Kagaku to Seibutsu 54(10): 713-719 (2016)
解説
動脈硬化研究の新たな展開心臓周囲脂肪組織と血管外膜微小血管
The Development of Atherosclerosis Research: Perivascular Adipose Tissues and Adventitial Vasa Vasorum
Published: 2016-09-20
長年,日本人の死因第1位は悪性新生物であり,第2位は心疾患である.脳血管疾患は肺炎に続いて第4位であり,心疾患,脳血管疾患の原因となる動脈硬化症の重要性は依然として続いている(厚生労働省ホームページより).従来動脈硬化は,血管壁に脂質が沈着して生じると考えられてきた.しかし,最近の研究によると,動脈硬化病変には各種の活性化した炎症細胞の浸潤やさまざまなサイトカインの発現が認められ,血管の慢性炎症が根本的成因であると考えられている.古くから,糖尿病と心血管疾患発症の関連性が提唱されてきたが,最近では,糖尿病の背景となるインスリン抵抗性も,脂肪組織での慢性炎症との関連が報告されている.高血圧でも,血液検査で,体内に炎症が生じているときに上昇するタンパク質(C-反応性タンパク質)値の上昇を認めるなど,炎症との関連が示唆されており,従来個別に考えられていたこれらの病態が,全身性の組織慢性炎症による一連の疾患として理解されるようになっている.糖尿病や高血圧,脂質異常症が動脈硬化症を進行させる経路は,血圧調節に関連するホルモンや,脂肪組織から分泌されるアディポサイトカインなど病態に関連する液性因子や,血液中の脂質が,全身の血流を介して血管病変に到達して作用すると考えられている.よって動脈硬化病変は,血管内皮細胞の機能障害に始まり,炎症が血管内腔側から外膜側に進行すると考えられ,動脈硬化研究は,血管内皮細胞,新生内膜,血管平滑筋細胞に着目したものが多数を占めていた.一方,最近では,動脈硬化病変局所での隣接する組織との関連が注目されている.われわれは,動脈硬化病変をもつ血管に隣接する血管周囲脂肪組織(perivascular adipose tissue; PVAT),および血管外膜微小血管(vasa vasorum; VV)に注目し,血管の外膜側から内膜側に向かう動脈硬化病変調節機構について検討している.
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
血管は弾性型動脈,筋型動脈,最小動脈へと分枝を繰り返し,最終的には毛細血管となり全身に分布する.そして再び合流して静脈となり,中径静脈,大径静脈となって右心房へ灌流する(1)1) 佐藤 靖:血圧,10, 561 (2003)..血管は基本的には血管内皮細胞,平滑筋細胞やペリサイトからなる壁細胞および細胞外マトリックスで構成されている.動脈壁は,内膜・中膜・外膜の3層からなる.内膜は,内腔側から血管内皮細胞層,血管基底膜と内弾性板までである.その外側の中膜は平滑筋細胞と細胞外マトリックスからなり,外膜は外弾性板より外側で,コラーゲンなどの細胞外マトリックスや線維芽細胞からなる(1)1) 佐藤 靖:血圧,10, 561 (2003).(図1図1■動脈の基本構造).
血管内皮は,解剖学的には血管壁の最も内側の内腔側に位置しており,血管内皮細胞による1層の細胞層よりなっている.全身の内皮細胞をすべて1列に並べると全長で10万km,一面に敷き詰めると面積はアメリカンフットボール競技場一面に相当する(2)2) 豊田 茂,井上 晃,野出 孝:血栓と循環,19, 226 (2011)..
血管内皮は血管内腔と血管壁を隔てるバリアのようなものと考えられていたが,1980年代よりさまざまな生理活性物質を産生・分泌することが報告され,血管の構造保持と血管緊張の調節に重要な役割を果たしていることがわかってきた.内皮細胞は一酸化窒素(nitric oxide; NO)を産生し,NOは,血管平滑筋に作用して血管を拡張させる.またNOは,血液中の血小板や白血球が血管内腔表面に付着することを防ぎ,血栓形成性と線維素溶解性を調節して血栓形成を防ぐ作用ももつ.そのほか,血管内皮細胞は血管拡張因子としてプロスタグランジンI2など,さらに血管収縮因子としてエンドセリン,アンジオテンシンIIなどを産生・分泌し血管緊張性を調節している(3)3) 佐藤 靖:日本臨床,51, 1974 (1993).(図2図2■正常な血管内皮細胞の機能).
