解説

栄養どうでしょうアミノ酸センシングにおけるトア(TOR)の旅

How Do You Like Nutrient?: Role of TOR in Amino Acid Sensing

Yoshiaki Kamada

鎌田 芳彰

自然科学研究機構基礎生物学研究所

総合研究大学院大学

Published: 2016-10-20

栄養は生命にとって必要不可欠である.なかでもアミノ酸(窒素源)はタンパク質の材料として最も基本的な栄養素に数えられる.タンパク合成は生命活動の根幹に位置する現象であり,産業的には物質生産,医学的にはさまざまな代謝疾患(同化と異化のバランスの異常)と深く結びついている.したがって,アミノ酸を感知してタンパク合成を活性化する役割を果たす細胞内アミノ酸栄養センシングの解明は,生命現象の基本的な理解に直結するのみならず,さまざまな疾患の原因の発見や治療法の開発,そして物質生産の向上に役立つ技術の分子的基盤を提供できる.しかしながら,アミノ酸センシングの研究はまだ闇に包まれている.その理由として,(1) 20種類のアミノ酸をどうやって感知するのか,(2)アミノ酸は,細胞内にて合成・代謝され複雑な存在様式を示す,(3)アミノ酸の局在は細胞質,オルガネラ(細胞内プール)と多岐にわたり(=どこのアミノ酸を感知するのか),また細胞外からの取り込みにも大きく影響を受ける,といったことが挙げられる.その闇を照らすのがトア複合体1(TORC1)である.TORC1研究を起点として,細胞のアミノ酸感知についてさまざまなことがわかってきた.後述するように,アミノ酸を感じて,TORC1は細胞内で旅をするのである.

トア(TOR)と2つのトア複合体(TORC1, TORC2)

1. トア(TOR)

トア(TOR, target of rapamycin)はSer/Thrプロテインキナーゼであり,出芽酵母を用いた遺伝的スクリーニングにより免疫抑制剤/抗がん剤ラパマイシン(rapamycin)の標的分子(をコードする遺伝子,TOR1, TOR2)として同定された(1~3)1) 前田達哉:細胞工学,31, 1306 (2012).2) R. Loewith & M. N. Hall: Genetics, 189, 1177 (2011).3) M. Laplante & D. M. Sabatini: Cell, 149, 274 (2012)..ラパマイシンは多くの真核細胞の細胞成長・細胞増殖を阻害する効果をもち,ラパマイシン処理された細胞は擬似的に栄養飢餓応答(特にアミノ酸・窒素源飢餓)の表現型を示す.ラパマイシンは,免疫抑制(免疫細胞の増殖阻害),抗がん剤(がん細胞の増殖阻害)あるいはマウスの寿命延長効果(低カロリー状態を擬似的に生み出す)などの薬理作用がある.よって,トアの栄養センサーとしての役割が注目された.

トアは酵母からほ乳類,藻類・植物に至るまで,真核生物に広く保存されており,特にほ乳類のトアはmTOR(mammalian TOR)と呼ばれる.近年,mTORを“mechanistic”TORと読み替え,酵母,植物などほかの生物のTORもmTORと呼ぶようにする動きがあるが(3)3) M. Laplante & D. M. Sabatini: Cell, 149, 274 (2012).,筆者はそれには与しない.ほ乳類でも“m”を外してTORと呼んでも何の支障もあるまい.筆者が知る限り,すべての生物において基本的にTOR遺伝子は必須であり,トアが細胞にとって必須の機能を担っていることが明らかである.

2. 2つのトア複合体とその機能

トアは数種のタンパク質と2種類の独立したトア複合体1, 2(TOR complex 1, 2, TORC1, TORC2)を形成する(4~6).トア複合体の主要コンポーネントは真核生物に広く保存されているが,藻類・植物にはTORC2が存在しない(表1表1■2つのトア複合体は真核生物に保存されている).ほかの真核生物ではTORC2は細胞骨格の構築など必須の機能を担っているので,植物はTORC2の代わりを務める因子の存在が推察されるが,その実態・理由は不明である.ちなみにTORC2はラパマイシン非感受性である.

