Kagaku to Seibutsu 54(11): 820-826 (2016)
解説
高温・有機酸ストレス耐性出芽酵母の育種と発酵生産への利用
Breeding of High Temperature or Organic Acid Resistant Saccharomyces cerevisiae and Its Application to Fermentation Biotechnology
Published: 2016-10-20
Saccharomyces cerevisiae(以下,出芽酵母)は,エタノールや異種生物由来の有用物質の高い生産能力をもつことから,バイオエタノールやプラスチックの原料となる乳酸の発酵生産宿主として利用・検討されている.これらの生産を効率化するためには,高い温度域でも増殖し発酵を行う高温ストレス耐性や乳酸などの有機酸へのストレス耐性が重要となる.本稿では,出芽酵母の高温ストレスや有機酸ストレスへの適応応答について紹介し,われわれが取り組んできた耐性出芽酵母の開発から得られた成果を紹介したい.
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
環境と調和した持続可能型社会へとシフトするため,その一環としてバイオマス由来のエタノールや乳酸をエネルギーやプラスチックの原料として有効利用する取り組みが進められている(1)1) S. Chu & A. Majumdar: Nature, 488, 294 (2012)..これらは,出芽酵母などの微生物を用いた発酵バイオテクノロジーによって生産されるが(2)2) C. Miller, A. Fosmer, B. Rush, T. McMullin, D. Beacom & P. Suominen: “Comprehensive Biotechnology,” ed. by M. Moo-Young, Elsevier, 2011, p. 179.,燃焼しても,排出される二酸化炭素は原料となる植物などバイオマスの形成に使われることから,大気中の二酸化炭素濃度に与える影響は石油由来の製品よりも少ない.原料となるバイオマスとしては,サトウキビやトウモロコシなどの糖質・デンプン系バイオマスが主に使われている.しかし,これらを原料とした生産は食糧生産と競合するという問題がある.そこで,稲わらや廃材といった非可食性リグノセルロース系バイオマスを加水分解して得られる糖を原料にした生産が実用化されつつあるが,生産コストなどの問題から原料処理工程に加え発酵工程の効率化などが課題となっている(3)3) W. Kricka, J. Fitzpatrick & U. Bond: Adv. Appl. Microbiol., 92, 89 (2015)..
これらの物質生産を効率化するため,出芽酵母に求められる特性としては,リグノセルロース系バイオマスの加水分解物にグルコースに次いで多く含まれるキシロースの資化性(4)4) G. C. Zhang, J. J. Liu, I. I. Kong, S. Kwak & Y. S. Jin: Curr. Opin. Chem. Biol., 29, 49 (2015).,バイオマス由来の糖溶液に含まれる発酵阻害物質への耐性(5)5) W. Parawire & M. Tekere: Crit. Rev. Biotechnol., 31, 20 (2011).や細胞分離を容易にする自己凝集性(6)6) C. G. Liu, N. Wang, Y. H. Lin & F. W. Bai: Biotechnol. Biofuels, 5, 61 (2012).などが挙げられる.しかし,これらに加えて,高い温度域でも旺盛に増殖し発酵を行う高温ストレス耐性や乳酸など有機酸へのストレス耐性も生産の効率化に重要となる.一般的に出芽酵母の生育・発酵至適温度は30°C前後であるが,特に,バイオマスが豊富で年中温暖な熱帯地域では,発酵熱も発生することから発酵槽の温度が容易に生育・発酵至適温度を超えてしまう.しかし,高温ストレス耐性酵母を用いることができれば,冷却コストを低減しつつ生産を安定化することが可能となる(7)7) K. Matsushita, Y. Azuma, T. Kosaka, T. Yakushi, H. Hoshida, R. Akada & M. Yamada: Biosci. Biotechnol. Biochem., 80, 655 (2016)..また,低コスト・高収率な発酵生産が期待できる糖化と発酵を同一のタンクで行う並行複発酵プロセス(SSF: Simultaneous saccharification and fermentation)においては,一般的に使用される糖化酵素の至適温度が45°C以上であるため,出芽酵母の生育至適温度と大きな差がある.高温ストレス耐性酵母はこのギャップを縮め,糖化酵素の使用コストや冷却コストを低減するのに有益である(8, 9)8) B. M. Abdel-Banat, H. Hoshida, A. Ano, S. Nonklang & R. Akada: Appl. Microbiol. Biotechnol., 85, 861 (2010).9) L. Gao, Y. Liu, H. Sun, C. Li, Z. Zhao & G. Liu: J. Biosci. Bioeng., 121, 599 (2015)..加えて,有機酸ストレス耐性も重要となる.なぜなら,出芽酵母の有機酸ストレス耐性は,バイオマス由来の糖液中に混在する発酵阻害物質であるギ酸や酢酸などへの耐性化を通じた生産収率の向上(10)10) T. Inaba, D. Watanabe, Y. Yoshiyama, K. Tanaka, J. Ogawa, H. Takagi, H. Shimoi & J. Shima: AMB Express, 3, 74 (2013).や酸性条件下で培養することによる雑菌汚染の防止を通じた生産の安定化に加え,プラスチックの原料となる乳酸の高生産化や生産コストの低減につながる培養液の中和と乳酸塩の脱塩化工程の簡略化(11)11) N. M. Berterame, D. Porro, D. Ami & P. Branduardi: Microb. Cell Fact., 15, 39 (2016).につながるからである.以下に,出芽酵母の高温ストレスと有機酸ストレスへの適応応答について簡単に述べ,耐性出芽酵母の育種と発酵生産への利用におけるわれわれの研究成果について紹介する.
