Kagaku to Seibutsu 54(11): 791-793 (2016)
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核内受容体PPARγのユニークな特性と新奇リガンド開発への新展開リガンド認識機構の特質とその応用
Published: 2016-10-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γ(peroxisome proliferator-activated receptor γ; PPARγ)は,核内受容体スーパーファミリーに属する転写因子である.核内でレチノイドX受容体とヘテロ二量体を形成し,リガンド依存的に標的遺伝子の転写を調節する(1)1) P. Tontonoz & B. M. Spiegelman: Annu. Rev. Biochem., 77, 289 (2008)..PPARγへのリガンドの結合は,受容体のコンフォーメーション変化を引き起こし,コファクターの解離および会合が誘導されることで,標的遺伝子の転写活性化に至る.読者の方々の中には,この分子の名前を聞くと脂肪細胞分化や糖代謝の制御因子といったキーワードを思い浮かべる方も多いのではないだろうか.実際,抗糖尿病薬であるチアゾリジン誘導体がPPARγのリガンドであることが明らかにされて以降,糖尿病や脂質代謝との関連について,数多くの薬理学,および遺伝学的研究がなされてきた(1)1) P. Tontonoz & B. M. Spiegelman: Annu. Rev. Biochem., 77, 289 (2008)..一方,今世紀に入り,内在性リガンドである不飽和脂肪酸,およびその代謝物の結合様式と活性化機構に関する構造生物学的研究が進み,PPARγはほかの受容体とは異なるユニークなリガンド認識機構を有することが明らかにされた.本稿では,関連する一連の研究を概説するとともに,その特性を新奇リガンド開発に応用した筆者らの取り組みについて紹介したい.
PPARγの構造は,主に,標的遺伝子の上流に結合するDNA結合ドメインと,リガンドが結合するリガンド結合ドメイン(ligand-binding domain; LBD)からなる.LBDは,13個のαヘリックス構造と,4個のβシート構造を含み,複数のサブポケットから構成されるリガンド結合ポケット(ligand-binding pocket; LBP)を有する(図1図1■PPARγ LBDの立体構造,およびLBPの模式図).LBPにはさまざまな種類の化合物が結合することが知られるが,その結合部位はリガンドにより異なる.合成リガンドであるチアゾリジンは,ヘリックス12に位置するTyr473残基と水素結合を形成することで,周辺構造を安定化させるとともに,コアクチベーターの会合を誘導し,強力な転写活性を引き起こす(2)2) R. T. Nolte, G. B. Wisely, S. Westin, J. E. Cobb, M. H. Lambert, R. Kurokawa, M. G. Rosenfeld, T. M. Willson, C. K. Glass & M. V. Milburn: Nature, 395, 137 (1998)..対して,ルテオリンなどのフラボノイド類は,ヘリックス12とは相互作用せず,ヘリックス2および3の間に位置するループ構造(Ω-ループ)に結合することが明らかにされている(3)3) A. C. Puhl, A. Bernardes, R. L. Silveira, J. Yuan, J. L. Campos, D. M. Saidemberg, M. S. Palma, A. Cvoro, S. D. Ayers, P. Webb et al.: Mol. Pharmacol., 81, 788 (2012)..冒頭で触れた,内在性リガンドである不飽和脂肪酸は,これらのいずれとも異なる活性化様式を示す.白木らは,PPARγの内在性リガンドとして初期に同定された15-deoxy-Δ12,14-prostaglandin J2(15d-PGJ2)が,α,β-不飽和カルボニル基によるマイケル付加反応を介して,ヘリックス3上に位置するCys285残基と共有結合を形成すること,そしてその共有結合が15d-PGJ2によるPPARγ活性化に直接関与することを明らかにした(4)4) T. Shiraki, N. Kamiya, S. Shiki, T. S. Kodama, A. Kakizuka & H. Jingami: J. Biol. Chem., 280, 14145 (2005)..また,森川らのグループは,X線結晶構造解析により,15d-PGJ2による共有結合がΩ-ループ周辺のコンフォーメーションをドラスティックに変化させることを明らかにし,PPARγの構造安定化におけるCys285残基への共有結合の役割を,構造変化を促す“スイッチ”に例えて表現している(5)5) T. Waku, T. Shiraki, T. Oyama & K. Morikawa: FEBS Lett., 583, 320 (2009)..また,ドコサヘキサエン酸代謝物である4-oxodocosahexaenoic acid(4-oxoDHA)をはじめとする種々の不飽和脂肪酸酸化物もまた,同様の機構でCys285残基と共有結合を形成し,チアゾリジンなどの非共有結合性リガンドと比べて,PPARγのコンフォーメーションを効率的に安定化させうることが,Schwabeらのグループによる熱力学的解析により明らかにされている(6)6) T. Itoh, L. Fairall, K. Amin, Y. Inaba, A. Szanto, B. L. Balint, L. Nagy, K. Yamamoto & J. W. Schwabe: Nat. Struct. Mol. Biol., 15, 924 (2008)..一般的に,タンパク質に共有結合する低分子化合物の多くは,受容体の機能を不活化させる阻害剤であり,リガンドによる共有結合がタンパク質の構造安定化を導くという例はあまり知られておらず,PPARγのリガンド認識機構のユニークさを物語っていると言える.これら一連の研究は,それまで明らかにされていなかった内在性リガンドによる活性化機構にかかわる理解を飛躍的に向上させるとともに,生体内の脂肪酸代謝物をモニターするというPPARγの新たな役割が提唱されるに至っている(7)7) 白木琢磨,神谷成敏,陣上久人:蛋白質核酸酵素,50, 1660 (2005)..