表1■2つのトア複合体は真核生物に保存されている
ほ乳類出芽酵母分裂酵母アラビドプシス
トア複合体1 (TOR complex 1, TORC1)
mTORTor1/2Tor2AtTOR
raptorKog1Mip1AtRaptor1/2
mLst8Lst8Wat1/Pop3AtLst8
トア複合体2 (TOR complex 2, TORC2)
mTORTor2Tor1
rictorAvo3/Tsc11Ste20
mSin1Avo1Sin1
mLst8Lst8Wat1/Pop3
各生物におけるトア複合体の主要コンポーネントを示した.トア複合体1は真核生物に広く保存されている.一方,藻類・植物にはトア複合体2は存在しない.

ラパマイシン感受性なのはTORC1のみであり,上記のラパマイシンの効果はTORC1機能の阻害と原則的に同等である.したがって,栄養センサーとして重要な役割はTORC1が担っている.TORC1機能は細胞に必須であり,その3つの主要コンポーネント,Tor, Kog1/raptor, Lst8の遺伝子欠損は(胚性)致死を引き起こす(7)7) M. Murakami, T. Ichisaka, M. Maeda, N. Oshiro, K. Hara, F. Edenhofer, H. Kiyama, K. Yonezawa & S. Yamanaka: Mol. Cell. Biol., 24, 6710 (2004)..余談であるが,マウスmTORが胚性致死の報告には,若き日の山中伸弥先生がかかわっている(7)7) M. Murakami, T. Ichisaka, M. Maeda, N. Oshiro, K. Hara, F. Edenhofer, H. Kiyama, K. Yonezawa & S. Yamanaka: Mol. Cell. Biol., 24, 6710 (2004).

TORC1(特にmTORC1)はアミノ酸や増殖因子,ATPレベルなどを感知し,基質のリン酸化を通して,細胞の構成成分(タンパク質,脂質,核酸)の生合成を活性化し,結果的に細胞成長・細胞増殖を促進する.逆に,富栄養状態ではTORC1は飢餓ストレス応答を抑制する.

TORC1はプロテインキナーゼ活性をもち,基質のSer/Thr残基をリン酸化する.ほ乳類,出芽酵母では複数の基質が同定された(図1図1■TORC1, TORC2の基質とその機能).ほ乳類mTORC1はタンパク質翻訳制御に関与するAGCキナーゼファミリーに属するp70 S6キナーゼ(S6K)とinitiation factor 4E(eIF4E)結合タンパク質(4E-BP1)をリン酸化しタンパク質合成を活性化する(3)3) M. Laplante & D. M. Sabatini: Cell, 149, 274 (2012)..S6Kはほかにも脂質や核酸合成の調節も行っている.逆に,mTORC1はAtg13, ULK1をリン酸化して,タンパク質分解オートファジーを抑制する.出芽酵母TORC1の基質として同定されたのは,AGCキナーゼの1種Sch9キナーゼ(8)8) J. Urban, A. Soulard, A. Huber, S. Lippman, D. Mukhopadhyay, O. Deloche, V. Wanke, D. Anrather, G. Ammerer, H. Riezman et al.: Mol. Cell, 26, 663 (2007).とAtg13(9)9) Y. Kamada, K. Yoshino, C. Kondo, T. Kawamata, N. Oshiro, K. Yonezawa & Y. Ohsumi: Mol. Cell. Biol., 30, 1049 (2010).で,前者は翻訳にかかわる遺伝子(rRNA, tRNA,リボソームタンパク質など)の発現の制御,後者はほ乳類同様オートファジーの制御を行う(10)10) 川俣朋子,大隅良典:化学と生物,53, 51 (2015).

図1■TORC1, TORC2の基質とその機能

ちなみに,TORC2の基質もいくつか知られており,mTORC2はAGCキナーゼSGK1やAktを,出芽酵母TORC2はやはりAGCキナーゼYpk1/2を直接リン酸化し,活性化する(3, 11)3) M. Laplante & D. M. Sabatini: Cell, 149, 274 (2012).11) Y. Kamada, Y. Fujioka, N. N. Suzuki, F. Inagaki, S. Wullschleger, R. Loewith, M. N. Hall & Y. Ohsumi: Mol. Cell. Biol., 25, 7239 (2005)..リン酸化プロテオミクスの技術が格段に進歩した現在,新規のトア複合体の基質がこれから発見される可能性は十分に残されている(12)12) 中津海洋一,松本雅記,中山敬一:細胞工学,31, 1360 (2012).

