セミナー室

ゲノム再編集のための遺伝子クラスター単位の構築

Kenji Tsuge

柘植 謙爾

神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科

Mitsuhiro Itaya

板谷 光泰

神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科

Published: 2016-09-20

はじめに

産業で用いられる有用生物は,従来,探索と育種により取得される.特にものづくりでは,環境負荷の少ない,エネルギー効率の良い,反応選択制の高い物質生産を実践してくれる微生物が望まれる.とりわけ地球上の生物が本来作らない物質を目的とする場合,遺伝子工学的手法は有用である.遺伝子を改変して生物に戻す遺伝子組換え操作は長足の進歩を遂げ,特に近年のゲノム編集技術の展開により,現在ではほぼすべての生物が遺伝子工学の対象となった.ここまで範囲が広がると,従来型の単独遺伝子の改変にとどまらず,関連するすべての遺伝子をまとめて改変するアイデアが広く実践可能になってくる.次世代シーケンサーのパフォーマンスの向上に伴って,ほぼすべての生物の全ゲノム配列情報が得られる状況となり,物質生産に必要な一次代謝系,二次代謝系をすべて制御化において調べる方法論に移行するのは当然の流れである.それらを再編集(必要に応じて再設計する)するとはどういうことなのか.単独遺伝子を扱っていた20世紀型の遺伝子工学とは異なり,多数の遺伝子の発現をシステム化する必要が生じている.多数の遺伝子発現をシステム化する過程で必要な遺伝子集積体を遺伝子クラスターと呼称している.われわれは,ゲノム全部を新たにデザインし機能するゲノムを実際に作り出すことに独自の取り組みを行っており,ゲノムの一部改変を主な対象とする現在のゲノム編集技術とは一線を画するものだと考えている.もちろんゲノムの構築においては両アプローチが将来的には融合するのが望ましい.本稿では,機能単位の遺伝子クラスターを構築して少しずつ導入することによるゲノムデザインについて,その方法論を紹介したい.さらにゲノムを新たにデザインするために検討すべき項目として,ゲノムの機能を制御する細胞質が重要であるのは言うまでもなく,これに対するわれわれの取り組みの現状も紹介したい.

トップダウン法—全ゲノムを対象とした操作技術—は細胞質が必要か?

ゲノムDNAはその生物の生育情報を全部担っているはずなので,ゲノムDNAを丸ごと取り扱える技術を開発すれば良いのではないか? たとえば,光合成する生物の全ゲノムを丸ごとクローニングして光合成機能の遺伝子操作技術を適用するようなアイデアは昔からあったが,丸ごとクローニングは多くの予想を裏切って大腸菌ではなく枯草菌で達成された.われわれは枯草菌の類まれな外来DNAの取り込み能力に注目し,これを繰り返し用いることで,枯草菌ゲノム中に光合成を行うバクテリアのラン藻(Synechocystis)の全ゲノム3,500 kbの導入に2005年に成功した(図1図1■ゲノム構築における細胞質の重要性).これは,2種類の完全ゲノムをもつ生物,キメラゲノム生物の構築が可能なことを世界で初めて示した例である(1)1) M. Itaya, K. Tsuge, M. Koizumi & K. Fujita: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 15971 (2005)..では光合成をする枯草菌はできたのか? 得られたキメラゲノムバクテリアは残念ながらまだ枯草菌に見え,最初のもくろみであった光合成をする枯草菌は10年経ってもまだ現れていない.枯草菌ゲノムは,ほかのゲノム,すなわち巨大なDNAを丸ごとクローニングするためのゲノムベクターとして非常に優秀であることを確認する一方,完全なゲノムをDNAとして準備はできてもゲノム機能を起動させることが困難であることも世界で初めて示した.

図1■ゲノム構築における細胞質の重要性

(上段) 枯草菌にラン藻のゲノムを最終的に全部導入したが,いまだ起動していない.細胞の遺伝子発現は,ほぼ枯草菌に近い.(中段)ベンター研究所による一連のマイコプラズマゲノム再構成実験.裸のマイコプラズマゲノムの起動のために,近縁種のマイコプラズマの細胞質を利用している.酵母でゲノム再構成を行っているにもかかわらず,この時点でゲノムの起動は起きていない点に注意.(下段)遺伝子クラスターのゲノムへの逐次導入による宿主細胞質改変の概念図.図中の記号(●,▲,✢,❋,□,★)は,細胞質の違いを表す.

