993).

2) 横山和成:“複雑現象工学”,プレアデス出版,2015, pp. 333–343.

3) 横山和成:土と微生物,47, 1 (1996).

4) N. Sakuramoto, K. Yokoyama & T. Iekushi: Proceedings of AFITA2010 International Conferene, p. 137, (2010).

5) K. Yokoyama & Y. Taguchi: J. Agric. Sci. Appl., 2, 35 (2013).

6) 渡邊 健,青木一美,本橋みゆき,柴田夏美,池田千亜紀,東條元昭,町田暢久,櫻本直美,横山和成:茨城県病害虫研究会会報,54, 1 (2015).