Kagaku to Seibutsu 54(9): 633-639 (2016)
解説
歯周病と全身疾患の関連口腔細菌による腸内細菌叢への影響
The Link between Periodontal Disease and Systemic Diseases: Effect of Oral Microbiota on Gut Microflora
Published: 2016-08-20
歯周病は心筋梗塞や狭心症などの原因となる動脈硬化症,糖尿病,関節リウマチなど,実にさまざまな疾患のリスクを高めることが報告されている.これまでその関連メカニズムに関して,プラーク中の歯周病原性細菌が炎症により損傷した歯周ポケット上皮より組織内に侵入し,全身循環を介して遠隔組織に影響すること,歯周炎組織で産生されたさまざまな炎症性サイトカインが全身循環を経由して血管,脂肪組織,肝臓などに持続的かつ軽微な炎症を起こすと考えられてきた.しかしながら,歯周病が全身疾患の発症・進行に関与するメカニズムについてはいずれの説も決定的ではなく,依然として不明な点が多い.われわれは歯周病原細菌であるPorphyromonas gingivalisを口腔から投与するモデルを用いて,肥満モデルや糖尿病モデルマウスで見られるのと同様,腸内細菌叢が変動し,血中内毒素レベルが上昇することを明らかにした.腸内細菌叢の変化は動脈硬化症,糖尿病,関節リウマチ,非アルコール性脂肪肝疾患,肥満など歯周病とも関連する疾患のリスクファクターであることが知られている.大量に飲み込まれた歯周病原細菌が腸内細菌叢を変動させるというマウスにおける実験結果は,従来の仮説では十分に説明することができなかった歯周病と全身疾患の関連の因果関係を説明するのに合理的な生物学的分子基盤を提供する.
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
今,腸内細菌研究が熱い.腸内細菌に関する研究報告は2000年には僅か150報にも満たなかったが,2014年には2,400報近くにまで劇的に増加している.NatureやScience誌といったいわゆるトップジャーナルにも頻繁に関連論文が掲載されている.
腸内細菌の重要性の認識は今に始まったことではなく,「免疫食細胞説」でノーベル賞を受賞したロシアのメチニコフは,腸内の腐敗細菌が老化と関係するという仮説を提唱した.また,光岡知足博士は1969年に腸内細菌叢の宿主に与える影響について論じている.しかし,一躍脚光を浴びるようになったのは,腸内細菌と肥満の関係が科学的に示され,腸内細菌叢の動向がわれわれの健康に直接的に大きな影響を与えていることが明らかになってきたことによる.その後,糖尿病,動脈硬化性疾患,関節リウマチ,炎症性腸疾患,非アルコール性脂肪肝疾患,精神神経疾患,がんなどさまざまな疾患の発症・進行に関連していることが次々と明らかになってきた.さらに,腸内細菌研究は口腔細菌との関連にも焦点を当て始めている.
口腔内には大腸に次ぐ密度の細菌が棲息している.腸内細菌同様,それらは病原細菌の定着阻止やIgA産生を誘導して口腔内の恒常性を維持する役割を担っているが,細菌叢の構成異常(dysbiosis)を来たすと,う蝕や歯周病などの疾患を誘発する.近年の疫学研究により,口腔細菌のdysbiosisは口腔内固有の疾患,とりわけ歯周病を誘発するのみならず,糖尿病,動脈硬化性疾患など,腸内細菌のdysbiosisも関連するさまざまな疾患のリスクを高めることが明らかになってきた.現在,歯周病とそれら疾患の関連は後述する菌血症と炎症性メディエーターの全身への拡散と考えられているが,歯周病とそれら疾患の間には共通の疾患感受性,喫煙などの共通のリスク因子が存在する可能性が否定できないうえに,因果関係を説明するデータも現在のところ乏しい(1)1) P. B. Lockhart, A. F. Bolger, P. N. Papapanou, O. Osinbowale, M. Trevisan, M. E. Levison, K. A. Taubert, J. W. Newburger, H. L. Gornik, M. H. Gewitz et al. Circulation, 125, 2520 (2012)..しかし,われわれは動物実験から口腔細菌が腸内細菌叢のdysbiosisを引き起こし,その結果,さまざまな疾患につながる病理学的変化が誘導されることを明らかにした.本稿では歯周病が関連する多様な疾患のうち,代表的な疾患について歯周病が病因・病態にどのようにかかわるかを論じ,リスク因子としての歯周病を腸内細菌への影響という視点から考察する.
