セミナー室

カテキンシグナリングならびにイメージングの基礎

Yoshinori Fujimura

藤村 由紀

九州大学先端融合医療レドックスナビ研究拠点

Hirofumi Tachibana

立花 宏文

九州大学先端融合医療レドックスナビ研究拠点

九州大学大学院農学研究院

Published: 2016-08-20

はじめに

われわれの体は,さまざまな生体外シグナル因子を感知しながら恒常性を維持しており,病原細菌の侵入に代表される生体外シグナル因子はToll様受容体のような細胞表面受容体で分子認識され,自然免疫系を発動させる.本システムに倣えば,機能性食品因子も生体内標的分子への相互作用により恒常性維持に影響を及ぼす生体シグナル因子と捉えることができる.本稿では,代表的な機能性食品因子の一つである緑茶カテキン(-)-Epigallocatechin-3-O-gallate(EGCG)を生体が感知する仕組みとその挙動を可視化する新たな計測技術を紹介する.

緑茶カテキンEGCGの感知レセプター

緑茶の主要成分のカテキン類には,(-)-Epigallocatechin-3-O-gallate(EGCG),(-)-Epicatechin-3-O-gallate(ECG),(-)-Epigallocatechin(EGC),(-)-Epicatechin(EC)があり(図1図1■緑茶ポリフェノールの化学構造),EGCGはほかのカテキンよりも強い生理活性を示すとともに,茶以外の植物には見いだされていない緑茶特有の成分である(1)1) 衛藤英男ほか編:“新版茶の機能”,農文協,2013..また,前立腺がんの予防作用を示唆する臨床試験(2)2) S. Bettuzzi, M. Brausi, F. Rizzi, G. Castagnetti, G. Peracchia & A. Corti: Cancer Res., 66, 1234 (2006).やEGCGのメチル化体である(-)-Epigallocatechin-3-O-(3-O-methyl)-gallate(EGCG3″Me)を多く含む品種「べにふうき」の摂取による花粉症発症の低減効果などが報告され(3)3) M. Maeda-Yamamoto, K. Ema, M. Monobe, I. Shibuichi, Y. Shinoda, T. Yamamoto & T. Fujisawa: Allergol. Int., 58, 437 (2009).,EGCGの作用機構に関する研究が盛んに行われている.

