プロダクトイノベーション

睡眠研究を加速させる小型脳波計の開発

Kaori Kashiwagi

柏木 香保里

スリープウェル株式会社

Masaki Yoshida

吉田 政樹

スリープウェル株式会社

Published: 2016-09-20

24時間社会・高齢化により,社会では睡眠が注目されるように

睡眠は時代を超えて興味のあるテーマとして話題にされてきたが,日常の睡眠改善に注目が集まり,また,医療で睡眠が重視されるようになったのは,ごく最近のことである.新幹線のオーバーランの原因が,運転手の睡眠時無呼吸症候群であったことが報道され,それまで一般に知られていなかった睡眠障害が一躍注目を集めた.また,経済のグローバル化,インターネットの普及によって,就床時刻の遅延が慢性化する現象が起き,さらに,高齢化が進み睡眠障害に悩む人口が増加している.これらの社会状況を反映して,近年「眠り」の重要性が再認識されてきた.しかし,不眠をはじめ,睡眠の質を正確に,しかも簡単に計測するしくみがなかったために,ヒトを対象とした,多くの睡眠研究は,主観に頼ったアンケートや体の動きをもとにした予測(じっと動かなければ起きていても寝ていると評価)により進められてきた.これらの方法は,多くの被験者を対象として試験を実施できるというメリットがあるものの,主観が必ずしも実態と合わないこと,また,体動計では,睡眠の深さに言及できないという限界があった.本稿では,日常の睡眠を簡単に,しかも正確に計測することができる小型の1チャンネル脳波計の開発経緯とその利用例を紹介する.

睡眠の評価技術

科学的な睡眠研究が可能となったのは1925年ハンスベルガーによって脳波が発見されたことによる.起きているときの脳波を,頭部に装着した電極で記録すると,さまざまな神経回路が活発に活動しているために,周波数帯域の異なる多くの波が重なり合った波形として観察される.そして,目を閉じて眠り始めると視覚情報が遮断され,視覚に関連する脳活動の成分が減弱し,さらに周囲の音を徐々に認識しなくなると,聴覚に関連する脳波も減弱し,眠りが深くなるにつれて脳波の構成成分は徐々に単純になる.このような,意識がなくなり脳波が単純化する眠りを,「ノンレム睡眠」と呼び,脳の疲労回復に極めて大切であると考えられている.ノンレム睡眠は,脳波の特徴的な波形や周波数帯域によって3段階に分けられ,眠りの深さと関連づけられている.第1段階(ノンレム睡眠1: N1)は,覚醒時に見られる高周波のアルファ波が減少し,低振幅のシータ波(4~8 Hz)が出現する.K複合波や紡錘波が現れると第2段階(ノンレム睡眠2: N2)とされ,低周波帯域(0.5~2 Hz)のデルタ波が増加し判定区間(30秒)の20%以上となると,第3段階と判定される(図1図1■覚醒時および睡眠時の脳波).

図1■覚醒時および睡眠時の脳波

「レム睡眠」は,1953年,アメリカのクライトマンらによって発見された.身体は眠っているのに脳が活動している睡眠であり,その発見のきっかけとなった,「閉じた瞼の下で眼球が左右に動く急速眼球運動(Rapid Eye Movement)の頭文字REM」からレム睡眠と名づけられた.筋肉は最も弛緩した状態にあるが,脳は部分的に活発に活動し,夢を見ることが多い.このレム睡眠中に記憶の定着などの情報処理が行われていると考えられている.

入眠直後には,通常ノンレム睡眠が現れ,浅いノンレム睡眠から深いノンレム睡眠へと徐々に移行する.その後,短いレム睡眠が現れる.以後,ノンレム睡眠とレム睡眠が交互に繰り返される.ノンレム睡眠とレム睡眠の繰り返しの間隔は,およそ90分おきである.一晩の睡眠では4~5回のノンレム睡眠とレム睡眠のサイクルを繰り返す.そして,深いノンレム睡眠は前半のサイクルに多く,後のサイクルにはほとんど現れない.一方,レム睡眠は始めのサイクルでは短く,後のサイクルでは徐々に長くなる.このように,脳波測定によって一晩の睡眠の変化(図2図2■一晩の睡眠経過)を正確に客観的に評価できる.

