Kagaku to Seibutsu 54(10): 753-761 (2016)
セミナー室
昆虫のオルガネラ様共生細菌たち
Published: 2016-09-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
酸素呼吸の場として真核生物の生存を支える「ミトコンドリア」や,植物の光合成に欠かせない「葉緑体」などの「オルガネラ(細胞内小器官)」は,原始真核細胞に取り込まれた共生細菌の末裔である.その進化過程において,祖先細菌のゲノムから遺伝子の多くが宿主ゲノムに移行し,現在のオルガネラには痕跡的な極小ゲノムが残るのみとなるなど,「共生」に基づく複数生物間の融合の究極例と言える.しかし,細胞内共生に基づく融合進化は,真核生物の黎明期のみに起きた例外的な事象ではない.すでにミトコンドリアなどを備えた単細胞真核生物による新たな単細胞生物の取り込みはもとより,真核生物が多細胞化した後も,オルガネラ様の特性を示す共生細菌の獲得例がいくつも知られている.その代表として挙げられるのが,昆虫の「菌細胞内共生系」である(1~3)1) P. Buchner: “Endosymbiosis of animals with plant microorganisms,” John Wiley & Sons, 1965.3) 中鉢 淳:大熊盛也,野田悟子編,“難培養微生物研究の最新技術III”,シーエムシー出版,2015, pp. 85–94..「菌細胞(bacteriocyte, mycetocyte)」は,共生微生物を収納するために分化した宿主昆虫の特殊な細胞であり,この細胞質中に共生細菌などを恒常的に維持する(図1図1■昆虫の菌細胞内共生系の一例:キジラミの系).この共生系は進化的に安定で,共生細菌は数千万年から数億年にわたり虫の親から子へと垂直感染により受継がれ,その過程でゲノムが縮小するなど,オルガネラを想起させる特徴をもつ(2, 3)2) N. A. Moran, J. P. McCutcheon & A. Nakabachi: Annu. Rev. Genet., 42, 165 (2008).3) 中鉢 淳:大熊盛也,野田悟子編,“難培養微生物研究の最新技術III”,シーエムシー出版,2015, pp. 85–94..今回のセミナー室では,昆虫の菌細胞内共生系と,そこに住む共生細菌の機能・進化・宿主昆虫とのゲノムレベルでの融合などについて概観し,オルガネラとの類似点・相違点について考察したい.
左:キジラミ幼虫.腹部体腔内のクロワッサン形の構造(破線囲み)が菌細胞塊.バー:500 µm. A. Nakabachi et al.: Curr. Biol., 23, 14789 (2013), Fig. 1図1■昆虫の菌細胞内共生系の一例:キジラミの系より改変.右:菌細胞のDAPI染色像.中央は宿主の核で,その周りの細胞質を埋め尽くしているひも状の細胞が共生細菌Carsonella.バー:20 µm. A. Nakabachi et al.: Science, 314, 267 (2016), Fig. 1図1■昆虫の菌細胞内共生系の一例:キジラミの系より改変.
