Kagaku to Seibutsu 54(11): 812-819 (2016)
解説
微生物が能動的に産生するメンブランベシクルの生合成と機能
Biogenesis and Functions of Membrane Vesicles Actively Produced by Microbes
Published: 2016-10-20
細菌が産生するメンブランベシクル(membrane vesicle: MV)は20~400 nmの球状構造体であり,さまざまな物質の“運び屋”として機能する.MVはクォラムセンシングや遺伝子の水平伝播といった細菌間相互作用のみならず宿主細胞への毒素の輸送や免疫調節といった細菌–宿主間相互作用にも関与する.MVはグラム陰性,陽性および病原性,常在細菌にかかわらず産生されており,細菌において普遍的かつ不可欠な機能であると推測される.さらにMVは細菌が能動的に産生していることも示されつつある.本総説では能動的に産生されるMVの生合成機構や機能,特に細胞間情報伝達について近年の研究進展を紹介する.
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
メンブランベシクル(membrane vesicle,以下MV)とは脂質二重膜から構成される小胞のことを指し,20~400 nmの球状の構造体であり,さまざまな細菌が放出する(1, 2)1) C. Schwechheimer & M. J. Kuehn: Nat. Rev. Microbiol., 13, 605 (2015).2) L. Brown, J. M. Wolf, R. Prados-Rosales & A. Casadevall: Nat. Rev. Microbiol., 13, 620 (2015)..MVは微生物の最外層やタンパク質,核酸,シグナル物質などを含み,このような多様な構成成分の「運び屋」として機能しており,細菌の病原性や耐性そして生物間相互作用に寄与すると考えられている(3)3) M. Toyofuku, Y. Tashiro, Y. Hasegawa, M. Kurosawa & N. Nomura: Adv. Colloid Interface Sci., 226(Pt A), 65 (2015)..MVの脂質二重膜は細菌を構成する最外層,つまり生体膜から構成される.グラム陰性細菌は外膜と内膜から構成され,そのMVは外膜由来であると考えられており,outer membrane vesicle(OMV)と呼ばれることが多い.MVはグラム陰性細菌のみならず,最外層が厚く固い細胞壁で包まれたグラム陽性細菌においてもその産生が認められている(図1A, B図1■微生物が産生するメンブランベシクル).各種の細菌が形成するMVの大きさを測定すると,最頻サイズはおよそ100 nm前後であるが,各細菌によって多少の大きさの違いが認められる(図1C図1■微生物が産生するメンブランベシクル).また,産生する細菌種によってサイズの一様なMVを産生する場合と,異なったサイズの集団のMVを産生する場合がある.各サイズのMVは,含有する構成物の組成の違いを反映するという報告があり(4)4) T. Aldick, M. Bielaszewska, B. E. Uhlin, H. U. Humpf, S. N. Wai & H. Karch: Mol. Microbiol., 71, 1496 (2009).,MVのサイズの違いは細菌の種類やMVが産生される環境に依存すると考えられる.MVは生体膜由来であることから,膜タンパク質やリポ多糖(LPS),ペプチドグリカン(PG)といった細菌の最外層構造も含有する.MVが生体膜由来であることは種々の解析からも明らかである一方,Pseudomonas aeruginosaではそのリン脂質や脂肪酸の組成がMVと外膜で異なる.P. aeruginosaを含む多くのグラム陰性細菌ではフォスファチジルエタノールアミン(PE)が主要なリン脂質であるが,P. aeruginosa MVの主要なリン脂質はフォスファチジルグリセロールであることが示されている(5)5) Y. Tashiro, A. Inagaki, M. Shimizu, S. Ichikawa, N. Takaya, T. Nakajima-Kambe, H. Uchiyama & N. Nomura: Biosci. Biotechnol. Biochem., 75, 605 (2011)..