セミナー室

細胞外核酸を利用した簡便で迅速な形質転換系の確立

Shinya Kaneko

金子 真也

東京工業大学生命理工学院

Mitsuhiro Itaya

板谷 光泰

慶應義塾大学先端生命科学研究所

Published: 2016-08-20

はじめに

微生物間で生じるDNAの水平伝播(Horizontal Gene Transfer; HGT)は自然界での微生物の多様性に大きく貢献していることが知られている(1, 2)1) M. G. Lorenz & W. Wackernagel: Microbiol. Rev., 58, 563 (1994).2) S. Kaneko & M. Itaya: Nucleic Acids and Molecular Biology, 25, 39 (2010)..HGTの分子メカニズムは,ファージによる「形質導入(transduction)」,type IV secretion systemによる「接合伝達(conjugation)」,そして細胞外核酸による「自然形質転換(natural genetic transformation)」の3つに大別される.前2者ではDNAはファージ粒子や接合伝達タンパク質に保護された状態で伝播するので効率は高いが,宿主特異域が狭いのが一般的で水平伝播の対象菌種が限られる場合が多い.これに対して「自然形質転換」ではDNAを受け取る菌(recipientと呼称)が溶液状態のDNAを取り込む分子機構から,伝播するDNAの供与菌(donorと呼称)の生死は特別関係なく,溶液状態でのDNAの安定性に依存する.形質転換のこの性質は,大腸菌でのクローニング操作において試験管内で構築されたベクターとDNAのライゲーション産物が溶液状態であることを考えれば理解できるだろう.図1図1■一般的なクローニング,形質転換技術と細胞外核酸を利用する形質転換法に示すように研究室で一般に行われる形質転換(従来法)では,大腸菌でのクローニングだけでなく,得られたプラスミドDNAをほかの宿主(たとえば枯草菌)に形質転換で導入するプロセスには,生化学的手法によるDNAの分離・精製が必要であった.つまり生物学的にも化学的にも「きれいなDNA(の溶液)」を得ることが形質転換には必須な実験操作だと考えられていた.ところが形質転換には「きれいなDNA」は必須ではない,生化学的精製は不要であることをわれわれは偶然発見した.この概略は図2図2■ネガティブコントロールが動いて,細胞外核酸の存在新発見に示す.われわれはラムダベクターを用いて大腸菌でクローニングされた遺伝子を枯草菌のラムダ組み込み部位に移動させる系を構築しようとしていた(3)3) M. Itaya: Mol. Gen. Genet., 248, 9 (1995)..大腸菌でクローニングされたDNAを枯草菌に速やかに移動させる系を構築するのはわれわれの長年の目的の一つであり,遺伝子工学的な操作を枯草菌でも行える利点に加えて水平伝播過程の解明にもつながると期待していた.多少複雑な昔日の遺伝子工学的手法なので以下数行(次のセクション)と図2図2■ネガティブコントロールが動いて,細胞外核酸の存在新発見は飛ばして読んでいただいても構わない.

図1■一般的なクローニング,形質転換技術と細胞外核酸を利用する形質転換法

大腸菌でクローニングしたプラスミドDNAを枯草菌に導入する場合,従来法ではプラスミドDNAを生化学的手法により精製する操作を必要とした.図2図2■ネガティブコントロールが動いて,細胞外核酸の存在新発見で発見された細胞外核酸は精製が全く不要で,直接枯草菌へ導入できるために迅速かつ簡便に行える.「溶菌法」と呼称するのは本文参照.プラスミドDNAは超らせん構造(super coil)として示した.

図2■ネガティブコントロールが動いて,細胞外核酸の存在新発見

ラムダgt11ベクターにクローニングされたDNA断片を溶菌液から調製して枯草菌へ導入する実験を計画:株(A)を用いる.溶菌液ではファージ以外のDNAは分解されることを確かめるために,枯草菌でも複製できるシャトルプラスミドを保持させた株(B)を用いる.株(B)では速やかに分解されて何も起こらないネカティブコントロールになるはずだった.しかし株(B)の溶菌液を用いるとシャトルプラスミドが枯草菌へ導入され,ラムダの溶菌液中では,プラスミドは安定な細胞外核酸であることを発見した.

