解説

14-3-3タンパク質の選択的機能制御小分子によるタンパク質–タンパク質間相互作用の安定化

Selective Modulation of 14-3-3 Protein Functions: Small-Molecule Stabilization of Protein–Protein Interactions

Yusuke Higuchi

樋口 雄介

大阪大学産業科学研究所

Nobuo Kato

加藤 修雄

大阪大学産業科学研究所

Published: 2016-09-20

タンパク質–タンパク質間相互作用(Protein–Protein Interactions: PPI)の制御が興味を集めている.特にマルチクライアント型(複数のPPIの相手をもつ)タンパク質が関与するPPIの選択的な制御には小分子による制御が有効である.遺伝子knockout/knockdown手法は,関与するすべてのPPIを消失させ,有効な知見の取得にはつながらない.マルチクライアントタンパク質には,マルチドメイン型(複数のPPIサイトをもつ)とシングルドメイン型(単独のPPIサイトしかもたない)があるが,後者の代表例として,細胞内シグナル伝達経路を制御している14-3-3タンパク質が知られる.本稿では,主に天然のフシコッカン型ジテルペン配糖体とその半合成誘導体による14-3-3タンパク質の機能制御について概説する.

14-3-3タンパク質

14-3-3タンパク質(以下,14-3-3と表記する)は,1967年にウシの脳タンパク質として同定されたが,機能未知であったため,精製過程における分画番号を名称とされた(1)1) B. Moore & V. J. Perez: “Physiological and Biochemical Aspects of Nervous Integration,” ed. by F. D. Carlson, Prentice-Hall, 1967, pp. 343–359..その後,ヒトの脳タンパク質としての同定報告などが散見されるものの,このタンパク質ファミリーが真に注目されるまでには,その後20年の歳月を要した.1987年,市川,磯辺らが,モノアミン生合成調節因子としての機能を明らかにした(2, 3)2) T. Ichimura, T. Isobe, T. Okuyama, T. Yamauchi & H. Fujisawa: FEBS Lett., 219, 79 (1987).3) 新開史子,市村 徹,礒辺俊明:蛋白質核酸酵素,41, 313 (1996).ことに端を発し,1990年代初頭から,14-3-3に関する研究が急速に進展した.その理由は,このタンパク質ファミリーが実は酵母からヒトに至るすべての真核細胞生物に,そして,脳だけでなく広範な組織・細胞に普遍的に発現しており,酵素の活性調節のみならず,多様な細胞内信号伝達経路にかかわり,発生,増殖,分化,細胞死誘導等々,生命維持に重要な事象のあらゆる局面に関与していることが明らかになったからである.多くのアイソフォーム(構造は異なるが同じ機能をもつタンパク質.14-3-3の場合は三次構造の相同性は極めて高いので,アミノ酸配列が完全には同一ではないもの)が真核細胞生物から同定されており,ヒトではβ, γ, ε, ζ, η, τ, σの7種が知られている.アイソフォーム間の一~三次構造の相同性は高く,いずれも9本のαヘリックスからなり二量体を形成・機能している.図1図1■14-3-3二量体の構造と生物種を超えた保存領域にヒトζ-体の二量体構造上に,ヒトの7種のみならずタバコおよびアフリカツメガエルの14-3-3に種を超えて構成アミノ酸が保存されている領域を表示した.二量体全体としてω型の形状をなし,特に標的ペプチドを捕捉する内溝領域の保存性が高い.

図1■14-3-3二量体の構造と生物種を超えた保存領域

ヒト14-3-3 ζの二量体結晶構造(PDB ID: 4FJ3).濃色部分がヒト14-3-3の7種のアイソフォームおよびタバコ,アフリカツメガエルの14-3-3に完全に保存されている領域.[Web版における配色]14-3-3単量体:黄色および淡青色,完全保存領域:赤色,標的リン酸基を捕捉するArg–Lysクラスター:濃青色.PyMOL(Schrödinger, LLC)で描画(図4, 5, 7, 8, 9a図4■14-3-3, H-ATPase, FC-A 3者会合体のX線結晶構造解析図5■Mode I配列とFC/CNの仮想的会合構造の相違図7■ISIR-042-BODIPYの標的リン酸化ペプチドの+1位アミノ酸選択性図8■14-3-3 ζ二量体/cRafペプチド/CN-A2分子の結晶構造図9■14-3-3σ/TASK3ペプチド/FC-THFの結晶構造とTASK3の膜表面発現量に対するFC-THFの効果も同様).

