解説

石油資源に依存しない化成品原料となるリシノール酸の分裂酵母による分泌生産系の開発

Secretory Production of Ricinoleic Acid, a Raw Material for Chemical Products, in Fission Yeast Schizosaccharomyces pombe

Hiroshi Uemura

植村

産業技術総合研究所生物プロセス研究部門

Published: 2016-08-20

リシノール酸にはさまざまな工業的用途があり,特にウレタンなどの化成品原料として注目されている.筆者らはこのリシノール酸の分裂酵母での生産を試みた.リシノール酸は水酸基を含む特殊な脂肪酸であるため酵母の増殖を阻害したが,その増殖阻害を抑圧する遺伝子としてホスホリパーゼA2活性をもつplg7が見いだされた.Plg7pはリン脂質上で合成されるリシノール酸をリン脂質から切り出して細胞膜の機能を回復して増殖を戻すと考えられたが,同時に切り出された遊離リシノール酸は細胞外へ分泌された.本来脂肪酸や脂質を分泌できない分裂酵母でリパーゼの活用により遊離リシノール酸を細胞外へ分泌生産できる可能性が示された.

はじめに

筆者のグループではモデル酵母を用いて生体内で重要な代謝経路の一つである脂質代謝に焦点を当て,酵母内での自身の遺伝子の破壊や高発現,また異種遺伝子の導入による新たな代謝経路の導入などにより,有用な脂肪酸の生成およびその制御機構を解析している(1)1) H. Uemura: Appl. Microbiol. Biotechnol., 95, 1 (2012)..最近は分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe)を用いて水酸基を含む脂肪酸で化成品原料となるリシノール酸の生産系の開発を中心に研究を行っているが,本来脂肪酸や脂質を細胞外へ分泌できない分裂酵母で遊離のリシノール酸を培地中へ分泌生産できる系を開発したため,その研究成果について紹介する.

リシノール酸は水酸基と二重結合をもつため化学的な反応性に富む脂肪酸であり,化粧品,印刷インキ,潤滑剤,食品添加物など,さまざまな用途に使われている.特に最近はウレタンなどの化成品の石油資源に依存しない原料として注目されている.従来,リシノール酸はトウゴマ(Ricinus communis)から搾油したひまし油を原料とするが,トウゴマの栽培地は熱帯から亜熱帯地域に限定され安定的供給が難しい,広大な作付け面積を必要とする,さらに有毒タンパク質であるリシンを副生するため,労働者の作業環境が悪いなど問題点が多く,トウゴマに代わる新たな供給源が求められているが未解決である.

水酸基を含む脂肪酸は特殊な脂肪酸であるため,リシノール酸を合成できる生物は非常に限られており,現在リシノール酸を生産する生物として一般に知られているものはトウゴマ以外にはアブラナ科の植物のLesquerella fendleriと,麦に感染する子嚢菌の一種の麦角菌(Claviceps purpurea)くらいである.このような背景からリシノール酸の異種生物での生産は難しく,筆者らの分裂酵母での研究以前はトウゴマに代わるリシノール酸生産の試みはあまりうまくいっていなかった.トウゴマで上記の問題点があるため,それに代わる植物としてモデル植物のシロイヌナズナ(Arabidopsis)での生産の試みがなされた.リシノール酸はΔ12ヒドロキシラーゼ(FAH12遺伝子)の作用でオレイン酸の12位に水酸基を導入することで合成される(図1図1■分裂酵母と出芽酵母の脂肪酸組成とオレイン酸からリシノール酸の合成経路).そこで,シロイヌナズナの種子でトウゴマのヒドロキシラーゼ遺伝子(RcFAH12(2)2) F. J. van de Loo, P. Broun, S. Turner & C. Somerville: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92, 6743 (1995).)が発現されたが,総脂肪酸の20%弱のリシノール酸しか生産されなかった.リシノール酸は種子中の中性脂肪 (TG)に蓄えられるため,TG合成の最終段階でアシルCoAとジアシルグリセロールからTGを合成するトウゴマのRcDGAT2 (Acyl-CoA: diacylglycerol acyltransferase)遺伝子をヒドロキシラーゼ遺伝子と同時に発現させる改良が試みられ,リシノール酸含量は総脂肪酸の30%になったが,依然としてトウゴマの約90%に比べるとはるかに低い値であった(3)3) J. Burgal, J. Shockey, C. Lu, J. Dyer, T. Larson, I. Graham & J. Browse: Plant Biotechnol. J., 6, 819 (2008).