ラムダ誘発で溶菌される大腸菌が保持していたプラスミドは予想外に安定:ネガティブコントロールから細胞外核酸の発見に

ラムダgt11と呼ばれるベクターは対象のDNAをクローンしたまま大腸菌で30°Cでは溶原化する.ラムダgt11は温度感受性なので,37°C以上で培養するとラムダ遺伝子群が誘発された後ファージ粒子が形成され,溶菌して溶液は透明になる(図2図2■ネガティブコントロールが動いて,細胞外核酸の存在新発見).ラムダが誘発した溶菌液中のDNAは,ファージ粒子内に保護されたラムダDNAと断片化された大腸菌のゲノムだけである.当時われわれは,ファージ粒子内のDNAを簡単な処理で精製し枯草菌へ移動させる系に取り組んでいた.大腸菌が溶菌するとラムダ粒子で保護されているラムダDNA以外は培養液にさらされ,速やかに分解すると考えるのが当時の(ひょっとして今でも)常識であった.速やかに分解するのを確認するために,プラスミドDNAを保持させた大腸菌を溶菌させ,溶菌液をコンピテント枯草菌に加えた.このプラスミドは枯草菌でも複製可能なので,当初の予想では溶菌液中でプラスミドは大腸菌のゲノムと同様に断片化され,枯草菌が取り込める完全なプラスミドDNA分子はない,したがって枯草菌に移ることはないと考えていた.すなわちネガティブコントロールとして使用したはずだったが,驚いたことにこのプラスミドを取り込んだ多数の枯草菌コロニーが生じてしまったのである.

ラムダ誘発による細胞外核酸系の確立に向けて

半信半疑で再現性を何度も確認したのちに以下の着想に至った.われわれは活性を有する(つまり枯草菌で複製できる)細胞外核酸を観察しており,これを詳細に解析することによって,大腸菌のプラスミドDNAは溶菌するだけで細胞外核酸となり,形質転換のDNAソースとして準備できるだろう.生化学的な精製過程は全く必要としないので,自然界で生じる水平伝播による形質転換もうまく説明できる系になるかもしれない.さらにわれわれの技術領域に関連する重要な問題点は,DNAのサイズである.DNAはプラスミドでもゲノムでも高分子ポリマーであるためサイズが大きくなると物理的に擦り切れて損傷を受けやすい.したがって巨大なサイズのDNAは試験管での精製操作が非常に困難となる.生化学的な精製操作を含まない溶菌法による細胞外核酸のサイズの限界も明らかにする必要があった.

細胞外核酸の証明

プラスミドDNAを保持するラムダ溶原株の大腸菌を用いて図3図3■細胞外核酸を用いた形質転換体数の経時変化に示す実験を行った.溶原化したラムダは温度感受性のリプレッサーcI857変異株なので大腸菌は30°Cでは通常どおりに培養できるが,37°C以上ではcI857リプレッサーが変性してラムダ遺伝子群が誘導開始されファージ粒子の形成とともに溶菌する(図3図3■細胞外核酸を用いた形質転換体数の経時変化).この溶菌液と等量のコンピテント枯草菌を混合し,37°Cで1時間共培養したあと,枯草菌コロニーを選択培地で得た.使用したプラスミドDNA, pGETSGFP(図3図3■細胞外核酸を用いた形質転換体数の経時変化)は大腸菌–枯草菌で複製可能なシャトルで,特徴は枯草菌でのみ発現するプロモーターの下流にGFP遺伝子を有する.得られた枯草菌コロニーはすべてGFPが発現しており(文献(4)のFig. 3),枯草菌から精製したプラスミドには構造的な変化もなかった(2, 4)2) S. Kaneko & M. Itaya: Nucleic Acids and Molecular Biology, 25, 39 (2010).4) S. Kaneko & M. Itaya: J. Biochem., 147, 819 (2010)..溶菌液にDNA分解酵素(DNaseI)を加えることで枯草菌コロニーの出現は完全に阻害されることから,pGETSGFPがDNaseIに感受性の細胞外核酸として枯草菌に取り込まれることが示された(2, 4)2) S. Kaneko & M. Itaya: Nucleic Acids and Molecular Biology, 25, 39 (2010).4) S. Kaneko & M. Itaya: J. Biochem., 147, 819 (2010).