図1■緑茶ポリフェノールの化学構造

EGCGの生理作用研究は,主に培養細胞をベースとした分子生物学的手法に基づき行われ,EGCGの生体内標的分子として多数の細胞内タンパク質が報告されているが,そのほとんどが生理的濃度からかけ離れた量のEGCGを使用して得られた結果である.そのため,生理的濃度のEGCGの活性発現に関与する真の標的分子の探索が行われた.乳がん細胞表面上のEGCG結合量がレチノイン酸(ATRA)刺激で増加するため,ATRA処理細胞で発現が増大する遺伝子のクローニングの結果,EGCGの細胞表面への結合を担うタンパク質(Kd=40 nM)として67 kDaラミニンレセプター(67LR)が同定された(4)4) H. Tachibana, K. Koga, Y. Fujimura & K. Yamada: Nat. Struct. Mol. Biol., 11, 380 (2004)..67LRはラミニンに結合する細胞膜タンパク質として同定された非インテグリンレセプターであり,悪性度の高いがん細胞に高発現し,その増殖,浸潤,転移などへの関与が知られている(5)5) S. Ménard, V. Castronovo, E. Tagliabue & M. E. Sobel: J. Cell. Biochem., 67, 155 (1997)..また,病原性プリオンタンパク質やSindbis virus, Adeno-associated virus, Dengue virusといったウイルスの受容体としての機能が報告されている(6)6) J. Nelson, N. V. McFerran, G. Pivato, E. Chambers, C. Doherty, D. Steele & D. J. Timson: Biosci. Rep., 28, 33 (2008)..67LR発現をノックダウンしたマウスメラノーマ細胞株B16を移植したマウス腫瘍モデル実験ではEGCGの経口摂取による腫瘍成長抑制作用が67LRの発現抑制で完全に阻害され(7)7) D. Umeda, S. Yano, K. Yamada & H. Tachibana: J. Biol. Chem., 283, 3050 (2008).,67LRが生体内におけるEGCGの抗がん作用を仲介するレセプターであることが明らかとなった.また,その発現がATRAで増強されること(8)8) J. H. Lee, M. Kishikawa, M. Kumazoe, K. Yamada & H. Tachibana: PLoS ONE, 5, e11051 (2010).や低酸素分圧(5%)条件下で逆に低下すること(9)9) S. Tsukamoto, S. Yamashita, Y. H. Kim, M. Kumazoe, Y. Huang, K. Yamada & H. Tachibana: FEBS Lett., 586, 3441 (2012).,さらに,細胞膜マイクロドメイン“脂質ラフト”への局在が見いだされている(10)10) Y. Fujimura, K. Yamada & H. Tachibana: Biochem. Biophys. Res. Commun., 336, 674 (2005)..EGCGの結合部位は161~170番目のアミノ酸残基からなる配列であり(11)11) Y. Fujimura, M. Sumida, K. Sugihara, S. Tsukamoto, K. Yamada & H. Tachibana: PLoS ONE, 7, e37942 (2012).図2A図2■EGCG感知レセプター67LRを介したカテキンシグナリング),このEGCG結合配列はラミニンの結合部位173~178と隣接するとともに,プリオンの結合部位161~179と重複している.

図2■EGCG感知レセプター67LRを介したカテキンシグナリング

A: EGCGのがん細胞増殖抑制作用の発現経路,B: EGCGのアレルギー抑制作用ならびに炎症応答抑制作用の発現経路.

緑茶にはカテキン以外にもカフェインなどの生理活性物質を含むが,EGCG以外の緑茶成分(EC, EGC,カフェイン,ケルセチン)はいずれも67LRの発現量に関係なく細胞表面との結合は観察されず,細胞増殖抑制作用も示さなかった(4)4) H. Tachibana, K. Koga, Y. Fujimura & K. Yamada: Nat. Struct. Mol. Biol., 11, 380 (2004)..また,ガレート型カテキンは細胞表面への高い結合性を示すが,非ガレート型カテキンは細胞表面に結合しないこと,67LR発現をノックダウンさせた細胞では,ガレート型カテキンの細胞表面に対する結合活性が低下した(12)12) Y. Fujimura, D. Umeda, K. Yamada & H. Tachibana: Arch. Biochem. Biophys., 476, 133 (2008)..一方,EGCGと同様にガレート基を有する茶葉成分ストリクチニン(図1図1■緑茶ポリフェノールの化学構造)は細胞表面に結合するが,その結合活性は67LR発現抑制の影響を受けなかったことから,ストリクチニンは67LRには結合しないと考えられた(13)13) Y. H. Kim, Y. Ninomiya, S. Yamashita, M. Kumazoe, Y. Huang, K. Nakahara, Y. S. Won, M. Murata, Y. Fujimura, K. Yamada et al.: Biochem. Biophys. Res. Commun., 450, 824 (2014)..したがって,EGCGの67LRとの結合には,ガレート基のみならずフラバン-3-オール構造の関与が示唆された.最近では,EGCGが生体内で67LRに特異的に結合する性質を利用し,67LRを高発現する前立腺がんに治療薬剤をピンポイントに集積させ殺傷するドラッグデリバリーシステムも考案されている(14)14) R. Shukla, N. Chanda, A. Zambre, A. Upendran, K. Katti, R. R. Kulkarni, S. K. Nune, S. W. Casteel, C. J. Smith, J. Vimal et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 12426 (2012).