代表的な出芽酵母実験室株は37°Cで生育の低下が見られ始め,38°Cを超えると生育遅延が観察されること(12)12) 星田尚司,赤田倫治: “酵母の生命科学と生物工学”,原島 俊,高木博史(編),化学同人,2013, p. 169.,また,短時間の37°C処理でも多数の遺伝子の発現に変化が見られることなどから,このような温度から負荷の強いストレスが生じ始めていると捉えることができる.高温ストレスにさらされると,タンパク質が活性を発揮するために重要な高次構造が崩れ,変性したタンパク質が蓄積する(9)9) L. Gao, Y. Liu, H. Sun, C. Li, Z. Zhao & G. Liu: J. Biosci. Bioeng., 121, 599 (2015)..一般的に,温度が上昇すると脂質二重膜の流動性が上昇することから,細胞膜の透過性や膜タンパク質の機能に影響し正常な機能が妨げられる.さらに,高温ストレスは細胞内でReactive Oxygen Species (ROS)と呼ばれる酸化力の高い化学種の発生を増大させ,脂質の過酸化やタンパク質の変性,核酸の損傷を通じて細胞死を引き起こす.加えて,短時間の高温ストレスは多数のmRNAの核外輸送を阻害する(13)13) C. Saavedra, K. S. Tung, D. C. Amberg, A. K. Hopper & C. N. Cole: Genes Dev., 10, 1608 (1996)..
このため,ヒートショックレスポンスと呼ばれる応答機構が活性化されることが知られている(9)9) L. Gao, Y. Liu, H. Sun, C. Li, Z. Zhao & G. Liu: J. Biosci. Bioeng., 121, 599 (2015)..転写活性化因子Hsf1が高温ストレスによって活性化されると,プロモーター領域にヒートショックエレメントと呼ばれる短いシスエレメントをもつ遺伝子群の転写が活性化される.このなかには,ヒートショックタンパク質(HSP)と呼ばれるHSP70ファミリー,HSP90ファミリー,HSP100ファミリーや低分子量HSPなどの分子シャペロンをコードする遺伝子が含まれ,これらは高温ストレス条件下で変性したタンパク質や凝集したタンパク質を巻き戻したり,細胞を保護するのに重要な働きをする.高温ストレスは,タンパク質の変性や変性したタンパク質の凝集を防ぐ作用をもつトレハロースの合成酵素の活性も上昇させる.細胞膜の透過性が上昇すると膜を介した物質の濃度勾配が維持できず,細胞内の恒常性が崩れ死に至る.そこで,酵母は膜の流動性の上昇を抑えるために,脂質二重膜の組成を変化させる(14)14) C. Klose, M. A. Surma, M. J. Gerl, F. Meyenhofer, A. Shevchenko & K. Simons: PLoS ONE, 7, e35063 (2012)..さらに,細胞膜や被覆小胞膜に結合し膜の流動性を低下させる作用をもつ低分子量HSPであるHsp12の発現も誘導する(15)15) S. Welker, S. B. Rudolph, E. Frenzel, F. Hagn, G. Liebisch, G. Schmitz, J. Scheuring, A. Kerth, A. Blume, S. Weinkauf et al.: Mol. Cell, 39, 507 (2010)..増大したROSに対しては,転写活性化因子Yap1を通じたスーパーオキシドディスムターゼなどや転写活性化因子Msn2/Msn4を通じたカタラーゼなど抗酸化酵素遺伝子群の転写活性化などによって応答する.mRNAの核外輸送の阻害に対しては,HSP mRNAなど高温ストレス応答に必須なものを選択的に核外に輸送し翻訳する(13)13) C. Saavedra, K. S. Tung, D. C. Amberg, A. K. Hopper & C. N. Cole: Genes Dev., 10, 1608 (1996)..このように,高温ストレス適応応答の一端についてはよく理解が進んでいる.しかし,酵母の高温ストレス適応能力は,多数の遺伝子が寄与する量的形質であることから,強い高温ストレス耐性を示す酵母株を育種するためには,適応応答の遺伝的基盤を明らかにし,全体像を理解することが重要となる.以下に,高温ストレス耐性の遺伝的基盤を理解する目的でわれわれが行った遺伝学的解析と高温条件下で効率よくエタノールを生産する酵母の育種について紹介する.
