Kagaku to Seibutsu 54(9): 681-686 (2016)
セミナー室
混み合うと黒くなるトビバッタ
Published: 2016-08-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
サバクトビバッタやトノサマバッタなどのトビバッタ(Locust)は,生息密度に応じて形態や行動そして生理的形質が変化する,いわゆる相変異を示す昆虫である(1~4)1) B. Uvarov: “Grasshoppers and Locusts: A Handbook of General Acridology,” Vol. 1, Cambridge University Press, p. 481, 1966.2) B. Uvarov: “Grasshoppers and Locusts: A Handbook of General Acridology,” Vol. 2, Centre for Overseas Pest Research, p. 475, 1977.3) M. P. Pener & Y. Yerushalmi: J. Insect Physiol., 44, 365 (1998).4) M. P. Pener & S. J. Simpson: Adv. Insect Physiol., 36, 1 (2009)..世界でトビバッタは15種程度しか知られておらず,日本ではトノサマバッタが有名である.サバクトビバッタはアフリカ,中東アジア,インドに分布する.相変異は,アブラムシや多くのコオロギの翅型で報告されているような翅の有無や長短といった二者択一的な多型(5)5) R. D. Alexander: Q. Rev. Biol., 43, 1 (1968).とは異なり,体色を代表とするさまざまな形質が連続的に変化するのが特徴である(図1図1■サバクトビバッタ1齢幼虫における緑–黒色の連続的な変化).
草原で見られるトノサマバッタは,しばしば緑色の体色をしており,低い生息密度で生育しているため,孤独相と呼ばれる.孤独相個体は生育環境によって体色が隠蔽色に変化し,背景の色によっては赤褐色や茶色や黒色のものも現れる.一方,大発生したときに観察されるトノサマバッタは群生相と呼ばれ,幼虫は黒と橙色のツートンカラーになる.われわれは実験室内でバッタを継代飼育しているが,群生相個体を得るときは一つのケージにたくさんの幼虫を入れ,孤独相個体が必要な際は幼虫を単独飼育する.本稿では,それらの条件で飼育した個体をそれぞれ群生相,孤独相と呼ぶ.相変異の研究は主にサバクトビバッタやトノサマバッタを用いて行われており,われわれもこれら2種を用いて研究しているため,以下サバクトビバッタ,トノサマバッタの体色にかかわる知見,とりわけ群生相化に伴う黒化誘導の分子機構に関して明らかになったことを紹介したい.
孵化幼虫の体色は母親の混み合いに大きく影響される(6)6) P. Hunter-Jones: Anti-Locust Bulletin, 29, 1 (1958)..バッタは50~100個程度の卵を卵鞘として地中に埋める.群生相メス親の1卵鞘あたりの卵数は少ないが,その分,それぞれの卵は大きい.一方,孤独相個体では卵数は多いが卵は小さい.サバクトビバッタでは,孵化直後の幼虫は緑色か薄い黄色をしている.群生相メス成虫が産んだ大きい卵から孵化した幼虫は,僅か数時間のうちに黒と白の模様が現れる.孤独相メス成虫が産む小さな卵から孵化した幼虫は,そのような模様は現れず,緑色となる.このように,1齢幼虫の体色は母性遺伝しているように見える.だが,アルビノ突然変異系統を母親に交配実験すると,そうではないことがわかる.われわれの研究所にて継代飼育しているサバクトビバッタのアルビノ系統では,アルビノ形質は劣性遺伝し,集団飼育した野生型との交配では,第一世代は野生型の表現型となり,第二世代で3(野生型):1(アルビノ型)に分離する(7)7) P. Hunter-Jones: Nature, 180, 236 (1957)..つまり1齢幼虫は,群生相の体色を示すのに必要なmRNAや酵素などを母親からそのまま受け継いでいるのではなく,自身の遺伝子型に基づいた群生相特有の体色を発現していると考えられる.相変異の子世代への継承については後述する.