がん細胞増殖抑制シグナリング

EGCGはヒト子宮頸がん細胞株HeLaの細胞増殖抑制作用を示すとともに,ストレスファイバーの消失ならびにストレスファイバーや細胞分裂期の収縮環の形成に重要なミオシン軽鎖のリン酸化レベルの低下を引き起こす.67LR発現の抑制により,EGCGの細胞増殖抑制作用およびミオシン軽鎖リン酸化レベルの低下作用がともに阻害されることから,67LRを介したミオシン軽鎖のリン酸化レベルの低下作用がもたらすストレスファイバーの消失や収縮環の形成阻害がEGCGの細胞増殖抑制作用の一因であることが示された(15)15) D. Umeda, S. Yano, K. Yamada & H. Tachibana: Biochem. Biophys. Res. Commun., 371, 172 (2008)..フォワードジェネティクス的手法を用いた67LRを介したEGCGのシグナル伝達に関与する細胞内分子の同定解析により,eukaryotic elongation factor 1 alpha(eEF1A)がEGCGの細胞増殖抑制作用に不可欠な遺伝子として見いだされた(7)7) D. Umeda, S. Yano, K. Yamada & H. Tachibana: J. Biol. Chem., 283, 3050 (2008)..マウスメラノーマ細胞株B16細胞を用いた腫瘍移植モデルにおいて,通常のB16細胞を移植したマウスではEGCGの経口投与により腫瘍成長が阻害されたが,eEF1A発現をノックダウンしたB16細胞では,EGCGによる腫瘍成長阻害は認められなかった.本結果から,eEF1AはEGCGの67LRを介したがん細胞増殖抑制作用を伝達する細胞内分子であることが明らかとなった.

EGCGのがん細胞増殖抑制作用にミオシン軽鎖のリン酸化低下が関与することから,ミオシンホスファターゼの関与が検討され,EGCGは本酵素の活性を負に調節する活性調節サブユニットであるMYPT1のThr-696リン酸レベルを低下させる(ミオシンホスファターゼの活性化)こと,また,MYPT1発現の抑制によりEGCGによるミオシン軽鎖のリン酸化レベル低下作用ならびに細胞増殖抑制作用が損なわれることが判明した(7)7) D. Umeda, S. Yano, K. Yamada & H. Tachibana: J. Biol. Chem., 283, 3050 (2008)..さらに,EGCGの経口投与によるB16細胞の腫瘍成長抑制作用もMYPT1の発現抑制により阻害された.一方,EGCGのMYPT1リン酸化レベル低下作用は67LRもしくはeEF1Aの発現抑制により阻害された.eEF1AはMYPT1のアンキリンリピート配列に結合することから,eEF1Aがミオシンホスファターゼの活性調節因子として機能する可能性が示された.以上の結果より,eEF1AおよびMYPT1がEGCGのがん細胞増殖抑制作用を伝達する細胞内分子であることが示され,67LRからミオシンホスファターゼの活性化につながるシグナル伝達経路の存在が明らかとなった.

eEF1Aと同様の手法でEGCGのがん細胞増殖抑制作用の発現関与分子として同定されたprotein phosphatase 2A(PP2A)は,正常な皮膚組織に比べてメラノーマ腫瘍組織で高発現しており,PP2A発現をノックダウンしたB16細胞の移植マウスでは,EGCGの腫瘍成長阻害作用ならびに延命効果が顕著に減弱した(16)16) S. Tsukamoto, Y. Huang, D. Umeda, S. Yamada, S. Yamashita, M. Kumazoe, Y. Kim, M. Murata, K. Yamada & H. Tachibana: J. Biol. Chem., 289, 32671 (2014)..また,EGCGを投与したマウスの腫瘍組織ではMYPT1の阻害分子であるCPI-17のリン酸化レベルが低下(不活性化)するとともに,がん抑制タンパク質であるMerlinのリン酸化レベルが低下(不活性化)していた.一方,PP2A発現をノックダウンさせた腫瘍では,EGCGによるCPI-17およびMerlinのリン酸化低下作用は観察されなかった.また,PP2Aの活性化阻害タンパク質であるSETのメラノーマにおける発現が,正常皮膚組織に比べて異常に亢進していた.さらに,SET発現をノックダウンしたB16に対して,EGCGの腫瘍成長抑制作用は顕著であった.

