セミナー室

細胞外核酸を利用した簡便で迅速な形質転換系の確立

Shinya Kaneko

金子 真也

東京工業大学生命理工学院

Mitsuhiro Itaya

板谷 光泰

慶應義塾大学先端生命科学研究所

Published: 2016-08-20

はじめに

微生物間で生じるDNAの水平伝播(Horizontal Gene Transfer; HGT)は自然界での微生物の多様性に大きく貢献していることが知られている(1, 2)1) M. G. Lorenz & W. Wackernagel: Microbiol. Rev., 58, 563 (1994).2) S. Kaneko & M. Itaya: Nucleic Acids and Molecular Biology, 25, 39 (2010)..HGTの分子メカニズムは,ファージによる「形質導入(transduction)」,type IV secretion systemによる「接合伝達(conjugation)」,そして細胞外核酸による「自然形質転換(natural genetic transformation)」の3つに大別される.前2者ではDNAはファージ粒子や接合伝達タンパク質に保護された状態で伝播するので効率は高いが,宿主特異域が狭いのが一般的で水平伝播の対象菌種が限られる場合が多い.これに対して「自然形質転換」ではDNAを受け取る菌(recipientと呼称)が溶液状態のDNAを取り込む分子機構から,伝播するDNAの供与菌(donorと呼称)の生死は特別関係なく,溶液状態でのDNAの安定性に依存する.形質転換のこの性質は,大腸菌でのクローニング操作において試験管内で構築されたベクターとDNAのライゲーション産物が溶液状態であることを考えれば理解できるだろう.図1図1■一般的なクローニング,形質転換技術と細胞外核酸を利用する形質転換法に示すように研究室で一般に行われる形質転換(従来法)では,大腸菌でのクローニングだけでなく,得られたプラスミドDNAをほかの宿主(たとえば枯草菌)に形質転換で導入するプロセスには,生化学的手法によるDNAの分離・精製が必要であった.つまり生物学的にも化学的にも「きれいなDNA(の溶液)」を得ることが形質転換には必須な実験操作だと考えられていた.ところが形質転換には「きれいなDNA」は必須ではない,生化学的精製は不要であることをわれわれは偶然発見した.この概略は図2図2■ネガティブコントロールが動いて,細胞外核酸の存在新発見に示す.われわれはラムダベクターを用いて大腸菌でクローニングされた遺伝子を枯草菌のラムダ組み込み部位に移動させる系を構築しようとしていた(3)3) M. Itaya: Mol. Gen. Genet., 248, 9 (1995)..大腸菌でクローニングされたDNAを枯草菌に速やかに移動させる系を構築するのはわれわれの長年の目的の一つであり,遺伝子工学的な操作を枯草菌でも行える利点に加えて水平伝播過程の解明にもつながると期待していた.多少複雑な昔日の遺伝子工学的手法なので以下数行(次のセクション)と図2図2■ネガティブコントロールが動いて,細胞外核酸の存在新発見は飛ばして読んでいただいても構わない.

図1■一般的なクローニング,形質転換技術と細胞外核酸を利用する形質転換法

大腸菌でクローニングしたプラスミドDNAを枯草菌に導入する場合,従来法ではプラスミドDNAを生化学的手法により精製する操作を必要とした.図2図2■ネガティブコントロールが動いて,細胞外核酸の存在新発見で発見された細胞外核酸は精製が全く不要で,直接枯草菌へ導入できるために迅速かつ簡便に行える.「溶菌法」と呼称するのは本文参照.プラスミドDNAは超らせん構造(super coil)として示した.

図2■ネガティブコントロールが動いて,細胞外核酸の存在新発見

ラムダgt11ベクターにクローニングされたDNA断片を溶菌液から調製して枯草菌へ導入する実験を計画:株(A)を用いる.溶菌液ではファージ以外のDNAは分解されることを確かめるために,枯草菌でも複製できるシャトルプラスミドを保持させた株(B)を用いる.株(B)では速やかに分解されて何も起こらないネカティブコントロールになるはずだった.しかし株(B)の溶菌液を用いるとシャトルプラスミドが枯草菌へ導入され,ラムダの溶菌液中では,プラスミドは安定な細胞外核酸であることを発見した.

