セミナー室

昆虫のオルガネラ様共生細菌たち

Atsushi Nakabachi

中鉢

豊橋技術科学大学・エレクトロニクス先端融合研究所

Published: 2016-09-20

はじめに

酸素呼吸の場として真核生物の生存を支える「ミトコンドリア」や,植物の光合成に欠かせない「葉緑体」などの「オルガネラ(細胞内小器官)」は,原始真核細胞に取り込まれた共生細菌の末裔である.その進化過程において,祖先細菌のゲノムから遺伝子の多くが宿主ゲノムに移行し,現在のオルガネラには痕跡的な極小ゲノムが残るのみとなるなど,「共生」に基づく複数生物間の融合の究極例と言える.しかし,細胞内共生に基づく融合進化は,真核生物の黎明期のみに起きた例外的な事象ではない.すでにミトコンドリアなどを備えた単細胞真核生物による新たな単細胞生物の取り込みはもとより,真核生物が多細胞化した後も,オルガネラ様の特性を示す共生細菌の獲得例がいくつも知られている.その代表として挙げられるのが,昆虫の「菌細胞内共生系」である(1~3)1) P. Buchner: “Endosymbiosis of animals with plant microorganisms,” John Wiley & Sons, 1965.3) 中鉢 淳:大熊盛也,野田悟子編,“難培養微生物研究の最新技術III”,シーエムシー出版,2015, pp. 85–94..「菌細胞(bacteriocyte, mycetocyte)」は,共生微生物を収納するために分化した宿主昆虫の特殊な細胞であり,この細胞質中に共生細菌などを恒常的に維持する(図1図1■昆虫の菌細胞内共生系の一例:キジラミの系).この共生系は進化的に安定で,共生細菌は数千万年から数億年にわたり虫の親から子へと垂直感染により受継がれ,その過程でゲノムが縮小するなど,オルガネラを想起させる特徴をもつ(2, 3)2) N. A. Moran, J. P. McCutcheon & A. Nakabachi: Annu. Rev. Genet., 42, 165 (2008).3) 中鉢 淳:大熊盛也,野田悟子編,“難培養微生物研究の最新技術III”,シーエムシー出版,2015, pp. 85–94..今回のセミナー室では,昆虫の菌細胞内共生系と,そこに住む共生細菌の機能・進化・宿主昆虫とのゲノムレベルでの融合などについて概観し,オルガネラとの類似点・相違点について考察したい.

図1■昆虫の菌細胞内共生系の一例:キジラミの系

左:キジラミ幼虫.腹部体腔内のクロワッサン形の構造(破線囲み)が菌細胞塊.バー:500 µm. A. Nakabachi et al.: Curr. Biol., 23, 14789 (2013), Fig. 1図1■昆虫の菌細胞内共生系の一例:キジラミの系より改変.右:菌細胞のDAPI染色像.中央は宿主の核で,その周りの細胞質を埋め尽くしているひも状の細胞が共生細菌Carsonella.バー:20 µm. A. Nakabachi et al.: Science, 314, 267 (2016), Fig. 1図1■昆虫の菌細胞内共生系の一例:キジラミの系より改変.

昆虫と細菌の融合体

菌細胞内共生系は,昆虫綱を構成する30ほどの目(order)のうち,半翅目(アブラムシなど),網翅目(ゴキブリ類),咀顎目(シラミ類)の多くの種,鞘翅目(コガネムシ類),双翅目(ハエ,カの類),膜翅目(ハチ,アリ類)の一部の種など,さまざまな系統に見いだされる(1~3)1) P. Buchner: “Endosymbiosis of animals with plant microorganisms,” John Wiley & Sons, 1965.2) N. A. Moran, J. P. McCutcheon & A. Nakabachi: Annu. Rev. Genet., 42, 165 (2008).3) 中鉢 淳:大熊盛也,野田悟子編,“難培養微生物研究の最新技術III”,シーエムシー出版,2015, pp. 85–94..そこに住む共生細菌は宿主昆虫の系統ごとに異なり,多様性に富むため,それぞれ独立に獲得され,進化してきたものと考えられる(2)2) N. A. Moran, J. P. McCutcheon & A. Nakabachi: Annu. Rev. Genet., 42, 165 (2008)..共生細菌は,宿主との長期にわたる共進化の過程で多くの遺伝子を失っており,菌細胞の外では増殖できない.一方の宿主昆虫も,餌資源に不足する栄養の補償などで共生細菌に高度に依存しており,共生細菌なしでは繁殖不能である(3)3) 中鉢 淳:大熊盛也,野田悟子編,“難培養微生物研究の最新技術III”,シーエムシー出版,2015, pp. 85–94..たとえば,農業害虫として悪名高いアブラムシなど,半翅目昆虫の多くは菌細胞内共生系をもち,師管液・導管液などを生涯唯一の餌とするが,これらの植物汁液は必須アミノ酸(タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のうち,後生動物が合成できず,食物などから摂取する必要のあるもの.動物の系統によらずおおむね共通しており,多くの昆虫では,トリプトファン,リジン,メチオニン,フェニルアラニン,スレオニン,バリン,ロイシン,イソロイシン,アルギニン,ヒスチジンの10種類)やビタミンなどの栄養分に乏しく,本来,後生動物の餌として不適格である.また,衛生害虫として忌み嫌われるシラミやツェツェバエなども菌細胞内共生系を保有し,脊椎動物の血液を生涯唯一の餌とする.血液は植物汁液に比べれば栄養豊富だが,ビタミンB群に乏しい.こうした餌資源中に不足する栄養分を合成・提供することで宿主の栄養要求を満たし,生存を支えているのが菌細胞内共生細菌である.すなわち,こうした昆虫においては,共生細菌,宿主昆虫ともにもはや単独では生存できず,両者を合わせて初めて一つの生物として振る舞うことのできる融合生命体を形成しているのだ.この意味においても,菌細胞内共生細菌はミトコンドリアや葉緑体などのオルガネラに匹敵する地位を獲得していると言えよう.

