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海洋天然物ビセリングビアサイド類の作用機序研究カルシウムポンプを標的とするシアノバクテリア由来のマクロリド

Maho Morita

森田 真布

東京大学分子細胞生物学研究所

ユタ大学

Haruo Ogawa

小川 治夫

東京大学分子細胞生物学研究所

Kiyotake Suenaga

末永 聖武

慶應義塾大学

Chikashi Toyoshima

豊島

東京大学分子細胞生物学研究所

Published: 2016-09-20

生物由来の有機化合物(天然物)は,古くから医薬品や研究試薬として重宝されてきた.低分子医薬品のおよそ6割に天然物の炭素骨格が使われている事実からもうかがえるように(1)1) G. M. Cragg & D. J. Newman: Biochim. Biophys. Acta, 1830, 3670 (2013).,ユニークな化学構造と強い生物活性は天然物の大きな魅力である.しかし,その多くは細胞や個体に対する生物活性を指標に分離精製されており,「特定の分子がなぜ生物活性を示すのか」—すなわち作用機序については,単離された時点では不明の場合がほとんどである.一方,生命科学研究では分子・原子レベルでの生命現象の理解が進み,創薬研究では分子標的薬が主流となって久しい.こうした背景から,生物活性物質を創薬シードや研究ツールとして活かすためには,作用機序の分子レベルでの理解が不可欠となっている.しかし,天然物の標的分子はタンパク質や核酸,脂質など多岐にわたるうえに,標的同定の常法がないこともあり,成功例はいまだ限られている.本稿では,最近の一例として,筆者らが行った海洋天然物ビセリングビアサイド類の作用機序研究を取り上げ,経緯と展望を交えて紹介したい.

ビセリングビアサイド類は,沖縄県および鹿児島県に生息する海洋シアノバクテリアLyngbya属から単離されたマクロリド系化合物である(図1A図1■ビセリングビアサイド類の作用機序).2009年に初めてこの炭素骨格のマクロリドが発見されて以来(2)2) T. Teruya, H. Sasaki, K. Kitamura, T. Nakayama & K. Suenaga: Org. Lett., 11, 2421 (2009).,筆者らは種々の活性試験を行ってきた.たとえば,ヒトがん細胞に対する増殖抑制活性やアポトーシス(細胞死)の誘導(3)3) M. Morita, O. Ohno, T. Teruya, T. Yamori, T. Inuzuka & K. Suenaga: Tetrahedron, 68, 5984 (2012).,破骨細胞に対する分化抑制活性(4)4) T. Yonezawa, N. Mase, H. Sasaki, T. Teruya, S. Hasegawa, B. Y. Cha, K. Yagasaki, K. Suenaga, K. Nagai & J. T. Woo: J. Cell. Biochem., 113, 440 (2012).などを報告したが,標的分子は不明であった.冒頭で述べたように,標的同定の難しさは新規な生物活性物質の多くに共通した問題であり,ケミカルバイオロジー分野ではさまざまな手法が研究されている.筆者らは,がん研究会がん化学療法センターが構築した39株のヒトがん細胞パネル(JFCR39)(5)5) T. Yamori, A. Matsunaga, S. Sato, K. Yamazaki, O. Nakanishi, H. Kohno, Y. Nakajima, H. Komatsu, Y. Andoh & T. Tsuruo: Cancer Res., 59, 4042 (1999).を利用して標的を推定し,それを基にin vitroの阻害活性試験を行った.その結果,ビセリングビアサイド類は小胞体カルシウムポンプ(sarco/endoplasmic reticulum Ca2+-ATPases; SERCA)の強力な阻害剤であることが明らかになった(阻害定数Ki ~10 nM)(6)6) M. Morita, H. Ogawa, O. Ohno, T. Yamori, K. Suenaga & C. Toyoshima: FEBS Lett., 589, 1406 (2015).図1B図1■ビセリングビアサイド類の作用機序).