これまで,自然界より分離された出芽酵母の生育限界温度は40°C程度であり,41°C以上で旺盛に生育する出芽酵母菌株はほとんど知られていなかった.そこで,われわれはタイ王国の研究者との共同研究により,熱帯のフルーツから41°Cでも良好な増殖能を示す2倍体出芽酵母を単離し,C3723, C3751およびC3867株と命名した(16)16) C. Auesukaree, P. Koedrith, P. Saenpayavai, T. Asvarak, S. Benjaphokee, M. Sugiyama, Y. Kaneko, S. Harashima & C. Boonchird: J. Biosci. Bioeng., 114, 144 (2012)..このうち,30°Cでの増殖速度が速く,高い高温ストレス耐性も示すC3723株に着目して,種々の遺伝学的解析を行った.その結果,41°Cでの生育には少なくとも6つの優性なHTG (High-temperature growth)遺伝子(HTG1~HTG6)が関与していることを明らかにした(17)17) S. Benjaphokee, P. Koedrith, C. Auesukaree, T. Asvarak, M. Sugiyama, Y. Kaneko, C. Boonchird & S. Harashima: New Biotechnol., 29, 166 (2012)..各々のHTG遺伝子のみをもたない一遺伝子欠損の高温感受性株を遺伝学的手法により分離し,C3723株のゲノムライブラリーから各欠損株の高温感受性を相補する遺伝子をスクリーニングしたところ,CDC19とRSP5を得た(17, 18)17) S. Benjaphokee, P. Koedrith, C. Auesukaree, T. Asvarak, M. Sugiyama, Y. Kaneko, C. Boonchird & S. Harashima: New Biotechnol., 29, 166 (2012).18) H. Shahsavarani, M. Sugiyama, Y. Kaneko, B. Chuenchit & S. Harashima: Biotechnol. Adv., 30, 1289 (2012)..CDC19は解糖系の酵素であるピルビン酸キナーゼをコードする遺伝子であり,ATPの生成にもかかわる.RSP5はE3ユビキチンリガーゼをコードする遺伝子である.細胞内で不要なタンパク質はポリユビキチン化された後,プロテアソームによって分解されるが,Rsp5はタンパク質のユビキチンの付加にかかわる.C3723株のCDC19およびRSP5遺伝子の塩基配列は実験室株のものとは数カ所異なっており,この相違がC3723株の高温耐性に関与しているものと考えられた.たとえば,C3723株のRSP5アレル(RSP5-C)はプロモーター部位に5カ所変異があり,これによりC3723株ではRSP5の転写量が約2倍増加していることが明らかとなった.そこで,RSP5-CアレルをC3723株系統の高温耐性株において過剰発現させたところ,驚くべきことに43°Cにおいても生育が可能となった.既述のように,高温条件下では,細胞内のタンパク質が熱により変性し,機能が低下した異常タンパク質の蓄積が起こる.これらの異常タンパク質は速やかに分解され,新たに作られるタンパク質の原料として再利用されなければならない.C3723系統株では高温条件下において,細胞内でユビキチン化されたタンパク質の総量が増加していた(18)18) H. Shahsavarani, M. Sugiyama, Y. Kaneko, B. Chuenchit & S. Harashima: Biotechnol. Adv., 30, 1289 (2012)..したがって,Rsp5は多くのタンパク質のユビキチン化にかかわっていることから,その過剰発現によって異常タンパク質の分解が亢進したことが高温耐性獲得機構の一つであると考えられた.さらに,タンパク質のユビキチン化修飾やユビキチン化されたタンパク質がプロテアソームで分解される際にはATPが必要となるが,ピルビン酸キナーゼはATPを生成する酵素であることも考えると,高温により生じた変性タンパク質が蓄積しないように効率的に分解し再利用することが高温耐性獲得に重要であることも示唆された(図1図1■高温耐性出芽酵母の耐性獲得機構予想図).