このように,血管は内皮細胞の機能により正常な状態に保たれている.しかし,動脈硬化の危険因子となる高血圧,高コレステロール血症,糖尿病,喫煙などの状況下では,血管内皮細胞は傷害を受けて機能障害が生じる.Rossの仮説により,動脈硬化病変は,血管内皮機能障害から始まる血管の炎症であるとされている(4)4) R. Ross: N. Engl. J. Med., 340, 115 (1999)..内皮細胞が傷害を受けると,血管内皮細胞や平滑筋細胞からの活性酸素種(reactive oxygen spices; ROS,スーパーオキシド・過酸化水素・ヒドロキシラジカルなど)の産生が増加する.ROSは,内皮細胞によるNO産生やNO活性を低下させ,血管の収縮性や細胞接着性を亢進させる.また血管内皮細胞は,酸化ストレスやサイトカインなどにより活性化を受け,透過性が亢進し,脂質やそのほかの血漿タンパク質が血管壁へと侵入する.また,活性化された内皮細胞は,細胞接着分子であるE-セレクチンや,ICAM-1(intercellular adhesion molecule-1),VCAM-1(vascular cell adhesion molecule-1)などを発現し,血液中の白血球や単球,リンパ球が血管内皮に接着して血管壁内へ侵入する.さらに,活性化された内皮細胞により凝固性亢進や平滑筋細胞の遊走・増殖促進も生じる.このように,内皮細胞の機能障害により正常内皮細胞のもつ血管の恒常性維持機能が破綻し,平滑筋細胞や炎症細胞とパラクリン(傍分泌)作用により相互に影響を及ぼし合い,血管の炎症状態が増強し持続する.
活性化された中膜平滑筋細胞は,内皮細胞や炎症細胞,平滑筋細胞自身が産生するサイトカインの刺激により活性化し,内皮下へ遊走して増殖し,内膜から侵入した炎症細胞や脂質と伴に動脈硬化病変を形成する.病変内で,マクロファージや血管平滑筋細胞は,脂質を取り込んで泡沫化し,壊死性コアを形成する(図3図3■動脈硬化病変と血管周囲脂肪組織,血管外膜微小血管の模式図).
以上のように,動脈硬化病変は血管内皮障害が開始点となり,炎症が血管の外側に波及し,血管平滑筋細胞の内皮下への遊走や増殖が生じ,進展すると考えられている.一方,動脈硬化を生じさせる刺激が血管の外側から内側に向かう経路も想定されている.大部分の血管は,血管周囲脂肪組織(perivascular adipose tissue; PVAT)に覆われている.PVATは,外膜との間に明確な区切りは存在しないものの,構造的に区別される.PVATは脳動脈や微小血管には存在せず,大動脈周囲には豊富に存在する(5)5) T. Szasz, G. F. Bomfim & R. C. Webb: Vasc. Health Risk Manag., 9, 105 (2013)..PVATは単なる血管の支持組織にすぎないと考えられてきたが,1991年に,ラットの胸部大動脈を用いたin vitroの実験により,PVATを除去した血管は,PVATが付いたままの血管と比べ,エピネフリンや電気刺激などの収縮刺激への反応性が減弱することが報告された.このことから,PVATが血管反応性に大きく関与している可能性が示された(6)6) E. E. Soltis & L. A. Cassis: Clin. Exp. Hypertens. A, 13, 277 (1991)..