トア複合体1(TORC1)の制御:TORC1はいかにして栄養を感知するか?

さて,それではTORC1自身はどのようにして制御されるのか? 近年,mTORC1のアミノ酸感知に関する報告が矢継ぎ早にあって,mTORC1によるアミノ酸センシングモデルはこの数年で次々と書き換えられた.この勢いは止まらず,この総説もすぐに流行遅れとなるだろうが,執筆時点(2016年5月)のモデルを紹介したい.TORC2の詳細についてはほかの総説に譲る(13, 14)13) S. Eltschinger & R. Loewith: Trends in Cell Biology, 26, 148 (2016).14) 野村 亘,井上善晴:化学と生物,54, 273 (2016).

1. mTORC1の場合

ほ乳類mTORC1はアミノ酸のほか,増殖因子(インスリン,インスリン様成長因子(IGF)),ATPレベルなどによって活性制御を受ける(1~3, 15, 16)1) 前田達哉:細胞工学,31, 1306 (2012).2) R. Loewith & M. N. Hall: Genetics, 189, 1177 (2011).3) M. Laplante & D. M. Sabatini: Cell, 149, 274 (2012).15) M. Shimobayashi & M. N. Hall: Cell Res., 26, 7 (2016).16) D. C. I. Goberdhan, C. Wilson & A. L. Harris: Cell Metab., 23, 580 (2016).図2図2■増殖因子によるmTORC1の制御モデル).ほ乳類細胞の生理的環境では,アミノ酸枯渇は簡単には起こらないので,基本的に成長因子によりコントロールされると考えてよいのではないか?

図2■増殖因子によるmTORC1の制御モデル

2. TSC–Rheb

成長因子によるmTORC1制御のキーファクターはリソソームに局在する低分子量GTPase, RhebとそのGTPase活性化因子(GTPase activating protein; GAP)TSC1–TSC2複合体である(1~3, 14, 15)1) 前田達哉:細胞工学,31, 1306 (2012).2) R. Loewith & M. N. Hall: Genetics, 189, 1177 (2011).3) M. Laplante & D. M. Sabatini: Cell, 149, 274 (2012).14) 野村 亘,井上善晴:化学と生物,54, 273 (2016).15) M. Shimobayashi & M. N. Hall: Cell Res., 26, 7 (2016)..RhebはGTP結合型が活性化型なので,GTPase活性を高めてGDP–結合型RhebにするTSC1–TSC2はRhebの不活性化因子となる(図2図2■増殖因子によるmTORC1の制御モデル).細胞外の成長因子は細胞膜上のレセプター型チロシンキナーゼ(RTK)に結合し,RTK–PI3K–PDK1–Aktシグナル経路をonにする.AktはTSC2を直接リン酸化し,TSC1–TSC2をリソソームから(=Rhebから)解離させる.RhebはGTP結合型になり直接mTORC1を活性化する(17)17) T. Sato, A. Nakashima, L. Guo & F. Tamanoi: J. Biol. Chem., 284, 12783 (2009)..Rhebはリソソームに局在するから,mTORC1の活性化の場はリソソームであることに留意してほしい.

細胞内エネルギーレベルはAMP/ATP比の形でAMP活性化キナーゼ(AMPK)によりモニターされており,AMP/ATP比が上がると(=エネルギーレベルが下がると)AMPKは活性化されTSC2をリン酸化する.このリン酸化はTSC複合体を活性化し,結果的にRheb, mTORC1を不活性化する.ちなみに,TSC–Rheb経路は細胞内アミノ酸環境に影響を受けない.増殖因子からRhebに至るこの経路は,ほ乳類とショウジョウバエには保存されているが,そのほかの真核生物では,構成因子の少なくとも1種類が欠損している(例:線虫にはTSC複合体がないし,出芽酵母にはRheb以外すべてない).ほ乳類とショウジョウバエでは,TSC1, Rhebは必須遺伝子にコードされている.