歯周病は歯周組織(歯肉,歯根膜,セメント質,歯槽骨;図1図1■歯周組織の構造と病的変化“正常”)における炎症性病変を主とする疾患群の総称である.その原因は口腔内の細菌がバイオフィルム状に増殖してできるデンタルプラークである.1960年代にデンマークで歯学部学生や教員を対象として3週間ブラッシングを停止する実験を行った.その結果,歯と歯肉の境界部におけるデンタルプラーク(プラーク)の量的増加,質的変化が歯肉の炎症の程度と関連することが明らかになった(2)2) H. Loe, E. Theilade & S. B. Jensen: J. Periodontol., 36, 177 (1965)..この実験はヒト実験的歯肉炎モデルとして歴史に残るたいへん有名な研究である.この実験で発症した炎症は歯肉に限局し,歯根膜,セメント質,歯槽骨の破壊を伴わないプラーク性歯肉炎(いわゆる歯肉炎;図1図1■歯周組織の構造と病的変化“歯肉炎”)であり,プラークの除去により完全に回復する.プラークの付着が長期化すると歯周組織全体の破壊を伴う歯周炎に移行する.ごく軽度の歯周炎を除き,その病態は不可逆的であり,原因を除去しただけでは完全な治癒は起こらない.歯周炎はさらに最も一般的で罹患率の高い慢性歯周炎と,10~30歳程度で発症し急速な歯周組織破壊を特徴として人口の約0.05~0.1%に認められる侵襲性歯周炎に分類される.歯周病の罹患率は年齢とともに増加し,平成23年厚生労働省歯科疾患実態調査における結果によると,歯肉炎の所見を含め何らかの所見を認める(歯周病の所見をもつ)人は40歳代以降で80%近くになる.
歯周組織は歯肉,歯根膜,セメント質,歯槽骨からなる.健康歯周組織にプラークが付着・蓄積すると,ほぼ100%が歯肉炎を発症するが,この病変は可逆的である.このプラークは歯肉縁上プラークと呼ばれ,好気性菌を主体とする細菌群から構成される.歯肉炎の病態が継続すると一部は歯周炎に進行する.歯周炎により歯根膜組織の破壊,歯槽骨の吸収が生じ,歯周ポケットが形成される.歯周ポケット内には歯石や嫌気性細菌を主体とする歯肉縁下プラークが蓄積している.この病態は不可逆的でごく軽度の歯周炎を除き,治癒することはない.
歯周炎では,主たる病因であるプラーク細菌に対する炎症応答により歯と歯肉の間に深い溝(歯周ポケット)が形成される.深い歯周ポケットは嫌気性歯周病原細菌の増殖にとって好都合の環境であり,持続する炎症により歯の支持組織である歯根膜,歯槽骨の吸収破壊,歯肉上皮の深部増殖が生じ,さらなる歯周ポケットの深化を来たす(図1図1■歯周組織の構造と病的変化“歯周炎”).
深い歯周ポケットからは数百種に及ぶ細菌が検出されるが,そのなかでもPorphyromonas gingivalis, Tannerella forsythia, Treponema denticola(特に歯周病原性の強いこれら3菌種をred complex細菌と呼ぶ)など一部のグラム陰性嫌気性菌が歯周病原細菌として病態形成にかかわると考えられている.特にP. gingivalisは糖発酵能をもたない(糖を栄養源としない)ためプロテアーゼ産生により直接組織破壊を促すことでアミノ酸,炭素源の獲得を行う特徴をもち,歯周炎の病態形成にかかわることが知られる.このような環境下において,これらの病原細菌はLipopolysaccharide(LPS)などの細胞膜構成外膜抗原の抗原活性により歯周組織に自然免疫応答を誘導するとともに獲得免疫を誘導し,慢性炎症を持続させる.歯周炎に罹患した組織中には優勢なB細胞・形質細胞のほか,T細胞,マクロファージ,好中球などが浸潤し,IL-1, IL-6, IL-8, IL-17, TNF-αなどの炎症性サイトカインが活発に産生されている.
歯周ポケット内には多数の好中球が浸潤しているが,バイオフィルムを形成した細菌の貪食排除は難しく,また抗菌物質も深部まで到達できないことから,自然治癒は望めない.同じ理由で抗菌薬の効果も極めて限定的である.したがって,歯周病治療はプラークやそれらが石灰化した歯石を機械的に除去することが基本であり,歯周病原細菌の棲息環境を除去するための歯周外科手術を行うこともある.近年,歯周病原細菌の感染による慢性炎症が歯周組織破壊のみならず,さまざまな組織・臓器の炎症性変化と関連することが明らかになってきた(図2図2■歯周病と関連する全身疾患).