臨床現場では,睡眠の状態をモニターしながら,不眠の原因も特定できる「睡眠の精密検査:ポリソムノグラフィー(PSG)検査」が確立している.脳波に加えて,眼球運動,筋活動,呼吸などを計測するために,頭から足まで多くのセンサーを装着し,医療従事者の監視のもと,病院に一泊して実施される(図3A図3■睡眠の精密検査ポリソムノグラフィー(PSG)と1チャンネル脳波計スリープスコープ).どれくらい深く眠っているか,寝返りなどの動き,ごく短い覚醒,ノンレム睡眠とレム睡眠が繰り返されるリズムなど,30秒毎に詳細な実態把握が可能である.一方,厳密な管理下で行われる検査であるために,実施できる機関数に限りがあり,また費用が高額であることから,研究のように被験者数や実験条件をある程度確保する必要がある場合では,限定的な利用にとどまらざるをえなかった.

図2■一晩の睡眠経過

マウスを使った睡眠研究が小型脳波計の開発ヒントに誰でもどこでも簡単に睡眠計測が可能に

PSG検査は,検査自体が大がかりにならざるをえず,誰でも何処でも簡単に実施できないことに加えて,日常の睡眠を把握するという目的には適さないという課題があった.これらの問題を解決するために開発されたのが1チャンネル脳波計スリープスコープである(図3B図3■睡眠の精密検査ポリソムノグラフィー(PSG)と1チャンネル脳波計スリープスコープ).睡眠の基礎研究で用いられるマウスの脳は,ヒトの小指の爪ほどで電極を沢山配置することが困難なため,1チャンネルのみの脳波を計測し睡眠判定を実施していた.その技術をそのまま利用し,インターフェイスをヒト用に開発したのがスリープスコープである.脳波計はJIS規格において詳細に規定されており,医療機器としてもその基準は明確である.スリープスコープは,機器そのものに特筆すべき技術的な新規性があるというより,使用場面に適した仕様としたことが最大の特徴である(図4A図4■スリープスコープの仕様とPSGとの同時計測による睡眠判定精度の検証結果).低ノイズなど,医療機器としての性能をもち,また,どこへでも持ち運び自由な小型・軽量,そして簡単な操作性を兼ね備えているため,計測場所を選ばず,多くの被験者,連続計測などさまざまな実験条件に対応が可能となった.PSGとスリープスコープの同時計測によって,スリープスコープの脳波取得性能,そして,得られた脳波1チャンネルのみで睡眠を判定する解析精度の検証試験(図4B図4■スリープスコープの仕様とPSGとの同時計測による睡眠判定精度の検証結果)ではその精度の高さが実証されている(1)1) M. Yoshida, K. Kashiwagi, H. Kadotani, K. Yamamoto, S. Koike, M. Matsuo, N. Yamada, M. Okawa & Y. Urade: J. Oral and Sleep Medicine, 1, 140 (2015).

