解説

真正細菌フィルミクテス門に属する枯草菌の代謝制御の分子生物学の過去半世紀の展開

Current Half a Century Development of Molecular Biology of Metabolic Regulation of Bacillus subtilis, a Bacterium of Firmicutes

Yasutaro Fujita

藤田 泰太郎

福山大学生命工学部生物工学科

Published: 2016-08-20

真正細菌フィルミクテス門の枯草菌とプロテオバクテリア門の大腸菌の代謝経路を比較すると,解糖系,糖新生,TCAサイクル,ペントースリン酸回路,アミノ酸・塩基合成などの主要な代謝経路の酵素タンパク質は,糖新生にかかわる酵素タンパク質にオルソログの欠落が見られるが,ほぼ保存されている.しかしながら,枯草菌と大腸菌の分子レベルでの代謝制御機作となると両者の間でほとんど保存されていない.筆者は過去半世紀近く,主に枯草菌のカタボライト制御と緊縮転写制御の分子レベルでの解明に取り組んできた.この長年にわたる研究成果をゲノムの塩基配列決定の迅速化とオミックス解析を含む遺伝子発現解析技法の進展とを絡めて解説する.

はじめに

生物界は,rRNA配列に基づいて,古細菌ドメイン,真正細菌ドメイン(Eubacteria),真核生物ドメインに三分される.真正細菌ドメインとは,sn-グリセロール3-リン酸の脂肪酸エステルより構成される細胞膜をもつ原核生物と定義される.

真正細菌は,膨大な生物量で地球上のあらゆる環境に存在しており,その代謝系は極めて多様である.真正細菌ドメインは29の門を抱合するが,そのうち最も多様性に富む門はプロテオバクテリア門(Proteobacteria)である.リポ多糖からなる外膜をもちグラム陰性のプロテオバクテリア門は7つの綱を含むが,大腸菌はガンマプロテオバクテリア綱に属し,ミトコンドリアはアルファプロテオバクテリア綱に属する.プロテオバクテリア門の次に多様性に富む門がフィルミクテス門(Firmicutes)である.このフィルミクテス門と放線菌門がグラム陽性菌と総称されるが,低GC含量(40~55%で40%前後のものが多い)のグラム陽性菌がフィルミクテス門であり,高GC含量のものが放線菌門である.学名のフィルミクテスは細胞壁の強固な構造(firmus強固,cutis皮膚)に由来している.この門には特徴的な耐久構造である胞子を形成する能力をもつ種が広い分類範囲に含まれることから,胞子形成能力をもった偏性嫌気性の祖先から進化してきたと考えられる.フィルミクテス門は5つの綱を有するが,そのうちよく知られているのが,バシラス綱(Bacilli)とクロストリジウム綱(Clostridia)である.バシラス綱にはバシラス目とラクトバシラス目があり,バシラス目には胞子を形成する種が多く含まれ枯草菌やブドウ球菌が代表例である.細菌兵器として知られる猛毒の炭疽菌も含まれる.ラクトバシラス目には無胞子で乳酸発酵をする種(乳酸菌や連鎖球菌)が多く含まれる.偏性嫌気性のクロストリジウム綱の代表的なクロストリジウム目には,アセトン–ブタノール生産菌,破傷風菌やボツリヌス菌が含まれる.

真正細菌の代謝とその制御系の分子生物学研究のさきがけとなったのは,グラム陰性のプロテオバクテリア門に属する大腸菌のラクトース分解系酵素遺伝子の発現系である.1961年F. JacobとJ. Monodはラクトース分解系酵素の誘導現象を説明するオペロン説を提唱した.オペロン説とは,遺伝子情報を担うオペロンの転写のリプレッサーが転写のプロモーター領域のオペレーター配列に結合してその転写を抑制するが,誘導物質がリプレッサーに付くとそれを不活性化させオペレーターから解離させることにより,オペロンの転写を脱抑制するという作業仮説である.この負の転写制御のオペロン説はラクトース分解系の遺伝子発現研究で見事に実証された.さらにこのラクトースオペロンのカタボライト抑制からの解除は転写の正の制御系によって引き起こされることが明らかにされた(1, 2)1) J. R. Beckwith & D. Zipser: “The lactose operon,” Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1970.2) R. R. Arditti, L. Eron, G. Zubay, G. Tocchini-Valentini, S. Gonnaway & J. Beckwith: Cold Spring Harb. Symp. Quant. Biol., 35, 437 (1970)..ラクトースなどの異化遺伝子の転写のプロモーター活性は本来低く活性化されなければ十分機能しない.しかし,培地のグルコースがなくなるとサイクリックAMP(cAMP)の合成が高まり,cAMPとその受容タンパク質(CRP)の複合体が形成される.この複合体がラクトース異化遺伝子のプロモーターの上流のシス配列に結合するとプロモーターの活性化が引き起こされる.すなわち,カタボライト抑制からの解除とはcAMP/CRP複合体による転写プロモーターの活性化による,正の転写制御系であることが明らかにされた(1, 2)1) J. R. Beckwith & D. Zipser: “The lactose operon,” Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1970.2) R. R. Arditti, L. Eron, G. Zubay, G. Tocchini-Valentini, S. Gonnaway & J. Beckwith: Cold Spring Harb. Symp. Quant. Biol., 35, 437 (1970)..このラクトースオペロンの制御系の解明により,真正細菌の遺伝子発現系は負の制御系を基本にしているとみなされ,また真正細菌の異化系オペロンのカタボライト抑制からの解除はcAMP/CRP複合体の関与する正の制御系で説明できると考えられるようになった.

1970年代半ば,筆者は米国立衛生研究所(NIH)のE. Freese博士のもとで,枯草菌のイノシトール異化にかかわるイノシトール脱水素酵素誘導のカタボライト抑制の研究に従事していた.枯草菌などのフィルミクテス門の真正細菌は一般にcAMPをもたず,大腸菌で明らかにされたカタボライト抑制を説明する正の制御系が働きえないと考え,この未知のカタボライト抑制機構の分子機作を解明しようとしていた.筆者は,枯草菌のグルコースなどの代謝されやすい炭素源によるカタボライト抑制が作動するためには,これら炭素源が代謝されフルクトース–ビスリン酸(FBP)の細胞内濃度が上昇する必要があるということを見いだした(3)3) E. Freese & Y. Fujita: “Control of enzyme synthesis during growth and sporulation: Microbiology—1976,” ed. by D. Schlessinger, American Society for Microbiology, 1976, p. 164..このことは,枯草菌のカタボライト抑制機構は大腸菌の正の制御系のカタボライト抑制機構とは全く異なるものであることを示唆した.後年,筆者らが明らかにした枯草菌のカタボライト制御タンパク質A(CcpA)が関与する負の制御系のカタボライト抑制機構は後述する.