代わりはいくらでも?

高い相互依存関係にあり,安定で永続的,両者不可分なはずの共生関係は,しかし必ずしも永遠のものではない.研究の進んでいる半翅目昆虫の多様な菌細胞内共生系を俯瞰すると,その融通無碍な性質の一端を垣間見ることができる.半翅目は,注射針のような口吻をもち,液状の資源を餌として利用するグループで,異翅亜目(カメムシ類),腹吻亜目(アブラムシ上科,フィロキセラ上科,キジラミ上科,コナジラミ上科,カイガラムシ上科),頸吻亜目(セミ上科,アワフキムシ上科,ハゴロモ上科,ツノゼミ上科),鞘吻亜目(マイナーグループで,日本には分布しない)から構成される(3, 4)3) 中鉢 淳:大熊盛也,野田悟子編,“難培養微生物研究の最新技術III”,シーエムシー出版,2015, pp. 85–94.4) G. M. Bennett & N. A. Moran: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10169 (2015).図2図2■半翅目昆虫における菌細胞内共生細菌の獲得と喪失).異翅亜目には,動物食性の種も多く含まれるが,腹吻亜目,頸吻亜目,鞘吻亜目はいずれも植物汁液を常食とする.後三者の大部分と異翅亜目の一部は,体腔内に多数の菌細胞からなる共生器官「菌細胞塊(bacteriome, mycetome)をもち,それぞれの昆虫グループで異なる系統の共生微生物を収納する(4)4) G. M. Bennett & N. A. Moran: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10169 (2015).図2図2■半翅目昆虫における菌細胞内共生細菌の獲得と喪失).

図2■半翅目昆虫における菌細胞内共生細菌の獲得と喪失

宿主昆虫の系統(灰色太線)に共生細菌の系統(細線)を重ねて示す.枠内は,その宿主昆虫系統で広範に保持されている主要な祖先型共生細菌.括弧内は細菌の分類で,ギリシャ文字は,プロテオバクテリアの綱を示す.G. M. Bennett et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10173 (2015), Fig. 3図3■アブラムシの菌細胞内共生系より許可を得て改変.

腹吻亜目について見ると,アブラムシ類は,アブラムシ上科とフィロキセラ上科からなるが,前者の菌細胞内必須共生細菌はCandidatus Buchnera aphidicola(Gammaproteobacteria,ゲノムサイズ:420~650 kb)で,必須アミノ酸やリボフラビン(ビタミンB2)などの合成経路を保持しており,これらの栄養を宿主に提供する(表1表1■昆虫の代表的な菌細胞内共生細菌)(図3図3■アブラムシの菌細胞内共生系).Buchneraは,一部の例外を除いてアブラムシ上科で広く保存されており,宿主との共種分化傾向を示すため,アブラムシ上科の共通祖先から受け継がれてきたものと考えられる.これに対し,フィロキセラ上科のカサアブラムシ科では,これまでに7種類の共生細菌が検出されており,この系統での共生細菌の複数回の置換が示唆される(3)3) 中鉢 淳:大熊盛也,野田悟子編,“難培養微生物研究の最新技術III”,シーエムシー出版,2015, pp. 85–94..

表1■昆虫の代表的な菌細胞内共生細菌
宿主昆虫共生細菌ゲノムサイズ(kb)主な機能
植物汁液食半翅目腹吻亜目アブラムシ上科共通Ca. Buchnera aphidicola (Gammproteobacteria)420–650必須アミノ酸合成
フィロキセラ上科カサアブラムシ科Ca. Annandia spp. (Gammaproteobacteria)
キジラミ上科共通Ca. Carsonella ruddii (Gammproteobacteria)160–170必須アミノ酸合成
ミカンキジラミCa. Profftella armatura (Betaproteobacteria)460毒性ポリケチド合成
コナジラミ上科共通Ca. Portiera aleyrodidarum (Gammproteobacteria)280–360必須アミノ酸・カロテノイド合成
カイガラムシ上科コナカイガラムシ科Ca. Tremblaya spp. (Betaproteobacteria)140–170必須アミノ酸合成
Ca. Moranella endobia (Gammproteobacteria)540必須アミノ酸合成
マルカイガラムシ科Ca. Uzinura diaspidicola (Flavobacteriia)260必須アミノ酸合成
Monophlebidae科Ca. Walczuchella monophlebidarum (Flavobacteriia)310必須アミノ酸合成
頸吻亜目共通Ca. Sulcia muelleri (Flavobacteriia)190–250必須アミノ酸合成
ハゴロモ上科Ca. Vidania fulgoroideae (Betaproteobacteria)
ツノゼミ上科Ca. Nasuia deltocephalinicola (Betaproteobacteria)110必須アミノ酸合成
Ca. Baumannia cicadellinicola (Gammaproteobacteria)250必須アミノ酸・ビタミン合成
セミ上科Ca. Hodgkinia cicadicola (Alphaproteobacteria)140必須アミノ酸合成
アワフキムシ上科Ca. Zinderia insecticola (Betaproteobacteria)210必須アミノ酸合成
鞘吻亜目共通Ca. Evansia muelleri (Gammaproteobacteria)360必須・可欠アミノ酸合成
血液食異翅亜目トコジラミCa. Wolbachia, wCle (Alphaproteobacteria)1250ビタミンB合成
咀顎目シラミ亜目ヒトジラミ科Ca. Riesia spp. (Gammaproteobacteria)580–590ビタミンB合成
双翅目シラミバエ上科ツェツェバエ科Ca. Wigglesworthia glossinidia (Gammaproteobacteria)700–720ビタミンB合成
クモバエ科Ca. Aschnera chinzeii (Gammaproteobacteria)760
シラミバエ科Ca. Arsenophonus melophagi (Gammaproteobacteria)1160ビタミンB合成
雑食網翅目ゴキブリ亜目Ca. Blattabacterium spp. (Flavobacteriia)590–640窒素再利用,必須アミノ酸・ビタミン合成
膜翅目オオアリ族Ca. Blochmannia spp. (Gammaproteobacteria)710–790窒素再利用必須アミノ酸合成