出芽酵母が高温ストレスにさらされるとタンパク質が変性し,異常タンパク質が蓄積する.生じた異常タンパク質はATP依存的にユビキチン化(Ub)され,プロテアソームにより分解される.分解物のアミノ酸は新たなタンパク質合成へと再利用される.これにより細胞内に異常タンパク質が蓄積することを防ぐ.高温耐性出芽酵母ではRsp5とCdc19の機能が上昇しており,一連のリサイクル過程が活性化されていると考えられる.本予想図はあくまでも今回の研究結果から予想される機構のみを図示しており,C3723の優れた高温耐性にはほかにもさまざまな耐性化機構が関与していると考えられる.
C3723株は優れた高温ストレス耐性を示すことから,その性質を受け継いで高温条件下でもエタノールを高生産できるバイオエタノール生産酵母の育種を行った.C3723株から得られた胞子と,エタノール生産性が高いTISTR5606株の胞子を接合させることにより,多数の雑種2倍体を得た(19)19) S. Benjaphokee, D. Hasegawa, D. Yokota, T. Asvarak, C. Auesukaree, M. Sugiyama, Y. Kaneko, C. Boonchird & S. Harashima: New Biotechnol., 29, 379 (2012)..そのなかから,高温耐性とエタノール生産性に優れたTJ14株を見いだした.TJ14株は41°Cの高温条件下で100 g/Lのグルコースを完全に消費し,46.6 g/Lものエタノールを生産する.そこで,綿繊維やペーパースラッジなどの非可食性セルロース系バイオマスからのバイオエタノール生産に向けたモデル実験として,微結晶セルロースを基質とした発酵試験を行った(20)20) H. Shahsavarani, D. Hasegawa, D. Yokota, M. Sugiyama, Y. Kaneko, C. Boonchird & S. Harashima: J. Biosci. Bioeng., 115, 20 (2013)..10%セルロースに対してあらかじめセルラーゼを発酵槽に添加し50°Cで酵素反応を行い,一部のセルロースを糖化した後に,TJ14株を植菌し糖化と発酵を同時に行うsemi-SSF (SSSF)を行った.その結果,発酵を41°Cで行った場合は最終的に2.5%,39°Cの場合は4.5%のエタノールを生産できた(図2図2■TJ14株を用いたセルロースを発酵基質とした39°Cでの並行複発酵).種々の条件が異なるため,ほかの研究者による実験とは厳密な比較はできないが,セルロース系原料を用いた高温でのSSSFによりこれだけ高濃度のエタノールを生産できた例は報告されていない.以上の結果より,高温耐性酵母TJ14株は,セルロース系原料を発酵基質とした高温での並行複発酵によるバイオエタノール生産に有望な菌株であることが示され,高収率かつ低コストのバイオエタノール生産に貢献すると期待される.
10%の微結晶セルロースにセルラーゼを加え,50°Cで24時間糖化処理した後,TJ14株を植菌し,39°Cで糖化と発酵を同時に行う並行複発酵を行った.植菌後100時間で約4.5 g/Lのエタノールを生産した.これは理論収率の約79%に相当する.文献2020) H. Shahsavarani, D. Hasegawa, D. Yokota, M. Sugiyama, Y. Kaneko, C. Boonchird & S. Harashima: J. Biosci. Bioeng., 115, 20 (2013).より改変.