歯周病患者の追跡調査から,重度歯周炎患者は,糖尿病の新規発症リスク,血糖コントロールの指標であるHbA1cの悪化度,糖尿病合併症の頻度が高いことが報告されている.また,重度の歯周炎を治療することでHbA1c(ヘモグロビンA1c;赤血球のヘモグロビンと血中のブドウ糖が結合したもの.過去1~2カ月の血糖コントロール状態を反映し,日本糖尿病学会による血糖コントロールの目標値は6.9%未満とされる)が改善することも報告されている.最近のメタ解析では,歯周治療3カ月後の平均HbA1cの改善度は0.4%であることが示された(3)3) W. J. Teeuw, V. E. Gerdes & B. G. Loos: Diabetes Care, 33, 421 (2010)..しかし,歯周炎がインスリン抵抗性を誘導するメカニズムに関しては明らかになっていない.インスリンのシグナルを阻害する因子としてはTNF-αが最もよく知られている.歯周病患者の病変部では確かにTNF-αレベルの上昇が認められるが,血中レベルにも影響してインスリン抵抗性を誘導しているかについては一定の見解は得られていない.一方,多くの論文が炎症性サイトカインIL-6の歯周病患者血中での上昇を報告している.IL-6は肝臓におけるC反応性タンパク質(CRP)産生を誘導する.両者はインスリン抵抗性に関与することが知られており,こうした炎症性の因子により歯周炎が血糖コントロールに悪影響を与える原因と考えられている.
歯周病は動脈硬化性冠動脈心血管疾患の発症率を高め,死亡率を増加させることを示す多数の報告がある.それら論文のメタ解析によると歯周病は動脈硬化性心血管疾患と弱いけれども統計的に有意な関連をもつことが明らかになった(4)4) L. L. Humphrey, R. Fu, D. I. Buckley, M. Freeman & M. Helfand: J. Gen. Intern. Med., 23, 2079 (2008)..すなわち,歯周病は喫煙,肥満,糖尿病,遺伝因子などのよく知られた交絡因子とは独立した動脈硬化性心血管疾患のリスク因子であるということが言える.歯周病治療が動脈硬化性心血管疾患のリスクを低減する,あるいは予後を改善するという証拠はいまだ示されていないが,治療により血中の炎症メディエーターが低下することから,歯周炎患者血中におけるCRP, IL-6, IL-1, IL-8, TNF-αなどの炎症マーカーの上昇が動脈硬化病変形成に関連すると考えられている.さらに動脈硬化病変中から歯周病原細菌のDNAが検出されていることは歯周病の関与を示唆するものと考えられている.
関節リウマチ患者において歯周炎の罹患率・重症度が高いことは以前から知られていたが,逆に歯周炎患者において関節リウマチの罹患率・重症度が高く,歯周病治療により関節リウマチの臨床指標が有意に改善することも明らかになってきた.
関連メカニズムとして,関節リウマチの特異的マーカーとして知られている抗シトルリン化タンパク質抗体(Anti-cyclic citrullinated protein antibody; ACPA)が注目されている.生体由来のPeptidyl arginine deiminase(PAD)によって生成したシトルリン化タンパク質に対して自己抗体(ACPA)が産生され,自己免疫反応が誘発されると考えられている.P. gingivalisはPADを産生する唯一の細菌であり,このことが関節リウマチ研究者が歯周病に注目する大きな理由となっている.実際,初期の関節リウマチ患者のうち,P. gingivalisに対する抗体応答が亢進している患者ではその値とACPAが相関していることが報告されているが,PPAD (P. gingivalis PAD)によるメカニズムに否定的な意見もある(5)5) P. Sandhya, D. Danda, D. Sharma & V. Scaria: Int. J. Rheum. Dis., 18, 1 (2015)..
非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)は過剰なアルコール摂取を原因としない肝脂肪変性であり,インスリン抵抗性やメタボリックシンドロームに関連して見られる慢性肝疾患である.病理所見から細菌感染や細菌毒素が病態の進展にかかわっていると考えられている.NAFLD患者唾液中のP. gingivalis検出率は対照者と比較して有意に高く,単純性脂肪肝(NAFL),非アルコール性脂肪肝炎(NASH)と疾患が重症化するにつれて検出率が高くなることが示された.さらに,局所抗菌療法を併用した歯周治療により,NAFLD患者血清中の肝細胞傷害の指標であるAST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ),ALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)値の有意な低下が認められた(6)6) K. Imajo, M. Yoneda, Y. Ogawa, K. Wada & A. Nakajima: Semin. Immunopathol., 36, 115 (2014)..しかし,P. gingivalisがどのように関与しているかは今後の課題である.
