解説

加水分解反応を触媒しないカルボキシルエステラーゼチューリップの二次代謝生合成研究からの発見

Non-Ester-Hydrolyzing Carboxylesterase Discovered in the Study of Secondary Metabolite Biosynthesis in Tulip

Taiji Nomura

野村 泰治

富山県立大学工学部生物工学科・生物工学研究センター

Yasuo Kato

加藤 康夫

富山県立大学工学部生物工学科・生物工学研究センター

Published: 2016-10-20

「カルボキシルエステラーゼ」は,カルボン酸エステルを加水分解し,カルボン酸とアルコールを生成物として与える酵素と定義される.しかし,筆者らがチューリップの二次代謝研究の過程で発見した「チューリッポシド変換酵素」は,加水分解反応ではなく分子内エステル転移反応によるラクトン形成のみを触媒する,ユニークなカルボキシルエステラーゼであった.本稿では,その酵素機能および生理学的役割などに加え,植物のカルボキシルエステラーゼおよび関連するα/β-加水分解酵素ファミリー酵素・タンパク質の機能多様性について概説する.

チューリッポシド/チューリッパリン類

チューリッポシド(Pos)類は,その化合物名が示すようにチューリップから最初に発見された二次代謝産物である(1, 2)1) R. Tschesche, F.-J. Kämmerer, G. Wulff & F. Schönbeck: Tetrahedron Lett., 9, 701 (1968).2) R. Tschesche, F.-J. Kämmerer & G. Wulff: Chem. Ber., 102, 2057 (1969)..その発見の経緯について本稿では詳しく触れないが,一方ではチューリップの病害抵抗性物質として,他方ではチューリップ球根生産者の間で見られる「チューリップフィンガー」と呼ばれるアレルギー性接触皮膚炎の原因物質として,ほぼ同時期に同定されたものである(3)3) 野村泰治,加藤康夫:バイオサイエンスとインダストリー,70, 360 (2012)..現在では,チューリップ以外の数種のユリ科植物,ユリズイセン科のアルストロメリア,バラ科のユキヤナギなどにもPos類が存在することが知られている(4)4) T. Nomura, S. Ogita & Y. Kato: Plant Physiol., 159, 565 (2012)..Pos類の構造は,グルコースとα-メチレン-γ-ヒドロキシ酪酸(ヒドロキシ酸)ユニットからなるグルコースエステルであり,ヒドロキシ酸ユニットの構造やグルコースとの結合パターンの異なる類縁体が存在する(4)4) T. Nomura, S. Ogita & Y. Kato: Plant Physiol., 159, 565 (2012).

筆者らが研究対象としているチューリップにおける主要Pos類は,ヒドロキシ酸ユニットがグルコースの6位水酸基にエステル結合した6-Pos類(6-PosA, 6-PosB)(図1図1■Pos変換酵素が触媒する6-Pos類からPa類への変換反応)であり,その蓄積量は,品種,組織,生育時期などによって変動するものの,健常植物体中の含有量は概して高く,組織新鮮重の2%以上に達する場合もある(5~7)5) Y. Kato, K. Shoji, M. Ubukata, K. Shigetomi, Y. Sato, N. Nakajima & S. Ogita: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 1895 (2009).7) T. Nomura, E. Hayashi, S. Kawakami, S. Ogita & Y. Kato: Biosci. Biotechnol. Biochem., 79, 25 (2015)..一方,ヒドロキシ酸ユニットのラクトン化体はチューリッパリン(Pa)類と呼ばれ,6-PosAと6-PosBに対応してPaAとPaBが存在する(図1図1■Pos変換酵素が触媒する6-Pos類からPa類への変換反応)が,健常植物体における含有量は痕跡レベルである.Pa類はα-メチレン-γ-ブチロラクトン骨格をもっているが,一般的にこの骨格をもつ化合物は抗菌,抗炎症,抗腫瘍をはじめとしてさまざまな生物活性を示すことが知られている(8)8) A. Jenecka, A. Wyrębska, K. Gach, J. Fichna & T. Jenecki: Drug Discov. Today, 17, 561 (2012)..実際にPa類は種々の糸状菌や細菌に対して抗菌活性を示すが,PaAとPaBでは抗菌スペクトルに違いが見られ,PaAは主に抗糸状菌活性を,PaBは主に抗細菌活性を示す(9)9) K. Shigetomi, S. Omoto, Y. Kato & M. Ubukata: Biosci. Biotechnol. Biochem., 75, 718 (2011).