PP2AはプロテインキナーゼA(PKA)によりその活性が正に制御されている.そこで,EGCGのPP2A活性化におけるPKAならびにその活性化調節因子であるcAMPの関与が検討され,PKA阻害剤ならびにcAMP合成酵素であるアデニル酸シクラーゼ阻害剤によってEGCGによるPP2Aの活性化が阻害されることやEGCGが67LR依存的に細胞内cAMP量を増加させることが明らかとなった.以上の結果より,EGCGは67LRを介したアデニル酸シクラーゼ/cAMP/PKA経路の活性化によりPP2Aを活性化すること,活性化されたPP2AはCPI-17を不活性化することでミオシンホスファターゼを活性化し,その結果,Merlinの活性化やミオシン軽鎖の脱リン酸化が誘導されることで抗腫瘍作用が発揮されることが示された(図2A図2■EGCG感知レセプター67LRを介したカテキンシグナリング).

アレルギー抑制シグナリング

花粉症などに代表されるI型アレルギーでは,B細胞から産生されるアレルゲン特異的IgEが中心的役割を担っており,これがマスト細胞や好塩基球の細胞膜上に発現する高親和性IgE受容体FcεRIに結合する.そこに,アレルゲンが再び侵入してこれら細胞上のIgEを架橋すると,細胞内にあらかじめ蓄えられていたヒスタミンや新たに合成されたロイコトリエンなどのアラキドン酸代謝産物の放出(脱顆粒)が誘導されることでアレルギーの発症に至る.特に,ヒスタミン放出阻害活性は重要な抗アレルギー活性の指標である.ミオシン軽鎖のリン酸化は細胞内の顆粒の移動や細胞膜への融合に関与し,そのリン酸化レベルは抗原/IgE刺激された細胞の脱顆粒強度と相関を示し,ミオシン軽鎖のリン酸化阻害で脱顆粒が抑制される.ヒト好塩基球細胞株KU812ではEGCGがヒスタミン放出阻害作用を示し,細胞内カルシウムイオンの濃度上昇で誘導されるミオシン軽鎖のリン酸化を強力に低下させた(17)17) Y. Fujimura, D. Umeda, Y. Kiyohara, Y. Sunada, K. Yamada & H. Tachibana: Biochem. Biophys. Res. Commun., 348, 524 (2006)..また,67LRをノックダウンしたKU812細胞ではEGCGのヒスタミン放出抑制作用およびミオシン軽鎖リン酸化レベルの低下作用のいずれも阻害され,抗67LR抗体処理でも同様な阻害効果が観察されている.さらに,EGCGはヒスタミン放出過程で生じる細胞膜ラッフリングを撹乱するが,この作用も67LRのノックダウンで阻害された.以上より,EGCGは67LRを介してミオシン軽鎖のリン酸化を阻害し,ヒスタミン放出を阻害することが示された(図2B図2■EGCG感知レセプター67LRを介したカテキンシグナリング).