図3■アブラムシの菌細胞内共生系

左:胎生単為生殖に基づき幼虫を産み出すエンドウヒゲナガアブラムシ.バー: 1 mm. 右:「オルガネラ進化」の定義を満たす現象が見つかった共生系.宿主が細菌から獲得した遺伝子からタンパク質が合成され,共生細菌Buchneraに輸送されている.

キジラミ上科の菌細胞内必須共生細菌はCa. Carsonella ruddii(Gammaproteobacteria)で(図1, 2図1■昆虫の菌細胞内共生系の一例:キジラミの系図2■半翅目昆虫における菌細胞内共生細菌の獲得と喪失),Buchneraと同様,必須アミノ酸の合成を担うが,そのゲノムサイズは160~174 kbと極小で(5~7)5) A. Nakabachi, A. Yamashita, H. Toh, H. Ishikawa, H. E. Dunbar, N. A. Moran & M. Hattori: Science, 314, 267 (2006).6) D. B. Sloan & N. A. Moran: Mol. Biol. Evol., 29, 3781 (2012).7) A. Nakabachi, R. Ueoka, K. Oshima, R. Teta, A. Mangoni, M. Gurgui, N. J. Oldham, G. van Echten-Deckert, K. Okamura, K. Yamamoto et al.: Curr. Biol., 23, 1478 (2013).,葉緑体ゲノム(120~220 kb)と同程度である(表1表1■昆虫の代表的な菌細胞内共生細菌).キジラミの多くの種では,Carsonellaに加え,もう1種類の共生細菌が共生器官中に共存するが,これらはキジラミの種ごとに異なり,それぞれのキジラミ系統で独立に獲得されたものと考えられる.その一部については,Carsonellaと相補的な必須アミノ酸合成経路を構成し,Carsonellaとともに宿主にとって不可欠な地位を得ているものと推察される(6)6) D. B. Sloan & N. A. Moran: Mol. Biol. Evol., 29, 3781 (2012).

コナジラミ上科の菌細胞内必須共生細菌はCa. Portiera aleyrodidarum(Gammaproteobacteria,ゲノムサイズ:280~360 kb)(図2図2■半翅目昆虫における菌細胞内共生細菌の獲得と喪失)で,必須アミノ酸合成経路に加え,やはり後生動物の合成できないカロテノイドの生合成経路を保有することが特徴である(3, 4)3) 中鉢 淳:大熊盛也,野田悟子編,“難培養微生物研究の最新技術III”,シーエムシー出版,2015, pp. 85–94.4) G. M. Bennett & N. A. Moran: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10169 (2015).表1表1■昆虫の代表的な菌細胞内共生細菌).

カイガラムシ上科のコナカイガラムシ科は,ワタカイガラモドキ亜科とコナカイガラムシ亜科から構成され,ともに菌細胞内必須共生細菌としてCa. Tremblaya sp.(Betaproteobacteria)を保有する(表1表1■昆虫の代表的な菌細胞内共生細菌).前者では,これ以外に菌細胞内共生細菌がいないのに対し,後者ではTremblayaの細胞内に別の共生細菌Ca. Moranella endobia(Gammaproteobacteria)が収納され,「入れ子状」の共生系を形成している(図2図2■半翅目昆虫における菌細胞内共生細菌の獲得と喪失).これら共生細菌のゲノム解析などにより,ワタカイガラモドキ亜科ではTremblaya(代表ゲノムサイズ:171 kb)が単独で必須アミノ酸合成を行うのに対し,コナカイガラムシ亜科ではTremblaya(代表ゲノムサイズ:139 kb)とMoranella(代表ゲノムサイズ:538 kb)が協働して栄養を合成することが示唆されている(8)8) F. Husnik, N. Nikoh, R. Koga, L. Ross, R. P. Duncan, M. Fujie, M. Tanaka, N. Satoh, D. Bachtrog, A. C. C. Wilson et al.: Cell, 153, 1567 (2013)..一方,カイガラムシ上科のほかの多くの科からは,TremblayaMoranellaの代わりにフラボバクテリア綱(Flavobacteriia)に属する共生細菌が検出される(図2図2■半翅目昆虫における菌細胞内共生細菌の獲得と喪失).その多くが起源を共有するらしく,マルカイガラムシ科のCa. Uzinura diaspidicola(Flavobacteriia,代表ゲノムサイズ:263 kb),Monophlebidae科のCa. Walczuchella monophlebidarum(Flavobacteriia,代表ゲノムサイズ:309 kb)(表1表1■昆虫の代表的な菌細胞内共生細菌)については,やはり宿主への必須アミノ酸提供が主要な機能であることが示唆されている(3)3) 中鉢 淳:大熊盛也,野田悟子編,“難培養微生物研究の最新技術III”,シーエムシー出版,2015, pp. 85–94..