図1■分裂酵母と出芽酵母の脂肪酸組成とオレイン酸からリシノール酸の合成経路

一方,微生物では出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae,以下S. cerevisiaeを出芽酵母と記述する)でリシノール酸生産の試みがなされており,トウゴマとLesquerellaのヒドロキシラーゼ遺伝子(RcFAH12LfFAH12(4)4) P. Broun, S. Boddupalli & C. Somerville: Plant J., 13, 201 (1998).が出芽酵母で発現されたが,それぞれ総脂肪酸の0.8, 1.6%と非常に低い値のリシノール酸しか生産されなかった(5)5) M. A. Smith, H. Moon, G. Chowrira & L. Kunst: Planta, 217, 507 (2003)..その後Qiuらのグループによって植物以外のヒドロキシラーゼ遺伝子として麦角菌の遺伝子が発見され(CpFAH12(6)6) D. Meesapyodsuk & X. Qiu: Plant Physiol., 147, 1325 (2008).CpFAH12導入株をさらに生産量を上げるためにヒドロキシラーゼの基質であるオレイン酸を含む培地で培養し,総脂肪酸の19%のリシノール酸が生産された(6)6) D. Meesapyodsuk & X. Qiu: Plant Physiol., 147, 1325 (2008).

リシノール酸の分裂酵母での生産の試み

酵母は植物に比べて培養が容易でかつ短期間で生育可能であることから,リシノール酸生産には適切な手法と考えられる.そのなかでも筆者らが分裂酵母を選択した理由は以下の3点である.第一に分裂酵母は学問的な蓄積の多いモデル生物であるため,単にリシノール酸の生産のみならず,水酸基をもつ特殊な脂肪酸を酵母内で生産させる際の問題点や代謝の制御などの基本的なメカニズムの解明に適している.第二に多くの植物やいくつかの酵母がリシノール酸の前駆体であるオレイン酸をさらに不飽和化してリノール酸やアルファリノレン酸などの高度不飽和脂肪酸を生産するのに対して,分裂酵母はオレイン酸までしか作らないのでリシノール酸生産に都合が良い.この点は出芽酵母も同様であるが,第三に出芽酵母と分裂酵母の脂肪酸組成を比較すると,出芽酵母では不飽和脂肪酸は通常パルミトオレイン酸(C16 : 1)が最も多く40から50%を占め,オレイン酸(C18 : 1)は約30%であるのに対して,分裂酵母ではオレイン酸の含量が約80%と,ほかの生物と比べて格段に高く(図1図1■分裂酵母と出芽酵母の脂肪酸組成とオレイン酸からリシノール酸の合成経路),リシノール酸生産に適していると考えられたからである.

まず,すでに知られている3種類のヒドロキシラーゼ遺伝子(トウゴマのRcFAH12, LesquerellaLfFAH12,麦角菌のCpFAH12)を分裂酵母内で誘導が可能なnmt1プロモーター下に接続して発現させ予備的にリシノール酸の生産を試みたところ,トウゴマ,Lesquerella,麦角菌のいずれのFAH12遺伝子も分裂酵母内で機能したが,麦角菌の遺伝子が最も高い活性を示した.しかし,リシノール酸生産条件下で培養を行うと増殖が阻害され,リシノール酸の生産量が多くなるほど増殖阻害の度合いも増大し,リシノール酸の生産が分裂酵母にとって有害であることが示唆された.そのため,菌体あたりの生産量が最も多かったCpFAH12導入株では分裂酵母の通常の培養温度である30°Cで培養した際,CpFAH12の発現が誘導された状態ではその増殖が大きく落ち,培養液当たりの生産量を上げることができない問題が生じた(図2図2■CpFAH12発現による増殖阻害の温度依存性).

図2■CpFAH12発現による増殖阻害の温度依存性

CpFAH12発現株(CpFAH12)と非発現株(Control)の希釈系列を作って寒天プレート上にスポットして増殖を確認した.CpFAH12発現株の増殖は通常の30°C培養では阻害される.この阻害は低温にするほど大きくなるが,逆に37°Cではほぼ正常に増殖できる.

