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植物を丸ごと透明化し,中まで蛍光観察する新技術を開発細胞レベルでの個体全体の観察を目指して

Daisuke Kurihara

栗原 大輔

名古屋大学

JST, ERATO

Published: 2016-10-20

生物の成り立ち,働きを知るうえで,からだの構造を観察することは非常に重要である.しかし,多くの生物のからだは不透明なため,からだの奥深くを直接観察することは非常に困難である.これまで,からだの奥深くを観察するためには,からだを解剖して,その切断面を観察する必要があった.しかし,からだに傷をつけるため,ありのままの状態を解析することは難しかった.そのうえ,切断面の観察だけでは二次元情報しか得ることができないが,からだは三次元の構造なので,もとのからだの構造を再構築するためには,極めて薄くからだを切断し,また膨大な数の切断面像を欠くことなくすべて取得するという,非常に煩雑で難しい作業が必要となる.そのため,近年,からだを透明にして,直接からだの奥深くまで丸ごと観察する研究が注目されている.

からだを透明にするとはどういうことであろうか.そもそも,からだが不透明であるのは,光を吸収してしまう色素などが含まれること,また,からだは屈折率の違うさまざまな物質で構成されているためである.細胞一つをとってみても屈折率は均一ではなく,植物細胞の場合,細胞壁が1.42,細胞質が1.36であるため,照射した光は細胞を通過するごとに屈折してしまい,からだをまっすぐ通過することはできない.そのため,からだを透明にするためには,光を吸収してしまう色素を取り除くこと,そしてからだの中の屈折率を均一にすることが必要である.

しかしすべてを透明にしてしまっては,自分が観察したいものも透明になり,何も見えなくなってしまう.そこで活躍するのが蛍光タンパク質である.蛍光タンパク質は特定の細胞で発現させたり,特定のタンパク質につなげることによって,自分が観察したい細胞,タンパク質などに目印をつけることができるため,からだが透明になっても観察することが可能である.透明化の研究が活発に行われ始めたのは,2011年理化学研究所の宮脇敦史博士のグループにより,蛍光タンパク質の蛍光を保持したまま,マウスの脳を透明化することに成功してからである(1)1) H. Hama, H. Kurokawa, H. Kawano, R. Ando, T. Shimogori, H. Noda, K. Fukami, A. Sakaue-Sawano & A. Miyawaki: Nat. Neurosci., 14, 1481 (2011)..開発された透明化試薬Scaleは尿素,界面活性剤TritonX-100,グリセロールの3種類の化合物から構成される.尿素,界面活性剤の作用により,組織の隅々にまでScaleが浸透し,からだの中が均一化される.また,グリセロールはタンパク質や組織の安定化に寄与していると考えられ,蛍光タンパク質は高濃度の尿素でも壊れることはないため,Scaleにより透明になったマウスの脳を丸ごと蛍光観察することが可能となっている.

2014年にWarnerらによりScaleを用いた植物の透明化が試みられたが,十分な透明度を得られるのに1~3週間かかると報告された(2)2) C. A. Warner, M. L. Biedrzycki, S. S. Jacobs, R. J. Wisser, J. L. Caplan & D. J. Sherrier: Plant Physiol., 166, 1684 (2014)..迅速な透明化を阻んでいるのは,植物細胞に豊富に存在する色素,クロロフィルの存在であった.クロロフィルは葉緑素としても知られ,太陽光のエネルギーを吸収して光合成にかかわる色素である.そのためクロロフィルが存在していると光エネルギーを吸収してしまうため,蛍光タンパク質を光らせるための励起光も,光った蛍光も吸収されてしまい,蛍光タンパク質を観察することはからだの深部になるほど困難であった.

昨年,筆者らは,クロロフィルを植物から効果的に取り除くことができる化合物をスクリーニングして,ClearSeeを開発した(3)3) D. Kurihara, Y. Mizuta, Y. Sato & T. Higashiyama: Development, 142, 4168 (2015)..界面活性剤としてデオキシコール酸ナトリウムを用いることにより,蛍光タンパク質を壊すことなく迅速にクロロフィルを植物から取り除くことに成功した.図1図1■クリアシーによる植物透明化はモデル植物のシロイヌナズナを透明化したものであるが,葉の緑色が抜け,透きとおっていることがわかる.透明化の手順は簡単で,まずパラホルムアルデヒド溶液に1時間浸けて組織を固定した後,ClearSee溶液に浸けるだけである(図1図1■クリアシーによる植物透明化).植物の組織によって透明化にかかる時間は変わるが,図1図1■クリアシーによる植物透明化の植物の場合,ClearSeeを用いると3~4日間で透明化は達成される.このように透明化することで,めしべの奥深くで伸びている花粉管の様子も,カラフルに観察することが可能となった(図2図2■クリアシーにより透明化したシロイヌナズナめしべ).