さらにMVには飽和脂肪酸が外膜と比較して豊富に含まれており,MVの膜流動性は細胞のそれよりも低いと予想される.種々の細菌でMVと生体膜における脂質の組成が異なることが示されているが,Escherichia coliやインフルエンザ菌ではMVと生体膜間の組成は似ており(6)6) S. Roier, F. G. Zingl, F. Cakar, S. Durakovic, P. Kohl, T. O. Eichmann, L. Klug, B. Gadermaier, K. Weinzerl, R. Prassl et al.: Nat. Commun., 7, 10515 (2016).,MVを構成する脂質の組成は種や株によって異なると考えられる.さまざまな細菌種においてMVのプロテオームが解析されており,その多くは膜タンパク質であるが,MVにはシグナル配列を含まない細胞質タンパク質も多く含まれている.多くの微生物においてもシグナル配列のないタンパク質が細胞外より検出されることが知られており(7)7) H. Tjalsma, H. Antelmann, J. D. H. Jongbloed, P. G. Braun, E. Darmon, R. Dorenbos, J.-Y. F. Dubois, H. Westers, G. Zanen, W. J. Quax et al.: Microbiol. Mol. Biol. Rev., 68, 207 (2004).,これらのタンパク質はMV産生中にMV中に局在することによって細胞外へ分泌されている可能性がある.一方で,MVに含まれるタンパク質は細菌の周囲の環境によって大きく変化していることが示されている.P. aeruginosaはバイオフィルム中でも多くのMVを産生しており,バイオフィルム中で産生されるMVと浮遊状態で産生されるMVではタンパク質の組成が大きく異なる(8)8) M. Toyofuku, B. Roschitzki, K. Riedel & L. Eberl: J. Proteome Res., 11, 4906 (2012)..つまり,MVが産生される環境条件がMVによって分泌されるタンパク質を決定していると予測される.MVへのタンパク質移行の詳細な機構は不明な点が多いままであるが,以上のことからMVは細胞質タンパク質を細胞外に特異的に分泌する機構の一つと言える.さらにMVはDNAやRNAといった核酸も豊富に含んでおり,遺伝子の水平伝播に関与する.近年ではMVの機能解析の一つとして,次世代シーケンサーを用いたDNAおよびRNA seqによる網羅的解析の例も多い(9)9) A. E. Sjostrom, L. Sandblad, B. E. Uhlin & S. N. Wai: Sci. Rep., 5, 15329 (2015)..特にMVに含まれるRNAは,「MVを産生した細胞」の生理状態を示していると考えられ(10)10) L. Turnbull, M. Toyofuku, A. L. Hynen, M. Kurosawa, G. Pessi, N. K. Petty, S. R. Osvath, G. Cárcamo-Oyarce, E. S. Gloag, R. Shimoni et al.: Nat. Commun., 7, 11220 (2016).,MVの生合成機構や機能を解析するために重要な手掛かりとなる可能性がある.今後どのような機構によって細胞内の物質(核酸・タンパク質・シグナル物質などを含む代謝物質)がMVに含まれていくのか,そしてそれらのMVがどのようにして細胞外へ放出されるかが明らかになることによって,MVを用いた物質運搬やドラッグデリバリーなどの応用技術の構築に寄与することが期待される.
上述のようにMVはさまざまな物質を含有することから,細菌生態や細菌を取り巻く生命ネットワークに多大な影響を与えていると認知されつつある.近年MV生合成の分子メカニズムや制御機構に関する知見が数多く報告されている.ここでは主にグラム陰性細菌のMV形成を誘導する推定因子に言及し,さらに近年当研究グループの解析において明らかとなってきた新奇MV形成メカニズム研究についても紹介する.