Fah12pはそのヒドロキシラーゼ活性でオレイン酸の12位に水酸基を導入すると同時に,弱いながら12位に水酸基の代わりに二重結合を導入するΔ12-デサチュラーゼ活性をいずれのFAH12遺伝子ももっている(2, 4, 6)2) F. J. van de Loo, P. Broun, S. Turner & C. Somerville: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92, 6743 (1995).4) P. Broun, S. Boddupalli & C. Somerville: Plant J., 13, 201 (1998).6) D. Meesapyodsuk & X. Qiu: Plant Physiol., 147, 1325 (2008).図1図1■分裂酵母と出芽酵母の脂肪酸組成とオレイン酸からリシノール酸の合成経路).筆者らは以前に,やはりオレイン酸までしか合成できない出芽酵母を用いてリノール酸,アルファリノレン酸やジホモガンマリノレン酸などの高度不飽和脂肪酸を生産する研究をしていたが,オレイン酸からリノール酸を合成するKluyveromyces lactis酵母のΔ12-デサチュラーゼ(KlFad2p)の活性が出芽酵母中で温度依存性を示し,20°C以下の培養では強い活性をもつものの,通常の酵母の培養温度である30°Cではその活性が著しく低下することを見いだしていた(7)7) H. Yazawa, H. Iwahashi, Y. Kamisaka, K. Kimura & H. Uemura: Appl. Microbiol. Biotechnol., 87, 2185 (2010)..そこで,似た活性をもつFah12pでも同様のことが起こりうると考えてヒドロキシラーゼの温度依存性を検討したところ,培養温度を通常の30から25, 20°Cと下げるほど大きな増殖阻害が観察され,逆に37°Cではほとんど増殖阻害が起こらないことがわかった(図2図2■CpFAH12発現による増殖阻害の温度依存性).その際,リシノール酸の生産量は増殖阻害と比例して,低温ほど多くのリシノール酸が生産されていた.FAH12の発現に用いたnmt1プロモーターは温度依存性ではないため,ヒドロキシラーゼの活性が温度依存性であると結論した.そこで前培養を37°Cで行い,その後に培養温度を20°Cに下げて培養するなどいくつかの最適化を行い,分裂酵母の全脂肪酸の50%を超えるリシノール酸の生産に成功した(8)8) R. Holic, H. Yazawa, H. Kumagai & H. Uemura: Appl. Microbiol. Biotechnol., 95, 179 (2012).

リシノール酸生産に伴う増殖阻害のplg7による解除

ヒドロキシラーゼの活性が温度依存性であることを利用して培養温度をシフトすることによりある程度のリシノール酸を生産できたが,リシノール酸による細胞の増殖阻害は解決しておらず,依然としてリシノール酸生産の大きな障害となっていた.そこで宿主の増殖阻害の改善を目的に,分裂酵母cDNAライブラリーの形質転換体をリシノール酸生産量は減少せずに増殖を回復させることを指標にスクリーニングしてplg7を獲得した(9)9) H. Yazawa, R. Holic, H. Kumagai & H. Uemura: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 8193 (2013).plg7はホスホリパーゼA2活性をもつことが報告されていたが(10)10) J. M. Foulks, A. S. Weyrich, G. A. Zimmerman & T. M. McIntyre: Free Radic. Biol. Med., 45, 434 (2008).plg7を導入した株ではリシノール酸生産量は減少せずに,増殖はリシノール酸非生産株に近いレベルまで回復した(図3図3■ホスホリパーゼA2をコードするplg7の高発現によるCpFAH12発現株の増殖阻害の抑圧).

図3■ホスホリパーゼA2をコードするplg7の高発現によるCpFAH12発現株の増殖阻害の抑圧

Fah12pは遊離の脂肪酸ではなく,リン脂質のsn-2位に結合しているオレイン酸を水酸化してリシノール酸を作ることが知られている(11)11) M. Bafor, M. A. Smith, L. Jonsson, K. Stobart & S. Stymne: Biochem. J., 280, 507 (1991)..するとリン脂質は脂質二重膜の主要成分であるため,通常は存在しない水酸基をもつ脂肪酸が生体膜に入り込んで生体膜の機能が損なわれて増殖阻害を引き起こすことが予想される.Plg7pはこのsn-2位の脂肪酸をリン脂質から切り離すフォスフォリパーゼA2活性をもつため,この作用によりリシノール酸をリン脂質から除去し,生体膜の機能阻害を解除して増殖を回復していると考えられる(図4図4■plg7の作用機構のモデルの模式図).実際,リン脂質中の脂肪酸組成を解析したところ,plg7を高発現した株ではリン脂質内のリシノール酸量がコントロール株に比べて約1/4に減少していることが確認され,上記の可能性が支持された.