図1■Pos変換酵素が触媒する6-Pos類からPa類への変換反応

6-Pos類はPa類の前駆体であり,6-PosAからはPaAが,6-PosBからはPaBが生成する.この反応は,試験管内では中性以上のpHで自発的に進むことから,植物体内でのPa生成反応も非酵素的なものであると信じられていた.しかし,健常植物体におけるPa類の含有量が微量であることや,チューリップ球根腐敗病菌に感染した球根では6-Pos含有量が減少しPa含有量が増加するといったことから,6-Pos類(貯蔵体)をPa類(活性体)へ特異的に変換する酵素の存在が示唆された(10)10) J. C. M. Beijersbergen & C. B. G. Lemmers: Physiol. Plant Pathol., 2, 265 (1972)..筆者らはチューリップ組織中に当該酵素活性を見いだし,その酵素を「Pos変換酵素」と命名した(5)5) Y. Kato, K. Shoji, M. Ubukata, K. Shigetomi, Y. Sato, N. Nakajima & S. Ogita: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 1895 (2009)..このラクトン形成がどのような酵素によって触媒されているのかという興味に加え,この酵素変換はPos/Pa類が関与するチューリップの化学防御機構解明の鍵を握ると考えられたことから,筆者らはPos変換酵素の分子実体の解明に着手した.

PosA変換酵素とPosB変換酵素

チューリップの球根生産量世界1位はオランダであるが,世界2位は実は日本である(日本1位は富山県であり,2位の新潟県と合わせて国内生産量の100%近くを占める).チューリップは春を彩る最もメジャーな園芸植物として,オランダ,日本はもとより世界中で育てられているが,実験植物としてはマイナーな存在である.さらに,倍数性があることや(2, 3, 4倍体が存在する),ゲノムサイズが非常に大きいこともあり,全ゲノム配列をはじめとした各種リソースの整備は進んでおらず,汎用的な遺伝子操作技術も確立されていない.そういった状況のなかで筆者らはPos変換酵素の実体解明に着手することにしたわけであるが,6-Pos類からPa類への変換反応を触媒する酵素ファミリーについては,複数の可能性が考えられたことから,ホモロジーベースでの遺伝子クローニングはリスクが高いと判断し,酵素精製からのアプローチを採用した.

チューリップ組織中に蓄積する主要Pos類は品種や組織によって異なり,筆者らが主に用いている品種「紫水晶」では,たとえば球根や花弁では6-PosAが,雄しべや根では6-PosBが主に蓄積している.そこで,6-PosAおよび6-PosBを各々基質として,各組織から調製した粗酵素中におけるPos変換酵素活性を測定した結果,6-PosAと6-PosBに対する酵素活性の比は組織によって異なっており,各組織中の6-PosAと6-PosBの量比とおおむね対応していることがわかった(4)4) T. Nomura, S. Ogita & Y. Kato: Plant Physiol., 159, 565 (2012)..6-Pos類からPa類への変換反応が1種類のPos変換酵素によって触媒されているのであれば,組織間で酵素活性の違いはあっても活性の比(A/B)は変動しないはずである.このことから,6-PosAと6-PosBに対応して,「PosA変換酵素」と「PosB変換酵素」の2種類のPos変換酵素が存在していることが示唆された.