頸吻亜目は,その共通祖先がペルム紀中期(2億6千万~2億8千万年前)に獲得したと推定されるCa. Sulcia muelleri(Flavobacteriia,ゲノムサイズ:190~248 kb)を,いずれの上科も共通して保有する(表1表1■昆虫の代表的な菌細胞内共生細菌)(図2図2■半翅目昆虫における菌細胞内共生細菌の獲得と喪失).これに加えて,それぞれの系統で独自に獲得した共生細菌として,ハゴロモ上科(ウンカ,ハゴロモ)ではCa. Vidania fulgoroideae(Betaproteobacteria),ツノゼミ上科(ツノゼミ,ヨコバイ)ではCa. Nasuia deltocephalinicola(Betaproteobacteria,ゲノムサイズ:112 kb),セミ上科ではCa. Hodgkinia cicadicola(Alphaproteobacteria,ゲノムサイズ:144 kb),アワフキムシ上科ではCa. Zinderia insecticola(Betaproteobacteria,ゲノムサイズ:208 kb)が共存する(3, 4)3) 中鉢 淳:大熊盛也,野田悟子編,“難培養微生物研究の最新技術III”,シーエムシー出版,2015, pp. 85–94.4) G. M. Bennett & N. A. Moran: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10169 (2015).表1表1■昆虫の代表的な菌細胞内共生細菌)(図2図2■半翅目昆虫における菌細胞内共生細菌の獲得と喪失).また,ヨコバイの一部の系統では,NasuiaCa. Baumannia cicadellinicola(Gammaproteobacteria,ゲノムサイズ:246 kb)に置換されている.Nasuia, Hodgkinia, Baumanniaは,必須アミノ酸のうちヒスチジンとメチオニン,Zinderiaではこれに加えてトリプトファンの合成経路をもち, Sulciaは残りの必須アミノ酸の合成を担う(3)3) 中鉢 淳:大熊盛也,野田悟子編,“難培養微生物研究の最新技術III”,シーエムシー出版,2015, pp. 85–94.Vidania, Nasuia, Zinderiaの3種の共生細菌は,単系統である可能性が示唆されている(4)4) G. M. Bennett & N. A. Moran: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10169 (2015).

このように,半翅目では植物汁液食が支配的であるとともに,多くの系統がそれぞれの系統で異なる菌細胞内共生微生物をもつことから,半翅目昆虫の共通祖先は,すでに「植物汁液食」とその不足栄養を補う「菌細胞内共生系の保有」という2つの形質をセットで獲得しており,宿主昆虫の分化とともに既存の必須共生体に任意共生体が加わり,後者が新たな必須共生体として前者に置き換わるような,共生系の改変が繰り返し起きてきたものと考えられる(2~4)2) N. A. Moran, J. P. McCutcheon & A. Nakabachi: Annu. Rev. Genet., 42, 165 (2008).3) 中鉢 淳:大熊盛也,野田悟子編,“難培養微生物研究の最新技術III”,シーエムシー出版,2015, pp. 85–94.4) G. M. Bennett & N. A. Moran: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10169 (2015).図2図2■半翅目昆虫における菌細胞内共生細菌の獲得と喪失).上述した現生の菌細胞内必須共生細菌は,いずれもがそのゲノムを大幅に縮小しながら,宿主の栄養要求を満たすための遺伝子群を保持しており,「栄養供給オルガネラ」としての収斂進化の例として興味深い.