図1■クリアシーによる植物透明化

図2■クリアシーにより透明化したシロイヌナズナめしべ

花粉管を4色の蛍光タンパク質により色分けている.文献3より転載.

植物の研究はこれまで,観察の困難さもあり,根・葉・花というように個々の器官にフォーカスして研究が行われてきた.しかし,移動できない植物はさまざまな環境に対応するために,各器官で感知したシグナルを全身に伝えることにより環境変化に対処するという研究が,近年注目されてきている.全身的なシグナルの解析には,個々の器官の観察だけではなく,細胞レベルで個体全体を観察することが重要であり,今回開発したClearSeeによる透明化技術は重要なツールになると期待される.

しかし,ClearSeeを用いた透明化にはまだ改善点がある.ClearSeeによる透明化には数日間かかることと,光を吸収する物質がまだ組織に残っていることの2点が挙げられる.1点目の処理時間については,今年,透明化にかかる時間を2時間程度にまで短縮したTOMEI法が開発された(4)4) J. Hasegawa, Y. Sakamoto, S. Nakagami, M. Aida, S. Sawa & S. Matsunaga: Plant Cell Physiol., 57, 462 (2016)..この方法では,からだの中を均一する溶液として,1.52と高い屈折率をもつ97% 2,2′-チオジエタノールを用いている.2,2′-チオジエタノールにはクロロフィルを取り除く作用はないため,クロロフィルを迅速に取り除く手段として,固定溶液に酢酸・エタノール混合液といった有機溶媒が用いられている.しかしながら,有機溶媒は蛍光タンパク質を壊してしまうため,からだの内部を観察するためには蛍光色素で染める必要がある.固定にパラホルムアルデヒド溶液を使うことにより,TOMEI法でも蛍光タンパク質を観察できるが,クロロフィルは残っているため,より奥深くの観察には課題が残る.

2点目として,ClearSeeでクロロフィルは取り除けるが,まだ残っている色素などが存在する.そのなかでも,細胞壁に存在し機械的強度を担っているフェノール化合物リグニンは,植物に多量に存在するために,さらなる透明化に向けては取り除きたい化合物である.木材からリグニンを取り除き,透明化する方法もいくつか報告されているが(5, 6)5) Y. Okahisa, A. Yoshida, S. Miyaguchi & H. Yano: Compos. Sci. Technol., 69, 1958 (2009).6) Y. Li, Q. Fu, S. Yu, M. Yan & L. Berglund: Biomacromolecules, 17, 1358 (2016).,亜塩素酸ナトリウムと70~80°Cの高温処理により取り除くというように,蛍光タンパク質には厳しい条件のため,穏やかな条件でリグニンを取り除く新たな手法の開発が望まれる.適用可能な植物種が増え,さらなる透明化が達成されれば,野外の植物も詳細に観察でき,農業現場における不稔や病虫害などの原因究明・問題解決にも役立つと期待される.

Reference

1) H. Hama, H. Kurokawa, H. Kawano, R. Ando, T. Shimogori, H. Noda, K. Fukami, A. Sakaue-Sawano & A. Miyawaki: Nat. Neurosci., 14, 1481 (2011).

2) C. A. Warner, M. L. Biedrzycki, S. S. Jacobs, R. J. Wisser, J. L. Caplan & D. J. Sherrier: Plant Physiol., 166, 1684 (2014).

3) D. Kurihara, Y. Mizuta, Y. Sato & T. Higashiyama: Development, 142, 4168 (2015).

4) J. Hasegawa, Y. Sakamoto, S. Nakagami, M. Aida, S. Sawa & S. Matsunaga: Plant Cell Physiol., 57, 462 (2016).

5) Y. Okahisa, A. Yoshida, S. Miyaguchi & H. Yano: Compos. Sci. Technol., 69, 1958 (2009).

6) Y. Li, Q. Fu, S. Yu, M. Yan & L. Berglund: Biomacromolecules, 17, 1358 (2016).