MV産生はさまざまな因子によって制御されており,主にグラム陰性細菌で外膜の小胞化を誘導する環境因子や遺伝子が同定され,現在までに複数のMV形成モデルが提唱されている(図2図2■グラム陰性細菌におけるMV形成誘導モデル).まず,MV形成を誘導する因子として,外膜内膜間結合の消失がある(図2A図2■グラム陰性細菌におけるMV形成誘導モデル).MV産生のモデル細菌であるE. coliやP. aeruginosaで外膜内膜の結合にかかわるリポタンパク質や外膜タンパク質の欠損株ではMV高生産性を示すことが報告されている.また,外膜内膜間を架橋するPGの消失によってもMV形成が誘導されることが報告されており,外膜が剥がれることでMV形成が起きている可能性が考えられる.外膜の湾曲化をもたらす因子もMV形成にかかわるとされる(図2B図2■グラム陰性細菌におけるMV形成誘導モデル).グラム陰性細菌の外膜外部に存在するリポ多糖(LPS)の一種は負の電荷を帯びており,この負電荷がLPS間の反発力を生むことで膜が湾曲してMVが形成されるモデルが提唱されている.また,現在研究が進んでいる形成因子として,P. aeruginosaが生産するシグナル物質の一つ,Pseudomonas quinolone signal(PQS)がある.このPQSは外膜のLPSと結合し,LPS間の反発力を高めることによって膜の湾曲化に伴うMV形成を誘導するとされている(11)11) J. W. Schertzer & M. Whiteley: MBio, 3, e00297-11 (2012)..当研究室の研究においてはPQSがP. aeruginosaのみならずほかのグラム陰性細菌のMV形成も誘導することを明らかにしている(12)12) Y. Tashiro, S. Ichikawa, T. Nakajima-Kambe, H. Uchiyama & N. Nomura: Microbes Environ., 25, 120 (2010)..しかしながら,PQS生産は種特異的な現象であり,MV産生の高い遍在性を考えると複数のMV形成機構が存在することが予想される.また,ペリプラズム(外膜と内膜の間の空間)におけるPG(細胞壁成分の一つ)やミスフォールドタンパク質の蓄積もMV形成誘導因子とされている(図2C図2■グラム陰性細菌におけるMV形成誘導モデル).その場合,ペリプラズム内の膨圧の上昇に伴い外膜が膨らむことでMV形成が引き起こされるモデルが提唱されている.これら推定要因以外にもMV形成を誘導する要因として膜タンパク質構造の関与や膜の局所的な流動性の違い,また,近年では鞭毛遺伝子などのMV形成への関与が示唆されている.また,MV形成はさまざまな環境(外的)ストレスによっても誘導されることが多々報告されている.たとえば,ゲンタマイシンなどの抗生物質によるMV形成や酸化ストレス,熱ストレス,浸透圧ストレスもMV形成を誘導する要因であることが示されている.上述の複数のMV形成モデルでは外膜がたわむことによってMVが形成されることが提唱されているが,その形成過程をリアルタイムで観察した例はなく,実際にMV形成が膜のたわみによるものなのかどうかを検証することが今後の課題であると考えられる.さらに,これらMV形成メカニズムに関する研究はグラム陰性細菌で主に行われており,グラム陽性細菌のMV形成メカニズムに関する知見は乏しい.MV生産はさまざまな細菌で見られる遍在的な挙動であることが認知されてきている一方で,細菌共通のMV形成経路およびその制御機構は明らかとなっていない.