歯周病がさまざまな全身疾患に影響を与えるメカニズムの解明は十分ではないが,①歯周病の病変部から侵入した細菌による菌血症,②病変部で産生された炎症メディエーターの全身循環への流入,③歯周病原細菌菌体成分と自己成分の分子相同性などが,有力なメカニズムとして挙げられている.ここでは特に①と②の仮説とその問題点を論ずる(図3図3■歯周病が全身に及ぼす影響に関するメカニズム(仮説)).
重度歯周病患者においては,歯周ポケットの面積は15~20 cm2におよび,その一部表面は潰瘍を形成した状態で細菌バイオフィルムと接している(7)7) P. P. Hujoel, B. A. White, R. I. Garcia & M. A. Listgarten: J. Periodontal Res., 36, 48 (2001)..歯周治療の際に用いられる鋭利な器具による操作で歯周ポケット内の細菌が一過性に血中に入ることは多くの研究が示している.さらに日常のブラッシングやフロッシンングのみならず,咀嚼運動によっても菌血症は誘導されることも報告されている.菌血症説の背景にはこのような事実がある.さらに動脈硬化病変から歯周病原細菌DNAが検出されることも,この説を支持する基になっている.その一方で歯周ポケットに侵襲を加えない状態での菌血症に関する報告はなく,さらに歯周病の重症度と菌血症の間に関連はないとする報告も存在する(8)8) I. Tomas, P. Diz, A. Tobias, C. Scully & N. Donos: J. Clin. Periodontol., 39, 213 (2012)..最近,歯周病を有する血管病変患者において歯周ポケットから直接侵入した細菌(すなわち歯周病原細菌)が血管病変中から検出されるわけではなく,それ以外の口腔細菌や,さらには腸内細菌が多数検出されたことが報告された(9)9) Z. Armingohar, J. J. Jorgensen, A. K. Kristoffersen, E. Abesha-Belay & I. Olsen: J. Oral Microbiol., 6, (2014)..
動物実験においても口腔からP. gingivalisを投与すると血中のエンドトキシンレベルは上昇するが,血中,血管,心臓弁のいずれからも遺伝子は検出できず,上昇したエンドトキシンが投与した細菌由来であることを示す証拠も示されていない(10)10) K. Arimatsu, H. Yamada, H. Miyazawa, T. Minagawa, M. Nakajima, M. I. Ryder, K. Gotoh, D. Motooka, S. Nakamura, T. Iida et al.: Sci. Rep., 4, 4828 (2014)..
歯周病局所での活発な炎症性サイトカイン産生,血中における炎症メディエーターの上昇は,歯周炎と全身疾患の関連メカニズムを説明するのに合理的と思われる.しかも,歯周病治療により血中の高感度CRP, IL-6が有意な低下を示すことから歯周病原細菌の感染が全身の炎症状態を高めることは間違いない.
一方で,すでに述べたように,TNF-αのように血中レベルは健常者と比較して変わらないか,むしろ低下しているとの報告もある.血中で上昇している炎症メディエーターも歯周炎局所に由来するという証拠はない.
マウス口腔にP. gingivalisを投与した動物実験では,血中炎症メディエーターレベルは上昇したが,組織学的解析では歯肉の明らかな炎症所見は認められなかった(11)11) T. Maekawa, N. Takahashi, K. Tabeta, Y. Aoki, H. Miyashita, S. Miyauchi, H. Miyazawa, T. Nakajima & K. Yamazaki: PLoS ONE, 6, e20240 (2011)..これらの所見は少なくともマウスモデルにおいては,菌血症,局所の炎症いずれも全身の炎症への関与は弱い可能性を示唆する.