図3■睡眠の精密検査ポリソムノグラフィー(PSG)と1チャンネル脳波計スリープスコープ

図4■スリープスコープの仕様とPSGとの同時計測による睡眠判定精度の検証結果

日本人の睡眠実態

日本人の生活は夜型化し睡眠の短時間化が進んでいることが,厚生労働省やNHKなどの睡眠実態調査により示されてきた.また,経済協力開発機構(OECD)による世界各国の睡眠時間を調査した結果では,日本(男性平均7時間41分,女性平均7時間36分)は韓国と並んで世界でも超短時間睡眠であることが報告されている(図5B図5■脳波計測による客観的睡眠時間と調査票による主観的睡眠時間の比較).これらの調査は,自己申告に基づく主観的データが基となっており,入眠にかかる時間や中途覚醒については情報の正確性に課題があり,また,深い睡眠やレム睡眠の情報を得ることが困難である.そこで,日常の睡眠実態を把握することを目的として,スリープスコープを用いて自宅で睡眠脳波計測を実施した794名(20~80歳代の勤労者・自立生活を営む高齢者)の睡眠データを男女別・年齢別に分析した.日常の睡眠脳波測定では,アンケートを基にしたOECDの調査結果よりさらに短い睡眠時間(男性6時間25分,女性平均6時間16分)であった(図5A図5■脳波計測による客観的睡眠時間と調査票による主観的睡眠時間の比較).また,睡眠時間が短くなると,翌朝疲れが取れていないと感じることは誰にもある経験であるが,実際,午前0時を過ぎてから就寝した場合,時刻が遅くなるにつれて最初のレム睡眠の出現が早くなり,深い睡眠を取るべき時間が短縮していることが示された(図6図6■00:00以降の就床におけるレム潜時の短縮).

図5■脳波計測による客観的睡眠時間と調査票による主観的睡眠時間の比較

A: 睡眠脳波計測による客観的睡眠時間(日本),B: 調査票による主観的睡眠時間(世界各国).調査票による主観的な睡眠時間の平均は,韓国,日本は他国と比較して最短レベル(図5B図5■脳波計測による客観的睡眠時間と調査票による主観的睡眠時間の比較).日本女性は世界最短7時間36分.脳波計測による日本人の客観的な睡眠時間の平均はさらに短く,男性は6時間25分,女性は6時間16分であった(図5A図5■脳波計測による客観的睡眠時間と調査票による主観的睡眠時間の比較).

図6■00:00以降の就床におけるレム潜時の短縮

0時以降の就床におけるレム潜時(入眠してから最初のレム睡眠が出現するまでの時間).レム潜時はストレス度合いの指標とも言われており,大うつ病患者などでは短縮することが知られている.今回の分析では,健常者においても,就床時刻が0時を過ぎると時刻が遅くなるにつれてレム潜時が有意に短縮していることがわかった.レム潜時の短縮は,第1周期のノンレム睡眠時間(脳神経細胞の修復などを担っている)の短縮を意味しており,本来の睡眠の機能を発揮しにくい睡眠構造となっている.

睡眠と疾患の関係

痒み・痛み・不快感・ひん尿などが睡眠を妨げることは経験からもわかる.実際にアトピー性皮膚炎や慢性腰痛では寝つきに時間を要したり,途中で起きてしまったりと睡眠の質が低下することが報告されてきた.最近では,これらの不快感が睡眠の質を低下させるだけではなく,睡眠の質の低下がさらに腰痛などの疾患を悪化させることもわかってきた.睡眠不足や深い睡眠の減少によって痛みを感じる閾値が低下し,より痛みが増すことが実験的にも臨床研究においても報告されている(2)2) S. Lautenbacher, B. Kundermann & J. C. Krieg: Sleep Med. Rev., 10, 357 (2006)..また,肥満や糖尿病との関係も明らかになりつつある.睡眠不足は昼間の眠気を誘い,日中の活動を低下させ,エネルギーの消費が低下する.そして,睡眠不足は,食欲抑制作用のあるレプチンの分泌低下と,食欲増進作用のあるグレリン分泌を高めるために体重増加につながることがわかっている.同時に,睡眠不足は,コルチゾールの分泌を亢進させ,糖の代謝が影響を受けた結果,インスリン抵抗性が増すとされている(3)3) K. L. Knutson, K. Spiegel, P. Penev & E. Van Cauter: Sleep Med. Rev., 11, 163 (2007)..さらに,2型糖尿病では心血管障害の発症リスクが2~4倍であり,その克服が重要な課題となっているが,血糖コントロールやインスリン抵抗性悪化に伴い,睡眠の質が悪化すること,また,睡眠の質の悪化により,夜間から起床後にかけて急に血圧が上昇し心血管イベントの予測因子である血管内皮機能障害をきたすことが示された.2型糖尿病の治療では,不眠治療も同時に実施することで,血糖値改善や心筋梗塞や脳梗塞の予防につながる可能性が示唆された(4)4) K. Yoda, M. Inaba, K. Hamamoto, M. Yoda, A. Tsuda, K. Mori, Y. Imanishi, M. Emoto & S. Yamada: PLoS ONE, 10, e0122521 (2015).