PosA変換酵素については,活性が比較的高い花弁を材料として,活性本体を均一に精製することに成功した(4)4) T. Nomura, S. Ogita & Y. Kato: Plant Physiol., 159, 565 (2012)..本酵素は39 kDaのサブユニットからなる分子質量85 kDaの二量体酵素であり,6-PosAに高い活性を示す一方,6-PosBに対する活性は6-PosAに対する活性の1/20程度であった.本酵素反応によるPaAの生成プロセスとしては,酵素反応によって直接PaAが生成している可能性と,酵素が触媒する6-PosAの加水分解によって生じたヒドロキシ酸が自発的に環化することで間接的にPaAが生成している可能性が考えられた.そこで,酵素反応および反応停止条件下でヒドロキシ酸標品の挙動を調べたところ,自発的環化によるPaAの生成は見られなかった.このことから筆者らは,PosA変換酵素が触媒する反応は6-PosAからのPaAの直接生成,すなわち,分子内エステル転移によるラクトン形成反応であると結論づけた(図1図1■Pos変換酵素が触媒する6-Pos類からPa類への変換反応).

PosB変換酵素の精製では,比較的高い活性が見られる雄しべに注目した.酵素精製に先立って,その構成部位別(葯,花糸,花粉)に酵素活性の局在を調べたところ,意外なことに雄しべで見られる酵素活性の大半は雄しべ本体(葯,花糸)ではなく,葯に付着している花粉に由来することがわかった.そこで,大量に集めた花粉から酵素精製を行い,活性本体を均一に精製することに成功した(11)11) T. Nomura, T. Murase, S. Ogita & Y. Kato: Plant J., 83, 252 (2015)..本酵素はカラムクロマトグラフィーにおける挙動の違いから3種類のアイソフォームとして得られた.いずれもPosA変換酵素と同じく二量体酵素であったが,サブユニット(47 kDa)およびネイティブ分子質量(92~99 kDa)はPosA変換酵素とは明らかに異なっていた.本酵素は6-PosBを良い基質としてPaBの生成を触媒する一方,6-PosAに対する活性は6-PosBに対する活性の1/130~1/150程度であった.以上の結果より,6-PosAからPaAへの変換反応と6-PosBからPaBへの変換反応は,それぞれPosA変換酵素とPosB変換酵素という異なる酵素によって触媒されるという当初の仮説が実証された(図1図1■Pos変換酵素が触媒する6-Pos類からPa類への変換反応).また,PosB変換酵素が6-PosBの加水分解反応を一切触媒せず,PosA変換酵素と同様に分子内エステル転移反応によるラクトン形成を触媒する酵素であることも確認された.

Pos変換酵素は加水分解反応を触媒しないカルボキシルエステラーゼである

精製された酵素の部分アミノ酸配列解析を経て酵素遺伝子のクローニングを行い,PosA変換酵素遺伝子(TgTCEA: Tulipa gesneriana tuliposide A-converting enzyme)およびPosB変換酵素遺伝子(TgTCEB)を同定した(4, 11)4) T. Nomura, S. Ogita & Y. Kato: Plant Physiol., 159, 565 (2012).11) T. Nomura, T. Murase, S. Ogita & Y. Kato: Plant J., 83, 252 (2015)..遺伝子配列から推定された全長アミノ酸配列と精製酵素のN末端アミノ酸配列の比較から,翻訳産物のN末端に輸送ペプチドが存在することが推定された(詳細については後述).そこで,輸送ペプチド領域を除いた成熟ポリペプチドを大腸菌で発現させ,組換え酵素を得た.精製された組換え酵素は天然型酵素と同様に二量体酵素であり,TgTCEAおよびTgTCEB酵素はそれぞれ天然型酵素と同程度のPosAおよびPosB変換酵素活性を有することが確認された.さらに,両酵素が6-Pos類の加水分解反応を触媒しないことも確認された.

