Kagaku to Seibutsu 54(10): 698-700 (2016)
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緑茶カテキンセンシング機構とその応用展開カテキンパワーの引き出し方
Published: 2016-09-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
生体はさまざまな外部刺激を感知しながら,それらの刺激に適切に応答することで恒常性を保持している.たとえば,病原細菌やウイルスの侵入はパターン認識受容体であるToll様受容体などによって感知され,生体を防御するために必要なサイトカインの産生を誘導する.食品因子も生体内分子に感知されることで生体に影響を及ぼすシグナル発動因子としての理解が進みつつある.ここでは,緑茶の生体調節作用を担う主要な成分である(-)-epigallocatechin-3-O-gallate(EGCG)を生体が感知するしくみ(緑茶カテキンセンシング)とその応用展開について紹介する.
われわれは,EGCGセンサー分子として細胞膜タンパク質67-kDa laminin receptor(67LR)を同定した(1)1) H. Tachibana, K. Koga, Y. Fujimura & K. Yamada: Nat. Struct. Mol. Biol., 11, 380 (2004)..その後今日にまでに,EGCGの抗がん作用,抗炎症作用,抗アレルギー作用,脂肪細胞機能調節作用,血管内皮細胞機能調節作用といった機能性に67LRが関与することが報告されている(2)2) 立花宏文:ILSI JAPAN, 116, 6 (2014)..次に,67LRを介したEGCGの機能性(抗がん作用)発現を担う分子の解明を進め,EGCGは67LRを介して内皮型NO合成酵素(eNOS)を活性化することでNO産生を誘導すること,それに続いて可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)依存的にcGMP産生を促進すること,さらにcGMPはプロテインキナーゼCδ(PKCδ)ならびに酸性スフィンゴミエリナーゼ(ASM)を活性化することを明らかにした.つまり,EGCGは67LR/eNOS/NO/cGMP/PKCδ/ASMから構成される新規の細胞致死経路を活性化することを見いだした(3)3) M. Kumazoe, K. Sugihara, S. Tsukamoto, Y. Huang, Y. Tsurudome, T. Suzuki, Y. Suemasu, N. Ueda, S. Yamashita, Y. Kim et al.: J. Clin. Invest., 123, 787 (2013).(図1図1■緑茶カテキンセンシング機構とその増強).
興味深いことに,生理的低濃度のEGCGはNO産生を誘導するものの,cGMP産生は促進できなかった.そこでcGMPが本細胞致死経路の律速であると予想し,cGMP分解酵素の発現について検討したところ,cGMP分解酵素の一種であるホスホジエステラーゼ5(PDE5)がさまざまながん細胞で高発現していることを見いだした.また,勃起不全症治療薬として臨床的に用いられているPDE5阻害剤(vardenafil)がマウス腫瘍モデルにおいて,EGCGの多発性骨髄腫に対する選択毒性を保持したまま,その致死活性を顕著に増強することを明らかにした.つまりPDE5はEGCGセンシングにおける抵抗因子であることが示された(図1図1■緑茶カテキンセンシング機構とその増強).こうしたPDE5阻害剤によるEGCGの抗がん作用の増強は,EGCGに低感受性であるすい臓がん,胃がん,乳がん,急性骨髄性白血病細胞においても観察されたが,正常細胞に対しては毒性を示さなかった(3)3) M. Kumazoe, K. Sugihara, S. Tsukamoto, Y. Huang, Y. Tsurudome, T. Suzuki, Y. Suemasu, N. Ueda, S. Yamashita, Y. Kim et al.: J. Clin. Invest., 123, 787 (2013)..
EGCGによって活性化されたASMの下流におけるイベントとして注目すべき点は,脂質ラフトが崩壊しEGF受容体やIGF受容体をはじめとするさまざまなチロシンキナーゼレセプターの活性化が阻害されることである(4)4) S. Tsukamoto, Y. Huang, M. Kumazoe, C. Lesnick, S. Yamada, N. Ueda, T. Suzuki, S. Yamashita, Y. H. Kim, Y. Fujimura et al.: Mol. Cancer Ther., 14, 2303 (2015)..また,ASMによって産生されるセラミドを下方制御するスフィンゴシンキナーゼ(SphK1)が多発性骨髄腫において高発現しており,SphK1を阻害することでEGCGの抗がん作用を増強できることを明らかにした(4)4) S. Tsukamoto, Y. Huang, M. Kumazoe, C. Lesnick, S. Yamada, N. Ueda, T. Suzuki, S. Yamashita, Y. H. Kim, Y. Fujimura et al.: Mol. Cancer Ther., 14, 2303 (2015).(図1図1■緑茶カテキンセンシング機構とその増強).