図3■細胞外核酸を用いた形質転換体数の経時変化

(上段)ラムダ溶原株は,37°C以上に温度をシフトさせると溶菌が開始され,細胞外核酸(プラスミド)が枯草菌へ取り込まれる.(中段)培養液中の菌体数の変化を示す吸光度グラフ(OD 600).溶菌すると吸光度が減少する.野生型,endA欠損株で溶菌過程の違いはない.(下段)溶菌液を用いた枯草菌の形質転換体コロニー数.野生型では3時間後急激に減少するが,endA欠損株では24時間後でもコロニー数は変化しない.(左下)GFP遺伝子を有するプラスミドpGETSGFP(17.1 kbp: 大腸菌–枯草菌のシャトル)の構造.

細胞外核酸の安定性と形質転換効率:枯草菌への移動キネティックス解析

大腸菌の培養温度を37°Cに上昇させ,溶菌開始後の細胞外核酸pGETSGFPによる枯草菌コロニー出現数の経時変化を図3図3■細胞外核酸を用いた形質転換体数の経時変化に示す.枯草菌のコロニー数は溶菌開始後3時間でピークを示した後,急速に減少し10時間経過すると出現しなくなった.この現象は溶菌の結果,培養液中に放出される大腸菌由来のDNA分解酵素によるものと考え,大腸菌の主要なエンドヌクレアーゼであるendAの欠損株を用いて同様のキネティックスを観察した.その結果,欠損株では溶菌後24時間経過しても枯草菌コロニー数の減少は見られなかった(5)5) M. Itaya, Y. Kawata, M. Sato, M. Tomita & K. Nakahigashi: J. Biochem., 152, 501 (2012)..すなわちendA野生型大腸菌の溶菌液中にはエンドヌクレアーゼが含まれており,細胞外核酸を(徐々に)分解してその結果枯草菌コロニー数が減少すると推測された.エンドヌクレアーゼによる分解過程を調べるために,溶菌液から大腸菌ゲノムとプラスミドを回収してアガロースゲル電気泳動での構造確認を行った.具体的には溶菌開始時(t=0)その後37°Cで振とうし,2, 3, 5, 12, 24時間経過した溶菌液を遠心分離し,上清と沈殿に分画する.両画分からDNAを回収し,アガロースゲル電気泳動で流して観察したところ,興味深い結果が得られた(図4図4■アガロースゲル電気泳動による溶菌液中のDNA形状解析).溶菌液の上清画分からは主に大腸菌ゲノムが回収され,プラスミドはほとんどが沈殿画分から回収された.EcoRV制限酵素での消化結果から,プラスミドはpGETSGFPであり,未消化物(uncut)では環状で超らせん構造を維持していた.野生型大腸菌では,溶菌開始後5時間以降は上清からも沈殿からもDNAがほとんど回収されず,5時間以降枯草菌コロニーが出現しないのは,細胞外核酸(pGETSGFPプラスミド)が分解されたことに起因することが示された(図3, 4図3■細胞外核酸を用いた形質転換体数の経時変化図4■アガロースゲル電気泳動による溶菌液中のDNA形状解析).一方endA欠損株ではゲノム,プラスミドともにDNAは24時間後でも残存しており,量的にも枯草菌コロニーの出現数と一致していた.このキネティクスから導かれる結果は,ラムダ誘発による大腸菌溶菌液での細胞外核酸は内在性エンドヌクレアーゼによる分解を受けるが,完全分解までに数時間を要し,分解前のプラスミドは枯草菌に取り込まれて複製開始できる状態,つまり環状で超らせん構造を保持したままである.内在性エンドヌクレアーゼ以外のDNA分解酵素(DNaseI)を加えると速やかに分解され枯草菌コロニーは全く生じない結果とも一致する.

図4■アガロースゲル電気泳動による溶菌液中のDNA形状解析

野生型とendA欠損株のラムダ溶原株を培養温度シフト後の時間経過で溶菌液を遠心分離.上清はフェノールクロロフォルムで処理してエタノール沈殿させて精製.沈殿画分は,SDS–アルカリ法でプラスミドDNAを精製.それぞれアガロース電気泳動で分析.上清画分からは大腸菌ゲノムが,沈殿画分からは環状プラスミドが回収され,EcoRV制限酵素処理してpGETSGFPであることが示された.野生型の溶菌液では5時間以降ではDNAがほとんど回収されないが,欠損株からは24時間後でも回収されるDNAの量と質に変化はない.