枯草菌の異化系オペロンの遺伝子構成と機能およびその発現制御系の解明

1960年前後より大腸菌や枯草菌の遺伝学が進展した.1970年代半ばより遺伝子クローニング技術が発展し,1980年頃にMaxam–Gilvert法が,さらに1980年代半ばにはSangerのdideoxy法が開発され,一般の実験室で遺伝子の塩基配列を容易に決定することが可能となった.1990年初頭にはdideoxy法を用いたDNAシーケンサーが造られ,1990年代半ばより真正細菌や酵母のゲノムの全塩基配列が決定されるようになった.

枯草菌のオペロンの塩基配列は1980年代半ばの若干前から決定されるようになり,オペロンの構成,転写の様相およびその機能が報告され始めた.その後さまざまなオペロンの塩基配列が決定され,その機能が明らかにされていった.そして,日本と欧州の国際協力プロジェクトにより,1997年に枯草菌ゲノムの全塩基配列が決定されるに至った(4, 5)4) F. Kunst, N. Ogasawara, I. Moszer, A. M. Albertini, G. Alloni, V. Azevedo, M. G. Bertero, P. Bessières, A. Bolotin, S. Borchert et al.: Nature, 390, 249 (1997).5) 藤田泰太郎:化学と生物,36, 106 (1998)..以下,筆者らが分子レベルで詳細に解析した枯草菌の異化オペロンとレギュロンを挙げる.いずれもCcpAに依存するカタボライト抑制を受ける.

1. グルコン酸オペロン

グルコースの酸化物であるグルコン酸(gluconic acid)は植物残渣を含む土壌中に多く含まれ,土壌微生物の一つである枯草菌はグルコン酸を炭素源として利用できる.枯草菌グルコン酸オペロン(gntR–gntK–gntP–gntZ)は,筆者らにより最初に分子生物学的に解明された真正細菌のグルコン酸異化系である(6~8)6) Y. Fujita, T. Fujita, Y. Miwa, J. Nihashi & Y. Aratani: J. Biol. Chem., 261, 13744 (1986).7) Y. Fujita & T. Fujita: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 84, 4524 (1987).8) 藤田泰太郎:生化学,60, 436 (1988)..グルコン酸を菌体内に取り込み(GntP),リン酸化して(GntK)ペントースリン酸回路に乗せる.グルコン酸オペロンはグルコン酸で誘導され,カタボライト抑制を受ける.GntRはグルコン酸オペロンのリプレッサーであり,プロモーター領域のパリンドロム配列(5′半配列はATA CTT GTA)を認識して結合する.GntRは誘導物質のグルコン酸で不活性化され,グルコン酸オペロンの発現を脱抑制する(9, 10)9) Y. Miwa & Y. Fujita: J. Biol. Chem., 263, 13252 (1988).10) Y. Fujita & Y. Miwa: J. Biol. Chem., 264, 4201 (1989)..このグルコン酸によるグルコン酸オペロンの誘導系は,大腸菌などのガンマプロテオバクテリア網の腸内細菌以外の遺伝子発現系でオペロン説が作動していることを明らかにした最初の系である.大腸菌は枯草菌と異なりペントースリン酸回路のグルコン酸6-リン酸からの分岐経路であるエントナードウドロフ経路を有する.大腸菌のグルコン酸異化系には負と正の制御系が絡み,枯草菌のグルコン酸異化系より複雑に制御される.

筆者らが解析した枯草菌のGntRリプレッサーにちなんで,真正細菌の最も構成メンバーの多いDNA結合転写制御タンパク質のファミリーがGntRファミリーと名付けられ,汎用されている.ちなみに,そのほかの著名なファミリーは,DeoR, LysR, LacI, TetR, AraCなどである.また,筆者らはこのグルコン酸オペロンを研究対象にして枯草菌のカタボライト抑制機構の分子機作を解明した.

2. イノシトールレギュロン

イノシトール(myo-inositol)は植物のリン貯蔵態であるフィチン酸として土壌中に多く存在する.枯草菌はフィチン酸を分解し,イノシトールを炭素源として利用する.枯草菌のイノシトール異化系は,3オペロン(イノシトールオペロン(iolA–iolB–iolC–iolD–iolF–iolG–iolH)とそれに逆向きに転写されるiolR–iolSおよび独立に存在するiolT)からなるイノシトールレギュロンを構成している.IolTとIolFはイノシトールを取り込み,IolA, IolB, IolC, IolD, IolG(イノシトール脱水素酵素)とIolHにより異化され,イノシトールは最終的にジヒドロキシアセトンリン酸とアセチルCoAと炭酸ガスに分解される(11~13)11) K. Yoshida, D. Aoyama, I. Ishio, T. Shibayama & Y. Fujita: J. Bacteriol., 179, 4591 (1997).12) K. Yoshida, T. Shibayama, D. Aoyama & Y. Fujita: J. Mol. Biol., 285, 917 (1999).13) K. Yoshida, M. Yamaguchi, T. Morinaga, M. Kinehara, M. Ikeuchi, H. Ashida & Y. Fujita: J. Biol. Chem., 283, 10415 (2008)..DeoRファミリーに属するIolRが,3オペロン(iolABCDEFGH, iolRSiolT)のリプレッサーであり,これら3オペロンのプロモーター領域に存在するタンデムダイレクト反復配列(WRAYCAANA; WはAまたはT, RはAまたはG, YはCまたはT, Nは4塩基のいずれか)を認識して結合する.DeoRファミリーのリプレッサーを不活性化させる細胞内誘導物質は当該炭素源の異化系の中間産物であることが多い.イノシトールレギュロンのリプレッサーであるIolRの細胞内誘導物質は,イノシトール異化経路の中間産物である2-デオキシ-5-ケトグルコン酸6-リン酸であることを明らかにした.

筆者らの枯草菌イノシトールレギュロンの解明は真正細菌のイノシトール異化系の分子レベルでの研究を先導するものとなり,その後のイノシトール異化系研究の標準レギュロンとなっている.ちなみに,大腸菌はイノシトール異化系遺伝子をもたず,イノシトールを資化できない.

3. ラムノースオペロン

ラムノース(L-rhamnose)は植物細胞壁の主成分であるペクチンのガラクツロナン(galacturonan)の構成成分あるいはフラボノイドなどの配糖体であり,土壌の植物残渣にかなりの量含まれる.枯草菌はラムノースを炭素源として利用できる.最近,筆者らは,枯草菌ラムノースオペロンの遺伝子構成(rhaEW–rhaR–rhaB–rhaM–rhaA)と転写制御機作および機能を明らかにした(14)14) K. Hirooka, Y. Kodoi, T. Satomura & Y. Fujita: J. Bacteriol., 198, 830 (2016)..ラムノースはRhaAにより異性化され,RhaBによりリン酸化されラムヌロース-1-リン酸を生成する.ラムヌロース-1-リン酸はさらに分解され,最終的に乳酸とグリセルアルデヒド-3-リン酸になる.RhaRはラムノースオペロンのリプレッサーでDeoRファミリーに属する.RhaRは,ラムノースオペロンのプロモーター領域にあるダイレクト反復配列(CAA AAAWAA)を認識して結合する.ラムノースから生成するRhaRの細胞内誘導物質はラムヌロース-1-リン酸であることを明らかにした.