当研究室では近年,MVのモデル細菌であるP. aeruginosaにおいてDNAダメージが引き金となりMV産生が誘導される新奇のMV形成機構の存在を明らかにした(13)13) M. Toyofuku, S. Zhou, I. Sawada, N. Takaya, H. Uchiyama & N. Nomura: Environ. Microbiol., 16, 2927 (2014)..特に脱窒環境下では,脱窒過程で生成された一酸化窒素がDNAダメージを引き起こし,DNA損傷の修復機構であるSOS応答を介してMV形成が誘導される.加えて,興味深いことにpyocin生産がMV形成にかかわることも明らかにした.PyocinはP. aeruginosaが生産するバクテリオシンの一種であり,生産菌自身とは異なる系統のP. aeruginosaに対する抗菌活性を有する.このpyocinの生産はSOS応答の制御下にあり,DNAダメージによって発現誘導される.Pyocin生産遺伝子を欠損させると,嫌気条件下におけるMV生産量は著しく低下することが示された.嫌気条件下ではPQSが生産されないこと,またpyocin生産遺伝子欠損によるMV生産低下は好気条件下では見られなかったことから,P. aeruginosaが条件によって異なるMV形成機構をもつことを示している.では,pyocin生産を介したMV形成はどのように起きているのだろうか.SOS応答によって制御されるpyocin生産関連遺伝子は複数あり,pyocinの構造を構成するタンパク質をコードする遺伝子とpyocinを菌体外へ放出するための溶菌にかかわるタンパク質をコードする遺伝子に大別される.各々の遺伝子欠損株のMV生産を比較したところ,溶菌にかかわる遺伝子の欠損株でのみMV生産量の低下が見られた.このことから,pyocinの構造そのものではなく,放出のための溶菌機構がMV形成に重要であることが明らかとなった.この溶菌にかかわるタンパク質は,P. aeruginosaのみならず,さまざまな細菌においてバクテリオファージやファージ様構造体の放出機構として幅広く保存されている.つまり,当該MV形成機構は細菌共通のMV形成機構である可能性も考えられ,現在その普遍性についても解析を進めている.
P. aeruginosaにおけるDNAストレスに応答したMV形成の一連の制御経路が明らかとなったが,溶菌時にどのようにMVが形成されているのだろうか.それに関して,共同研究者らの超高解像顕微鏡を用いた生細胞イメージング解析により,溶菌した細胞から形成された膜断片が短時間のうちに小胞化する様子が観察され,われわれはこの現象を「Explosive Cell Lysis(ECL)」と名づけた(10)10) L. Turnbull, M. Toyofuku, A. L. Hynen, M. Kurosawa, G. Pessi, N. K. Petty, S. R. Osvath, G. Cárcamo-Oyarce, E. S. Gloag, R. Shimoni et al.: Nat. Commun., 7, 11220 (2016).(図3図3■Explosive cell lysisによってMVが産生される).これまで,MVは溶菌の末に形成された単なる残渣ではないとされてきたが,上述の結果より溶菌もポジティブなMV形成誘導因子であることが明らかとなった.さらに本研究では,溶菌によってバイオフィルム高次構造形成に必要な細胞外マトリクスの一つである細胞外DNAの放出も確認でき,このECLがMV形成のみならずバイオフィルム形成においても重要であることを明らかにした.興味深いことに低ストレス環境下において細菌集団中の一部がECL誘導遺伝子を強く発現していることも観察されている.つまり,低ストレス環境においては一部の細菌が溶菌してMV形成や細胞外DNA放出を能動的に行うことで,集団(バイオフィルム)としての相互作用や環境適応を促進していると考えられる.MV形成の詳細な分子メカニズムや制御機構が明らかになることで,細菌生態におけるMVの機能の詳細も明らかになると同時に,遺伝子工学的なアプローチによってMV形成の人工的な制御が可能となることが期待される.