3. Rag system

次に,アミノ酸センシングについて紹介する.アミノ酸によるmTORC1制御の基本的コンセプトは,キナーゼ活性化ではなくて,Rhebの待つリソソームへの移行・局在化の制御である(3, 15, 16)3) M. Laplante & D. M. Sabatini: Cell, 149, 274 (2012).15) M. Shimobayashi & M. N. Hall: Cell Res., 26, 7 (2016).16) D. C. I. Goberdhan, C. Wilson & A. L. Harris: Cell Metab., 23, 580 (2016).図3図3■複雑なアミノ酸によるmTORC1の制御モデル).鍵を握るのは,リソソームに局在する低分子量GTPase, RagAまたはBと,RagCまたはDのヘテロ二量体である(18)18) Y. Sancak, T. R. Peterson, Y. D. Shaul, R. A. Lindquist, C. C. Thoreen, L. Bar-Peled & D. M. Sabatini: Science, 320, 1496 (2008).(Rag二量体には4通りの組み合わせがあるが,ここからは簡略化してRagA, RagCを代表させて述べる).RagA, RagCは常に二量体として存在し,RagAは,多くのGTPase同様,GTP結合型が活性化型であるが,奇妙なことにRagCはGDP結合型が活性化型とされている.すなわち,アミノ酸が存在するときは活性化型GTP–RagA・GDP–RagCに,アミノ酸飢餓のときは不活性化型GDP–RagA・GTP–RagCの組み合わせで機能する.Rag二量体自身にはmTORC1を活性化する機能はないが,その代わり,活性化型Rag二量体はmTORC1の主要コンポーネントraptorに結合し,mTORC1を細胞質からリソソームに移行・局在させる役割をもつ.リソソームにおいて,mTORC1はGTP–Rhebにより活性化される.次に,Rag二量体のリソソーム局在と活性(GTP/GDP結合)制御のしくみについて述べる.

4. RagulatorとV-ATPase:RagAのGEF(活性化因子)

通常低分子量GTPaseはファルネシル化などの脂質修飾を受けオルガネラの膜に刺さる形で局在する.しかし,Rag二量体は脂質修飾を受けず,リソソームタンパク質複合体,Ragulatorに結合してリソソームに局在する(19)19) Y. Sancak, L. Bar-Peled, R. Zoncu, A. L. Markhard, S. Nada & D. M. Sabatini: Cell, 141, 290 (2010)..Ragulatorは5種のタンパク質,LAMTOR1~5からなり,LAMTOR1が脂質修飾を受けてリソソーム膜にアンカーされる.アンカーとしての役割だけでなく,RagulatorはRagAのGDP–GTP交換因子(guanine nucleotide exchange factor; GEF)として作用し,アミノ酸存在化でRagAに結合するGDPをGTPに交換する(20)20) L. Bar-Peled, L. D. Schweitzer, R. Zoncu & D. M. Sabatini: Cell, 150, 1196 (2012)..Ragをレギュレートするということで,Ragulatorと命名された.

リソソームには液胞型H輸送性ATPase(V-ATPase)が存在し,リソソーム内側を酸性に保っている(21)21) 関藤孝之,柿沼喜己:化学と生物,54, 324 (2016)..リソソームの酸性化は,エンドサイトーシスなど細胞内物質(膜)輸送やリソソーム内へのアミノ酸取り込み(アミノ酸-Hアンチポーターによる)など,リソソームの機能にとって重要である.V-ATPaseはRagulatorに結合し,RagulatorのGEF活性をレギュレートする.V-ATPaseがアミノ酸を感知するメカニズムはわかっていない.