体色は幼虫期の混み合い次第で著しく変化する.サバクトビバッタでは,緑色の孤独相3齢幼虫を1日間集団飼育しただけで,次の脱皮後ははっきりした黒い模様が現れる(8)8) S. Tanaka, S. Saeki, Y. Nishide, R. Sugahara & T. Shiotsuki: Entomol. Sci. (2016), accepted..反対に,群生相幼虫を1日単独飼育しただけでは緑色にはならず,典型的な孤独相の体色になるにはさらに時間がかかる(8)8) S. Tanaka, S. Saeki, Y. Nishide, R. Sugahara & T. Shiotsuki: Entomol. Sci. (2016), accepted..孤独相幼虫が示す緑色の体色は幼若ホルモン(JH)によって誘導されることがさまざまな研究から示されており(9~11),昆虫の変態において重要な役割を果たすJHが,トビバッタにおいては孤独相幼虫の体色発現に関与している.群生相特有の黒い体色はコラゾニンという神経ペプチドによって制御されている.コラゾニンの詳細については後述する.
性成熟前のサバクトビバッタの成虫は,群生相も孤独相もよく似ていて桃色を帯びた灰色もしくは茶色の地色となり,翅に茶色の模様が現れる.しかし,全体的に体色は孤独相のほうが薄い.成虫が性成熟すると体や翅が鮮やかな黄色を帯びる.これは特にオスで顕著である.この黄色化は集団飼育条件下で発現し,単独飼育条件下では見られない.孤独相成虫でも,集団飼育すると黄色化は起こり,群生相成虫でも単独飼育条件に移すと黄色化は起こらない.性成熟に伴う体の黄色化は,Yellow Protein(YP)と名づけられたJH結合タンパク質のホモログが原因であるとされている(12, 13)12) G. B. Wybrandt & S. O. Andersen: Insect Biochem. Mol. Biol., 31, 1183 (2001).13) F. Sas, M. Begum, T. Vandersmissen, M. Geens, I. Claeys, S. V. Soest, J. Huybrechts, R. Huybrechts & A. De Loof: Peptides, 28, 38 (2007)..YPはβカロテンと結合しバッタのクチクラに蓄積することで黄色の発現を誘導すると考えられている.カイコのJH結合タンパク質の立体構造解析からは,解析タンパク質がJH結合ポケットのほかに,もう一つのポケットを有していることが示唆されており(14)14) R. Suzuki, Z. Fujimoto, T. Shiotsuki, W. Tsuchiya, M. Momma, A. Tase, M. Miyazawa & T. Yamazaki: Sci. Rep., 1, 133 (2011).,このファミリータンパク質は特定の化合物と相互作用することで何らかの役割を果たしているものと考えられる.そのため,YPがβカロテンと直接複合体を作り皮膚に蓄積していることは十分に考えられる.また,集団飼育条件下で性成熟に伴うオスの黄色化にはJHが必要であることから,YPとJHの相互作用が,βカロテンとの結合もしくはYPの皮膚への蓄積に必要であるのかもしれない.YPがJHおよびβカロテンと結合能をもつのか検証が待たれるところである.
YPのような実行因子よりも上流で機能する黄色化誘導機構についてはあまりわかっていないが,雌雄間の黄色化の違いを生み出す原因として2つの仮説が提唱されていた.一つは雌雄間でJHに対する真皮細胞の感受性の違いがあるとする仮説であり(15)15) M. P. Pener: Proc. R. Entomol. Soc. Lond. Ser. A, 42, 139 (1967).,もう一つは黄色化が性ホルモンのような物質によって制御されているという仮説である(13, 16)13) F. Sas, M. Begum, T. Vandersmissen, M. Geens, I. Claeys, S. V. Soest, J. Huybrechts, R. Huybrechts & A. De Loof: Peptides, 28, 38 (2007).16) A. De Loof, J. Huybrechts, M. Geens, T. Vandersmissen, B. Boerjan & L. Schoofs: J. Insect Physiol., 56, 919 (2010)..最近,サバクトビバッタの性モザイクを利用した実験において,同一個体で体の右と左で黄色化の程度が異なる個体が観察され,前者の仮説を支持する知見として報告されている(17)17) Y. Nishide & S. Tanaka: Physiol. Entomol., 37, 379 (2012)..