われわれの数年後に,米国ベンター研究所が動物に寄生するバクテリアのマイコプラズマを対象にして丸ごとゲノムクローニングに成功し,580 kbのゲノムの化学合成(2)2) D. G. Gibson, G. A. Benders, C. Andrews-Pfannkoch, E. A. Denisova, H. Baden-Tillson, J. Zaveri, T. B. Stockwell, A. Brownley, D. W. Thomas, M. A. Algire et al.: Science, 319, 1215 (2008).を報告した.彼らは異なる種のマイコプラズマ間での裸のゲノムDNA移植(3)3) C. Lartigue, J. Glass, N. Alperovich, R. Pieper, P. P. Parmar, C. A. Hutchison 3rd, H. O. Smith & J. C. Venter: Science, 317, 632 (2007).法を開発し,化学合成DNAを出発材料に酵母で構築したマイコプラズマゲノムDNAを近縁種のマイコプラズマ細胞へ移植することによるマイコプラズマ細胞の再構築の成功(4)4) D. G. Gibson, J. I. Glass, C. Lartigue, V. N. Noskov, R. Y. Chuang, M. A. Algire, G. A. Benders, M. G. Montague, L. Ma, M. M. Moodie et al.: Science, 329, 52 (2010).へと導いた(図1図1■ゲノム構築における細胞質の重要性).マイコプラズマゲノムの再構築は出芽酵母で行っているが,決して酵母細胞内部からマイコプラズマゲノムが起動して細胞としてのマイコプラズマが発生したわけではない.酵母細胞はあくまでゲノムDNAを構築する手段であり,構築されたゲノムは細胞様の入れ物(合成生物学ではシャーシと呼称され,ベンター研では近縁種のマイコプラズマ細胞)に導入することで初めて起動に成功した.すなわち,丸ごとクローニングされたゲノムの起動には,ゲノムが由来した細胞か,あるいは近縁種の細胞質が必要だということを示していると考えられる.われわれの丸ごとラン藻ゲノムの場合も,ラン藻ゲノムを枯草菌で再起動させるためにはラン藻の細胞質因子を上手く導入することで可能になるかもしれない.非常にハードルが高い技術であるが取り組む価値はあると考えている.

ボトムアップ法—遺伝子クラスターからゲノムを創る—への挑戦

ゲノムの再起動に細胞質が必要だとすると遺伝子産物が候補になる.しかし,機能未知遺伝子が産生するマテリアルまでは準備できないので,発現が可能であるように設計した遺伝子を少しずつ対象の細胞に導入を繰り返して,デザインされたゲノムに近づける方法を考えた.発現可能な遺伝子としては,一次代謝経路,二次代謝経路など代謝産物の合成中間体がはっきりしていれば,個別の機能を単位にクラスター化しやすい.それぞれの(代謝)遺伝子クラスターは,最適化したのちにレシピエント細胞に導入すれば良いのではないか(図1図1■ゲノム構築における細胞質の重要性).このことは,われわれが遺伝子工学的に構築した複数の遺伝子を宿主細胞に導入する場合,これらの遺伝子を何回にも分けて導入するよりも,遺伝子クラスター化して一回の操作で導入するほうがはるかに効率的,合理的なことである.特にDNA導入効率が低い,あるいは導入自体が困難な生物においては明白である.遺伝子クラスター化は本稿後半で紹介するが,ここでも枯草菌が主要な役割を担うことを強調しておきたい.

遺伝子群がクラスター化されると,クラスター内の遺伝子発現の協調性が重要になる.つまり,遺伝子クラスター内の遺伝子は,全く独立に発現することが許されているわけではなく,機能が発揮されるためにはクラスター全体の発現量,発現のタイミング,コードするタンパク質への翻訳量の比率に至るまで協調的な発現で制御されると考えている.たとえば,バクテリアゲノム中に見いだされるポリシストロニックオペロンの場合,複数のタンパク質コード遺伝子が上流に存在するプロモーター(群)によって一括して転写され,結果として転写単位内の遺伝子発現のタイミングが巧妙に制御されている.よく解析されているLacオペロンの場合,lacIリプレッサーのlacOへの結合が解除されることによって,その下流に存在する3つの遺伝子(lacZYA)の発現が同じタイミングで行われる(5)5) F. Jacob & J. Monod: J. Mol. Biol., 3, 318 (1961)..また,ポリシストロニックオペロンは,各遺伝子の発現量の比が厳密に制御されていることも,オペロン内の遺伝子連結順序を変更すると発現量が変化することから確認されている(6, 7)6) T. Nishizaki, K. Tsuge, M. Itaya, N. Doi & H. Yanagawa: Appl. Environ. Microbiol., 73, 1355 (2007).7) A. Hiroe, K. Tsuge, C. T. Nomura, M. Itaya & T. Tsuge: Appl. Environ. Microbiol., 78, 3177 (2012).

