今日の話題

魚油の風味劣化と抗酸化臭いのしない魚油を目指して

Kazuo Miyashita

宮下 和夫

北海道大学大学院水産科学研究院

Mariko Uemura

上村 麻梨子

北海道大学大学院水産科学研究院

Ako Shibata

柴田 阿子

北海道大学大学院水産科学研究院

Published: 2016-09-20

エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサン酸(DHA)といったn-3系(オメガ3系)多価不飽和脂肪酸(PUFA)の摂取は,心筋梗塞などの冠動脈疾患に対する予防効果があると考えられている.これらのn-3系PUFAとアラキドン酸などのn-6系PUFAは,いずれも正常な生体機能維持に不可欠であるが,現代の食生活では両PUFAの摂取バランスが崩れ,多くの場合n-6系過多の状態となっている.したがって,このバランスを正常に保つために,魚油などからのEPAやDHAの直接摂取が推奨されている.しかし,魚油を食品素材として用いるには大きな問題がある.それは,極めて酸化されやすいという性質である.

脂質の酸化では,まず,OOH基を1個有する反応物(モノヒドロペルオキシド)が生成され,しばらく時間を経て,モノヒドロペルオキシドの分解,重合,酸化といった複雑な二次酸化反応が起きるとされてきた.しかし,最近の考え方としては,このような順を追った反応プロセスは,リノール酸メチルなどのモデル系では観察できるが,実際の脂質酸化では,モノヒドロペルオキシドの生成と二次酸化反応はほぼ同時に進行していく複雑なものとされている(1)1) K. M. Schaich: “Lipid Oxidation: Challenges in Food Systems: Challenges in elucidating lipid oxidation mechanisms: when, where, and how do products arise? ” ed. by A. Logan, U. Nienaber, X. Pan, AOCS Press, 2013..特に,魚油の場合には,酸化のごく初期からさまざまな酸化物,特に低分子の揮発性成分が生成するため,風味劣化が顕著となる.

脂質酸化を防ぐ(抗酸化)には,酸化反応に中心的な役割を果たすフリーラジカルを不活性化することが重要である.フリーラジカルとは,不対電子をもつ原子や分子のことを言い,反応性が非常に高い.PUFAはまずフリーラジカルの攻撃を受け,自身がPUFAラジカルとなったあと,これに酸素が結合する.したがって,こうしたフリーラジカルに電子を供与し,非ラジカル化(不活性化)する働きのある化合物が抗酸化物質として知られている.魚油の抗酸化で最もよく用いられているものにローズマリー抽出物やトコフェロール類があり,いずれも電子供与能を有し,フリーラジカルを不活性化する.しかし,実際に,このような抗酸化剤を魚油に添加しても,風味劣化を完全に防止することはできない.魚油の利用が主としてカプセルに封入したサプリメントにとどまっているのはこのような事情による.

魚油の風味劣化についてはこれまでも多くの研究があり,EPAやDHAの酸化で生ずる低分子のアルデヒドやケトンなどが劣化の主因とされている.こうした低分子揮発成分の分析には,固相マイクロ抽出(SPME)法とガスクロマトグラフ質量分析(GC-MS)法の併用が一般に用いられる.SPME法とは,吸着性のあるファイバーに揮発性成分をトラップし,これをGCに導入して分析する方法である.SPME法により,高感度での揮発性成分の検出が可能となり,炭素数が5~10の不飽和アルデヒドあるいは不飽和ケトンが魚油の酸化劣化の主成分として報告されている(2, 3)2) G. Venkateshwarlu, M. B. Let, A. S. Meyer & C. Jacobsen: J. Agric. Food Chem., 52, 1635 (2004).3) A. Dehaut, C. Himber, V. Mulak, T. Grard, F. Krzewinski, B. Le Fur & G. Duflos: J. Agric. Food Chem., 62, 8014 (2014).

脂質酸化で生ずる低分子揮発成分の分析の基礎は,Frankelらのグループにより,1980年代に確立された(4)4) E. N. Frankel: “Lipid Oxidation: Methods to determine extent of oxidation,” ed. by E. N. Frankel, The Oily Press, 1998..このとき,Frankelらは揮発性成分の分析法として,1)液相との平衡状態を保ったまま揮発性成分を含む気相を取り出す方法(Static headspace method:平衡ヘッドスペース法),2)揮発性成分を強制的に取り出す方法(Dynamic headspace method:動的ヘッドスペース法),3)酸化脂質を直接GCに導入する方法(Direct injection method)を比較している.3)の方法は,生成した酸化物を直接GC内で熱分解後,分析するもので,酸化物の分解機構の解析には適しているが,実際の脂質酸化で生成する揮発性成分を見ているわけではない.現在広く利用されているSPME法は2)に該当するが,Frankelらは,この方法の欠点として,揮発性成分の抽出・吸着・脱離過程で,炭素数4以下の低分子成分の減少と炭素数7~10の不飽和アルデヒドの濃縮を指摘している(5)5) J. M. Snyde, E. N. Frankel, E. Selke & K. Warner: J. Am. Oil Chem. Soc., 65, 1617 (1988)..Frankelらの主たる分析対象はリノール酸を多く含む植物油であり,この場合には,炭素数4以下の低分子成分の消失はあまり問題にならなかった.しかし,魚油の酸化物分析へのSPME法の適用の是非については考慮が必要となる.