大腸菌のラムノース異化系およびその制御系は枯草菌とはかなり異なっている.大腸菌ラムノース異化系は3オペロンから成り立ち,その発現誘導はラムノースで活性化されるAraCファミリーに属する転写活性化因子RhaSとRhaRによって引き起こされる.

枯草菌のカタボライト制御ネットワーク

1. カタボライト制御機構の解明

1970年,大腸菌のカタボライト抑制はcAMP/CRP複合体による正の制御として見事に解明された.しかしながら,cAMPを有しない枯草菌のカタボライト抑制にこの制御系が適用されるはずがなかった.この未知のカタボライト抑制機構の解明の端緒となったのは,1980年代末のα-アミラーゼ遺伝子(amyE)の発現のカタボライト抑制に関与するCcpAとそのDNA結合シス配列,TGT AAG CGG TTA ACA(後に,カタボライト応答エレメント(cre)と呼ばれる)の発見である(15, 16)15) W. L. Nicholson, Y. K. Park, T. M. Henkin, M. Won, M. J. Weickert, J. A. Gaskell & G. H. Chambliss: J. Mol. Biol., 198, 609 (1987).16) M. J. Weickert & G. H. Chambliss: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87, 6238 (1990)..その後CcpAとcre配列の変異株はグルコン酸キナーゼなど多くの異化系酵素のカタボライト抑制を解除することが明らかにされた.

先に述べたように,イノシトール脱水素酵素の誘導(グルコン酸キナーゼやアセトイン脱水素酵素でも)のカタボライト抑制が作動するためにはグルコースなどの代謝されやすい炭素源が代謝されFBPの細胞内濃度が上がらなくてはならないことを明らかにした.真正細菌のホスホトランスフェラーゼシステム(PTS系)は,グルコースなどの炭水化物の取り込みに関与する.大腸菌のPTS系のヒスチジン含有タンパク質(HPr)と異なり,枯草菌のHPrのSer-46のリン酸化がFBPで賦活化されるので,このことが枯草菌のカタボライト抑制と関連しているのではないかと示唆された.実際にHPrのSer-46の置換変異株ではグルコン酸キナーゼなどの異化系酵素誘導のカタボライト抑制が解除されていた(17)17) J. Deutscher, J. Reizer, C. Fischer, A. Galinier, M. H. Saier Jr. & M. Steinmetz: J. Bacteriol., 176, 3336 (1994)..そして,CcpA変異でカタボライト抑制が解除される異化酵素は,HPrのSer-46の変異でもカタボライト抑制から解除されていた.このことはCcpAとP–Ser–HPrが協働して,あるいはこれらの複合体がカタボライト抑制に関与しているのではないかと考えられた.1995年,筆者らは,フットプリント解析により,CcpAがP–Ser–HPrと複合体を形成し,この複合体がグルコン酸オペロンのcreに特異的に強く結合することを明らかにし,図1図1■枯草菌のカタボライト制御の分子機作に示す枯草菌のカタボライト抑制を説明する分子機作を提唱した(18)18) Y. Fujita, Y. Miwa, A. Galinier & J. Deutscher: Mol. Microbiol., 17, 953 (1995)..そこに至る経緯は筆者のまとめた総説に詳しい(19)19) Y. Fujita: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 245 (2009).

図1■枯草菌のカタボライト制御の分子機作

培地中のグルコースなどの代謝されやすい炭素源が菌体内に取り込まれて解糖系のFBPの濃度を上昇させる.FBPは,HPrタンパク質のセリン残基(46位)を特異的にリン酸化するATP依存性のプロテインキナーゼの賦活剤であり,FBPの濃度上昇によりHPrのセリン残基のリン酸化が促進され細胞内のP–Ser–HPrタンパク質の濃度が上昇する.そこで,CcpAタンパク質がP–Ser–HPrタンパク質と複合体を形成し,標的オペロンのカタボライト応答配列(cre)を認識し結合してカタボライト制御を引き起こす.creが標的オペロンのプロモーターの“−35”領域の上流にあれば,カタボライト活性化を引き起こす.また,creが“−35”領域の下流のプロモーター領域,あるいは転写開始点のかなり下流または遺伝子コード領域にある場合はカタボライト抑制を引き起こす.前者はCcpA/P–Ser–HPr複合体のcreへの結合に起因する立体障害による転写抑制であり,後者はこの複合体による転写伸長のロードブロックである.本カタボライト制御機構はフィルミクテス門(グラム陽性で低GC)の真正細菌に広く適用される.

これまでの枯草菌のカタボライト制御の研究により,種々の代謝オペロンの50を超えるcre配列が同定されており(19, 20)19) Y. Fujita: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 245 (2009).20) Y. Miwa, A. Nakata, A. Ogiwara, M. Yamamoto & Y. Fujita: Nucleic Acids Res., 28, 1206 (2000).,そのコンセンサス配列はWTGNAARCGNWWWCAである.そのうちの半数近くのcreが遺伝子のコード領域に存在する.CcpAとP–Ser–HPrの複合体は標的オペロンのcreに結合して転写を制御するが,その転写開始点(+1)とcreとの相対的位置関係により転写が抑制されるか,あるいは活性化されるかが決まる(19)19) Y. Fujita: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 245 (2009).図1図1■枯草菌のカタボライト制御の分子機作).多くの異化オペロンのように,そのcreが転写のプロモーターの“−35”領域より下流にあればcreに結合した複合体により転写が抑制される,すなわち負に制御される.そのうち,gntオペロンのようにcreが転写開始点からかなり下流にあれば,creに結合した複合体が転写の伸張をブロックする転写ロードブロックにより転写が中断される.しかしながら,ilv–leuオペロンのようにこの複合体が転写プロモーターの“−35”領域の上流のcreと結合して同一面に結合するRNAポリメラーゼと相互作用できれば転写が活性化される(21)21) Y. Fujita, T. Satomura, S. Tojo & K. Hirooka: J. Bacteriol., 196, 3793 (2014).,すなわち正に制御される.

以上の枯草菌で明らかにされたカタボライト制御の分子機作は,広くフィルミクテス門の真正細菌のカタボライト制御に適用できると考えられている.