TgTCE遺伝子がPos変換酵素をコードしていることが確認されたわけであるが,その一次配列は意外なことにカルボキシルエステラーゼと高い相同性を示した.典型的なカルボキシルエステラーゼは,カルボン酸エステルを加水分解し,カルボン酸とアルコールを生成物として与えるのに対して,TgTCE酵素は加水分解反応を触媒しない.カルボキシルエステラーゼ(後述するクラスIカルボキシルエステラーゼ)の配列は,HGGモチーフと触媒3残基(セリン,アスパラギン酸,ヒスチジン)によって特徴づけられる.HGGモチーフは,酵素–基質複合体の形成時に四面体中間体の安定化に寄与するものであり,触媒3残基は,触媒残基であるセリンの水酸基を活性化することで求核性を高めている.そのうち,セリンはGly-X-Ser-X-Glyの5残基からなる保存配列中に位置している.TgTCE酵素はこれらの特徴的なアミノ酸残基をすべて有していた.これらに変異を導入した酵素では活性が痕跡レベルにまで低下したことから,TgTCE酵素においてもこれらのアミノ酸残基が触媒過程に必須であることが示された.以上のことから,TgTCE酵素は「分子内エステル転移反応によるラクトン形成を触媒するカルボキシルエステラーゼ」であることがわかった.

その推定反応機構は以下のとおりである(図2図2■TgTCE酵素の推定反応機構).まず,触媒3残基の電荷リレーによって活性化されたセリンの水酸基が,基質6-Pos類のカルボニル炭素に求核攻撃し,HGGモチーフ中の2つのグリシンによって安定化された四面体中間体を経由した後,グルコースが脱離することでアシル–酵素複合体が形成される.この段階までは,典型的なカルボキシルエステラーゼの反応機構に倣っており,この後,加水分解反応の場合にはアシル–酵素複合体のカルボニル炭素に活性化された水分子が求核攻撃することで反応が進行する.TgTCE酵素の場合には,水分子の代わりに基質末端の水酸基が活性化され,アシル–酵素複合体のカルボニル基近傍に配位されて求核反応が起こることが鍵となり,Pa類のラクトン構造を形成していると推測される.TgTCE酵素は,一次配列上はカルボキシルエステラーゼファミリーに属するが,この反応に基づき,国際生化学・分子生物学連合命名法委員会(NC-IUBMB)は本酵素を加水分解酵素(EC 3)や転移酵素(EC 2)ではなく,リアーゼ(EC 4)に分類した(TgTCEA: EC 4.2.99.22, TgTCEB: EC 4.2.99.23).

図2■TgTCE酵素の推定反応機構

基質構造中のグルコース部分はGlcで示している.

植物カルボキシルエステラーゼ

カルボキシルエステラーゼは生物分類群を問わず普遍的に存在しており,特にヒトを含む哺乳動物においては,医薬品,農薬,環境化学物質などの代謝における重要性から盛んに研究されてきた(12)12) M. Hosokawa: Molecules, 13, 412 (2008)..一方で,植物カルボキシルエステラーゼの機能についての知見は多くない.植物カルボキシルエステラーゼはその配列の特徴に基づいて,クラスI, II, IIIの3つに分類される(13)13) M. C. Gershater & R. Edwards: Plant Sci., 173, 579 (2007)..そのうち,クラスIとIIはα/β-加水分解酵素スーパーファミリーに属するものである.クラスI酵素は,カルボキシルエステラーゼとして植物で最初に同定されたタバコ由来HSR203Jタンパク質(14)14) E. Baudouin, M. Charpenteau, D. Roby, Y. Marco, R. Ranjeva & B. Ranty: Eur. J. Biochem., 248, 700 (1997).と配列の特徴を共有するものであり,データベースにおいて「カルボキシルエステラーゼ」とアノテーションされているものは,ほぼ例外なくクラスIカルボキシルエステラーゼを指すものである.クラスII酵素は,ヒドロキシニトリルリアーゼと相同性を有するカルボキシルエステラーゼとしてインドジャボクから単離されたポリノイリジンアルデヒド(polyneuridine aldehyde)エステラーゼ(15)15) E. Dogru, H. Warzecha, F. Seibel, S. Haebel, F. Lottspeich & J. Stöckigt: Eur. J. Biochem., 267, 1397 (2000).と配列の特徴を共有するものであり,これ以外にもサリチル酸メチル(methyl salicylate)エステラーゼ(16)16) F. Forouhar, Y. Yang, D. Kumar, Y. Chen, E. Fridman, S. W. Park, Y. Chiang, T. B. Acton, G. T. Montelione, E. Pichersky et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 1773 (2005).やジャスモン酸メチル(methyl jasmonate)エステラーゼ(17)17) C. Stuhlfelder, M. J. Mueller & H. Warzecha: Eur. J. Biochem., 271, 2976 (2004).がクラスII酵素に分類される.クラスIII酵素はα/β-加水分解酵素とは系統的に無関係であり,GDS加水分解酵素ファミリー(GDSLリパーゼ/エステラーゼファミリー)に属する.代表的なものにはシナピン(sinapine)エステラーゼ(18)18) K. Clauß, A. Baumert, M. Nimtz, C. Milkowski & D. Strack: Plant J., 53, 802 (2008).やアセチルアジマラン(acetylajmalan)エステラーゼ(19)19) M. Ruppert, J. Woll, A. Giritch, E. Genady, X. Ma & J. Stöckigt: Planta, 222, 888 (2005).といった二次代謝酵素がある.