ラムダ誘発で溶菌される大腸菌が保持していたプラスミドは予想外に安定:ネガティブコントロールから細胞外核酸の発見に

ラムダgt11と呼ばれるベクターは対象のDNAをクローンしたまま大腸菌で30°Cでは溶原化する.ラムダgt11は温度感受性なので,37°C以上で培養するとラムダ遺伝子群が誘発された後ファージ粒子が形成され,溶菌して溶液は透明になる(図2図2■ネガティブコントロールが動いて,細胞外核酸の存在新発見).ラムダが誘発した溶菌液中のDNAは,ファージ粒子内に保護されたラムダDNAと断片化された大腸菌のゲノムだけである.当時われわれは,ファージ粒子内のDNAを簡単な処理で精製し枯草菌へ移動させる系に取り組んでいた.大腸菌が溶菌するとラムダ粒子で保護されているラムダDNA以外は培養液にさらされ,速やかに分解すると考えるのが当時の(ひょっとして今でも)常識であった.速やかに分解するのを確認するために,プラスミドDNAを保持させた大腸菌を溶菌させ,溶菌液をコンピテント枯草菌に加えた.このプラスミドは枯草菌でも複製可能なので,当初の予想では溶菌液中でプラスミドは大腸菌のゲノムと同様に断片化され,枯草菌が取り込める完全なプラスミドDNA分子はない,したがって枯草菌に移ることはないと考えていた.すなわちネガティブコントロールとして使用したはずだったが,驚いたことにこのプラスミドを取り込んだ多数の枯草菌コロニーが生じてしまったのである.

ラムダ誘発による細胞外核酸系の確立に向けて

半信半疑で再現性を何度も確認したのちに以下の着想に至った.われわれは活性を有する(つまり枯草菌で複製できる)細胞外核酸を観察しており,これを詳細に解析することによって,大腸菌のプラスミドDNAは溶菌するだけで細胞外核酸となり,形質転換のDNAソースとして準備できるだろう.生化学的な精製過程は全く必要としないので,自然界で生じる水平伝播による形質転換もうまく説明できる系になるかもしれない.さらにわれわれの技術領域に関連する重要な問題点は,DNAのサイズである.DNAはプラスミドでもゲノムでも高分子ポリマーであるためサイズが大きくなると物理的に擦り切れて損傷を受けやすい.したがって巨大なサイズのDNAは試験管での精製操作が非常に困難となる.生化学的な精製操作を含まない溶菌法による細胞外核酸のサイズの限界も明らかにする必要があった.

細胞外核酸の証明

プラスミドDNAを保持するラムダ溶原株の大腸菌を用いて図3図3■細胞外核酸を用いた形質転換体数の経時変化に示す実験を行った.溶原化したラムダは温度感受性のリプレッサーcI857変異株なので大腸菌は30°Cでは通常どおりに培養できるが,37°C以上ではcI857リプレッサーが変性してラムダ遺伝子群が誘導開始されファージ粒子の形成とともに溶菌する(図3図3■細胞外核酸を用いた形質転換体数の経時変化).この溶菌液と等量のコンピテント枯草菌を混合し,37°Cで1時間共培養したあと,枯草菌コロニーを選択培地で得た.使用したプラスミドDNA, pGETSGFP(図3図3■細胞外核酸を用いた形質転換体数の経時変化)は大腸菌–枯草菌で複製可能なシャトルで,特徴は枯草菌でのみ発現するプロモーターの下流にGFP遺伝子を有する.得られた枯草菌コロニーはすべてGFPが発現しており(文献(4)のFig. 3),枯草菌から精製したプラスミドには構造的な変化もなかった(2, 4)2) S. Kaneko & M. Itaya: Nucleic Acids and Molecular Biology, 25, 39 (2010).4) S. Kaneko & M. Itaya: J. Biochem., 147, 819 (2010)..溶菌液にDNA分解酵素(DNaseI)を加えることで枯草菌コロニーの出現は完全に阻害されることから,pGETSGFPがDNaseIに感受性の細胞外核酸として枯草菌に取り込まれることが示された(2, 4)2) S. Kaneko & M. Itaya: Nucleic Acids and Molecular Biology, 25, 39 (2010).4) S. Kaneko & M. Itaya: J. Biochem., 147, 819 (2010).