では,クラスター化の機能的なメリットを甘受するのはポリシストロニックオペロン構造だけなのか? というとそうでもないようである.プロモーター+遺伝子+ターミネーターからなる独立の転写単位を3個連結して作成したクラスターでも,連結する順番や向きでクラスター全体の発現機能が変化することを確認している(8)8) K. Tsuge, K. Matsui & M. Itaya: J. Biotechnol., 129, 592 (2007)..変化の原因としては,(i)ターミネーターが100%転写を終結できないため下流の遺伝子への転写のリードスルーが起きている(図2図2■遺伝子が近接することによる発現への影響の例),(ii)プロモーター同士が狭い領域近接することによる立体障害やRNAポリメラーゼの取り合いが起こることによる発現量の低下(9)9) S. Yang, S. C. Sleight & H. M. Sauro: Nucleic Acids Res., 41, e33 (2013).や,(iii)転写方向が互いに向き合うように配置されるとき,転写がアンチセンスRNAとして発現し発現量を抑えるなどが挙げられる.このように遺伝子クラスター内の遺伝子は正にも負にも互いに影響を及ぼし合っており(図2図2■遺伝子が近接することによる発現への影響の例),これらの複雑な要素すべてを考慮してデザインする必要があることを強く学ぶことになった.

図2■遺伝子が近接することによる発現への影響の例

赤い遺伝子が影響を受ける対象.(i)リードスルー転写量の増加,(ii)プロモーターの近接による立体的な障害,RNAポリメラーゼの取り合い,(iii)アンチセンスRNA.

遺伝子クラスターの“何を”デザインするのか?

最も重要なのは遺伝子クラスターに加えるべき遺伝子を決めることであろう.遺伝子,つまりDNA配列は,A, T, G, Cの4文字のみで表現可能な規格化(あるいは量子化)された情報であるというデジタル的側面がある,つまり由来する生物種を問わず同じタンパク質の一次配列を正確に再現できるという普遍性という特徴も併せ持つ(表1表1■DNAのデジタル的側面とアナログ的側面).このデジタル性はコンピューターとの親和性が高いため,塩基配列情報からアミノ酸配列への変換などを通じて,ある生物にどのような遺伝子があるか,さらに代謝経路が備わっているかなどを,BLASTサーチ(10)10) S. F. Altschul, W. Gish, W. Miller, E. W. Myers & D. J. Lipman: J. Mol. Biol., 215, 403 (1990).やKEGGデータベース(11)11) M. Kanehisa & S. Goto: Nucleic Acids Res., 28, 27 (2000).などの利用で瞬時に判断可能である.すでに,遺伝子クラスターに組み込む遺伝子の種類に関するデザインは,コンピューターである程度自動的に行える(12)12) M. Araki, R. S. Cox 3rd, H. Makiguchi, T. Ogawa, T. Taniguchi, K. Miyaoku, M. Nakatsui, K. Y. Hara & A. Kondo: Bioinformatics, 31, 905 (2015).

