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アルツハイマー型認知症におけるプラズマローゲンの意義プラズマローゲン分子種のバイオマーカーとしての可能性

Shinji Yamashita

山下 慎司

帯広畜産大学食品科学研究部門

Mikio Kinoshita

木下 幹朗

帯広畜産大学食品科学研究部門

Kiyotaka Nakagawa

仲川 清隆

東北大学大学院農学研究科

Published: 2016-09-20

厚生労働省の報告によると,現在,日本では高齢者の約15%が認知症罹患者であり,そのうちの65~70%がアルツハイマー型認知症(以下,AD)罹患者であると推定されている.ADの病理学的特徴として,脳の委縮および老人班が挙げられる.脳の委縮はアポトーシスによる神経細胞の脱落を伴うため回復は非常に困難であり,そのため,ADの早期診断や予防法の開発が求められている.現在,老人斑の構成タンパク質であるアミロイドβ(Aβ)に注目して,PETによる脳のアミロイドイメージングや脳脊髄液中のAβレベルによる診断法が検討されている.しかし,費用や安全性の問題から実用化には至っていない.われわれは,生体脂質,特に膜脂質の構造ならびに機能について研究しており,そのなかでADと膜リン脂質との興味深い関係を見いだしつつあり,ここに紹介したい.

脳は臓器の中で最も脂質に富んだ組織(成人脳の乾燥重量の65%)であり,総脂質の半分はリン脂質で構成される.そのリン脂質の32%をエタノールアミングリセロリン脂質(PE)が占め,ほかにコリングリセロリン脂質(PC, 30%),セリングリセロリン脂質(17%),スフィンゴミエリン(17%)が含まれる.さらに各グリセロリン脂質はグリセロール骨格一位の結合様式によりジアシル型,アルキルアシル型,アルケニルアシル型の3つのサブクラスに分けられる.脳中のPEは約60%がアルケニルアシル型PE,いわゆるプラズマローゲン(以下,PEプラズマローゲンを単にプラズマローゲンと表記する)である.一般的な組織ではPE中のプラズマローゲンが約20%(肝臓においては5%)であるのと比較すると明らかに異質である.これは脳神経の機能的特徴をプラズマローゲンが担っているためであると考えられている.プラズマローゲンは通常のジアシル型PEに比べヘキサゴナール構造という非二重層構造を取りやすく,これが神経細胞シナプス膜間における膜融合を介した情報交換と伝達を可能にしていると言われる.さらに,プラズマローゲンのもつビニルエーテル構造は活性酸素やラジカルを補足する能力を有し,酸素消費量の多い脳において脳を酸化ストレスから保護していると考えられている.プラズマローゲン生合成系が欠損した遺伝疾患(ツェルウェガー症候群)では,脳を含む神経系に重篤な障害(ミエリン形成不全)をきたし,その多くが生後半年以内に死亡することからも,脳神経系におけるプラズマローゲンの重要性がうかがえる.

脳の情報伝達に障害を伴うADにおいてもプラズマローゲンは何らかの形で関与している可能性がある.Ginsbergらは,AD罹患者の脳のプラズマローゲン量が健常者の脳と比べ30%低い値を示すことを報告した(1)1) L. Ginsberg, S. Rafique, J. H. Xuereb, S. I. Rapoport & N. L. Gershfeld: Brain Res., 698, 223 (1995)..その後の研究で,脳のプラズマローゲン量はADの進行に伴い低下することが示された(2)2) X. Han, D. M. Holtzman & D. W. McKeel Jr.: J. Neurochem., 77, 1168 (2001)..この低下は脳中でAβやAβが原因となる酸化・炎症ストレスがプラズマローゲン選択的分解酵素iPLA2の活性化およびプラズマローゲンの合成にかかわるペルオキシソームの不活性化を引き起こすためであると考えられている.また,われわれは,神経芽細胞を用いた実験で,培地へのプラズマローゲンの添加が神経芽細胞のアポトーシスを抑制することを報告しており(3)3) T. Miyazawa, S. Kanno, T. Eitsuka & K. Nakagawa: “Dietary Fats and Risk of Chronic disease,” ed. by Y. Yanagita, H. R. Knapp & Y. S. Huang, AOCS Publishing, 2006, pp. 196–202.,これらのことからプラズマローゲンがADの進行に関与していることが示唆されている.

他方,これまでのプラズマローゲン分析は一位のビニルエーテル構造を利用したものが多く,二位の脂肪酸構成を含む分子種まで分析したものは,血液成分などに関する鬼頭らの詳細な研究を除きあまりない(4)4) H. Takamura, K. Tanaka, T. Matsuura & M. Kito: J. Biochem., 105, 168 (1989)..その理由として,生体内のプラズマローゲンは分子種が多様かつ微量であり分析が困難であったためである.近年,LC-MS/MSの急速な発展によりプラズマローゲンの分子種レベルの測定が可能になった.前述したADにおける脳プラズマローゲン量の低下は分子種により異なり,ドコサヘキサエン酸(DHA)やアラキドン酸など高度不飽和脂肪酸(PUFA)を側鎖にもつ分子種において著しい低下を示すことが報告されている(2)2) X. Han, D. M. Holtzman & D. W. McKeel Jr.: J. Neurochem., 77, 1168 (2001)..また,われわれは神経芽細胞におけるアポトーシスの抑制効果がプラズマローゲン分子種で異なり,特にDHAをもつプラズマローゲン分子種で強いアポトーシス抑制効果を示すことを見いだした(5)5) S. Yamashita, S. Kanno, K. Nakagawa, M. Kinoshita & T. Miyazawa: RSC Adv., 5, 61012 (2015)..一方,DHAをもつ各種ジアシル型リン脂質はいずれも抑制効果を示さなかった.このメカニズムはおそらく,酸化・炎症ストレスにより神経細胞のプラズマローゲン選択的分解酵素iPLA2が活性化され,プラズマローゲンからのDHAの切り出しが促進される.そして,切り出されたDHAはcPLA2やCOX-2の活性を抑制し,アラキドン酸カスケードによるアポトーシスを抑制すると考えられる(図1図1■プラズマローゲンによる神経アポトーシスの抑制機構).なお,DHAそのものの作用に加え,DHAの代謝物である17S ResolvinsやNeuroprotection D1もまた抗炎症メディエーターとして働くことが知られている.さらに近年,Aβの生産にかかわるγ-セクレターゼの活性をプラズマローゲンやDHAが抑制することが報告された.以上の知見から,プラズマローゲン,特にDHAをもつ分子種は神経保護作用を有するが,長期のストレス負荷によりプラズマローゲンが消費され神経細胞中の濃度が低下すると,ストレスに対する耐性の低下・Aβの生産の増加が起こり,神経アポトーシスそしてADへとつながると考えられる.