2. 代謝ネットワークのカタボライト制御

1997年,枯草菌ゲノムの全塩基配列の公表により,枯草菌研究はポストゲノムシーケンス時代に入った.まず,日欧の新たな国際協力プロジェクト「枯草菌ゲノムの機能解析」が始まった.すなわちゲノムの全遺伝子(4,000余り)のうち機能未知遺伝子と機能推定可能遺伝子を体系的に破壊し,破壊株の表現型を解析し,破壊遺伝子の機能を明らかすることである.このプロジェクトで,枯草菌の必須遺伝子を除くすべての機能未知および機能推定可能遺伝子の破壊株を作製することができたが(22)22) K. Kobayashi, S. D. Ehrlich, A. Albertini, G. Amati, K. K. Andersen, M. Arnaud, K. Asai, S. Ashikaga, S. Aymerich, P. Bessieres et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 4678 (2003).,現在までに新たに機能が推察できたものは100足らずに過ぎない.もう一つのポストゲノムシーケンス時代の研究手法はオミックス(-omics)解析である.筆者は,枯草菌のトランスクリプトーム,プロテオーム,メタボローム解析とすべてのオミックス解析にかかわったが,特にトランスクリプトーム解析のうちDNAマイクロアレイ解析を積極的に推進させた.すなわち枯草菌のDNAマイクロアレイを作製し,それを用いた遺伝子発現解析技術を確立させた.シグマ因子,二成分制御系の応答制御タンパク質,あるいはヘリックス–ターン–ヘリックス(HTH)転写制御タンパク質の破壊株を用いた体系的なDNAマイクロアレイ解析を精力的に進め,わが国の真正細菌のDNAマイクロアレイ解析を先導した(23, 24)23) 藤田泰太郎:化学と生物,40, 544 (2002).24) 山口弘毅,吉田健一,藤田泰太郎:生化学,75, 407 (2003)..筆者らのDNAマイクロアレイ解析結果の公表の皮切は,枯草菌のカタボライト制御のDNAマイクロアレイ解析であった(25)25) K. Yoshida, K. Kobayashi, Y. Miwa, C.-M. Kang, M. Matsunaga, H. Yamaguchi, S. Tojo, M. Yamamoto, R. Nishi, N. Ogasawara et al.: Nucleic Acids Res., 29, 683 (2001).

図2図2■枯草菌のCcpA依存カタボライト制御と緊縮転写制御のネットワークの枯草菌の代謝制御ネットワークのカタボライト制御は,CcpAが関与するカタボライト制御に伴う代謝制御ネットワークの変動を示すものである.これらカタボライト制御の個々の知見は,プレあるいはポストゲノムシーケンス時代の国内外のカタボライト制御研究およびDNAマイクロアレイ解析の成果を集約したものである(19)19) Y. Fujita: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 245 (2009)..枯草菌ゲノムには300近くの遺伝子がCcpAに依存するカタボライト制御のもとにあると思われるが,図2図2■枯草菌のCcpA依存カタボライト制御と緊縮転写制御のネットワークに示しているのはCcpAに依存したカタボライト制御の作動が実証されたものだけである.

図2■枯草菌のCcpA依存カタボライト制御と緊縮転写制御のネットワーク

CcpAとP–Ser–HPrの複合体によりカタボライト活性化される遺伝子とオペロンの産物を赤字で示している.グルコースで増殖しているとき,細胞外に余剰の酢酸とアセトインを細胞外に分泌するが,この複合体はそれら各々の合成遺伝子(ackAptaおよびalsSD)をカタボライト活性化させる.また,この複合体は分岐鎖アミノ酸合成オペロン(ilv–leu)を活性化させ,グルタミン酸合成酵素遺伝子gltABを間接的に活性化する.直接あるいは間接に活性化される経路は各々赤色の直線または破線で示している.一方,CcpA/P–Ser–HPrの複合体は,緑で示されている数多くの遺伝子あるいはオペロンをカタボライト抑制する.それらは炭素,窒素,リン酸代謝にかかわる多くの遺伝子,TCAサイクルの入口のcitZ,TCAサイクルの中間体の取り込みにかかわるいくつかの遺伝子,さらに呼吸系にかかわる遺伝子群である.カタボライト活性化を受けたilv–leuオペロンは分岐鎖アミノ酸過多状態と窒素源制限状態でそれぞれCodYとTnrAで負に制御される.これら代謝遺伝子のうち,正の緊縮転写制御を受けるものをPS(赤)で,負の緊縮転写制御を受けるものをNS(青)で示す.このように,CcpAに依存した代謝制御ネットワークが,グルコース有無の培地条件で細胞を最も効率良く増殖させるため,異化と同化代謝を協調させている.

グルコースで増殖する細胞は余剰炭素を酢酸とアセトインとして分泌するが,CcpA/P–Ser–HPr複合体はその合成遺伝子(ackAptaおよびalsSD)をカタボライト活性化させる.また,この複合体は分岐鎖アミノ酸合成オペロン(ilv–leu)を活性化させ,グルタミン酸合成酵素遺伝子gltABを間接的に活性化させる.一方,CcpA/P–Ser–HPr複合体は,数多くの異化系オペロンをカタボライト抑制する.それらは炭素,窒素,リン酸代謝にかかわる多くの遺伝子,TCAサイクル入口のcitZ, TCAサイクルの中間体の取り込みにかかわるいくつかの遺伝子さらに呼吸系にかかわる遺伝子群である.これらカタボライト制御を受ける遺伝子群の詳細は,図2図2■枯草菌のCcpA依存カタボライト制御と緊縮転写制御のネットワークと総説(19)19) Y. Fujita: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 245 (2009).を参照されたい.