Pos変換酵素はクラスIカルボキシルエステラーゼに属することが示された(11)11) T. Nomura, T. Murase, S. Ogita & Y. Kato: Plant J., 83, 252 (2015)..実は,クラスI酵素についてこれまで報告されている酵素活性の大半は,p-ニトロフェニルエステルや4-メチルウンベリフェリルエステルなどの人工基質を用いて検出されたものであり,クラスI酵素のなかで本来の機能が明らかにされている(内生基質がわかっている)ものはほとんどない.PosA変換酵素の発表当時,内生基質がわかっているクラスI酵素としては,カンゾウとダイズにおいて同定された2-ヒドロキシイソフラバノン脱水酵素(20)20) T. Akashi, T. Aoki & S. Ayabe: Plant Physiol., 137, 882 (2005).があるのみであった.ただし,この酵素は触媒残基のセリンがトレオニンに置換されており,触媒する反応もカルボン酸エステルの加水分解ではなく,基質分子からの水の1,2-脱離反応である.ごく最近,ケシのアルカロイドであるノスカピン(noscapine)の生合成酵素として3-O-アセチルパパベロキシン(acetylpapaveroxine)カルボキシルエステラーゼが同定された(21)21) T.-T. T. Dang, X. Chen & P. J. Facchini: Nat. Chem. Biol., 11, 104 (2015)..この酵素は基質3-O-アセチルパパベロキシンの脱アセチル化を触媒する酵素であり,これは筆者らが知る限り,カルボン酸エステルの加水分解を触媒し,なおかつその内生基質が同定されたクラスIカルボキシルエステラーゼとして初の例である.

このように,機能が同定されているクラスIカルボキシルエステラーゼはまだ少ないのが現状ではあるが,クラスIカルボキシルエステラーゼには,カルボン酸エステルの加水分解にかかわるものと,それ以外の機能を有するものが存在することがわかってきた.筆者らは,クラスIカルボキシルエステラーゼをさらに,エステル加水分解型(ester-hydrolyzing Class I carboxylesterase)と非エステル加水分解型(non-ester-hydrolyzing Class I carboxylesterase)のサブクラスに分類することを提案している(11)11) T. Nomura, T. Murase, S. Ogita & Y. Kato: Plant J., 83, 252 (2015)..これら両者の反応機構を結晶構造の観点から比較していくことも,クラスIカルボキシルエステラーゼの機能分化の決定要因を解明するうえで重要である.エステル加水分解型酵素ではこれまで唯一,キウイフルーツ由来の酵素の結晶構造が報告されている(22)22) N. R. Ileperuma, S. D. G. Marchall, C. J. Squire, H. M. Baker, J. G. Oakeshott, R. J. Russell, K. M. Plummer, R. D. Newcomb & E. N. Baker: Biochemistry, 46, 1851 (2007)..このものも内生基質はわかっておらず,酵素活性は人工基質を用いて評価されているが,先述した加水分解反応の反応機構の実証の観点からは意義のあるものである.筆者らは現在,Pos変換酵素の結晶化実験を共同研究者とともに進めている.これによって,本酵素が触媒する分子内エステル転移反応の分子機構が明らかになると同時に,エステル加水分解型と非エステル加水分解型のクラスIカルボキシルエステラーゼの機能分化を決定づける構造要因に迫ることができるものと期待している.