出芽酵母は元来,pH 5~6のマイルドではあるが酸性条件を好み,バクテリアよりも一般的に酸ストレス耐性が強い.酢酸(pKa 4.8),乳酸(pKa 3.9)や食品防腐剤として使われるソルビン酸(pKa 4.8)や安息香酸(pKa 4.2)などの弱有機酸は,pHに応じて解離と非解離状態を取り,pHがpKaよりも低ければ,溶液中に含まれる分子の半数以上は非解離状態で存在する(21, 22)21) P. W. Piper: Adv. Appl. Microbiol., 77, 97 (2011).22) M. Sugiyama, Y. Sasano & S. Harashima: “Stress biology of yeast and fungi,” ed. by H. Takagi & H. Kitagaki, Springer, 2015, p. 107..有機酸は,非解離状態のほうが受動拡散で細胞内に侵入しやすい.しかし,いったん,細胞内に侵入すると,細胞内pHが中性付近であることから,解離しプロトンと有機酸アニオンを生じる.増加したプロトンは,細胞内pHを低下させ,代謝機能やシグナル伝達などを阻害する.興味深いことに,細胞内pHの低下における有機酸の効果はそれぞれ異なるようであり,酢酸は生育を阻害する濃度で細胞内pHを十分低下させるが,ソルビン酸は生育を阻害する濃度でも細胞内pHを極端に下げないようである(23, 24)23) A. Ullah, R. Orij, S. Brul & G. J. Smits: Appl. Environ. Microbiol., 78, 8377 (2012).24) M. Stratford, G. Nebe-von-Caron, H. Steels, M. Novodvorska, J. Ueckert & D. B. Archer: Int. J. Food Microbiol., 161, 164 (2013)..これらのことから,親水性である酢酸の主な生育阻害効果は細胞内pHの低下であり,比較的脂溶性の高いソルビン酸などは別の主な生育阻害効果をもつことが示唆されている.また,有機酸アニオンの細胞内蓄積も膨圧を上昇させたり,それぞれの酸アニオンに特有の阻害効果を及ぼす.さらに,プロトンや酸アニオンを細胞外に汲み出すためにATPを使用することから,細胞内ATPの枯渇も引き起こすことが示唆されている.このほかにも,酢酸ストレスは,知られているだけでもいくつかのアミノ酸の取り込みを阻害する(21, 22)21) P. W. Piper: Adv. Appl. Microbiol., 77, 97 (2011).22) M. Sugiyama, Y. Sasano & S. Harashima: “Stress biology of yeast and fungi,” ed. by H. Takagi & H. Kitagaki, Springer, 2015, p. 107..また,解糖系の酵素の活性を低下させたり,アポトーシスを誘導する.脂溶性が比較的高い安息香酸ストレスは,マクロオートファジーを阻害することが報告されている.また,ソルビン酸や安息香酸ストレスはミトコンドリアからROSの放出を増大させる.乳酸ストレスは,細胞膜のプロトンポンプであるPma1の活性を低下させたり,ROSの増加や鉄イオン代謝に影響を及ぼすことが報告されている.
このようなストレスに対して,酵母細胞は,細胞膜上のプロトンポンプであるPma1を活性化し,細胞内pHの低下に対抗する(21, 22)21) P. W. Piper: Adv. Appl. Microbiol., 77, 97 (2011).22) M. Sugiyama, Y. Sasano & S. Harashima: “Stress biology of yeast and fungi,” ed. by H. Takagi & H. Kitagaki, Springer, 2015, p. 107..液胞膜のプロトンポンプも低下した細胞内pHの恒常性維持に貢献するようである.酢酸ストレスに特徴的な適応応答として,酢酸の細胞内への流入経路の一つである,細胞膜上に存在するアクアグリセロポリンFps1の分解がある(25)25) M. Mollapour & P. W. Piper: Mol. Cell. Biol., 27, 6446 (2007).(図3A図3■酢酸ストレス(A)とソルビン酸ストレス(B)に特異的な適応応答機構).酢酸は,受動拡散やFps1を通じて細胞内に侵入するが,酢酸ストレスが生じるとFps1はストレス応答MAPキナーゼHog1によるリン酸化を受け,最終的に液胞で分解される.Δfps1破壊株は細胞内の酢酸が減少し,酢酸ストレスへの耐性度が上昇することから,Fps1の速やかな分解は,酢酸への合理的な適応応答と思われる.転写活性化因子Haa1も酢酸ストレス適応応答において重要な働きをしている(26)26) N. P. Mira, S. F. Henriques, G. Keller, M. C. Teixeira, R. G. Matos, C. M. Arraiano, D. R. Winge & I. Sa-Correia: Nucleic Acids Res., 39, 6896 (2011)..細胞壁タンパク質をコードするSPI1やYGP1の転写活性化を通じて酸の侵入に影響を与える細胞壁の多孔度を調整したり,膜輸送体をコードするTPO2やTPO3などの転写活性化を通じて酢酸アニオンの細胞外への排出を促進する.一方,比較的脂溶性の高いソルビン酸や安息香酸ストレスに対しては,多剤排出輸送体であるPdr12が非常に重要な役割を果たす(27)27) P. Piper, Y. Mahe, S. Thompson, R. Pandjaitan, C. Holyoak, R. Egner, M. Muhlbauer, P. Coote & K. Kuchler: EMBO J., 17, 4257 (1998).