吸血性昆虫の共生細菌も収斂進化

咀顎目のシラミ,半翅目・異翅亜目のトコジラミ,双翅目・シラミバエ上科のツェツェバエ,クモバエ,シラミバエなど,脊椎動物の血液のみを餌とする昆虫の多くも,体内の特殊化した菌細胞内に共生細菌を保有する(1)1) P. Buchner: “Endosymbiosis of animals with plant microorganisms,” John Wiley & Sons, 1965.表1表1■昆虫の代表的な菌細胞内共生細菌).なかでもよく研究されているのが,アフリカ睡眠病の病原性原虫Trypanosoma bruceiを媒介するツェツェバエGlossina spp.の系である(9)9) J. Wang, B. L. Weiss & S. Aksoy: Front. Cell. Infect. Microbiol, 3, 69 (2013)..ツェツェバエは中腸前部に付随する共生器官をもち,その菌細胞中に,ビタミンB群を合成する必須共生細菌Ca. Wigglesworthia glossinidia(Gammaproteobacteria,ゲノムサイズ:703~725 kb)を収納している.これに加えて宿主に対する寄与の不明確な任意共生体Sodalis glossinidius(Gammaproteobacteria,ゲノムサイズ:4.29 Mb)も共存するが,こちらはWigglesworthiaのように菌細胞に隔離されておらず,中腸の細胞内外,脂肪体,唾液腺,血リンパ中などに見いだされる.S. glossinidiusと近縁な共生細菌はさまざまな系統の昆虫から検出されており,興味深いことに,カメムシ(半翅目)やゾウムシ(鞘翅目)の一部の系統では必須共生体となっている(9)9) J. Wang, B. L. Weiss & S. Aksoy: Front. Cell. Infect. Microbiol, 3, 69 (2013)..なお,シラミはCa. Riesia spp.(Gammaproteobacteria,ゲノムサイズ:582~589 kb)(10)10) B. M. Boyd, J. M. Allen, V. de Crécy-Lagard & D. L. Reed: G3, 4, 2189 (2014).,トコジラミはCa. Wolbachia sp., wCle(Alphaproteobacteria,ゲノムサイズ:1.25 Mb)(11)11) N. Nikoh, T. Hosokawa, M. Moriyama, K. Oshima, M. Hattori & T. Fukatsu: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 10257 (2014).,クモバエはCa. Aschnera chinzeii(Gammaproteobacteria,ゲノムサイズ:760 kb)(12)12) T. Hosokawa, N. Nikoh, R. Koga, M. Sato, M. Tanahashi, X. Y. Meng & T. Fukatsu: ISME J., 6, 577 (2012).,シラミバエはCa. Arsenophonus melophagi(Gammaproteobacteria,ゲノムサイズ:1.16 Mb)(13)13) E. Nováková, F. Husník, E. Šochová & V. Hypša: Appl. Environ. Microbiol., 81, 6189 (2015).と,Wigglesworthiaとは異なる系統の共生細菌をそれぞれの菌細胞内に保有するが(表1表1■昆虫の代表的な菌細胞内共生細菌),いずれのゲノムも縮小しながらビタミンB群合成系遺伝子群を保持しており,やはり宿主の栄養要求を満たす収斂進化の一例と言える.また,Riesiaは任意共生体として多様な系統の昆虫から検出されるArsenophonus属細菌と近縁で(10)10) B. M. Boyd, J. M. Allen, V. de Crécy-Lagard & D. L. Reed: G3, 4, 2189 (2014).,この属はArsenophonus melophagiを含む(13)13) E. Nováková, F. Husník, E. Šochová & V. Hypša: Appl. Environ. Microbiol., 81, 6189 (2015)..さらに,トコジラミの菌細胞内必須共生細菌Wolbachiaは,元来,極めて広範な系統の昆虫に感染し,宿主の生殖を操作することで自らの勢力拡大を図る,寄生的な任意共生体として知られていた(11)11) N. Nikoh, T. Hosokawa, M. Moriyama, K. Oshima, M. Hattori & T. Fukatsu: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 10257 (2014)..これらの事例も,任意共生体の必須共生体への遷移を例証するものと言えよう.なお,雑食性であるにもかかわらず菌細胞内共生系をもつ昆虫グループに,ゴキブリ(網翅目)とオオアリ族のアリ(膜翅目)がいる.それぞれの共生細菌はCa. Blattabacterium spp.(Flavobacteriia,ゲノムサイズ:590~641 kb)(14)14) Y. Kinjo, S. Saitoh & G. Tokuda: Microbes Environ., 30, 208 (2015).およびCa. Blochmannia spp.(Gammaproteobacteria,ゲノムサイズ:706~792 kb)(15)15) L. E. Williams & J. J. Wernegreen: PeerJ, 3, e881 (2015).で,やはり必須アミノ酸などの栄養分を合成し,宿主に提供しているらしい.興味深いことに,Blattabacteriumは,半翅目・頸吻亜目の菌細胞内必須共生細菌Sulciaと近縁である.

共生細菌のゲノムは縮小する

これまで見てきたように,菌細胞内共生細菌に共通する特徴として,ゲノムの縮小を挙げることができる(表1表1■昆虫の代表的な菌細胞内共生細菌).自由生活性の細菌のゲノムは多くの場合2~6 Mb程度の大きさで,数千の遺伝子をもつが,菌細胞内共生細菌のゲノムはおおむね1 Mb以下のサイズしかなく,遺伝子も数百しかコードしておらず,なかにはオルガネラである葉緑体のゲノムに匹敵するような極小ゲノムも見られる(2, 16, 17)2) N. A. Moran, J. P. McCutcheon & A. Nakabachi: Annu. Rev. Genet., 42, 165 (2008).16) J. P. McCutcheon & N. A. Moran: Nat. Rev. Microbiol., 10, 13 (2011).17) N. A. Moran & G. M. Bennett: Annu. Rev. Microbiol., 68, 195 (2014)..このゲノム縮小化の原因として,そもそも1)「細菌ゲノムでは挿入型変異よりも欠失型変異が起こりやすいらしい」うえに,2)「宿主に依存することで,多くの代謝関連遺伝子や,環境対応関連遺伝子などが不要となった」,3)「菌細胞内のみを生活圏とし,外界から隔離されることで,水平転移による新たなDNAの供給経路が断たれた」,4)「有効集団サイズの著しい低下にともなう遺伝的浮動効果の増大により,遺伝子の不活化が促進された」,といった要因が提唱されている(2, 16, 17)2) N. A. Moran, J. P. McCutcheon & A. Nakabachi: Annu. Rev. Genet., 42, 165 (2008).16) J. P. McCutcheon & N. A. Moran: Nat. Rev. Microbiol., 10, 13 (2011).17) N. A. Moran & G. M. Bennett: Annu. Rev. Microbiol., 68, 195 (2014).図4図4■菌細胞内共生細菌のゲノム縮小過程).すなわち,宿主に頼ることで余分になった遺伝子を切り捨てているだけではなく,菌細胞内共生という生き方に伴う不可抗力により,本来あったほうがよい遺伝子まで急速に失う運命にあるというわけだ.こうしたゲノムの“侵食”は,新たな共生細菌が既存の共生細菌に置き換わる過程にも深くかかわっているに違いない.ともあれ,これら極小ゲノムは,原核生物に特異的なプロセスにかかわるものも含め,細菌の生存に必須とされる多くの遺伝子を失っているため,宿主昆虫による真核生物型の機構のみで,その補償が完成するとは考えにくい.そこで想定されるのが,オルガネラの進化過程で起きたのと同様の,共生細菌から宿主核ゲノムへの遺伝子水平転移である(18)18) A. Nakabachi: Curr. Opin. Insect Sci., 7, 24 (2015).