これまで,睡眠専門医や精神科以外の診療科目では睡眠を客観的に評価する機会が乏しく,疾病と睡眠の関連の研究を実施することは困難であった.小型・軽量,そして簡単な操作性を兼ね備えている脳波計の登場により,疾患と睡眠に関する研究の進展が期待できる.

睡眠の調節にかかわる天然由来の成分探索

カフェインが覚醒を促進し,アルコールによって眠気が引き起こされるなど,食品含有成分によって睡眠が調節されることはよく知られている.睡眠を調節する天然由来の成分として,アラキドン酸やドコサヘキサエン酸などの高度不飽和脂肪酸,アミノ酸,ミルクや大豆由来のペプチド,発酵乳,ホップなどの報告がある.最近では,社会的ニーズの高まりと,一定のエビデンスがあれば機能性食品表示が可能となったことから,葉抽出物や酒酵母など,新たな睡眠調節物質の報告が増加している(5, 6)5) A. Yamatsu, Y. Yamashita, I. Maru, J. Yang, J. Tatsuzaki & M. Kimu: J. Nutr. Sci. Vitaminol. (Tokyo), 61, 182 (2015).6) N. Monoi, A. Matsuno, Y. Nagamori, E. Kimura, Y. Nakamura, K. Oka, T. Sano, T. Midorikawa, T. Sugafuji, M. Murakoshi et al.: J. Sleep Res., DOI: 10.1111/jsr.12336 (2015).

食品とはいえ薬理作用を発揮する成分を含んでいる以上,十分にその安全性や効果を科学的に検証する必要があることを心に留めておきたい.

おわりに

厚生労働省の調査によると,国民の5人に1人が不眠を訴え,20人に1人が睡眠薬を使用している.高齢者の増加により,今後さらに不眠が増加すると見込まれている.一方,不眠と疾患の関係も少しずつ明らかになってきた.睡眠を正確に,かつ簡単に計測できることが,実態の把握や,薬や食品などの介入による効果の科学的検証に今後も寄与すると期待される.

Reference

1) M. Yoshida, K. Kashiwagi, H. Kadotani, K. Yamamoto, S. Koike, M. Matsuo, N. Yamada, M. Okawa & Y. Urade: J. Oral and Sleep Medicine, 1, 140 (2015).

2) S. Lautenbacher, B. Kundermann & J. C. Krieg: Sleep Med. Rev., 10, 357 (2006).

3) K. L. Knutson, K. Spiegel, P. Penev & E. Van Cauter: Sleep Med. Rev., 11, 163 (2007).

4) K. Yoda, M. Inaba, K. Hamamoto, M. Yoda, A. Tsuda, K. Mori, Y. Imanishi, M. Emoto & S. Yamada: PLoS ONE, 10, e0122521 (2015).

5) A. Yamatsu, Y. Yamashita, I. Maru, J. Yang, J. Tatsuzaki & M. Kimu: J. Nutr. Sci. Vitaminol. (Tokyo), 61, 182 (2015).

6) N. Monoi, A. Matsuno, Y. Nagamori, E. Kimura, Y. Nakamura, K. Oka, T. Sano, T. Midorikawa, T. Sugafuji, M. Murakoshi et al.: J. Sleep Res., DOI: 10.1111/jsr.12336 (2015).