MVの微生物間相互作用への関与は,人工的に抗生物質をMVに取り込ませた系で最初に確かめられた(14)14) J. L. Kadurugamuwa & T. J. Beveridge: J. Bacteriol., 178, 2767 (1996)..それ以来,MVが生物学的に重要な役割を果たすことが明らかとなってきている.MVを介した微生物間相互作用には,遺伝子の水平伝播,栄養素の供給,細胞間シグナル伝達の協調的作用や細菌を溶菌させる競合的作用などが挙げられる(3, 15)3) M. Toyofuku, Y. Tashiro, Y. Hasegawa, M. Kurosawa & N. Nomura: Adv. Colloid Interface Sci., 226(Pt A), 65 (2015).15) Y. Tashiro, H. Uchiyama & N. Nomura: Environ. Microbiol., 14, 1349 (2012)..これらはいずれもMVを介さずに起こりうるが,MVを介すことで以下のような特性が付与される.疎水性の物質の拡散性向上,内容物の濃縮,内容物の分解などからの保護,同時に異なる内容物を運搬することによる受容細胞に対する相乗効果,さらには,MVの細胞付着性の違いが細胞選択性を付与する可能性がある.こうしたMVによる微生物間相互作用の特徴を踏まえ,比較的研究が進んでいるP. aeruginosのMVを介したシグナル伝達を紹介する.P. aeruginosaは細胞間で少なくとも3種類のシグナル物質を介して細菌間コミュニケーションを行い,そのうちのキノロン系シグナル物質PQSは疎水性が高い.そこで,どのようにして細胞間で伝達されるかが疑問であったが,MVによって伝達されることが明らかとなった(16)16) L. M. Mashburn & M. Whiteley: Nature, 437, 422 (2005)..PQSの伝達性はMVの細胞への付着性に依存するため,性質の異なるMVによってシグナル伝達性に差異が生じる(17)17) Y. Tashiro, S. Ichikawa, M. Shimizu, M. Toyofuku, N. Takaya, T. Nakajima-Kambe, H. Uchiyama & N. Nomura: Appl. Environ. Microbiol., 76, 3732 (2010)..MVによってPQSが運搬されるためには両者の生産のタイミングが重要となってくるが,前述のとおりPQS自身がMV形成を誘導する(16)16) L. M. Mashburn & M. Whiteley: Nature, 437, 422 (2005)..PQSはその疎水性の高さゆえ,膜に挿入され,PQSが挿入された膜がたわむことで,MVが形成されると考えられている(11)11) J. W. Schertzer & M. Whiteley: MBio, 3, e00297-11 (2012)..PQSが物理的にMV形成を誘導することはP. aeruginosa以外の細菌のMV形成を誘導することで確かめられている(17)17) Y. Tashiro, S. Ichikawa, M. Shimizu, M. Toyofuku, N. Takaya, T. Nakajima-Kambe, H. Uchiyama & N. Nomura: Appl. Environ. Microbiol., 76, 3732 (2010)..しかしながら,PQSには溶菌活性も示されており(18, 19)18) S. Haussler & T. Becker: PLoS Pathog., 4, e1000166 (2008).19) Y. Tashiro, M. Toyofuku, T. Nakajima-Kambe, H. Uchiyama & N. Nomura: FEMS Microbiol. Lett., 304, 123 (2010).,PQSによるMV形成が本当に膜のたわみによるものか,われわれが提唱したような溶菌によるものか(10)10) L. Turnbull, M. Toyofuku, A. L. Hynen, M. Kurosawa, G. Pessi, N. K. Petty, S. R. Osvath, G. Cárcamo-Oyarce, E. S. Gloag, R. Shimoni et al.: Nat. Commun., 7, 11220 (2016).,今後詳細な検討が必要である.いずれにしろ,拡散性の低いPQSがMVによって運搬されることで,細胞間で伝達され,生物学的に活性をもつことを強調しておきたい.ところで,PQSのようなシグナル物質は,その細胞内濃度が閾値に達することで遺伝子発現制御を行うことから,クォラムセンシング(QS)シグナルとも呼ばれる(20)20) E. C. Pesci, J. B. Milbank, J. P. Pearson, S. McKnight, A. S. Kende, E. P. Greenberg & B. H. Iglewski: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 11229 (1999)..試験管などの閉鎖系においては,PQS濃度が閾値に達することは比較的容易であるのに対し,実環境中などの開放系においてPQSは希釈され,局所的に蓄積する微小環境が形成されない限りは,閾値に達することは難しいと考えられる.実証はされていないものの,MVにPQSが含まれることで,PQSが濃縮された微小環境が形成され,MVを受け取った細胞はシグナル濃度が閾値に達しやすいことが推察される.実環境中でのシグナル伝達を考えた場合には,MVを介したシグナル伝達は効率的なシステムであるのかもしれない.