FcεRIはIgEと特異的結合にかかわるα鎖,シグナル伝達を担うβ鎖およびγ鎖から構成され,本受容体の凝集を介したマスト細胞や好塩基球の活性化がI型アレルギーの発症に必須であることは,α鎖の遺伝子をノックアウトしたマウスではIgE依存的な炎症反応が惹起されないことからも明らかである.そのため,FcεRI発現の低下はIgE–抗原複合体によるアレルギー反応の抑制につながる.FcεRIを高発現しているKU812細胞のFcεRI発現抑制活性を指標として,主要なカテキンが検討され,EGCGのみがFcεRIの細胞表面発現の抑制活性を示し,その発現抑制にはα鎖およびγ鎖のmRNA発現量の低下,ならびにα鎖発現を正に制御しているERK1/2のリン酸化レベルの低下が認められた(18, 19)18) Y. Fujimura, H. Tachibana & K. Yamada: J. Agric. Food Chem., 49, 2527 (2001).19) Y. Fujimura, H. Tachibana & K. Yamada: FEBS Lett., 556, 204 (2004)..また,これらEGCGの作用はコレステロール除去剤MβCD処理による脂質ラフトの破壊によって,細胞表面結合性の低下とともに阻害されることが明らかとなった.興味深いことに,EGCGは細胞への処理後,細胞膜の脂質ラフト画分への局在が観察されるが,細胞表面結合性を有するがFcεRI発現抑制活性を示さないECGは非ラフト画分に局在しており(19, 20)19) Y. Fujimura, H. Tachibana & K. Yamada: FEBS Lett., 556, 204 (2004).20) Y. Fujimura, H. Tachibana, R. Kumai & K. Yamada: Biofactors, 21, 133 (2004).,FcεRI発現の抑制に脂質ラフトが重要な役割を担っていることが示唆された.そこで,脂質ラフトに局在する67LRのFcεRI発現抑制作用への関与が検討され,抗67LR抗体はEGCGの細胞表面への結合を低下させるとともに,FcεRI発現抑制作用ならびにERK1/2リン酸化レベルの低下作用をともに抑制した.また,67LR発現をノックダウンさせた場合もEGCGの作用は阻害され,FcεRI発現抑制作用が67LRを介することが明らかとなった(10)10) Y. Fujimura, K. Yamada & H. Tachibana: Biochem. Biophys. Res. Commun., 336, 674 (2005).

メチル化カテキンEGCG3″Meは抗アレルギー作用を示す茶葉中から発見され,日本緑茶の代表的な品種である「やぶきた」には全く含まれない成分である(21, 22)21) M. Sano, M. Suzuki, T. Miyase, K. Yoshino & M. Maeda-Yamamoto: J. Agric. Food Chem., 47, 1906 (1999).22) H. Tachibana, Y. Sunada, T. Miyase, M. Sano, M. Maeda-Yamamoto & K. Yamada: Biosci. Biotechnol. Biochem., 64, 452 (2000)..EGCGと比較してメチル化カテキンの抗アレルギー活性の優位性は動物試験で顕著であるが,生体での安定性や吸収率が高いことがその要因の一つと考えられている.また,メチル化カテキンの作用には,マスト細胞の活性化初期相で中心的な役割を担うプロテインチロシンキナーゼ群の活性化阻害が関与している(23)23) M. Maeda-Yamamoto, N. Inagaki, J. Kitaura, T. Chikumoto, H. Kawahara, Y. Kawakami, M. Sano, T. Miyase, H. Tachibana, H. Nagai et al.: J. Immunol., 172, 4486 (2004)..これらの結果から,メチル化カテキンを含む茶の飲用による抗アレルギー効果が期待され,メチル化カテキンを豊富に含む「べにふうき」緑茶の花粉症患者に対する介入試験では有意な症状の緩和効果が示されている(3)3) M. Maeda-Yamamoto, K. Ema, M. Monobe, I. Shibuichi, Y. Shinoda, T. Yamamoto & T. Fujisawa: Allergol. Int., 58, 437 (2009)..メチル化カテキンはEGCGと同様に,FcεRI発現やヒスタミン放出を強力に抑制する(22, 24)22) H. Tachibana, Y. Sunada, T. Miyase, M. Sano, M. Maeda-Yamamoto & K. Yamada: Biosci. Biotechnol. Biochem., 64, 452 (2000).24) Y. Fujimura, H. Tachibana, M. Maeda-Yamamoto, T. Miyase, M. Sano & K. Yamada: J. Agric. Food Chem., 50, 5729 (2002)..67LR発現のノックダウンにより,メチル化カテキンの細胞表面結合性,ヒスタミン放出抑制作用,FcεRI発現抑制作用ならびにFcεRIの発現を正に制御しているERK1/2リン酸化レベルの低下用のいずれも阻害され,EGCGと同様,メチル化カテキンの抗アレルギー作用にも67LRが関与していることが示された(25)25) Y. Fujimura, D. Umeda, S. Yano, M. Maeda-Yamamoto, K. Yamada & H. Tachibana: Biochem. Biophys. Res. Commun., 364, 79 (2007).

