解説

石油資源に依存しない化成品原料となるリシノール酸の分裂酵母による分泌生産系の開発

Secretory Production of Ricinoleic Acid, a Raw Material for Chemical Products, in Fission Yeast Schizosaccharomyces pombe

Hiroshi Uemura

植村

産業技術総合研究所生物プロセス研究部門

Published: 2016-08-20

リシノール酸にはさまざまな工業的用途があり,特にウレタンなどの化成品原料として注目されている.筆者らはこのリシノール酸の分裂酵母での生産を試みた.リシノール酸は水酸基を含む特殊な脂肪酸であるため酵母の増殖を阻害したが,その増殖阻害を抑圧する遺伝子としてホスホリパーゼA2活性をもつplg7が見いだされた.Plg7pはリン脂質上で合成されるリシノール酸をリン脂質から切り出して細胞膜の機能を回復して増殖を戻すと考えられたが,同時に切り出された遊離リシノール酸は細胞外へ分泌された.本来脂肪酸や脂質を分泌できない分裂酵母でリパーゼの活用により遊離リシノール酸を細胞外へ分泌生産できる可能性が示された.

はじめに

筆者のグループではモデル酵母を用いて生体内で重要な代謝経路の一つである脂質代謝に焦点を当て,酵母内での自身の遺伝子の破壊や高発現,また異種遺伝子の導入による新たな代謝経路の導入などにより,有用な脂肪酸の生成およびその制御機構を解析している(1)1) H. Uemura: Appl. Microbiol. Biotechnol., 95, 1 (2012)..最近は分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe)を用いて水酸基を含む脂肪酸で化成品原料となるリシノール酸の生産系の開発を中心に研究を行っているが,本来脂肪酸や脂質を細胞外へ分泌できない分裂酵母で遊離のリシノール酸を培地中へ分泌生産できる系を開発したため,その研究成果について紹介する.

リシノール酸は水酸基と二重結合をもつため化学的な反応性に富む脂肪酸であり,化粧品,印刷インキ,潤滑剤,食品添加物など,さまざまな用途に使われている.特に最近はウレタンなどの化成品の石油資源に依存しない原料として注目されている.従来,リシノール酸はトウゴマ(Ricinus communis)から搾油したひまし油を原料とするが,トウゴマの栽培地は熱帯から亜熱帯地域に限定され安定的供給が難しい,広大な作付け面積を必要とする,さらに有毒タンパク質であるリシンを副生するため,労働者の作業環境が悪いなど問題点が多く,トウゴマに代わる新たな供給源が求められているが未解決である.

水酸基を含む脂肪酸は特殊な脂肪酸であるため,リシノール酸を合成できる生物は非常に限られており,現在リシノール酸を生産する生物として一般に知られているものはトウゴマ以外にはアブラナ科の植物のLesquerella fendleriと,麦に感染する子嚢菌の一種の麦角菌(Claviceps purpurea)くらいである.このような背景からリシノール酸の異種生物での生産は難しく,筆者らの分裂酵母での研究以前はトウゴマに代わるリシノール酸生産の試みはあまりうまくいっていなかった.トウゴマで上記の問題点があるため,それに代わる植物としてモデル植物のシロイヌナズナ(Arabidopsis)での生産の試みがなされた.リシノール酸はΔ12ヒドロキシラーゼ(FAH12遺伝子)の作用でオレイン酸の12位に水酸基を導入することで合成される(図1図1■分裂酵母と出芽酵母の脂肪酸組成とオレイン酸からリシノール酸の合成経路).そこで,シロイヌナズナの種子でトウゴマのヒドロキシラーゼ遺伝子(RcFAH12(2)2) F. J. van de Loo, P. Broun, S. Turner & C. Somerville: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92, 6743 (1995).)が発現されたが,総脂肪酸の20%弱のリシノール酸しか生産されなかった.リシノール酸は種子中の中性脂肪 (TG)に蓄えられるため,TG合成の最終段階でアシルCoAとジアシルグリセロールからTGを合成するトウゴマのRcDGAT2 (Acyl-CoA: diacylglycerol acyltransferase)遺伝子をヒドロキシラーゼ遺伝子と同時に発現させる改良が試みられ,リシノール酸含量は総脂肪酸の30%になったが,依然としてトウゴマの約90%に比べるとはるかに低い値であった(3)3) J. Burgal, J. Shockey, C. Lu, J. Dyer, T. Larson, I. Graham & J. Browse: Plant Biotechnol. J., 6, 819 (2008).

