Kagaku to Seibutsu 54(11): 787-788 (2016)
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デジタルRNAシークエンシングゲノムワイドな1分子定量法
Published: 2016-10-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
次世代シークエンサの登場により,それを用いたRNAシークエンシングが報告された(1)1) A. Mortazavi, B. A. Williams, K. McCue, L. Schaeffer & B. Wold: Nat. Methods, 5, 621 (2008)..その後,分子バーコーディング法を用いたデジタルRNAシークエンシング(dRNA-Seq)が開発されている(2, 3)2) T. Kivioja, A. Vähärautio, K. Karlsson, M. Bonke, M. Enge, S. Linnarsson & J. Taipale: Nat. Methods, 9, 72 (2012).3) K. Shiroguchi, T. Z. Jia, P. A. Sims & X. S. Xie: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 1347 (2012)..本稿では,世界的にも広がりつつあるdRNA-Seqの原理と応用・発展について紹介する.
シークエンサは,従来,定性的な解析装置であった.しかし,次世代シークエンサの開発により一度にたくさんのDNAの配列を読むことが可能になり,どの配列をもつDNAが何分子あるのかを計数することで,定量装置へと変革を遂げた.この定量性を利用している代表的な手法の一つがRNAシークエンシングである(1)1) A. Mortazavi, B. A. Williams, K. McCue, L. Schaeffer & B. Wold: Nat. Methods, 5, 621 (2008)..一般的なRNAシークエンシングでは,逆転写酵素を用いてRNAをcDNAにし,cDNAを増幅してその増幅産物をシークエンシングする.その後,各遺伝子(など)の配列をもつcDNAの分子数を計数し,増幅前のRNAの分子数を推定している.このような新しい方法が開発されると,さまざまな用途に使われると同時にその問題点も指摘され始めるが,RNAシークエンシングも同様である.増幅産物の量が増幅前のRNAの数に比例するとの想定が,場合によっては成り立ちにくいことが指摘されてきた.これらは,配列に依存した増幅バイアスや,特に少数コピーのRNAを定量する場合に注意が必要な増幅ノイズの影響だと考えられている.
増幅ノイズやバイアスの影響を受けにくい方法,dRNA-Seq(図1図1■Digital RNA Sequencing (dRNA-Seq))が,Taipale博士とLinnarsson博士の共同研究グループと筆者らにより独立に報告された(2, 3)2) T. Kivioja, A. Vähärautio, K. Karlsson, M. Bonke, M. Enge, S. Linnarsson & J. Taipale: Nat. Methods, 9, 72 (2012).3) K. Shiroguchi, T. Z. Jia, P. A. Sims & X. S. Xie: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 1347 (2012)..この方法では,それぞれ異なる分子バーコード(DNA配列)を各RNA(またはcDNA)分子に付加する.この際,高い確率で互いに異なる配列を各RNA/cDNA分子に付加させるため,十分にたくさんの種類(配列)の分子バーコードを用いる.その後,分子バーコードが付加したRNA/cDNAを増幅し,増幅産物のRNA/cDNAの配列と分子バーコードをシークエンシングする.従来法では,RNA/cDNAの配列から増幅産物の数を計数するが,dRNA-Seqでは,分子バーコードの種類の数を計数する.同じ分子バーコードをもつ増幅産物は同じ分子から増幅されているため,分子バーコード1種類の検出は,ノイズやバイアスの影響を受ける増幅量にかかわらず,そのバーコードが付加された分子が増幅前に1分子存在したことを意味する.したがってdRNA-Seqは,増幅前の絶対分子数を1分子の分解能で測定するデジタル計測である.
正確な計測に必要な分子バーコードの種類数は,サンプル中に存在する同じ種類のRNAのコピー数や解析法などに依存するが,バーコードとして10塩基程度のランダム配列が用いられていることが多く,このとき(10塩基の場合),バーコードは約106(~410)種類である.バーコード配列は,polyA付きRNAを逆転写する際に用いられるpolyTプライマーの外側に挿入されている例が多い.この場合,RNAの配列に依存するバーコード付加のバイアスは小さいと思われる.polyAが付いていない種類のRNAにおいても,分子バーコードを付加することができれば,デジタル計測は可能である.なお,バーコードを付加する際に配列などに依存したバイアスが生じる場合でも,試料間の比較は可能だと考えられる.