最近,脂肪組織は内分泌組織としての機能が注目されている.炎症性サイトカインである腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor; TNF)-αや,抗炎症作用をもつアディポネクチンなど,多数の抗炎症性および炎症性のサイトカインが脂肪組織および脂肪組織に集積したマクロファージから分泌されることが報告され,総称してアディポサイトカインと呼ばれている(7)7) Y. Matsuzawa, T. Funahashi, S. Kihara & I. Shimomura: Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 24, 29 (2004)..PVATについても同様に,ヒトの冠動脈のPVATを解析した報告により,単球走化性タンパク質(monocyte-chemoattractant protein; MCP)-1などの炎症性サイトカインやケモカイン(サイトカインのうち白血球などの遊走を引き起こすもの)を発現しており,ケモカインの作用により,PVAT中にマクロファージやT細胞が集積していることが示された(8, 9)8) T. Mazurek, L. Zhang, A. Zalewski, J. D. Mannion, J. T. Diehl, H. Arafat, L. Sarov-Blat, S. O’Brien, E. A. Keiper, A. G. Johnson et al.: Circulation, 108, 2460 (2003).9) E. Henrichot, C. E. Juge-Aubry, A. Pernin, J. C. Pache, V. Velebit, J. M. Dayer, P. Meda, C. Chizzolini & C. A. Meier: Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 25, 2594 (2005)..またPVATからは,ROSやNO,アンジオテンシンII,遊離脂肪酸なども分泌されていると報告されている(5)5) T. Szasz, G. F. Bomfim & R. C. Webb: Vasc. Health Risk Manag., 9, 105 (2013)..このように血管に直接接するPVATからは,血管機能を調節する作用のある液性因子が分泌されている(図3図3■動脈硬化病変と血管周囲脂肪組織,血管外膜微小血管の模式図).
われわれは,血管周囲脂肪組織が血管傷害後に形成される病変へ与える影響についてマウスを用いて検討した(10, 11)10) M. Takaoka, H. Suzuki, S. Shioda, K. Sekikawa, Y. Saito, R. Nagai & M. Sata: Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 30, 1576 (2010).11) M. Takaoka, D. Nagata, S. Kihara, I. Shimomura, Y. Kimura, Y. Tabata, Y. Saito, R. Nagai & M. Sata: Circ. Res., 105, 906 (2009)..まず,マウスに高脂肪/高ショ糖食を投与して肥満させると,大腿動脈周囲のPVATに浸潤するマクロファージ数が増加した.また,抗動脈硬化作用をもつアディポネクチンのメッセンジャーRNA(messenger RNA; mRNA)の発現は低下し,炎症性サイトカインであるMCP-1, TNF-αなどのmRNA発現が増加した.
次にPVATが機械的血管傷害後の血管リモデリングへ与える影響を調べるため,マウス大腿動脈ワイヤー傷害モデルを用いて以下の実験を行った.マウスの血管に,血管内径よりも少し太いワイヤーを挿入すると,血管が過拡張され,血管内皮細胞や血管平滑筋細胞が傷害を受けて内膜肥厚が生じる.これは,ヒトの冠動脈に生じた動脈硬化による狭窄病変を,バルーンつきカテーテルにより拡張する治療法(経皮的冠動脈バルーン形成術)を施行した後に生じる再狭窄病変のモデルと考えられている(12)12) M. Sata, Y. Maejima, F. Adachi, K. Fukino, A. Saiura, S. Sugiura, T. Aoyagi, Y. Imai, H. Kurihara, K. Kimura et al.: J. Mol. Cell. Cardiol., 32, 2097 (2000)..通常血管周囲脂肪組織は,アディポネクチンなどの血管修復を促進するアディポサイトカインを分泌し,血管傷害後の新生内膜増殖を抑制するように作用する.しかし,肥満マウスではこの抑制効果は認められなかった.これは,血管周囲脂肪組織で炎症が惹起され,脂肪組織のアディポサイトカイン発現パターンが変化し,近接した血管壁の修復反応への保護的効果が減弱したためと考えられる(図3, 4図3■動脈硬化病変と血管周囲脂肪組織,血管外膜微小血管の模式図図4■肥満による血管周囲脂肪組織の変化が新生内膜形成に与える影響(文献(11)より改変して引用)).
A, B,野生型マウスに,普通食または高脂肪/高ショ糖食を投与して飼育した後,大腿動脈ワイヤー傷害を施行した.術後の新生内膜形成は,高脂肪/高ショ糖食投与群で増強していた.**p<0.01. C,高脂肪/高ショ糖食投与群の血管周囲脂肪組織では,アディポネクチンの遺伝子発現が低下し,MCP-1の遺伝子発現が増加するなどの変化を認めた.*p<0.05. **p<0.01.
ヒトの心臓周囲脂肪組織は,隣接した冠動脈壁に豊富にサイトカインを放出していると考えられる(13)13) H. S. Sacks & J. N. Fain: Am. Heart J., 153, 907 (2007)..冠動脈病変をもつ患者の心臓周囲脂肪組織の容積をCTにより評価すると,冠動脈プラークのある患者では,プラークのない患者と比較して,有意に脂肪量が多いことが報告されている(14)14) D. Munkhbaatar, M. Shimabukuro, T. Nishiuchi, J. Ueno, S. Takao, D. Fukuda, Y. Hirata, H. Kurobe, T. Soeki, T. Iwase et al.: Cardiovasc. Diabetol., 11, 106 (2012)..