こうした研究が行われる過程で,PPARγのリガンド認識にかかわるもう一つの特性が明らかにされた.先述のとおり,PPARγのLBPは複数のサブポケットから構成されるY字型の構造を有するが(図1図1■PPARγ LBDの立体構造,およびLBPの模式図),cavity(ポケットの深さ)はサブタイプの異なるほかの受容体と比較して非常に大きい.実際,あるリガンドが結合しているPPARγの立体構造を眺めたとき,リガンドが結合しているにもかかわらず,まだ別のリガンドが結合しうる余地が見て取れるほどである.このことは,複数の異なる(あるいは同一の)リガンドが同時にポケットに結合することができるのではないかという可能性を想起させる.実際,森川らの研究によって,X線結晶解析により,セロトニン代謝物である5-methoxyindole-3-acetic acid(MIA)と酸化型不飽和脂肪酸である15-oxo-5,8,11,13-eicosatetraenoic acid(15-oxo-ETE)が同時に結合することが示された(8)8) T. Waku, T. Shiraki, T. Oyama, K. Maebara, R. Nakamori & K. Morikawa: EMBO J., 29, 3395 (2010)..興味深いことに,これらのリガンドは,個々でも中程度から弱い活性化作用を示すが,両者を同時に加えたときに顕著に活性が増強する,すなわち“協調的に”PPARγを活性化する作用があることが明らかにされた.
筆者らのグループでは,このPPARγ LBPのユニークな特性を,新規リガンドの構造設計に利用できないかと考えた.すなわち,複数のリガンドにより協調的に活性化されるのであれば,その両者を融合させた構造を設計し,単一の化合物に最適化できないか,というものである(図2図2■LBPの特性を利用した新規リガンドの構造設計,および見いだしたリガンドの構造).一見,関連が見られないと思われる化合物同士の組み合わせを見いだし,両者を融合させることにより,従来とは異なる新奇な構造のリガンドを創出できるのではないか.このような発想のもと,協調的な活性化を引き起こす化合物の組み合わせのスクリーニングを行ったところ,バンウコン根茎に含まれるケイ皮酸誘導体と,不可逆的アンタゴニストとして知られているGW9662が得られた.スクリーニングの詳細は筆者らの報告を参照いただきたい(9)9) A. Ohtera, Y. Miyamae, K. Yoshida, K. Maejima, T. Akita, A. Kakizuka, K. Irie, S. Masuda, T. Kambe & M. Nagao: ACS Chem. Biol., 10, 2794 (2015)..GW9662は,ハロゲン置換反応を介して,上述した不飽和脂肪酸と同じくCys285残基と共有結合を形成し,チアゾリジンなどのアゴニストの結合を競合的に阻害する.しかし,GW9662が結合したPPARγのリガンド結合ポケットの構造を精査してみると,Ω-ループ周辺の領域,リガンドが結合するための入り口と考えられている部分に,別の小分子が結合することのできるスペースが残されていた.実際にケイ皮酸誘導体がこの部位と相互作用するような結合様式を取りうるか,ドッキングシミュレーションにより解析したところ,ヘリックス3やΩ-ループの残基と相互作用することを示唆する結果を得た.この結合様式を基に,両者の構造を融合させた構造を設計し,計7段階の工程による合成を行い,PPARγの転写活性をμM以下の低濃度(EC50値13 nM)で中程度に活性化するリガンドを得ることに成功した.また本リガンドによるPPARγ活性化作用にはCys285残基への共有結合が必須であることが,非共有結合性類縁化合物,および変異体を用いた解析から明らかになった.さらに,上述した内在性脂肪酸との結合様式をドッキングにより比較したところ,合成リガンドはこれらの脂肪酸の結合様式を一部ミミックするものの,よりΩ-ループ周辺に相互作用しうることが示唆され,新しいタイプの共有結合性リガンドであることが示された.共有結合性リガンドは,先に紹介した内在性脂肪酸を除くと,森川らの例(10)10) T. Waku, T. Shiraki, T. Oyama, Y. Fujimoto, K. Maebara, N. Kamiya, H. Jingami & K. Morikawa: J. Mol. Biol., 385, 188 (2009).などごく僅かしか報告されておらず,筆者らのアプローチの有用性を示している.
本稿では,リガンドによる活性化機構に焦点を当てたが,それ以外にも,白色脂肪細胞の褐色化において,PR domain containing 16(PRDM16)の安定化に寄与するなど,PPARγの新たな機能が明らかにされつつある(11)11) H. Ohno, K. Shinoda, B. M. Spiegelman & S. Kajimura: Cell Metab., 15, 395 (2012)..PPARγに限らず,一見,解析され尽くされたと思われる分子でも,見方を変えることによって思わぬ発見や新たな展開が見いだされるかもしれない.
Reference
1) P. Tontonoz & B. M. Spiegelman: Annu. Rev. Biochem., 77, 289 (2008).
5) T. Waku, T. Shiraki, T. Oyama & K. Morikawa: FEBS Lett., 583, 320 (2009).
7) 白木琢磨,神谷成敏,陣上久人:蛋白質核酸酵素,50, 1660 (2005).
8) T. Waku, T. Shiraki, T. Oyama, K. Maebara, R. Nakamori & K. Morikawa: EMBO J., 29, 3395 (2010).
11) H. Ohno, K. Shinoda, B. M. Spiegelman & S. Kajimura: Cell Metab., 15, 395 (2012).