表1■DNAのデジタル的側面とアナログ的側面
特徴
DNAのデジタル的側面遺伝子の種類・遺伝情報の伝達物質
環境に依存しない・タンパク質一次配列の普遍性(BLAST10)9) S. Yang, S. C. Sleight & H. M. Sauro: Nucleic Acids Res., 41, e33 (2013).,KEGG11)10) S. F. Altschul, W. Gish, W. Miller, E. W. Myers & D. J. Lipman: J. Mol. Biol., 215, 403 (1990).
DNAのアナログ的側面遺伝子の発現量・核酸分子のハイブリダイゼーションエネルギー(リボスイッチ16)16) W. C. Winkler & R. R. Breaker: Annu. Rev. Microbiol., 59, 487 (2005).,mRNA高次構造(17)
環境に依存する因子(温度,イオン強度,pH, 酸化還元状態,生体分子濃度,宿主細胞の種類)・プロモーター配列とRNAポリメラーゼのキネティックス18)18) R. C. Brewster, D. L. Jones & R. Phillips: PLOS Comput. Biol., 8, e1002811 (2012).
・リボソーム結合部位のリボソームとの親和性19)19) H. M. Salis, E. A. Mirsky & C. A. Voigt: Nat. Biotechnol., 27, 946 (2009).
・同義語コドン(使用頻度,出現順序など(20~22)

次に遺伝子クラスターでデザインすべきは,各遺伝子の発現量の調整であろう.ある代謝経路の酵素の比率が全体の代謝経路活性に大きな影響を与えることは,in vitroの系で詳細に解析されており(13, 14)13) N. Ishii, Y. Suga, A. Hagiya, H. Watanabe, H. Mori, M. Yoshino & M. Tomita: FEBS Lett., 581, 413 (2007).14) M. Bujara, M. Schümperli, R. Pellaux, M. Heinemann & S. Panke: Nat. Biol. Chem., 7, 271 (2011).,発現量の厳密な制御が必要である.遺伝子発現量の調節は,デジタル的側面には含まれておらず,遺伝子クラスターがおかれている環境に依存した無段階・連続的に変化しうる性質のパラメーターである(表1表1■DNAのデジタル的側面とアナログ的側面).ここではそれをDNA配列情報のアナログ的側面と表現する(15)15) G. Muskhelishvili & A. Travers: Cell. Mol. Life Sci., 70, 4555 (2013)..具体例としては,プロモーター配列とそれに結合するRNAポリメラーゼ,リプレッサー,アクチベーターなどの相互作用キネティックスであったり,mRNA分子内での2次構造に依存した転写や翻訳速度の制御だったりする(16~22).それらは生体分子間のインターラクションやハイブリダイゼーションに起因するパラメーターであり,DNA配列情報だけでは規定されず,宿主の種類,細胞内の分子濃度,イオン強度,pH,温度など,そのDNAが働く環境に依存する.前述の細胞質そのものと言ってもよく遺伝子発現量を決めるのに重要な働きをしており,それらの振る舞いが予測可能であれば,遺伝子クラスターの完全デザインも夢ではない.しかしながら,細胞質に起因するパラメーターは数が非常に多いためにコンピューターでも予想は相当な困難が伴う状況である.したがって,遺伝子クラスターからの遺伝子発現量をチューニングする作業には,膨大な予測配列の中からrationalと考えられる配列のDNAを実際に作製し,さらに良いものを選択するという過程が必要である.そのためにはどのような配列の遺伝子クラスターでも迅速に確実に構築する技術が必須であり,枯草菌が実現可能にしてくれることを再度強調しておきたい.

コンビナトリアルライブラリーとDBTサイクルによる遺伝子発現量のチューニング

遺伝子発現量に影響を及ぼす領域は,必ずしも遺伝子の上流(プロモーター側)ばかりでなく,コード領域内(20~22),そして,非翻訳領域内(23)23) B. F. Pfleger, D. J. Pitera, C. D. Smolke & J. D. Keasling: Nat. Biotechnol., 24, 1027 (2006).と全般にわたっていることが明らかになりつつある.しかしながら,すべてを変数化し同時に検討することは,パラメーターが増え過ぎて,情報を見失いがちである.よって,プロモーター配列,リボソーム結合配列,転写ターミネーターなどの発現量の制御にかかわるそれぞれの部分について互換性がある,いわゆるコンビナトリアルライブラリー化できるように設計し,遺伝子本体部分,遺伝子順序には変化をつけない戦術が望ましいと考えた.つまり,初期値から得られる情報をもとに新たなデザイン(Design)を構築(Build)し機能を評価(Test)し,それらはさらにデザインに反映するという,いわゆるDesign-Build-Testサイクル(以後DBTサイクルと称する)を回すことで,発現量のチューニングを絞り込んでいく(図3図3■コンビナトリアルライブラリーを用いたDBTサイクル).この戦術はカロテノイドなどでは成功しているが,天然には存在しない遺伝子クラスターの新規構築は現在の重要課題である.