プラスミドの局在性

われわれにとって興味深いことはエンドヌクレアーゼ野生型,欠損株ともにプラスミドは大部分が沈殿画分に局在しているらしいことである.大腸菌が溶菌するとゲノムは速やかに液体中に放出されるが,プラスミドは(おそらく)壊れた細胞中に多くがとどまっている様子が想像できる.ラムダ誘発による溶菌では,大腸菌細胞がバーストする前の内膜,外膜,細胞壁に穴をあける分子機構が提出されているが(6, 7)6) M. Rajaure, J. Berry, R. Kongari, J. Cahill & R. Young: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 5497 (2015).7) R. Young: J. Microbiol., 52, 243 (2014).,ゲノムDNA溶出やプラスミドDNAの局在性については今のところ情報がない.

ラムダの誘発をかけるのは対数増殖期であり,大腸菌ゲノムは複製中で細胞質全体に広がっているが,プラスミドDNAは超らせん構造でさまざまなタンパク質と複合体を形成しゲノムとは別の空間にいるのではないかと推測される.細胞外核酸のプラスミドが沈殿画分から回収される図4図4■アガロースゲル電気泳動による溶菌液中のDNA形状解析の結果は,想像をたくましくすると,プラスミドは大部分が溶液中には拡散していない状態,つまり大腸菌の残骸に弱く結合した状態にあることで説明できる.環境中で死んだ微生物から放出されたDNAは高次構造を形成するとともにタンパク質や細胞膜と複合体を形成し,さらに土壌の粒子や粘土によって,より複雑な複合体を構築することで分解されず残存していることが報告されており,細胞外核酸は栄養源となるだけでなく遺伝情報として機能していることが指摘されている(1, 2)1) M. G. Lorenz & W. Wackernagel: Microbiol. Rev., 58, 563 (1994).2) S. Kaneko & M. Itaya: Nucleic Acids and Molecular Biology, 25, 39 (2010)..われわれが調べたラムダファージで大腸菌が死滅(溶菌)する系では,細胞外核酸としてのプラスミドは大部分が溶液中に拡散することなく(DNA分解酵素には弱いが)ほかの微生物に移れる状態でいることが実験で示され,環境で起きていることの説明になると考えている.

大腸菌細胞外核酸を利用した形質転換系の評価

大腸菌をラムダファージで溶菌させると,プラスミドを細胞外核酸として含む溶菌液が調製できる.再現性の良い枯草菌への形質転換系をわれわれは「溶菌法」と呼称している.この手法を汎用的なシステムにするためには,いくつかの改善が必要であった.図3図3■細胞外核酸を用いた形質転換体数の経時変化で示したように,溶菌後のプラスミドの安定性にはエンドヌクレアーゼendA欠損株が有効である.実は研究室で頻繁に使用される大腸菌株DH5α, DH10B, DH1, JM109, TOP10, XL1BlueなどはすべてendA欠損株であり,「溶菌法」はどの研究室でもすぐ活用できる.汎用性を高めるためには,溶菌状態を簡便に達成できるのが望ましい.この目的にはビルレントファージであるラムダgt10を感染させることで大腸菌を溶菌させても細胞外核酸を準備できることが確認された(投稿準備中).ビルレントファージを用いれば,図3図3■細胞外核酸を用いた形質転換体数の経時変化で示すような高温感受性の変異ラムダ溶原株を30°Cで培養し溶菌のために37°Cへ温度シフトさせる手間が不要で,プラスミドDNAを保持する大腸菌は通常の37°Cのみで培養できるため簡便な溶菌法となった.ビルレントファージとendA欠損株を用いる改良型の「溶菌法」は操作が単純なためマルチウェルプレートを用いて大規模でハイスループット的な操作にも対応できると見込まれる(未発表).

受容菌ゲノムへの導入,巨大DNAへの適用

前述の大腸菌と枯草菌のシャトルプラスミドpGETSGFPはサイズが約17 kbpで,溶菌法での再現性は極めて安定している.図2図2■ネガティブコントロールが動いて,細胞外核酸の存在新発見でラムダDNAの枯草菌への移動法を探索していたことからもおわかりのように,われわれは枯草菌に100 kbpを超える巨大なDNAを導入する手法の開発を長年手掛けている.ラムダDNAは50 kbp程度のサイズであるが,われわれが発見したラムダで溶菌する手法がどのくらい大きなサイズの細胞外核酸(つまりプラスミドDNA)まで適用できるかを調べた.