CcpA依存カタボライト制御と脂肪酸分解,窒素源代謝およびアミノ酸合成ネットワークとのリンク

1. CcpA依存カタボライト抑制と脂肪酸分解系とのリンク

数多くのHTH転写制御タンパク質遺伝子の破壊株を用いたDNAマイクロアレイ解析により,その制御タンパク質の標的オペロンを特定する研究を精力的に行った.機能未知の転写制御タンパク質の標的オペロンの探索で特筆すべき例は,TetRファミリーのYsiA(のちFadRと命名)の標的オペロンの探索で,FadRは脂肪酸のβ-酸化にかかわる次の5つのオペロンを標的にしていたことである.すなわち,FadRはlcfA–fadR–fadB–eftB–eftA, lcfB, fadM–fadN–fadA–fadE, fadH–fadG,およびfadF–acdA–rpoEのリプレッサーであり,これらの5オペロンがFadRレギュロンを構成している.そして,このFadRの細胞内誘導物質は長鎖アシル-CoAであり,これによりこれら5オペロンが脱抑制される(26, 27)26) H. Matsuoka, K. Hirooka & Y. Fujita: J. Biol. Chem., 282, 5180 (2007).27) Y. Fujita, H. Matsuoka & K. Hirooka: Mol. Microbiol., 66, 829 (2007).図3図3■枯草菌の脂肪酸β-酸化レギュロンの解明とそのカタボライト抑制は枯草菌の脂肪酸β-酸化サイクルで,そのサイクルに関与している酵素タンパク質が示してある.これらのタンパク質はlcfA–fadR–fadB–eftB–eftA, lcfB, fadN–fadA–fadEの3オペロンにコードされている.これらオペロンの最も上流の遺伝子(lcfA, lcfBfadN)のコード領域にそれぞれcreが存在する.すなわちCcpA/P–Ser–HPr複合体のcreへの結合に起因する転写のロードブロックによるカタボライト抑制を受ける(28)28) S. Tojo, T. Satomura, H. Matsuoka, K. Hirooka & Y. Fujita: J. Bacteriol., 193, 2388 (2011)..このように,枯草菌のCcpA/P–Ser–HPrによるカタボライト抑制は,脂肪酸のβ-酸化ネットワークとリンクしていると言える.

図3■枯草菌の脂肪酸β-酸化レギュロンの解明とそのカタボライト抑制

FadRはFadRボックス(濃青色)に結合してFadRレギュロン(lcfA–fadR–fadB–eftB–eftAlcfB, fadM–fadN–fadA–fadEfadH–fadGfadF–acdA–rpoE)の転写を抑える.FadRの細胞内誘導物質は長鎖アシル-CoAである.脂肪酸β酸化サイクル(右側)に関与する酵素タンパク質(LcfA, FadEなど)を示している.これらのタンパク質は上側の3オペロン(薄黄色)にコードされている.これらオペロンの最も上流の遺伝子(lcfAlcfBfadN)のコード領域にカタボライト応答エレメント(cre)(赤色)が存在し,CcpA/P–Ser–HPr複合体が結合し,転写のロードブロックに起因するカタボライト抑制を受ける.

枯草菌の脂肪酸β-酸化はFadRにより負に制御されており細胞内誘導物質の長鎖アシル-CoAにより転写抑制が解除されるのに対し,脂肪酸合成はFapRにより負に制御され,その誘導物質はマロニル-CoAである.一方,大腸菌のFadRはGntRファミリーに属しており,脂肪酸のβ-酸化を抑制し,脂肪酸酸化を活性化している.このFadRも細胞内誘導物質である長鎖アシル-CoAにより不活性化される(27)27) Y. Fujita, H. Matsuoka & K. Hirooka: Mol. Microbiol., 66, 829 (2007).

2. 分岐鎖アミノ酸合成のCcpA依存カタボライト活性化と窒素代謝ネットワークとのリンク

分岐鎖アミノ酸はタンパク質の疎水性のコアを形成するため,タンパク質合成に多量の分岐鎖アミノ酸が必要とされる.分岐鎖アミノ酸(ilv–leu)オペロン(ilvBHC–leuBCD)は,ピルピン酸からバリンとロイシンを,またピルビン酸とトレオニンからイソロイシンを合成する一連の酵素群をコードする(図4図4■枯草菌分岐鎖アミノ酸オペロン(ilv–leu)とそのCcpA, CodYとTnrAによる制御).CcpA欠損変異株を用いたDNAマイクロアレイ解析で,ilv–leuは直接CcpA依存カタボライト活性化を受けていることがわかった(図2図2■枯草菌のCcpA依存カタボライト制御と緊縮転写制御のネットワーク).ちなみに,ccpA変異株は最少培地に分岐鎖アミノ酸を加えなければ増殖できない.CcpAと同様にグローバルな窒素代謝制御因子であるCodYまたはTnrA欠損変異株を用いたDNAマイクロアレイ解析を行ったところ(29, 30)29) V. Molle, Y. Nakaura, R. P. Shivers, H. Yamaguchi, R. Losick, Y. Fujita & A. L. Sonenshein: J. Bacteriol., 185, 1911 (2003).30) K. Yoshida, H. Yamaguchi, M. Kinehara, Y. Ohki, Y. Nakaura & Y. Fujita: Mol. Microbiol., 49, 157 (2003).ilv–leuオペロンをCodYとTnrAが異なる窒素供給条件に応答してそれぞれ負に制御することが判明した(図4図4■枯草菌分岐鎖アミノ酸オペロン(ilv–leu)とそのCcpA, CodYとTnrAによる制御).

図4■枯草菌分岐鎖アミノ酸オペロン(ilv–leu)とそのCcpA, CodYとTnrAによる制御

分岐鎖オペロン(ilvBHC–leuBCD)は,ピルピン酸からバリンとロイシンを,またピルビン酸とトレオニンからイソロイシンを合成する一連の酵素群をコードする.ilv–leuオペロンはCcpA, CodYおよびTnrAレギュロンの一員である.したがって,このオペロンはグルコースを炭素源として増殖の際はCcpA/P–Ser–HPrで活性化されるが,富分岐鎖アミノ酸状態ではCodYによりこの活性化が阻害され,窒素制限状態ではTnrAによって阻害される.なお,CodYあるいはTnrAの標的オペロンのうち,赤字のオペロンは活性化され,濃青のオペロンは抑制される.

CodYは,細胞を窒素源に富む培地で増殖させるときは通常発現しないオペロン群のGTP結合性リプレッサーである(31)31) M. Ratnayake-Lecamwasam, P. Serror, K. W. Wong & A. L. Sonenshein: Genes Dev., 15, 1093 (2001)..高濃度のGTPがCodYリプレッサーを活性化する,すなわち,CodYはGTP濃度に反映される細胞のエネルギー容量の尺度として機能する.CodYはまた,分岐鎖アミノ酸と相互作用することでも活性化され,ilv–leuなどの標的のプロモーター領域のCodY結合配列に結合して抑制する(32)32) R. P. Shivers & A. L. Sonenshein: Mol. Microbiol., 53, 599 (2004)..このように,CodYは生体内の分岐鎖アミノ酸濃度を通じた細胞の栄養状態の尺度としても機能する(図4図4■枯草菌分岐鎖アミノ酸オペロン(ilv–leu)とそのCcpA, CodYとTnrAによる制御).一方,TnrAは,グルタミン酸のみを窒素源とするなどの窒素制限状態で活性化状態となり,窒素源の供給にかかわる遺伝子群を正または負に制御する.窒素源の過剰なときには細胞内のグルタミンなどの濃度が十分となり,グルタミン合成酵素(GlnA)のフィードバック阻害が引き起こされる.フィードバック阻害されたGlnAはTnrAと複合体を形成してTnrAを捉え,遊離TnrAの細胞内濃度を減じ,標的オペロンを脱制御する(33)33) L. V. Wray Jr., J. M. Zalieckas & S. H. Fisher: Cell, 107, 427 (2001)..反対に,窒素源が制限されている状況ではTnrAはGlnAから解離し,アンモニア輸送にかかわるnrgやグルタミン酸合成遺伝子gltABなどの標的オペロンのTnrAボックスに結合し,その転写を活性化あるいは抑制する(図4図4■枯草菌分岐鎖アミノ酸オペロン(ilv–leu)とそのCcpA, CodYとTnrAによる制御).