(図3B図3■酢酸ストレス(A)とソルビン酸ストレス(B)に特異的な適応応答機構).ソルビン酸ストレスにより転写活性化因子War1が活性化されると,PDR12が強力に発現誘導される.Pdr12はATPを利用してソルビン酸アニオンを細胞外へ排出し,ソルビン酸ストレスへの耐性度を上昇させる.乳酸ストレスへの適応応答については,理解があまり進んでいないが,転写活性化因子Ace2やSwi5に加えてHaa1による転写応答が重要な役割を果たすようである(28)28) D. A. Abbott, E. Suir, A. J. van Maris & J. T. Pronk: Appl. Environ. Microbiol., 74, 5759 (2008)..しかし,酢酸ストレスへの適応応答で重要な役割を果たすHaa1の標的遺伝子は,乳酸ストレスにおいてはあまり重要ではない(29)29) M. Sugiyama, S. P. Akase, R. Nakanishi, H. Horie, Y. Kaneko & S. Harashima: Appl. Environ. Microbiol., 80, 3488 (2014)..加えて,酢酸への耐性度を上昇させるFPS1の欠失を導入しても乳酸への耐性度は上昇せず,ソルビン酸への耐性度を低下させるPDR12の欠失を導入しても乳酸への耐性度はほとんど低下しないことから(30)30) T. Suzuki, M. Sugiyama, K. Wakazono, Y. Kaneko & S. Harashima: J. Biosci. Bioeng., 113, 421 (2012).,乳酸への適応応答は酢酸やソルビン酸などへの適応応答とも少し異なるようである.また,乳酸ストレス条件下では,鉄イオンの恒常性を維持するために,転写活性化因子Aft1を介した鉄イオン代謝遺伝子の転写応答が起こる(28)28) D. A. Abbott, E. Suir, A. J. van Maris & J. T. Pronk: Appl. Environ. Microbiol., 74, 5759 (2008)..さらに,細胞膜の主要な構成成分の一つであるホスファチジルコリンの存在量を低下させ,細胞内への乳酸の流入を低減するような膜構成に変化させる適応応答も起こることが報告されている(11)11) N. M. Berterame, D. Porro, D. Ami & P. Branduardi: Microb. Cell Fact., 15, 39 (2016)..
前述したように,再生可能な資源であるバイオマスからは発酵阻害物質としてギ酸や酢酸が生じることや乳酸など有機酸の発酵生産が年々重要となっていることから,適応応答の知見をもとに有機酸ストレス耐性酵母の育種と発酵生産への利用が検討されている.たとえば,HAA1やヒストンメチル化酵素をコードするSET5および転写活性化因子をコードするPPR1の過剰発現によって酢酸への耐性度を向上させることが可能であり,酢酸ストレス存在下でのエタノールの生産性向上に向けて利用されている(10, 31, 32)10) T. Inaba, D. Watanabe, Y. Yoshiyama, K. Tanaka, J. Ogawa, H. Takagi, H. Shimoi & J. Shima: AMB Express, 3, 74 (2013).31) Y. Sakihama, T. Hasunuma & A. Kondo: J. Biosci. Bioeng., 119, 297 (2015).32) M. N. Zhang, X. Q. Zhao, C. Cheng & F. W. Bai: Biotechnol. J., 10, 1903 (2015)..また,網羅的な遺伝子発現解析から,ギ酸脱水素酵素をコードするFDH1の過剰発現によってギ酸への耐性度を向上させることが可能であり,ギ酸ストレス存在下でのエタノールの生産性向上に利用されている(33)33) T. Hasunuma, K. M. Sung, T. Sanda, K. Yoshimura, F. Matsuda & A. Kondo: Appl. Microbiol. Biotechnol., 90, 997 (2011)..乳酸発酵においては,生成物である乳酸が酵母の生育や発酵を阻害することから,生産収率向上に向けて耐性化が検討されている.たとえば,乳酸ストレス存在下ではROSが増加することから,細胞質カタラーゼをコードするCTT1を過剰発現することによって生育阻害を一部改善することが可能となっている(34)34) D. A. Abbott, E. Suir, G. H. Duong, E. de Hulster, J. T. Pronk & A. J. van Maris: Appl. Environ. Microbiol., 75, 2320 (2009)..ホスファチジルコリンの生合成に関連する転写抑制因子をコードするOPI1を欠失させることによっても,乳酸への耐性度を向上させることが可能である.また,細胞内pHの低下を抑える変異株を利用することによって乳酸の生産収率を向上させることが可能である(35)35) M. Valli, M. Sauer, P. Branduardi, N. Borth, D. Porro & D. Mattanovich: Appl. Environ. Microbiol., 72, 5492 (2006)..さらに,HAA1の過剰発現による乳酸耐性の向上によって,乳酸の生産収率が増加することもごく最近報告された(36)36) S. H. Baek, E. Y. Kwon, Y. H. Kim & J. S. Hahn: Appl. Microbiol. Biotechnol., 100, 2737 (2016)..われわれも,乳酸ストレスへの適応応答機構の理解と耐性酵母の育種を目指した研究を進めてきたので,以下に紹介する.