クラスIおよびクラスIIカルボキシルエステラーゼが属しているα/β-加水分解酵素スーパーファミリーには,興味深いことに,植物ホルモンなどの低分子シグナル物質の受容にかかわるタンパク質も含まれている.ジベレリン受容体であるGID1はクラスIカルボキシルエステラーゼ様タンパク質であり,このものは触媒3残基中のヒスチジンがバリンに置換されたことで触媒能を失い,受容体タンパク質として機能するように進化したものと考えられている(23, 24)23) M. Ueguchi-Tanaka, M. Ashikari, M. Nakajima, H. Itoh, E. Katoh, M. Kobayashi, T.-y. Chow, Y.-C. Hsing, H. Kitano, I. Yamaguchi et al.: Nature, 437, 693 (2005).24) A. Shimada, M. Ueguchi-Tanaka, T. Nakatsu, M. Nakajima, Y. Naoe, H. Ohmiya, H. Kato & M. Matsuoka: Nature, 456, 520 (2008)..ストリゴラクトンの受容にかかわるD14(DAD2)タンパク質(25, 26)25) T. Arite, M. Umehara, S. Ishikawa, A. Hanada, M. Maekawa, S. Yamaguchi & J. Kyozuka: Plant Cell Physiol., 50, 1416 (2009).26) C. Hamiaux, R. S. M. Drummond, B. J. Janssen, S. E. Ledger, J. M. Cooney, R. D. Newcomb & K. C. Snowden: Curr. Biol., 22, 2032 (2012).や,植物が燃えたときに出る煙のなかから種子発芽促進物質として単離されたカリキンの受容にかかわるKAI2タンパク質(27)27) Y. Guo, Z. Zeng, J. J. La Clair, J. Chory & J. P. Noel: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 8284 (2013).はGID1とは異なり,リガンドの受容体として機能しつつ,結合したリガンドの加水分解を触媒する活性を保持していることがわかってきた(28)28) 中村英光,宮川拓也,田之倉 優,浅見忠男:化学と生物,53, 171 (2015)..GID1, D14, KAI2タンパク質や,クラスIIカルボキシルエステラーゼの一つであるサリチル酸メチルエステラーゼについては結晶構造が明らかにされていることから,今後,未知の点の多いクラスIカルボキシルエステラーゼの機能解明と結晶構造解析が進めば,α/β-加水分解酵素スーパーファミリーに属するカルボキシルエステラーゼおよび関連タンパク質の機能分化がどういった構造要因に依拠しているのかが明らかになってくるかもしれない.さらに,植物二次代謝系におけるクラスI, II, IIIカルボキシルエステラーゼの使い分けがどのようになされているのか,といった命題に対する答えを見いだしていくことも今後の課題であろう.

ポストインヒビチンの酵素依存的活性化

植物が生産する低分子抗菌性物質は大きくはファイトアレキシンとファイトアンティシピンに分けられる.前者は「微生物との接触後に植物において合成・蓄積されるもの」,後者は「微生物との接触以前に植物に存在するもの,および微生物の感染の後にもともと存在している化合物から生成するもの」と定義される(29)29) 日本農薬学会(編):“次世代の農薬開発—ニューナノテクノロジーによる探索と創製—”,ソフトサイエンス社,2003, p. 9..ファイトアンティシピンはさらにプロヒビチン,インヒビチン,ポストインヒビチンの3群に分けられる.プロヒビチンは「感染前に植物体に存在して抗菌力のある濃度で存在する抗菌性物質」,インヒビチンは「感染前に存在するが感染後に抗菌性を示す濃度に増加する抗菌性物質」,ポストインヒビチンは「感染前に配糖体などとして抗菌活性を示さない状態の化合物が,感染後に化学変化を起こして活性を示す形になる抗菌性物質」である(30)30) 眞山滋志,難波成任編:“植物病理学”,文永堂出版,2010, p. 215.