枯草菌をグルコースを含む培地で増殖させた場合,CcpA/P–Ser–HPr複合体がilv–leuオペロンプロモーターの“−35”領域の上流のcreに結合してカタボライト活性化する(21, 34, 35)21) Y. Fujita, T. Satomura, S. Tojo & K. Hirooka: J. Bacteriol., 196, 3793 (2014).34) S. Tojo, T. Satomura, K. Morisaki, J. Deutscher, K. Hirooka & Y. Fujita: Mol. Microbiol., 56, 1560 (2005).35) R. P. Shivers & A. L. Sonenshein: Mol. Microbiol., 56, 1549 (2005)..細胞内にイソロイシンなどの分岐鎖アミノ酸が十分量存在するとCodYと相互作用し,CodYを活性化する.活性化したCodYはilv–leuのCodY結合部位に強く結合し,creに付いたCcpA/P–Ser–HPr複合体をcreから剥がし,カタボライト活性化を無効化する.一方,窒素制限培地で増殖させるとTnrAがilv–leuのTnrA-ボックスに結合し,DNA湾曲させる.そして,TnrAボックス結合したTnrAがcreに結合したCcpA/P–Ser–HPrとが相互作用する.この相互作用が,creに結合したCcpA/P–Ser–HPrによるカタボライト活性化を無効化する.

分岐鎖アミノ酸が富む状態でのilv–leuのカタボライト活性化のCodYによる無効化は一種のフィードバック制御である.また,窒素源制限状態でのTnrAによる,ilv–leuのカタボライト活性化の無効化は,分岐鎖アミノ酸合成を窒素源の供給状況に合わせるものである(図2図2■枯草菌のCcpA依存カタボライト制御と緊縮転写制御のネットワーク).また,分岐鎖アミノ酸合成の増加は分岐鎖ケト酸の合成を促進し,分岐鎖脂肪酸を主体とする枯草菌の細胞膜合成を高め細胞の増殖を促す(36)36) 小笠原直毅,藤田泰太郎,饗場浩文,加藤潤一,大森正之,鈴木石根:蛋白質核酸酵素,50, 2191 (2005).図2図2■枯草菌のCcpA依存カタボライト制御と緊縮転写制御のネットワーク).

一方,細胞が速く増殖するには,アミノ酸などの含窒素化合物の合成のためのアミノ基給与体であるグルタミン酸が十分量存在することが必要である.枯草菌のccpA変異株はグルタミン酸を十分合成できないため,グルコース/アンモニア培地で速く増殖できない.ccpA変異株ではCcpA/P–Ser–HPr複合体によるグルタミン酸の分解によるグルタミン酸脱水素酵素遺伝子rocGのカタボライト抑制がかからない.培地中にグルコースが存在すると,カタボライト抑制によりRocGの合成が抑えられ,細胞内のグルタミン酸が分解されなくなる.同時にRocGがなくなるとグルタミン酸合成オペロン(gltAB)の活性化因子GlcCをトラップできなくなり,遊離のGltCがgltABオペロンを活性化しグルタミン酸を十分量合成するようになる(37)37) F. M. Commichau, C. Herzberg, P. Tripal, O. Valerius & J. Stülke: Mol. Microbiol., 65, 642 (2007)..このrocGのカタボライト抑制に起因するgltABの間接的な活性化がグルタミン酸の供給を高める.すなわち,グルコースのような代謝されやすい良質の炭素源の存在が,グルタミン酸合成を高めてアミノ基の同化を促し,良質な炭素源の異化とアミノ基の供給とをリンクさせるのである(図2図2■枯草菌のCcpA依存カタボライト制御と緊縮転写制御のネットワーク).以上のように,グルコースのような良質の炭素源がある場合,タンパク質の主要アミノ酸である分岐鎖アミノ酸合成を高め,枯草菌細胞膜の主要脂肪酸である分岐鎖脂肪酸の合成を促し,さらにアミノ酸のような含窒素化合物へのアミノ基供与体であるグルタミン酸を十分量合成し,細胞増殖を高めるといった,グローバルな代謝制御ネットワークが形成されているのである(19)19) Y. Fujita: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 245 (2009).図2図2■枯草菌のCcpA依存カタボライト制御と緊縮転写制御のネットワーク).

緊縮転写制御による代謝制御

ここまで代謝制御ネットワークのCcpAに依存するカタボライト制御を論じてきた.CcpA, CodYやTnrA以外のグローバルな代謝制御にかかわるDNA結合転写制御因子として,特にCggRとCcpNを挙げる.CggRは解糖系のうちグリセルアルデヒド-3-リン酸からホスホエノールピルビン酸に至る過程を担う酵素群がコードされるgapAオペロンを抑制する.細胞内のFBP濃度が増加するとCggRは不活性化して,gapAオペロンを脱抑制し,解糖作用を高める(19)19) Y. Fujita: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 245 (2009)..反対に,CcpNは糖新生に特化した酵素(PckAとGapB)の合成を抑制しているが,糖新生時に活性化されるYgfLと相互作用して不活性化すると糖新生が高まる.また,同化および異化オペロンの転写中断あるいは翻訳制御にmRNAと相互作用するRNA結合タンパク質や低分子化合物のリボスイッチが数多く知られているが,それらの詳細な制御機構は紙面の都合のため割愛する.

前述のCcpA, CodY,およびTnrAによるilv–leuオペロンの発現制御研究の過程で,このオペロンがアミノ酸飢餓の緊縮条件にさらされると正の緊縮転写制御を受けることを明らかにした(38, 39)38) S. Tojo, T. Satomura, K. Kumamoto, K. Hirooka & Y. Fujita: J. Bacteriol., 190, 6134 (2008).39) L. Krásný, H. Tišerová, J. Jonák, D. Rejman & H. Sanderová: Mol. Microbiol., 69, 42 (2008)..この正の緊縮転写制御が作動するためには転写開始点がアデニンであることが必須であった.一方,グルコースのPTS系をコードするptsGHIオペロンは負の緊縮転写制御の下にあり,この負の緊縮転写制御が作動するには転写開始点がグアニンであらねばならなかった(40)40) S. Tojo, K. Kumamoto, K. Hirooka & Y. Fujita: J. Bacteriol., 192, 1573 (2010)..次に大腸菌とは異なる枯草菌の緊縮転写制御の分子機作を述べる.