図1■ビセリングビアサイド類の作用機序

A. 海洋シアノバクテリアLyngbya sp.とビセリングビアサイド類の化学構造B. ビセリングビアサイド類の作用メカニズム(左)およびカルシウムポンプ–ビセリングビアサイド複合体の結晶構造(右)C. ビセリングビオライドBの結合様式.

SERCAは,ATPの加水分解エネルギーを利用して細胞質側から内腔側へCa2+を能動輸送するイオンポンプである.SERCAの阻害はカルシウムイオンの恒常性を乱し,結果的に小胞体ストレスを誘導する.実際に,ヒト子宮頸がん細胞をビセリングビアサイド類で処理したところ,細胞質内のカルシウムイオン濃度が上昇し,小胞体ストレスが誘導されることがわかった(図1B図1■ビセリングビアサイド類の作用機序).現在,SERCAを標的とする医薬品は上市されていないが,強力な阻害剤であるタプシガルジン(Ki 0.1 nM)のペプチド誘導体が前立腺がんの治療薬として第二相の臨床試験に供されている(7)7) N. T. Doan, E. S. Paulsen, P. Sehgal, J. V. Møller, P. Nissen, S. R. Denmeade, J. T. Isaacs, C. A. Dionne & S. B. Christensen: Steroids, 97, 2 (2015)..そのほかのSERCA阻害剤としては,カビ毒シクロピアゾン酸や2,5-di-tert-butyl-1,4-benzohydroquinone(BHQ)がよく知られている.しかし,SERCAとの親和性はどちらの阻害剤もタプシガルジンの1万分の1程度にとどまっており(Ki ~1 μM),ビセリングビアサイド類の強い親和性と阻害機構に興味がもたれた.

これまでに,マクロリド系化合物がSERCA阻害剤として報告された例はなく,ビセリングビアサイド類の結合様式はほかの阻害剤と大きく異なると考えられた.そこで筆者らは,速筋のカルシウムポンプであるSERCA1aにビセリングビアサイド類が結合した複合体を結晶化し,X線結晶解析により3.2~3.5 Å分解能で結合様式を明らかにした(6)6) M. Morita, H. Ogawa, O. Ohno, T. Yamori, K. Suenaga & C. Toyoshima: FEBS Lett., 589, 1406 (2015)..SERCA1aは分子量110 kDaの膜タンパク質であり,細胞質領域の3つのドメイン(A, NおよびP)と10本の膜貫通α-ヘリックス(M1~M10)から構成されている.決定された結晶構造では,ビセリングビアサイド類は細胞質ドメインと膜貫通領域の境界領域に結合し,その結合様式は既知の阻害剤とは明瞭に異なっていた(図1B図1■ビセリングビアサイド類の作用機序).結合サイトの一部はシクロピアゾン酸やBHQのサイトとも重なるが,ビセリングビアサイド類はこれら阻害剤に比べ,約1,000倍も高い親和性を示した.これは,ビセリングビアサイド類が細胞質ドメインまで含めた広い範囲の残基と相互作用していることに起因すると考えられる.

ビセリングビアサイド類の結合様式において特に重要なのは,膜貫通ヘリックスM3, M4および細胞質側Pドメインのα-ヘリックス(P1)と,ビセリングビアサイド類の側鎖および1,3-共役ジエン近傍との疎水的相互作用である(図1C図1■ビセリングビアサイド類の作用機序).対照的に,マクロラクトン環のC2~C6周辺と膜貫通ヘリックスM1およびM2の間には隙間がある.したがって,C2~C6周辺の官能基化やマクロラクトン部の環拡大などにより親和性の向上が可能かもしれない.海洋生物由来のマクロリドには,分子内に多くのsp3炭素と酸素官能基をもつものも多数存在するが,ここでは疎水的かつsp2炭素を多く含む独自の化学構造が高親和性結合の鍵を握っている.