図1■分裂酵母と出芽酵母の脂肪酸組成とオレイン酸からリシノール酸の合成経路

一方,微生物では出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae,以下S. cerevisiaeを出芽酵母と記述する)でリシノール酸生産の試みがなされており,トウゴマとLesquerellaのヒドロキシラーゼ遺伝子(RcFAH12LfFAH12(4)4) P. Broun, S. Boddupalli & C. Somerville: Plant J., 13, 201 (1998).が出芽酵母で発現されたが,それぞれ総脂肪酸の0.8, 1.6%と非常に低い値のリシノール酸しか生産されなかった(5)5) M. A. Smith, H. Moon, G. Chowrira & L. Kunst: Planta, 217, 507 (2003)..その後Qiuらのグループによって植物以外のヒドロキシラーゼ遺伝子として麦角菌の遺伝子が発見され(CpFAH12(6)6) D. Meesapyodsuk & X. Qiu: Plant Physiol., 147, 1325 (2008).CpFAH12導入株をさらに生産量を上げるためにヒドロキシラーゼの基質であるオレイン酸を含む培地で培養し,総脂肪酸の19%のリシノール酸が生産された(6)6) D. Meesapyodsuk & X. Qiu: Plant Physiol., 147, 1325 (2008).

リシノール酸の分裂酵母での生産の試み

酵母は植物に比べて培養が容易でかつ短期間で生育可能であることから,リシノール酸生産には適切な手法と考えられる.そのなかでも筆者らが分裂酵母を選択した理由は以下の3点である.第一に分裂酵母は学問的な蓄積の多いモデル生物であるため,単にリシノール酸の生産のみならず,水酸基をもつ特殊な脂肪酸を酵母内で生産させる際の問題点や代謝の制御などの基本的なメカニズムの解明に適している.第二に多くの植物やいくつかの酵母がリシノール酸の前駆体であるオレイン酸をさらに不飽和化してリノール酸やアルファリノレン酸などの高度不飽和脂肪酸を生産するのに対して,分裂酵母はオレイン酸までしか作らないのでリシノール酸生産に都合が良い.この点は出芽酵母も同様であるが,第三に出芽酵母と分裂酵母の脂肪酸組成を比較すると,出芽酵母では不飽和脂肪酸は通常パルミトオレイン酸(C16 : 1)が最も多く40から50%を占め,オレイン酸(C18 : 1)は約30%であるのに対して,分裂酵母ではオレイン酸の含量が約80%と,ほかの生物と比べて格段に高く(図1図1■分裂酵母と出芽酵母の脂肪酸組成とオレイン酸からリシノール酸の合成経路),リシノール酸生産に適していると考えられたからである.

まず,すでに知られている3種類のヒドロキシラーゼ遺伝子(トウゴマのRcFAH12, LesquerellaLfFAH12,麦角菌のCpFAH12)を分裂酵母内で誘導が可能なnmt1プロモーター下に接続して発現させ予備的にリシノール酸の生産を試みたところ,トウゴマ,Lesquerella,麦角菌のいずれのFAH12遺伝子も分裂酵母内で機能したが,麦角菌の遺伝子が最も高い活性を示した.しかし,リシノール酸生産条件下で培養を行うと増殖が阻害され,リシノール酸の生産量が多くなるほど増殖阻害の度合いも増大し,リシノール酸の生産が分裂酵母にとって有害であることが示唆された.そのため,菌体あたりの生産量が最も多かったCpFAH12導入株では分裂酵母の通常の培養温度である30°Cで培養した際,CpFAH12の発現が誘導された状態ではその増殖が大きく落ち,培養液当たりの生産量を上げることができない問題が生じた(図2図2■CpFAH12発現による増殖阻害の温度依存性).