図3■細胞外核酸を用いた形質転換体数の経時変化

(上段)ラムダ溶原株は,37°C以上に温度をシフトさせると溶菌が開始され,細胞外核酸(プラスミド)が枯草菌へ取り込まれる.(中段)培養液中の菌体数の変化を示す吸光度グラフ(OD 600).溶菌すると吸光度が減少する.野生型,endA欠損株で溶菌過程の違いはない.(下段)溶菌液を用いた枯草菌の形質転換体コロニー数.野生型では3時間後急激に減少するが,endA欠損株では24時間後でもコロニー数は変化しない.(左下)GFP遺伝子を有するプラスミドpGETSGFP(17.1 kbp: 大腸菌–枯草菌のシャトル)の構造.

細胞外核酸の安定性と形質転換効率:枯草菌への移動キネティックス解析

大腸菌の培養温度を37°Cに上昇させ,溶菌開始後の細胞外核酸pGETSGFPによる枯草菌コロニー出現数の経時変化を図3図3■細胞外核酸を用いた形質転換体数の経時変化に示す.枯草菌のコロニー数は溶菌開始後3時間でピークを示した後,急速に減少し10時間経過すると出現しなくなった.この現象は溶菌の結果,培養液中に放出される大腸菌由来のDNA分解酵素によるものと考え,大腸菌の主要なエンドヌクレアーゼであるendAの欠損株を用いて同様のキネティックスを観察した.その結果,欠損株では溶菌後24時間経過しても枯草菌コロニー数の減少は見られなかった(5)5) M. Itaya, Y. Kawata, M. Sato, M. Tomita & K. Nakahigashi: J. Biochem., 152, 501 (2012)..すなわちendA野生型大腸菌の溶菌液中にはエンドヌクレアーゼが含まれており,細胞外核酸を(徐々に)分解してその結果枯草菌コロニー数が減少すると推測された.エンドヌクレアーゼによる分解過程を調べるために,溶菌液から大腸菌ゲノムとプラスミドを回収してアガロースゲル電気泳動での構造確認を行った.具体的には溶菌開始時(t=0)その後37°Cで振とうし,2, 3, 5, 12, 24時間経過した溶菌液を遠心分離し,上清と沈殿に分画する.両画分からDNAを回収し,アガロースゲル電気泳動で流して観察したところ,興味深い結果が得られた(図4図4■アガロースゲル電気泳動による溶菌液中のDNA形状解析).溶菌液の上清画分からは主に大腸菌ゲノムが回収され,プラスミドはほとんどが沈殿画分から回収された.EcoRV制限酵素での消化結果から,プラスミドはpGETSGFPであり,未消化物(uncut)では環状で超らせん構造を維持していた.野生型大腸菌では,溶菌開始後5時間以降は上清からも沈殿からもDNAがほとんど回収されず,5時間以降枯草菌コロニーが出現しないのは,細胞外核酸(pGETSGFPプラスミド)が分解されたことに起因することが示された(図3, 4図3■細胞外核酸を用いた形質転換体数の経時変化図4■アガロースゲル電気泳動による溶菌液中のDNA形状解析).一方endA欠損株ではゲノム,プラスミドともにDNAは24時間後でも残存しており,量的にも枯草菌コロニーの出現数と一致していた.このキネティクスから導かれる結果は,ラムダ誘発による大腸菌溶菌液での細胞外核酸は内在性エンドヌクレアーゼによる分解を受けるが,完全分解までに数時間を要し,分解前のプラスミドは枯草菌に取り込まれて複製開始できる状態,つまり環状で超らせん構造を保持したままである.内在性エンドヌクレアーゼ以外のDNA分解酵素(DNaseI)を加えると速やかに分解され枯草菌コロニーは全く生じない結果とも一致する.