BAC(Bacterial artificial chromosome)をプラスミドとして用いれば大腸菌で100 kbpを超えるサイズのDNAをクローニングできるのはよく知られており,われわれはこの目的のために枯草菌にも導入可能なpGETS1036(95 kb),pGETS1023(115 kb),pGETS1021(116 kb)と名づけられた3つのBACクローンを準備した.これらはそれぞれシロイヌナズナのミトコンドリアDNA由来のインサート配列80, 100, 101 kbを保持しており,DNAの構造はパルスフィールド電気泳動によって確認された(2, 8)2) S. Kaneko & M. Itaya: Nucleic Acids and Molecular Biology, 25, 39 (2010).8) M. Itaya & S. Kaneko: Nucleic Acids Res., 38, 2551 (2010)..これらを保持する大腸菌に「溶菌法」を適用した結果,数は少ないものの枯草菌コロニーが形成され,BACクローンが確かに枯草菌に移行していることを確認した(2, 8)2) S. Kaneko & M. Itaya: Nucleic Acids and Molecular Biology, 25, 39 (2010).8) M. Itaya & S. Kaneko: Nucleic Acids Res., 38, 2551 (2010)..「溶菌法」で細胞外核酸は,100 kbを超えるサイズでも有効であることが実証されているのである.これより大きなサイズのDNAは今後の検討課題であるが,大腸菌ゲノムとプラスミドの局在が溶菌後で異なる前述の結果を考慮すると,適用可能なDNAについて今後ますます興味は尽きない.

自然形質転換能を有する受容菌

自然界では外来のDNAを自ら取り込む能力をもつ微生物が意外と多く存在する.こうした能力を自然形質転換能と呼び,その細胞をコンピテント細胞と呼ぶ(1, 2)1) M. G. Lorenz & W. Wackernagel: Microbiol. Rev., 58, 563 (1994).2) S. Kaneko & M. Itaya: Nucleic Acids and Molecular Biology, 25, 39 (2010)..代表的な微生物である枯草菌などの研究から,DNAの取り込みおよびプロセシングシステムにはtype IV piliまたはtype IIのsecretion systemのサブユニットと同様の機能が関与しており,ATPを用いて環境中のDNAを細胞中に取り込む仕組みが明らかになってきた.さらに細胞中に取り込まれたDNAはRecAによるゲノムへの組り込み機構も解明されつつある.興味深いことに微生物のストレスによって誘導されるSOS応答が,DNA取り込みにかかわる機構の活性化に関与していることも報告されている(1, 2)1) M. G. Lorenz & W. Wackernagel: Microbiol. Rev., 58, 563 (1994).2) S. Kaneko & M. Itaya: Nucleic Acids and Molecular Biology, 25, 39 (2010)..こうした自然形質転換能を有する微生物は枯草菌以外に,アシネトバクター,デイノコッカス,ラクチス乳酸菌,シュードモナス,放線菌,黄色ブドウ球菌,シアノバクテリアなど数多く知られている(1, 2)1) M. G. Lorenz & W. Wackernagel: Microbiol. Rev., 58, 563 (1994).2) S. Kaneko & M. Itaya: Nucleic Acids and Molecular Biology, 25, 39 (2010)..最近の報告ではアグロバクテリウムや大腸菌も生育環境によって形質転換可能な細胞,いわゆるコンピテント細胞になることがわかってきた.塩化カルシウムを含む水質に生息する大腸菌などが,いわゆる研究室で塩化カルシウム法により作製したコンピテントセルと同様の性質を有するわけである(2)2) S. Kaneko & M. Itaya: Nucleic Acids and Molecular Biology, 25, 39 (2010).

「溶菌法」の大腸菌–枯草菌以外の適用

溶菌法の汎用性を目指して,枯草菌以外の宿主にも溶菌法が適用できるか検討した.図5図5■大腸菌溶菌法による細胞外核酸の活用に示した自然形質転換能を有する微生物のうち,いくつかについて大腸菌とのシャトルプラスミドを構築して溶菌法の適用を試みた.その結果,大腸菌から枯草菌の場合と同様にコロニーを得ることができ,枯草菌以外の微生物にも適応できることが示された(投稿準備中).自然形質転換能を有する微生物が多く存在していることから,枯草菌だけでなくさまざまな微生物を対象にすることができ,大腸菌で構築したシャトルプラスミドDNAライブラリーを対象として,大腸菌以外の別の宿主で活用するための迅速,簡便な手段になると期待される.100 kbpに達する巨大なDNAでも細胞外核酸として対応できることからも今後の合成ゲノム時代の重要な基盤技術になると予想される.