図4■菌細胞内共生細菌のゲノム縮小過程

有効集団サイズの低下と外界から隔離された生態が,変異の固定につながる.本文中で触れた共生細菌の大部分は右二者にあたるが,任意共生細菌であるS. glossinidiusは,左から2番目の段階にある.J. P. McCutcheon & N. A. Moran: Nat. Rev. Microbiol., 10, 13 (2011), Fig. 3図3■アブラムシの菌細胞内共生系より許可を得て改変.

細菌から転移した遺伝子が共生を支える

昆虫が細菌から遺伝子を獲得し菌細胞内共生系で利用しているとの示唆は,まずアブラムシから得られた(図3図3■アブラムシの菌細胞内共生系).エンドウヒゲナガアブラムシAcyrthosiphon pisum(アブラムシ上科・アブラムシ科)の菌細胞のトランスクリプトーム解析の際,細菌の遺伝子のみと高い配列類似性を示しながら,アブラムシのゲノムにコードされる2種類の真核型転写産物が検出されたのだ(19)19) A. Nakabachi, S. Shigenobu, N. Sakazume, T. Shiraki, Y. Hayashizaki, P. Carninci, H. Ishikawa, T. Kudo & T. Fukatsu: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 5477 (2005)..その後,A. pisumのゲノム情報を利用した各種解析により,A. pisumの祖先が細菌から水平転移により獲得したものと思われる表2表2■半翅目昆虫が獲得した細菌遺伝子のような遺伝子が見いだされた(20, 21)20) N. Nikoh & A. Nakabachi: BMC Biol., 7, 12 (2009).21) N. Nikoh, J. P. McCutcheon, T. Kudo, S. Miyagishima, N. A. Moran & A. Nakabachi: PLoS Genet., 6, e1000827 (2010)..これらはいずれも細菌の細胞壁の構成成分「ペプチドグリカン」の代謝にかかわる酵素をコードし,その多くの転写が菌細胞特異的に亢進していた.Buchneraは,ペプチドグリカンからなる痕跡的な細胞壁をもつものの,こうした遺伝子を欠くため,これら宿主遺伝子がBuchneraの遺伝子欠如を補う可能性が考えられる.では,これらの遺伝子は,Buchneraの祖先に由来するのか? 当初の期待に反し,分子系統解析はおおむねこの可能性を否定している.LdcA, AmiD, bLysについては,現生のWolbachia(Alphaproteobacteria)に近縁なリケッチア目細菌に由来するものと判断された.WolbachiaBuchneraとは遠縁で,アブラムシからもまれに検出されるが,少なくとも今回解析に用いた系統には存在しない.そのため,かつてアブラムシに感染していたWolbachia様細菌からアブラムシゲノムに遺伝子が水平転移し,その後,細菌本体はアブラムシから失われたと考えられる.RlpAについては起源の詳細は不明なものの,やはりBuchneraに由来する可能性は低いとの検定結果を得た.直接Buchneraに由来すると判断されたのは,2つの偽遺伝子のみであった(21)21) N. Nikoh, J. P. McCutcheon, T. Kudo, S. Miyagishima, N. A. Moran & A. Nakabachi: PLoS Genet., 6, e1000827 (2010)..以上から,Buchneraのゲノム縮小は,オルガネラの場合と異なり,宿主核ゲノムへの機能遺伝子の転移を伴うものではなかったと言える(18)18) A. Nakabachi: Curr. Opin. Insect Sci., 7, 24 (2015).

表2■半翅目昆虫が獲得した細菌遺伝子
遺伝子機能アブラムシコナカイガラムシキジラミコナジラミ
ペプチドグリカン合成/代謝amiD, blys, ldcA, rlpA1–5amiD, ddlB, mltB, murABCDEF
アミノ酸合成/代謝cysK, dapF, lysA, tms1argH, cmargG, argH, dapB, dapF, lysA, cm
ビタミン合成ribA, ribD, bioA, bioB, bioDribCbioA, bioB
rRNAメチル基転移酵素rlmIrsmJ
AAA-ATPアーゼ1遺伝子2遺伝子
アンキリンリピートドメインタンパク質1遺伝子1遺伝子
その他Glutamate-cysteine ligase-like protein, type III effector, urea amidolyasemutY, ydcJdur, ah

しかし,引き続き行われたRlpA4に対する免疫化学的解析により,以下の重要な事実が明らかとなった;1)アブラムシは,水平転移により細菌から獲得した遺伝子を用いて,実際にタンパク質を合成している,2)その合成は,Buchneraを収納する「菌細胞」で特異的に起きる,3)合成されたタンパク質は,主にBuchnera細胞内に局在しており,当該タンパク質をBuchnera細胞へ選択的に運搬する細胞内輸送系が進化しているらしい(22)22) A. Nakabachi, K. Ishida, Y. Hongoh, M. Ohkuma & S. Miyagishima: Curr. Biol., 24, R640 (2014).図3図3■アブラムシの菌細胞内共生系).細菌由来オルガネラの進化過程では,オルガネラ祖先の共生細菌自身や,そのほかの多様な系統の細菌から宿主核ゲノムに多くの遺伝子が移行したことが知られている.その際,①遺伝子全長を含むDNA断片が宿主ゲノムに取り込まれ,②転移した原核型遺伝子が真核型プロモーターなどを獲得して,宿主の発現機構によるタンパク質合成が可能となり,③合成されたタンパク質をその機能の場である共生細菌に運ぶ輸送系が新たに進化した.なかでも,多数の遺伝子のかかわる「タンパク質輸送系の進化」が最も困難と考えられ,その有無が,長らく共生細菌由来の「オルガネラ」をそのほかの「細菌」から区別する指標とされてきた.アブラムシで明らかとなった事実は,遺伝子の由来はBuchnera自身ではない可能性が高いものの,①~③の要件を満たし,動物界でも「オルガネラ進化」に匹敵する現象が起きることを実証した.なお,オルガネラ局在タンパク質をコードする核遺伝子の中にも,オルガネラ始祖である共生細菌以外の細菌に由来するものが相当数含まれており,アブラムシの事例は,こちらに類似するものと言える(22)22) A. Nakabachi, K. Ishida, Y. Hongoh, M. Ohkuma & S. Miyagishima: Curr. Biol., 24, R640 (2014).