多様な細胞機能の制御にかかわっているが,14-3-3の分子レベルでの挙動そのものは単純である.機能性タンパク質のon/offや細胞内信号伝達の多くがリン酸化–脱リン酸化によって制御されているが,14-3-3はクライアントタンパク質の特定の配列内にあるSer/Thr残基をリン酸化依存的に認識捕捉し,クライアントのリン酸化状態の生理的機能を発現させる役割を担っている(ただし,リン酸化非依存的に14-3-3と相互作用するクライアントも知られている).こうした14-3-3のPPI(以下,14-3-3 PPI)が多様な事象に関与しうるのは,リン酸化部位周辺配列のみを標的とし,クライアント全体を認識しているわけではないからで,結果としてヒト細胞中に限っても約200種の14-3-3のクライアントが同定されるに至っている(4)4) C. Johnson, S. Crowther, M. J. Stafford, D. G. Campbell, R. Toth & C. MacKintosh: Biochem. J., 427, 69 (2010)..リン酸化ペプチド配列を認識する一つのドメインで多くのクライアントを相手にしているという意味において,シングルドメイン–マルチクライアント型タンパク質の典型例と言える.クライアントの多様性が14-3-3の見掛けの機能多様性をもたらしており,本誌においても,植物の硝酸還元酵素(5)5) 榊原 均:化学と生物,34, 809 (1996).あるいは細胞膜H-ATPaseの活性制御(6)6) 木下俊則,島崎研一郎:化学と生物,38, 774 (2000).,セロトニンN-アセチルトランスフェラーゼの活性制御を通した概日リズム制御(7)7) 坪井誠二,森山芳則:化学と生物,43, 251 (2005).,フロリゲン複合体中での役割(8)8) 田岡健一郎,大木 出,辻 寛之,児嶋長次郎,島本 功:化学と生物,50, 654 (2012).などが紹介されている.生命の恒常性維持に重要であることは,逆に多くの疾病ともかかわりうることを意味する.実際,がん,神経疾患,心疾患などと14-3-3のかかわりが報告されているが,このような14-3-3の役割の詳細はほかの総説に委ねる(4, 9~13)4) C. Johnson, S. Crowther, M. J. Stafford, D. G. Campbell, R. Toth & C. MacKintosh: Biochem. J., 427, 69 (2010).9) M. B. Yaffe, K. Rittinger, S. Volinia, P. R. Caron, A. Aitken, H. Leffers, S. J. Gamblin, S. J. Smerdon & L. C. Cantley: Cell, 91, 961 (1997).10) A. Aitken: Plant Mol. Biol., 50, 993 (2002).11) B. Coblitz, M. Wu, S. Shikano & M. Li: FEBS Lett., 580, 1531 (2006).12) J. J. Babula & J.-Y. Liu: J. Genet. Genomics, 42, 531 (2015).13) Y. Aghazadeh & V. Papadopoulos: Drug Discov. Today, 21, 278 (2016), and the references cited therein.