MVの機能を解明する過程で鍵となるのはMVの動態に加えて,その中身である.興味深いことに,多くの細菌で共通してMVにDNAが含まれている(1, 2)1) C. Schwechheimer & M. J. Kuehn: Nat. Rev. Microbiol., 13, 605 (2015).2) L. Brown, J. M. Wolf, R. Prados-Rosales & A. Casadevall: Nat. Rev. Microbiol., 13, 620 (2015)..MVに包まれたDNAはDNaseによる分解を逃れるため,MVは実環境中での遺伝子プールとして大きな役割を果たしていることが予測される.また,MVを介した遺伝子の水平伝播は同種・異種間ともに報告されている(21)21) S. Fulsundar, K. Harms, G. E. Flaten, P. J. Johnsen, B. A. Chopade & K. M. Nielsen: Appl. Environ. Microbiol., 80, 3469 (2014)..海洋中から単離されたMVもDNAを含んでいることから(22)22) S. J. Biller, F. Schubotz, S. E. Roggensack, A. W. Thompson, R. E. Summons & S. W. Chisholm: Science, 343, 183 (2014).,今後その動態を解析することは興味深く,MVが実環境中での遺伝子水平伝播にどれほど寄与しているのか,その解析が待たれる.これまでに,多くの細菌においてMVにDNAが含まれることが報告されているにもかかわらず,どのようにしてMVに包括されるのかは解明されていなかった(23)23) M. Renelli, V. Matias, R. Y. Lo & T. J. Beveridge: Microbiology, 150, 2161 (2004)..MVは外膜が出芽するような形で形成されると考えられており,そうした場合,グラム陰性細菌の細胞質内物質は内膜を超えない限りはMVにDNAが包括されない.この疑問に対して,前述で詳細を示したとおり,われわれの提唱する溶菌モデルが一定の答えを与えるものと考えている(10)10) L. Turnbull, M. Toyofuku, A. L. Hynen, M. Kurosawa, G. Pessi, N. K. Petty, S. R. Osvath, G. Cárcamo-Oyarce, E. S. Gloag, R. Shimoni et al.: Nat. Commun., 7, 11220 (2016)..このECLによる細胞死の巧みなところは,同種集団中の一部の細胞でのみ誘導される点であり,生存した細胞はMVを利用できる.細菌集団における一部の細胞死の意義はまだあまりわかっていないが,細胞間相互作用においても重要な役割を果たしていることが示唆される.このように,MV形成メカニズムが明らかになることで,細胞間相互作用研究の新たな展開が拓きつつある.
MVによる微生物間相互作用の状況証拠が積み重なっていくなかで,今後解明すべき大きな課題となるのが,放出されたMVの細胞選択性とMVがどのようにしてその中身を受容菌に受け渡しているか,である.さらに,グラム陽性菌の場合は厚い細胞壁に覆われており,グラム陰性菌の場合は内膜が存在するため,MVの中身が細胞質内に到達するにはいくつかの障壁がある.われわれはMVをトラッキングするための技術を構築することで,MVが細胞に付着したあとに起こる現象の解明を目指している.MVの内容物の受け渡しを理解することで,MVを介した微生物間相互作用の全貌が明らかとなってくるだろう.