バッタの体色にかかわる表現型可塑性は長年研究されてきた.サバクトビバッタ幼虫の体色は,混み合った条件下では,齢期に応じて白や黄色またはオレンジ色の地色に黒い模様が現れる.生育密度が低い場合,別の環境要因が体色に影響する.以前は,湿度が孤独相幼虫の体色を決定する主要因であるとされ,生息地の背景色は影響しないと考えられてきた(4)4) M. P. Pener & S. J. Simpson: Adv. Insect Physiol., 36, 1 (2009)..しかし,最近になってその認識は覆された(18)18) S. Tanaka, K. Harano, Y. Nishide & R. Sugahara: Curr. Opin. Insect Sci., 17, 10 (2016)..背景色の影響を再検討した実験結果によると,湿度は体色に影響を与えない一方で,生育環境の背景色が孤独相幼虫の体色に重要な影響要因であることがわかった(19)19) S. Tanaka, K. Harano & Y. Nishide: J. Insect Physiol., 58, 89 (2012)..また,群生相化による黒化誘導に関しては,他個体の匂いが重要であるとみなされていたが(20)20) R. L. Lester, C. Grach, M. P. Pener & S. J. Simpson: J. Insect Physiol., 51, 737 (2005).,匂いにはそのような効果がないことが証明された(21)21) S. Tanaka & Y. Nishide: J. Insect Physiol., 58, 1060 (2012)..また物理的接触刺激に加え,視覚的刺激も重要であることが示された(21)21) S. Tanaka & Y. Nishide: J. Insect Physiol., 58, 1060 (2012)..バッタやオタマジャクシが動いている動画をバッタに見せるだけで,単独飼育下にもかかわらず黒い模様が現れるのだ.このようにサバクトビバッタは視覚的な情報に対して敏感に応答し体色を変える.温度も重要な環境要因の一つである.高温で群生相幼虫を飼育すると,黒い斑紋は後退し鮮やかな黄色を帯びる(19)19) S. Tanaka, K. Harano & Y. Nishide: J. Insect Physiol., 58, 89 (2012)..
群生相幼虫の黒い体色を誘導する因子は長い間謎であった.その解明に大きく貢献したのは,われわれの研究所で偶然発生したアルビノトノサマバッタであった(10)10) E. Hasegawa & S. Tanaka: Jap. J. Entomol., 62, 315 (1994)..このアルビノ個体を選抜して系統を作り,黒化を検定するバイオアッセイのドナーとして用いると,昆虫に特有の器官である側心体および脳が黒化誘導因子を多く含んでいることがわかった(22)22) S. Tanaka: Zool. Sci., 10, 467 (1993)..その後,黒化誘導因子はコラゾニンと呼ばれる11アミノ酸残基からなる神経ペプチドであることが明らかとなり(23)23) A. I. Tawfik, S. Tanaka, A. De Loof, L. Schoofs, G. Baggerman, E. Waelkens, R. Derua, Y. Milner, Y. Yerushalmi & M. P. Pener: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 7083 (1999).,後にこのアルビノ系統はそのペプチドを欠いていることが明らかになった(24)24) G. Baggerman, E. Clynen, R. Mazibur, D. Veelaert, M. Breuer, A. De Loof, S. Tanaka & L. Schoofs: Arch. Insect Biochem. Physiol., 47, 150 (2001)..合成コラゾニンを油に混ぜて孤独相幼虫に注射すると,トノサマバッタ,サバクトビバッタどちらにおいても群生相に似た黒い体色を示すようになり,コラゾニンが群生相の体色を制御する極めて重要な因子であることが示唆された.最近,われわれはコラゾニンをコードする遺伝子をこれら2種のバッタにおいて同定し,RNAiによる遺伝子発現の抑制実験を行った(25, 26)25) R. Sugahara, S. Saeki, A. Jouraku, T. Shiotsuki & S. Tanaka: J. Insect Physiol., 79, 80 (2015).26) R. Sugahara, S. Tanaka, A. Jouraku & T. Shiotsuki: Appl. Entomol. Zool., 51, 225 (2016)..群生相におけるコラゾニン遺伝子抑制個体では,黒色が著しく後退し,アルビノのような体色になった(図2図2■サバクトビバッタおよびトノサマバッタにおけるコラゾニン遺伝子の抑制).一方,コラゾニン遺伝子を抑制した個体にコラゾニンを注射すると黒化した.このことから,群生相幼虫の黒化を誘導しているのはコラゾニンであることが実証された.