14-3-3 PPI阻害剤

小分子による14-3-3 PPIの変調には,阻害的と増強的の2つの方向性が考えられるが,14-3-3 ζのがんの発生や進行への関与などから,阻害剤に抗がん剤としての可能性があると提唱されている(12, 13)12) J. J. Babula & J.-Y. Liu: J. Genet. Genomics, 42, 531 (2015).13) Y. Aghazadeh & V. Papadopoulos: Drug Discov. Today, 21, 278 (2016), and the references cited therein.ことを受け,阻害的変調剤の開発がなされてきた.先駆的かつ代表的研究として,Fuらによるペプチド系阻害剤の開発が挙げられる.彼らは,ファージディスプレイスクリーニングにより,20もしくは21残基からなるペプチドライブラリーから,14-3-3とc-Raf(Raf-1: proto-oncogene serine/threonine kinase,MAPキナーゼ(分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ)増殖シグナル経路に関与している)とのPPIを阻害するR18(PHCVPRDLSWLDLEANMCLP)を見いだした(14)14) B. Wang, H. Yang, Y.-C. Liu, T. Jelinek, L. Zhang, E. Ruoslahti & H. Fu: Biochemistry, 38, 12499 (1999).図1図1■14-3-3二量体の構造と生物種を超えた保存領域に示したように,ヒト細胞中の7種の14-3-3アイソフォームに限らず,ペプチド結合溝周辺のアミノ酸配列は生物種を超えて高く保存されている.そのことから容易に推察できるように,R18はすべての14-3-3 PPIに対して阻害的に働く.彼らはさらに,14-3-3が生理的にはホモあるいはヘテロ二量体として存在していることに着目し,2分子のR18を短いペプチド鎖で連結したdifopein(dimeric fourteen-three-three peptide inhibitor)を創製し,強力な14-3-3 PPI阻害能をもつことを示した(15)15) S. C. Masters & H. Fu: J. Biol. Chem., 276, 45193 (2001).

ただ,ペプチド系阻害剤は細胞膜透過性に問題があり,実際,difopeinは細胞中で発現させる必要がある.そこで,細胞膜透過性を有する阻害剤を小分子ライブラリーからスクリーニングによって見いだすことも検討されており,これまでにいくつかの阻害剤が見いだされている(16, 17)16) L.-G. Milroy, L. Brunsveld & C. Ottmann: ACS Chem. Biol., 8, 27 (2013).17) M. Bartel, A. Schäfer, L. M. Stevers & C. Ottmann: Future Med. Chem., 6, 903 (2014)..最近では,大神田らが14-3-3 PPI阻害剤を細胞内での化学反応によって創製する手法を報告している(18)18) P. Parvatkar, N. Kato, M. Uesugi, S. Sato & J. Ohkanda: J. Am. Chem. Soc., 137, 15624 (2015)..これらの阻害剤は,14-3-3 PPIの細胞内信号伝達経路への関与の検証など,化学生物学分野でのツールとして高い価値があることは疑いない.しかし,多くの14-3-3 PPI阻害剤が腫瘍増殖抑制効果を示すことが報告されているものの,それらが直ちに抗がん剤として医薬応用できるとするのは早計であろう.少なくとも,14-3-3のリン酸化ペプチド捕捉溝にはまることで阻害能を発揮する化合物は,正常細胞の恒常性維持に必須なものを含め,すべての14-3-3 PPIを阻害することを意味するからである.

14-3-3 PPI増強/安定化剤:スクリーニングヒット化合物

14-3-3がシングルドメイン–マルチクライアント型タンパク質であるので,14-3-3 PPIドメイン阻害剤にクライアント選択性をもたせることは困難である.一方,14-3-3と特定のクライアントが形成する会合構造は唯一無二であり,したがって,小分子によって特定の14-3-3 PPIを選択的に増強/安定化することは,少なくとも論理的には可能なはずである.そうした背景から,近年,14-3-3 PPIに対する安定化剤の探索が行われるようになった.しかし,こうした探索研究は緒に就いたところであり,安定化効果の程度や表現型解析に関する研究進展は次項の天然物由来の安定化剤の域に達していない.今後の展開に期待し,ここでは,見いだされた安定化剤の代表的構造(図2図2■14-3-3とH-ATPaseのPPIを標的としたスクリーニングによって得られた14-3-3 PPI安定化剤)とそれらを記述した総説を紹介するにとどめる(16, 17)16) L.-G. Milroy, L. Brunsveld & C. Ottmann: ACS Chem. Biol., 8, 27 (2013).17) M. Bartel, A. Schäfer, L. M. Stevers & C. Ottmann: Future Med. Chem., 6, 903 (2014).