図3■コンビナトリアルライブラリーを用いたDBTサイクル

各ライブラリースクリーニングで得られた情報を,次のライブラリー構築に反映する.各スクリーニング過程での対象となる項目を赤で示す.

リファクトリングという“練習問題”

そこで,リファクトリング(refactoring)という練習が重要となってくる.リファクトリングという言葉は,もともとコンピューター用語として用いられたもので,すでに存在しているプログラムの機能を改変することなく,中身をより単純化するような操作を意味する.合成生物学では,すでに生物がもっている遺伝子クラスターを部品に分解して考え,不必要なものを取り除き,複雑なものを単純化することにより,それを再構築するという意味合いである.このリファクトリングは,そのクラスターを上手く創り込めば働くことが判明しているものを対象とするので,それが上手く働かない場合の因果関係がわかりやすい.よって,遺伝子クラスター構築の練習問題として用いることが可能となる.たとえば,カロテノイドの合成遺伝子群は,産物が色素であり生産量を測定しやすいことから,リファクトリングの対象として非常に多くの研究者が用いており,天然のものよりも著しく生産量が向上したものも得られている(24)24) A. Das, S. H. Yoon, S. H. Lee, J.-Y. Kim, D.-K. Oh & S.-W. Kim: Appl. Microbiol. Biotechnol., 77, 705 (2007)..色素以外では,マサチューセッツ工科大学のVoigtらが窒素固定バクテリアのKlebsiella oxytocaの窒素固定遺伝子クラスターをリファクトリングした(25)25) K. Temme, D. Zhao & C. A. Voigt: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 7085 (2012)..プロモーター,リボソーム結合配列,構造遺伝子配列,遺伝子間スペーサー配列など89個のDNA断片に分割し,これを組上げることで,機能性は天然のクラスターに及ばないものの,実際に窒素固定が可能な系を構築することに成功した.重要な点は,最初にデザインしたものがすぐに上手く働くわけではなく,DBTサイクルを繰り返し行いファインチューニングが行われうることが示されていることである.リファクトリングが上手くいかないのに新規な遺伝子回路・代謝経路が上手くデザインできる理由はないだろう.現在は,リファクトリングを通じて遺伝子クラスターデザインのハードルを下げるための工学的な法則を見いだそうとしている段階といえる.

遺伝子クラスター構築のための遺伝子集積技術

遺伝子クラスターは自然には存在しないが,デザインするためには,DNAのアナログ的側面に依存する遺伝子発現量を,DBTサイクルを繰り返し行うことでチューニングできることがおわかりいただけると考える.すなわち,遺伝子クラスターの発現量を制御する部分をコンビナトリアルライブラリー化したDNA(結果として長鎖,つまり巨大化するが)を高速に構築する必要がある.自然にない新たにデザインした配列は化学合成DNAを出発材料に用いるほかない.しかしながら,化学合成では長くとも200塩基程度しか合成できず,また,塩基配列の変異も生物に比べると圧倒的に高い(26)26) S. Ma, N. Tang & J. Tian: Curr. Opin. Chem. Biol., 16, 260 (2012).ので,これらをいくつも連結して塩基配列を確認し,また連結して塩基配列を確認するというサイクルを繰り返すことになる.一度に連結できるDNA断片の数が多いほど繰り返しの工程が少なくなると期待できるため,DNA断片の連結では,一度に連結できる数が重要である.DNA断片の集積においてよく用いられる宿主には,大腸菌,枯草菌,酵母などがある.われわれの枯草菌は最後に紹介することにして,まず酵母では前述のマイコプラズマゲノムのような巨大DNAの再構成(3)3) C. Lartigue, J. Glass, N. Alperovich, R. Pieper, P. P. Parmar, C. A. Hutchison 3rd, H. O. Smith & J. C. Venter: Science, 317, 632 (2007).や,25個程度の多断片の集積に実績(27)27) D. G. Gibson, G. A. Benders, K. C. Axelrod, J. Zaveri, M. A. Algire, M. Moodie, M. G. Montague, J. C. Venter, H. O. Smithb & C. A. Hutchison: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 20404 (2008).がある.しかしながら酵母の増殖には時間がかかるという欠点がある.また大腸菌は,遺伝子組換え実験で用いられる最もポピュラーな宿主であり,世界的にはGolden Gate法(28)28) C. Engler, R. Gruetzner, R. Kandzia & S. Marillonnet: PLoS ONE, 4, e5553 (2009).とGibson Assembly法(29)29) D. G. Gibson, L. Young, R. Y. Chuang, J. C. Venter, C. A. Hutchison 3rd & H. O. Smith: Nat. Methods, 6, 343 (2009).がよく用いられている(図4図4■遺伝子クラスターの構築に用いられるさまざまな遺伝子集積法).