菌細胞内共生系は,昆虫綱を構成する30ほどの目(order)のうち,半翅目(アブラムシなど),網翅目(ゴキブリ類),咀顎目(シラミ類)の多くの種,鞘翅目(コガネムシ類),双翅目(ハエ,カの類),膜翅目(ハチ,アリ類)の一部の種など,さまざまな系統に見いだされる(1~3)1) P. Buchner: “Endosymbiosis of animals with plant microorganisms,” John Wiley & Sons, 1965.2) N. A. Moran, J. P. McCutcheon & A. Nakabachi: Annu. Rev. Genet., 42, 165 (2008).3) 中鉢 淳:大熊盛也,野田悟子編,“難培養微生物研究の最新技術III”,シーエムシー出版,2015, pp. 85–94..そこに住む共生細菌は宿主昆虫の系統ごとに異なり,多様性に富むため,それぞれ独立に獲得され,進化してきたものと考えられる(2)2) N. A. Moran, J. P. McCutcheon & A. Nakabachi: Annu. Rev. Genet., 42, 165 (2008)..共生細菌は,宿主との長期にわたる共進化の過程で多くの遺伝子を失っており,菌細胞の外では増殖できない.一方の宿主昆虫も,餌資源に不足する栄養の補償などで共生細菌に高度に依存しており,共生細菌なしでは繁殖不能である(3)3) 中鉢 淳:大熊盛也,野田悟子編,“難培養微生物研究の最新技術III”,シーエムシー出版,2015, pp. 85–94..たとえば,農業害虫として悪名高いアブラムシなど,半翅目昆虫の多くは菌細胞内共生系をもち,師管液・導管液などを生涯唯一の餌とするが,これらの植物汁液は必須アミノ酸(タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のうち,後生動物が合成できず,食物などから摂取する必要のあるもの.動物の系統によらずおおむね共通しており,多くの昆虫では,トリプトファン,リジン,メチオニン,フェニルアラニン,スレオニン,バリン,ロイシン,イソロイシン,アルギニン,ヒスチジンの10種類)やビタミンなどの栄養分に乏しく,本来,後生動物の餌として不適格である.また,衛生害虫として忌み嫌われるシラミやツェツェバエなども菌細胞内共生系を保有し,脊椎動物の血液を生涯唯一の餌とする.血液は植物汁液に比べれば栄養豊富だが,ビタミンB群に乏しい.こうした餌資源中に不足する栄養分を合成・提供することで宿主の栄養要求を満たし,生存を支えているのが菌細胞内共生細菌である.すなわち,こうした昆虫においては,共生細菌,宿主昆虫ともにもはや単独では生存できず,両者を合わせて初めて一つの生物として振る舞うことのできる融合生命体を形成しているのだ.この意味においても,菌細胞内共生細菌はミトコンドリアや葉緑体などのオルガネラに匹敵する地位を獲得していると言えよう.
高い相互依存関係にあり,安定で永続的,両者不可分なはずの共生関係は,しかし必ずしも永遠のものではない.研究の進んでいる半翅目昆虫の多様な菌細胞内共生系を俯瞰すると,その融通無碍な性質の一端を垣間見ることができる.半翅目は,注射針のような口吻をもち,液状の資源を餌として利用するグループで,異翅亜目(カメムシ類),腹吻亜目(アブラムシ上科,フィロキセラ上科,キジラミ上科,コナジラミ上科,カイガラムシ上科),頸吻亜目(セミ上科,アワフキムシ上科,ハゴロモ上科,ツノゼミ上科),鞘吻亜目(マイナーグループで,日本には分布しない)から構成される(3, 4)3) 中鉢 淳:大熊盛也,野田悟子編,“難培養微生物研究の最新技術III”,シーエムシー出版,2015, pp. 85–94.4) G. M. Bennett & N. A. Moran: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10169 (2015).(図2図2■半翅目昆虫における菌細胞内共生細菌の獲得と喪失).異翅亜目には,動物食性の種も多く含まれるが,腹吻亜目,頸吻亜目,鞘吻亜目はいずれも植物汁液を常食とする.後三者の大部分と異翅亜目の一部は,体腔内に多数の菌細胞からなる共生器官「菌細胞塊(bacteriome, mycetome)をもち,それぞれの昆虫グループで異なる系統の共生微生物を収納する(4)4) G. M. Bennett & N. A. Moran: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10169 (2015).(図2図2■半翅目昆虫における菌細胞内共生細菌の獲得と喪失).
宿主昆虫の系統(灰色太線)に共生細菌の系統(細線)を重ねて示す.枠内は,その宿主昆虫系統で広範に保持されている主要な祖先型共生細菌.括弧内は細菌の分類で,ギリシャ文字は,プロテオバクテリアの綱を示す.G. M. Bennett et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10173 (2015), Fig. 3図3■アブラムシの菌細胞内共生系より許可を得て改変.
腹吻亜目について見ると,アブラムシ類は,アブラムシ上科とフィロキセラ上科からなるが,前者の菌細胞内必須共生細菌はCandidatus Buchnera aphidicola(Gammaproteobacteria,ゲノムサイズ:420~650 kb)で,必須アミノ酸やリボフラビン(ビタミンB2)などの合成経路を保持しており,これらの栄養を宿主に提供する(表1表1■昆虫の代表的な菌細胞内共生細菌)(図3図3■アブラムシの菌細胞内共生系).Buchneraは,一部の例外を除いてアブラムシ上科で広く保存されており,宿主との共種分化傾向を示すため,アブラムシ上科の共通祖先から受け継がれてきたものと考えられる.これに対し,フィロキセラ上科のカサアブラムシ科では,これまでに7種類の共生細菌が検出されており,この系統での共生細菌の複数回の置換が示唆される(3)3) 中鉢 淳:大熊盛也,野田悟子編,“難培養微生物研究の最新技術III”,シーエムシー出版,2015, pp. 85–94..