さまざまな出芽酵母株で簡便に乳酸ストレス耐性を向上できるように,過剰発現で乳酸ストレス耐性を付与する遺伝子の探索を行った.その結果,転写活性化因子をコードするHAA1およびヒトのモノカルボン酸輸送体と相同性のある機能不明の膜タンパク質をコードするESBP6遺伝子を取得した(29, 37)29) M. Sugiyama, S. P. Akase, R. Nakanishi, H. Horie, Y. Kaneko & S. Harashima: Appl. Environ. Microbiol., 80, 3488 (2014).37) M. Sugiyama, S. P. Akase, R. Nakanishi, Y. Kaneko & S. Harashima: J. Biosci. Bioeng., 122, 415 (2016).(図4図4■HAA1とESBP6の過剰発現による乳酸ストレス耐性の向上).これまで,酵母の乳酸ストレスシグナル伝達についてはほとんど理解が進んでいなかったが,乳酸ストレスに応じてHaa1は核内に蓄積し下流の標的遺伝子の発現を誘導することを見いだした.この局在制御にはHaa1のリン酸化/脱リン酸化が関与することが示唆されたことから,乳酸ストレスシグナルをキナーゼやホスファターゼに伝え,Haa1の転写活性化を制御する適応応答機構が示唆された.さらに,HAA1の過剰発現は,乳酸ストレスによる細胞内pHの低下を一部改善することで耐性を付与していることが明らかとなった.一方,機能不明のESBP6の過剰発現は,HAA1の過剰発現よりも強く細胞内pHの低下を抑え,強い乳酸ストレス耐性を付与した.Esbp6の細胞内局在はミトコンドリアであることが報告されているが,われわれの過剰発現株では主に細胞膜に局在したことから,過剰発現されたEsbp6は細胞膜上で作用し,おそらくは細胞内への乳酸の侵入を阻止するか,あるいは細胞内の乳酸を排出する効果をもつことが示唆された.出芽酵母は乳酸をほとんど生産しないが,乳酸脱水素酵素遺伝子LDHを導入するだけで,ピルビン酸から乳酸を生産することが可能となる.さらに,ピルビン酸をエタノール代謝に向かわせるピルビン酸脱炭酸酵素をコードするPDC遺伝子を破壊することによって,高収率で乳酸を生産することが可能となる.そこで,ウシ由来のLDH遺伝子を導入しPDC1遺伝子を破壊した株において,ESBP6を過剰発現させたところ,非中和条件下で生産収率を20%向上させることができた.乳酸ストレス適応応答機構に関与する遺伝子を網羅的に同定するために,ゲノムワイドな遺伝子破壊株セットを用いた解析も行った(30)30) T. Suzuki, M. Sugiyama, K. Wakazono, Y. Kaneko & S. Harashima: J. Biosci. Bioeng., 113, 421 (2012)..その結果,アミノ酸の合成能力が乳酸ストレス適応応答に重要であり,乳酸ストレスは細胞内のアミノ酸蓄積量を低下させることがわかった.液胞の機能や形態維持に必要となる因子も乳酸ストレス適応応答に必須であったことから,液胞での不要なタンパク質の分解とアミノ酸のリサイクルや,プロトンおよび乳酸アニオンの液胞への隔離が適応応答に重要であることも示唆された.さらに,破壊することによって適応応答が亢進する遺伝子を遺伝子破壊株セットから同定し,乳酸ストレス耐性と乳酸生産収率の向上に利用した(38)38) T. Suzuki, T. Sakamoto, M. Sugiyama, N. Ishida, H. Kambe, S. Obata, Y. Kaneko, H. Takahashi & S. Harashima: J. Biosci. Bioeng., 115, 467 (2013)..同定した遺伝子のうち,細胞壁のグルカン分解酵素をコードするDSE2とSCW11,細胞壁糖タンパク質をコードするSED1およびヒストンアセチル化酵素複合体の構成因子をコードするEAF3の破壊変異を組み合わせると強い乳酸ストレス耐性を付与することが可能であり,この四重破壊を導入することで,非中和条件下で乳酸生産収率を27%向上させることができた.このような乳酸ストレス耐性株は,乳酸ストレス適応応答の理解に役立つだけでなく,酵母による乳酸生産のコスト低減につながると期待される.