炎症応答抑制シグナリング

EGCGは,グラム陰性菌由来のLipopolysaccharide(LPS)がToll様受容体(TLR)4を介して誘導する炎症反応を阻害する.EGCGによるLPS誘導性炎症メディエーター産生の阻害作用は,マクロファージにおける抗67LR抗体処理や67LR発現のノックダウンにより消失した(26)26) E. H. Byun et al.: J. Immunol., 185, 33 (2010)..また,DNAマイクロアレイ解析から,LPS誘導性炎症関連遺伝子のうち,21種の遺伝子発現の誘導がEGCGにより抑制されたが,67LR発現をノックダウンした細胞ではそのような抑制作用は観察されなかった.以上より,EGCGは67LRを介して炎症メディエーターの発現を阻害することが明らかとなった.LPSによる炎症メディエーター産生はTLR4を介したシグナル伝達経路を経て誘導され,EGCGはLPS誘導性NF-κB経路およびMAPキナーゼ経路を阻害するとともに,TLR4発現を転写レベルで抑制した.一方,このTLR4発現低下作用はEGCGの刺激24時間後に認められるが,EGCGによるNF-κB経路およびMAPキナーゼ経路の阻害はEGCG処理1時間後に観察されることから,別のTLR4シグナリング阻害経路の存在が示唆された.そこで,TLR4シグナリングを阻害する細胞内因子の発現に対するEGCGの影響が検討され,Tollip発現の急速な増加が認められ,さらに,Tollip発現のノックダウンによりEGCGのTLR4シグナリング阻害は観察されなかった.以上の結果から,EGCGは67LRを介してTLR4発現を抑制するとともに,Tollip発現を増加させることでLPS誘導性のTLR4シグナリングを阻害し,炎症応答を抑制することが明らかとなった(図2B図2■EGCG感知レセプター67LRを介したカテキンシグナリング).また,グラム陽性菌由来のPeptidoglycan(PGN)はTLR2を介して炎症応答を誘導するが,こうしたペプチドグリカン誘導性のTLR2シグナリングもEGCGは67LRを介したTollipの発現を増加させることで阻害されている(27)27) E. H. Byun, T. Omura, K. Yamada & H. Tachibana: FEBS Lett., 585, 814 (2011).

ポリフェノールの生体内挙動の可視化

緑茶カテキンの厳密な生理作用機序の解明には,生体内での詳細な時空間動態の観察が必須である.これまでに蛍光イメージング法,塩化セリウム染色法,放射性標識法によるポリフェノール類の可視化法が知られているが(28)28) Y. Fujimura & D. Miura: Metabolites, 4, 319 (2014).,自身を標識化することなく生体内における本来の形状で容易に局在観察できる分析技術の報告例はなく,ポリフェノール類の組織内における時空間動態情報はほとんどわかっていない.汎用的分子イメージング法は,検出のために何らかの標識化が必要となるが,この工程自体が多大な時間・コスト・労力浪費をもたらすとともに,対象化合物とその代謝物を区別して同時に可視化できない特異性欠如の問題や対象化合物ごとに個別の標識化が必須となるなど簡便性の観点からもハードルは高い.