この定義に従えば,Pos/Pa類はチューリップのポストインヒビチンということになる.Pos変換酵素と基質の6-Pos類は,健常植物体の全組織において構成的に発現/存在しているが,Pos変換酵素によって仲介されるPos/Pa変換系は細胞レベルでどのように調節されているのであろうか.それを調べるために,先述したPos変換酵素のN末端に見いだされた輸送ペプチドの機能解析を行ったところ,Pos変換酵素は細胞内ではプラスチドに局在していることがわかった(4, 11)4) T. Nomura, S. Ogita & Y. Kato: Plant Physiol., 159, 565 (2012).11) T. Nomura, T. Murase, S. Ogita & Y. Kato: Plant J., 83, 252 (2015)..基質である6-Pos類の細胞内局在部位についてはまだ実験的な証明に至っていないが,6-Pos類が水溶性の高いグルコースエステルであること,冒頭で述べたように中性以上のpHでは非酵素的にPa類へと変換されること,酸性条件下で安定であること,などの理由から6-Pos類は多くの配糖体と同様に液胞内に貯蔵されているものと考えられる.すなわち,健常植物体では,6-Pos類とPos変換酵素の細胞内隔離によって6-Pos類の高蓄積を可能としており,病原菌の感染などによる細胞破砕に伴い両者が接触すると,酵素反応によって速やかに抗菌活性物質であるPa類を生成するという防御機構が成立しているものと考えられる(図3図3■酵素(TgTCE)–基質(6-Pos)の隔離およびPa生成の細胞機構モデル).ただし,花粉の液胞は葯室内での花粉の成熟過程で消失することが知られており(31)31) E. Pacini, C. Jacquard & C. Clément: Planta, 234, 217 (2011).,花粉においてはこの機構をそのまま当てはめることはできない.PosB変換酵素は花粉から単離精製されたものであり,実際に本酵素に対する抗体を用いた免疫染色でも,花粉内のプラスチドに局在していることが確認された(11)11) T. Nomura, T. Murase, S. Ogita & Y. Kato: Plant J., 83, 252 (2015)..一方,基質である6-PosBは予想どおり花粉内部には見られなかったが,意外なことに,花粉表層に蓄積していることがわかった(11)11) T. Nomura, T. Murase, S. Ogita & Y. Kato: Plant J., 83, 252 (2015)..すなわち,花粉ではプラスチド–液胞間に代わって,プラスチド–花粉表層間での酵素–基質の隔離が成立しており,チューリップ花粉のユニークな化学防御機構の存在が示唆された.また,PosA変換酵素およびPosB変換酵素にはそれぞれ複数のアイソザイムが存在しており,アイソザイムによって主たる発現組織が異なることもわかってきた(4, 11, 32)4) T. Nomura, S. Ogita & Y. Kato: Plant Physiol., 159, 565 (2012).11) T. Nomura, T. Murase, S. Ogita & Y. Kato: Plant J., 83, 252 (2015).32) T. Nomura, A. Tsuchigami, S. Ogita & Y. Kato: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 1042 (2013)..組織によるアイソザイムの使い分けにどのような理由があるのか現時点ではわかっていないが,クロロプラストやアミロプラストなど,組織によって分化形態が異なるプラスチドの特性に応じて最適なアイソザイムを配備するように発現調節がなされているのかもしれない.

図3■酵素(TgTCE)–基質(6-Pos)の隔離およびPa生成の細胞機構モデル

ポストインヒビチンの活性発現にかかわる酵素変換系としては,専らグリコシダーゼによるグリコシド–アグリコン変換系が研究されているが,エステル/カルボン酸変換系も植物における生物活性物質の活性発現調節において重要な役割を果たしていること(13)13) M. C. Gershater & R. Edwards: Plant Sci., 173, 579 (2007).はもっと注目されていいように思う.本稿で紹介したグルコースエステル(Pos)/ラクトン(Pa)変換系はその派生型と見ることができる.エステル/カルボン酸変換系にかかわる酵素の同定は,ポストインヒビチンによる植物の化学防御機構の理解に加え,不明な点の多い植物カルボキシルエステラーゼの機能解明にも資するものである.

