Kagaku to Seibutsu 54(10): 704-706 (2016)
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植物由来の新しい抗真菌剤ポアシン酸の研究の魅力新しい抗真菌剤ポアシン酸
Published: 2016-09-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
世界の人口が増え続け,食糧危機が深刻化している現代において,農業の重要性は以前にも増して高まってきている.そのなかで,カビの仲間である真菌による感染が原因となり,毎年約6億人分の食料に相当する農作物が被害を受けていると算出されている(1)1) M. C. Fisher, D. A. Henk, C. J. Briggs, J. S. Brownstein, L. C. Madoff, S. L. McCraw & S. J. Gurr: Nature, 484, 186 (2012)..真菌の感染を防ぐためには多くの農薬が使われているが,耐性菌の出現や環境負荷の増加といったさまざまな問題が指摘され始めた.最近われわれは新たな農薬に使える可能性がある抗真菌物質ポアシン酸を発見し,その作用メカニズム,病原性真菌への効果について発表した(2)2) J. S. Piotrowski, H. Okada, F. Lu, S. C. Li, L. Hinchman, A. Ranjan, D. L. Smith, A. J. Higbee, A. Ulbrich, J. J. Coon et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 201410400 (2015).(図1図1■ポアシン酸とその研究の特徴).そこで本稿ではポアシン酸の研究がなぜ多くの人の興味を引くようになったのか,研究の特色,将来の展望などのさまざまな観点から解説する.
ポアシン酸のような新しい次世代農薬(抗真菌農薬)の開発は,持続可能な社会の実現のために求められていた(①).植物の細胞壁に由来すること,真菌の細胞壁に作用することからもポアシン酸は注目を集めている(②).ポアシン酸の細胞内標的予想は形態表現型に基づくユニークな方法で予想され(③),作用機構や病原性真菌への抗菌活性が明らかになった(④,⑤).
食の安全が意識され,消費者の間での農薬への負の印象が依然として存在する現代社会で,化学的に合成されていない農薬である有機農薬を用いた有機農業の人気が高まっている.しかし実際には有効な選択肢はいまだ限定的である.たとえばボルドー液に含まれる硫酸銅は幅広い抗菌スペクトルをもつことから,代表的な有機農薬として100年以上もの歴史をもつが,継続的な使用は土壌汚染(銅の過剰蓄積)の原因となり,作物の生育への悪影響や水生生物への強い毒性が問題化する.したがって,ポアシン酸のような天然物に由来し,持続的に使用可能である次世代型農薬の開発が強く望まれていた.
環境負荷が低い農薬に対して社会からも大きな期待がかけられていることは,今回のポアシン酸の研究(3)3) 東京大学新領域創成科学研究科:新領域―植物由来の次世代型農薬へ,http://www.k.u-tokyo.ac.jp/info/entry/22_entry383/, 2015.に関する新聞記事からも理解できる.「原料が植物からできているので,環境汚染のリスクは低い」(日経新聞).「土壌汚染や健康への悪影響がある農薬に変わる新しい農薬になる可能性がある」(朝日新聞).「環境に負荷を与える重金属を使った殺菌剤のボルドー液の代替品に」(読売新聞).これらの視点は,健康や環境への関心が高まっている現代社会を反映しているのだろう.
ポアシン酸は木質系バイオマスであるリグノセルロースの加水分解産物から見つかった(図1図1■ポアシン酸とその研究の特徴).トウモロコシの茎部分の加水分解産物の中から,真菌の生育を阻害する物質をスクリーニングした結果,植物細胞壁の糖鎖を架橋し,植物体の強度を保つ物質であるジフェルラ酸の誘導体の中に,出芽酵母の生育を阻害する物質があることがわかった(2)2) J. S. Piotrowski, H. Okada, F. Lu, S. C. Li, L. Hinchman, A. Ranjan, D. L. Smith, A. J. Higbee, A. Ulbrich, J. J. Coon et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 201410400 (2015)..イネ科(Poaceae)植物に多く含まれることから,ポアシン酸(Poacic acid)と名づけられたこの物質は,真菌では細胞壁に結合し,細胞壁合成を阻害することによって,病原性真菌の生育を阻害した.