図4■遺伝子クラスターの構築に用いられるさまざまな遺伝子集積法

黒い部分は,連結に必要なDNA断片の重なっている部分,いわゆる“のりしろ”配列を示す.

Golden Gate法は,制限酵素とDNAリガーゼを共存させるトリックを利用する.制限酵素で切断された複数のDNA断片は,共存するDNAリガーゼにより元とは異なる断片間での連結が許される,望ましい連結の場合にのみ切断に用いた制限酵素の認識部位がなくなるように設計しておけば,切断,リガーゼ反応が繰り返される間に設計どおりに連結された場合のみ環状のDNAが試験管内で優先的に残っていく.大腸菌に導入して回収するこの方法では,制限酵素としてTypeIISと呼ばれる切断サイトが,非回文構造の認識部位の外側のどちらか1カ所を切断する制限酵素を用いる.これらの制限酵素は認識部位の外側の配列を切断することから,切断時に現れる突出配列を任意の配列に指定することが可能である.突出配列(通常5′末端が4塩基突出するAarI, BsaI, BbsI, BsmBIなどを用いる)を隣に連結する配列の順序と向きを指定することに用いる.本方法は,連結対象のDNA断片をクローニングした環状のプラスミドDNAを準備さえしておけば,DNA断片のサイズ分画と精製などの後処理が不必要なことから,ロボットによる分注操作でハイスループット構築が可能であるという長所がある.一方,集積可能なDNA断片の数が最大で10個程度で,かつ集積する配列にその制限酵素の認識部位を残すことができないので,どうしても配列設計上の制約が残るという欠点がある.

Gibson Assembly法は,5′エキソヌクレアーゼとDNAポリメラーゼとDNAリガーゼを同時共存させることにより,試験管内でDNA断片を連結する方法である.あらかじめ連結対象のDNA間で15~80 bp程度の重なりをもたせるように準備しておき,末端から5′ヌクレアーゼにより部分的に一本鎖DNAにしたものをハイブリダイズさせ,その後,DNAポリメラーゼとDNAリガーゼで連結を完了する方法である.Gibson Assembly法も,Golden Gate法と同様に,連結が進み環状化するとDNA分解酵素(すなわち5′エキソヌクレアーゼ)の基質がなくなるので,設計した組み合わせが優先的に残るようになっている.Golden Gate法とは異なりDNA断片を準備する必要はあるが,制限酵素の認識部位のような配列の制約がないので,長いコンストラクトの構築にも適しているという特徴がある.昨年(2015年)より,本方法を利用した最大で1.8 kbまでの短いDNA断片ではあるが,化学合成DNAから遺伝子合成する自動化機械が販売された.