EGCGは67LRを介してメラノーマ細胞に対して増殖抑制作用を発揮する(5)5) D. Umeda, S. Yano, K. Yamada & H. Tachibana: J. Biol. Chem., 283, 3050 (2008)..そこで網羅的遺伝子スクリーニング法であるGenetic Suppressor Elements法を用いて,EGCGのメラノーマ細胞増殖抑制作用を担う遺伝子を探索し,プロテインホスファターゼ2A(PP2A)を同定した(6)6) S. Tsukamoto et al.: J. Biol. Chem., 21, 289 (2014)..67LRとPP2Aの関係を解析した結果,EGCGは67LRを介してアデニル酸シクラーゼ(AC)/cAMP/プロテインキナーゼA(PKA)経路を介してPP2Aを活性化するとともに,がん抑制因子Merlinを活性化することを見いだした.一方,PP2Aの阻害因子であるSuvar3–9 enhancer-of-zeste trithorax(Set)がメラノーマにおいて高発現しており,SetをノックダウンすることでEGCGの抗メラノーマ作用を著しく増強できることを明らかにした(6)6) S. Tsukamoto et al.: J. Biol. Chem., 21, 289 (2014).(図1図1■緑茶カテキンセンシング機構とその増強).また,Ras/Raf/MEK/ERK経路を標的とする薬剤PLX4720に耐性なメラノーマに対して,EGCGはPP2Aの活性化を介してmTOR経路を阻害することで,PLX4720感受性を高めることを示した(6)6) S. Tsukamoto et al.: J. Biol. Chem., 21, 289 (2014)..
これまでの抗がん剤の研究開発は,既知のがん細胞の生存維持機構に基づき,がん細胞の増殖に必須とされる分子の活性阻害を目指したものが主流である.また,現在注目されている抗がん剤の標的候補のほとんどが正常細胞の機能維持においても重要であり,創薬の過程で深刻な副作用により開発が頓挫するケースが多い.一方,EGCGはヒト臨床試験において副作用を示さず抗腫瘍作用を発揮することが報告されており,将来,EGCGセンシングに関する研究成果が新たな抗がん剤開発の一助になればと願っている.
緑茶抽出物が慢性リンパ性白血病に対するヒト臨床試験において効果を発揮することが報告されているが,カテキン類以外の成分の関与については不明な点が多い.そこで43種類の緑茶抽出物の多発性骨髄腫に対する抗がん作用を指標に,その作用を担う緑茶の成分組成をメタボリックプロファイリング法により解析した.その結果,カテキン生合成の中間代謝物であるエリオジクチオールが67LR依存的な細胞致死誘導経路を担うAktの活性化を促進することでEGCGの抗がん作用を増強することを見いだした(7)7) M. Kumazoe, Y. Fujimura, S. Hidaka, Y. Kim, K. Murayama, M. Takai, Y. Huang, S. Yamashita, M. Murata, D. Miura et al.: Sci. Rep., 5, 9474 (2015)..また,エリオジクチオールは緑茶摂取による脂質代謝異常改善作用,筋萎縮改善作用,IgA産生促進作用も増強することを明らかにした.こうした成果は,EGCGセンシングを担う分子機構の解明が,EGCGの機能性発現を高める食品因子の探索や,それらを組み合わせた食品の開発に活用できることを示している.今後,こうした研究戦略が,ほかの機能性食品因子にも活用されることを期待している.
Reference
1) H. Tachibana, K. Koga, Y. Fujimura & K. Yamada: Nat. Struct. Mol. Biol., 11, 380 (2004).
2) 立花宏文:ILSI JAPAN, 116, 6 (2014).
3) M. Kumazoe, K. Sugihara, S. Tsukamoto, Y. Huang, Y. Tsurudome, T. Suzuki, Y. Suemasu, N. Ueda, S. Yamashita, Y. Kim et al.: J. Clin. Invest., 123, 787 (2013).
5) D. Umeda, S. Yano, K. Yamada & H. Tachibana: J. Biol. Chem., 283, 3050 (2008).
6) S. Tsukamoto et al.: J. Biol. Chem., 21, 289 (2014).