論文発表後にポアシン酸の研究はNatureのNews and Viewsで植物細胞壁での役割と真菌での効果を対比させながら,イラスト入りで紹介された(4)4) P. O'Maille: Nature, 521, 168 (2015)..“Fungus against the wall”というタイトルには,植物の細胞壁に由来する物質が真菌の殺菌剤であることが暗に込められているのだろう.しかしながら,そのイラストにあるようにポアシン酸が植物細胞壁のなかで実際に細胞壁の架橋を担っていると考えるのは誤りである.ポアシン酸自体が植物細胞壁の成分であるという証拠はまだなく,あくまでも加水分解産物として得られる物質というのが正しい認識である.ただし,実際に架橋を担っているジフェルラ酸自体が,植物がもつ真菌感染に対抗する天然の抗真菌成分である可能性は僅かながら残されている.
出芽酵母におけるポアシン酸の細胞内標的は,薬剤処理時の形態表現型に基づいて予想された.出芽酵母の形態解析に特化したCalMorphという蛍光顕微鏡画像の画像解析システムを用いることで,酵母の形を501の観点(細胞の大きさ,アクチンパッチの数,核の位置など)から捉えることができる(5)5) Y. Ohya, J. Sese, M. Yukawa, F. Sano, Y. Nakatani, T. L. Saito, A. Saka, T. Fukuda, S. Ishihara, S. Oka et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 19015 (2005)..CalMorphを使って,ポアシン酸を加えた際の細胞と類似した形態を示す遺伝子破壊株を,4,718の遺伝子破壊株の形態データベースと照合して検索した結果,細胞壁の合成経路の遺伝子破壊株と顕著に類似していた.さらにポアシン酸を加えたときの酵母細胞の形態の特徴を調べたところ,細胞壁異常の指標となる形態変化(6)6) H. Okada, S. Ohnuki, C. Roncero, J. B. Konopka & Y. Ohya: Mol. Biol. Cell, 25, 222 (2014).(長い芽のネック幅,形態的な不均一性)を示した.化学遺伝学的なデータも合わせて,ポアシン酸は細胞壁の合成に異常を与える物質であると予測された.
その後,実際にポアシン酸が出芽酵母の細胞壁の合成を阻害しているかを検証した.幸運なことに,ポアシン酸は蛍光を発する物質だったことから,ポアシン酸を酵母細胞に加えて調べてみたところ,細胞壁の主要な構成成分であるグルカン層の部分に蛍光が認められた(図2図2■ポアシン酸で蛍光染色した酵母細胞とグルカン標品).同様の現象はβ-1,3-グルカンの精製品に対しても認められ,ポアシン酸がβ-1,3-グルカンと結合することがわかった.その後,放射性標識した実験で,ポアシン酸がβ-1,3-グルカンの合成をin vitroおよびin vivoで阻害することがわかった.以上より,ポアシン酸は細胞壁のβ-1,3-グルカンに結合し,β-1,3-グルカン合成を阻害する働きがあることが証明された.
画像解析用の写真を撮っているときに,ポアシン酸で処理した細胞壁が“不自然な”蛍光を発することに気がついた.当初この現象のもつ意味がわからなかったが,その後細胞壁が標的ではないかと予測するようになったことから,「ポアシン酸がβ-1,3-グルカンと結合して働く」という作業仮説を立てるようになった.
形態表現型に基づく細胞内の標的予想(7)7) S. Ohnuki, H. Okada & Y. Ohya: Methods Mol. Biol., 1263, 319 (2015).は,筆者らが力を入れている研究の一つであり,標的未知の物質の標的を予想し,検証まで行ったものはバニリンに続いて(8)8) A. Iwaki, S. Ohnuki, Y. Suga, S. Izawa & Y. Ohya: PLoS ONE, 8, e61748 (2013).これで2例目である.今までは非必須遺伝子の遺伝子破壊株と照合することで標的を予想していたが,遺伝子破壊株と照合せずに予想する新しい方法(9)9) A. A. Gebre, H. Okada, C. Kim, K. Kubo, S. Ohnuki & Y. Ohya: FEMS Yeast Res., 15, fov040 (2015).を提案するとともに,必須遺伝子の変異株と照合する方法も新しく確立しつつある.