図2■CpFAH12発現による増殖阻害の温度依存性

CpFAH12発現株(CpFAH12)と非発現株(Control)の希釈系列を作って寒天プレート上にスポットして増殖を確認した.CpFAH12発現株の増殖は通常の30°C培養では阻害される.この阻害は低温にするほど大きくなるが,逆に37°Cではほぼ正常に増殖できる.

Fah12pはそのヒドロキシラーゼ活性でオレイン酸の12位に水酸基を導入すると同時に,弱いながら12位に水酸基の代わりに二重結合を導入するΔ12-デサチュラーゼ活性をいずれのFAH12遺伝子ももっている(2, 4, 6)2) F. J. van de Loo, P. Broun, S. Turner & C. Somerville: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92, 6743 (1995).4) P. Broun, S. Boddupalli & C. Somerville: Plant J., 13, 201 (1998).6) D. Meesapyodsuk & X. Qiu: Plant Physiol., 147, 1325 (2008).図1図1■分裂酵母と出芽酵母の脂肪酸組成とオレイン酸からリシノール酸の合成経路).筆者らは以前に,やはりオレイン酸までしか合成できない出芽酵母を用いてリノール酸,アルファリノレン酸やジホモガンマリノレン酸などの高度不飽和脂肪酸を生産する研究をしていたが,オレイン酸からリノール酸を合成するKluyveromyces lactis酵母のΔ12-デサチュラーゼ(KlFad2p)の活性が出芽酵母中で温度依存性を示し,20°C以下の培養では強い活性をもつものの,通常の酵母の培養温度である30°Cではその活性が著しく低下することを見いだしていた(7)7) H. Yazawa, H. Iwahashi, Y. Kamisaka, K. Kimura & H. Uemura: Appl. Microbiol. Biotechnol., 87, 2185 (2010)..そこで,似た活性をもつFah12pでも同様のことが起こりうると考えてヒドロキシラーゼの温度依存性を検討したところ,培養温度を通常の30から25, 20°Cと下げるほど大きな増殖阻害が観察され,逆に37°Cではほとんど増殖阻害が起こらないことがわかった(図2図2■CpFAH12発現による増殖阻害の温度依存性).その際,リシノール酸の生産量は増殖阻害と比例して,低温ほど多くのリシノール酸が生産されていた.FAH12の発現に用いたnmt1プロモーターは温度依存性ではないため,ヒドロキシラーゼの活性が温度依存性であると結論した.そこで前培養を37°Cで行い,その後に培養温度を20°Cに下げて培養するなどいくつかの最適化を行い,分裂酵母の全脂肪酸の50%を超えるリシノール酸の生産に成功した(8)8) R. Holic, H. Yazawa, H. Kumagai & H. Uemura: Appl. Microbiol. Biotechnol., 95, 179 (2012).