質量分析イメージング

質量分析イメージング(MSI)は,組織切片上のイオン化可能な生体分子の分布を標識することなく質量/電荷比(m/z)に基づいて直接検出できる新たなラベルフリーの分子マッピング法である(29)29) M. Stoeckli, P. Chaurand, D. E. Hallahan & R. M. Caprioli: Nat. Med., 7, 493 (2001)..本技術は,理論的に対象化合物とその代謝物をm/zの違いで一度の分析で同時検出できるため,現在,タンパク質/ペプチド,脂質,薬剤やそれら代謝物を含めた多彩な内因性・外因性分子群のin situイメージングに広く活用されており,病態分析,疾病発症機構の解明,薬物の動態,副作用の検出,薬理作用解析における新たなツールとして期待されている.マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)は,MSIの代表的イオン化法であり,マトリックスが試料組織切片に塗布されると,マトリックスは試料と共結晶を形成し,微小口径紫外レーザー光の照射で試料がイオン化する(図3A図3■緑茶カテキンEGCGとその第II相代謝物の組織内分布).MSIはMALDIの二次元走査後,興味分子のMSピークを抽出し,切片上の各点におけるシグナル強度の分布として表現される.一般的に,2,5-Dihydroxybenzoic acid (DHB), Sinapic acid (SA), α-Cyano-4-hydroxycinnamic acid(CHCA)などの汎用的マトリックスを用いたMALDI-MSIでは,脂質やタンパク質/ペプチドのような比較的組織に豊富な高分子の分布を可視化できる.しかしながら,多くの場合,測定対象化合物と重複する低分子領域(m/z<700)において,マトリックス由来の夾雑ピークが多数観察され,これらが低分子化合物の検出を困難にしている.また,投与された薬剤やその代謝物は内在性代謝物と比べて組織存在量が少ないことから分析が困難な場合が多い.さらに,使用する質量分析装置の性能(質量分解能)が十分でない場合は,内在性代謝物やマトリックス由来の夾雑ピークの影響で対象化合物の検出が困難となる.

図3■緑茶カテキンEGCGとその第II相代謝物の組織内分布

A: MALDI-MSIの実験スキーム.B: 緑茶カテキンの二次元可視化EGCGを経口摂取1時間後に回収した腎臓切片のH&E染色およびMALDI-MS測定によるEGCG(m/z 457)とその第II相代謝物(硫酸抱合体(m/z 537)およびグルクロン酸抱合体(m/z 633))の同時画像化.Scale bar=1.0 mm.文献30を改変して引用.

MALDI-MSIによるEGCG代謝の二次元可視化

現状では,動物組織内で食餌性ポリフェノールの検出に最適なマトリックスは報告されていない.そこで,緑茶カテキンEGCG(C22H18O11:精密質量458.085)の検出に最適なマトリックスが探索された結果,DHB, CHCA, SA, 9-Aminoacridineなどの低分子化合物の検出に有用な汎用的マトリックスではEGCGは検出されなかったが,1,5-Diaminonaphthalene(1,5-DAN)でEGCGの脱プロトン化イオンピーク(m/z 457[M–H])が観察された(30)30) Y. H. Kim, Y. Fujimura, T. Hagihara, M. Sasaki, D. Yukihira, T. Nagao, D. Miura, S. Yamaguchi, K. Saito, H. Tanaka et al.: Sci. Rep., 3, 2805 (2013)..さらに,C57BL/6JマウスにEGCG(2,000 mg/kg b.w.)を経口単回投与すると1時間後に肝臓(149.5 nmol/g tissue)や腎臓(11.1 nmol/g tissue)でEGCGの蓄積が観察されるため,これらの組織の凍結薄切片(10 μm)を作成した後,エアーブラシを用いたスプレーコーティング法により1,5-DANを塗布し,MALDI-TOF(time-of-flight)-MSに供した結果,EGCG特異的イオン(m/z 457[M–H])の分布(空間分解能:50 μm)が認められた(図3B図3■緑茶カテキンEGCGとその第II相代謝物の組織内分布).