近年のエネルギー・環境問題から,発酵産業が担う役割はますます大きくなっている.出芽酵母は安全で培養技術が確立しており,また,遺伝的改変が非常に容易であることから,発酵産業上最も重要な微生物の一つであるが,発酵産業の発展を受けて,多様な性能が求められつつある.そのうちの一つが高温耐性であり有機酸ストレス耐性である.このような形質の強化は,バイオエタノールやプラスチックの原料である乳酸の生産効率化に大きく貢献する.しかし,これらのストレスへの適応応答や耐性を付与する機構は,未解明の部分が多く,耐性化のレベルや生産に与えるメリットはまだまだ限定的である.今後,適応応答機構や耐性付与機構の理解がさらに進めば,過酷な発酵環境ストレス条件下でも酵母のもつ発酵ポテンシャルをフルに発揮することが可能となり,持続可能な社会へのシフトがいっそう進むと期待される.
Reference
1) S. Chu & A. Majumdar: Nature, 488, 294 (2012).
2) C. Miller, A. Fosmer, B. Rush, T. McMullin, D. Beacom & P. Suominen: “Comprehensive Biotechnology,” ed. by M. Moo-Young, Elsevier, 2011, p. 179.
3) W. Kricka, J. Fitzpatrick & U. Bond: Adv. Appl. Microbiol., 92, 89 (2015).
4) G. C. Zhang, J. J. Liu, I. I. Kong, S. Kwak & Y. S. Jin: Curr. Opin. Chem. Biol., 29, 49 (2015).
5) W. Parawire & M. Tekere: Crit. Rev. Biotechnol., 31, 20 (2011).
6) C. G. Liu, N. Wang, Y. H. Lin & F. W. Bai: Biotechnol. Biofuels, 5, 61 (2012).
9) L. Gao, Y. Liu, H. Sun, C. Li, Z. Zhao & G. Liu: J. Biosci. Bioeng., 121, 599 (2015).
11) N. M. Berterame, D. Porro, D. Ami & P. Branduardi: Microb. Cell Fact., 15, 39 (2016).
12) 星田尚司,赤田倫治: “酵母の生命科学と生物工学”,原島 俊,高木博史(編),化学同人,2013, p. 169.
13) C. Saavedra, K. S. Tung, D. C. Amberg, A. K. Hopper & C. N. Cole: Genes Dev., 10, 1608 (1996).
21) P. W. Piper: Adv. Appl. Microbiol., 77, 97 (2011).
22) M. Sugiyama, Y. Sasano & S. Harashima: “Stress biology of yeast and fungi,” ed. by H. Takagi & H. Kitagaki, Springer, 2015, p. 107.
23) A. Ullah, R. Orij, S. Brul & G. J. Smits: Appl. Environ. Microbiol., 78, 8377 (2012).
25) M. Mollapour & P. W. Piper: Mol. Cell. Biol., 27, 6446 (2007).
31) Y. Sakihama, T. Hasunuma & A. Kondo: J. Biosci. Bioeng., 119, 297 (2015).
32) M. N. Zhang, X. Q. Zhao, C. Cheng & F. W. Bai: Biotechnol. J., 10, 1903 (2015).
36) S. H. Baek, E. Y. Kwon, Y. H. Kim & J. S. Hahn: Appl. Microbiol. Biotechnol., 100, 2737 (2016).
37) M. Sugiyama, S. P. Akase, R. Nakanishi, Y. Kaneko & S. Harashima: J. Biosci. Bioeng., 122, 415 (2016).