サバクトビバッタおよびトノサマバッタにおける,群生相,コラゾニン抑制群生相,孤独相個体の体色.左の写真は終齢幼虫,右は成虫.コラゾニン抑制群生相個体は幼虫期にコラゾニンの二本鎖RNAを一度注射した.孤独相幼虫は緑のカップで飼育したため,緑色を呈す.(A)サバクトビバッタでは,コラゾニンをノックダウンすると群生相幼虫特有の黒い模様が著しく後退する.その効果は成虫まで持続し,無処理の群生相と比して体色が明るく,孤独相と似た体色を示す.(B)トノサマバッタでは,コラゾニンのノックダウンにより,黒と茶色の体色が後退して白くなる.成虫でも同様に体色が薄くなるが,孤独相のように緑色にはならない.
コラゾニンはいくつかバリエーションがあり,ゴキブリの心拍数を上昇させる生体ペプチドとして報告されたものが最初に同定されたコラゾニンである(27)27) J. A. Veenstra: FEBS Lett., 250, 231 (1989)..バッタのコラゾニンは,7番目のアミノ酸残基がアルギニンではなくヒスチジンであり,アメリカバッタSchistocerca americanaから最初に単離されたが,生理機能は不明であった(28)28) J. A. Veenstra: Peptides, 12, 1285 (1991)..後に,このバッタでもコラゾニンが黒化誘導することが証明された(29)29) S. Tanaka: Ann. Entomol. Soc. Am., 97, 302 (2009)..コラゾニンはシミなどの無翅昆虫を含む19の昆虫目に属する調べられたすべての種に存在しているが,甲虫目は例外でコラゾニン遺伝子を進化の過程で失ったようだ(30)30) B. Li, R. Predel, S. Neupert, F. Hauser, Y. Tanaka, G. Cazzamali, M. Williamson, Y. Arakane, P. Verleyen, L. Schoofs et al.: Genome Res., 18, 113 (2008)..カイコガでは,幼虫にコラゾニンを注射すると吐糸終了期が遅延する(31)31) Y. Tanaka, Y.-J. Hua, L. Roller & S. Tanaka: J. Insect Physiol., 48, 707 (2002)..また,タバコスズメガでは脱皮初期の行動に関与している(32)32) Y. J. Kim, I. Spalovská-Valachová, K. H. Cho, I. Zitnanova, Y. Park, M. E. Adams & D. Žitňan: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 6704 (2004)..バッタでは,アルビノ系統を実験室で観察しても体色以外にコラゾニン欠損の顕著な影響は見られないようだ.このようにコラゾニンは広く昆虫で保存されているにもかかわらず,共通した機能は知られていない.しかし,バッタやイナゴの仲間では調べられたすべての種において,コラゾニンを注射すると体色が黒化する(33)33) S. Tanaka: Appl. Entomol. Zool., 41, 179 (2006)..
コラゾニン遺伝子はプレプロ体として翻訳され,N末端側のシグナルペプチド領域,そのすぐ後にコラゾニンをコードする11アミノ酸残基,そして直後にアミド化されるグリシン,切断認識シグナル,C末端領域から構成される(図3図3■コラゾニン遺伝子のコーディングタンパク質).シグナルペプチドは小胞体で切断・除去され,残りのプロコラゾニンは切断認識シグナル付近でC末端領域も除かれアミド化されて成熟型のコラゾニンになると考えられる.コラゾニンは分泌ペプチドであるため,シグナルペプチドが小胞体への輸送および分泌に必要な領域であると思われる.C末端領域はオーロソグ間で保存性が低いこと,および,コラゾニンをノックダウンしたバッタは,成熟コラゾニンの注射で少なくとも体色に関してはレスキューされることから(25)25) R. Sugahara, S. Saeki, A. Jouraku, T. Shiotsuki & S. Tanaka: J. Insect Physiol., 79, 80 (2015).,おそらくこの領域は生体内で重要な機能はないと思われる.コラゾニン遺伝子の発現解析を行うと,孤独相,群生相幼虫ともに脳で強く発現し,側心体ではほとんど発現していないことから,脳で転写された後に,神経を通して側心体へと輸送されると思われる.前述のように脳も黒化誘導活性を示すことから,脳内で成熟型のコラゾニンとなりその後側心体へと輸送されるのであろう.この結論は,トノサマバッタにおける脳と側心体移植実験により導き出された結論と一致している(34)34) S. Tanaka & M. P. Pener: J. Insect Physiol., 40, 997 (1994)..