上述のように歯周病はさまざまな疾患のリスク因子であるが,それらの疾患の多くが腸内細菌叢のdysbiosisと関連するという報告が蓄積されている(図4図4■口腔細菌・腸内細菌と疾患の関連).腸内細菌はビタミンやタンパク質を合成するとともに食物の消化・吸収に関係する.また,有害細菌の増殖を阻止し,腸管免疫の調節を介して全身の免疫応答にも関与する.何らかの理由により腸内細菌のバランスが崩れ,有害菌が増加すると,それらの細菌によって生成される腐敗産物,細菌毒素,発がん物質などの有害物質は腸管自体を直接傷害するのみならず,バリア機能の低下した腸上皮間隙から体内に吸収され,肝臓,心臓,腎臓,膵臓,血管などのさまざまな組織に障害を与える(12)12) J. C. Clemente, L. K. Ursell, L. W. Parfrey & R. Knight: Cell, 148, 1258 (2012)..たとえばマウスに高脂肪食を与えて肥満にすると腸内細菌叢が変化するとともに,腸管のバリア機能の低下と血中内毒素レベルの上昇,インスリン抵抗性の発現が見られるようになる(13)13) P. D. Cani, R. Bibiloni, C. Knauf, A. Waget, A. M. Neyrinck, N. M. Delzenne & R. Burcelin: Diabetes, 57, 1470 (2008)..
プロバイオティクスと呼ばれる生きた乳酸菌やビフィズス菌を含むヨーグルトや乳酸菌飲料の摂取が腸内細菌叢に作用することから,外的な細菌投与の影響が明らかになっている(14)14) N. M. Delzenne, A. M. Neyrinck, F. Backhed & P. D. Cani: Nat. Rev. Endocrinol., 7, 639 (2011)..この現象を基に歯周病患者ではどのようなことが起こっていると考えられるだろうか? 重度歯周病患者唾液1 mL中にはP. gingivalisが106オーダーで含まれると言われる(15)15) B. von Troil-Lindén, H. Torkko, S. Alaluusua, H. Jousimies-Somer & S. Asikainen: J. Dent. Res., 74, 1789 (1995)..ヒトは1日に1~1.5 Lもの唾液を産生し飲み込んでいる.さらにP. gingivalisが口腔細菌叢に占める比率は0.8%程度(16)16) P. S. Kumar, E. J. Leys, J. M. Bryk, F. J. Martinez, M. L. Moeschberger & A. L. Griffen: J. Clin. Microbiol., 44, 3665 (2006).であることを考慮すると,重度歯周病患者はP. gingivalisのみで109から1010オーダー,口腔細菌全体では1012から1013オーダーの細菌を毎日飲み込んでいることになる.健康な歯周組織をもつヒトでも口腔内には細菌が棲息しているが,口腔の細菌叢は腸内の細菌叢と構成が大きく異なることから(17)17) O. Koren, A. Spor, J. Felin, F. Fak, J. Stombaugh, V. Tremaroli, C. J. Behre, R. Knight, B. Fagerberg, R. E. Ley et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108(Suppl. 1), 4592 (2011).,健康な腸内細菌叢も飲み込まれた口腔細菌による影響を少なからず受けている可能性がある.しかし,もしdysbiosis状態の病的口腔細菌を毎日大量に飲み込むことで腸内細菌のバランスが崩れ,有害細菌の比率が高まり,有害物質が増加するような状況が継続すると,歯周病によって腸管機能に肥満で見られるような状態が生じ,さまざまな疾患の発症リスクが増大することを合理的に説明できることになる.さらに,歯周病が関連する疾患と腸内細菌叢のdysbiosisが関連する疾患には共通するものが多い.
われわれはこれまでの研究でC57BL/6マウスに口腔からP. gingivalis W83株を投与することにより全身的な炎症状態(急性期タンパク質,IL-6の上昇),脂質代謝の変動(ヒトにおける脂質異常症と同様の変化),血管の炎症反応が誘導されることを報告している.そこで同様の実験を行い,今度はグルコース負荷試験,インスリン負荷試験を行うと同時に精巣上体脂肪組織,肝臓の炎症性変化,遺伝子発現変動について解析した.さらに糖代謝,炎症と腸内細菌の変化を明らかにするために,回腸細菌菌叢を16S sRNA遺伝子を網羅的に解析した(10)10) K. Arimatsu, H. Yamada, H. Miyazawa, T. Minagawa, M. Nakajima, M. I. Ryder, K. Gotoh, D. Motooka, S. Nakamura, T. Iida et al.: Sci. Rep., 4, 4828 (2014)..