われわれは,冠動脈バイパス術を行う患者の冠動脈周囲脂肪組織(epicardial adipose tissue; EAT)を採取し,脂肪組織における炎症状態と病変の関連性について検討した.冠動脈病変のある患者では,EATへのマクロファージの浸潤が増加しているのみならず,炎症に関与するマクロファージの亜型であるM1マクロファージが,抗炎症性の性質をもつM2マクロファージと比較して優位となっており,これが炎症性サイトカインの発現亢進と関連しているのではないかと考えられた(15)15) Y. Hirata, M. Tabata, H. Kurobe, T. Motoki, M. Akaike, C. Nishio, M. Higashida, H. Mikasa, Y. Nakaya, S. Takanashi et al.: J. Am. Coll. Cardiol., 58, 248 (2011).(図3図3■動脈硬化病変と血管周囲脂肪組織,血管外膜微小血管の模式図).これらの結果から,EATにおける慢性炎症状態が,冠動脈の動脈硬化病変形成に影響を及ぼしていると考えられる.
上に述べたPVATと血管壁の間にある血管外膜には,血管外膜微小血管(VV)が存在する(図3図3■動脈硬化病変と血管周囲脂肪組織,血管外膜微小血管の模式図).
VVは正常な状態の血管では,内腔からの拡散が届かない血管中膜外側への酸素や栄養供給の役割をもち,ヒトの血管の観察では血管壁厚が0.5 mm以上,また,ヒトのほか,齧歯類やウサギ,イヌ,ウマなど12種の哺乳類の胸部大動脈の観察では血管中膜が29層以上の場合,外膜から血管壁内に侵入が認められたと報告されている(16, 17)16) M. J. Mulligan-Kehoe & M. Simons: Circulation, 129, 2557 (2014).17) H. Wolinsky & S. Glagov: Circ. Res., 20, 409 (1967)..
動脈硬化病変ではVVは増殖して外膜側から血管中膜を貫通してプラーク内に侵入する(18)18) A. C. Barger, R. Beeuwkes 3rd, L. L. Lainey & K. J. Silverman: N. Engl. J. Med., 310, 175 (1984)..ヒトの冠動脈の観察により,動脈硬化病変内の新生血管は,血管内腔から侵入しているものより,外膜側から侵入しているもののほうが多いと報告されている(19)19) Y. Zhang, W. J. Cliff, G. I. Schoefl & G. Higgins: Am. J. Pathol., 143, 164 (1993)..外膜側から病変内に侵入したVVは,外膜と病変内を交通する導管となる(20)20) K. S. Moulton, K. Vakili, D. Zurakowski, M. Soliman, C. Butterfield, E. Sylvin, K. M. Lo, S. Gillies, K. Javaherian & J. Folkman: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 4736 (2003)..VVを介してプラーク内に侵入したマクロファージは,脂質を取り込み泡沫化して壊死性コアを拡大させるほか,組織融解を誘発し,病変を不安定化させる(図3図3■動脈硬化病変と血管周囲脂肪組織,血管外膜微小血管の模式図).プラーク内に侵入したVVは脆弱で破綻しやすく,プラーク内出血を生じ,プラーク破裂の誘因となる.ヒトの剖検検体でさまざまな進展段階のプラーク病変を組織学的に観察すると,プラーク内微小血管密度の亢進は,炎症細胞浸潤,プラーク内出血,線維性被膜の非薄化と相関している(21)21) P. R. Moreno, K. R. Purushothaman, V. Fuster, D. Echeverri, H. Truszczynska, S. K. Sharma, J. J. Badimon & W. N. O’Connor: Circulation, 110, 2032 (2004)..
また最近では,血管外膜や中膜に血管幹細胞が常在している可能性が示唆されている.これらの幹細胞は,筋芽細胞に分化して内膜に移動し,新生内膜増殖に関与すると考えられる.VVのペリサイト(周皮細胞)も同様に幹細胞の性質をもっており,病変内で血管平滑筋細胞や内皮細胞,線維芽細胞に分化し,病変の進展や,場合により安定化にも関与する可能性が考えられている(22)22) J. Kawabe & N. Hasebe: Biomed. Res. Int., 2014, 701571 (2014)..このように,動脈硬化病変におけるVVの役割について,さまざまな可能性が示されている.