病原細菌が産生するMVにはしばしば特定の病原因子が濃縮されている場合があり,MV産生者である細菌の病原性と深く関連があることが示唆されている.たとえば歯周病菌Porphyromonas gingivalisのMVには病原因子であるgingipainやLPSが含まれており,上皮細胞の剥離や免疫反応に関与することが明らかとなっている(24)24) R. Nakao, S. Takashiba, S. Kosono, M. Yoshida, H. Watanabe, M. Ohnishi & H. Senpuku: Microbes Infect., 16, 6 (2014)..また,多くのMVは非常に安定であり,P. gingivalisやEnteropathogenic Escherichia coli (EPEC)のMVはエンドサイトーシスによって宿主細胞に取り込まれるが,リソソームによって完全に分解されることなく,長時間残存することが可能である(25, 26)25) N. Furuta, K. Tsuda, H. Omori, T. Yoshimori, F. Yoshimura & A. Amano: Infect. Immun., 77, 4187 (2009).26) M. Bielaszewska, C. Rüter, L. Kunsmann, L. Greune, A. Bauwens, W. Zhang, T. Kuczius, K. S. Kim, A. Mellmann, M. A. Schmidt et al.: PLoS Pathog., 9, e1003797 (2013)..さらに,P. aeruginosaやStaphylococcus aureusのMVは宿主細胞と膜融合を介して毒素を運搬する(27, 28)27) J. M. Bomberger, D. P. Maceachran, B. A. Coutermarsh, S. Ye, G. A. O'Toole & B. A. Stanton: PLoS Pathog., 5, e1000382 (2009).28) B. Thay, S. N. Wai & J. Oscarsson: PLoS ONE, 8, e54661 (2013)..このようにMVは産生細菌の病原因子をパッケージして宿主に届けるミサイルのような役割を果たしていると考えられる.一方,MVは産生細菌の防御機構の一つとしても機能する.血清成分や抗生物質,バクテリオファージの多くは細菌の最外層(LPSや膜タンパク質)を認識するが,MVは細菌の最外層からなっており,上述の物質の撒き餌として機能することでMV産生者である細菌を守る働きを果たすと考えられている(1)1) C. Schwechheimer & M. J. Kuehn: Nat. Rev. Microbiol., 13, 605 (2015)..さらに,黄色ブドウ球菌のMVはβ-ラクタマーゼを含み,アンピシリン感受性のグラム陰性菌およびグラム陽性菌に抗生物質耐性を付与することから,薬剤耐性のまん延にも関与すると予想される(29)29) J. Lee, E. Y. Lee, S. H. Kim, D. K. Kim, K. S. Park, K. P. Kim, Y. K. Kim, T. Y. Roh & Y. S. Gho: Antimicrob. Agents Chemother., 57, 2589 (2013)..
MVはLPS, PGやリポタンパク質を含むことから,宿主免疫を調節する活性を有しており,細菌の急性感染や慢性感染に深く関与すると予想されている(30)30) M. Kaparakis-Liaskos & R. L. Ferrero: Nat. Rev. Immunol., 15, 375 (2015)..また,結核菌(Mycobacteria tuberculosis)のMV中にはリポタンパク質であるLpqH, LppX, LprAが濃縮されている(16)16) L. M. Mashburn & M. Whiteley: Nature, 437, 422 (2005)..これらのタンパク質はToll用受容体(TLR)2のリガンドとして働き,樹状細胞やマクロファージにおける抗原提示を阻害することが知られている(17)17) Y. Tashiro, S. Ichikawa, M. Shimizu, M. Toyofuku, N. Takaya, T. Nakajima-Kambe, H. Uchiyama & N. Nomura: Appl. Environ. Microbiol., 76, 3732 (2010)..既存のMV研究では病原性細菌を用いることによって,MVと病原性との関連を解析する報告が多く見受けられた.一方で,実環境中からMVが単離される事実は,病原細菌のみならず環境細菌や常在細菌といったさまざまな細菌がMVを産生する可能性を示している.プロバイオティクスとしても用いられる乳酸菌であるLactobacillus rhamnosusは免疫調節能を有するMVを産生する(31)31) K. Al-Nedawi, M. F. Mian, N. Hossain, K. Karimi, Y.-K. Mao, P. Forsythe, K. K. Min, A. M. Stanisz, W. A. Kunze & J. Bienenstock: FASEB J., 29, 684 (2015)..さらにわれわれは腸内の悪玉菌および食中毒細菌として知られるClostridium perfringensがMVを能動的に産生しており(32)32) R. Nakao, K. Kikushima, H. Higuchi, N. Obana, N. Nomura, D. Bai, M. Ohnishi & H. Senpuku: PLoS ONE, 9, e95137 (2014).,C. perfringensのMVはTLR2シグナリング経路を介して宿主細胞の自然免疫を誘導することが示唆された(未発表データ).つまり,MVは腸管内細菌叢と宿主における相互作用にも関与する可能性があり,今後の研究進展が望まれる.このように免疫原性はMVに普遍的な特性であると考えられ,MVはヒト常在細菌を含む細菌–宿主間相互作用において重要な役割を有していると予想される.MVの免疫原性を利用したワクチン開発も展開されており,実際に欧米では人工的に作成したMVが髄膜炎菌ワクチンとして認証されている(33)33) R. Acevedo, S. Fernández, C. Zayas, A. Acosta, M. E. Sarmiento, V. A. Ferro, E. Rosenqvist, C. Campa, D. Cardoso, L. Garcia et al.: Front. Immunol., 5, 121 (2014)..またMVの鼻腔への免疫によって,全身の粘膜面にMV由来細菌特異的な分泌型IgAの誘導を促進することが示されており,粘膜性免疫においてもMVの利用および展開が期待される(34)34) R. Nakao, H. Hasegawa, K. Ochiai, S. Takashiba, A. Ainai, M. Ohnishi, H. Watanabe & H. Senpuku: PLoS ONE, 6, e26163 (2011)..