経口摂取したポリフェノールの代謝の理解,特に,高い空間分解能を保持した(組織内微小領域における)代謝動態情報は,その厳密な作用機序の解明に必須と考えられているが現状ではほぼ未解明である.EGCG経口摂取後の肝臓切片上のEGCG関連代謝物のMALDI-TOF-MS分析の結果,第II相代謝物の一つである硫酸抱合体の脱プロトン化イオンピーク(m/z 537[M–H])が認められた(30)30) Y. H. Kim, Y. Fujimura, T. Hagihara, M. Sasaki, D. Yukihira, T. Nagao, D. Miura, S. Yamaguchi, K. Saito, H. Tanaka et al.: Sci. Rep., 3, 2805 (2013)..また,硫酸抱合体の分布は腎臓においても認められ,さらに,肝臓では検出できなかったグルクロン酸抱合体(m/z 633[M–H])の分布も同時に観察された(図3B図3■緑茶カテキンEGCGとその第II相代謝物の組織内分布).EGCGの第II相代謝反応は小腸,肝臓,腎臓において行われるが,その代謝物の具体的な組織内分布や生理活性,さらには,両者の直接的関連性を示す組織内微小領域での活性発現部位についてはほとんど明らかにされていない(31)31) J. D. Lambert, S. Sang & C. S. Yang: Mol. Pharm., 4, 819 (2007)..少なくとも分布情報に関して,EGCGや硫酸抱合体の分布は肝臓では一様なのに対し,腎臓では部位(皮質・髄質・腎盂)により異なること,さらに,EGCGと代謝物間の局在パターンの差異が認められた.

緑茶カテキンEGCGは生体利用性が低く,経口摂取後の組織蓄積量は極めて少ないが,1,5-DAN-MALDI-MSIは,経口摂取後のEGCGおよびその第II相代謝物の組織切片上での分布を同時に可視化することを可能とした.また,本手法は緑茶ポリフェノールのストリクチニン(32)32) Y. H. Kim, Y. Fujimura, M. Sasaki, X. Yang, D. Yukihira, D. Miura, Y. Unno, K. Ogata, H. Nakajima, S. Yamashita et al.: J. Agric. Food Chem., 62, 9279 (2014).ならびにケルセチンなどの可視化も可能であった.こうした従来の標識化工程を簡略化した新たな分子イメージング戦略は,緑茶カテキンEGCGに代表される食餌性ポリフェノールとしては初の組織内代謝分布情報(空間分解能:50 μmレベル)を提示するものである.今後,本手法を基盤として,EGCGの多彩な保健効果の解明が進むとともに,緑茶カテキンを活用した機能性食品や医薬品の研究開発過程の諸問題(時間・コスト・労力浪費や特異性欠如など)を解決する基盤技術の創出につながるであろう.

おわりに

本稿では,緑茶カテキンを特異的に認識して応答する生体システムが存在し,感知システムを担うEGCG感知関連分子の発現量がEGCGの生理作用の発現強度に大きな影響を及ぼすことを紹介した.神経細胞保護作用,血管内皮調節作用,インスリン感受性調節作用,免疫増強作用など,本稿で紹介した生理作用以外にも67LRの関与が明らかにされ,67LRを起点とする感知システムがEGCGの多彩な機能性発現に関与している可能性がある.

現在,緑茶カテキンのような低分子化合物の生体内挙動を高精度に捉える試みが活発に行われており,本稿では従来の分子イメージングの様式とは異なるラベルフリーでEGCGとその代謝物の組織内分布を同時に画像化できるMALDI–MSI技術を紹介してきた.今後,本手法による動態解析や病態モデル解析の推進により,EGCG代謝の生理的意義やその感知システムの解明が飛躍的に進展することが期待される.

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