コラゾニン遺伝子はプレプロコラゾニンとして翻訳され,プレプロ体が編集されることでコラゾニンが生成される.プレプロコラゾニンはシグナルペプチド,コラゾニンペプチド,C末端領域から構成される.シグナルペプチドは小胞体への輸送に必要であると考えられ,輸送後除去される.残りのプロコラゾニンはC末端領域が除去され,グリシンがアミド化される.以上のステップを経て成熟型のコラゾニンが生成されると考えられる.
サバクトビバッタ,トノサマバッタともに脳のコラゾニンmRNAレベルは,孤独相と群生相の間に一貫した差は認められない(25, 26)25) R. Sugahara, S. Saeki, A. Jouraku, T. Shiotsuki & S. Tanaka: J. Insect Physiol., 79, 80 (2015).26) R. Sugahara, S. Tanaka, A. Jouraku & T. Shiotsuki: Appl. Entomol. Zool., 51, 225 (2016)..また,孤独相幼虫に合成コラゾニンを注射すると,群生相の体色に近くなる(35)35) S. Tanaka: Arch. Insect Biochem. Physiol., 47, 139 (2001)..このことから,群生相と孤独相の体色の違いは,コラゾニン遺伝子の発現量の差や,コラゾニンの感受性の違いによって生じるのではなく,側心体に輸送された成熟型コラゾニンが体腔内に分泌されるか否かによって制御されているのであろう.
サバクトビバッタにおいては,群生相幼虫のアラタ体においても高い発現が検出されたが,この器官をfmolレベルのコラゾニンにも反応するトノサマバッタアルビノ幼虫に移植しても黒化誘導は認められない.コラゾニンの主たる機能は,全身に対するシグナル伝達であると思われるが,微小な器官であるアラタ体での総発現量は,脳における総発現量に比べ僅かである.サバクトビバッタ群生相のアラタ体における高レベルのコラゾニンmRNAは,相変異において機能するとしてもマイナーな役割であろう.そのような差はトノサマバッタでは見られない.
群生相メス由来の卵から孵化した幼虫は群生相独特の黒色,孤独相メス由来の幼虫は孤独相独特の緑色の体色を呈す.サバクトビバッタの相依存的特性は,1齢幼虫の体色以外に,幼虫期の脱皮回数が知られている(群生相5回,孤独相6回).興味深いことに,群生相の黒い幼虫が孵化するはずの卵を乾燥させるか,卵黄を少し取り出して卵サイズを小さくすると,孵化幼虫は小さくなり,体色は緑色となる(36)36) K. Maeno & S. Tanaka: J. Insect Physiol., 55, 849 (2009)..われわれの予備実験では,30°Cで15日の卵期間のうち,8日までに卵黄を抜き取る処理をすれば,群生相由来の卵から緑色の幼虫が孵化することが確認された.卵を乾燥させた場合,幼虫は卵黄を完全に消化できず消化管内に残留する.つまり,孵化幼虫の体色はDNAのメチル化やヒストン修飾のような複雑な機構で制御されているというよりも,栄養状態もしくは卵黄に含まれる何らかの因子の取り込みの総量によって決まる可能性がある.前述のとおり,メス親から継承するのは,胚自身のコラゾニンを活性化するか否かの情報であって,親からコラゾニンやコラゾニンmRNAを受け取っているのではない.卵形成に関与するとされる卵巣中のエクジステロイド濃度は孤独相メス成虫よりも群生相メス成虫のほうが高いという報告があり(37)37) A. I. Tawfik & F. Sehnal: Physiol. Entomol., 28, 19 (2003).,卵巣のエクジステロイドが卵黄量を調節することで,子世代のコラゾニン活性化を制御する可能性は検討に価するかもしれない.またJHは相変異に依存した体色にかかわる重要な因子である一方,Vitellogeninの合成を誘導し卵巣発育を促進すると報告されている(38)38) A. V. Glinka, A. M. Kleiman & G. R. Wyatt: Biochem. Mol. Biol. Int., 35, 323 (1995)..現在のところ,JHやエクジステロイドレベルの次世代への影響については解析されているが,相変異特性の次世代への継承と直接結びつく結果は得られていない.一方,トノサマバッタでは,群生相の卵の卵黄量を人為的に減少させても,孵化した小型の幼虫の脱皮回数は変化しない(5回)という報告があるため,サバクトビバッタでも孵化時の体色と幼虫期の脱皮回数は独立したメカニズムによって制御されている可能性がある.