MVに関する報告はこの10年足らずで飛躍的に増加しており,MV研究分野は注目を集めつつあるといえる(35)35) J. H. Kim, J. Lee, J. Park & Y. S. Gho: Semin. Cell Dev. Biol., 40, 97 (2015)..また海洋や活性汚泥といった自然環境中からもMVの単離報告があり(22)22) S. J. Biller, F. Schubotz, S. E. Roggensack, A. W. Thompson, R. E. Summons & S. W. Chisholm: Science, 343, 183 (2014).,MV産生は実環境中でも実際に起こりうる現象と考えられる.これまでMV産生は受動的な細胞死や脂質の自己会合などの人為構造に捉えられがちであった.しかしながら,滅菌された細菌細胞からはMVは生産されず,細胞死を含め,能動的な代謝がMVの産生には必須であることが示されている.さらには,われわれを含めた複数の研究者が異なる遺伝子がMV産生に関与することを明らかにしている.つまり,これらの事実は細菌においてMVは能動的に産生され,実際の環境中でさまざまな細胞間相互作用に寄与すること示している(図4図4■MVを介したさまざまな細胞間相互作用のモデル図).これまでにグラム陰性,陽性細菌問わず,MV産生が全くない遺伝子変異株が取得されたという報告がない事実を合わせると,MV産生は細菌にとって不可欠な機能であり,生育環境に応じて複数の遺伝子によって複雑に制御されていることが予測される.MVの応用に向けた研究動向に関してはほかに優れた総説(36)36) 渡部邦彦:化学と生物,54,720(2016).があることからそちらを参照していただきたいが,MVによる細菌間もしくは界を超えた相互作用の機構解明は,腸内細菌の宿主への作用や新しいワクチン開発,ドラッグデリバリーシステムといったさまざまな応用分野への展開が期待できると考えられる.
(a, b)f3D-SIMを用いたExplosive cell lysisおよびそれに伴うMV形成のライブイメージング観察.FM1-43fxによって蛍光染色された脂質膜を白で示す.経過時間を秒(s)で示す.Bar=0.5 µm. (c)mChFP発現P. aeruginosaのf3D-SIM観察像.FM1-43fxを青,mChFPを赤で示す.左はxy,右はyz平面を示しており,矢じりは形成されたMVがmChFPタンパク質を含有することを示している.Bar=0.5 µm. (d)P. aeruginosaのf3D-SIM観察像.FM1-43fxを青,EthHDで染色されたDNAを赤で示す.上はxy,下はxz平面を示しており,矢じりは形成されたMVがDNAを含有することを示している.Bar=0.5 µm. Reprinted from ref. 1010) L. Turnbull, M. Toyofuku, A. L. Hynen, M. Kurosawa, G. Pessi, N. K. Petty, S. R. Osvath, G. Cárcamo-Oyarce, E. S. Gloag, R. Shimoni et al.: Nat. Commun., 7, 11220 (2016)., Copyright 2016 Nature Publishing Group.
Acknowledgments
本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業,科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業によるサポートを受けましたこと感謝いたします.
Reference
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36) 渡部邦彦:化学と生物,54,720(2016).