アブラムシに続き,TremblayaMoranellaの「入れ子状」共生系をもつミカンコナカイガラムシPlanococcus citri(カイガラムシ上科・コナカイガラムシ科・コナカイガラムシ亜科),葉緑体に匹敵する極小ゲノムのCarsonellaを保有する北米産キジラミP. venusta(キジラミ上科・キジラミ科),PortieraをもつタバココナジラミBemisia tabaci(コナジラミ上科・コナジラミ科)についても同様の解析が行われ,宿主昆虫が細菌から獲得したと見られる遺伝子群が検出された(8, 23, 24)8) F. Husnik, N. Nikoh, R. Koga, L. Ross, R. P. Duncan, M. Fujie, M. Tanaka, N. Satoh, D. Bachtrog, A. C. C. Wilson et al.: Cell, 153, 1567 (2013).23) D. B. Sloan, A. Nakabachi, S. Richards, J. Qu, S. C. Murali, R. A. Gibbs & N. A. Moran: Mol. Biol. Evol., 31, 857 (2014).24) J. B. Luan, W. Chen, D. K. Hasegawa, A. M. Simmons, W. M. Wintermantel, K. S. Ling, Z. Fei, S. S. Liu & A. E. Douglas: Genome Biol. Evol., 7, 2635 (2015).表2表2■半翅目昆虫が獲得した細菌遺伝子).カイガラムシはアブラムシと同様,ペプチドグリカンの代謝にかかわる遺伝子群に加え,必須アミノ酸合成やビタミン合成といった,共生の機能に直接かかわる遺伝子群も獲得し,菌細胞で盛んに転写していた(8)8) F. Husnik, N. Nikoh, R. Koga, L. Ross, R. P. Duncan, M. Fujie, M. Tanaka, N. Satoh, D. Bachtrog, A. C. C. Wilson et al.: Cell, 153, 1567 (2013)..コナジラミも,必須アミノ酸合成やビタミン合成にかかわる遺伝子を細菌から獲得し,菌細胞で転写しており(24)24) J. B. Luan, W. Chen, D. K. Hasegawa, A. M. Simmons, W. M. Wintermantel, K. S. Ling, Z. Fei, S. S. Liu & A. E. Douglas: Genome Biol. Evol., 7, 2635 (2015).,興味深い(表2表2■半翅目昆虫が獲得した細菌遺伝子).ただし,これら遺伝子はいずれも現生の菌細胞内必須共生細菌の系統に由来するものではないらしい.これに対し,キジラミのゲノムからは,菌細胞内共生細菌Carsonellaに由来すると目される2コピーの遺伝子が検出された(23)23) D. B. Sloan, A. Nakabachi, S. Richards, J. Qu, S. C. Murali, R. A. Gibbs & N. A. Moran: Mol. Biol. Evol., 31, 857 (2014)..これは,動物が細胞内必須共生細菌から直接,機能遺伝子を獲得したことを示す初の報告であり,オルガネラ始祖から宿主核ゲノムへの遺伝子転移に符合するものと言える.

以上4系統の菌細胞内共生系で共通するのは,1)宿主昆虫が細菌から水平転移により遺伝子を獲得し,それらを菌細胞内共生系で利用しているらしいこと,2)ただし,菌細胞内共生細菌自身に由来する遺伝子水平転移はまれで,むしろ寄生性の任意共生体として知られるWolbachiaなどに由来するものが多いこと,である(18)18) A. Nakabachi: Curr. Opin. Insect Sci., 7, 24 (2015)..後者の理由としては,単細胞宿主の中で進行したオルガネラの初期進化と異なり,多細胞生物において誕生した菌細胞内共生系に固有の事情が考えられる.多細胞生物である昆虫では,生殖細胞と体細胞が明確に分かれており,遺伝子水平転移は,生殖細胞のゲノムで起きなければ次世代に伝わらず,進化的に意味をなさない.ところが,菌細胞内共生細菌は体細胞である菌細胞に隔離されており,生殖細胞との接点をもつ機会がわずかである.これに対し,宿主の生殖操作を行う寄生性任意共生体は,昆虫のあらゆる組織に感染可能で,自ら積極的に生殖細胞に侵入する性質をもつため,そのゲノム断片が生殖細胞ゲノムに偶発的に挿入される頻度が,相対的に極めて高いと想定されるのだ(18)18) A. Nakabachi: Curr. Opin. Insect Sci., 7, 24 (2015).図5図5■細菌から昆虫への遺伝子水平転移).ともあれ,こうして昆虫が寄生者から得た遺伝子を相利共生者との関係維持に利用している様は,生命のしなやかさとしたたかさを改めて強く印象づけてくれる.

図5■細菌から昆虫への遺伝子水平転移

菌細胞に隔離された共生細菌から宿主生殖細胞ゲノムへの遺伝子転移はごくまれであるのに対し,生殖細胞に侵入する寄生細菌からの転移の頻度は相対的に高い.