図1■プラズマローゲンによる神経アポトーシスの抑制機構

文献5使用の図を改変.

このようにADの進行と脳中のプラズマローゲン量には密接な関係があると考えられるが,バイオマーカーとして脳中のプラズマローゲンを測ることは非現実的である.そこでわれわれは比較的採取が容易である血液において,プラズマローゲンをはじめとする脂質の分析を行った(6)6) S. Yamashita, T. Kiko, H. Fujiwara, M. Hashimoto, K. Nakagawa, M. Kinoshita, K. Furukawa, H. Arai & T. Miyazawa: J. Alzheimer’s Dis., 50, 527 (2015)..食事の影響をできるだけ除くためにAD罹患者とその健常配偶者を対象とした.健常配偶者と比較して,AD罹患者の血漿,赤血球ともに総PEおよび総DHA量に有意な差はなかった.しかし,PUFAを有するプラズマローゲンを比較するとAD罹患者で30~50%の減少が確認された.特にDHAをもつプラズマローゲンで血漿,赤血球ともに有意な低値を示した(図2図2■AD罹患者における血液脂質量の変化).血漿中のAβとプラズマローゲンで相関を調べると,Aβ42とDHAをもつプラズマローゲンに負の相関が見られた.In vitro試験により,DHAをもつプラズマローゲンはAβ42の凝集を強く抑制することが明らかになった.またAD罹患者の赤血球において酸化の指標となる過酸化リン脂質が約4倍に増加しており,さらにこの赤血球過酸化リン脂質は血漿Aβ40と高い正の相関を示した.われわれは以前,血漿中のAβが赤血球の過酸化を促進することを報告している(7)7) K. Nakagawa, T. Kiko, T. Miyazawa, P. Sookwong, T. Tsuduki, A. Satoh & T. Miyazawa: FEBS Lett., 585, 1249 (2011)..これらの結果は,血液中のDHAをもつプラズマローゲンと過酸化リン脂質のADバイオマーカーとしての可能性を示唆している.

図2■AD罹患者における血液脂質量の変化

AD罹患者,健常配偶者それぞれ18人.*は健常配偶者との有意差を表す.*** p<0.001, ** p<0.01, * p<0.05(文献6使用の表を改変).

以上,ADにおけるPEプラズマローゲンの意義およびバイオマーカーとしての可能性について論じてきた.生体内にはPC型のプラズマローゲンも存在し,西向らは動脈硬化のマーカーとして,血清中のオレイン酸をもつPCプラズマローゲンが使用できるのではないかと報告している(8)8) M. Nishimukai, R. Maeba, Y. Yamazaki, T. Nezu, T. Sakurai, Y. Takahashi, S. P. Hui, H. Chiba, T. Okazaki & H. Hara: J. Lipid Res., 55, 956 (2014)..プラズマローゲン分子種を分析することにより,将来的にADをはじめとする特定の疾病の診断・予測が可能になるかもしれない.

Reference

1) L. Ginsberg, S. Rafique, J. H. Xuereb, S. I. Rapoport & N. L. Gershfeld: Brain Res., 698, 223 (1995).

2) X. Han, D. M. Holtzman & D. W. McKeel Jr.: J. Neurochem., 77, 1168 (2001).

3) T. Miyazawa, S. Kanno, T. Eitsuka & K. Nakagawa: “Dietary Fats and Risk of Chronic disease,” ed. by Y. Yanagita, H. R. Knapp & Y. S. Huang, AOCS Publishing, 2006, pp. 196–202.

4) H. Takamura, K. Tanaka, T. Matsuura & M. Kito: J. Biochem., 105, 168 (1989).

5) S. Yamashita, S. Kanno, K. Nakagawa, M. Kinoshita & T. Miyazawa: RSC Adv., 5, 61012 (2015).

6) S. Yamashita, T. Kiko, H. Fujiwara, M. Hashimoto, K. Nakagawa, M. Kinoshita, K. Furukawa, H. Arai & T. Miyazawa: J. Alzheimer’s Dis., 50, 527 (2015).

7) K. Nakagawa, T. Kiko, T. Miyazawa, P. Sookwong, T. Tsuduki, A. Satoh & T. Miyazawa: FEBS Lett., 585, 1249 (2011).

8) M. Nishimukai, R. Maeba, Y. Yamazaki, T. Nezu, T. Sakurai, Y. Takahashi, S. P. Hui, H. Chiba, T. Okazaki & H. Hara: J. Lipid Res., 55, 956 (2014).