細胞壁を標的とする代表的な抗真菌剤であるキャンディン系薬剤はβ-1,3-グルカン合成酵素の触媒サブユニットFks1に直接結合して細胞壁合成を阻害することがわかっている.それに対してポアシン酸はまず細胞壁の主要なβ-1,3-グルカンに結合し,それが原因となって細胞壁合成を阻害することが示唆されている.β-1,3-グルカンそのものに結合する抗真菌剤はほかに存在しないため,ポアシン酸はユニークな作用機構をもっていると言える.さらに,細胞壁に結合する性質によって,酵母細胞を蛍光染色できる点も興味深い.これまでに真菌感染症の検査時に,真菌を可視化するために細胞壁の染色剤(例:カルコフロールホワイト)が利用されているが,ポアシン酸も検出試薬として利用できる可能性がある.
しかしながらよく考えてみると,ポアシン酸が具体的にどのように細胞壁にダメージを与えているのかについては不明な点が多い.どのような結合様式でβ-1,3-グルカンに結合するのか,どのような反応メカニズムでβ-1,3-グルカン合成を阻害するのか,細胞壁リモデリング(タンパク質修飾や,糖鎖同士の架橋)への影響はないのかといった問題の解決には,今後の研究が必要であり,これらは多くの細胞壁研究者の興味を引く課題になっている.
ポアシン酸は広い抗菌スペクトルをもっている.複数の植物病原性真菌(Sclerotinia sclerotiorum, Alternaria solani)だけでなく卵菌Phytophthora sojae(真菌と類似する性質をもつが,進化的に異なる原生生物で細胞壁にβ-1,3-グルカンをもつ)の増殖を抑えた.植物への真菌の感染そのものも抑える効果もあった(図1図1■ポアシン酸とその研究の特徴).一般的に真菌の細胞壁中にはβ-1,3-グルカンが存在するが,これがポアシン酸の抗菌スペクトルの広さに貢献していると推測されている.ヒトや動物に感染するカンジダ属・アスペルギルス属などの病原性真菌もβ-1,3-グルカンをもっているため,これらの病原性真菌にも効く可能性がある.ヒトには存在しないβ-1,3-グルカンを標的にするポアシン酸は,副作用が低いことが期待されるため,農業・医療の両分野で使われているアゾール系抗真菌薬に続き,新たな医薬品としてポアシン酸が利用される日が将来くるかもしれない.
薬としての実用化を考えるうえでは,量の確保は大きな問題である.残念ながら今回使用した加水分解産物には,ポアシン酸は0.1 μMとそれほど多くは含まれていなかった.しかし2022年までに木質系原料によるバイオエタノール生産は毎年6,000万kLに上ると予想されており(10)10) J. Westbrook, G. E. Barter, D. K. Manley & T. H. West: Energy Policy, 65, 419 (2014).,その際に毎年6~12億kLもの莫大な量の加水分解産物が得られることを考えると,さほど大きな問題にはならないのではないだろうか.
ポアシン酸は天然物に由来し,これからの環境型社会を実現するうえで理想的な性質をもっている抗真菌剤の有力な候補である.今後の実用化に向けて,現在ウィスコンシンで行っているほ場試験,環境負荷やヒトへの安全性の検査といった多くの課題が残されている.これらをクリアーすることによって,植物由来の初めての抗真菌剤としての有機農薬,あるいは医薬品としての活用が期待される.
Acknowledgments
ポアシン酸の研究は,ウィスコンシン大学のJeff S. Piotrowski, John Ralph, Fachuang Lu, Mehdi Kabbage, 理化学研究所のSheena C. Li, トロント大学のCharles M. Boone, ミネソタ大学のChad L. Myersらとの共同研究で行ったものです.この場を借りて感謝いたします.
Reference
3) 東京大学新領域創成科学研究科:新領域―植物由来の次世代型農薬へ,http://www.k.u-tokyo.ac.jp/info/entry/22_entry383/, 2015.
4) P. O'Maille: Nature, 521, 168 (2015).
6) H. Okada, S. Ohnuki, C. Roncero, J. B. Konopka & Y. Ohya: Mol. Biol. Cell, 25, 222 (2014).
7) S. Ohnuki, H. Okada & Y. Ohya: Methods Mol. Biol., 1263, 319 (2015).
8) A. Iwaki, S. Ohnuki, Y. Suga, S. Izawa & Y. Ohya: PLoS ONE, 8, e61748 (2013).
9) A. A. Gebre, H. Okada, C. Kim, K. Kubo, S. Ohnuki & Y. Ohya: FEMS Yeast Res., 15, fov040 (2015).
10) J. Westbrook, G. E. Barter, D. K. Manley & T. H. West: Energy Policy, 65, 419 (2014).