5. SLC38A9:リソソーム膜アミノ酸センサー

しかしながら,リソソーム上でアミノ酸を感知する因子はV-ATPaseだけではない.リソソーム膜に局在するアミノ酸トランスポーター様膜タンパク質SLC38A9はRagulator, Rag二量体に結合し,リソソーム内のアミノ酸,特にアルギニンのセンサーとして働き,結果的にmTORC1を活性化する(22, 23)22) M. Rebsamen, L. Pochini, T. Stasyk, M. E. G. de Araujo, M. Galluccio, R. K. Kandasamy, B. Snijder, A. Fauster, E. L. Rudashevskaya, M. Bruckner et al.: Nature, 519, 477 (2015).23) S. Wang, Z.-Y. Tsun, R. L. Wolfson, K. Shen, G. A. Wyant, M. E. Plovanich, E. D. Yuan, T. D. Jones, L. Chantranupong, W. Comb et al.: Science, 347, 188 (2015)..SLC38A9–Rag二量体結合はRagの活性化(GTP/GDP結合状態)に影響を受け,GDP–結合型RagAにより強い結合性を示す.SLC38A9は弱いながらもアルギニンやアスパラギン(細胞質からリソソーム内への)トランスポート活性をもつ.SLC38A9のmTORC1活性化作用はV-ATPase非依存的である.ここまでをまとめると,リソソーム内アミノ酸情報はSLC38A9(アルギニン情報)とV-ATPase両方から並行してRagulatorやRagに伝達されることになる.

リソソームは細胞内アミノ酸プールとしての役割をもち,特にアルギニンに代表される塩基性アミノ酸を(V-ATPase依存的に)蓄積する(21)21) 関藤孝之,柿沼喜己:化学と生物,54, 324 (2016)..上記のシステムはそのアミノ酸情報を感知していると考えてよかろう.一方で,アミノ酸は主として細胞外より供給され,(リボソームのある)細胞質でアミノ酸を利用(タンパク質合成)するのに,わざわざリソソーム内のアミノ酸を細胞内アミノ酸情報としてセンシングする意義・利点とは何か,疑問に感じられる読者も多いと思われる(筆者もその一人である).では,次に細胞質内アミノ酸情報を感知する機構を紹介しよう.

6. GATOR1, GATOR2:RagAのGAP(不活性化因子)

GATOR1, GATOR2は細胞質に局在するRag調節因子である(24)24) L. Bar-Peled, L. Chantranupong, A. D. Chemiack, W. W. Chen, K. A. Ottina, B. C. Grabiner, E. D. Spear, S. L. Carter, M. Meyerson & D. M. Sabatini: Science, 340, 1100 (2013)..GATOR1は3種のタンパク質DEPDC5, NPRL2, NPRL3からなる複合体であり,RagAへの結合能,RagAに対するGAP(=RagAの不活性化)活性をもつ.DEPDC5にGAPドメインが存在し,このコンポーネントが直接RagAに結合する.GATOR1コンポーネントの欠損はアミノ酸非依存的なmTORC1のリソソームへの局在,活性化を引き起こす.

GATOR2は5種のWDリピートタンパク質Sec13, Seh1L, WDR24, WDR59, Miosからなる複合体であり,GATOR1と結合する.Sec13, Seh1Lは核膜孔複合体のコンポーネントでもあり,Sec13は小胞輸送にかかわるCOPII小胞のコンポーネント(coatmer)でもある.GATOR2はアミノ酸シグナルに応答して,GATOR1のGAP活性を負に制御している.

今年(2016年),GATOR2のアミノ酸センシングのしくみが明らかにされた.ロイシンに結合する細胞質タンパク質Sestrin1/2とアルギニンに結合するCASTOR1/2の発見である(25, 26)25) R. L. Wolfson, L. Chantranupong, R. A. Saxton, K. Shen, S. M. Scaria, J. R. Cantor & D. M. Sabatini: Science, 351, 43 (2016).26) L. Chantranupong, S. M. Scaria, R. A. Saxton, M. P. Gygi, K. Shen, G. A. Wyant, T. Wang, J. W. Harper, S. P. Gygi & D. M. Sabatini: Cell, 165, 153 (2016)..アミノ酸存在下ではロイシン,アルギニンはそれぞれSestrin, CASTORに結合し,両タンパク質はGATOR2への結合能・不活性化能を失う.GATOR2は活性化され,GATOR1の不活性化,RagAのGTP結合を介してmTORC1を活性化する.逆にアミノ酸飢餓時には,Sestrin, CASTORはGATOR2に結合,不活性化し,GATOR1のRagA GAP活性を間接的に上昇させmTORC1を不活性化する.こうして,細胞質中のアミノ酸情報はRag二量体-mTORC1へと伝達される.