ここで,構造活性相関に目を向けたい.ヒトがん細胞に対しては,糖をもたないアグリコンは配糖体に比べ約100倍強い増殖抑制活性を示した.これに対して,SERCA1aに対するin vitroの阻害活性は,配糖体とそのアグリコンで同等であった.この違いは細胞膜に対する透過性によると推察されるが,興味深いことに,シアノバクテリアからの収量は配糖体が最も多い.配糖体をアグリコンの不活性前駆体として利用しているのか,それとも生体内での蓄積や排出のために糖を付加しているのか,シアノバクテリア自身にとっての配糖体の役割はよくわかっていない.また,エンドペルオキシド構造をもつ類縁体は,細胞増殖抑制活性・SERCA阻害活性ともに著しく低かった.この結果は,前述の1,3-共役ジエンが重要であるという結晶構造の知見からも納得できる.最近,抗マラリア薬であるアルテミシニンがSERCAを含む124種ものタンパク質に結合することが報告された(8)8) J. Wang, C. J. Zhang, W. N. Chia, C. C. Y. Loh, Z. Li, Y. M. Lee, Y. He, L. X. Yuan, T. K. Lim, M. Liu et al.: Nat. Commun., 6, 10111 (2015)..ビセリングビアサイド類はSERCAに対しin vitroで強力な阻害活性を示したが,細胞内ではSERCAのほかにも標的分子をもつのかもしれない.実際,前述のJFCR39における細胞株間の比較では,ビセリングビアサイド類の細胞増殖阻害活性がSERCAの遺伝子発現量と相関しないという予備的知見も得られている.ビセリングビアサイド類の作用メカニズムを理解するうえで,今後,こうした複雑な生物活性や標的分子との弱い相互作用にも着目していきたい.

本稿では,天然物ビセリングビアサイド類の作用機序研究を紹介した.ビセリングビアサイド類の結合様式が明らかになり,SERCAを標的とする薬剤に関して重要な設計指針を得ることができた.創薬という視点からは,SERCAは正常細胞にも発現しており,組織特異性をいかに与えるかが課題である.デリバリー技術と組み合わせたことで抗がん剤のリードとなったタプシガルジンの例に見られるように,異分野とのシームレスな連携がますます重要になると考えられる.ここで得られた結晶構造が,今後の薬剤設計・合成・活性評価という正のサイクルを回すための起爆剤となることを期待したい.

Reference

1) G. M. Cragg & D. J. Newman: Biochim. Biophys. Acta, 1830, 3670 (2013).

2) T. Teruya, H. Sasaki, K. Kitamura, T. Nakayama & K. Suenaga: Org. Lett., 11, 2421 (2009).

3) M. Morita, O. Ohno, T. Teruya, T. Yamori, T. Inuzuka & K. Suenaga: Tetrahedron, 68, 5984 (2012).

4) T. Yonezawa, N. Mase, H. Sasaki, T. Teruya, S. Hasegawa, B. Y. Cha, K. Yagasaki, K. Suenaga, K. Nagai & J. T. Woo: J. Cell. Biochem., 113, 440 (2012).

5) T. Yamori, A. Matsunaga, S. Sato, K. Yamazaki, O. Nakanishi, H. Kohno, Y. Nakajima, H. Komatsu, Y. Andoh & T. Tsuruo: Cancer Res., 59, 4042 (1999).

6) M. Morita, H. Ogawa, O. Ohno, T. Yamori, K. Suenaga & C. Toyoshima: FEBS Lett., 589, 1406 (2015).

7) N. T. Doan, E. S. Paulsen, P. Sehgal, J. V. Møller, P. Nissen, S. R. Denmeade, J. T. Isaacs, C. A. Dionne & S. B. Christensen: Steroids, 97, 2 (2015).

8) J. Wang, C. J. Zhang, W. N. Chia, C. C. Y. Loh, Z. Li, Y. M. Lee, Y. He, L. X. Yuan, T. K. Lim, M. Liu et al.: Nat. Commun., 6, 10111 (2015).