一方,1)の方法は,揮発性成分を含む気相をそのままGCに導入するので,分析過程での特定成分の増減は少ない.ただ,この場合,感度が低いという欠点があった.しかし,最近の分析技術の発達により,感度の高い平衡ヘッドスペース法が活用できるようになった.そこで筆者らは,魚油と植物油の初期酸化について,平衡ヘッドスペース法とGC-MSを組み合わせた分析を行った(6)6) A. Shibata, M. Uemura, M. Hosokawa & K. Miyashita: J. Am. Oil Chem., Soc., in press..その結果,魚油の場合,酸化のごく初期からアクロレインが主成分として見いだされた.一方,大豆油などの植物油ではアクロレインの生成はほとんど見られず,EPAやDHAなどのように,二重結合を多数含むn-3系PUFAの酸化により,アクロレイン(2-propenal,図1図1■α-トコフェロール存在下でのスフィンゴイド塩基とアクロレインとの反応による抗酸化物質の生成)が先行して生ずることを明らかにした.アクロレインは4-hydroxy-2-nonenal(酸化油脂の毒性成分としてよく知られている)の約100倍の毒性を有し,その閾値は3.6 ppbで,揚げ油の不快臭の本体としても広く知られている.したがって,これまで不明であった魚油の酸化初期で見られる風味劣化は,アクロレインに起因するとも推測でき,その生成機構についての今後の検討が期待されている.

図1■α-トコフェロール存在下でのスフィンゴイド塩基とアクロレインとの反応による抗酸化物質の生成

仮にアクロレインが魚油の風味劣化の主因とすれば,その生成を防ぐことが最も重要である.抗酸化物質には,水素供与能があり,魚油中のEPAやDHAの酸化はある程度抑制できるが,反応物をゼロにすることは難しく,少量でもアクロレインのようなアルデヒドが残存すると風味劣化が起こってしまう.リノール酸を主体とする植物油の場合,反応物のレベルや生成物の閾値が高いので,抗酸化剤を添加すれば風味劣化はあまり問題にならない.しかし,リノール酸よりも酸化されやすいn-3系のα-リノレン酸が多いアマニ油では,魚油ほどではないにしろ,アクロレインが生成する(6)6) A. Shibata, M. Uemura, M. Hosokawa & K. Miyashita: J. Am. Oil Chem., Soc., in press.ため,食品に広く活用することは難しい.

それでは,魚油の風味劣化を抑制するにはどうしたらいいのか? この問題を解決するために注目したのがアルデヒドとアミノ化合物とのアミノカルボニル反応である.なぜなら,この反応により,風味劣化の主因となるアルデヒド類を除去でき,かつ,反応物の抗酸化活性も期待できるからである.これまで,アミノ酸,タンパク質,リン脂質のアミノ基と脂質酸化で生ずるアルデヒドとのアミノカルボニル反応物の抗酸化活性については多くの研究があったが(7)7) F. S. H. Lu, N. S. Nielsen, C. P. Baron & C. Jacobsen: Food Chem., 135, 288 (2012).,これらの反応物の抗酸化活性はそれほど強くなかった.これには,生成物の分子量や,脂質への溶解性などの化学的・物理的性質なども関係していると考え,魚油の酸化防止に最も適したアミノ化合物を探索したところ,スフィンゴイド塩基を見いだした(8)8) J. Shimajiri, M. Shiota, M. Hosokawa & K. Miyashita: J. Agric. Food Chem., 61, 7969 (2013)..スフィンゴイド塩基はスフィンゴ脂質の構成成分であり,トコフェロールとともに魚油に添加することにより,アクロレインなどのアルデヒド類の生成を一定期間ほぼ完全に抑制できることを見いだした.その理由については現在検討中であるが,スフィンゴイド塩基とアクロレインとの反応により強力な抗酸化物質が生成されると推測している(図1図1■α-トコフェロール存在下でのスフィンゴイド塩基とアクロレインとの反応による抗酸化物質の生成).

Reference

1) K. M. Schaich: “Lipid Oxidation: Challenges in Food Systems: Challenges in elucidating lipid oxidation mechanisms: when, where, and how do products arise? ” ed. by A. Logan, U. Nienaber, X. Pan, AOCS Press, 2013.

2) G. Venkateshwarlu, M. B. Let, A. S. Meyer & C. Jacobsen: J. Agric. Food Chem., 52, 1635 (2004).

3) A. Dehaut, C. Himber, V. Mulak, T. Grard, F. Krzewinski, B. Le Fur & G. Duflos: J. Agric. Food Chem., 62, 8014 (2014).

4) E. N. Frankel: “Lipid Oxidation: Methods to determine extent of oxidation,” ed. by E. N. Frankel, The Oily Press, 1998.

5) J. M. Snyde, E. N. Frankel, E. Selke & K. Warner: J. Am. Oil Chem. Soc., 65, 1617 (1988).

6) A. Shibata, M. Uemura, M. Hosokawa & K. Miyashita: J. Am. Oil Chem., Soc., in press.

7) F. S. H. Lu, N. S. Nielsen, C. P. Baron & C. Jacobsen: Food Chem., 135, 288 (2012).

8) J. Shimajiri, M. Shiota, M. Hosokawa & K. Miyashita: J. Agric. Food Chem., 61, 7969 (2013).