リシノール酸生産に伴う増殖阻害のplg7による解除

ヒドロキシラーゼの活性が温度依存性であることを利用して培養温度をシフトすることによりある程度のリシノール酸を生産できたが,リシノール酸による細胞の増殖阻害は解決しておらず,依然としてリシノール酸生産の大きな障害となっていた.そこで宿主の増殖阻害の改善を目的に,分裂酵母cDNAライブラリーの形質転換体をリシノール酸生産量は減少せずに増殖を回復させることを指標にスクリーニングしてplg7を獲得した(9)9) H. Yazawa, R. Holic, H. Kumagai & H. Uemura: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 8193 (2013).plg7はホスホリパーゼA2活性をもつことが報告されていたが(10)10) J. M. Foulks, A. S. Weyrich, G. A. Zimmerman & T. M. McIntyre: Free Radic. Biol. Med., 45, 434 (2008).plg7を導入した株ではリシノール酸生産量は減少せずに,増殖はリシノール酸非生産株に近いレベルまで回復した(図3図3■ホスホリパーゼA2をコードするplg7の高発現によるCpFAH12発現株の増殖阻害の抑圧).

図3■ホスホリパーゼA2をコードするplg7の高発現によるCpFAH12発現株の増殖阻害の抑圧

Fah12pは遊離の脂肪酸ではなく,リン脂質のsn-2位に結合しているオレイン酸を水酸化してリシノール酸を作ることが知られている(11)11) M. Bafor, M. A. Smith, L. Jonsson, K. Stobart & S. Stymne: Biochem. J., 280, 507 (1991)..するとリン脂質は脂質二重膜の主要成分であるため,通常は存在しない水酸基をもつ脂肪酸が生体膜に入り込んで生体膜の機能が損なわれて増殖阻害を引き起こすことが予想される.Plg7pはこのsn-2位の脂肪酸をリン脂質から切り離すフォスフォリパーゼA2活性をもつため,この作用によりリシノール酸をリン脂質から除去し,生体膜の機能阻害を解除して増殖を回復していると考えられる(図4図4■plg7の作用機構のモデルの模式図).実際,リン脂質中の脂肪酸組成を解析したところ,plg7を高発現した株ではリン脂質内のリシノール酸量がコントロール株に比べて約1/4に減少していることが確認され,上記の可能性が支持された.

図4■plg7の作用機構のモデルの模式図

plg7の活用によるリシノール酸の分泌生産

plg7の獲得によりリシノール酸生産による酵母の増殖阻害を抑えることができたので,さらにリシノール酸生産量を増加させる目的で,低温で培養してリシノール酸生産量を増加させた条件下でplg7を高発現させた.すると,通常は透明である培養液の上澄みが白濁した(12)12) H. Yazawa, H. Kumagai & H. Uemura: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 8663 (2013).図5A図5■遊離のリシノール酸の分泌により培養上澄が白濁した).細胞が溶菌して上澄みが白濁した可能性も考えられたが,細胞および上澄みの顕微鏡観察では溶菌を示唆する細胞残渣が見られなかった.さらに白濁の時間的変化を調べたところ,リシノール酸生産による増殖阻害が強く,細胞の死滅率も高いplg7を導入していないリシノール酸生産株でも培養上澄は濁らないのに対して,増殖が回復し細胞の死滅率も減少したplg7を高発現した株では培養の初期から上澄みが濁り始めた.これらの実験結果より,上澄みの白濁は溶菌ではなく,何かの分泌によるものと結論した.上澄みの脂質を薄層クロマトグラフィーで分析した結果,この濁りの主要成分はほぼ1スポットになり,標品との移動度の比較から,これが遊離状態のリシノール酸であることが明らかとなった(図5B図5■遊離のリシノール酸の分泌により培養上澄が白濁した).Plg7pがホスホリパーゼ活性によりリン脂質からリシノール酸を除去して生じた遊離のリシノール酸が高効率で細胞外へ分泌されて培養上澄が白濁したと考えられる.plg7を高発現させていない場合に比べて全体のリシノール酸生産量も上がり,その半分以上のリシノール酸が分泌されていた.さらに,細胞内ではリシノール酸の割合が全脂肪酸の約50%であるのに対して,細胞外では全分泌脂肪酸の約80%となり,Plg7pがリン脂質からリシノール酸を選択的に除去し,それが分泌されていることが確認された(図6図6■低温培養時のplg7高発現によるリシノール酸の分泌).