図5■大腸菌溶菌法による細胞外核酸の活用

大腸菌からプラスミドDNAを細胞外核酸として調製,枯草菌以外にも適用できることを示す.ラムダ溶原性大腸菌endA欠損株などを利用して実施済および検討中の株を示した.汎用性が高いことが期待される.

おわりに

近年,次世代型シーケンサーの登場でさまざまな塩基配列が高速に解読される時代が到来した.これに伴い,実際のDNAを用いた複合的な遺伝子群の産業利用やゲノム自体の解析が今後ますます盛んになると予想される.しかし塩基配列を解読することと解読した生(なま)の高分子DNAを実際に取り扱うこととは大きな隔たりがある.通常プラスミドとして扱えるサイズは数十kbまでであり,前述の大腸菌でのBACや酵母の特殊なベクターであるYAC(Yeast artificial chromosome)を用いれば,100 kb以上の巨大DNA構築は可能である.それらを目的の細胞に移行させる場合,現行の分子生物学的手法ではこれらのDNAをin vitroで精製する操作が必要不可欠である.100 kb以上の巨大DNAはシェアリングなど物理的ダメージを受けやすく,専用キットなどを用いても精製効率が悪いのが現状である.われわれが確立した「溶菌法」を用いれば大腸菌溶菌液を混ぜるだけで目的の菌株に巨大DNAを送り込むことが可能であり,特に今後の合成生物学において簡便,迅速な操作法として有効なツールになるものと期待される.大腸菌から枯草菌への「溶菌法」に関しては,われわれが開発を進めている枯草菌ゲノムを用いたゲノムベクター(9~14)9) M. Itaya, K. Tsuge, M. Koizumi & K. Fujita: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 15971 (2005).10) M. Itaya, K. Fujita, A. Kuroki & K. Tsuge: Nat. Methods, 5, 41 (2008).11) M. Itaya: “Systems Biology and Synthetic Biology,” John Wiley and Sons, Inc., New Jersey, 2009, pp. 155–194.12) T. Iwata, S. Kaneko, Y. Shiwa, T. Enomoto, H. Yoshikawa & J. Hirota: BMC Genomics, 14, 300 (2013).13) S. Kaneko & M. Itaya:“Bacterial Artificial Chromosomes,” INTECH Open Access Publisher, 2011, pp. 119–136.14) M. Itaya, S. Kaneko & K. Tsuge: “Microbial Production From Genome Design to Cell Engineering,” Springer, 2014, p. 35.を有効活用するための重要なツールとなり,大腸菌のDNAライブラリーを用いたゲノム合成に向けて重要な基盤技術になると期待される.

Reference

1) M. G. Lorenz & W. Wackernagel: Microbiol. Rev., 58, 563 (1994).

2) S. Kaneko & M. Itaya: Nucleic Acids and Molecular Biology, 25, 39 (2010).

3) M. Itaya: Mol. Gen. Genet., 248, 9 (1995).

4) S. Kaneko & M. Itaya: J. Biochem., 147, 819 (2010).

5) M. Itaya, Y. Kawata, M. Sato, M. Tomita & K. Nakahigashi: J. Biochem., 152, 501 (2012).

6) M. Rajaure, J. Berry, R. Kongari, J. Cahill & R. Young: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 5497 (2015).

7) R. Young: J. Microbiol., 52, 243 (2014).

8) M. Itaya & S. Kaneko: Nucleic Acids Res., 38, 2551 (2010).

9) M. Itaya, K. Tsuge, M. Koizumi & K. Fujita: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 15971 (2005).

10) M. Itaya, K. Fujita, A. Kuroki & K. Tsuge: Nat. Methods, 5, 41 (2008).

11) M. Itaya: “Systems Biology and Synthetic Biology,” John Wiley and Sons, Inc., New Jersey, 2009, pp. 155–194.

12) T. Iwata, S. Kaneko, Y. Shiwa, T. Enomoto, H. Yoshikawa & J. Hirota: BMC Genomics, 14, 300 (2013).

13) S. Kaneko & M. Itaya:“Bacterial Artificial Chromosomes,” INTECH Open Access Publisher, 2011, pp. 119–136.

14) M. Itaya, S. Kaneko & K. Tsuge: “Microbial Production From Genome Design to Cell Engineering,” Springer, 2014, p. 35.