図4■plg7の作用機構のモデルの模式図

plg7の活用によるリシノール酸の分泌生産

plg7の獲得によりリシノール酸生産による酵母の増殖阻害を抑えることができたので,さらにリシノール酸生産量を増加させる目的で,低温で培養してリシノール酸生産量を増加させた条件下でplg7を高発現させた.すると,通常は透明である培養液の上澄みが白濁した(12)12) H. Yazawa, H. Kumagai & H. Uemura: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 8663 (2013).図5A図5■遊離のリシノール酸の分泌により培養上澄が白濁した).細胞が溶菌して上澄みが白濁した可能性も考えられたが,細胞および上澄みの顕微鏡観察では溶菌を示唆する細胞残渣が見られなかった.さらに白濁の時間的変化を調べたところ,リシノール酸生産による増殖阻害が強く,細胞の死滅率も高いplg7を導入していないリシノール酸生産株でも培養上澄は濁らないのに対して,増殖が回復し細胞の死滅率も減少したplg7を高発現した株では培養の初期から上澄みが濁り始めた.これらの実験結果より,上澄みの白濁は溶菌ではなく,何かの分泌によるものと結論した.上澄みの脂質を薄層クロマトグラフィーで分析した結果,この濁りの主要成分はほぼ1スポットになり,標品との移動度の比較から,これが遊離状態のリシノール酸であることが明らかとなった(図5B図5■遊離のリシノール酸の分泌により培養上澄が白濁した).Plg7pがホスホリパーゼ活性によりリン脂質からリシノール酸を除去して生じた遊離のリシノール酸が高効率で細胞外へ分泌されて培養上澄が白濁したと考えられる.plg7を高発現させていない場合に比べて全体のリシノール酸生産量も上がり,その半分以上のリシノール酸が分泌されていた.さらに,細胞内ではリシノール酸の割合が全脂肪酸の約50%であるのに対して,細胞外では全分泌脂肪酸の約80%となり,Plg7pがリン脂質からリシノール酸を選択的に除去し,それが分泌されていることが確認された(図6図6■低温培養時のplg7高発現によるリシノール酸の分泌).

図5■遊離のリシノール酸の分泌により培養上澄が白濁した

A)plg7を高発現したリシノール酸生産株を20°C培養した際の上澄みは遊離リシノール酸の分泌により白濁した.B)白濁した培養上澄を薄層クロマトグラフィーで展開した結果,培養上澄の主要成分が遊離リシノール酸であることが判明した.レーン1は通常の脂質と脂肪酸の標品[triolein (TG), oleic acid (OA), diolein (DG), monoolein (MG), phosphatidylethanolamine (PE), phosphatidylcholine (PC), lysophosphatidylcholine (LPC), and phosphatidylinositol (PI)],レーン3はヒマシ油[TR1, TR2, TR3はそれぞれリシノール酸を1個,2個,3個含む中性脂肪(TG)],レーン4は遊離リシノール酸(RA)を示す.

図6■低温培養時のplg7高発現によるリシノール酸の分泌

図中のパーセンテージは細胞内,上澄み各々でのリシノール酸の占める割合を示す.

以上,水酸基を含有する特殊な脂肪酸であるため分裂酵母の増殖を阻害したリシノール酸であったが,増殖阻害を解除するplg7遺伝子を見いだすことにより生産性を大きく上げることができた.Plg7pはリパーゼ活性によりリシノール酸をリン脂質から切り出し,生じるリシノール酸を細胞外へ分泌することにより耐性を獲得していると考えられ,最終的に細胞の全脂肪酸の50%以上のリシノール酸を生産すると同時に,その全リシノール酸生産量の半分以上を遊離脂肪酸として約80%の組成で培地中に選択的に分泌することができた.