このように,増幅産物をシークエンスしながらも,増幅時のノイズやバイアスに依存せずに増幅前のRNA/cDNAをゲノムワイドに定量することができるdRNA-Seqは,1999年に報告された,核酸を計数するデジタルPCR(4)4) B. Vogelstein & K. W. Kinzler: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 9236 (1999).をシステムワイドな計測へ発展させたものとも捉えることができる.dRNA-Seqは既存のシークエンサを用いることができるので,現在,世界でも広く使われ始めている.しかしながら,高精度であるがゆえに実際の測定においては注意も必要である.たとえば,用いる分子バーコードの種類や数,シークエンシングのエラーなどが結果に影響する.筆者らは,より多数の分子を一度に測定できる分子バーコードをデザインし,実験と解析を重ねて測定系を評価して,高精度で安定したdRNA-Seqを実現している.
dRNA-Seqは,特にノイズが大きいとされる低コピーRNAの測定に有効である.そのため,1細胞解析においてその威力を発揮している(5)5) S. Islam, A. Zeisel, S. Joost, G. La Manno, P. Zajac, M. Kasper, P. Lönnerberg & S. Linnarsson: Nat. Methods, 11, 163 (2014)..筆者らも,1~100細胞の測定を行うdRNA-Seqパイプラインを立ち上げ,免疫関連の細胞などの遺伝子発現解析を多くの共同研究者の方々と行っている.たとえば,さまざまな細胞種がそれぞれの役割を果たしている免疫システムの研究では,研究の進展により細胞種をより細かく分けることができるようになってきているが,これは同時に,得られる細胞数やRNAの量が少なくなることも意味している.したがって,高精度のdRNA-Seqが有効となる.
核酸のデジタル計測について紹介してきたが,タンパク質を対象にした場合はどうであろうか.細胞内においては,大腸菌内に発現させた蛍光タンパク質一つひとつが光学顕微鏡で検出されており,これはデジタル計測である(6)6) J. Yu, J. Xiao, X. Ren, K. Lao & X. S. Xie: Science, 311, 1600 (2006)..さらに近年,タンパク質を検出するELISA(Enzyme-linked immunosorbent assay)をデジタル化した方法が野地博行博士の研究グループ(東京大学)により開発されている(7)7) S. H. Kim, S. Iwai, S. Araki, S. Sakakihara, R. Iino & H. Noji: Lab Chip, 12, 4986 (2012)..彼らは,デジタル化によるノイズの低減により,従来法より極めて優れた検出限界値を得ている.このように,新しい技術の開発により,生体分子のデジタル計測化が進められている.
生命をたくさんの要素から成り立つシステムと捉える考え方が生まれ,たくさんの要素(遺伝子発現など)を一度に網羅的に測定するハイスループットな計測法が開発されてきている.網羅的に計測する場合,まずは全体像を捉えることが優先されることも多く,個々の要素をより正確に計測することは次の課題とされてきた感も否めない.しかし,少数の分子や細胞が全体の振る舞いに影響を与える生命現象もあり,一つひとつの要素をより正確に測定することが必要とされてきている.今後もこれらを実現する測定技術の開発とともに,生命システムの理解が深まっていくであろう.
Reference
1) A. Mortazavi, B. A. Williams, K. McCue, L. Schaeffer & B. Wold: Nat. Methods, 5, 621 (2008).
3) K. Shiroguchi, T. Z. Jia, P. A. Sims & X. S. Xie: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 1347 (2012).
4) B. Vogelstein & K. W. Kinzler: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 9236 (1999).
6) J. Yu, J. Xiao, X. Ren, K. Lao & X. S. Xie: Science, 311, 1600 (2006).
7) S. H. Kim, S. Iwai, S. Araki, S. Sakakihara, R. Iino & H. Noji: Lab Chip, 12, 4986 (2012).
8) 城口克之:JSI Newsletter, 24(2), 21 (2016).