宿主昆虫 | 共生細菌 | ゲノムサイズ(kb) | 主な機能 | ||||
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植物汁液食 | 半翅目 | 腹吻亜目 | アブラムシ上科 | 共通 | Ca. Buchnera aphidicola (Gammproteobacteria) | 420–650 | 必須アミノ酸合成 |
フィロキセラ上科 | カサアブラムシ科 | Ca. Annandia spp. (Gammaproteobacteria) | — | — | |||
キジラミ上科 | 共通 | Ca. Carsonella ruddii (Gammproteobacteria) | 160–170 | 必須アミノ酸合成 | |||
ミカンキジラミ | Ca. Profftella armatura (Betaproteobacteria) | 460 | 毒性ポリケチド合成 | ||||
コナジラミ上科 | 共通 | Ca. Portiera aleyrodidarum (Gammproteobacteria) | 280–360 | 必須アミノ酸・カロテノイド合成 | |||
カイガラムシ上科 | コナカイガラムシ科 | Ca. Tremblaya spp. (Betaproteobacteria) | 140–170 | 必須アミノ酸合成 | |||
Ca. Moranella endobia (Gammproteobacteria) | 540 | 必須アミノ酸合成 | |||||
マルカイガラムシ科 | Ca. Uzinura diaspidicola (Flavobacteriia) | 260 | 必須アミノ酸合成 | ||||
Monophlebidae科 | Ca. Walczuchella monophlebidarum (Flavobacteriia) | 310 | 必須アミノ酸合成 | ||||
頸吻亜目 | 共通 | Ca. Sulcia muelleri (Flavobacteriia) | 190–250 | 必須アミノ酸合成 | |||
ハゴロモ上科 | Ca. Vidania fulgoroideae (Betaproteobacteria) | ― | ― | ||||
ツノゼミ上科 | Ca. Nasuia deltocephalinicola (Betaproteobacteria) | 110 | 必須アミノ酸合成 | ||||
Ca. Baumannia cicadellinicola (Gammaproteobacteria) | 250 | 必須アミノ酸・ビタミン合成 | |||||
セミ上科 | Ca. Hodgkinia cicadicola (Alphaproteobacteria) | 140 | 必須アミノ酸合成 | ||||
アワフキムシ上科 | Ca. Zinderia insecticola (Betaproteobacteria) | 210 | 必須アミノ酸合成 | ||||
鞘吻亜目 | 共通 | Ca. Evansia muelleri (Gammaproteobacteria) | 360 | 必須・可欠アミノ酸合成 | |||
血液食 | 異翅亜目 | トコジラミ | Ca. Wolbachia, wCle (Alphaproteobacteria) | 1250 | ビタミンB合成 | ||
咀顎目 | シラミ亜目 | ヒトジラミ科 | Ca. Riesia spp. (Gammaproteobacteria) | 580–590 | ビタミンB合成 | ||
双翅目 | シラミバエ上科 | ツェツェバエ科 | Ca. Wigglesworthia glossinidia (Gammaproteobacteria) | 700–720 | ビタミンB合成 | ||
クモバエ科 | Ca. Aschnera chinzeii (Gammaproteobacteria) | 760 | ― | ||||
シラミバエ科 | Ca. Arsenophonus melophagi (Gammaproteobacteria) | 1160 | ビタミンB合成 | ||||
雑食 | 網翅目 | ゴキブリ亜目 | Ca. Blattabacterium spp. (Flavobacteriia) | 590–640 | 窒素再利用,必須アミノ酸・ビタミン合成 | ||
膜翅目 | オオアリ族 | Ca. Blochmannia spp. (Gammaproteobacteria) | 710–790 | 窒素再利用必須アミノ酸合成 |