おわりに

昨今,次世代シーケンサーによる大規模遺伝子配列データの取得,解析が身近なものとなり,特に,RNA-seqとインフォマティクス解析から候補遺伝子をピックアップし,目的とする二次代謝生合成遺伝子の同定に至る研究例が多く見られる.候補遺伝子をピックアップする際の重要な指標の一つは各配列に付けられたアノテーションであるので,目的酵素がどのようなファミリーに属するのかを予見できる場合には,こういった配列解析をベースとした方法論は有効であろう.では,それを予見できない場合にはどうだろうか.本稿で紹介したPos変換酵素が触媒する反応を見て,これを「カルボキシルエステラーゼ」による反応であると推定するのは容易なことではない.推定できたとしても,先述したどのクラスのカルボキシルエステラーゼに候補を絞れば良いのかがわからない.当初,筆者らはアシル基転移酵素の可能性も考えていた.

Pos変換酵素の同定は植物体からの天然型酵素の精製によって初めて達成されたものであり,これは,in silicoでの目的酵素遺伝子の推測が困難な場合には,酵素精製が今でもなお新規酵素の同定に威力を発揮することを示す好例である.本酵素に関する論文(11)11) T. Nomura, T. Murase, S. Ogita & Y. Kato: Plant J., 83, 252 (2015).の査読者の一人は酵素精製ベースの手法を指して,「now rarely used “classical” approach」と表現したが,この“古典的”方法論から得られる情報は,酵素遺伝子のクローニングをはじめ,その後の実験を進めるうえで非常に有益である.たとえば,N末端の輸送ペプチドの有無およびその切断部位や,糖鎖付加などの翻訳後修飾の有無も実験的に証明することができる.こういった情報はオンラインツールを用いて推定することはできるが,その精度は決して十分とは言えず,天然型酵素の解析に基づくデータに勝るものはない.酵素遺伝子を異種発現させる際にも成熟ポリペプチド領域を発現させることでその成功率は高くなる.さらに,組換え酵素の諸性質が天然型酵素のものを再現できているのかどうか,組換え酵素が複数のオリゴマーとして発現した際に本来の構造はどれなのかなど,天然型酵素の情報がない場合には,判断は非常に難しいものとなる.ただし,天然型酵素の精製からのアプローチも万能ではなく,たとえば対象が膜酵素の場合にはそれがいかに困難かは多くの読者がご存じのとおりである.しかし,真に新規(新奇)の酵素の発見は,ホモロジーベース(あるいはアノテーションベース)のアプローチからは生まれにくいのも事実であろう.本稿で紹介した加水分解反応「非」触媒型カルボキシルエステラーゼは,6-Pos類からPa類への変換反応をつかさどる酵素の実体を探る過程で思いがけず発見されたわけだが,これ以外にもたとえば,ピレスリンのエステル結合生成にかかわるアシル基転移反応を触媒するGDSLリパーゼ/エステラーゼファミリー酵素(33, 34)33) Y. Kikuta, H. Ueda, M. Takahashi, T. Mitsumori, G. Yamada, K. Sakamori, K. Takeda, S. Furutani, K. Nakayama, Y. Katsuda et al.: Plant J., 71, 183 (2012).34) 松田一彦:化学と生物,51, 70 (2013).や,アントシアニンのグルコシル基転移反応を触媒するグリコシド加水分解酵素ファミリー酵素(35)35) Y. Matsuba, N. Sasaki, M. Tera, M. Okamura, Y. Abe, E. Okamoto, H. Nakamura, H. Funabashi, M. Takatsu, M. Saito et al.: Plant Cell, 22, 3374 (2010).などは,いずれも天然型酵素の精製を経て同定された「天の邪鬼」な酵素である.筆者らは現在,Pos生合成経路の解明に取り組んでいるが,その過程でも“古典的”な手法による“偶然”の発見に再び巡り合えることを期待している.

Acknowledgments

共同研究者である荻田信二郎先生(現 県立広島大学教授)に心より感謝いたします.本稿で紹介した研究は,JSPS科研費「若手研究(B)」(23780120, 26850072)の助成を受けて行われました.

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