1. 枯草菌と大腸菌の緊縮転写制御の分子機作

図5図5■枯草菌と大腸菌の緊縮転写制御の分子機作の比較は大腸菌の緊縮転写制御の分子機作と最近明らかになった枯草菌の緊縮転写制御の分子機作とを比較したものである(41, 42)41) Y. Fujita, S. Tojo & K. Hirooka: “Stringent transcription control of Escherichia coli and Bacillus subtilis : Escherichia coli and Bacillus subtilis; The frontiers of molecular microbiology revisited, 2012,” ed. by Y. Sadaie & K. Matsumoto, Research Signpost, 2012, p. 179.42) A. Kriel, A. N. Bittner, S. H. Kim, K. Liu, A. K. Tehranchi, W. Y. Zou, S. Rendon, R. Chen, B. P. Tu & J. D. Wang: Mol. Cell, 48, 231 (2012)..細胞をアミノ酸飢餓などの緊縮状態に曝すとリボソームに結び付いたRelAが活性化され,ATPとGDPあるいはGTPからppGppまたはpppGppを生成する.大腸菌では(p)ppGppはRNAポリメラーゼと相互作用して,標的緊縮オペロンのプロモーター配列に依存して正あるいは負に制御する.

図5■枯草菌と大腸菌の緊縮転写制御の分子機作の比較

アミノ酸飢餓で(p)ppGppはRelAによりGDTまたはGTPのATPからのピロリン酸化で合成される.大腸菌の場合,(p)ppGppはDksAの助けでRNAポリメラーゼ(RNAP)と相互作用して緊縮転写制御を引き起こす.αCTP(α)はUPエレメントと相互作用してRNAPを活性化する.FisとH-NSはそれぞれRNAPを活性化あるいは抑制をする.iNTPは転写開始ヌクレオチドで,リボソームRNA遺伝子のP1プロモーターのiNTPはATPで,ATP濃度の上昇によりその転写が活性化される.枯草菌の場合,(p)ppGppはGMPキナーゼを阻害し,GTPを減少させる(人為的にGMP合成酵素阻害剤のデコイニンを添加してもGTPの減少を引き起こすことができる).このGTP減少がフィードバック制御によりATP濃度を増加させる.iNTPがGTPの負の緊縮遺伝子は負の転写制御を受け,iNTPがATPの正の緊縮遺伝子は正の転写制御を受ける.この緊縮転写制御機作の詳細は筆者らの総説41)41) Y. Fujita, S. Tojo & K. Hirooka: “Stringent transcription control of Escherichia coli and Bacillus subtilis : Escherichia coli and Bacillus subtilis; The frontiers of molecular microbiology revisited, 2012,” ed. by Y. Sadaie & K. Matsumoto, Research Signpost, 2012, p. 179.および論文44)44) S. Tojo, K. Hirooka & Y. Fujita: J. Bacteriol., 195, 1656 (2013).に記載されている.プリン合成系の中間産物の略語は次のとおりである;PRPP, ホスホリボシルピロリン酸,IMP, イノシン一リン酸,XMP, キサンチン一リン酸,SAMP, アデニロコハク酸.

枯草菌では最近まで(p)ppGppはIMP脱水素酵素を阻害してGTP合成を抑えると考えられてきたが,最近(p)ppGppの標的はIMP脱水素酵素ではなくGMPキナーゼであり,その阻害によりGTP合成が抑えられることが判明した(42)42) A. Kriel, A. N. Bittner, S. H. Kim, K. Liu, A. K. Tehranchi, W. Y. Zou, S. Rendon, R. Chen, B. P. Tu & J. D. Wang: Mol. Cell, 48, 231 (2012)..このGTP濃度の低下がフィードバック制御によりIMP合成を高めATP濃度の上昇につながる.負の緊縮転写制御を受けるオペロンでは,転写開始ヌクレオチド(iNTP)はGTPであり,緊縮制御時の細胞内GTP濃度が初期転写複合体形成のKm値よりも下がることで,転写開始反応速度が著しく低下する.反対にiNTPがATPの正の緊縮制御オペロンでは,緊縮制御時に転写開始反応の基質であるATPの細胞内濃度が上昇し,転写開始反応速度が高まる.

このような枯草菌で新たに立証された転写開始点のプリン塩基種に依存する緊縮転写制御機構は,フィルミクテス門細菌の緊縮転写制御に広く適用されると思われる.後述するように,枯草菌で負の制御を受ける緊縮遺伝子群は,リボソームRNAおよびタンパク質,炭水化物代謝のキー酵素の遺伝子などで,正の制御を受けるのはアミノ酸合成や胞子形成初期遺伝子などで,両方合わせて数百種に及ぶと想定される.この緊縮転写制御機構は,生物進化の過程で転写制御因子が現れる前の極めて初期に確立した系である可能性が高く,細菌のみならず広く生物全般にわたって本緊縮制御系が転写制御の基層として現在も作動していると思われる.枯草菌ではこの制御系が大腸菌に比較して色濃く残っていると考える.

2. 枯草菌の緊縮転写制御オペロン

筆者らがDNAマイクロアレイ解析で緊縮応答時あるいはGMP合成酵素阻害剤のデコイニン添加時に正または負に発現が変動することを検出し,さらにそれをin vivoあるいはin vitroで実証した遺伝子のプロモーター(P)は次のとおりである(38~40)38) S. Tojo, T. Satomura, K. Kumamoto, K. Hirooka & Y. Fujita: J. Bacteriol., 190, 6134 (2008).39) L. Krásný, H. Tišerová, J. Jonák, D. Rejman & H. Sanderová: Mol. Microbiol., 69, 42 (2008).40) S. Tojo, K. Kumamoto, K. Hirooka & Y. Fujita: J. Bacteriol., 192, 1573 (2010)..負の緊縮転写制御を受けるものは,グルコースのPTS系のPptsGHI,ピルビン酸脱水素酵素のPpdhABCD,リボソームRNA遺伝子のP1rrnOとP1rrnBである.正の緊縮制御を受けるものは分岐鎖アミノ酸合成のPilv–leu,ピルビン酸カルボキシラーゼのPpycA,アセトイン合成酵素のPalsSD,胞子形成トリガーのPkinAとPkinB,翻訳伸長因子のPtufA,オリゴペプチド輸送系のPappP,分岐鎖アミノ酸アミノ転移酵素のPywaAである.そのうち太字で表した緊縮転写制御を受ける代謝オペロンを図2図2■枯草菌のCcpA依存カタボライト制御と緊縮転写制御のネットワークに示す.枯草菌細胞がアミノ酸飢餓に曝されて緊縮応答すると,PTS系によるグルコースの取り込みが低下し,解糖系への炭素供給が減少する.さらに,ピルビン酸脱水素酵素合成の低下により,アセチル-CoAの供給が減じる.したがって,脂肪酸合成やTCAサイクルの回転が滞る.一方,ピルビン酸そのものおよびピルビン酸カルボキシラーゼの合成が上がることによりオキサロ酢酸が増加し,分岐鎖アミノ酸などの合成が高まる.このように枯草菌はアミノ酸飢餓に対応した極めて合理的な緊縮制御ネットワークを作動させている(図2図2■枯草菌のCcpA依存カタボライト制御と緊縮転写制御のネットワーク).