OGAB法

上述のGolden Gate法やGibson Assembly法は基本的に大腸菌プラスミド形質転換系であるため,試験管で環状のプラスミド分子に連結する必要がある.多数のDNA断片を環状に連結する場合,DNA断片同士の分子間ライゲーションと,最後の分子内ライゲーションの2種類のライゲーションを一つの試験管内部で行うことになるが,分子間ライゲーションが基質となるDNA濃度が高いほど進みやすいのに対して,分子内ライゲーションはDNAが薄いほど生成効率が高い.特に,連結する断片数が多いほど環状化に適さない状態が長く,丁度良いタイミングが限られてくるため,集積効率が悪くなっていく.われわれは,大腸菌での上記方法が発表される以前の2003年に,枯草菌のプラスミド形質転換系を利用した遺伝子集積法のOGAB(Ordered Gene Assembly in Bacillus subtilis)法を報告した(30)30) K. Tsuge, K. Matsui & M. Itaya: Nucleic Acids Res., 31, e133 (2003).図4図4■遺伝子クラスターの構築に用いられるさまざまな遺伝子集積法).枯草菌は,大腸菌とは異なり能動的なDNA取り込み装置を有する.しかしながら,その取り込み様式はユニークで,二本鎖DNAを細胞表面で切断しそのうちの一方の鎖だけを細胞内に取り込むという経過をたどるため.環状のプラスミド分子を用意しても片方の鎖のみが取り込まれるので形質転換体はほとんど生じない.実は枯草菌にプラスミドを導入するためには環状化しておく必要はないのである.むしろ複数個同一方向に連結したような,いわゆるタンデムリピート状プラスミドDNAではプラスミドの1単位以上が細胞内に取り込まれ切断された配列が修復され,環状のプラスミドが生成する.タンデムリピート状態が長いほど集積効率が高いため,集積に用いるすべてのDNA断片が,できるだけ等モルに近い分子数になっていることが必要である.しかし,実際の操作では集積に用いる断片のサイズが異なると等モル調整が非常に困難になるために,従来は15個程度の断片の集積が限界であった.

第二世代OGAB

OGAB法では等モル調整のステップが集積体の効率と品質に直結する.逆にこのステップをスマートにこなせる技術的があれば,OGAB法はその原理からして圧倒的に多数のDNA断片を正確に,迅速に集積することが可能である.すなわちOGAB法は,大腸菌を使わざるを得ないGolden Gate法やGibson Assembly法では太刀打ちできないDNA遺伝子クラスター合成法になる威力を秘めているのである.すべてのDNA断片のモル濃度を厳密に合わせる手法は,開発者であり枯草菌を駆使できるわれわれが当然取り組む開発課題であった.以下の内容は成功例である.最大のブレイクは,材料のDNA断片(以下OGABブロックと呼ぶ)をすべて同じ長さにするようにコンピューターシミュレーションにより設計し,これをクローニングするプラスミドベクターも同一のものにすることでOGABブロックプラスミドの全長を同じにすることを思い立ったことに始まる(31)31) K. Tsuge, Y. Sato, Y. Kobayashi, M. Gondo, M. Hasebe, T. Togashi, M. Tomita & M. Itaya: Sci. Rep, 5, 10655 (2015).図4図4■遺伝子クラスターの構築に用いられるさまざまな遺伝子集積法).これにより,各OGABブロックプラスミドの濃度を測定して,それぞれが同一の重量濃度になるように混合することにより,等モルのOGABブロックプラスミドの溶液を得ることができようになる.これらは,OGABブロックとベクターが同じ長さのため,混合物にもかかわらず単一のプラスミドとみなすことが可能となるので,これをTypeIIS制限酵素で切断して,電気泳動により目的のOGABブロックを回収することにより,高精度の等モル混合物を得ることが可能となった.このプロトコールを第二世代OGAB法と呼称している.実際に適用してみると,前例のない一度に50個以上のDNA断片の集積が示された.第二世代OGAB法は基本的にどのような配列にも適応可能で,de novo配列の合成や長い遺伝子クラスター中の局所的配列のコンビナトリアルライブラリー化に優れており,上述の遺伝子クラスターのDBTサイクルの中核的な基盤技術となることは間違いない.

おわりに

本稿の校正中に,前述のベンター研究所のグループが,マイコプラズマのゲノムについてDBTサイクルを繰り返すことにより,最小ゲノムをもつ生物の創出に成功したという報告が飛び込んできた(32)32) C. A. Hutchison III, R. Y. Chuang, V. N. Noskov, N. Assad-Garcia, T. J. Deerinck, M. H. Ellisman, J. Gill, K. Kannan, B. J. Karas, L. Ma et al.: Science, 351, aad6253 (2016)..遺伝子クラスターサイズの大きさにおいても,使えるクラスターを得るためには,膨大な数のDBTサイクルを回す必要がある.このためには,遺伝子クラスターレベルの長鎖DNAの合成を高速・ハイスループットに行う自動機械などのインフラ整備が不可欠な状況となりつつある.今回紹介した第二世代のOGAB法は自動化を検討中である.

Reference

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3) C. Lartigue, J. Glass, N. Alperovich, R. Pieper, P. P. Parmar, C. A. Hutchison 3rd, H. O. Smith & J. C. Venter: Science, 317, 632 (2007).

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