図2■14-3-3とH-ATPaseのPPIを標的としたスクリーニングによって得られた14-3-3 PPI安定化剤

14-3-3 PPI増強/安定化剤:フシコッカン型ジテルペン配糖体

ジテルペン配糖体・フシコクシン(FC)やコチレニン(CN)(図3図3■天然FC/CNおよび半合成誘導体)が高等植物の植物細胞膜H-ATPaseを活性化し,気孔開孔,発芽誘起,子葉拡大など,植物ホルモン様活性を示すことが知られていた(19)19) E. Marrè: Annu. Rev. Plant Physiol. Plant Mol. Biol., 30, 273 (1979)..2003年,X線結晶構造解析によって,FC/CNによるH-ATPaseの活性化機構が分子レベルで解明された(20)20) M. Würtele, C. Jelich-Ottmann, A. Wittinghofer & C. Oecking: EMBO J., 22, 987 (2003)..すなわち,H-ATPaseはそのC端から2番目のThrへのリン酸化と引き続く14-3-3との2者会合体形成によって活性化されるが,FC-Aはさらに3者会合体を形成することで,H-ATPaseの永続的活性化をもたらしている.つまり,FC/CNは14-3-3 PPIの増強/安定化剤として機能しており,小分子が14-3-3 PPIの安定化剤になりうることが示され,前項のスクーリングによる安定化剤探索の契機になった(図4図4■14-3-3, H-ATPase, FC-A 3者会合体のX線結晶構造解析).

図3■天然FC/CNおよび半合成誘導体

図4■14-3-3, H-ATPase, FC-A 3者会合体のX線結晶構造解析

PDB ID: 1O9F.単量体ユニットの構造.[Web版における配色]14-3-3:藤色,H-ATPase(QSY-pT-V-COOH):青色,FC-A:橙色.

FC/CNの抗腫瘍活性

14-3-3が真核細胞生物に普遍的に発現していることから,FC/CNが植物のみならず,動物細胞に対しても何らかの活性をもつことが期待された.実際,CN-Aが前骨髄性白血病細胞(HL-60)に対して分化誘導活性を有する(21)21) N. Asahi, Y. Honma, K. Hazeki, T. Sassa, Y. Kubohara, A. Sakurai & N. Takahashi: Biochem. Biophys. Res. Commun., 238, 758 (1997).ことや,CN-A(22)22) Y. Honma, T. Kasukabe, T. Yamori, N. Kato & T. Sassa: Gynecol. Oncol., 99, 680 (2005).およびFC-A(23)23) I. J. de Vries-van Leeuwen, C. Kortekaas-Thijssen, J. A. Nzigou-Mandouckou, S. Kas, A. Evidente & A. H. de Boer: Cancer Lett., 293, 198 (2010).がインターフェロンα(IFNα:サイトカインの一種でウイルス干渉因子として同定された.ウイルス性肝炎に対する抗ウイルス薬,腎がん・多発性骨髄腫などに対する抗がん剤として臨床応用されている)と併用することにより,種々の固形がん細胞に対してアポトーシスを誘起し,腫瘍増殖抑制効果を示すことが報告された.FC-AとCN-AがともにIFNαとの併用によりアポトーシスを誘起するのに対して,HL-60に対する分化誘導活性はCN-Aにしか見られない.この相違を考察するためには,14-3-3が捕捉するリン酸化ペプチドのアミノ酸配列を理解しておく必要がある.

Yaffeらは,それまでに知られていた14-3-3の標的ペプチド配列から見いだした配列と,独自のリン酸化ペプチドライブラリーを用いて得られた配列の2つが14-3-3の標的配列であると提唱し,それぞれをmode Iおよびmode IIと呼称した(9)9) M. B. Yaffe, K. Rittinger, S. Volinia, P. R. Caron, A. Aitken, H. Leffers, S. J. Gamblin, S. J. Smerdon & L. C. Cantley: Cell, 91, 961 (1997)..現在もこの名称は常用され,14-3-3 PPIに対するconsensus配列として広く受け入れられている.しかし筆者らは,いずれもリン酸化Ser/Thrの+2位がProであり,さらにその先にペプチド鎖が伸長している内部認識配列(internal motif)であるという共通点を有することから,両者を区別する必要性は乏しいと考えている.実際,その後のMacKintoshらの植物あるいは動物細胞中に見いだされる14-3-3標的配列のより網羅的な解析(4)4) C. Johnson, S. Crowther, M. J. Stafford, D. G. Campbell, R. Toth & C. MacKintosh: Biochem. J., 427, 69 (2010).によれば,mode I配列は確かに確率高く存在しているものの,mode II型,すなわち,-2位にTyr/Pheをもつ配列はほとんど見いだされていない.さらに,+2位にProをもつconsensus配列は50%に満たず,+2 Proをもたない配列(non-consensus配列)も多数見いだされている.ちなみに,標的配列の中で最も出現頻度が高いのは,-3 Argである.一方,前出の植物H-ATPaseの標的配列は,リン酸化部位がC端近傍に存在している点においてmode Iとは異なっており,こうしたC端認識配列(terminal motif)[…pS/T-X1~2-COOH]はmode IIIと呼ばれる(24, 25)24) S. Ganguly, J. L. Weller, A. Ho, P. Chemineau, B. Malpaux & D. C. Klein: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 1222 (2005).25) B. Coblitz, M. Wu, S. Shikano & M. Li: FEBS Lett., 580, 1531 (2006).