7. RagCのGAP(活性化因子)

RagCの制御因子については,RagAほど研究が進んでいない.Folliculin(FLCN)–FLCN interacting protein(FNIP)複合体がRagC GAP(=RagCをGDP結合型にする活性化因子)として報告されている.FLCNはリソソームに局在し,アミノ酸シグナルに応答してGAP活性を上昇させると考えられている.

8. Rag非依存的経路

さらにRag非依存的,リソソーム以外の場所でのmTORC1活性化についても報告がある.2つの例について紹介する.どちらも舞台はゴルジ体である.

一つ目は,Rag非依存的なmTORC1のリソソーム局在である(27)27) J. L. Jewell, Y. C. Kim, R. C. Russell, F.-X. Yu, H. W. Park, S. W. Plouffe, V. S. Tagliabracci & K.-L. Guan: Science, 347, 194 (2015)..RagA/Bノックアウト培養細胞においてもグルタミンによるmTORC1のリソソーム局在,活性化が観察される.この経路にはゴルジ体間の小胞輸送に必須の低分子量GTPase, Arf1が関与する.

もう一つは,ゴルジ体でのmTORC1の活性化である(16)16) D. C. I. Goberdhan, C. Wilson & A. L. Harris: Cell Metab., 23, 580 (2016)..先にアミノ酸トランスポーター様膜タンパク質,SLC38A9がリソソームでアミノ酸センサーとして機能すると述べたが,アミノ酸トランスポーター様タンパク質ファミリーに属する膜タンパク質は細胞膜やゴルジ体にも存在する.ゴルジ体に局在するSLC36A4はゴルジ体内のグルタミン,セリン情報をmTORC1に直接伝達している可能性が示唆されている.

9. 出芽酵母の場合

次に,出芽酵母の場合について述べる.ほ乳類で発見されたTORC1制御因子のホモログについて,概要を表2表2■トア複合体1制御因子はほ乳類と酵母で保存されているに示した.TORC1が保存され,Rheb系が保存されていないことはすでに述べた.

表2■トア複合体1制御因子はほ乳類と酵母で保存されている
ほ乳類遺伝子出芽酵母遺伝子備考
mTOR必須Tor1/2必須
Raptor必須Kog1必須
mLST8必須MEFLst8必須
TSC1必須MEFなし分裂酵母には存在する
TSC2必須MEFなし
Rheb必須(Rhb1)非必須
LAMTOR1/MP 1Ego1非必須Ego1~3複合体がRagulatorと同等の機能を有すると推測される
LAMTOR2/p14必須MEF
Ego2非必須
LAMTOR3/p18必須MEF
LAMTOR4
Ego3非必須
LAMTOR5
V-ATPaseVma1など非必須
SLC38A9
RagA/B必須MEFGtr1非必須
RagC/DGtr2非必須
FLCNLst7非必須
DEPDC5Iml1/Sea1非必須
Nprl2Npr2非必須
Nprl3非必須Npr3非必須
Mios非必須Sea2非必須
Seh1LSeh1非必須
WDR24Sea3非必須
WDR59Sea4非必須
Sec13Sec13必須
Sestrinなし
CASTOR1/2なし
乳類と出芽酵母のトア複合体1制御因子とコードする遺伝子が必須であるか示す.必須MEF:ノックアウトは胚性致死であるが,MEF(マウス胎児由来線維芽細胞)は作成可能.

酵母TORC1のアミノ酸感知機構のモデルを図4図4■アミノ酸による酵母TORC1の制御モデルに示した.酵母はアンモニウムイオンなどの非アミノ酸も窒素源として利用できるが,これらも細胞質中で素早くアミノ酸(グルタミン)に変換されるので,酵母TORC1が感知するのは細胞内アミノ酸であろう.酵母TORC1も液胞(酵母,植物でリソソームに相当するオルガネラ)に局在する.ただし,ほ乳類と違って,細胞の栄養状態によってその局在は影響を受けない.