最近では相変異に依存したエピジェネティックな変化に着目した研究が盛んになり,DNAのメチル化がトノサマバッタ相変異の次世代への継承に強く関与しているのではないかと提唱するグループもある(39)39) K. L. Robinson, D. Tohidi-Esfahani, F. Ponton, S. J. Simpson, G. A. Sword & N. Lo: Insect Mol. Biol., 25, 105 (2016)..もしDNAのメチル化様式が相変異に寄与するのであれば,卵黄量とDNAのメチル化の関係は興味深い.トノサマバッタでは相変異に依存したpiRNA量の違いについても報告されており(40)40) Y. Wei, S. Chen, P. Yang, Z. Ma & L. Kang: Genome Biol., 10, R6 (2009).,この違いがDNAのメチル化制御に関与しているのかもしれない.さらなる解析によって,相変異の制御メカニズムにどのように関与するのか明らかになることを期待したい.
群生相と孤独相の成虫を詳細に形態計測すると,相に依存した特徴を検出できることが知られている.たとえば,頭幅(C値)に対する後腿節長(F値)の比,F/C値が群生相成虫よりも孤独相成虫のほうが高いことが知られている(41)41) V. M. Dirsh: Nature, 167, 281 (1932)..また,群生相成虫の触覚の感覚子数は,孤独相成虫のものよりも少ない(42, 43)42) M. Greenwood & R. F. Chapman: Int. J. Insect Morphol. Embryol., 13, 295 (1984).43) M. Yamamoto-Kihara, T. Hata, M. Breuer & S. Tanaka: Physiol. Entomol., 29, 73 (2004)..F/C値は,相の違いによって幼虫期の齢数,幼虫期間および成虫サイズが異なるので,相依存的違いがこれらの違いと関連している可能性が考えられる.たとえば,幼虫期間や齢数が異なれば,後腿節長や頭幅が変わるのでF/C値に差が生じるであろう.しかし,実際はそのように単純ではないことが明らかになっている.合成コラゾニンを孤独相幼虫に注射すると,成虫のF/C値が群生相のほうにシフトする.一方,群生相幼虫のコラゾニン遺伝子をノックダウンすると,成虫のF/Cが孤独相のほうにシフトするのである.コラゾニンの導入および抑制によって,生育期間や齢数は変化しない.コラゾニンの活性が相依存的なF/C値に影響するメカニズムの詳細は不明である.
昆虫は生存に不利な環境条件を巧みに回避または利用し,自らにとって有益な形質を獲得してきたかのように見える.今回話題にしたバッタでは,生息密度が高くなるにつれて積極的に集合し,高密度下において重要な餌の確保に適した特性(長距離移動に適した長い翅,頻繁に動き回る,など)を進化させたのかもしれない.環境に応じた変化は多くの生物で見られる現象であるが,バッタの相変異はとりわけ変化が顕著であるため注目を集めている.相変異研究で得られる知見は,環境と生命の相互作用という面で普遍的な情報を提供する可能性がある.最近では,分子レベルで解析する手段が増え,今まで謎とされてきた現象を解決する手がかりが続々と報告されている.しかし,総合的な相変異メカニズムモデルを構築するための実験データは不足しており,単発的な報告がそれぞれどのように関連しているのかは漠としている状況にある.日本においてバッタの研究者は希少であるが,トノサマバッタは豊富で日本全土に分布し,沖縄県ではサトウキビの害虫でもある.モデル昆虫として基礎生物学に貢献する一方で,分子レベルでの現象解明により応用的問題の新規解決手段が生み出されることが期待される.より多くの人がバッタの劇的な生命現象に興味をもち研究に参入されることを切に願うばかりである.
Reference
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