通常の細胞内には遊離の脂肪酸は毒性を示すため多くは存在しない.したがって従来の脂肪酸の精製方法は,細胞内よりまず脂質を抽出し,さらに脂肪酸とグリセリン骨格とのエステル結合を酵素的または化学的に切断してさらに脂肪酸を精製する必要がある.しかし,筆者らの開発した分泌系においては,plg7リパーゼ遺伝子の活用により通常脂質として細胞内から分離する代わりに,脂肪から脂肪酸を切り出すプロセスも微生物細胞内で行わせ,さらに遊離状態のリシノール酸が細胞内よりも高い割合で細胞外へ分泌できるため,応用面からも製造工程の短縮などコスト削減につながると考えられる.分裂酵母は本来脂肪酸や脂質を細胞外へ分泌できないため分泌生産の発想は今までになかったが,リパーゼ遺伝子の活用により,リシノール酸を分泌生産できる分裂酵母が初めて作り上げられた(図7図7■分裂酵母でのリシノール酸の分泌生産の概念図).

図7■分裂酵母でのリシノール酸の分泌生産の概念図

ほかの酵母によるリシノール酸生産研究の最近の動向

筆者らはリシノール酸を酵母で生産する際の問題点や代謝の制御などの基本的なメカニズムをも解明したいと考えてモデル酵母である分裂酵母を宿主として選択し,ある程度の成果を上げることができた.しかしリシノール酸は脂肪酸の一種であるため,リシノール酸の生産には油脂蓄積性の酵母を用いたほうが有利ではないかと考えていたところ,最近になってそのような酵母での類似の試みが発表されたので,それらの概要を最後に紹介する.

2014年にYarrowia lipolyticaを宿主としたリシノール酸生産の論文がNicaudらのグループから発表された(13)13) A. Beopoulos, J. Verbeke, F. Bordes, M. Guicherd, M. Bressy, A. Marty & J. M. Nicaud: Appl. Microbiol. Biotechnol., 98, 251 (2014).Y. lipolyticaはここ数年その遺伝子操作の系が大きく整備されてきた酵母であり,脂質を資化するだけでなく,脂質を蓄積する点を特徴とする.その油脂蓄積性を活かせれば多くのリシノール酸の生産が期待できるが,彼らが実際にFAH12を遺伝子操作を全くしていない通常の細胞に導入したところ,リシノール酸はほとんどできず,数々の改良を加えて初めて生産性の向上に成功した.

詳細は原著論文に譲るが,改良の概略は以下のとおりである.彼らはまず,Y. lipolyticaでは遊離のリシノール酸はTGに取り込まれない限りはほかの脂肪酸に比べて優先的にすぐにベータ酸化で分解されてしまうことを見いだし,リシノール酸の分解を抑えるためにベータ酸化に関与した遺伝子acyl-CoAオキシダーゼ(POX1-POX6)をすべて破壊した.またFah12pの基質であるオレイン酸までしか作らない分裂酵母や出芽酵母と異なり,Y. lipolyticaは植物と同様にオレイン酸をさらに不飽和化してリノール酸を合成するΔ12-デサチュラーゼ(FAD2)をもっているため,FAD2を破壊してオレイン酸の高度不飽和脂肪酸への変換を止めた.さらにY. lipolyticaのTG合成酵素Dgat1pおよびDgat2pはリシノール酸をTGに取り込む基質特異性が低いようであったため,それらをコードする遺伝子を破壊し,代わりにLRO1を高発現させた.Lro1pはリン脂質から脂肪酸を直接TGへ転移する酵素であり,リシノール酸をTGへ転移する活性があることを,この研究で見いだしていた.最終的にPOX1-POX6の破壊,FAD2の破壊,DGAT1およびDGAT2の破壊とLRO1の高発現を組み合わせることにより,CpFAH12を使用して全脂肪酸の43%のリシノール酸含量を達成した.ただし,リシノール酸は主にTGに蓄積され,分泌はしていない.

さらに2015年になってPichia pastorisによるリシノール酸生産の論文がQiuらのグループから発表された(14)14) D. Meesapyodsuk, Y. Chen, S. H. Ng, J. Chen & X. Qiu: J. Lipid Res., 56, 2102 (2015).P. pastorisはタンパク質生産の宿主としてよく使われる酵母であるが,油脂蓄積性もある程度有する酵母である点を活かして試みられたと考えられる.この酵母もオレイン酸をさらに不飽和化するFAD2をもつため,これを破壊してオレイン酸の量を50から約70%に増やした.この論文でも細胞内への蓄積を目的としており,麦角菌より新たに見いだした中性脂肪合成酵素遺伝子CpDGAT1CpFAH12と同時に発現し,培養3日目のピーク時に最大で全脂肪酸の56%のリシノール酸含量を達成した.ただし,この酵母では生産のピーク時に達した後,急激に脂肪酸量が減少する現象があり,8日目の定常状態では36%のリシノール酸含量となってしまった.