筆者らはOttmannらとの共同研究において,CN-AがFC-Aと同じ様式でmode III型H-ATPaseと14-3-3のPPIを安定化することをX線構造解析によって明らかにした(26)26) C. Ottmann, M. Weyand, T. Sassa, T. Inoue, N. Kato, A. Wittinghofer & C. Oecking: J. Mol. Biol., 386, 913 (2009)..そして,その構造に14-3-3/mode Iの結晶構造(27)27) E. W. Wilker, R. A. Grant, S. C. Artim & M. B. Yaffe: J. Biol. Chem., 280, 18891 (2005).を重ね合わせると,CN-Aはこの2者会合体を安定化しうるのに対して,図4図4■14-3-3, H-ATPase, FC-A 3者会合体のX線結晶構造解析の構造中のFC-Aを重ね合わせると,その12位ヒドロキシ基とmode Iペプチドの+2 Proとの間に立体反発を生じることが想定された(図5図5■Mode I配列とFC/CNの仮想的会合構造の相違).すなわち,CN-Aに特徴的なHL-60に対する分化誘導活性は,14-3-3とmode I配列をもつクライアントタンパク質との2者会合体を標的としている可能性が示唆される.そこで,天然FC類からの半合成によって,アグリコン部のヒドロキシ基の置換様式に関する構造活性相関研究を遂行し,たとえば,CN同様12位無置換のISIR-042(図3図3■天然FC/CNおよび半合成誘導体)がHL-60に対する分化誘導活性を示すことを確認した.ISIR-042はCNとは異なり3位も無置換である.そして,MCF-7(乳がん細胞)やMIAPaCa-2(膵臓がん細胞)に対して,天然のFC/CNには見られない,ハイポキシア(低酸素濃度)環境選択的細胞毒性を示すことも明らかにした(28)28) K. Kawakami, M. Hattori, T. Inoue, Y. Maruyama, J. Ohkanda, N. Kato, M. Tongu, T. Yamada, M. Akimoto, K. Takenaga et al.: Anticancer Agents Med. Chem., 12, 791 (2012)..一般的に,腫瘍内部がハイポキシアであるのに対して,正常組織はノルモキシア(正常酸素濃度)環境にあることから,ハイポキシア選択的細胞毒性はがん組織選択的化学療法として注目されている.また,ハイポキシア環境は,がんの悪性化やがん幹細胞の維持にかかわっているとされる.細胞表面に発現する表面抗原(分化抗原群(CD):Cluster of Differentiation)のうち,CD44は多くのがん幹細胞に発現している.一方,CD24はがん種によって異なるが,膵臓がん幹細胞には発現していることが知られているので,両者の発現を膵臓がん幹細胞性の指標とすることができる.膵臓がんに対する化学療法剤gemcitabineをMIAPaCa-2に作用させると,CD24/CD44の細胞比率がむしろ増加するのに対して,ISIR-042は,その比率を減少させることも明らかになった.このような特徴ある活性や,担がんマウスモデルにおいて重篤な副作用を示すことなく腫瘍増殖を抑制することから,ISIR-042は新規作用機序によるがん化学療法剤として期待できる.