図3■複雑なアミノ酸によるmTORC1の制御モデル

図4■アミノ酸による酵母TORC1の制御モデル

Rag, Ragulatorに相当する因子は基本的に保存されている(28, 29)28) S. Kira, K. Tabata, K. Shirahama-Noda, A. Nozoe, T. Yoshimori & T. Noda: Autophagy, 10, 1565 (2014).29) T. Sekiguchi, Y. Kamada, N. Furuno, M. Funakoshi & H. Kobayashi: Genes Cells, 19, 449 (2014)..RagA, RagCのホモログはそれぞれGtr1, Gtr2であり,Rag同様GTP–Gtr1, GDP–Gtr2の組み合わせが活性化型となる.RagulatorホモログとしてEgo1–3複合体が存在するが,Gtr1 GEFはEgoではなく,HOPS複合体コンポーネントVam6/Vps39(図4図4■アミノ酸による酵母TORC1の制御モデルではV6と表記)が務める(13, 15)13) S. Eltschinger & R. Loewith: Trends in Cell Biology, 26, 148 (2016).15) M. Shimobayashi & M. N. Hall: Cell Res., 26, 7 (2016).

HOPSは液胞やエンドソームSNAREタンパクに結合する因子で,液胞同士,液胞とエンドソームとの膜融合に関与する(30)30) W. Wickner: Annu. Rev. Cell Dev. Biol., 26, 115 (2010)..これらの現象は液胞膜形成,膜タンパク質ソーティング,エンドサイトーシスなど,間接的に細胞内のアミノ酸動態に影響を及ぼすので,TORC1との関連においては慎重な検討が必要である.たとえば,膜貫通領域をもたないVam6が液胞内アミノ酸を感知してGEF活性を上昇させるならば,HOPSが直接結合する液胞膜タンパク質t-SNARE, Vam3, Vti1がアミノ酸センサーとなるのか?

アミノ酸センサーに関しては,液胞には多数のアミノ酸トランスポーターが存在するが(21)21) 関藤孝之,柿沼喜己:化学と生物,54, 324 (2016).,SLC38A9のようにアミノ酸センサーとして働くタンパクがあるかどうかは不明である.酵母の液胞はアルギニン,リジン,グルタミンなどを高濃度に蓄積するので,その容積(細胞の全体積の約25%を占める)を考慮すると,ほ乳類以上にアミノ酸プールとしての役割は高いと考えられる.しかし,培地から窒素源を枯渇させると,TORC1の不活性化が素早く(10~30分)観察されるので(31)31) Y. Kamada, T. Funakoshi, T. Shintani, K. Nagano, M. Ohsumi & Y. Ohsumi: J. Cell Biol., 150, 1507 (2000).,やはり,酵母においても細胞質中のアミノ酸を(も)感知するメカニズムがあると考えられる.その候補GATOR1, GATOR2はSEACIT, SEACA Tとして保存されているが,それらを制御するSestrin, CASTORのホモログは見つかっていない.

ここで重要な問題点を挙げておきたい.それは,TORC1によるアミノ酸センシングが細胞にとって必須の機能であるのに対して,TORC1を制御するべき因子群のほぼすべてが非必須遺伝子にコードされていることである(唯一の例外はGATOR2/SEACA TコンポーネントのSec13.ただし,このタンパク質はERからゴルジ体への小胞輸送や核膜孔といった必須の役割を担っている).これは,Rag systemが欠けていてもTORC1はアミノ酸シグナルを受容できることを示しており,生育に必須なRag system以外の酵母TORC1制御システムが存在することを示唆している(32)32) D. Stracka, S. Jozefczuk, F. Rudroff, U. Sauer & M. N. Hall: J. Biol. Chem., 289, 25010 (2014).

トア研究の展望

ここまで読み進めてこられた読者はたいへんくたびれたであろう.筆者の私もくたびれた.ご覧のように,現在のアミノ酸によるトア複合体1制御モデルはかように複雑である.このモデルで,筆者が気になる問題点は3つ.

トア複合体1によるアミノ酸センシング研究は,すでに述べたように,現在進行形である.これからも新たな因子・しくみが付け加えられ,同時に,すでに報告された因子のいくつかは淘汰されていくだろう.行ったり来たりのトア研究の旅はまだまだ続く.さて,どうなるでしょう,みなさんもぜひ予想してみてください.

Reference

1) 前田達哉:細胞工学,31, 1306 (2012).

2) R. Loewith & M. N. Hall: Genetics, 189, 1177 (2011).

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