P. pastorisでの興味深い特徴は,細胞内であるにもかかわらずリシノール酸の大半は遊離状態で存在し,残りのリシノール酸の大部分は中性脂肪画分に存在し,リン脂質画分中にはほとんど存在しなかったことである.リン脂質上で合成されると考えられるリシノール酸が効率良くリン脂質より切り出されて多くの遊離のリシノール酸が生成すると考えられるが.分裂酵母の場合と大きく異なっている点は,それらが細胞内に保持され分泌しない点である.彼らは分裂酵母のplg7と同様のホスホリパーゼの存在を議論しているが,その存在はまだ不明である.

筆者らが分裂酵母でのリシノール酸生産に関する論文を発表して以来,ほかの酵母でのリシノール酸生産の例が2例最近報告されたが,脂質蓄積性の酵母でもリシノール酸の生産量を上げるのは容易ではないことが示された.また酵母によって同じリシノール酸を作るにしても特性が大きく異なっている点が非常に興味深い.分裂酵母の場合は脂肪酸のベータ酸化に関与した遺伝子セットが存在しないが(15)15) M. J. Cornell, I. Alam, D. M. Soanes, H. M. Wong, C. Hedeler, N. W. Paton, M. Rattray, S. J. Hubbard, N. J. Talbot & S. G. Oliver: Genome Res., 17, 1809 (2007).Y. lipolyticaではベータ酸化に関与したacyl-CoAオキシダーゼが6個も存在し(POX16),遊離脂肪酸の分解活性が強い.これはY. lipolyticaがさまざまな炭化水素や脂肪酸を炭素源として使用できることに起因するのであろう.一方,P. pastorisでは逆に細胞内であるにもかかわらず多量の遊離脂肪酸を蓄えることができる点が,筆者らの分裂酵母の場合と対照的である.脂肪酸の分泌に関しては,拡散で自然に分泌するという説と積極的にトランスポーターが関与しているという説が議論されているが,いまだに結論が出ていない.しかし,P. pastorisでは多量の遊離リシノール酸が細胞内に蓄積しているにもかかわらず分泌しないことを考えると,分裂酵母での分泌は拡散ではなく,まだ未同定ではあるがトランスポーターが関与している可能性が高いと考えられる.

おわりに

分裂酵母でのリシノール酸生産を開始した当初は,筆者らも細胞内の蓄積性脂質である中性脂肪TGへのリシノール酸の蓄積を考えていた.実際,リシノール酸を生産させるだけで細胞内の総脂肪酸量が増加した.その主な要因は,リン脂質上で合成されて増殖を阻害すると考えられるリシノール酸が脂肪酸リモデリング機構によりTG内にも移されたことによるTGの増加であると考えられた.さらに,TGを分解するリパーゼ(TGリパーゼ)遺伝子ptl1, ptl2, ptl3の破壊によるTG含量の増加に付随してリシノール酸含量がさらに上がることも確認した(16)16) H. Yazawa, H. Kumagai & H. Uemura: Appl. Microbiol. Biotechnol., 96, 981 (2012).が,細胞内の蓄積にはやはり限界があると考えた.分裂酵母は本来脂質蓄積能が高くないが,分泌生産系を開発したことにより,脂質蓄積の限界を回避して脂肪酸を生産できるのではないかと考えている.TGリパーゼに関しても,plg7には劣るが3種のptl1, ptl2, ptl3のうちでptl2の高発現のみにリシノール酸生産による増殖阻害を部分的に回復し,遊離リシノール酸を分泌する活性のあることも見いだしている(17)17) H. Yazawa, M. Ogiso, H. Kumagai & H. Uemura: Appl. Microbiol. Biotechnol., 98, 9325 (2014)..今後は本来脂質や脂肪酸を分泌できない分裂酵母での脂肪酸の分泌機構を解明するとともに,培養方法なども含めてさらに検討し,リシノール酸の生産性の向上を図っていきたい.

Reference

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