その結果,P. gingivalis投与により,耐糖能異常とインスリン抵抗性が誘導されることが明らかになった.脂肪組織における炎症はインスリン抵抗性を誘導することが知られている.脂肪組織ではマクロファージの浸潤が見られ,インスリン抵抗性関連遺伝子発現の上昇,インスリン感受性関連遺伝子の発現低下が認められた.TNF-α, IL-1β, IL-6などの炎症性サイトカイン遺伝子発現は有意に上昇していた.とくにTNF-αはタンパク質レベルでの産生上昇も明らかになった.
肝臓においては脂肪組織と同様,TNF-α, IL-6遺伝子発現の上昇が認められた.さらに,脂肪蓄積に関与する遺伝子発現の上昇と関連して脂肪滴の蓄積,中性脂肪量の増加が認められた.
P. gingivalis口腔投与に伴って腸内細菌叢はバクテロイデス門の比率が増加し,フィルミキューテス門の比率が低下した.Operational Taxonomy Unit(OUT)解析によりバクテロシデス目に属する細菌群の比率が上昇していることが明らかになった.P. gingivalisは分類学上この群に含まれるが,解析の結果,投与したP. gingivalisの定着・増殖によるものではなく,ほかの細菌種の変動によることが推察された.
P. gingivalis投与による腸内細菌叢の変化は腸管バリア機能に重要な役割を演じているタイト結合タンパク質の遺伝子発現を低下させるとともに,さまざまな炎症性サイトカイン遺伝子の発現の上昇とも関連していた.さらに,小腸型アルカリフォスファターゼ遺伝子の発現も抑制した.小腸型アルカリフォスファターゼ遺伝子を欠損させたマウスでは血中内毒素レベルの上昇を来たし,ヒト非アルコール性脂肪肝疾患と類似した表現型を示すことが知られている(18)18) K. Kaliannan, S. R. Hamarneh, K. P. Economopoulos, S. Nasrin Alam, O. Moaven, P. Patel, N. S. Malo, M. Ray, S. M. Abtahi, N. Muhammad et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 7003 (2013)..これら遺伝子発現の変化と同時に,血中のエンドトキシンレベルも上昇させた.さらに,P. gingivalisを僅か1回投与するだけでこうした変化が誘導されることも明らかになった(19)19) M. Nakajima, K. Arimatsu, T. Kato, Y. Matsuda, T. Minagawa, N. Takahashi, H. Ohno & K. Yamazaki: PLoS ONE, 10, e0134234 (2015)..
近年,口腔内細菌叢と腸内細菌叢の関連を示唆する報告が相次いでいる.2014年,Nature誌に,肝硬変患者の腸内細菌叢を解析したところ口腔由来と思われる細菌が高頻度に検出され,その比率が疾患の重症度と相関したとの論文が発表された(20)20) N. Qin, F. Yang, A. Li, E. Prifti, Y. Chen, L. Shao, J. Guo, E. Le Chatelier, J. Yao, L. Wu et al.: Nature, 513, 59 (2014)..また,動脈硬化病変などの血管病変中の細菌DNAを歯周病の有無により解析すると,歯周病を有する場合に口腔細菌とともに腸内細菌群が高頻度に検出されたことが報告された(9)9) Z. Armingohar, J. J. Jorgensen, A. K. Kristoffersen, E. Abesha-Belay & I. Olsen: J. Oral Microbiol., 6, (2014)..これらの結果は,いったん飲み込まれた口腔細菌が腸管から再び全身循環に入る可能性を強く示唆する.われわれはマウスにおいて歯周病原細菌であるP. gingivalisを口腔から投与すると,肥満モデルや糖尿病モデルマウスで見られるのと同様に,腸内細菌叢が変動すると同時に腸管バリア機能を司るタイトジャンクションタンパク質の発現低下,血中内毒素レベルが上昇することを明らかにした.腸内細菌叢の変化は動脈硬化症,糖尿病,関節リウマチ,非アルコール性脂肪肝疾患,肥満など歯周病が関連する疾患のリスクファクターであることが明らかになってきている.大量に飲み込まれる歯周病原細菌が腸内細菌叢を変動させるというマウスにおける実験結果は,従来の仮説では十分に説明することができなかった歯周病と全身疾患の関連の因果関係を説明するのに合理的な生物学的分子基盤を提供すると考える.(図5図5■歯周病と全身を結ぶ新たなメカニズム).今後,P. gingivalis以外の口腔細菌の影響,変動する腸内細菌の同定と病因との関連,代謝物の変化とその影響,免疫系への作用などを統合的に解析することで,口腔細菌叢の腸内細菌叢への影響を介した全身の健康へのかかわりの解明が期待される.
Reference
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