枯草菌胞子形成がいかに代謝制御されるかは,シグマカスケードを主軸とする胞子形成過程の遺伝子発現制御機構(41, 43)41) Y. Fujita, S. Tojo & K. Hirooka: “Stringent transcription control of Escherichia coli and Bacillus subtilis : Escherichia coli and Bacillus subtilis; The frontiers of molecular microbiology revisited, 2012,” ed. by Y. Sadaie & K. Matsumoto, Research Signpost, 2012, p. 179.43) 藤田泰太郎:微生物,5, 301 (1989).が明確になった今日でも,最大の謎として残されている.胞子形成が緊縮応答で誘導されること,およびGTPの合成の低下が胞子形成を引き起こすことは以前より知られていた.胞子形成のトリガーであるセンサーキナーゼ(KinAとKinB)が自己リン酸化され,そのリン酸をリン酸リレー系で最終的にSpo0Aに渡し,胞子形成を始動させるが,最近筆者らはKinAとKinBの合成が正の緊縮転写制御の下にあることを明らかにした(41, 44)41) Y. Fujita, S. Tojo & K. Hirooka: “Stringent transcription control of Escherichia coli and Bacillus subtilis : Escherichia coli and Bacillus subtilis; The frontiers of molecular microbiology revisited, 2012,” ed. by Y. Sadaie & K. Matsumoto, Research Signpost, 2012, p. 179.44) S. Tojo, K. Hirooka & Y. Fujita: J. Bacteriol., 195, 1656 (2013)..緊縮状態に曝された細胞でRelAが合成した(p)ppGppがGMPキナーゼを阻害するか,あるいは培地に添加したデコイニンがGMP合成酵素を阻害してGTPの濃度を低下させると,フィードバック制御によりATPの濃度が上昇し,正の緊縮転写制御でKinBとKinAの合成を高め,胞子形成をトリガーするというものである.この学説の詳細は筆者らの総説(41)41) Y. Fujita, S. Tojo & K. Hirooka: “Stringent transcription control of Escherichia coli and Bacillus subtilis : Escherichia coli and Bacillus subtilis; The frontiers of molecular microbiology revisited, 2012,” ed. by Y. Sadaie & K. Matsumoto, Research Signpost, 2012, p. 179.ならびに論文(44)44) S. Tojo, K. Hirooka & Y. Fujita: J. Bacteriol., 195, 1656 (2013).を参照されたい.近い将来に,この学説が国際的に胞子形成の代謝制御の定説として確立されることを期待している.

真正細菌フィルミクテス門の枯草菌とプロテオバクテリア門の大腸菌の代謝系およびその制御系の比較

糖新生にかかわるフルクトースビスフォスファターゼのような例外(45)45) Y. Fujita, K. Yoshida, Y. Miwa, N. Yanai, E. Nagakawa & Y. Kasahara: J. Bacteriol., 180, 4309 (1998).を除いて,枯草菌と大腸菌の主要な異化および同化経路の酵素のほとんどがお互いオルソログをもっている.すなわち,解糖系,TCAサイクル,5炭糖リン酸回路,アミノ酸・塩基合成系などに関与する大部分の代謝酵素遺伝子は,その共通の祖先遺伝子から進化したものである.しかしながら,先述のように枯草菌と大腸菌の糖代謝・窒素代謝などのグローバルな転写制御因子や個々の異化・同化系オペロンの発現制御系にかかわる転写制御因子にはほとんどホモロジーがなく,お互いに機能が類似したオペロンのDNA結合転写制御因子でも同じファミリーに属することはまれである.また,転写開始後にmRNAと相互作用して転写を中断させるRNA結合転写制御因子も枯草菌と大腸菌では分子系統学的に明確に異なる.さらに,真正細菌の基盤的な制御系である緊縮転写制御においても,(p)ppGppの標的が大腸菌ではRNAポリメラ-ゼであるが,枯草菌ではGMPキナーゼであり根本的に異なる.加えて,枯草菌の緊縮転写制御は緊縮オペロンの転写開始点のプリン塩基種に依存し,アデニンならば正の,グアニンならば負の緊縮制御を受け,緊縮制御時の細胞内でのそれぞれATPの増加とGTP減少に依存している.以上のようにフィルミクテス門の枯草菌の代謝制御系とそれにかかわる転写制御因子は,プロテオバクテリア門の大腸菌とは全く異なる.大腸菌の代謝制御系とその転写因子の共通性はプロテオバクテリア門の細菌にのみ認められるものであるのに対し,枯草菌の代謝制御系とその転写因子の共通性はフィルミクテス門の細菌にのみ認められる.

真正細菌フィルミクテス門とプロテオバクテリア門には数多くの有用細菌や病原菌を含んでいる.それらの有用物質や毒素の生産の制御には代謝制御因子が深くかかわっている.フィルミクテス門での有用物質や毒素の生産の制御を考えるには,枯草菌とその類縁細菌の代謝制御系と代謝制御因子を鑑み,プロテオバクテリア門細菌に関しては,大腸菌とその類縁細菌の代謝制御系と代謝制御因子を参考にするのが肝要である.

筆者の過去半世紀に及ぼうとする研究歴および研究業績は,藤田泰太郎 – 研究者 – researchmap (http://researchmap.jp/read0035996)に詳しい.本稿に引用している文献の多くが一般に公開されているが,これらの学術論文,総説などは,このサイトからダウンロードできる.

Acknowledgments

過去半世紀近くの「枯草菌の代謝制御の分子生物学の展開」に筆者と共著論文を発表した次に挙げる国内外の研究者に心からの謝意と敬意を表する.故・Ernst Freese, Robert Ramaley, 飯島忠子(米国立衛生研究所での共著論文),藤田民枝,二橋純一,河村富士夫,故・斉藤日向(浜松医科大学での共著論文),三輪泰彦,吉田健一,広岡和丈,東條繁郎,里村武範,松岡浩史,山口弘毅,Choong-Min Kang, 熊本香名子,小笠原直毅,小林和夫,笠原康裕,関口順一,芹沢昌邦,山根國男,田中暉夫,小倉光雄,定家義人,浅井 計,越智幸三,稲岡隆史,西岡孝明,Josef Deutscher, S. Dusko Ehrlich, Stéphane Aymerich, Abraham L. Sonenshein(福山大学での共著論文)(敬称略).

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