動脈硬化病変では,肥厚した動脈硬化プラーク内が低酸素状態になることや,炎症などの刺激により,プラーク内の血管平滑筋細胞や白血球における血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor; VEGF)や線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor; FGF)などの成長因子の発現が亢進し,VVおよびプラーク内微小血管の増殖を引き起こすと考えられる(23, 24)23) Y. X. Chen, Y. Nakashima, K. Tanaka, S. Shiraishi, K. Nakagawa & K. Sueishi: Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 19, 131 (1999).24) B. Doyle & N. Caplice: J. Am. Coll. Cardiol., 49, 2073 (2007)..動脈硬化病変早期のヒトの大動脈の観察では,正常な大動脈に比べ,中膜平滑筋細胞でのVEGF産生が増加していることも報告されている(25)25) B. Ho-Tin-Noe, J. Le Dall, D. Gomez, L. Louedec, R. Vranckx, M. El-Bouchtaoui, L. Legres, O. Meilhac & J. B. Michel: Circ. Res., 109, 1003 (2011)..
一方,血管には,血管新生を阻害する作用をもつ物質も存在するが,これらの内因性物質のVV調節における作用は明らかになっていない.このように,VV調節に関与するさまざまな因子が報告されているが,VV増殖が動脈硬化病変や血管傷害後に形成される病変の原因であるのか,結果として反応性に生じているものであるのか,明らかになっていない.おそらく,血管傷害の種類によっても異なるものと思われる.
われわれは,血管新生促進因子である塩基性FGF(basic FGF; bFGF)を血管外膜に局所投与し,動脈硬化病変形成に及ぼす影響を検討した.アポリポタンパク質(apolipoprotein; Apo)Eは,肝臓に脂質を取り込む際に必要なリポタンパク質であり,ApoEを完全欠損させた遺伝子改変マウスは,高脂肪食を投与すると高コレステロール血症を呈し,大動脈やその分枝に,ヒトの動脈硬化病変と同様の病変が形成され,動脈硬化モデルマウスとして動脈硬化研究に広く利用されている.bFGFを酸性ゼラチンと混合して徐放化し,若週齢ApoE欠損マウスの腎動脈下腹部大動脈周囲に留置し,13週後に血管を周囲組織と一塊にして採取して観察した.その結果,リン酸緩衝液のみを投与したコントロール血管では動脈硬化病変を認めなかったが,bFGFを留置した血管では病変が形成されており,外膜に増殖したVVも認めた.また,bFGF留置手術後4週間まで1週間ごとに経過を追って観察したところ,動脈硬化病変を認める前に,外膜におけるVV増殖と炎症細胞集積を認めた(26)26) K. Tanaka, D. Nagata, Y. Hirata, Y. Tabata, R. Nagai & M. Sata: Atherosclerosis, 215, 366 (2011)..これらの結果より,VVは進展した病変を不安定化させるだけでなく,病変形成の早期にも病変進展に作用している可能性がある.
また,PVATから分泌されたアディポサイトカインが血管病変に作用する際に,VVを介する可能性も示唆されている(13)13) H. S. Sacks & J. N. Fain: Am. Heart J., 153, 907 (2007)..
心臓のEAT容量は冠動脈CTや心エコーを用いて定量的な評価が可能である.EATを計測することにより,動脈硬化症の重症度評価や,予後予測が可能であるか検討されている.