「防衛オルガネラ」の発見

これまで見てきたように,菌細胞内必須共生細菌は,いずれも宿主昆虫の餌に不足する栄養を補う「栄養共生体」であると長らく信じられてきた(1~4)1) P. Buchner: “Endosymbiosis of animals with plant microorganisms,” John Wiley & Sons, 1965.2) N. A. Moran, J. P. McCutcheon & A. Nakabachi: Annu. Rev. Genet., 42, 165 (2008).3) 中鉢 淳:大熊盛也,野田悟子編,“難培養微生物研究の最新技術III”,シーエムシー出版,2015, pp. 85–94.4) G. M. Bennett & N. A. Moran: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10169 (2015)..一般に,宿主の恒常的な栄養要求を満たす栄養共生細菌は,進化的に安定で,あらゆる宿主個体に存在し,専用の共生器官に収納され,垂直伝播により永続的に受継がれ,その過程でゲノムサイズが大幅に縮小(<1 Mb)するなど,宿主と一体化する傾向を示す(2~4)2) N. A. Moran, J. P. McCutcheon & A. Nakabachi: Annu. Rev. Genet., 42, 165 (2008).4) G. M. Bennett & N. A. Moran: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10169 (2015).表1表1■昆虫の代表的な菌細胞内共生細菌).これに対し,細菌のなかには,毒性をもつ二次代謝産物などを用いて宿主を天敵から守る「防衛共生体」も存在する.しかし,天敵にまつわる環境要因はめまぐるしく変動するうえ,防衛毒に対処する宿主側のコストも大きいことなどから,防衛共生体は宿主個体群中に安定的に保持されず,ゲノムも縮小しない(≫1 Mb)というのが定説であった(2)2) N. A. Moran, J. P. McCutcheon & A. Nakabachi: Annu. Rev. Genet., 42, 165 (2008).

ところが,先頃,カンキツ類の重要害虫であるミカンキジラミDiaphorina citri(キジラミ科)から,この常識を覆す事例が見つかった(7)7) A. Nakabachi, R. Ueoka, K. Oshima, R. Teta, A. Mangoni, M. Gurgui, N. J. Oldham, G. van Echten-Deckert, K. Okamura, K. Yamamoto et al.: Curr. Biol., 23, 1478 (2013).D. citriは,共生器官内にCarsonella(この系統のゲノムサイズ:174 kb)に加えてもう1種の共生細菌Ca. Profftella armatura(Betaproteobacteria,ゲノムサイズ:465 kb)を保有する(図6図6■ミカンキジラミのオルガネラ様防衛共生体).菌細胞内共生細菌の通例で,Profftellaのゲノムは465 kbと極小であり,長期にわたり,宿主との間で相互に不可欠な共生関係にあることが強く示唆された.ところが,これまで知られていた菌細胞内共生細菌のゲノムとは遺伝子組成が全く異なり,栄養補償にかかわる遺伝子がほとんど存在しないのに対し,二次代謝関連の遺伝子群がゲノム全長の15%と広い領域を占めた(7)7) A. Nakabachi, R. Ueoka, K. Oshima, R. Teta, A. Mangoni, M. Gurgui, N. J. Oldham, G. van Echten-Deckert, K. Okamura, K. Yamamoto et al.: Curr. Biol., 23, 1478 (2013)..これを手掛かりとして各種解析を進めたところ,Profftellaが,強い細胞毒性を示す新規ポリケチド「ディアフォリン」を合成し,宿主体内に大量に蓄積していることが明らかとなった.また,Profftellaやそのディアフォリン合成系遺伝子群が,世界のミカンキジラミ個体群において普遍的に保存されていることも確認された.以上のことから,Profftellaは,これまで知られていなかったタイプの共生細菌,すなわち進化的に安定で宿主と一体化する傾向を示す「オルガネラ様防衛共生体」であると考えられる.ディアフォリンの類縁体はほぼ例外なく抗腫瘍活性をもち,創薬シード化合物として有望視されている.Profftellaとディアフォリンの発見は,進化学的に興味深いだけでなく,今後,農学や薬学などの応用分野での成果につながることが期待される.

図6■ミカンキジラミのオルガネラ様防衛共生体

左:ミカンキジラミ共生器官の透過型電子顕微鏡像.p: Profftella, sc: Profftellaを収納する多核領域,c: Carsonella, ub: Carsonellaを収納する単核菌細胞,n: 宿主核.A. Nakabachi et al., Curr. Biol., 23, 1479 (2013), Fig. 1図1■昆虫の菌細胞内共生系の一例:キジラミの系より引用.右:Profftellaの合成する新規毒性ポリケチド「ディアフォリン」. A. Nakabachi et al.: Curr. Biol., 23, 1481 (2013), Fig. 3図3■アブラムシの菌細胞内共生系より引用.

おわりに

菌細胞内共生系は,融合生命体であるがゆえに扱いが難しく,興味深い対象ながら,研究者が攻めあぐねる時代が長く続いたが,次世代シークエンサーやゲノム編集をはじめとする各種技術の発達で,状況は一変した.今後は,極めて多様性に富む昆虫について横断的な解析が進むとともに,各系における研究が深化することで,複数生物の融合機構がつまびらかになるものと思われる.これは基礎生物学的に重要な知識体系となることはもちろん,生命工学の新たな革命をもたらす可能性がある.また,同共生系は農業害虫や衛生害虫の生存に不可欠ながら,周辺環境中のほかの生物には存在しないため,選択性が高く,環境負荷の低い害虫防除法開発の糸口ともなろう.

Reference

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