最近の研究では,EATは致死的・非致死的冠動脈イベント(心筋梗塞など)発症に古典的な冠危険因子(高血圧,糖尿病,脂質異常症,喫煙,男性,高齢)とは独立して関連しており,CT検査で得られる冠動脈石灰化スコアを補完する情報であると報告された(27)27) A. A. Mahabadi, M. H. Berg, N. Lehmann, H. Kalsch, M. Bauer, K. Kara, N. Dragano, S. Moebus, K. H. Jockel, R. Erbel et al.: J. Am. Coll. Cardiol., 61, 1388 (2013)..われわれの研究室でも,冠動脈CT検査で得られたEAT容量の増加と冠動脈病変の存在との関連を検討したところ,関連に性差を認め,強く相関するのは男性のみであった(14)14) D. Munkhbaatar, M. Shimabukuro, T. Nishiuchi, J. Ueno, S. Takao, D. Fukuda, Y. Hirata, H. Kurobe, T. Soeki, T. Iwase et al.: Cardiovasc. Diabetol., 11, 106 (2012)..また,CTにより計測したEAT容量と,EAT組織のサイトカイン発現やマクロファージ集積と,冠動脈病変の関連も検討したところ,EAT容量やEAT容量指標(EAT容量/体表面積)は冠動脈病変をもつ群のほうが有意に大きく,炎症性サイトカインの発現やマクロファージ集積はEAT容量指標と正の相関を認めた(28)28) M. Shimabukuro, Y. Hirata, M. Tabata, M. Dagvasumberel, H. Sato, H. Kurobe, D. Fukuda, T. Soeki, T. Kitagawa, S. Takanashi et al.: Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 33, 1077 (2013)..
心エコーを用いてEAT厚を測定すると,冠動脈疾患患者では,非冠動脈疾患患者に比してEAT厚が厚いことが数多くのグループから報告されている(29)29) G. Iacobellis: Nat. Rev. Endocrinol., 11, 363 (2015)..最近,われわれは,リニアプローブを用いて測定した前室間溝のEATの厚さが冠動脈疾患の存在を予知するうえで有効であることを報告した(30)30) Y. Hirata, H. Yamada, K. Kusunose, T. Iwase, S. Nishio, S. Hayashi, M. Bando, R. Amano, K. Yamaguchi, T. Soeki et al.: J. Am. Soc. Echocardiogr., 28, 1240 (2015)..
EAT容量や,心エコーを用いて計測したEATの厚さを動脈硬化症の標準検査の一つとして用いるに足る検証結果はまだ得られていないが,今後の臨床研究の発展により,検査法が統一され,病態や予後との関連が解明されていくことが期待される.
一方VVについては,動物を用いた基礎研究では組織学的検討や高解像度のCTを用いた画像診断などにより評価され,ヒトでは,冠動脈の剖検検体を用いた検討により存在は古くから示されていたが,現在はまだ,生体での検出方法は検討段階である.
最近,光干渉断層撮影(optical coherence tomography; OCT)を用いてヒト冠動脈VVを評価した新しい論文が報告された.Nishimiyaらはまず,ブタ冠動脈にステントを留置するとステント末端部にVV増殖が生じることを,新世代のOCTである光周波数領域画像技術(optical frequency domain imaging; OFDI)によりex vivoで画像化し,組織学的所見と一致することを示した.さらに,ヒトの生体内でも,OFDIによりステント末端部のVVを描出可能であることを示した(31)31) K. Nishimiya, Y. Matsumoto, H. Uzuka, K. Oyama, A. Tanaka, A. Taruya, T. Ogata, M. Hirano, T. Shindo, K. Hanawa et al.: Circ. J., 79, 1323 (2015)..Taruyaらは,OFDIで取得した画像の三次元解析を行い,血管外膜および病変内のVVの長軸方向の走行が描出可能であると報告した.また,冠動脈断面像より病変の性状を分類し,それぞれの病変で認められる血管外膜VV容積および病変内VV容積を比較したところ,プラーク内のVVは,破裂したプラークで最も多く認められた(32)32) A. Taruya, A. Tanaka, T. Nishiguchi, Y. Matsuo, Y. Ozaki, M. Kashiwagi, Y. Shiono, M. Orii, T. Yamano, Y. Ino et al.: J. Am. Coll. Cardiol., 65, 2469 (2015)..このように,臨床で用いられる検査法によりVVを描出して評価することが可能となってきている.この技術を用いることで,動脈硬化の病態におけるVVの役割や,薬物療法によるVV密度への影響,PCI後の再狭窄とVVとの関係など,臨床的な疑問点を解決する糸口が得られると期待される.
最近の動脈硬化病変研究の進歩には目覚ましいものがあるが,冠動脈イベント発症前の病変を早期に検出するための検査技術の確立には至っていない.動脈硬化研究は,血管内膜や中膜の構成成分に加え,最近では血管外膜や,その周囲の脂肪組織の研究も進んでいる.これらの研究の今後の発展により,VVやPVATを標的とした新しい検査法や治療法が開発され,早期病変の検出や予後予測,イベント発症前の治療介入が可能となることが期待される.
Reference
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